TopNovel「11番目の夢」・扉>11番目の夢・2



…2…

 

 東城の家は戦前からの名家であった。それはその頃から半世紀以上外装の変わらないこの洋館からも容易に想像が出来る。広々とした敷地に両腕を大きく広げたようにゆったりした造りの建物。

 最初に見たとき「国会議事堂の様な造りですね」と、言ってしまって、それを聞いた惣哉にくすりと笑われた。
 この家に産まれた時から住んでいる人間にとっては普通のことなのだろう。でも地方都市のささやかな一般的な家庭に育った千雪にとっては大鷲の巣に居候するヒヨドリの気分で落ち着かない。取って食われるわけではないのに、今日も玄関先のエントランスでうろうろと行ったり来たりしてしまった。

「ちゆ先生、ちゆ先生…!!」
 意識して押し殺したためかすれた声が背後からした。振り返るが、誰の姿もない。不思議に思って辺りをきょろきょろ見回すと、右手の植え込みからにょきっと制服の袖が見えた。

「…朔也君?」
 近くまで寄って、覗き込む。低木の間から、若い男の子ががさっと顔を出した。

「何してるの? こんなところで…」
 傍らにカバンがある。学校指定のものだ。まだ帰宅してないんだ。小首を傾げて訊ねると、朔也は恥ずかしそうに首をすくめた。

 東城の家に居候しているのは千雪だけではない。ここにいる朔也の方が千雪よりも数ヶ月早く住み込んでいた。両親が外国勤務で、同居していた祖母が亡くなったそうで。そこを惣哉の父である学園理事長が「拾った」のだという。まあ、色々と理由はあるのだが。ちなみに朔也の父親は一籐木グループの幹部候補の1人らしい。
 朔也は今、高校3年生。理事長の計らいで藤野木学園の高等部に編入していた。衣替えをしたばかりの冬服。微妙なシルバーブルーはとても上品だ。

「アレだよ、アレ…」
 朔也が指さす方を振り向くと、シルバーの外車が止まっていた。何とも言えない威圧感のあるボディ。千雪には車のことはよく分からない。でもきっとものすごい高級車だ。そう、あの車は…

「…あ」
 さすがの千雪も、全身からさっと血の気が引いた。

「あいつが来てるんだよ。あのおばはん…苦手なんだもの。今日に限って予備校がないしさ、なあ、これから2人でどこかにズルけようよ〜」

 出来ることならそうしたい、そう思った。でも逃げていても始まらないと言うことも千雪は知っていた。

「駄目、ちゃんと家に入ってご挨拶しましょう? 今日、顔を合わせなくたっていずれは逃げられなくなるのよ? 朔也君は特別の人間なんでしょ、逃げちゃ駄目!!」
 1人なら逃げてしまえても、弟のような朔也の前では強気にならざるを得ない。腰に手を当てて、最高にお姉さんらしい声を出して諭した。

「ううう、ちゆ先生〜〜」

「はいはい、立って!!」
 ぎゅうーっと腕を引く。重かったが仕方ない。まるで童話の「大きなかぶ」の登場人物の様に必死に引っ張った。立ち上がると途端にものすごい身長差。朔也の脇の下に潜り込めてしまうくらいの千雪。実は朔也も最初、千雪を中等部の生徒だと思ったという。腹が立つが納得しないわけにはいかない。

「さあ、行くわよ!!」
 自分に言い聞かせるように宣言すると、千雪は馬鹿でかい玄関のはじっこ設置されたインターフォンを押した。

 

◇◇◇


「お帰りなさいませ、千雪様、朔也様。…今日はお二人でご一緒ですか? 珍しいですね…」

 千雪の声をスピーカー越しに聞いた若いお手伝いさんが、セキュリティーを解除して扉を開けてくれた。この扉だって一体どれくらいの大きさがあるのやら。畳3枚分くらいあるんじゃないかと思う。それも両開きの片方だけで。今この屋敷に住む人間の中で一番長身の朔也の頭よりもかなり高いところにある扉のてっぺん。どうしてお金持ちの所有物と言うのは無駄に大きく作られているんだろう。

 お手伝いさんは今時にえんじ色のスタンドカラーのワンピースにフリル付きのエプロン。戦前から変わってないんじゃないかと思うような服装だ。こんな格好をしている使用人がこの家には千雪の知っているだけで5人いる。人手を確保しないと日々の掃除も出来ないのだ。自分と歳の変わらない女性達がせっせと働いているとついつい一緒になってはたきをかけたくなる(と言うか、千雪はいつも一緒になって掃除してしまう)。

「ただ今、村越様がいらっしゃってます」
 廊下を先導するように歩きながら、お手伝いさんがてきぱきと説明する。

「応接室にいらっしゃるんですか?」
 もう少しくだけていいと言われながらも、千雪はお手伝いさん達についつい丁寧に接してしまう。それがかえって彼女たちを恐縮させてしまうのだけど。

「いいえ、リビングです」
 その答えを聞いた瞬間、千雪の隣りで朔也が「げえっ」と下品に呻いた。帰宅したらとりあえずはリビングに顔を出して女中頭の「幸さん」に挨拶する。そしてお茶を一杯頂くのが習慣になっているのだ。となると、避けて通れないポジションだ。

 リビングのドアの前まで行くと、彼女はこんこんと軽くノックをする。そして礼儀正しくドアを開けてぺこりと一礼。

「…千雪様と朔也様がお戻りになりました」
 室内にそう告げると、こちらに目配せする。千雪が小さく会釈して答えると一礼して、自分の仕事に戻っていった。

 

「ただ今、戻りました」
 千雪は室内に入ると、いつもより神妙に頭を下げた。

「いらっしゃいませ、叔母様」

 朔也が「おばはん」と呼んだ客人は惣哉の叔母…母親の妹に当たる人だ。惣哉の父である学園理事長は婿養子だから、彼女はこの家が実家と言うことになる。

 にこやかな笑みを浮かべながら、面を上げると。視線の先に見るからに不機嫌そうな初老の婦人が座っていた。小さな丸い眼鏡越しに千雪をじろりと睨んでいる。ナフキンで口元を押さえると、彼女は吐き捨てるように言い放った。

「戻りましたって…ここはあなたの家じゃないでしょ? 我がもの顔に振る舞わないで欲しいですわ。加えて言わせていただけば、わたくしはあなたの叔母ではありません。馴れ馴れしくなさらないで。不愉快だわ…」
 ちらりとこちらを見た視線をすぐにテーブルに戻して。くるくると紅茶のカップの中をティースプーンでかき回す。イライラとした様子がにじみ出ている。

 千雪は一瞬、息を止めていた。今までこの人と顔を合わせるときは、いつも惣哉か、そうでなければ惣哉の父の政哉が同席していた。まあ、彼らがいたところで彼女が柔らかくなることはないが、ここまで千雪に対してあからさまに嫌悪の色を見せたりはしなかった。義兄や甥に対して多少の遠慮があったらしい。

 …それに。幸さんはどこへ行ったのだろう? 女中頭の幸さんがいつもは元気に迎えてくれるのに。そう言えば、幸さんもこの夫人が苦手なのだ、買い物と称して、外出してしまったのかも知れない。夫人の給仕には若いお手伝いさんがひとり付いていた。

 残念だが、この場合、高校生の朔也では心許ない。千雪はひとりで矢面に立つことになったのだ。

「申し訳ございません、村越様。失礼いたしました…」
 柔らかな微笑は崩さずに千雪は静かに訂正した。小さく俯くと、さらさらと綺麗な髪の毛が頬をくすぐる。

 隣りで朔也が「ひえー」だの「うぎゃー」だの、千雪にしか聞こえない声でいちいち反応している。

「…で。今日は義兄上と、惣哉は? あとどれくらいで、戻るの? あなた、秘書なんでしょ、それくらい知ってるはずよね?」

 単なる質問なんだけど。彼女がこの言葉を発すると何とも言えないとげとげしさがある。

「本日、理事長先生は大阪に出張していらっしゃって夜、遅くなるそうです。そして、惣哉さんは…」
 言いかけたとき、言葉を遮られる。

「ちょっと!! 単なる秘書の分際が、大切な東城家の跡取り様をそんな馴れ馴れしいいい方で呼んで欲しくないものだわ!!」

「…おっ、おい!! おばはん…じゃなくて、村越さん――」
 あんまりだと思ったんだろう。朔也が彼女に言いかける。それを千雪が肘で突いて、制する。

「…失礼いたしました。副理事長さんはお食事のご予定がありまして、やはりお戻りは8時頃になるかと…」

「まあ!!」
 村越夫人は素っ頓狂な叫び声を上げた。

「8時まで働かせるの? 秘書はもっと上司のことを考えて日程を組んで欲しいものだわ。あなた本当にそんなで惣哉の秘書をこなしているおつもり? …ああ! じゃあ、こんなところで油を売っていても仕方ないわっ」

 がたがたん、と乱暴に椅子を引いて。

「今日は、惣哉の婚約の日取りを決定しようと思ってきたのよ? 仕事が忙しくて、延び延びになっているんでしょう? 先方様に申し訳なくて。お世話をしたわたくしの身にもなって欲しいものだわ。惣哉が戻ったらよく言っておいてっ!! わたくし、本日はおいとまいたしますわ!!」

 まるで千雪が悪いように罵声を浴びせる。そしてわざわざ千雪を押しのけるように大袈裟に歩いて、リビングを出ていった。

「やだやだ!! 会いたくもない顔を見てしまって、気分が悪くなったわ。全く、惣哉も義兄上も…酔狂なこと。何考えているのかしら!!」
 廊下を歩きながらただっぴろい館内全てに聞かせるように叫ぶ、村越夫人の声。

「…ひでぇ…」
 婦人の眼中にも入ってなかった朔也が、かすれた声で呻く。

「なあ、ちゆ先生。婚約ってなんだよ? 同窓会長の娘との話って白紙に戻したんじゃないの? …惣哉はどういうつもりなんだよ…」

 自分に問われた言葉に、答えることも出来ず。千雪はただ、スカートをぎゅっと握りしめたまま、立ち尽くしていた。表情は、なかった。

 振り向いてそんな彼女の姿を視界に捉えてしまった朔也は、それ以上何も言えなくなった。千雪の頬を覆うようにさらさらと落ちている髪が…かすかにかすかに震えていた。

 

◇◇◇


「どうにかなるから、大丈夫」
 それが惣哉の口癖だった。

 そもそも、藤野木学園の同窓会長の娘との縁談を持ってきたのはこの村越夫人だった。自分の夫と懇意にしていた会長のたっての願いで、彼女が橋渡しを買って出たのだ。それだけにとても乗り気だった。乗り気と言うよりも強引だった。
彼女の姉に当たる惣哉の母親は身体が弱く入退院を繰り返した後、若くして亡くなった。2人姉妹であり、肉親のもはやいなくなった実家ではあるが、そんなこと彼女には大したことはないのである。両親と姉のいない今、東城の家風を伝承するのは自分しかいないと言わんばかりに何かにつけて干渉してきた。

 惣哉もその父親の政哉も穏やかな大人しい性格である。感情的に物言いをして自分の考えを押しつけてくる夫人を、困ったなと思いながらもそのまま自由にやらせていたらしい。黙っていれば過ぎてしまう嵐のようなものだったから。

 縁談は順調に進んでいた。それは当時、一職員として学園に勤務していた千雪だって知っている。千雪よりもいくらか年長の橋崎の娘はきりりとした顔立ちの華やかな美人だ。ゆるやかなウエーブを描く黒髪に陶器のような白い肌。お決まりの赤い口紅が彼女の象徴のように似合っていた。
 千雪が他の職員からこの縁談のことを聞いたのは、5月の終わり頃だったか。惣哉自身に案内されて学園を散策する橋崎の娘を遠目に見た。彼女の父親はこの学園の創立間もない頃の同窓生だ。しかしその娘はここではなく名の知れたお嬢様学校に通っていたらしい。

 

「ウチの学園に必要なのは家柄の良い子息、という肩書きだけじゃない。文武に優れ、明日の政財界を担う人材を育成するのが使命だからね。同窓生の身内だからと言って特別の優遇はしないんだよ」
 いつだったか惣哉がそんなことを言った。無意識だろうが他人を見下したようないい方がちょっと気に障ったので覚えている。

 

 確かに藤野木学園に在籍し続けるのは大変だ。幼稚部に入園するときに審査があり、小等部に進級するときにまた試験が行われる。これにはペーパーテストの他に学園理事長である惣哉の父親も同席して面接が行われるという。その後、小等部では2年おき、中等部と高等部では毎年試験が行われ、一定の学力に満たないものは他の学校に回されてしまうのだ。その分は新たに外部から編入する生徒がいて、全体の人数は変わらないが。

 良家の子女が通うお金持ちの学校だと思っていたらあんまりにレベルが高いので、仕事に就いたばかりの頃は驚いた。大学で理工学を専攻していたことから、高等部の補習を頼まれた。そこでの出題の難問さ。教える方がぴりぴりしてしまうほどの迫力だった。
 高等部を終えた卒業生の進学先が国内有数の大学ばかりだというのにも頷ける。心身共に優秀な人材。それを培うのが学園のあり方なのだ。

 

「あの同窓会長の橋崎のおじさんは、子供の頃からよく知っているんだ。我が家にも何度も来たし。お嬢様のことは詳しくは知らなかったんだけど…どっちにせよ、千雪が気にすることではないよ。ちゃんと話せば分かってくれるから…」

 惣哉は橋崎同窓会長の娘との縁談はなくなったと思っている。本人にもそう伝えたし、その意を撤回する気持ちもないと言う。

「僕には、千雪しかいないんだから…」
 そう言いながら抱きすくめられて、唇を重ねられる。そうするともう、どうにも出来ない。

 男性のものとは思えない柔らかな髪の落ちる額、淡い縁取りの眼鏡の奥の穏やかな瞳。形の良い薄い唇から囁かれる声は深い湖のように静かで落ち着いていて、滑らかに千雪の耳から心の中に落ちてくる。小柄な千雪をすっぽりと包み込んでしまう腕の力は大人しそうな外見からは想像できないほど強くて、身動きのとれなくなった身体がこの上なく幸せな牢獄に捕らえられている気になる。

 

 …どうして、自分などがこの人の隣りにいるんだろう?

 

 ためらいながらも惣哉の胸に飛び込んでしまってから2ヶ月…夏休みを越えて、新学期になって。慌ただしく過ぎていく日常に惣哉も周囲の人々も…そして、千雪すらも…面倒くさいことに気を回していられなくなる。

 このまま、流されていくものなのか…? そう思えてくるときに今日の様な場面に遭遇する。

 

◇◇◇


「…よく分からないんだけど。橋崎様のお嬢様は婚約を破棄するおつもりはないご様子よ?」

「ご様子って…待てよ、ちゆ先生。それってやばいじゃん…」

 お互いに仕事着のスーツと制服を着替えて家着になって。リビングでくつろいでいた。幸さんが戻らないので千雪がコーヒーを煎れて。

「そう?」
 ナッツ入りのクッキーをひとつつまんで。千雪はふふっと笑って、小首を傾げた。それに少し怒りを含んだまなざしの朔也が反応する。

「そう? …って。ちゆ先生、余裕だから言ってるの? それとも惣哉のことは実はどうでもいいとか?」

 中庭に面して大きく作られた格子硝子の窓から、夕日の残り火が差し込む。10月、だんだん日没が早くなっていく。天井が高くゆったりと造られたリビング。ほかに誰もいないのをいいことに朔也の言葉も遠慮がなくなる。

「え? だって…」
 千雪は困ったように微笑んだ。

「誰を選んで、誰と結婚するか。そう言うことを決めるのは惣哉さんご本人でしょう? 私がとやかく言うことじゃないと思うの…」

「…ちゆ…せんせ?」
 朔也は心底驚いた表情になる。

「待てよ、ちゆ先生がそんなに弱気でどうすんだよ!? 惣哉のこと、好きなんだろ? 食らいついてなくていいのかよ? …僕、やだよ。あのコテコテ『偽・咲夜』がこの家に来るなんて…」

「『偽・咲夜』…って…」
 今度は千雪の方が言葉を詰まらせる。

「だってさ〜、あんなの誰が見たって明らかじゃないか? 橋崎の娘って、あれ、無理矢理に咲夜を真似してるだろ? 半端なことするから気色悪くてさ…」

「朔也君…」
 いくら二人きりと言っても、どこで誰が聞いているか分からない。千雪は視線で制した。でも、彼の言うことは分かっていた。千雪自身も心のどこかでそう感じていたから。

 咲夜、と言うのは…「一籐木咲夜」、藤野木学園のオーナーである総合企業・一籐木グループの現頭取の娘である。そして彼女こそがこの1月に亡くなった前頭取…咲夜にとっては実の祖父に当たる一籐木月彦が自ら「我が後継者」と認めた人間。朔也と同じく学園の高等部3年生でありながら、日本一高いオーナーの椅子が約束された人物なのである。
 そうは言ってもいかつい氷の様な女性を想像して貰っては困る。一籐木咲夜はその肩書きにふさわしくおっとりと上品なお嬢様。外見の美しさはもちろんのこと、頭脳明晰で生徒・教師の信頼も厚く今は学園の高等部の生徒会長を務めている。柔らかな天然のウェーブを描く黒髪の美少女は実はここにいる少年・三鷹沢朔也の恋人。…で、尚かつ、つい数ヶ月前までは他でもない、東城惣哉の恋人だったのだ。

 不思議な運命によって、咲夜は惣哉の元を去った。もともとボディーガードとお嬢様という秘められた関係ではあったが周知の事実だったことに変わりはない。惣哉の落胆は深かった。そのえぐり取られた心を埋めるべく紹介されたのが橋崎同窓会長の娘だったのである。

 話はトントン拍子に進んでいった。もう少しで婚約が成立する…そんな時に千雪が惣哉の前に現れてしまった。

「やだよ、僕。あんな奴がいたら、この屋敷の居心地は一気に最悪だぜ? はっきり言って、キモいよ。第一希望の学校に受かれば、来春からだってここから通学することになるんだしさ…頼むよ、ちゆ先生〜〜〜」

「…朔也君」
 空になったカップをお盆に乗せて、千雪は席を立った。朔也がすがるように千雪を見つめる。

「ちゆ先生が言いにくいなら、僕がおじさんや惣哉に言ってやるよ? だってさ、あの二人はずるいよ。村越のおばはんが来る曜日にわざわざ予定を入れて戻ってこないようにして。逃げてるばっかじゃないか。おじさんもおじさんだよ、あんなにちゆ先生のこと気に入ってるのに、奥さんの妹相手にのらりくらりとしちゃって。いつもの調子でぴしゃりと言ってやればいいのに…何を遠慮してるんだろ…」

「やめなさい、駄目よ」
 千雪はきちんと年長者の顔になる。有無を言わせぬ厳しさで朔也を見つめて。

「今日のことは内緒、分かってるわね。幸さんもいなかったんだし、私たち2人の秘密にしましょう? 学園長先生も惣哉さんもお仕事がお忙しいのよ、余計な心配は掛けたくないでしょ?」

「…でも…」

 なおも食い下がろうとする朔也に千雪は一転して、いたずらっ子の微笑みを浮かべた。

「朔也君、この前惣哉さんに内緒でゲームソフト買ってきてたでしょ? あれの隠し扉の位置、教えてあげるわ」

「え? 本当!?」
 朔也の表情がぱっと明るくなった。

 この新作ゲームはなかなか手が込んでいて、苦戦していたのだ。中でも迷路のように入り組んだ塔のどこかにあるという隠し扉とアイテムが見つからず、クラスの仲間達の間でも情報が飛び交っていた。みんななかなか突破口が開けないでいる。

「えへへ、何となく目星はついてるの。…だから、内緒だよ。約束ね!!」

 目を輝かせてこくこくと頷く朔也に、千雪はにっこりと微笑み返した。

続く(020615)

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