TopNovelヴィーナス・扉>シンデレラの赤い靴・クリスマス番外・2

それぞれのヴィーナス◇初代の未来(の、クリスマス番外編)
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 天上を染め上げるかのような、満天のイルミネーション。その下をそぞろ歩きする観衆は、皆半ば放心状態でぼんやりとした眼差しでいる。中には口を半開きにしている輩もいて、あれはかなり情けないものがある。
  ふふふ、だが僕は違うぞ。少なくとも、作りものの美しさになんて心を奪われるなんて愚かな真似はしない。ほら、今この瞬間にも、身重の妻に優しく寄り添う完璧な夫でいるじゃないか。男たるもの、やはりこうでなくては。
  そして、甘い視線の向こうにいるのは瞳にイルミネーションの輝きを集めた彼女。
  ―― ああ、未来。どうして君は、こんなにも愛らしいんだ。
  そう、どんなときにも僕の心は彼女に一直線。その他のものになんて、まったく興味も関心もない。ようやく手に入れた宝物、この先どんなことが起ころうとも、ふたりの愛は変わらないのだ。
  日に何度それを実感し、そしてそのたびに深い安堵を覚えることだろう。ああ、本当にあのとき諦めなくて良かった。愚かなプライドが邪魔をしてなかなか自分の気持ちに正直になることができないでいた日々。悪戯に焦りばかりが募り、彼女に辛く当たってしまったこともある。
  しかし天使のように清らかな心を持つ未来はそんな僕のどす黒い内面を知ることもなく、いつも真っ直ぐな気持ちを伝えてくれた。どんなに好意が踏みにじられようと、決して相手を恨んだりはしない。そんなことは百も承知であったのに、それでもなかなか行動を起こすことができなかった。
  そんな過去の馬鹿な自分を思い切り罵倒してやりたい。何であんな回り道をしてしまったのだ。未来と過ごす毎日はこんなにも素晴らしい、今少しの勇気があればあと半年、いや彼女が入社してすぐに行動を起こしていれば、一年だって早くこの幸せを手に入れることができたのに。
  ―― でも、いいのだ。結果として、こうして今、ふたりでひとつの人生を歩んでいるのだから。

  彼女のすべてを手に入れたあとの僕には、何の迷いもなかった。とにかくは外壁から固めてしまおう。やはりかたちから入ってしまうのがいい。そうだ、一足飛びにウエディングベルを鳴らしてしまえ。
  結婚を急いだのにも明確な理由がある。僕はすぐにでも一緒に暮らしたかったのに、彼女はどうしても首を縦に振ってくれない。幾度言葉で説得し、身体に言い聞かせても、無駄だった。
  それならば仕方ない、すぐに式場探しに奔走だ。こういうときにも、仕事で身につけた完璧すぎる段取りやちゃくちゃくと積み上げた人脈が功を奏する。すぐに希望どおりの場所が押さえられ、安堵した。
  そして一ヶ月後、晴れて彼女は僕の花嫁に。純白のウエディングドレスに包まれた未来は本当に美しかった。夢見るような瞳でいる彼女の手を取ることができるのは、世界中をくまなく探しても僕ひとり。あの瞬間の幸福感は、どんなに言葉を並べても語り尽くせるものではない。
  会社関係者の席で恨めしそうに壇上を見上げている奴ら、ザマ〜ミロ! お前らに未来が似合うわけがないじゃないか。最初からわかれよ、ボケ。特に何かと僕に牽制を仕掛けてきたアイツ、本当に見当違いもいいところだったと思う。ははは、悔しがれ悔しがれ。最初から僕のひとり勝ちは決まっていたのだよ。
  これで未来は永遠に僕のものになるのだ。一生、僕だけのものになるのだ。あの日にチャペルの窓から見た青空は、これからの僕の人生を示すかのように澄み渡っていた。
  あまりに理想的な内容だったため新婦友人席からは感嘆の溜息ばかりが聞こえてきたという披露宴をつつがなく終え、僕らはすぐにハネムーンに旅立った。
  行き先は、ヨーロッパ。安易なパックツアーは避け、知り合いの旅行会社に特別なプランを作成してもらう。僕は語学に堪能だから、現地で困ることなんてない。地元の人間とも対等に渡り合え、時には強気に値引き交渉をしたりできる僕は、彼女の目にどんなにか頼りがいのある男に映るだろう。
  しかし残念なことに、現地での記憶はおぼろである。どんな観光地を回ろうと、僕の瞳には未来しか映らない。彼女がいつでも僕の側にいて、誰よりも一番に僕を頼ってくれる。そう思うだけで胸がいっぱいになり、それに比例するようにホテルの部屋に戻ると激しく長い夜が待ち構えていた。
  未来は僕の提案を決して断らない。かなり無理難題を突きつけても、じっくりと時間を掛ければ必ず攻め落とすことができる。最初は躊躇し恥じらいながら首を横に振っていているが、心と身体を徐々にほぐしていけば途中からは自分から進んで行為に応じるようになってゆく。
  日常生活とはかけ離れた空間に身を置かれたことで、いつもよりも気持ちが大胆になったというのもあるのだろう。お互いを求め合うだけで一日が終わってしまうこともたびたびあった。
  結果、旅から戻ると程なくして彼女は妊娠。これも、僕があらかじめ考えたとおりのシナリオだった。
  もちろん、しばらくはふたりきりの生活を楽しみたいという気持ちも捨てがたい。だが、未来を僕の元に繋ぎ止めるためには、やはりしっかりとした「絆」が必要だと思った。
  僕の希望で彼女は結婚と共に職場を退職していたが、内心ではそれを心残りに思っているに違いない。未来は将来有望な社員として社内での評価も高かった。本人ももっと頑張りたいと願っていたはずである。
  だったら、仕事に代わるような何かを与えてやればいい。そうだ、それなら「子供」という存在はうってつけじゃないか。未来はきっと良い母親になるはずだ、その姿も容易に想像がつく。
  そして、愛らしい妻と可愛いばかりの子供に頼りにされる僕。なんて絵になる完璧なシーンだろう。想像しただけで嬉しすぎて武者震いがしてくる。
  事実、突然の妊娠を告げられ嬉しくも戸惑う彼女を僕はしっかりとフォローした。つわりで思うように身体の動かない未来に代わって、料理はもちろんのこと、掃除洗濯も率先して引き受ける。職場での僕の有能振りはよく知っていた彼女も、これには痛く感動してくれた。
  夏の盛りには休暇を取って僕の両親が所有する高原の別荘へ。実家はかなりの資産家で、僕には一生遊んで暮らせるだけの財力がある。彼女はそのことも結婚して初めて知った。決まっているだろう、そんなことで自慢したって何になる。だが、感激のサプライズになるには違いない。
  過ごしやすい避暑地で美味しい食材をふんだんに使った料理を食べ、新鮮な空気を満喫したのが良かったのだろう。休暇から帰った未来は、妊娠前と変わらないほど体調が良好になっていた。
  そうなれば、やることはひとつ。
  下調べには余念のない僕は、その手のことも色々と把握していた。妊娠中だからといって、何もかもが禁止になるわけではない。もちろん妊婦や胎児に悪影響があるような激しい行為は御法度だが、心休まる愛情たっぷりのメイクラブなら、むしろ精神安定上とても有効であるとされている。
  ちまたには妻の妊娠中に勇んで風俗に走るとかいう不埒な夫がいると聞くが、そんな奴らの神経がまったく理解できない。この世で一番素晴らしいと自分自身が認めた女性だからこそ、永久の愛を誓ったのではないか。それを何だかんだと理由を付けて横道にそれるなんてどうかしてる。
  まあ、妊娠中の女性としても、自分の身体の変化は一番よくわかっているわけだから躊躇するところはあるだろう。未来も初めはかなり戸惑っていた。
「こんなことをしたら、おなかの赤ちゃんがびっくりしちゃいます」
  優しく愛撫を始めただけで、泣き出しそうな声で言う。
「それに……私、いろいろ変わってしまって。どうしてもっていうなら、お願いですから部屋を暗くしてください」
  自分の身体が反応しているのを承知しながら、あらがおうとする。何とも往生際の悪いことだ。だが、ここで先を急いではいけない。あまり強引に出て、怖がらせてしまっては逆効果だ。
「何を言うの、これ以上我慢を続けるのは僕には無理だよ。今までずっと耐えてきたの、未来にだってわかっているでしょう?」
  いや実のところ、本当の意味で禁欲したのは一月足らず。彼女のつわりがひどくなるまではふつうにやっていたし、そのまっただ中にいるときだって体調の変化を見ながら本番に臨んでいた。
  だが、次第に腹部が存在感を示し始めると、さすがにこれはヤバイと思ったのだろう。彼女は急に消極的になってきた。
「そ、それはもちろん……でもっ」
「未来、僕を信じて。ひどくしないと約束するから」
  感じやすい耳たぶを刺激しながら切ない声で訴えれば、さすがの彼女もノックアウト。そして一度火が付いてしまえば、二度と躊躇いの言葉など聞かれなくなる。
「ああ、未来。本当に君は素晴らしいよ。……どうして僕をここまで夢中にさせるのだろう……!」
  普段なら気障すぎる言葉も、ふたりの気持ちが高まりあっている瞬間であればオッケーだ。
「好きだよ、未来。ねえ、未来がこの世で一番好きな人は誰? 是非、聞かせて欲しいな……」
  彼女を四つんばいにさせて後ろから突き上げてながら、その動きに言葉を重ねる。
「えっ、……あっ、やあっ……、あんっ、……駄目ぇっ……!」
  未来は一度は僕の声に反応したものの、すぐに快楽の波に引きずり込まれてしまう。だけど、ここで諦めてなるものか。
「ほら、ちゃんと教えて。そうしないといつまでも許さないよ」
  いいなあ、こういうの。ちょっとSが入った台詞っていうのも快感だ。もちろん、彼女としてもどうにか答えようと必死ではある。でも、身体と思考がなかなかひとつに結びつかないようだ。
「やっ、……ああんっ! それは、貴昭さんですっ! 私はっ、貴昭さんがっ……!」
  さらに深く突いていくと、ほどなくして彼女は果てた。崩れ落ちる身体を、そっと支えるのも僕の役目。こうなってしまったときの未来はもう、自分のことを気遣うだけの気力が残っていない。
「いい子だね、未来。よく言えた、偉いよ」
  荒い呼吸の合間に、彼女がかすかに頷いた気がした。今はそれだけで十分、でも無意識の中にこれからも繰り返し仕込んでいかなくては。
  子供が産まれたあとも、その世話に手が掛かるようになっても、それでも未来には僕のことを一番に考えてもらわなくては困る。こっちは常に無限の愛情を注いでいるのだ、それを忘れさせないようにしなくてはならない。

「……貴昭さん?」
  はっ、しまった。
  どうも歩きながら、あれこれと妄想を続けていたらしい。
「そろそろ公園の出口に着きますけど……これからどうなさる予定ですか?」
  あらかじめ今夜のスケジュールを教えていなかったのだから、これは当然の質問だ。彼女もずいぶん気になっていただろうに、こんなにギリギリになるまで聞いてこないのだから健気である。
「ああ、まずは通りを渡って。そうすれば程なく到着するよ」
  僕の言葉にわかったようなわからないような表情で頷く彼女。そんな心細げな肩先を、僕はさらに強く抱き寄せた。


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2010年12月25日更新

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