1 「彼女が出来た」 そう言ったとき、ハヤは明らかにホッとした表情をした。 「そうなんだ、良かったね」 もう少しがっかりした顔をしてくれてもいいんじゃないかと思う。 街路樹に手を添えてくるくるとその周りを回る。まるで子供みたいだ…本人の話ではハタチを越えているらしいんだけど。長めのスカートがふんわりと広がる。 「ちょっと心配してたんだ〜前の彼女さんに振られて、タナ君は寂しそうだったもんね。これからは元気になるね」 「…ハヤも。今回は長いな」 「そう? まだ3ヶ月だよ〜長いなって程じゃないもん…今に振られるかもよ?」 俺はタバコの煙と一緒に大きくため息を付いた。 「いつもハヤの方から振るくせに…」 「…そうだっけ?」
「何だか、彼が出来たみたい」 「みたい、って何だよ? 自分のことだろ?」 「…だって。同じ部署の独身仲間で遊びに行っていて、気が付いたらそう言うことになっていたんだもん」 彼女は結構、のんべいだった。 ハヤの話では先輩の男性グループとハヤたちの女の子グループでカラオケに行ったり、ハイキングに行ったりしていたらしい。そのうち、中の一人から告られた…俺に言わせればどう見てもそいつは初めからハヤ狙いだったような気がする。現場に居合わせた訳じゃないけど、良くあることだ。2人がカップルになってからそのグループ交際があっという間になくなったということからもそう言う匂いがする。 「…んなこと言って。ハヤも何だかんだ言って乗り気だろ? 嬉しそうじゃない?」 「そ〜んなことないけどさ…」 「タナ君ばっかり幸せだと、妬けちゃうんだもん…」 …そんなこと、言えるはずはない。出来るはずもない。 2人はお互いに彼氏と彼女がいたのに、微妙な友達関係を続けていた。ずっと続けて行くのだと思っていた。それだけが願いだった。
2
「サトさん…」 携帯からはうーんと考え込むようなうなり声が聞こえてくる。何やら思案しているようだ。 「分かった、1時間後に行ってあげる、新宿でいいよね。これから支度するから…いつものとこで待っていて」 ありがとうございます、と言って目の前にいない人にお辞儀していた。
「急に来て貰って。本当にすみません…」 「はいはい、堅苦しいことはなし、なし! 今日はナガ君にウチのチビを預けてきたから。とことん付き合っちゃる」 「か〜、やっぱり外で飲む酒はいいわね。毎晩、ナガ君の晩酌に付き合ってるのにさ…やっぱ、こういうのがうまいのよね」 グラスのビールを一気に飲み下す。俺の方はパチパチと泡がはじけていくグラスを呆然と眺めているだけだった。 「…やあね、大の男が。こっちはダンナに平謝りして、子供にわんわん泣かれて、それでも出てきてやったのよ、こんなにしけてたら帰るわよ!!」 でもそのあと、手を止めるとこちらをそっとのぞき見た。いつもながらの男勝りの姿。無造作にまとめた髪にルージュだけのメイク。でもこの人はいつでも暖かい。元々はバイト先の上司だったが今ではダンナさんや息子さん共々仲良くさせていただいている。 サトさんは少し何かを考えるように俯いてから、タバコを取りだした。 「ごめん、急いで来たら火を忘れた…貸して」 慌てて胸のポケットからライターを取り出す。かちっと火を付けるとサトさんはタバコをくわえて火を付けた。 白い煙がふわっとあがる。それを2人で目で追う…そのあとサトさんはとうとう思い切った様子で切り出した。 「…お前に言ったんだね、ハヤちゃん」 観念したようにゆるゆると顔を上げた。 「やっぱり、知っていたんだ。サトさんは…」 「あたりきだよ。何しろ『子供が出来たかも知れない』って、泣きながら電話してきたからね…」 その言葉に目を伏せた。…俺に言わないで…サトさんに相談したんだ。何でも話せる仲だと思っていたのに。そんな深刻な大事なことを話してくれなかった。 「…でも、意外だったな」 「タナとハヤちゃん、本当にそう言う関係じゃなかったんだ…良かったじゃん」 「…サトさん」 「彼女の狼狽振りから言って『どっちの子か分からない』って泥沼かと心配したよ。ま、これでお前もキリが付いただろ? 観念しなよ?」 「う…」 「タナ」 「甘いんだよ、あんたは。男と女って言うのはあんたが考えているほど簡単なもんじゃない。ハヤちゃんが決めたことだ、分かってあげな」 「でも…」
泣き出しそうな顔が脳裏に甦る。唇を噛んで、必死に涙をこらえて…それでもその頬を濡らして。顔色も悪かった。目を閉じて手を伸ばすと、ハヤの心が指の先に届く気がする…彼女と自分は繋がっていた、確かな透明な糸で。
それが途切れたなんて、信じたくない。
木曜日が来れば、ハヤに会える。 今度は何の話をしよう…? 何を聞いて貰おう…? そう思う一週間だった。 木曜日に始まり、木曜日に終わる。たまにお互いの都合が合わずに会えないこともあったが…偶然の悪戯としか言いようがないくらい、2人は当たり前に会えた。
3
ハヤは不思議な子だった。 つかみ所がない。冗談のようにキスしても何ともないような顔をした。俺に彼女が出来たと言っても、ショックを受けるどころか嬉しそうに笑う。彼女の愚痴を言えば、ムキになって女性の気持ちを説く。 「…泥棒猫って…言われた」 「今日は、港の公園に行こうか?」 いつもなら居酒屋に直行して、看板まで飲む。でもあそこの喧噪では、彼女の気持ちを汲み取れない。
2人で会うのは大抵、横浜だった。俺の仕事場は久里浜で、ハヤは渋谷にあるビルに通っていた。2人の勤務先の中間地点が横浜だったのだ。大時計のある噴水広場でハヤを待つ。ざわざわと夕暮れの人混みの中でそこだけが金色にスポットライトを浴びたように見えた。…ハヤだ。 俺を見つけたときのはにかんだ笑顔。小走りに駆け寄る子犬のような足取り。なで肩からずり落ちそうになるバッグを肩にかけ直しながら、息を切らしてやってくる。
電車を使えばすぐだが、時間に追われてる訳でもない。港までの道のりをてくてく歩くことにした。 「で、何だよ? その『泥棒猫』って…」 冬の横浜。6時ともなると、とっぷり暗い。延々と続く車のライトに照らされて2人の白い息が浮かび上がる。ハヤはふわふわの少し茶色っぽい髪をしていた。どうしてもまとまりが付かないんだと笑う。白い息も髪に絡みつきそうだ。 「どうもね…彼のこと、去年から狙っていた先輩がいたらしくて。私が付き合いだしたことを聞きつけて、嫌みを言われたの」 「何だ、逆恨みか」 「朝ね、会社に行くと愚痴愚痴と…もう凄いんだ。昨日なんか書類の上に濡れた雑巾が置いてあったし。私の椅子の座布団が濡れていたこともあった」 ハヤは今年の4月に入社した。短大卒だから最年少の部類だろう。俺は男ばかりの職場にいて、詳しいことは分からないが、パート勤めをしている母親の話ではなかなか根の深いものがあるらしい。 「…陰湿…それで。もちろん彼に言ったんだろうね?」 「…え?」 「言わないよ、そんなこと。心配かけたくないもん」 「ハヤ…」 我慢するなと言ってるのに。辛いことも黙ってやり過ごしてしまうところがあった。しっかりした性格なのはいいけど、それでは誰にも気付いて貰えないじゃないか。 「今日ね、タナ君に聞いて貰おうと我慢していたんだ。何かさ〜良くないね、社内恋愛」 言ってることは冗談めいて明るいのに、もう涙目になっている。こんなに傷つく彼女を見て、気付かない男なんて最低だと思う。ハヤの彼氏になる資格もない。 「はいはい、俺はハヤの心のはけ口だから。何なりとこのタナ兄さんに言いなさい、聞いてあげるよ」 「良かった〜」 「…ハヤ」 こういうとき、コイビトだったら抱きしめるんだけど。ハヤを相手にそう言うことは駄目だと思う。キスはするのに、変なところで自制心が働く。我ながらおかしなもんだ。
「ああ、タナ君といるとホッとするな…」 「…どうしたの? 何だかタナ君の方が辛そうな顔してる」 「そう?」 「…うつしちゃったかな?」 「何だか、もう大丈夫みたい! ねえ、戻って飲みに行こうよ!!」 腕をすり抜けて、くるりと回転する。オフホワイトのコートが彼女の膝下でまあるく孤を描いた。
4
どうやって待ち合わせの場所まで行けたのか、自分でも分からない。 仕事は欠勤していた。3日間だ。そんなこと社会人の端くれとして許されることではなかったが、布団から起きあがることも出来ないほど、身体が辛かった。 顔を下に向けるとそのまま涙が流れ落ちる。 それでもハヤに会いに行った。どうしてもハヤに会いたかった。 でも。 会っても…言葉が出なかった。
いつものように俺を見つけて駆け寄ってきたハヤは、しかし、俺を見た瞬間に何かを感じたらしい。大きく目を見開いて、暫く黙ったままでいたが、やがて俺の腕を取ると歩き出した。 JRの券売機で2人分の切符を買うと、俺を改札口に押し込む。言葉を発しないまま電車に乗って、いくつ目かの駅で降りた。改札口を出ると、潮の香りがした。 俺は何もしゃべらなかった。ハヤも黙ったままだった。コートの袖を引っ張って俺を誘う。ずんずん海の方角に向かっていった。
桟橋の手前に小さな公園がある。どちらかが落ち込んだときはここに来ることにしていた。遠く向こう岸の灯りが見える。ベンチに腰を下ろす。彼女は飲み物を買いに行ったらしい。暫くして缶コーヒーを2つ手にしてやってきた。
「タナ君…」 ハヤの腕は震えていた。小刻みの振動が肩に伝わってくる。 彼女は。…泣いていた。
辛い別れだった。 付き合っていた女から一方的に別れを切り出された。それもショッキングな事実と共に。…ハヤにも話せないような…あまりにむごくて残酷な出来事だった。話を聞いた瞬間、血液が身体からみんな流れ出てしまったかと思った。 彼女は俺とハヤとの関係を快く思っていなかった。再三に渡り、もう会うなと言われた。それは出来ないと言うと、ハヤと自分とどちらが大切なのかと聞いてきた。 …答えられる訳もないのに。
ハヤのしっとりとしたぬくもりが微かな震えと共に伝わってくる。何も言わないのに、ハヤは俺の気持ちをみんな抱きとめたように悲しんでいた。 慰めの言葉もない、励ますこともない。ただ、声を殺して、長い間泣いていた。
「…帰ろう」
「あのね、タナ君」 「こうやって、枝の隙間から見ると、空はギザギザに見えるね。ビルの間からだと四角く見えるし、大きな草原に行くととても大きな空がある。でも、空はどんなかたちをしていても…空なんだよね」 「空っていいよね」 立ち止まって。俺を振り返って、淡く微笑む。 「空はどんなかたちをしていても、みんなが空だと認めてくれる。でも人間は傷ついたり、転んだりすると自分のことが分からなくなる。…わたし、空になりたいと思うよ」 「タナ君と一緒に泣くことしかできないけど…私は空みたいに、いつもタナ君の側にいるよ。かたちを変えても、色を変えてもタナ君と一緒にいる」 呆然としたまま立ちすくむ俺の所まで戻ってきて、ぽんぽんと背中を叩いた。 「来週の木曜日はタナ君のおごりだよ」
その夜。 家まで帰り着いてコートを脱ぐと、肩のあたりがしっとり濡れていた。ハヤは俺の代わりに泣いてくれた。そう思った。
5
「…だって。おかしいじゃないか、サトさんだってナガさんの奥さんだけど、こうして俺と2人きりで飲みに出られるじゃないか? サトさんに出来ることが、どうしてハヤには出来ないんだよ」 「馬鹿だねえ…この子は」 「あんたね、ウチだって大変だったんだよ。最初はナガ君がやっかんでね、『タナは私の弟みたいなもんだから』って、いくら言っても信用してくれなかった。男女の仲はどう転ぶか分からないって…誰だかさんのせいで、だいぶこじれたんだからね」 「…そうだったんですか?」 「そうだよ、それにあんたとハヤちゃんの場合はそれだけじゃないだろう?」 「え?」 「知らなかったのかも知れないけどさ、ハヤちゃんは彼氏にプロポーズされてたみたいだよ?」 これも初耳だった。でもあり得ない話じゃない。確か相手は27だと言ってたし。 「プロポーズされた、それも付き合ってる彼氏に。そしてその男の子供を妊娠して…普通、戸惑うことはあっても、泣くことはないと思うんだな? …でもハヤちゃんは泣いてた。どうしてだと思う?」 「ハヤちゃんは…タナのことが好きだったんだよ、多分ね。だから彼氏とタナの間で悩んだんだと思う」 「そんな―」 …馬鹿な。一度だって、そんな素振りを見せたことはなかったじゃないか? 「それにさ、あんたはどうしようもなく馬鹿で気付いてないみたいだったけど…あんたたち、お互いに信頼しすぎてたよね。だから誰かと付き合っても続かない、だって相手に100%ぶつからないんだもの。コイビトにいい格好して、本当の気持ちは2人で共有し合って。コイビトだって、夫婦だって同じ。ちゃんと真っ正面からぶつかっていかなかったら、相手に見抜かれてしまう。…ハヤちゃんはそれに気付いたんだよ」 黙って俯いた。サトさんの言葉には容易に頷けない。でも否定も出来ない。 誰にも見せない弱さをハヤはいつも俺に預けてくれた。それが嬉しかった。喜びも悲しみも永遠に共有し合える贅沢な関係は誰にも譲りたくなかった。 「でも…サトさん、俺は―」 「それ以上は言っちゃ駄目」 まるでドスを突き立てるように、サトさんはカラになったとっくりをどんと俺に目の前に置いた。 「タナ、これは『姉』の命令だ。もうハヤちゃんのことは忘れるんだ、未練がましくしちゃいけない。恋人関係は壊してもどうにかなるけど…夫婦はそうはいかないよ? それに子供のこともある。ハヤちゃんが決心したことを見守るのも友達だからね」 「……」 「私もナガ君も…相談に乗るからさ」
本当のところ。サトさんなら助けてくれるのかと思っていた。ハヤを説得して思いとどまらせることも出来るんじゃないかと。でもそれは甘い考えだった。かえって、くぎを刺されてしまった。
6 木曜日になると、あの場所に行きたくなる。2年間、待ち合わせたあの場所。 ハヤに話したいこと、ハヤに慰めて欲しいこと…心にたくさん降り積もる。ぽっかり空いた穴を仕事で埋めた。
いつだったか埋め立て地に建設された公会堂の、シートの納品を請け負ったことがある。5色に色分けしたシートのカタチと色は俺が決めた。出来てしまえば些細な事だったが、自分が決めた物がカタチに残るのは嬉しかった。その興奮も冷めやらぬ時、ハヤに言った。 「いつか、湘南の海岸近くに作るんだ。ジャズのための施設。音響もバッチリにして、贅沢にして…海外からのジャズ演奏家も必ず足を運んで演奏会を開いてくれるような場所にしたい」 恥ずかしくて誰にも言えなかった夢をハヤには話した。ハヤはにっこり笑って聞いてくれた。 「凄いね、そうしたらタナ君は館長さんか…」 「ねえ、ハヤの夢は? 将来叶えたいことはある?」 「え…?」 「う〜ん、そうだなあ。何だかタナ君の夢が大きすぎて、自分のが浮かばないや…」 「…私の周りにいる人が、みんな幸せな空間を作りたいな。ニコニコ笑って生きられるみたいな…」 「すんげ〜抽象的、訳わかんない」 ハヤの笑い声がはじける。肩に置かれたハヤの手。暖かくてとてもホッとした。自分が一人じゃないと思えた。
師走も半ばの日曜日。冬用のコートをタンスから出していた。 紙を広げると、思わず息を呑んだ。 そしてそのまま震える手でそこに書かれていたナンバーを押した。手が滑って何回も間違えた。 汗ばむ手が受話器を持つ。何度かのコール音のあと、聞き覚えのある声が向こうから聞こえた。
「…タナ君。わわ、久しぶりね…やだ、何年ぶりかしら」 「何だ、ミナさんはまだ独身だったんだ」 「何だとは何? あなたね〜私まだ、22よ。よっぽど奇特な人以外は…で、何? 何か用?」 ミナさん。 ハヤと一緒にライブハウスに来ていた子だ。当時、常連のオフ会をやろうと言うことになり、彼女が幹事になった。それで自宅のナンバーを控えてあったのだ。
「ハヤ、…元気かな?」 「え…え? あ、元気なんじゃないの? 良く知らないんだ…結婚式以来だし」 ハヤの連絡方法は携帯のナンバーしか知らなかった。それはあのあとすぐに解約したらしい。実は何度かかけてみたのだ。サトさんにああ言われたが、ひとことハヤの声を聞いたらそのまま切ればいいと思った。でもハヤの声には届かなかった。 「ねえ、ミナさんは知っているんでしょう? ハヤの連絡先。教えてくれないかな」 長い沈黙が流れた。そのあと大きなため息が聞こえて、ミナさんはこう言った。 「…ごめん、悪いけど…メグミから、タナ君には教えないでくれって言われてるんだ」 「…え?」 「でも、そこを何とか! ねえ、ミナさんから聞いたとは言わないし…本当に、ちょっと話がしたいだけなんだ…変な気を起こすこともないから。ただ元気なのか、それだけが分かれば…」 食い下がれるだけ、食い下がろうと思った。サトさんもハヤの新しい連絡先を知っている様なのに決して教えてくれない。ここでミナさんに断られたら、ハヤのことを知る手がかりは消えてしまう。 ハヤに、会いたかった。それが駄目なら声だけでも。俺がこんなに会いたいんだ。ハヤだって心の中では会いたいと思っている。そうに決まっている。 「…タナ君」 「ごめん、言えない。私はメグミのこと大切だから。約束は守りたい…」 「そんな…」 ミナさんの言葉には絶対に動かない何かがあった。受話器を握りしめたままお互いに沈黙する。 「ねえ、もう切りたいけど。その前にひとつだけ、教えとく。これでもメグミとの契約違反だと思うよ」 「…メグミ、女の子産んだんだ。名前『ミユ』って、言うんだよ」 「……」 「分かるでしょ? 『メグミ』の『ミ』とあんたの名前の『ユキヤ』の『ユ』…もうこれ以上のことは二度と教えないよ、じゃあね」 それだけ言うと電話は一方的に切れた。ぷつぷつ途切れる音を向こうから聞きながら、自分が泣いていることに暫くして、ようやく気付いた。
手のひらに張り付いていた紙切れを丸めてくずかごに捨てた。それから、庭に出て、空を仰ぐ。
『空っていいよね』 いつかのハヤの言葉が耳元に響く。この空の色のように澄んだ声が。
『タナ君と一緒に泣くことしかできないけど…私は空みたいに、いつもタナ君の側にいるよ。かたちを変えても、色を変えてもタナ君と一緒にいる』
…もう泣いてはいけない、と思う。そして悔やんでもいけないと思う…。
心が繋がっているとしたら、ハヤまでそんな哀しい気持ちになってしまう。俺が幸せにならないと、ハヤも幸せにはならない。 もう、会うこともないけれど…元気でいて欲しいから。笑っていて欲しいから。だったら自分もそんな風に生きていきたいと思う。
そう思ったら、目の前が急に晴れて見通しが良くなった。ホントにそんな気がした。
Fin(020206)
◇あとがき◇ あと…タナ君と元彼女の間に何があったか。設定はあるんですが、ダークなので省きました。訳が分からないと思いますが、皆さんのそれぞれの心の中で想像してください。アナログだったら書いちゃったと思うのですが、ネットですし。 キミ ノ キオク <<…ハヤside story >>カゼ ノ ユクエ…ハヤside afterdays story |