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…16…



「…どういう…、これはどういうことなんですか? どうして…惣哉さん…」

 薄っぺらい1枚の用紙を握りしめたまま。千雪がそれだけの言葉を発するまでにどれくらいの時間がかかったのか分からない。たった4文字の真実を受け入れるまでに、長い長い時間を要してしまった。

「どうしてって? もういいでしょう? 早く処分して」

 その言葉が真実ではないことは確かだった。惣哉はもう一度、腰を下ろすと千雪の広げているそれを一緒に覗き込むように寄り添った。すっと、千雪の肩に手を回して軽く抱き寄せる。

「惣哉さんっ!! 私の質問に、答えてください!!」
 千雪はそう叫んで、すがるように惣哉を振り向いた。惣哉はわざととぼけた仕草で肩をすくめる。

「質問って…別に、何てことないでしょう? 君にはもう、必要のないものだし…」

「答えてください!! …あの、叔母さんに何をなさったんです? 何か…」
 千雪はそう言いながら、問題の箇所を指し示す。「証人」の欄のひとつを埋めていたのは…他の誰でもない、千雪の叔母の名前だった。それが本人の直筆であることは一目で分かった。千雪にとっては母親同然の人だ。折に触れて証明書などを書いて貰っていた。その優しい書き文字を見誤るはずもない。

「何か…失礼なことでも…なさったのではないでしょうね?」
 千雪はもう泣きそうだった。

 あの叔母が惣哉の差し出したこの用紙においそれとサインするわけはない。あれだけ難色を示していたのだ。ついこの間だって、病院に現れて、田舎に帰ろうと言ってくれたのに…。まさかとは思ったが、惣哉のことだ。何か手段を使ったのかも知れないと思った。そう思いたくはなかったが、そうでもなければこの事実を受け入れることは出来ない。絶対にあるはずのないことなのだから。

「…失礼なことでもって…」
 千雪の言葉に、惣哉は一度、大きく目を見開いた。でもその後、またふっと柔らかい表情に戻る。

「別に何をしたわけでもないよ?」

「だって、そんなはずないでしょう? …叔母さんは、…」
 尚も食い下がる千雪に惣哉はにっこり微笑んだ。それから何気ない様子で話し出す。

 

「君の叔母様は…いくら伺っても、決して顔を見せては下さらなかったね。夏休みの頃から、何度、足を運んだだろう? 電話を入れて、出掛けると鍵を閉めて留守にしているんだから。どうしても僕には会いたくないと言う感じだったね…」

 その言葉に、千雪は申し訳なくて俯いてしまった。その通りである、叔母は惣哉が結婚の承諾を得ようといくら訪ねても決して顔を合わせてはくれなかった。同伴した千雪は気が気ではなかった。双方の気持ちが手に取るように分かる。だからなおさら、惣哉との関係がどんなにか難しいものであるかを思い知らされた。

「本当は人でも雇おうかとも考えた。こちらの意見を上手に伝えて下さるようなね…でも、それじゃ、駄目だったんだよね」
 惣哉の視線が千雪を探るように見つめる。自分の心の動きまで全て見られてしまうようで、落ち着かなかった。

「千雪の叔母様がどうしたら僕の話に耳を傾けて下さるだろうかって…もう必死で考えた。この答えが出なかったら、千雪は永遠に僕の所には戻ってきてくれないって思ったから」

 千雪は黙ったままで、惣哉の話を聞いていた。

「…で、どうしたと思う?」

「え? …そんなの、分かりませんっ…」
 急に話を振られて、ドキドキしてしまう。慌てて、首を振った。そんなこと分かるわけないじゃないか、今だって信じられないのに。事実を突きつけられても信じられないのに。

 すると、惣哉は楽しそうに、ふふふと笑った。

「毎晩ね、仕事が上がった後、アポイントなしで押し掛けちゃった…」

「…え?」
 千雪は自分の耳を疑った。そんなこと出来るだろうか? 千雪の実家のある所まではここから高速を飛ばしても4時間以上かかる、もちろん片道で。

「そんなこと、出来るわけ、ないですっ!」

「…出来たよ?」
 千雪の反応が思った通りだったことに満足して。惣哉は尚も嬉しそうに話を続ける。

「定時に上がるでしょう? それから車を飛ばして…向こうに着くのが10時頃? でも最初はインターフォン押しても出てきてくれなかった、僕の声を聞くとそれきり黙っちゃうんだ。あんまり遅くなると申し訳ないから、12時頃で退散。こっちに戻ると朝だった。ようやく話を聞いて貰えたのは3日後だった。それからは嬉しくて、仕事も早退して、通い詰め。お陰で抜け道にも詳しくなったよ?」

「……」
 馬鹿げている、信じろと言う方が無理な話だった。でも、何故か千雪はこの話が本当のような気がしていた。

 

「結局、叔母様が折れてサインしてくださったのは1週間後だったんだ。大変だったけど、本当に嬉しかった。今までの人生でここまでやったことがないくらい頑張ったと思うよ?」

「でも…そんなこと言ったって。まさか、叔母さんが…」
 どうして、あの叔母が惣哉の話を聞いてくれたのだろう? 自分たちの結婚を承諾してくれる気になどなったのだろう? 千雪には全く理解が出来なかった。

「そう? それは簡単だったよ?」
 惣哉は何ともない感じで、楽しそうにまた笑った。そして、千雪の肩に置いた手のひらにぐっと力を込める。

「僕は千雪がいないと生きていけないから、千雪がいなかったら始まらないんだから。もう、ただ、千雪を下さいって…それだけ」

「…それだけ?」

「うん、土下座して。手みやげもなし、誠意だけ持って」

「……」
 千雪はもう一度、叔母の字を見つめた。たった4文字がすごく重い気がした。これを記した叔母の気持ちが溢れてきそうだ。一体、何を思って決心したのだろう。
 そう言えば、昨日、退院の知らせの電話を入れたときに受話器の向こうで少し涙ぐんでいた気がする。迎えの話も出なかった。あのときの「おめでとう」と言う言葉は退院のことだけではなかったのか? 今になって考えるとそんな気もしてくる。

 確かに多忙な惣哉が毎晩、福島まで通うのは大変だっただろう。並大抵のことじゃない、1日や2日なら分かる、でも惣哉のことだ。多分、叔母が承諾の意を唱えるまで通うつもりだったのだろう。その勢いに押されたんだろうか、その中に真実を見たのかも知れない。

 千雪は大きく息を吸って吐いた。喉の奥がひりひりする。

 

「だからね、こっちは何と1日。速攻だった」
 そう言いながら、千雪にもう1人の証人の名を指し示す。叔母の名前も信じられなかったが、もう1人も信じられないような人物だった。

「村越の叔母上でもいいかなと思ったんだけど。こっちを押さえる方が手っ取り早いし、…確実だからね」

「でも、いくら何でも…無理でしょう…」
 こちらも多分、直筆だろうなと思った。見覚えがある…でも。

 惣哉がまた喉の奥でくすりと笑った。

「うん、ドアを開けるのは怖かったし…話を切りだして、彼の顔色が変わったときはどうしようかと思った」

 千雪はごくりと息を飲んだ。張りつめた室内の様子が手に取るように伝わってくる。正直言って、話を聞いているだけで怖かった。

「でも、はっきり言ったから。『僕は千雪がいるから頑張れるんだって。他の誰でもない、千雪がいるからだって。千雪がいない人生ならいらないって』…さすがに面食らっていらっしゃったけどね」
 惣哉はそこで一息ついた。

「『ご自分が仰っている言葉の意味が分かっていらっしゃるんですか?』…って、言われたよ。もちろん、分かっていた、だから言って差し上げた。『千雪がいるところなら、一緒にいられるならどこででも生きていきます、別に学園も身分もいりません。何なら差し上げますよ』って。…そしたら黙ってしまったけど」

「…そんな、まさか」
 惣哉の口からそんな言葉が出ることも、それを他でもないこの名前の人に言い放つことも、正気の沙汰とは思えなかった。

「惣哉さん、そんなこと言って。あちらが本気になさったらどうするおつもりだったんですか? 言動は慎んで頂かないと…」

 この文字が書かれていることも信じられない。どんな気持ちで記したのだろう。何か裏があるんじゃないだろうか…? 千雪の心の中は様々な思考が入り乱れて、混乱していた。少し涙ぐんでいた。

「何を心配してるの?」
 惣哉はきょとんとして、千雪の顔を覗き込んだ。

「だって…本当にそう思ったから。千雪が福島に戻るって言うなら、付いていこうかと思っていた」

「…ええっ?」
 驚く、と言うか怪訝な顔をして、千雪は惣哉の顔をまじまじと見返した。

「何? 信じてないの? …悲しいなあ」

 …悲しいなあ、と言われても。千雪はそんな言葉を受け止めている自分の耳も、とろけるように優しい笑顔を映す自分の目も信じられなくなっていた。もう、馬鹿馬鹿しくて話を聞くのも嫌だった。

「千雪、ひどいよ…僕のことを考えて身を引こうと思ったんだって?」

「そんな…そんなこと、知りませんっ!」
 慌ててかぶりを振った。どうして、そんなことまで知ってるんだ、ってことは…やっぱり? 本当に?

「千雪がいなくなったら、僕がどうなっちゃうか…知らなかったんでしょう?」
 そう言いながら、じっと顔を覗き込む。ドキドキする。

「聞いたよ? みんな。『お金も何もいりませんから、惣哉さんのことを守ってあげてください。惣哉さんのことだけ、お願いします…そうして頂けるなら、私は身を引きます』って、言ったんでしょ?」

「知りませんっ!! そんなの嘘ですっ!!」

「…嘘じゃないでしょ? だって、橋崎のおじさんがそう言ったよ?」
 惣哉は千雪の手から、用紙を取り上げるとひらひらと振った。

「橋崎孝之助」と書かれた場所から千雪は目が離せなかった。橋崎同窓会長の名だ。フルネーム…それくらいは覚えている。忘れるはずもない。千雪にとって重くて恐ろしい名前だったから。

「その時ね、負けた、と思ったんだって。おじさんも大したことないね…千雪の勢いに飲まれそうになったって」

「そんな…そんなはず…」
 千雪はゆるゆると首を振った。そんなわけない、あの瞬間、私がそう言わなかったらどうなっていたか分からない。有無を言わせず、そう言わせるだけの迫力が彼にはあった。

「千雪…」
 惣哉の手が肩から外れた。そして長い指が元通りに用紙を畳むと白い封筒に収める。それから、それを手にしたままで、こちらを静かに見つめた。

「僕もね、自分がここまで必死になるとは思ってなかったんだ。でも、そうせざるを得なかった。だって…千雪を失うことは出来ないと思ったから」
 そう言って、言葉を切る。瞳を伏せて、静かに何かを思い起こしているようだ。

「副理事長室で…倒れている君を見つけて、すぐに救急車で病院に運んで。何が何だか分からなかったから、気が動転していた。院長先生の話を聞くまで、どうしたらいいのか分からなかった」

 

◇◇◇

 


 長い診察が終わって、医師が一度廊下に出てくる。惣哉はその姿を視界に捉えて、駆け寄った。こちらが何か言い出すより、医師の言葉の方が早かった。

「極めて危険な状態です。…大変申し訳ございませんが…、胎児の父親はどなたかご存じですか? 出来れば連絡が取りたいのですが…」

 言葉の意味を理解するまでに時間がかかった。その瞬間まで、惣哉は千雪の言葉を信じていたのだから。妊娠なんて訳がない、ただの生理不順だという言葉を鵜呑みにしていた。

「…私です」
 何の疑いもなかった。千雪のおなかに子供がいるのだとしたら、それは自分の子だ。そうでないわけはない。

 医師はひとつ頷くと、にわかに表情を固くした。

「そうですか。それならば申し上げます…今の状態では胎児を助けられる保証はありません。今の月齢で母胎から取り出せば生命の存続は無理ですから。こちらとしては出来る限りのことをしますが、もしもの時は承諾書を書いていただくことになると思います」
 それが堕胎のためのものであることを惣哉は察した。いきなり妊娠のことを告げられて、その感動に浸る間もなくこんな現実を突きつけられる。ショックでないわけはない。でも、子供の母親である千雪の身の方がもっと大切だ。いざというときは仕方ない。黙ったままで頷いた。それから、思い切って口を開く。

「…彼女が、千雪が助かるなら」

 その言葉に対する医師の表情は一層険しいものになった。

「…胎児が危ないと言うことは…同じくらい母胎の方も危険な状態だと言うことです。最初に申し上げたとおり、かなり危険な状態です。…覚悟を決めていて下さい」

「え…」
 惣哉の凍り付いた表情にも医師の顔色は動かない。こちらをしっかりと見据えて。

「話はそれだけです…私は持ち場に戻りますので…」
 そう言って、話を終わらせる。今出てきた診察室に戻ろうとした。

「院長先生――…」
 惣哉の力無い声に、医師はもう一度振り向く。その表情に同情の色はない。

「こんな状態になるまでお気づきにならなかったのだとしたら、もう自業自得と言うものです。妊娠初期は体調管理と同じくらい、精神的なものが大きく作用します。…彼女がここまで追いつめられるまで、どうして放って置かれたんです?」

 言葉は丁寧だが、かなり厳しく惣哉を非難していた。何も反論することが出来ない。

「後は彼女の頑張りと…天に…神に祈るしか、ないでしょうね」

 ぱたん、と閉まるドアの音に惣哉は一人残された。ひんやりした薄暗い廊下、呆然と立ち尽くして、医師の残した言葉の意味を頭の中に繰り返していた。

 まだ、信じられない、千雪が妊娠していたなんて。彼女のおなかに自分の子が…二人の子供がいるなんて。でも、もしも気付いていたなら? どうして千雪はあんなことを言ったのだろう? 妊娠のことさえ告げてくれていたら、あんなにひどい扱いはしなかった。もっといたわってやれたのに…気付いてなかったのか? そうなのか?

 でも…そのこと以上に、千雪の命の危険があると言うことが恐ろしかった。そんなはずない、どうして千雪が自分の前から消えたりするんだ。千雪がいなくなるなんて、この世から消えてしまうなんて 、そんなことがあっていいはずないじゃないか!!

 がくっと膝が落ちた。身体が震える…寒くて。悪寒、と言うものか? 風邪を引いたわけでもないのに…体中から汗が噴き出てくる。吐き気がした、この事実を受け入れることを身体が拒否している。

 ――千雪…!!

 失いたくない、いや、失っていいはずはない。千雪が自分の前から消えてしまうなんて、そんなことがあるわけはない。千雪はずっと、ずっと自分の側にいるんだ。ずっと、…ずっと…。

 惣哉の脳裏に甦る記憶。千雪が田舎に帰ってしまうと聞いて、なりふり構わず追いかけた朝。車を使えばすぐなのにそんなことすら思いつかず、この身ひとつで夢中で彼女のアパートまで走った。余計なことは何もいらなかった、ただ、失いたくなくて。それだけを考えて、それだけ考えて。
 そして、ようやく手に入れた。彼女の小さな重みを自分の腕に受け止めたときの幸福感。そこから広がっていく温かい気持ち。これで永遠が手に入ったと思ったのに。

 どうして、千雪はあんなことを言い出したのか? 自分に愛想を尽かしたようないい方を。こんなに愛しているのに、どうして?

 

◇◇◇

 


「…あの後、産院の診察券を見つけて。どうしようかと思った。千雪が秘密を持ったまま、僕から去ろうとしたその気持ちが分からなかった。でも失いたくなかったんだ、どうしたらいいかも分からなかった。だから、千雪が一番欲しかったものを一生懸命考えた。もう、血を吐くほどの真剣さで考えた」


「……」
 千雪はどうしていいのか分からず、ただ、黙って惣哉を見ていた。様々な記憶を思い出して、その辛さに顔をしかめる姿にも、目をそらすこともなく。

「…千雪が欲しかったんだ。心も身体も全部、みんなみんな欲しかった。千雪の過去も、そして未来も全部手に入れたかった。そのためには必死になるしかないって、ようやく気付いた」

 それから。しっかりと向き合って…ゆっくりと千雪の手を取る。そして、小さなてのひらの上に、白い封筒を置いた。

「これが、僕の精一杯。橋崎のおじさんもちゃんと許してくれた、きちんとお詫びしたから。逃げないで、ちゃんと言わなくちゃいけなかったんだ…ごめん、本当に…辛い思いばかりさせて」

 千雪はもう、何も言えず、ただ、惣哉と封筒を交互に見つめていた。

「学園のことも、新事業のことも…まだ模索の段階で…どうなるか分からないんだ。でも…これだけはしっかり言える。僕は千雪がいるから、だから頑張れるんだ。僕の隣りに千雪がいてくれることが…それが当たり前なんだ。そうじゃない人生なんて考えられない」

 惣哉の瞳が、一度閉じて、ゆっくりと再び開かれた。

「心許ないかも知れない、はっきり言って君にはふさわしい男とは言えないかも知れない…でも、一緒にいて欲しいんだ、全てを僕に託して欲しいんだ…僕も…千雪のことを身体を張ってでも全てのものから守るから。千雪だけが、欲しいんだ。千雪は…叶わない夢もあるって言ったけど…僕はそうは思わない」

 おもむろに千雪の手を取ると、いったん、白い封筒を脇に置く。そして目の前に広げられた小さな手のひらの10本の指を愛おしそうに見つめる。そして、ひとつ、ため息。

「千雪は…自分が叶えられるのは手のひらにすくい取れる10番目の夢までだって、そう言ったよね。でも僕と千雪の幸せは…もしも、11番目の夢だったとしてもちゃんと叶うんだよ? …ほら」

 その10本の指を包むように、惣哉の長い指が添えられた。

「僕の指も使おうよ? ふたりでいれば、20までの足し算も簡単だよ? 足して11になる夢だってちゃんと叶う…ううん、絶対に叶えて見せる。それ以上の夢だって。だから、大丈夫。千雪は僕といれば必ず幸せになれるよ? 僕の人生は千雪にあげる、だから千雪の人生も僕に預けて。もう千雪ばかりが我慢しないで、千雪が欲しいものを心から求めて。ふたりで…幸せになろう」

 黙ったまま惣哉を見つめていた千雪の目から、新しい涙がぽろぽろとこぼれだした。再び、手の上に置かれた白い封筒をしっかりと胸に抱いて。白い服に包まれた小さな身体が震えている。

 でもその瞳はしっかりと、まっすぐに惣哉を見ていた。

「千雪」
 惣哉が小さな右手を取る。

「返事を聞かせて」
 すがるような瞳。でも千雪はこうまで言われても素直にはなれない。やはり、怖かった。小さくかぶりを振る。その視線は惣哉を見つめながら。

「…千雪」
 惣哉は言葉をなくしたままの恋人に、静かに微笑みかけた。優しく指を絡めながら身を寄せると、そっと耳元に囁く。

「言葉で言えないなら、態度で示して。…千雪からキスして」

 …え?

 千雪は驚いた顔で目の前の人を見た。そんな視線を嬉しそうに見つめて、惣哉は自分の唇をそっと指さす。

「千雪から、欲しいな。…駄目? 11回目の――」

続く(020722)

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