TopNovel玻璃の花籠扉>蝶のうたた寝・6


…6…

「玻璃の花籠・新章〜雪茜」

 

 

 一呼吸置いて。琉砂がばっと腕を剥がした。そして軽業師のような身のこなしで、身体ひとつ分くらい後ずさりする。
「なっ……何を仰るんですか! 冗談もたいがいにしてください!」
 ――ひどい、それほどまでに慌てなくたっていいじゃない。私は四つんばいになって這うように彼の後を追った。
「冗談なんかじゃないわよ、だってそうでしょ? 私とあんたの子なら、もう眩しいくらい美しい姿になるはずよ。男子(おのこ)でも女子(おなご)でも、誰が見ても目がくらむほどの。素敵じゃないの、是非そんな子を見てみたいわ」
 我ながら、なんたる名案っ! あっぱれとしか言いようがないわっ。だけど、私が熱っぽい目で見上げても、琉砂はただただ青ざめるだけ。それどころか、やぶ蚊でも追い払うかのように腕を振り回す。
「姫……! もう、やめてください! ご自分が何を仰っているのかお分かりでないんでしょう!? ――全く、何を……怒りますよ!」
 んまあ! 今までこんなに可愛がってやったのに! 恩を仇で返す気かしら……この馬鹿者! そんなこと言ったって、負けてはいられないわ!
「おっ、怒るなら怒りなさいよ! だけど、子種だけはちょうだい! それを貰わないと、琉砂の子が作れないでしょ。どんなに欲しいと思っても、琉砂が子種をくれなくちゃ、始まらないのよ! 私、久弥殿の妻になって、でも琉砂の子を産んで……それで大切に育てるわ。りゅ、琉砂だと思って、育てるんだから……!」
 うっ、自分で言っていても、口惜しい。こういうのって、欲しいって言ったから貰えるものじゃないの? でも、言葉で言うよりも簡単だって聞いたわよ。そこに通じ合う想いがなくても、ちゃんと胤だけ植え付けて貰えれば……。お祖父様なんて気の向くままそこら中に胤をまいて! だから、もう父上の弟君や妹君は数え切れないほどいるんだから……!
「あのですね、そういうことは、きちんと盃を酌み交わした大切な御方となさらないと……姫はしかるべき御方の所にお輿入れなさるのですから、その方から頂くものですよ……?」
 少しは立ち直ったらしい。呼吸を整えつつ、そっとこちらを探ってくる。上手いこと、丸め込もうとしてるでしょう。そうはいかないんだからね、もう……! 私は琉砂がこれ以上動けないように、しっかりと肌着の胸ぐらを掴んだ。指が白むくらい。そして、彼の耳元に口を近づける。
「そんなこと言ったって。あんたとこうして二晩も三晩も過ごして。私が生娘でいるなんて、久弥殿もお祖父様も思っていらっしゃらないわよ。それどころか、私たちがもうとっくに通じているって噂している者たちだってたくさんいたんだから。それなのに、どうなのよ! あんた、男として情けなくないの!?」
 もう! どうしてこんなに聞き分けがないのよ、もっとすんなりいくかと思っていたのに! 子種なんて、簡単なんでしょ、なくなってもいくらでも作れるんでしょう……? だったら、一度くらい私にくれたって罰は当たらないと思うんだけど……!?
「なっ、何も知らないなんて馬鹿にしてるんでしょう!? それくらいは侍女たちに心得としてとっくの昔に聞いてるんだから! いくら祝言の盃を交わしたって、きちんと閨で子種を貰わないと子は出来ないのよ! 男のものをね、しごいて固くして、そしたら女子の穴に入れて――それだけなんでしょ! 誰だって、獣だって出来ることなのよ! お前が自分から出来ないなら、私がひとりでやってやるわよ……!?」
「うわっ……、姫!」
 がばっ……! 不意を突かれた琉砂が仰向けにひっくり返る。そうよ、いきなり押し倒すとは思わなかったでしょう? 私だって、やるときはやるんだからね……! 肌着の裾がまくれ上がって、逞しい太股が露わになる。すごい、やっぱり素敵だな。琉砂ってどこを見ても雄々しくて。私の見立ては正しかったのよ。動けないように素早く足の上に乗り上がって、腰巻きの中に手を突っ込んだ。
「……うっ……!?」
 えっ……!? 琉砂が苦しそうに呻いたけど、それよりも私の方が驚いた。
 嘘っ……、何これ! 昔、水遊びの時に見たものとは全然かたちも大きさも違わない……? いや、まだ腰巻きが上に乗ってるから、手探りの状態なんだけど、熱くて固くて……上を向いていて。生き物みたいにひくひく言ってる。
「なっ、何だ……こんなになってるじゃない。じゃあ、これってもう入れられるんじゃない? ……私……」
 あのね、すっごく恥ずかしかったのよ、本当にっ! でも、ここまで来たら後には引けないでしょう? いや、口で言うほど立派なもんじゃない。穴に突っ込むとは聞いたけど、その穴がどの辺にあるのかも分からないし……、ど、どうしたらいいんだろう。でも今更聞けないし――。
 慌てて自分の腰巻きに手を掛けたのはいいんだけど、焦っているせいか全然解けないし! ああん、どうしよう!?

 お祖父様の寝所を覗いてしまったことがある。あの時はびっくりしたなあ〜。だって、若い侍女がお祖父様の下で「あふんあふん」と喘いでいるのよ! 燭台の灯りに浮かび上がったのは肌色のふたつの肉体で、お祖父様なんて、でっぷりしたおなかを苦しそうに突き出しながら「おおう!」って腰を振っていた。
 私はその頃、今よりももっといたいけな娘だったから、そりゃ驚いた。最初は何か悪いことをした侍女をお仕置きしてるのかなと思ったけど、どうもそうでもないらしいし。お互いに醜態を晒しながら、何だかとっても嬉しそう。正直おぞましいなと思った。あとからあれが閨の睦みごとだと知って、腰が抜けるかと思ったわよ。
 でも、でも……! 今、琉砂をこんな風に組み敷いて、あの時の情景がまざまざと蘇る。そうよ、そうなのよっ! あんな風に腰をいっぱいに振ればきっと――、だって、あの侍女はそれから程なくしてお祖父様の赤子を産んだのよ。お祖母様はまた顔を真っ赤にして怒っていらっしゃったけど「男の甲斐性だ」とかなんとか大威張りだったっけ。

「おやめ下さいと、申し上げてるでしょう! 離して下さい……!」
 ――は、何!? 気が付いたらすぐに近くで琉砂の声がする。慌てて顔を上げたら、ものすごい怖い顔をしてる琉砂が目の前に! うわん、足は押さえていたけど上半身はそのままだったから、いつの間にか起きあがっちゃったの!?
「ぎゃっ……!」
 いったぁ〜っ! 琉砂のものを探っていた右手を取られる。手首の辺りをぎりりと掴まれて、肩より上にねじ上げられた。それだけでもすごい痛みなのに、彼はさらに腰ひもを探っていた左の手首まで束縛する。
「いい加減にして下さい! こんな風にとんでもないことを口走っていらっしゃるなら、一晩手足を縛って転がしておきますよ。姫の口からそんな淫らな言葉は聞きたくありません、おやめ下さい!」
「りゅ……琉砂……」
 うわぁ、怒ってる。ものすごく怒ってるかも! 瞳の色が心なしか濃くなっているかも。でも、でも。眉間に皺を寄せたその表情がまた悩ましげで……ああん、たまらないよぉ〜! 長い間、私の宝物だった琉砂だ。何よりも大切に愛でて、綺麗に飾り立てたりして。それだけの価値があるほど、美しい存在だったんだもん。
 ああっ、もし。この者の子が産めたなら。どんなにか幸せだろう。光り輝く美しい赤子の噂は、集落の全土どころか、遠く都まで轟くことになるかも。もしも竜王様から見初められちゃったらどうしよう……! いや、求婚者が列になって続いちゃうかも! 姫だったら、忍んでくる殿方たちを追い払うために兵を仕立てないとならないかもね。
 でも、――駄目って言うんだよね? 琉砂はどこまでも意地悪。私に子種を渡してくれない。そして、すまなそうに謝るならまだ分かるけど、この人を小馬鹿にしたような罵り方は何? 私はあんたの主人なのに、どうしてこんな扱いを受けなくちゃいけないの……!
 琉砂は、いつも私の言うことを聞いてくれる、忠実な犬だったでしょ? それなのに……馬鹿にしないでよ……!
「どっ、どうして駄目なのよ! 馬鹿馬鹿、琉砂の馬鹿! 黙って渡してくれればいいじゃない。そんな長い間絡み合っていろとは言わないわよ、ただ、私の穴にさっさと子種を入れて貰えばそれでいいんだから……! どうして、そんな簡単なことが出来ないの! その固いところに、子種がいっぱい詰まってるんでしょ。全部とは言わないからさ、ひとつくらいちょうだいよ……!」
 ああ、口惜しい! あまりに腹が立ったら、また涙が溢れて来ちゃう。そりゃ、琉砂が腹の底では私のことなんて嫌で嫌で仕方ないって思っていて、だからこうして厄介払いが出来てこれ幸いって思っているのはもう分かってる。懐の銭を持って、さっさと遠くに行ってしまいたいんだ、そうなんだ。
 でもさ、そうしてとんずらするあんたの方はいいかも知れないよ? でもっ、取り残される私の方はどうなっちゃうの? これから先、あの久弥殿の妻になって、毎晩あのでっぷりしたおなかの下であふあふと喘がなくちゃならないんだよ。そんな屈辱が延々と死ぬまで続くの、もう輝かしいことなんて何もなくて。きっとあの男によく似た子をたくさん産むんだよ? ……それだけの人生なんだよ。
「もう、二度とあんたに無理強いしたりしない! これが最後の我が儘だから……。だって、そうでしょ? あんたとはもう二度と会えない、だからあんたは二度と私の言うことを聞かなくていいんだよ? ――最後のお願いくらい、聞いてくれたっていいじゃない……!」
 もう、馬鹿! 琉砂のおたんこなす! こんなに聞き分けのないようにしつけた覚えはないのに……! 私が呼び寄せたら嬉しそうにやって来なさいよ、言われたことを素直にこなしなさいよ! 私が喜ぶことをしなさいよ……!
「そ、……そんなに。私に愛想が尽きてるんだね? 一度きりのお願いも聞けないほどに……飽き飽きしていたんだね……?」
 ――こてっ。両手は自由にならないから、せめて頭突きで自己主張。おでこを目の前の広い胸に思い切り打ち付けた。だって、口惜しいじゃない。自分の飼い犬にここまで邪険にされて。お仕置きしてやるわよ、あんたなんて……!
 ああ、でも。琉砂のいい匂い。やっぱり気持ちいいな……。はだけた胸に頬を寄せたらしっとりと吸い付いてくる。何て心地いいんだろう。夢の中にいるみたい。涙が後から後から溢れてきて、私の頼りない肌着に、剥き出しになった膝に落ちていく。たくさんの雫、たくさんの想い。
「馬鹿……! こんなに頼んでるんだから、黙って言うこと聞くもんでしょ。それが御主人様への情ってもんじゃないの……?」

 こんな風に、突き放されちゃうんだなあ。やっぱ、私ってどこまでも駄目な女子だったのかな? 耳に届くのは琉砂の心臓の音、それからしゃくり上げる私の喉の音。遠くから、たき火のはぜる音。川のせせらぎ。

「……姫?」
 ふいに、琉砂の束縛が解けた。私の腕は支えを失って、だらんと身体の横に崩れ落ちる。琉砂の腕が背中に回った。表面は冷えているけど、内側からじんわりと暖かさが感じ取れる。
「本当に……それで、宜しいのですか?」
 ――えっ……? 思わず顔を上げていた。だって、琉砂の声が、今までの厳しいものとは全然違っていたから。すっごくびっくりして。そしたら。
 静かに近づいてくる美しい顔。半開きの何とも言えない美しい眼差し。ぼんやりと眺めていたその時に、私を包んでいた周りの気の色が変化する。
「りゅ……」
 薄い花色の唇が、私の上に落ちてくる。ひやあっ、と思ったときには口を塞がれて、強く吸われていた。
 大きな手のひらが頬を辿る。いっ、一体何が起こったの……と、自分でも状況が分からないうちに、琉砂の甘い香りが口の中まで漂ってきた。香りって鼻で感じるものだと思っていたのに……この甘さは琉砂のもの。うっ、って一瞬呻いたら、その隙間から長い舌が忍び込んできた。
 口の中、内壁を直に辿られて、すごく生々しくって……ぞくぞくして。最初は嫌だよ〜やめてよ〜って思ってたのに、だんだん気持ちよくなってくるのはどうして? 貪られるって言うのかしら、こんなに必死に求められて、私、気がおかしくなりそう。
「……んっ、んんっ……」
 そんな声が漏れる頃、私はもう泡立つ感覚に支配され始めていた。ふたりから溢れた唾液が絡み合って、くちゅくちゅと音を立ててる。私の口の中で起こっていること。それなのに――、どういうことだろう。次第に頭の中までかき混ぜられているみたいな、そんな気分になってくる。身体を走っている神経の柱がびりびりとしびれて、琉砂が背中を支えてくれていなかったら、このまま崩れ落ちてしまいそう。
 私の頬を辿っていた片方の手は、首筋から肩の上をするすると行き来する。何を探っているんだろうと頭の隅っこで考えていたら、そのうち肌着の上から私の胸のふくらみに触れた。
「ひっ……! き、きゃっ! やめて、やめなさいよ……、どこ触ってるのよ……!」
 何て野蛮なことするのよ! もうっ、いい加減にしなさいよね……! ばたばたと抵抗してはみたけど、琉砂が手の動きを止めることはない。私の声が出たのは、彼が口を吸ったり中を舌でかき混ぜたりするのをやめて、頬から耳に向かって舌を滑らしていったから。
 私たち海底の民の耳は色んな色をしている。大きさもかたちも様々。私のは綺麗なオレンジ色をしてるんだ、耳の穴の下の部分はほんのり蜜柑色。琉砂はその部分をぺろぺろと舐め回す。いやぁんっ、なんか変なの! 変な感じよ……! ぞくぞくするの……。
「はあっ……あぁんっ……!」
 いつのまにか肌着の前を開けられて、胸のふくらみが露わになる。その部分を琉砂が見てるんだなって思うんだけど……だけど、抵抗できない。今度は直接手のひらが触れるから、もっともっと熱い波が起こる。いやっ、私はどんどん訳が分からなくなっちゃう……、それに! そうよ、こんなことをするんじゃないはず! もしかして、琉砂に上手いことはぐらかされてるんじゃないかしら……!?
「ちょっ……、ちょっと! 待ちなさいよ、琉砂! あんた、何してるの! こんなことしてないで、早く子種を入れてよ! せっかくあんたのがいい感じになっていたのに、しぼんじゃったらおしまいでしょ……、はぐらかすんじゃないわよ!」
 私はようやく気が付いた。そう、そうよ! 子種って言うのは、男根がしっかりとそそり立ってないと出てこないって聞いたわ。殿方のそれも、普段はふにゃふにゃしていて、個人差はあるけど、元気よくするにはかなり技術を要することもあるんだって。正妻だとなかなか立ってくれないことが多いから、そう言うときは色々な手法を用いていかなくてはって、侍女から心得として学んだわ。
 も、もしかして、琉砂は私を攪乱しようとしてる? 何だか訳の分からないように、身体をまさぐって煙に巻くつもりなんでしょう……! そうはいかないわよ、早く子種をよこしなさいよ。私はその辺の女子とは違うんだからね! 御領主様の御館の雪茜姫なんだから……!
「……姫?」
 あんまり私が暴れるからやりにくくなったんだろう。琉砂はもがく私をなだめるように背中をさすりながら、その美しい顔を私の鼻先に寄せた。
「子種、子種と仰いますが……ご存じですか? 女子が子種を受け入れるためにはいくつかの手順を踏むことが必要なのですよ。そのようなことも分かっていらっしゃらなくては、この先お困りになるでしょう?」
「はぁっ……?」
 甘い香りを振りまきながら、琉砂の唇がまた私の言葉を閉ざす。片手で背を撫でて、もう片手で胸を柔らかく包み込んで、繰り返す波の中に私を閉じこめようとするのだ。ああっ、駄目……、いいんだよ、こんなことしなくて……!
「姫、初めて男を受け入れるのは辛いものだと聞いていますよ? ましてや裳着を迎えたばかりではございませんか、まだまだその辺の女の童とそうお変わりにならないのですから……」
 ずるっと、身体をしたにずらして。琉砂の頭が私の顎の下に滑り込む。……何をするの? と思った瞬間に胸先にツンとした感覚が走った。つい、その場所を見てしまう……うわぁっ、何!? 琉砂がまるで赤子のように私の胸を吸ってる! いやあっ、こんなの! 私は琉砂の母上じゃないんだからっ、それに乳だって出てこないわよ……っ!
「あ……っ、あんっ! やぁんっ、駄目ぇっ……!」
 必死で金の髪を指に巻き付けて、引き剥がそうとしたけど。その指から徐々に力が抜けていく。泣きたいような懐かしくて新しい気持ちがおなかの奥に湧いてきて。それがじわりじわりと溢れてくる気がする。もう片方の胸の先も琉砂の指の腹がくにくにと刺激してくる。いくつもの渦に巻き込まれる、私、駄目になりそう……!
 い、いきなりどうしちゃったのよ、琉砂。私、子種が欲しいとは言ったけど、口や乳を吸ってといった覚えはないわよ!? こんな回りくどいことはもういいよ、早く子種をちょうだいよ! 何でくれないの、やっぱり嫌なの? 私なんかに自分の子を産ませたくないの……?
「うっ……んっ……!」
 琉砂の舌って、どうしてこんなに良く動くの。まるで蛇が獲物を狙って突っ込んで来るみたいだよ。私の胸の敏感に感じる部分をその艶めかしい動きがつついたり巻き込んだり。そうかと思うとねっとりと口全体で吸い上げられる。もう駄目っ、目眩がしそう。

 いつの間にか、私の背は地に着いていた。もちろん地面にそのまま触れているわけではない。柔らかい草の上に、幾重にも衣が敷かれている。
 琉砂は私の言う事なんて全然聞き入れてくれなくて、ただ、自分が思うままに私の身体を触れたりさすったり舐めたりしてる。舌先でなぞられた部分が夜の気に触れて、ぞくぞくっとして。寒さに震えているだけなのに、何を勘違いしたのか琉砂は嬉しそうに伸び上がってまた口を吸う。そうしているうちに、彼の気配がどんどん下の方に移っていって……そして。
「きっ、きゃああっ! いやぁっ、ちょっと駄目っ、駄目だってばっ……! 何してるのよ〜っ!」
 今度こそ、私は全身の力を振り絞って抵抗した。
 だって、だって! 琉砂の奴、何をしたと思う? こともあろうに私の足をぐいっと左右に広げてっ……股の所をじっと覗き込むの! 嫌っ、嫌よ! そんな恥ずかしいところ見ないでちょうだい! 閉じて、閉じて! やだぁ、恥ずかしくてもう駄目!
「りゅっ、琉砂! 離してってば! お願いよ……こんなの嫌ぁ……!」
 たっ、確かに子種は欲しいと言ったけど。どうしてこんな格好までしなくてはならないの? 真っ暗な閨ならまだしも、たき火の赤い色に照らし出されて、お互いの姿が昼間のように綺麗に見える。それなのに……嫌っ、恥ずかしいんだから、もうっやめて!
 私はもうとても耐えきれなくて、両手で顔を覆ってしまった。どうしてこんな屈辱を味わわなくてはならないの? 今までたくさん我が儘を言ったから、琉砂がお返しをしようとしてるの? でも、嫌よ! このまま足を閉じさせてくれないんだったら、もう嫌ぁっ!
「姫……」
 それなのに。琉砂と来たら、なんたること。私のおへその所にちょんと口づけてから、また大きく足を開いてその中央に顔を寄せてる! やだっ、見えてるでしょ! そんな風に……やだぁっ……! 足をばたばたしたくても、琉砂の力ってすごく強いんだもん。とても押さえる腕を振り切れない。
 ふうって、溜息をついたみたい。その部分に熱い息が掛かって、私はぞくぞくが背筋を上がってくる感触に思わずのけぞっていた。
「あのですね、こういうことは睦み合う男女ならば誰でも普通にすることなんですよ? こんな風にしてお互いを高めあって、初めて子種を入れることが出来るんです。姫も少しは協力して下さらないと、俺ひとりの力ではどうにもなりませんが……どうしますか? お嫌ならもうここでやめますか……?」
「……えっ……?」
 あまりに何度も波を受けてきたので、私の身体はまた溺れかけていた。そんな朦朧とした頭でも琉砂の言葉は分かる。このままやめちゃう? 嫌よ、そんなの……!
「駄目っ、駄目駄目ぇ……! 我慢する、我慢するから……、子種をちゃんとくれるなら、私何でもするから……!」
 ああっ、嫌! こんな思いまでしないと、子種を貰えないなんて! どうしてそんなに面倒なの、閨なんてどんなに嫌だと思っていても、我慢して目をつぶっていればすぐに終わるんじゃなかったの!?
 だって、よく分からないけど、もう半刻くらいはこんな風にしてる。もう、これ以上続いていったら、私は身体がバラバラになってしまいそうよ。
「そうですか……、では」
 では、って言いながら、それなのに琉砂はまた伸び上がって私の口を吸いにきた。いちいち挨拶するみたいに、何度も何度も味わっていく。でも、これがまた気持ちいいの。ぬるんとして、くちゅんとして。私もいつの間にか夢中で応えていた。

「ひっ、……ひやぁっ! やんっ、やんっ……ちょっとっ……! あああぁんっ……!」
 駄目駄目っ! やっぱ、これってまずいかも! 想像を超えるすごさに、私はもう声を限りに叫んでいた。今までもじくじくと身体の奥でくすぶるくすぐったさがあった。でも、これはそれとは比べものにならないの。脳に直接注ぎ込んでくる、何とも鮮やかすぎる感覚なのよ。
 知らずに腰が引けるのに、すぐに引き戻されて。私は泣きじゃくりながら、琉砂の舌が指が起こす波に耐えた。我慢すれば済むってもんじゃないの、だって、波はどんどん大きくなって、さらに私のおなかの奥で爆発を起こす。息をするのも苦しいくらい、それは大きくて。
 もしかして、琉砂は私のことを憎く思うあまり、なぶり殺そうとしてるんじゃないかしら。こんな風にして、どんどんおかしくして、最後は気が狂えばいいと思っているの? もしも優しい人だったら、こんな風にしないでしょ。さっさと子種を「はい」って、くれるでしょ……?
「ああ――っ……んっ!」
 もう何がどうなっているのか分からないくらい。足の先までピンと伸びて、絶叫すると、次の瞬間がくんと落ちた。
「姫……大丈夫ですか? よく、頑張りましたね」
 まるで、立場が逆転。琉砂の方がご主人様みたいに、私の頭を撫でながらねぎらってくれる。もう、目の前が涙で何も見えないよぉ……!
「では……そろそろ」
 鼻先をついばまれる。一度胸の中にしっかりと抱きすくめられて、それから。琉砂は私の耳に唇を寄せた。
「少し……辛いでしょうが、我慢して下さいね? じきに終わりますから」

 ざりっと、何かが入り口に当たる気配。でも、今まで私の中をかき混ぜていた長い指とは全く違うもの。すごく熱くて、固くてっ……えええっ、これ! これを入れるの!? ここに、壊れちゃうよっ!
「うっ、嘘ぉっ……! 冗談でしょ、琉砂っ! こんなの入らないっ、いやぁっ……!」
 めりめりって、めりめりって言ったわよっ、確かに。私の身体が、きしんで音を立てた。それなのに、琉砂ときたら、ううん、なんて呻いてそのまま腰をぐいっと差し込んでくる。私はもう、今までの倦怠感が吹き飛ぶくらいの痛みと身体全体が押し広げられるような感覚に呑まれていた。
「うううっ……、うんっ……!」
 ほとんど無理矢理にって感じで、琉砂が全部入って。頭がガンガンと打ち付けられてる私は、ちょっと睨み付けてやろうかと瞼を開けた。閨では目は閉じてるものだって、侍女が言ってたけど。じろじろ見てる女子は嫌われるって聞いたけど! だって、こんなにされて、どうして普通に出来る? 子種を入れるのに、どうしてここまでしなくちゃならないのっ……嫌よ、こんなの!
 ――でも。私の目に飛び込んできたのは……この世のものとは思えないほど、美しい映像だった。だって、苦しそうに息を整えてる琉砂の歪んだ笑顔が……なんか、すごいの。すごく綺麗なの。もう、額から汗がしたたっているんだよ。それでね、私の視線に気づいたら、嬉しそうに口を吸うの。私も夢中で応えてた。
 そうしながら、腰の方でまた波が生まれる。めりめりっと一度抜き取られかけたものを、入り口付近からもう一度深く差し込む。ゆっくりゆっくり、何度もそれを繰り返して少し痛みが和らいだ頃。琉砂は私を抱えていた腕を解いて、地面に手のひらを付いた。
「あああっ、くうぅっ……、ふぅんっ……!」
 嘘ぉっ……、これ本当に男の声? でも、確かに琉砂の口から漏れてきてる。すごい、悩ましげな官能的な響き。歌うように、誘うように。目を、閉じられるわけないじゃない。何かを必死で求めるように身体を揺らし続ける姿をこうして見上げてると、もう……あまりの美しさにクラクラしちゃう。
 もしかして、子種を貰うことよりも、これを最後に見られたのが良かったんじゃないかしら? そう思っちゃうくらい素敵なの。だってだって、琉砂が必死で感じ取っているのって、私でしょ? 私の方は残念ながら、ざりざりと身体の内側がきしむだけで、全然気持ち良くなんてない。すごい異物感があるだけ。でもっ、琉砂は感じてるんだよね? こんなに、喉を鳴らして。
 ねっとりとした夜の気に、ふわふわと舞う金の髪。飛び散る汗、額の青筋。時折、瞼を開くとそこから見える、美しい水色の瞳。私を見る、すごく……すごく愛おしいものを見つめるように。頬を辿る指先、口づけられて。
 赤い輝きと、闇と。ふたつの色に浮かび上がる美しい体躯。ああ、……何でこんなにも素晴らしいんだろう。ずっと見ていたい、この姿を、私の心に焼き付けたい。
「あっ……、ああっ! ――姫っ……!」
 くうん、と喉が鳴る。思い切り背筋をのけぞらせた琉砂が、次の瞬間がくんと落ちた。ほとんど私の上に落下しそうな勢いだったけど、かろうじて肘を地について堪える。
「はっ……はああっ、ああっ……」
 余波を感じ取るように、腰を何度か前後して。目を閉じたまま、もう一度喉をくんと鳴らした。

「琉……砂?」
 しばらく動かなかったから、どうしたのかと思った。まさか、このまま固まっちゃったんじゃないでしょうね、とか。どきどきして。そしたら、はっ、はあっ、って息を吐き出して。それからゆっくりと身体を起こしていく。ぶるぶるっと身震いしてから、ゆっくりと目を開けた。そして、だらしなく横たわったまま動けないでいる情けない私に腕を伸ばす。
「ああ……、姫……!」
 柔らかい気が流れてきて。手を取られて身を起こした私は、ゆっくりと琉砂の腕に抱き取られていった。肌着すらまとってない、本当に肌と肌の姿。汗がじんわりと滲んで、そこからひんやりとした気を感じる。
 荒い呼吸が整うまで。琉砂は黙って私を抱いていた。きつく感じる汗の匂いはとても心地よくて、逞しい胸は私が寄りかかってもびくともしない。甘えるようにすり寄ったら、なお甘く抱きしめられた。
「姫……、姫っ……」
 熱に冒させた者のうわごとのように、琉砂が繰り返して私を呼ぶ。かすれた声。でも……どうして、返事なんて出来るの? 髪に、額に。数え切れないほど口づけを落とされて、優しく髪を撫でられて。隙間がないくらい抱きしめられて。でもそれがきつくなくて……なんと言ったらいいんだろう。私、まるで琉砂の一番大切なものになってしまったみたい。
 この世にふたつとない宝物を抱くみたいに、琉砂は壊れ物を扱う手つきで私に接する。でも、こわごわ……ではなくて、そこは親愛の心で満たされていて。すごーく、あったかぁい……。
 涙がまた溢れてくる。止まらない、止めるには一体どうしたらいいの? 私……本当に? 本当に、一番大切なものになったのかな。琉砂が、愛しくて愛しくてたまらないって思うような。そんなはずないのに、琉砂は私のことなんて厄介者だと思っていているのに。
 私って、どこまでも馬鹿な女子だね。琉砂の心なんて全部分かってるのに、それなのに愛されてるなって思っちゃうなんて。こんなの、自分の思い上がりなのに。
「ねえ……琉砂?」
 見上げたら、返事の代わりにまた口づけが落ちてくる。瞼と、唇と。でも貪るようなさっきのとは全然違う。心から愛おしむ優しさが宿る。暖かくて、ふわふわして。思わず、とろんと夢心地になっちゃう。
「ちゃんと、子種いれてくれた? 私のおなかに、琉砂の子が宿った?」
 頬に掛かる髪をかき上げられて、その部分に唇が落ちてくる。挨拶みたいな仕草。もう、何だかずっと昔から、私たちの挨拶はこれだったみたいだ。ああ、……なんて優しい瞳の色。嬉しいな、こんな琉砂。
「もちろんですよ、ここには姫と私の子が」
 そう言いながら、おなかの辺りを探ってくる。ああん、なんかまた感じて来ちゃう。泣きたい気分を振り払うように、私はわざと元気よく言った。
「良かったぁ〜、じゃあ、あとは月が満ちるのを待つだけね。きっと玉のような赤子が生まれるわ。嬉しいな、琉砂の子なら、きっと賢くて優しい子になるわね。誰もから慕われて、立派な者になるわ……楽しみだな。そしたら、私も寂しくないかな……そうだ、花の頃には――」
 背中にしっかりと腕を回して、絶対に離れないように抱きしめる。今宵は私のもの、私だけの琉砂。私も琉砂だけの女子。……そう、琉砂ひとりの……。
「姫……、いろいろあってお疲れになったでしょう。もう休んだ方がいいですよ。少し眠りましょう」
 本当はずっと夜通し語り合っていたいな、そう思ったんだけど。琉砂は早々に会話を打ち切ってしまった。すごく寂しいけど……でも、仕方ないか。琉砂の方が大変だったもんね。子種を植えるのって、すごく体力使うんだもん。お祖父様って、あの年になってまで良くやるよなあ。
「うん……、でもっ。今夜はずっとこうしていてくれる?」
 すり寄って、甘えた声を出すと。琉砂は低い声で耳元に囁いた。
「もちろんですよ、ずっと姫のおそばにおります」

 ――嬉しいな、こうして琉砂とふたり。身体をぴったりとくっつけて、心もくっつけて。ばっちり、子種だって貰えた。もう……お願いは全部叶ったんだよね……?
 ああ、でも。出来ることなら、こうして子種を貰うのは琉砂だけが良かったかも。あんな恥ずかしいこと、明日の晩からは久弥殿の前でするなんて。あの顔の前で足を開くのは……ちょっとやだな。ずっと目をつぶっていなくちゃ。でもっ、耐えられるかな。いつかそれが普通になるのかな?

 ずーっと起きていて、琉砂のぬくもりを感じていたかったのに。やっぱり疲れが上回って、私は次第にとろとろと眠りに落ちていった。


 

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