…8…

「玻璃の花籠・新章〜春霖」

 

 

 音のない夜。わずかな衣擦れの音すら、大きく部屋の壁に反響する。たった一枚の布を剥ぐことが、永遠の時間のように長く感じられた。

「…綺麗だ…」

 お世辞などではなかった。ため息と共に、意図せず言葉が漏れ出でる。ほっそりとした身体はなめらかな曲線を描き、ふたつのふくらみは控えめに、でも美しいかたちで現れた。

「やっ…、恥ずかしいですっ…見ないで」
 狭霧は肌に視線を熱く感じたのか、ふっと顔をそらしてしまった。

 そんなことが出来るはずないのに。これから、身体の隅々まで、全てを味わい尽くすのだ。

 春霖はゆっくりと身体を重ね合わせると、首筋から鎖骨にかけて、丹念に唇で辿った。何て滑らかなのだろう、みずみずしくて、触れる者を違う世界に導く様な不思議な魅力を秘めている。こうして、感触を楽しむことすら、畏れ多いことのような気がする。

しとねの上で。狭霧はこの上なく震えていたが、その反面、とても素直だった。世の女たちのように駆け引きで男の欲望を手玉に取ろうと言うところは全くない。何が起こるか分からない、ギリギリの恐怖の下で、必死に春霖に応えていくのだ。

「あぁっ…ふっ…!」
 泣き出しそうな声。堪えて堪えて、でも出てしまう切ない響き。

 指のあとを付けないほどの淡さで、身体の表面に手のひらを滑らせる。柔らかなふくらみを下から持ち上げ、優しく揉みほぐしていく。初めての感覚に、狭霧は戸惑い、恥じらった。しかし、強く嫌がったりはしない。かすれる声を控えめに上げながら、されるがままに従っていた。

 優しくしなければ…出来る限り、丁寧に。手荒に扱ってはならない。そう思うのに、気持ちは全く別のところに走っていく。素晴らしき宝物を手に入れれば、早くつづらの中が見たくなるだろう。時には入れ物を壊してでも、と思ってしまうかも知れない。

 自分の皮膚の下を流れていく血潮がたぎり、身体が熱くなる。止められないものを春霖は感じ始めていた。

「若様…っ…!」
 狭霧は熱に浮かされたようにかすれる声を上げ、身を寄せてくる。それが男の欲情をどんなにかそそるものであるかを知るはずもなく。ただ、溺れる者がすがりついてくるように、必死で。

 …こんなに身体が寄っては、動きにくいではないか。

「霧…」
 春霖はまとわりつく腕を強引に解くと、するりと胸元に顔を埋めた。甘い花のような香り、開きたての蕾…誰よりも早く愛でるために、自分はここにいる。胸の奥から泣きたいような嬉しさがこみ上げてくる。

「…あっ…、やぁっ…んっ!」
 赤子のように桜色の頂に吸い付くと、狭霧の身体がびくんとのけぞった。浮かび上がる玉の汗。それを指でなぞりながら、たとえようのない甘さを唇に感じ取る。舌を使って丹念に舐め上げ、つつくと、この時を待っていたかのように、存在感をかたく表し始めた。

 …ああ、そうか。

 春霖は自らの感覚で知った。花は咲きほころんでいたのだ。この時を待っていたのだ。ずっと自分の隣で…それなのに、どうして今まで躊躇していたものか。黙っていれば、いつか飛び立ってしまうはずだった存在。こんなにも素晴らしいものを他人の手に渡してもいいと思っていたなんて。

「霧っ…、狭霧っ…!」

 鼻を鳴らして、喘ぐ娘の身体を、隅々まで手のひらに感じ取っていく。ささやかなくぼみも、滑らかなふくらみも、全てが愛おしい。壁に浮かび上がるふたつの影が、揺らめきながらかたちを変えていく。しなやかな脚を片方高く上げてその部分を開くと、狭霧は慌てて身をよじった。

「いっ…いやぁ、若様っ…そのような…、駄目っ…、おやめ下さいませっ…!」

「…霧」

 じらしているわけではない。本気であらがっている。そりゃそうだろう、いくら閨についての知識を身につけているとは言っても、女主人を持たないこの者は、表だってその始末を引き受けたこともないはずだ。もちろん、春霖だって、狭霧に他の女との情事の始末をさせようなんて思わなかった。自分の身体を清めて貰う時も上半身と膝から下に限っていたのだ。

 淡い茂みの陰に、愛すべき場所がある。つうと指を滑らせると、狭霧が声にならない悲鳴を上げた。

「可愛いよ、霧…最高だ」

 小さな身体は全身にうっすらと汗をかくほどに熱くなっている。伊達に女遊びを続けていたわけではない。どうすれば、女がたかまり悦ぶのか、十分に知っていた。狭霧とて、ひとりの女子。春霖の手のひらで唇で丹念に愛されれば、何も知らない身体も息吹き始める。

 逃げられないように両腕でがっしりと股を捉え、割れ目に舌を差し込む。いきなりの侵入に狭霧の腰が波打ち、束縛から逃れようとした。

「霧…、駄目だよ。言うことを聞かなくては…」
 幼子をしつけるかのように、春霖は落ち着いた声でたしなめる。しかし、その間も、動きは止めない。狭霧は腰を浮かされた不安定な姿勢でしとねを掴み、首を大きく左右に振っていた。

「あぁんっ…! 若さ…まっ…、駄目ですっ…そんなっ…、あうっ…」

 小さな蕾を指先で探し当て、そっとさすってやる。この部分には女子の高まりの全てが集約されているという。狭霧とて例外ではない。明らかに反応が違う。自分の下で、確かに感じ始めている人を、もっともっと乱れさせたかった。

 唇を外し、今度は指を差し入れる。堅い入り口をこじ開け、花園の中に誘い込まれると、指の関節を曲げ、内側の感触を楽しんだ。徐々に湿り気が増し、女子としてのたかまりを告げている。そんな風に自分の中が変化していることを狭霧が知るはずもない。赤らめた頬をしとねに押しつけ、必死に押し寄せる波に耐えていた。

「霧…どうして、我慢する。もっと声を出しなさい。…苦しいだろう?」

 わざとそう言うと、狭霧は涙目をこちらに向けた。

「だってっ…、恥ずかしくて…っ! どうしてこんな風になさるのっ…、もうっ消えてしまいたいっ…!」

「馬鹿だな…」
 大きく揺れるふくらみを舌で頂に向かって舐め上げる。こりこりとした感触に軽く歯を立てて、微妙な波を与えた。

「皆、そうなのだ。女子はこうして悦ぶ。その姿を見ると男も嬉しい。そんなものなのだ、当たり前のことなのだよ…?」

「でもっ…!」
 敏感な部分に届いたのか、腰が跳ね上がる。

 まだまだ随所に幼さは残るが、それでもこれだけ男を誘うものをしっかりと持っているとは。これからどんなにか艶やかに咲いていくのだろう。さすがの春霖にも想像が付かない。今まで出会った女子の誰にも感じなかったほどの欲求が胸に宿る。

「俺を感じでおくれ、…可愛い声で応えておくれ。それだけで良いのだ、お前がこんなにも愛おしい…」

「うっ…、うぅっ…んっ…!」
 それでも、まだ、自分を捨ててなりふり構わず、とは行けない。控えめな性格がそれを制しているのが分かる。少しでも声をたかく上げさせようと、食いしばる口元に指を差し入れた。

 この身体の奥は深い。どこまで沈み込めばいいのだろう。

 正直、ここまでのものを狭霧に求めてはいなかった。もちろん、愛おしい存在だとは思っていた。ずっとそばに置きたいし、愛し続けたいと。しかし、女子の部分までは期待していなかったのだ。幼いと言うこともあったし、遊女や遊び上手の女子たちの手慣れた行為を当然のように愉しんでいた身には、物足りないと思うこともあるだろうなと。

 これは。信じられないほど、嬉しい誤算であったと言わなくてはならないだろう。

「狭霧っ…、狭霧っ…!」

 愛しても愛し尽くせぬほどの存在。自分の限界まで、必死に頑張ったが、そろそろもう我慢が出来なくなってくる。春霖がそれを思い切った時、狭霧はもう半分身体が落ち込むほど、くったりしていた。

「…霧…」

 何度か口づけて、優しく頬を髪を撫でながら、脚の間に入り込む。痛いくらいにその時を待っている自分が、柔らかな入り口に当たった。

「あっ…、はぁっ…!」
 誰も通ったことなどない道は、想像も付かぬほど細く、細かいひだが春霖を押し戻そうとする。その抵抗がまとわりついて、腰が波打つ。挿入だけで昇天してしまいそうだ。それだけは避けたい。必死に堪えると、自分の中から低い呻きが生まれた。

「…ふっ…、うぅっ…!」
 これだけ締め付けられているのだ。受け入れている狭霧の方も辛いだろう。朦朧とした意識の向こうで、やはり何かを感じ取っている。もう、いちいち鮮やかに反応するだけの心はないようだが。

「霧っ…!」

 時間を掛けて、ようやく奥まで到達した。長かった。でもそれだけの時間、春霖は未だかつて感じたことのない官能の嵐の中に身を投じていた。腰が引きずり込まれるほどの感覚を幾度となくやり過ごし、でもさらに大きな波に飲み込まれそうになる。

 …これが、狭霧なのだ。こんなにも、素晴らしかったのだ。

「…若っ…さ…ま…っ…!」
 
 大きく喘ぎながら、口づけに応えてくる。おぼろげな視線に笑顔で告げた。

「狭霧…、これでお前は真に俺のものだ。俺だけのものになったのだ…、分かるか?」

「私が…? 若様の…?」
 よく分かっていないようだ。初めて男を受け入れるのは、どんなに身体が仕上がっていても辛いことだと言うが、狭霧の場合、もう痛みを通り越して何も分からなくなっているのかも知れない。

 春霖は言葉に出来ないほどの熱いものが身体の奥からこみ上げていくのを感じ取っていた。ぼんやりとこちらを見る濃緑の瞳に囁く。

「お前の中に、俺がいる。…今、ひとつになっているのが分かるか…?」

 そう言って、静かに腰を振ってみる。その部分が妖しく疼き、意識の途切れる音が聞こえかけた。

「…あぁ…、っふ…っ!」
 痛みだけではない、もっと奥にあるものを探り当てたのか。狭霧の声に甘いものが混じった。

「ああっ…! …霧っ…!!」

 ――どんなにか、この時を待っていたのだろうか。自分でも知らないうちに、こんなにも大きくなっていた愛おしさと恋しさ。

 溢れ出す、身体の奥から。流れ出す、身体の隅々まで。…もう、止まらない。

 ゆっくりと腰を引いて、また、流れに逆らうように進める。それを数度繰り返したところまでは覚えている。だが、そのあと、春霖は自分の意識と身体の動きが全く繋がっていないことに気付き始めた。

 

 愛おしさが波になる。自分を動かす力になる。

 どこまで進むのだろう、自分の下にあるのはまだあどけないばかりの肢体。男など知らぬ、芽吹いたばかりの女子だ。…なのに、それを味わい尽くすことしか考えられない。気が狂いそうだ。自分のものとは到底思えない、野獣のような息づかいが部屋中に響き渡る。肌のこすれ合う音、打ち付ける水音、湧きあがる蒸気。

 …そして。その激しさに、必死に応えようとする人の喘ぎ。飛び散る汗。

 気の流れがもつれ、解けていく。それよりも密やかに愛が育まれていく。開いた花を残らず摘み取るように、快楽の全てを受け止めていく。


 やがて、全てを解放して、たかくたかくのぼりつめる。強くかき抱いた身体が、その時に細く高く鳴いた。

 

…*…*…*…*…*…


「…霧っ…?」

 湯桶を春霖自ら用意して、けだるく横たわったまま動けないでいる身体を清めてやる。とぎれとぎれの呼吸が苦しそうだ。恥ずかしそうに遠慮するが、自分の身体が自由にならないままでは仕方ない。それでも主人の手を煩わせていることが、申し訳なくて仕方ないというように、瞳が揺れる。

 汗が冷えて身体を悪くしたりしたら大変だ。いたわらなくてはならなかったのに、途中からそうすることすら忘れていた。支配するどころか、飲まれていた。こんな小さな身体に完全に自分が取り込まれていたのだ。

 …もう、離せるものか。いや、手放すことなんて出来ない。

 いつもは衣に隠れて見えない部分のあちこちに赤い花が咲き、それは湯で清めても払うことは出来ない。傷つけないように、そっと移動していく。

 新しい肌着を着せてやり、その上から寝着をまとわせると、狭霧はだるそうに自ら身を起こした。

「…どうした?」
 無理に身体を動かす必要などないのに、何事か。春霖は起きあがりかけた身体に腕を回してそれ以上の動作を制した。

「お休みになるのに…お邪魔でしょう? …私、戻りますから、…うっ…」
 鈍い痛みを覚えたのか、身体が硬直する。可哀想に、こんなになるまで我慢して。…自分がしたことなのに、哀れで仕方ない。堪え方もあらがい方も知らない。ただ、男の為すがままを受け入れることしか出来ない幼さなのだ。

「な、何を申すっ…戻る必要などないではないか。お前はここにいればよい…そうであろう?」

「え…?」

 身を横たえたまま、静かに抱きしめる。それでも狭霧はまだ、どうにかして身を起こそうと試みているようだ。そのようなこと、許せるわけもない。もう…どこへもやらない。ずっと自分だけのものにするのだ。

「でもっ…若様は…」

 とぎれとぎれの声。狭霧が心配そうに訊ねてくる。

 

 ――そばに誰かいると休めないと。いつもいつも言っていた。

 狭霧はそれを言っているのだろう。いくら夜歩きをしても、必ず夜更けにはここに戻ってくる。幼いながらも、彼女はそれを不思議に思っていたらしい。何度も何度も聞かれるので、仕方なくそう答えておいた。まあ、嘘ではない。いくら情事のあとでも女子のそばで休むのは嫌だった。

 

 だが、狭霧は違うのだ。頼んででもこのまま腕に留まっていて欲しい。

「狭霧…」
 身体に負担を与えぬように、ゆっくりと抱き寄せる。吐息をかけるが如く耳元に囁くと、それが呪文のように抵抗がふっと抜けていった。

「今宵は、ここで休め。…いや、もうここがお前の家だ。お前は俺のものになったのだ、誰がなんと言おうと譲れはしない…俺だけのものなのだから」

 まだ、小さく震える身体。高鳴る心音、乱れる呼吸。…それでも、心は安らかだった。こんなに満たされるのだ、渡り鳥が生まれ故郷の森にたどり着いたように。それまでの全てがどんなに混沌としていようとも、ただ足が地に着いたことを喜びたい。

 

「…霧?」

 静かになってしまったので、眠ってしまったのかな? と思った。微かに返事がしたような気がする。胸元に感じる息。

「…どうして、あのようなことをしたのだ? 俺を驚かせようとでもしたのか…?」
 髪に指を差し入れ、静かに梳きながら。そっと聞いてみた。狭霧の身体が腕の中でぴくっと動く。

「もっ…、申し訳ございませんっ…」
 その一言だけで、もう泣き出しそうだ。なだめるように背中を幾度もさすってやると、彼女はようやく身体の震えを止めて、小さく吐息を付いた。

「若様の…お側に上がりたかったのです。でも、若様は私などには興味をお持ちでないご様子。このままでは、お里に戻られて二度とお目にかかれなくなってしまいます。もしも、私ではなくて…もっと綺麗な女子様ならお相手にとお考えになるのではないかと…申し訳ございませんっ…私…っ…」

「霧…、そんな…」

 改めて、感情にまかせて怒りを露わにした自分を恥じる。狭霧はあんなにしてまで、自分を想っていてくれたのだ。そりゃ、主人として大事にされているとは思っていたが、それ以上のことを期待してはいけないと諦めていた。どこまで奥ゆかしく、歯がゆいことか。そしてそれに気付かなかった自分の浅はかなことか…。

 回した腕で、細い背中を辿る。ささやかな存在に、何とも言えぬ深くしっとりした重みを感じ取っていく。ひとり分の重み…これから、支えていくもの。この者を守るために、自分は生きよう。大丈夫だ、ここに戻れるなら。いつもいつもこのぬくもりが待っていてくれるなら。

 長い間、大切に愛でてきた蕾。囲いを取り去ったあと、それを咲かせ続けるためにどうすればいいのか。この何とも言えぬずっしりしたものが、責任感と言うものなのか。

 

…*…*…*…*…*…


 いつか、燭台の火は消えていた。闇に包まれた寝所に、窓からの月の光が差し込んでくる。

 大人しくなった狭霧は、春霖の広い胸に頬を押し当てて目を閉じていた。規則正しい呼吸、眠っているのか。まだ興奮の冷め切らぬまま、眠りも訪れず、春霖はぼんやりと愛おしい人の寝姿を眺めていた。不思議なほどに飽きないものだ、ほんのわずかな頬の動きすら新しい発見になる。

 美しい髪の絡んだ指をそっと持ち上げる。キラキラと赤い糸が空間に流れを作って浮き上がった。

 赤髪の女子は抱かないことにしていた。ことに女子に関しては節操がなく、誰もが眉をひそめると言う状況だったが、それだけは自分を制してきた。…大したことではないと言えば、それまでだが。

 

 昔、実の母よりも懐いていた人がいた。その人が幼かった自分を抱き上げて頬ずりしてくれると、それだけで満たされた。美しい髪をしていた。キラキラと輝くその流れを追いかけて、甘えてすがった。

 容易く手に入る女子はいくらでもいた。そんな者たちと情事を楽しんでいた。…だがしかし。春霖が心から求めるのは、いつでも手に届かない存在ばかりだったのだ。

 

 ――もう少しで、また、すれ違うところだった。

 静かに髪の感触を楽しみながら、ぼんやりと呟く。聞かせるわけではない、ひとりごとだった。

「…狭霧…、これからお前だけを一生大切にする。この地を護る太古の神々にも誓おう…お前のために生きような…」

「…若様…」
 腕の中の狭霧が、反応した。辺りに緩やかな気の流れを起こし、必死にすがりついて小さく嗚咽を上げる。

「若様っ…、若様…っ…」

 静かに手折らなければ、傷ついてしまう。それほどに壊れやすい心と身体。それでも手に入れられたことを有り難く思わなければ。…やわらかく育んでいかなければ。

 甘く安らかな熱が、にわかに眠気を誘ってきた。



 

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