薄藍に染まった夜空を眩しく染め上げるイルミネーション。四方八方どこを見てもキラキラが続いて、目の休まるところが全くないって状態。
それもそのはず、今夜は街が一年中で一番輝く夜だもの。そう、今日はクリスマス・イヴ。今や国民的行事になってしまったその当日だ。今では、大晦日よりも重要視している人が断然多いと思う。
それにしても、どうしてここまでたくさんの人手が出てるんだろう。週末の金曜日ってこともあるのかな。まだ定時でやっと上がったくらいの頃なのに、通りを行き交う人たちは皆がお祭りモードで浮き足立ってる。
大きなプレゼントを抱えた人や、有名ショップのケーキの箱を大事そうに手にしている人。ここに到着して、まだ十分足らずだけど、その間にもどんどん人数が増えていってる気がする。
「みんな……すごい気合い入ってるな〜」
手袋をはめていてもかじかんでくる指先にはあっと息を吹きかけて、私はひとり小さく呟いてた。
やっぱり、一番先に目に付くのはそこだよね。もともとお洒落な街なんだけど、今日はさらに女子力がアップしているって言うか……皆、それぞれに目的がありますって気合い十分なのが遠目に見てもすごいオーラで伝わってくる。
身体にぴったりと吸い付いた深紅のワンピース、首元で揺れるふわふわのファー、あるいは折れそうなくらい細くて高いヒールはシルバー。メイクにもヘアスタイルにも小物にも力入りまくりで、みんながこの日のために長い時間どんなに努力して準備してきたかがわかる。
―― それに引き替え、私ときたら。
モコモコなワンピースに、さらにモコモコな上着。足下はぺたんこなムートンブーツ。とりあえず全体的には白で、差し色に赤を使って……というようにまとめてみたんだけど、これじゃあ雪だるまみたい。
ああ、私だって今夜くらい思いきり着飾りたかった。だって、去年までとは違うんだもの。今年は頑張れば頑張っただけ、必ず喜んでくれる人がいる。そう思ったら、やる気倍増だよね。思わず息を呑むような大人の女性に大変身して彼をびっくりさせるとか、すごく楽しそう。ああ、妄想がどんどん膨らんでいく。
―― でもっ、やんごとなき理由でそれが無理なんだから仕方ないかぁ……。
またひとつ、はあっと息を吐いて。少しでも気を紛らわそうと、辺りのキラキラに意識を向けようとしていると――
「何、溜息なんてついているの?」
え、ちょっと待って。
なんかまったく見当違いの場所から声が聞こえてきたような。さっきから私がじーっと見据えていたのは駅の改札口。そこを通り過ぎてくる人の中に、お目当てのたったひとりを探してた。
「みーく、こっちだよ。どうして、そんなに驚いているのかな?」
「えっ!? な、何で、こっちから来るんですかっ!?」
うっわー、思わず声がひっくり返っちゃった。全然可愛くないよ、コレ。
「ふふふ、そんな風に驚く顔が見たかったんだ」
そう言うと、彼は周りの何もかもが全部霞んでしまうような素敵な微笑みを私オンリーに浮かべて、そっと傍らに寄り添う。
「人待ち顔の未来っていうのも見応えがあるな。しかもその待ち人は他の誰でもない、僕自身なんだからね」
またまた、そんなことを言い出すんだから。
普通の人が格好つけで口にしたら全身鳥肌が立っちゃうような台詞も、彼ならば大丈夫。うーん、今日のスーツも良くお似合い。こうやって再会するのも半日ぶりだもの、しっかり堪能しなくちゃ。
でもやっぱりこれって、からかわれているんだよね?
「もうっ、覗き見なんてひどいです。この場所、目立ちすぎるんだから、いろんな人にじろじろ見られて恥ずかしかったんですよ!」
だから、ついつい憎まれ口を叩いちゃったりしてね。
だって本当にそうなんだもの、ここは駅から出て真正面。さらに公園の入り口で人通りがすごく多い。
「それは、通り過ぎる人が皆、未来に見とれていたんでしょう……?」
ここまで来ると、かなり嘘くさく聞こえるよね。もちろん彼は真剣そのものの表情のまんまだけど、今夜の「雪だるま」な私に見とれる人がいるなんて信じられない。
「違いますっ、すっごく場違いな人間がいるから、何かのネタかと思われたんじゃないですか」
そうだよ、絶対。
誰も彼もがとびきりのお洒落をして、これからの素敵な夜に向かっている中で、私はかなり異色の存在だと思う。
「何しろ、こんなおなかだものっ。今日もマタニティ教室で一緒の友達に言われました、『あんたは今にも生まれそうだね』って」
実際の予定日はまだ二ヶ月後なんだけど、何故かどんどん前にせり出してくるおなか。だから、私を見る人はみんな一瞬ぎょっとした顔になるんだよね。きっとあれ、いきなり産気づかれたらどうしようとか怯えてるんだよ。
うーん、確かにすでに足下がまったく見えない状態になっているおなかはかなり怖い。
これって、生まれたあとは元に戻るのかなあ。延びきった皮膚がしわしわになって残ったら、立ち直れない。あまりにも不安で、抜け毛がひどくなりそうだ。
ああ、どうしてこんなに早くニンシンしちゃったんだろう。
もちろんそれは双方の合意の上で行われたことだし、とくに彼の方がすごく意欲的だった。知らなかったよ、そんなに子供好きの人だったなんて。この子が生まれたら、今をときめくイクメン・デビューしちゃったりするんだろうか。
でもでも、ふたりで過ごす最初のクリスマスは、もっともっとロマンティックな夜にしたかったよ……。
「うーん、困ったな。僕の可愛い奥さんは、そんなふくれっ面をしていては駄目だよ」
きゃー、何でこんなにくっついてくるの!? うわっ、うわわっ、みんなが見てる! 絶対に見てるっ!!
そしたら、……どこからか甘い花の香り?
「え、ええと。貴昭(たかあき)さん、もしかしてコロン変えました?」
どうにかして話題を逸らそうと、慌ててそう口にした。そして無意識を装って、半歩あとずさり。
ここ、都内の人気スポットのひとつだもの。もしも知り合いに見られたりしたら恥ずかしすぎる。会社の人だって、来ているかも知れないよ。
「ううん、どうしてそんなこと聞くの?」
不思議そうに首を振るけど、口元が笑ってる。どういうことなんだろうと思ってたら、その直後にカサカサって何かのこすれあう音がした。
「特別の夜だから、こんなものを用意してみたんだ」
そして、突然私の目の前に現れたのは――
「うわっ、うわわわっ……何ですか、これは!?」
「見ればわかるでしょう、未来にぴったりのプレゼントだよ」
そりゃあ、確かに見ればわかる。大きな大きな花束、ピンク色でまとめられていてすごく可愛い。でも……さすがにちょっと、ゴージャス過ぎません……? まるでノーベル賞の授賞式の奴みたいだよ。
「ほら、今夜の装いにもぴったりだ」
そう言って、さっさと手渡されてしまったりして。
「さあ、せっかくだから少し歩こうか。あまり人が増えないうちの方がいいでしょう、人に押されて未来にもしものことがあったら大変だ」
当然のように腰に腕を回してくるし。
そりゃ、私は今両手が塞がっているから手も繋げない状態だけど……なんか必要以上に密着してませんか? しかも花束効果で、さらにすれ違う人の視線がバシバシ感じられるんですけどっ。
「あっ、あの……貴昭さんっ。これはちょっと……」
今は私のだんな様である彼も、以前は職場の直属の上司。だからいつになっても敬語が抜けないし、強引な行動に出られてもなかなか異を唱えられない雰囲気がある。
でも、さすがにこれは……
「いいじゃない、みんなイルミネーションに夢中で僕たちのことなんて目に映ってないよ」
さらにすりすりされたりして、こそばゆいやら恥ずかしすぎるやら。
「だ、だけど」
「ほらほら、固いことは言いっこなしって」
い、いいのかなあ……いつもよりも糖度が上がっているような気がするけど。
「ふたりで過ごす初めてのイヴでしょう、思いっきり楽しまなくてどうするの。それとも何? 未来はこういうのは嫌い?」
……う、それを言われると。そんなことない、むしろ逆。彼のことは大好きだもの、一緒にいられればそれだけで幸せ。
「え、ええと……別に嫌いってわけでは」
だけど気になるんだもの、今は周りに人が多すぎる。そりゃ、周りもカップルだらけ。どうしてこんなに早い時間から、と驚くくらいにいちゃいちゃしている人たちもいる。でもでも、それとこれとは話が別で――
「じゃあいいよね。未来の同意が取れたなら、もう怖いものナシだ」
今夜の予報はところによって雪。そのせいか、空気がだいぶ冷えてきている。どちらかが何かひとこと発するたびに、白い吐息がふわふわと辺りを漂っていく。
「今夜は最高の夜にしよう。約束だよ、未来」
またひとつ、彼の白い息が消えていったその向こう。数え切れないほどの電球が私たちの行く手を照らしている。
―― いったいこの道、どこまで続いているんだろう……。
そんなことをぼんやりと考えてたら、何だか眩しすぎる風景に吸い込まれそうな気分になってきた。