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後日談・1…ふたり時間
春太郎Side『金平糖のトゲ』

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 初めての驚きは、夕食の「おでん」だった。

 

 大阪支社での初出勤の日。

 前日まで親戚へ披露宴出席のお礼を兼ねた旅行土産配りをしていて、新居であるマンションに戻ってきたのは夜の9時過ぎだった。
 荷ほどきも完全に済んでいない部屋を段ボールをかき分けながら進んで、どうにか寝室に辿り着く。どこに何が入っているのかすぐには思い出せない荷物を開けるのは断念して、旅行鞄から着替えの下着を取り出した。

 帰りの新幹線の中でも、俺の肩に寄りかかってうとうとしていたまゆちゃん。旅行帰りで相当に疲れていると思うのに、それでもクローゼットのポールにスーツを掛けたりしてくれる。ついでに翌日のワイシャツとかハンカチとか靴下とかをチェックして。

「あ、お風呂を沸かさなくちゃ!」

 まだ塗装の香りが残る2LDKをちょこまか動き回っていたかと思ったら、いきなりそう叫んだりする。
でも、よく見たら彼女の方はまだコートを着たまま。何だかもう、必死になって頑張っているまゆちゃんが可愛くて可愛くて。俺は吹き出しそうになるのを必死で堪えながら、風呂当番の役を買って出た。

 洗面所の脇のドアを開けると、接着剤のようなつーんとした香りがする。何もかもが初めての新しい始まり。駆け足で通り過ぎた年末までの数ヶ月を思うと、今この瞬間がとても不思議に感じられた。

 

「ただいま」

 インターフォンを押すと、すぐにエプロン姿のまゆちゃんが飛び出してくる。その姿をひとめ見ただけで、じーんとしてしまった。

 何かなあ、もう。頭のてっぺんからつま先までが「新妻」なんだよな。その通りなんだから当たり前なんだけど、ひどく感激してしまう。この初めての「ただいま」のために、実は何度もひとりのアパートで練習したのだが、それでも第一声はちょっと声が震えてしまった。

「お帰りなさい、春さん。寒かったでしょう? 早く上がって、着替えて」

 おおお、出たぞ! そうだよ、これぞ男のロマンだ。企業戦士として社会の荒波をくぐり抜け疲れ切ってねぐらに辿り着くと、こんな風に暖かい出迎えがあって。いいぞ、いいぞ。そうか、これからはずっとこんな風な毎日なんだよなあ。最高かも知れない。

「あ、まゆちゃん」
 ……やば。余りにも感激しすぎて、大切なことを忘れるところだった。すぐにきびすを返して奥に戻ろうとする彼女を慌てて呼び止める。振り返ったその顎を捉えて、一瞬だけ触れるキスをした。

「……ええと、荷物、そんなに片づかなかったの。ごめんなさい、どこをどうしていいのか分からなくて……」

 耳まで真っ赤になっちゃって。どうしていつまでもこんなに初々しいのかなあ。キスなんて、もう数え切れないほど(やや誇張表現)したはずなのに。果たしてまゆちゃんがバーゲンセールのワゴンに突撃する逞しい奥様になる日が来るのか、とても興味深い。

 ――まあ、玄関先でいつまでも新婚の感慨に耽っていては、今後のスケジュールに影響が出てくるだろう。俺は脱いだ靴をまゆちゃんのちっちゃなサンダルの隣に並べて、寝室へと向かった。

 

 部屋着に着替えて戻ると、もう食卓の上には夕食の皿がいくつも並んでいた。そして真ん中にでんと置かれた土鍋。

「あのね。今日は寒いから、おでんにしてみたんだけど……」
 またまた恥ずかしそうに俯きながら、まゆちゃんはほかほかのおでんをよそってくれる。

 何かな〜、ちくわとかはんぺんとか大根とか。どんぶりに盛りつけられたそれらは当たり前の顔ぶれなんだけど、これって……これって、俺のためにわざわざ作られたものなんだよな。今までずっとひとり暮らしだったし、飯はいつも外食かレトルトだったから、何か新鮮。思わず大きなリアクションで「いただきます」をして、ぱくっと一口。

 

「あれ……?」
 口の中のものをもごもごと確かめる。

「……じゃがいも?」

 

「え?」
 鍋の湯気の向こうでことの成り行きを心配そうに見守っていたまゆちゃんが声を上げる。

「じゃがいも、入れるでしょ? ……おかしい……?」

 

 何とも気まずい空気が流れていく。

 えええ、待てよっ!? おでんの芋って、里芋じゃなかったのか? そりゃ、きちんと確かめたわけではないが、少なくとも俺の実家ではそうだった。別に芋は好きでも嫌いでもないから、今まで気にしてなかったけど。

 

「お、おかしくなんかないよ! すごく美味い、最高だよっ!」

 ――別に大したことじゃない。俺も男だ、どんな食事が出されようと、文句は言わずに平らげるのが格好いい。それは分かっている。

 でも、まゆちゃんと俺の「おでんの芋」が違っていたと言うことが、ふたりが別の人間だったんだと言うことを再認識させてくれた。

 

…**…***…**…

 その後も。

 たとえば山芋が千切りになって酢の物で出てきたり(俺の実家では、必ずすり下ろして出てくる)、みそ汁の具にレタスが入っていたり。豆腐の上に乗せる薬味がわさびなのか生姜なのかと言うことまで、いちいち驚きのネタはあった。

 

 考えてみると、付き合っている頃は外食ばかりだったし、まゆちゃんの手料理をごちそうになったことなんて片手で足りるほど。プロポーズ(?)みたいなことをして、ご両親にお目に掛かったあとは、逆に意識してアパートに呼んだり出来なくなってしまったし。

 思えば、あの嵐の一夜だけだったよな、まゆちゃんを部屋に泊めたのは。

 食べ物の話ばかりで、食い意地が張っているように見られても恥ずかしいのだが、ここは生命維持のために不可欠な欲求だからこそ余計に気になるんだと思う。

 

 そりゃ、他にも感じたことは色々ある。

 たとえば、朝起きて見るニュースが、俺は「ズームイン」なのに、まゆちゃんはNHK「おはよう日本」だったり。絶叫モノも苦手だったからもしやとは思ったけど、案の定「サスペンス」「推理モノ」が布団を被ってしまいたくなるくらい嫌いだったり。あと、応援する野球チームも違うので、ペナントレースが始まったら大変そうだ。

 仕事が終わって部屋に戻れば、いつも100%自分だけの時間が待っていた。そこにいつでももうひとりの存在があると言うことに、まだ慣れてない自分がいる。もちろん、まゆちゃんのことは大好きだし、いつも一緒にいたい、もう絶対に離ればなれでなんて過ごせないと思ったから結婚したんだ。

 

「私はどこまでも、春さんに付いていきます」

 挙式、披露宴の興奮も冷めやらない新婚初夜。ようやくふたりっきりになった部屋で、妙にかしこまったまゆちゃんにそう言われた。その時、マジで背筋がぞくぞくっとするほど感激したんだ。

 

 これからは、ふたりでずっと一緒なんだ。

 別にまゆちゃんは俺の所有物になった訳じゃないし、俺だってまゆちゃんにべっとりになる訳じゃない。お互いにお互いを尊重し合って、そして共に歩いていくんだ。そう思ったら、身の引き締まる想いがした。そうだ、これからはずっとふたりなんだから。

 もともと「美人」というよりは「可愛い」の形容詞の似合うまゆちゃんであったが、ウエディングドレスを着込んで、長いベールを被った姿は、本当にいいのかなと思うくらい清楚に愛らしかった。だよなあ〜、披露宴の席で職場や学生時代の仲間たちにも突っ込まれたけど、何と21歳の花嫁だ(まゆちゃんはまだ誕生日がきていない)。

 付き合っていた頃から感じていたけど、まゆちゃんは本当に無垢で心の綺麗な女の子だと思う。優しく堅実なご両親の元で大切に育てられたんだなと言うことがよく分かる。結婚を機に退職した元の職場でもとても評判が良かったし、まゆちゃんと結婚することで俺の格まで上がった気がした。

 

…**…***…**…


 ふたりの生活も2週間を過ぎると、どうにか段ボールの山も姿を消した。

 何だか広くなった気のする部屋の中で、まゆちゃんは掃除をしたり洗濯したり、日中はひとりであれこれと過ごしているらしい。「暇なら、息抜きにパートでも出てみる?」って聞いたら、洗濯物を畳んでいた手を止めて、振り向く。

「え……、でも。もしも赤ちゃん出来たら、働けなくなるし……」

 ぽーっと頬を染めて。もう、何を言うんだよ、可愛いなあ。そうかそうか、まゆちゃんがそのつもりなら、俺も頑張るぞ。周りの上司とか見てると、子育ては体力勝負だ。出来れば親になるのも若い方がいいなと思ってしまう。

 何か、まゆちゃんといると夢ばかりが膨らむ。それもこれも新婚の幸せボケのせいだと人は言う。でもどうかなあ、まゆちゃんとなら、この先ずっとこんな風に過ごせる気がする。チャーミーグリーンの宣伝でいつか見た老夫婦みたいに、いつまでも仲良く暮らしていくんだ。

 

 毎日のちょっとした驚きも、言うなればマッサージローラーのイボイボのようなもの。ちょっとした刺激はむしろ心地よいんだ。ひとりでいたら味わえなかった感動を、ふたりでなら味わえる。それがとても些細なこと……たとえば、みそ汁のアサリの身が殻の大きさの割に大きかったとか、今日は砂がなくて良かったねとか。

 キッチンのカウンターに置かれた小瓶に、パステルカラーの金平糖が詰まっている。誰かからのお祝いの中におまけのように入っていたものらしく、レェスの帽子を被った姿が可愛くてそのまま飾ってあるんだ。

 金平糖はその名の通り星の輝きをかたち取っている。ウニの赤ちゃんみたいに、ぽちぽちのトゲを必死で出っ張らせているけど、それは誰のことも傷つけない。

 ――まさに、そんな感じかな。

 

 大人しくてぼんやりとしているまゆちゃんは、傍にいても少しも鬱陶しくない。むしろ自然すぎてその存在を忘れてしまうほどだ。

 持ち帰った書類に目を通していたりすると、自分の世界に没頭してしまって時間を忘れてしまうこともある。そんな時「ぷしゅん」とか、可愛いくしゃみの音がして、初めてまゆちゃんを思い出す。ほんの半月の暮らしで、まるで10年も一緒にいるみたいだ。

 毎日一生懸命メニューを考えているまゆちゃんの今の愛読書は料理の本や雑誌だ。恋人だった頃から、彼女は俺のことを良く分かってくれていて、言った覚えもないのに好物を知っていたりした。あのちっちゃな頭の中に、色々な情報が入ってるのかな。俺のことでいっぱいになってるまゆちゃんがすごく可愛い。

 

 二度目の「おでん」。今回は里芋が入っていた。俺の実家の母親に電話したらしく、だしの取り方とかも自分なりに研究したらしい。本人は自信作らしく、にこにこしている。もちろん、美味しく頂いた。

 だけど……それは俺が子供の頃から知っている懐かしい味のはずなのに。なのに、どういうことだろう。何だかまゆちゃんの作った料理じゃないみたいで寂しかった。

 

…**…***…**…


 きっかけが掴めないと、何だか上手くいかないことってたくさんある気がする。そして自分自身は意識をしていなかったのに、第三者の意外なひとことによって気付かされることもある。

 

「ちょっと、ハルくんっ!?」

 新婚旅行から戻った報告をしに、まゆちゃんの実家を訪れたとき。トイレに立ち上がった俺は廊下で呼び止められた。

 振り向くと、そこにはまゆちゃんのお姉さんが立っていた。真夏さんというその人は、立場上は「お姉さん」なのだが、俺よりも一学年年下になる。だが、そんなことはとても感じられないほど貫禄がある人なんだ。――だいたい、いきなり「ハルくん」とか呼ばれてしまってるし。

「は、はい。何でしょうか……?」

 ああ、いきなりの低姿勢。だって、怖いんだよこの人。本当にまゆちゃんのお姉さんなのかなあ。全然タイプが違うので、最初は戸惑った。

 学生時代はラグビー部のマネージャーをやっていたとか言っていたけど、どう見てもレギュラーで試合に出ていたと言う感じだ。ボールを抱えて突進されたら、きっと敵も味方も道を空けるだろう。

「あのさあ、ハルくん! どうでもいいけど〜、あんたどうして、マユのこと『まゆちゃん』なんて幼稚園児みたいに呼んでるの? 一応亭主なんだから、もっと関白に男らしく出来ないのかなっ!?」

 腰に手を当ててふんぞり返ってると、マジで怖いんだけど。この手のタイプは苦手だなあ……大学の頃、バイト先の弁当屋のおばちゃんがこんな感じだった。うわ〜、久々に思い出してしまったぞ。

「は、はあ……?」

 いきなりの言葉に、俺は間抜けに返答してしまった。

 そりゃあ、いつの頃からか「まゆちゃん」「春さん」と呼び合っている俺たちである。まあ、俺に関しては、同期の小塚が「まゆちゃん」と呼んでいたのでそのままそれがうつってしまった訳であるが。別にその瞬間まで、なんの違和感も感じていなかったし。

「はあ、じゃあないでしょ? 全くねえ……大丈夫かなあ。マユはこれから知り合いのひとりもいない異郷で暮らしていくことになるんだよ。あんたがしっかりしなくてどうすんの、びしっとしなさいよね、びしっと。こういうのはまずはかたちから入るべきなのよ!」

 一応、隠れてこそこそ話している訳だから、小声である。だが、ものすごい迫力。こっちは冷や汗が流れてくる。まるでギャグ漫画のように。お姉さんの方はそんな俺の心内なんてお見通しなのだろうか、鼻でふふんと笑ってる。ああ、何があってもこんな上司の下では働きたくないぞ!

「私、知ってるんだけどなあ〜。マユってね、結構、夢見少女で。結婚したら、だんな様に『あなたァ〜』とか甘えるのが夢だったみたいよ。あんた、乙女の夢を踏みにじって、それでいいと思ってるの? もっと、ばしっと強く出ないと、愛想尽かされたって知らないからね!」

 

 ――えええええ!? 何だよ、それはっ!

 

 言い返したい、言い返したいけど恐ろしくてそれは無理。どう考えてもこれは、質問をすることも憚られるような雰囲気だ。

 どうしてこの人がまゆちゃんのお姉さんなんだ。いや、このお姉さんだから、まゆちゃんがあんなになったのか。ああ、分からない、人間形成の不可思議。同じ親から生まれて、同じ環境で育ったはずなのに。

「は、はい。出来る限り……尽力いたします」

 

 その場はどうにか切り抜けた。だが、お姉さんの言葉はくさびのように俺の胸に突き刺さっている。男らしく……亭主関白に……?

 ええと、もしや、それとは。「おい、真雪!」――とか、ちゃぶ台を叩いちゃうとか? そんな、出来ないよ、まゆちゃんに。だいたい、新居にはちゃぶ台もないけど。

 そうかなあ、俺は別に今のままでいいんだけどな。「まゆちゃん」「春さん」って、ふたりらしくて、ほのぼのしていて。

 でも、もしかしてまゆちゃんはそうじゃなかったりするのかな? もっと俺が男らしくなって欲しいとか思ってるんだろうか。いや、そんな、名前の呼び方ひとつで急に何もかもが変わる訳じゃないんだけどさ。もしも、まゆちゃんが望むなら、俺は頑張るけど。

 

「ま、まゆ……ちゃん?」

 なあに、って振り向く笑顔。ああ、駄目だ、言えない。ひとりの時に繰り返し練習してるんだけど、その時は上手くいくのにまゆちゃんを目の前にすると、声が出なくなる。「まゆ」までは言えても最後の「き」 が出ないんだ。

「……何、してるの?」

 夕食が終わって、まゆちゃんが後片付けをしている間に風呂に入って。温まった頭で、ぼーっとTVを眺めていた。

 ふと見ると、なにやらテーブルの上に見慣れない紙切れが置いてあった。そこに描かれている折れ線グラフなんて眺めながら、うーんとか言ってる。この縦の36とか37とかの数値は……?

「えっとねえ……」

 くるんと首を回して、まゆちゃんは傍らの本を覗き込んだ。横から見ると何カ所にも付箋が挟まってる。他にも何冊かあるぞ、どれどれ……は? 「赤ちゃんが欲しい」!? 何だ、この本はっ!

「まっ、まゆちゃんっ……!?」

 

 ――ちょっと待て、いきなりどうしたんだ、まゆちゃん。そりゃ、出来たら出来ただと思っていたけど、いつの間にこんなに積極的に。

 なあ、考えても見ろよ。俺たち、まだ新婚1ヶ月未満なんだぞ。もしやもしや、ふたりだけの生活が物足りなくなってきて、新たなる愛情を注げる「子供」という存在を求めているとか? いや、それはないだろう。俺はしばらくはふたりっきりで十分なくらい満足してるんだぞ。

 

 こっちが慌てふためいていると言うのに、まゆちゃんの方はどこまでも爽やかだ。

「うーん、下の公園でね。チビちゃんたちが遊んでいたから覗いてみたの。そしたら、ママさんたちに色々話を聞いて。どうも最初は女の子の方が育てやすいし、下の子の面倒も見てくれていいっていうのよね。へええ、とか聞いてたら『産み分け』って知ってる? って話になって。こんなにたくさん、本を貸してくれたの」

 う、うわ! なんだこれ!!! 子供を作るって、まあ、そうだ、そう言うことだから。なんとまあ、真面目に恥ずかしいことがたくさん書いてあるぞ! まゆちゃん、こんなの読んでたのか。……昼間から!?

「何か、タイミングとかあるみたいだよ。基礎体温とか付けてね、こうやってきちんと印を付けて――」

 

 ――ちょっと待て。

 なんだこれ。「性交のあった日」とか言う欄があるぞ。でもって、まゆちゃん、ハートマークなんか書いてるぞ。ちょっと待て、待つんだ! こういうのは夫婦の秘密にしてくれなくちゃ。紙に書いてその辺に置いておいて、誰かに見られたらどうするんだよ!

 

 思わず手元の紙を取り上げてシュレッダーにかけちゃおうかと思ったら、まゆちゃんはいきなりふわわっとあくびする。

「……なんか、久しぶりに難しいこと考えたら疲れちゃった。お風呂入ってくるね」

 彼女が風呂場に消えたあと。俺はその辺に散らばった本をばばばっと片づけた。表紙に飾られている赤ちゃんを抱っこした女性の写真に目が止まる。何か……ママになったまゆちゃんって、まだ想像付かない。

 

 ――しばらくは俺だけのものでいて欲しいな。そんな風に言ったら、どんな顔をするんだろう。

 

…**…***…**…


 それから、また半月後。テーブルに登場した「おでん」には、じゃがいもと里芋が仲良く入っていた。ふたつの芋をそれぞれに美味しく味わったら、湯気の向こうでまゆちゃんがにっこりしていた。

 

 何か、こんな風だからいいのかなと思うんだ。

 スケジュールを合わせて待ち合わせしたり、別れの時間が来て名残惜しく思ったり、そういうのもいいけど。やっぱ、続けているとだんだん疲れてくるし。恋愛しても長続きしないことが多かったから、もしかして俺はそういうのに向いてないのかなと思うこともあった。
 正直、結婚に対しては少し後ろ向きだったと思う。もしも、駄目になっちゃったとき、お互いをひどく傷つけることになるのが分かっていたから。人と関わり合うのは面倒だから、寂しくてもひとりの方が気楽かなと思いこもうとしていた。

 だけど、まゆちゃんと毎日の中で気付いたことがあるんだ。

 

 日常の生活に時々訪れるほんのささやかな「驚き」は、痛みよりも心地よさをもたらしてくれる。

 一粒の金平糖。それを口に含んで飲み込んでいく刹那。小さなトゲが喉に優しく触れて、溶けていく。そのあとに残る、何とも言えない甘さ。ふたりの暮らしはそんな風に続いていく。

 

 ――亭主関白の野望は……ちょっと保留。次に里帰りをしたとき、またお姉さんにどつかれそうだけどね。




…おわり…(040601)

 

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