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後日談・1…ふたり時間 真雪Side*『ふわふわココア』
春さんと、毎日会える。 結婚したんだから、私はもう春さんの奥さんなんだから、そうじゃないと困るんだけど。でもっ、すごく、不思議で……まだまだ信じられない気分でいる。
春さんの転勤にくっついて、私も大阪での新生活が始まった。まあ、住んでいるところが会社の借り上げのマンションだったりして、ようするに社宅みたいなもの。だから、会社の関係者の家族ばかりが近くにいる。東京から赴任してきてる人もたくさんいるから、あまり疎外感もないんだ。 朝、春さんを送り出して、お掃除とお洗濯をして。お昼になるとすることがなくなっちゃうから、夕ご飯を作り始めてしまったり。 夕方、春さんがこの部屋に戻ってくるのは6時半か7時。電車で三つ行ったところにある支社から、まっすぐに戻ってきてくれる。もともと残業の少ない職場で、それに今は時期的にも暇なんだって。
夕陽の差し込むリビングで、お鍋の音を聞きながらボーっとしてると……こんな風にしてる自分がとっても不思議だなと思えてくる。
…**…***…**…
9月の終わり、春さんが急にびっくりを投下してくれた――「大阪には一緒に付いてきてくれる?」って、もう、丸のまんまプロポーズでしょう!? まさかまさか、いきなりそんな風になるなんて思ってなかったから、私はもう大あわて。でも、周囲の反応と来たら、それどころの騒ぎではなかったんだ。
「……なんだ、出来たのか?」 さっきまでちびまる子ちゃんを見ていた居間に春さんを迎え入れて。一通り、すっきりとした説明を聞いたあとの父親の反応がこれだった。 「ついこの間、赤飯をふかしたと思ったら。いやはや、そう言うことならば、善は急げだな」
――あの……? 勝手に話を作らないで下さい。ほらほら〜、春さんだってびっくりしてるでしょう? だいたいねえ、原因もないのに結果が出るわけないでしょ? 春さんはきっちり分かりやすく話をしてくれたのに、きっともう「結婚」の言葉の後ろからはきちんと聞いていなかったんだわ。 まあ、その誤解はすぐに解けたのだけど、その後も話をするとどの人からも同じような反応が戻ってくる。あまりにも判で押したようにそっくりなので、呆れてしまった。
社内ではしばらく一部の上司以外には内緒にしておいた。これは春さんの異動を公にしないためにも仕方のないことだったのよね。 ようやく11月の始めに結婚式の招待状を送る時期になって初めて皆さんにお披露目したんだけど、幸いなことに春さんの転勤の方が騒ぎになって、私のことはあまり目立たなかった。 「有名税だと思って、諦めた方がいいよ。いいじゃん、大阪までは妬みや噂が追いかけていかないし」 まあ、こればっかりは文句言ったところで始まらないもんね。 春さんが、ウチの社内の女の子たちの中でも特に人気があって、お誕生日とかバレンタインとか、まるで学生気分の盛り上がりだったって言うのは知ってるもん。それでも、春さんのことが好きになっちゃったんだから、もう多少のことは我慢しなくちゃいけないんだと思う。 中には「略奪愛を目指す!」とか公言した人もいたらしい。もう噂が噂を呼んで、すごかったから、きっと誇張されて私の耳に届いたんだろうけど。「大丈夫よ、あなたの方が西原さんよりもずっと可愛いし」なんてロッカールームでわざと聞こえるように囁かれた。その時はさすがに落ち込んじゃったな〜。 聞いていない振りして戻ってきたけど、やっぱ家に戻ったら、じわんときて。ちょっとべそべそしたら、あとでお姉ちゃんに言われた。 「それくらいのことで、へこたれるなら今のうちにやめときなさいよね」 心配して電話してきた春さんと話してたの、聞こえてたのかなあ。春さんには「全然平気だよっ!」とか言っちゃったんだけど、すごいもやもやしていたのよね。春さんが浮気したりしないって信じたいけど……でも、こればっかりは分からないし。 「あれくらいの上玉なら、結婚後も色々あるかもよ? あんたも馬鹿ねえ、男を見てくれや肩書きで選んじゃ駄目でしょ? ぼーっと昼行灯みたいな方がよっぽどいいんだからねっ! 泣きながら実家に戻ってくるくらいなら、直前キャンセルの方がマシよ。祝儀を包む身にもなってみなさいって言うの!」
そーんなふうに言い切ったお姉ちゃんは、実は8月にゴールインすることになったという。その彼が、高校の同級生で、ぼーっとしてる人なの。一時おつき合いしていたのは知ってるんだけど、その後は名前も聞かないし、お姉ちゃんは彼氏がどんどん変わっていたし。もうすっかり過去の人だと思ってたのに。
いつもながらにきっぱりと言い切られて、逆に何だかすっきりしちゃった。さすが、お姉ちゃん。私のことなんて、すべてお見通しなのね。 ここでうじうじしてたって、どうなるものでもない。もともと、私が頑張ったから春さんとこんな風になれたんだ。あの頃、まだ春さんが私のことなんて全然知らなかった頃、どうしたらお近づきになれるかと必死だった。やっぱやめようかなって何度も弱気になって、後戻りしかけて。それでも諦めきれなかったんじゃない。 「おめでとう」って言ってくれる人の言葉を信じて、私は私なりに頑張ろう。春さんが選んでくれたんだから、自信持たなくちゃ。
これが学生時代のお友達になると、またちょっと反応が違っていた。 「え〜、それってちょっとヤバいんじゃないの!?」 みんな彼氏はいるけど、とても結婚なんて思いつかないと言うお年頃。まあ、そうよねえ。私だって、もしも春さんが言い出さなかったら、絶対に行き着かなかったゴールだわ。いつか漠然と「大好きな人と結ばれたらいいな」とか考えていたけど、まだ夢見るだけの感じ。自分がドラマの主人公みたいに主婦してる姿なんて、想像できない。 「真雪、あんたさ。その彼氏に家政婦代わりにされちゃうよ? ただ単に、掃除洗濯食事の支度をしてくれる女が欲しいんじゃないの? それってさ〜、女という存在を馬鹿にされてる気がするなあ……」 な〜んて言ってたのにね。当日、春さんをひとめ見たら、いきなり言うことが変わってるの。 「きゃあああっ! 真雪っ、何よぉ〜すごいいい男! あんた、やったじゃんっ!!」 キラキラに着飾った友人一同に囲まれて、面食らった。みんなもう、目の色変わってるの。きっとお仲人さんである部長さんのお話を聞いて驚いたのよね。春さんのお友達なら、きっとみんなそれなりに出来る男なんだろうって、二次会に向けて闘志を燃やしたりしていて。 「や〜ん、家政婦でも何でもいい〜っ! いいなあ、永久就職、やっぱ女の夢よね〜!」 舌の根も乾かぬうちに、って言うのはこんなことを言うんだなとか。純白の花嫁にあるまじき、現実的な物思いをしてしまった。
……まあ、そう言うわけで。 挙式までは、どこに行っても相手が驚いて。あまりに驚いてくれるから、こっちが冷静になったりして。引っ越しの慌ただしさも手伝って、あまり感慨に耽ることもなかった。 春さんの方も仕事のこともあれこれ忙しくて、取引先とのことでも後任の人への引き継ぎとかたくさんあったから、夜も土日も潰れることが多かった。ふたりの門出を祝うために頑張ってるのに、忙しすぎて前よりも会えなくなって。夜、ちょっとだけおしゃべりするのも、披露宴のための必要事項だったりした。
「もう、こんなに突然お嫁に行くとは思わなかったわ」 お母さんは急にキリキリして、知り合いのお料理教室に私を押し込んだ。もちろん、それだけじゃなくて、お袋の味の伝授から、掃除洗濯と言った細々とした家事の指導まで、手取り足取り付きっきりでたたき込まれた。 「あまりみっともないと、あちらのご両親に恥ずかしいでしょっ!」
もう、疲れて疲れて。嫌になっちゃうと言ったら、春さんは電話の向こうでくすくす笑う。 「別に、俺は完璧なまゆちゃんじゃなくていいんだけどな。あまりきちんとされちゃうと、こっちがだらしないのが目立って良くないよ」 う〜ん、そうは言ってもね。春さんのアパート、そう何度もお邪魔したわけではなかったけど、いつでもこざっぱりと綺麗になっていた。急に誰かが訪ねてきても全然恥ずかしくない感じに。いつでもきっちりしてる春さんの姿勢が反映された空間だった気がする。流しに何日もお皿やカップ麺の空き容器がそのままになっているってこともないみたいだったし。 大丈夫かなあ、ぼろが出て呆れられたりしないかな? こんなはずじゃなかったのにとか、あとから言われたら嫌だな。私、春さんに嫌われるのは絶対に嫌。春さんが気に入ってくれる素敵な女の子になるために、今までずっと頑張ってきたんだもの。 でも、いざとなって考えてみても、どこから手を付けていいか分からない。ひとり暮らしの経験がないと生活力がないって言われるけど……そうかも。お掃除も洗濯も毎日の食事も、みんなお母さん任せだったし。 みんなはびっくり、そして私の頭の中は大混乱。――ようやく春さんの仕事の引き継ぎも終わって、私も退職して、めでたくお披露目の日を迎えた頃には、正直、へとへとに疲れ果てていた。
…**…***…**…
そう言って、春さんが戻ってくる。これも最初はとても不思議で、しばらく余韻に浸っていたくらいだった。春さんは自分の家に戻ってくるんだから当然の挨拶なんだけど、何か……いいのかな、私に「ただいま」なんて……とか思っちゃうんだ。 「お帰りなさい、春さん」 「いってらっしゃい」と「ただいま」のキスは、新婚さんだから当然なのかも知れないけど、なかなか慣れなくて。春さんはすごくさりげなくしてくれるのに、こっちは頬が熱くなって舌がもつれてしまう。ちゅって触れるだけのそれが、ちょっと物足りなくて、ああ、私ってば何を考えてるのかしらってまた恥ずかしくなる。 だんな様が戻ってきたら、まずはご飯とかお風呂よね。 今は冬だから、いくらエアコンがあると言っても湯冷めするかな〜と言うことで、お風呂はあとにして先に晩ご飯。でも、テーブルに並べたのが半日掛けた力作だったとしても、30分もすれば「ごちそうさま」になる。春さんが戻ってくるのが7時で、着替えとかお膳立てを含めても、食事が終わるのが8時前。マンションには作りつけの食器洗い機が付いてるから、後片付けも楽チンだ。 で――、このあとって、普通はどうするもんなんだろう……? これも一緒に暮らし始めるまではよく分からなくて、謎の部分だった。 お子さまじゃあるまいし、一息ついたらお風呂に入って「おやすみなさい」じゃないだろうし。適当にバラエティーとか観て、暇を潰すのかな。でもなあ、せっかく春さんと一緒にいるのに、そんな風にだらだらと過ごすなんて良くないかなあ。 「ゴメン、旅行中は仕事のこと考えないようにしていたから。今になって、宿題がこんなに溜まっちゃったんだ。いいかな、しばらく。……あ、良かったら、コーヒーをお願いしたいな」
あんまりにもさりげなく、当たり前みたいに。
そんな春さんを見て、気付いた。そうか、そうなんだよね。私たちは「家族」なんだから、そんな肩肘を張って、緊張してることはないんだ。同じ空間にいて、でもお互いに自分の時間を大切に過ごせる。最初はちょっと違和感あるけど、いつか普通になっていくんだ。 コーヒーをいれて、そして私も向かい側で、慣れない家計簿なんて付けてみた。時々顔を上げると、春さんがいる。それがいいなと思う。同じ会社だったけど、春さんがお仕事をしているときの姿って、本当に数えるほどしか見たことない。もちろん、私と一緒にいるときの優しい春さんも大好き。でも、仕事してる春さんって、きりりとしていてまた違った素敵さがあるんだ。 ――こういうのって、いいかも知れない。
「ねえ、春さん」 しばらく経って、春さんが「ふう」って、パソコンの電源を落としたところで訊ねる。 「あのね、確かここのマンションに住んでいる社員さんの名簿とかあったよね? ……すぐ出るかな」 春さんは、ちょっと驚いた顔をしたけど、すぐに仕事用の引き出しを開けて、ファイリングしてある書類を出してくれた。 「どうしたの、急に」 顔を覗き込まれると、ちょっとばつが悪い。私はちっちゃな声で答えた。 「ええとねえ、……ここに住んでるのって、社員さんの家族の方がほとんどでしょ? 春さんが時期外れの異動で珍しいみたいで、皆さんみんな私のこと知ってるの。でも、……私は全然分からなくて」
もちろん、マンションの両隣と真上と真下のお部屋には御挨拶に伺った。でも、覚えているのはお名前くらいだ。 お買い物に出掛けてもそこら中で「あら、鴇田さんね」と声を掛けられる。最初、「鴇田さん」が自分のことなんだと言うことも忘れていて、はあ? とか思っちゃった。そうだよね、私は春さんの奥さんなんだから、鴇田さんなんだ。ああ、不思議。 「鴇田さんのご主人のことは、ウチのから良く聞いていたのよ。こちらに正式に移ってきて下さって、とても心強いって。朝、お目に掛かったけど素敵な方ね……」 お目々のくるんとした女の子の手を引いたママさんがそう言った。でも、私にはその人がどの社員さんの奥様なのか分からない。みんな、私が春さんの奥さんだって知ってるのに。
「すぐには無理だけど、皆さんのお顔とかお名前とか覚えなくちゃなと思ったの」 自分ひとりのことなら、どうにでもなる。でも、私はもう春さんの奥さん。運命共同体の家族になったんだ。私がマンションの皆さんに失礼なことをすれば、そのまま春さんが恥をかくことになる。春さんは毎日お仕事を頑張ってるんだから、私もご近所さんとはきちんとおつき合いしなくちゃ。 「そんなに……一度に頑張ろうとしなくていいんだからね」 「これ、大阪支社の打ち上げの時の写真、こちらに住んでる人が多いから。……待って、名前を書いておくね」 気のせいかも知れないけど。細書きの油性ペンで写真に直接名前を書き込んでる春さんが、何だかとても嬉しそうに見えた。
これから、こんな風にして色んな春さんを見ることになるんだ。そして、色んな私を春さんに見せることになるんだ。そして、もっと仲良くなるんだ、きっとそうだ。
…**…***…**…
せっかくだから、ちょっと気取ってステーキとか作りたいなとか思っていた。付け合わせとかもリッチにして、お肉も奮発して。
そして――、夕方いつもよりちょっと早めに帰宅した春さんが持っていたのはワインと、それから一抱えのお花。 クリーム色と淡いピンクの甘い色合いだった。あんまり仰々しくなくて、さりげなく英字新聞にくるんである。春さんは普段からこんな風にお花を買ってくるのが好きだ。何かイギリスの映画みたいだなあと思っちゃう。駅前のお花屋さんで調達してくるらしいの。 「もう……こんな、いいのに」 ありがとうって、素直に言えれば可愛いのに、どうしてこんないい方になっちゃうんだろう。今の私は春さんの毎日のお小遣いの金額だって知っている。社員食堂でのお昼ご飯、自分用の整髪料とかビールとかもちょいちょい買ってきてるし、そんなに余ってる訳じゃない。 お花、貰うのは好きだよ。両手一杯のでも、たった一本でも、春さんがくれるなら何だって嬉しい。でも……無理しなくていいの。気持ちだけでいいから。お花は、少しすると枯れちゃうんだよ……? ほんのひとときのために、春さんの汗水垂らして働いた大切なお金を使わないでいいのに。 「そんな顔、しないで」 後ろ向きにしか考えられない自分が悲しくて俯いていたら、春さんが言う。そっと顔を上げたら、ちょっと照れた笑顔。 「俺、まゆちゃんがこうして花を持っているときの笑顔が好きなんだ」 こんなふうに。春さんは、あっという間に私を幸せにしてしまう。いつもそうだ。春さんのすることはさりげなくて、それなのに私をふんわりと包み込んでしまう。情けない気持ちも、悲しい気持ちも、春さんと一緒にいると全部薄らいで、とてもやさしい気持ちになれる。春さんが、心を分けてくれるみたいに。 「……ありがとう、嬉しい」 胸がドキドキして、飛び出してきそうだったけど。春さんのほっぺに私からキスした。 こんなことって、あまりないことだから、春さんはとってもびっくりしてた。でも、くすって笑って、それからきゅっと抱きしめてくれる。お花が潰れないか心配だったけど……とっても幸せな気持ちになった。
…**…***…**…
ふたり分のベッドに、もうひとりの吐息を感じて、どきんとする自分がいる。傍らに誰かが寝てる、そんな瞬間がまだ慣れなくて。 目を開けると、すぐそこに春さんの顔。もちろん、深く寝入っていて、すうすうと寝息が聞こえるだけ。うわぁっと起きあがって、またびっくり。……あ、何も着てないじゃないのっ! もう、パジャマはどこに行っちゃったのかしら? ちょっとまどろんだら、すぐに着るつもりだったのに。すっかり寝てしまったのね。春さんの馬鹿! 自分はちゃんとパジャマ着てる〜、そう言うときは無理にでも起こしてって言ってるじゃないの。 ごそごそしていたら、ようやく足の先にパンツが引っかかった。それをそっとたぐり寄せていたら、背中にふっと声がした。
「……真雪?」
――えっ? えええええっ!? 慌てて振り向いたけど、そこにはやっぱり春さんの寝顔。……寝言? 聞き違い? でも、確かに言ったよね、「真雪」って。 な、何か急にドキドキしてきた。だって、春さんはいつも私のことを「まゆちゃん」って呼んでる。これは同じ部署にいた小塚くんの影響らしいけど、結婚してもそのまんま。何か恋人の延長みたいだなって思っていたけど、それがまた私たちらしいかなとか思っていたのよね。 でも、でもっ……なんか、突然こんな風に呼ばれたら、びっくりするじゃない。春さんがいつもよりも男の人っぽく思える。え、まあ、そりゃ、男の人なんだってことは、とっくに分かってるけど。 「う……ん、真雪ぃ……?」 ごろんと、寝返り。そこで春さんの顔は見えなくなった。でも、安らかな寝息を立てている春さんとは対照的に、私はもう全身が震えるくらいに緊張しちゃって、頭が冴え冴え。いやん、どうしたらいいのっ!? ようやく発掘したパジャマを着込んで、私はそっとベッドを離れた。
キッチンまで行って、お湯を沸かす。程なくして、しゅんしゅんと上がってくる湯気。……もう、春さんってば。ドキドキさせるのは、起きてるときだけにしてよ。夢の中で何してるの。 ちょっとずるして、牛乳はレンジでチンして。マシュマロを三個浮かべたココアを作る。身体をホカホカにして、気持ちを落ち着けないと眠れそうにない。ずるいよ、春さん。自分だけぐっすりで。これは全部贅肉になるんだからね、責任とってよ。 ひっそりした夜のキッチンはよそ行き顔で、何だか別の場所みたい。カップを手にして寝室に戻る。ちょっとズルして、春さんのそばでくつろぐことに決めた。
隣にいたいなとか、くっついていたいなとか。そんな感情が当たり前に湧いてきて。昨日より今日、今日より明日。もっともっと春さんが好きになる。マシュマロの白、ココアのチョコレート色。スプーンで崩れて溶け合って、そんな風なふたりでいたいね。 こうやって、寝てるときにしか言えないけど。私は春さんが、やっぱり一番好き、世界で一番大好き。傍に置いてくれてありがとう、これからもずっと一緒にいてね。
窓から差し込む月の光が少し向きを変えて、カップが空になったら。朝までもう一度、寝直そう。 その前に、内緒でココア味のキスをしちゃうわ。「真雪」って、ドキドキに呼んでくれたお礼に。
…おわり…(040614)
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