はじめに
私は、「新聞はウソを書かない」と2、3年前まで信じていた。事実を国民に対して報道することが新聞の使命であり、それを守るのは当然だと思っていた。しかし、明らかに「新聞がウソを書いた」事件が起きたのである。しかも、報道被害を受けた人は政治家でも芸能人でもなかっく、一般市民であった。『松本サリン事件』についての報道は、はっきりとした結末をむかえることにより、悪いことを何もしてない一般人が報道被害を受けたことや受ける可能性があることを、私だけでなく日本人全員にわかりやすく訴えかけたのではなかろうか。
しかし、マスメディアが報道したことによる被害は、松本サリン事件に始まったことではない。どうしてマスメディアは同じ誤りを繰り返すのだろうか。そうした疑問についての問題提起として、本論文では主に犯罪報道による報道被害の問題を取り上げる。
ここでは、報道被害を論じる前に、マスメディアは何のためにあるのか、マスメディアの役割は何なのか、再確認してみようと思う。 現代社会はマスメディアなくして正常に機能しない。その提供する情報が私たち市民の共通の基本的社会認識の基礎資料となり、マスメディアが社会の各界各層を媒介している状況となっているからである。その巨大な影響力は、マスメディアそのものが社会であるとさえいえる状況をつくり出している。
同志社大学教授の渡辺武達によれば、現代社会におけるマスメディアの機能は、@正しい情報の正確な伝達、A社会的事象の論評と解説、B市民による議論の場の提供、C社会改革(社会改良事業)の推進、D人間社会の潤滑油としての娯楽の提供、の5つに大別されるという。※1
マスメディアの機能がたんなる娯楽提供だけであってよいはずないから、マスメディアの社会性とその受け手個々人の社会認識形成面の両方において、マスメディアのもつ重要な役割を把握しておくことが、マスメディアと社会との相関関係の議論では欠かせない前提となる。つまり、マスメディアの提供する情報は受け手である市民とともにどのような社会の形成をし、どのように両者が協力関係を築いていけるかという問題の根本なのである。これは大きく分けて、マスメディアの内部からの努力(報道綱領など)と外部からの法規制(社会的位置づけや、名誉毀損やプライバシーの侵害などの防止)、および市民の側からのメディア支援という3方向から検討していかねばならない課題であろう。
以上を踏まえた上で、第1章では、松本サリン事件における報道を振り返ってみようと思う。当時の新聞を読み直し、この件を新聞社がどう報道し、会社員(河野義行さん)を「犯人」に仕立てたのか、またその誤報についてどう謝罪したのかを検証したい。
第2章では、報道被害を引き起こす要因がマスメディアの体質にあると考え、マスメディアの現状を把握し、追求しようと思う。警察などの権力との癒着体質や、センセーショナルな報道の問題を、具体的な事件やその報道を例にとって説明する。
第3章では、報道被害者への救済方法や、報道被害の予防方法を考えたいと思う。実際報道被害を受けた人に対して、マスメディアはどんな救済を行うべきか、またこれから報道被害を繰り返さないためにマスメディア・国はどうすればいいのか、過去に報道被害を受けた人や取材される側になるかもしれない私たちは何をすればいいのか、私なりに考えたい。