第1章 新聞報道でみる松本サリン事件
本章では、私が報道被害に興味をもったきっかけとなった松本サリン事件をマスメディアはどう報道していたのか振り返えようと思う。マスメディアと言っても、テレビ・ラジオ・雑誌等の報道は資料の入手が困難なため、本研究では新聞報道に限定した。資料として使用したものは朝日新聞(以下『朝日』と省略)・読売新聞(以下『読売』と省略)・毎日新聞(以下『毎日』と省略)・日本経済新聞(以下『日経』と省略)の4紙の縮刷版の中から、事件が発生した翌日の1994年6月28日から、翌95年6月末日までの記事である。なお、1995年3月以降の記事はオウム真理教関連のものはできるだけ除き、第1通報者および被害者・遺族関連のものを選び出した。
事件の経過と報道を検討するため、この1年間を以下の3期間にわけて4紙を比較した。
第1期…事件発生〜1994年7月末日(報道過激期)
第2期…1994年8月〜1995年3月(報道沈静期)
第3期…1995年4月〜6月(謝罪期)
このHPでは、
1.報道過激期
から
3.謝罪期
の紙面調査の分析結果は省略させていただきます。
4.紙面分析からわかったこと
『朝日』・『読売』・『毎日』・『日経』と、紙面分析を行ってわかったことが4つある。1つは、予想していたことだが、警察の発表や人々の噂(憶測)を鵜呑みにして、裏付け調査を行ってはいないことである。日ごろマスコミは権力と戦っていると言っているにもかかわらず、事件が起きると警察の発表に従って報道する。たしかに報道は時間との勝負であり、事件を人々に一刻も早く伝えなければならないのがマスメディアの役割である。しかし事実の確認をしなくてもいいはずがない。
2つめは、各紙が謝罪記事で「○日から×日までの一連の記事で誤報がありました」と書いているが、それ以降の記事でも見出しの付け方で誤解を生じやすいようにしていることである。はじめの報道が強烈だっただけに、それらが脳裏にこびりついて、読者側も「会社員は容疑者」ということが拭いきれなかったこともあろう。だがそれだけでなく、記事や見出しのいいまわし(ことばの並べ方)で、なんとなく「会社員はクロっぽい」と印象づける書き方をしているのである。
3つめは、新聞(記者)は記事を"作っている"ことである。素人がサリンを作れるかどうかで、3紙(『読売』・『毎日』・『朝日』)に載った同一人物と思われる専門家のコメントが、全く違う内容になっていたことには非常に驚いた。また「会社員宅から押収された薬品でサリンは生成出来ない」との捜査本部の発表さえ、『読売』と『毎日』は書かなかった。これらから、新聞社記者が信じた情報と矛盾する情報があっても、完全に無視したり、都合のいいように書き直すような「客観報道」とはほど遠い報道が行われたことがわかった。
もう1つは、報道被害を受けた河野氏に謝罪はしたが、河野氏の「その後」は伝えていないことである。『日経』が94年7月に掲載した記事の数は、『朝日』と並び22もあった。しかし、報道沈静期には1つ、謝罪期には自他の謝罪記事をのぞくと1つもない。『読売』も沈静期と謝罪期を合わせても1つしかない。自分の過ちを思い出すのがつらいことは当たり前である。しかし、経済専門紙であろうが、ニュースヴァリューがなかろうが、「その後」を報道することも河野さんに報道被害を与えた責任のとりかたの1つであると、私は考える。