2004.05.27![]() 4/27で紹介した還暦記者が、とうとうイラクで死んじゃった! 合掌! 今日のニュースによると、イラクで2人のフリージャーナリストがサマワの自衛隊宿営地からバクダッドへ帰る途中に銃撃されて亡くなったらしい。 既に政府の待避勧告を受けて、主要報道機関も含めて一時60人以上もいたジャーナリストもサマワから一斉に避難したあとも、たびたびサマワを訪れ自衛隊の活動状況など、的確で貴重な情報を伝えてくれていた橋田さんも含まれていた。 ![]() 襲撃の一報で、サマワという地名を聞いたときに、すぐ彼ではないかと思ったが不幸にも的中してしまった。 彼は大本営発表だけでは決して見えてこないサマワの真実をまさに危険を冒して伝えてくれていたのに残念でならない。 先日の人質事件と同じで危険を承知で行ったのだから、自己責任だ自業自得だという人もいるらしいが、彼の一生は戦場と共に歩んできた人生だったのだから、彼の行動を誰が責めることが出来るだろうか。 仕事場での死は彼にとってはむしろ本望だったのかも知れない。 でもベトナム戦争時代からカンボジア、アフガンなどの悲惨な戦場の現実をカメラを通して伝え続けた、世界に誇る筋金入りの貴重な戦場記者だっただけに本当に惜しい人を亡くしたものだ。 僕と同じ年だが、還暦を過ぎてまでカメラを通して、彼は我々平穏な国に住む者に訴え続けたいものがあったのだろう。 ベトナム戦争といえば、僕がまだ東京で学生生活を送っていたころ、当時日比谷図書館の地下にあった「PANA通信」という報道写真専門の通信社で毎日深夜のアルバイトをしており、連日膨大なベトナム戦争の現地の悲惨なフィルムが送られてきて、それらの写真を毎日何枚も焼いて、各新聞社に配信していた記憶がある。 僕のアルバムには今でも当時の多くの写真が貼られているが、戦場では多くの記者も戦死し、この通信社の看板記者だった沢田カメラマンも戦死し大いに悲しんだことだった。 橋田氏もベトナム戦争当時から今回のイラク戦争での戦場カメラマンとして、真っ先に直接現地に入り、撮影を続けた筋金入りの生き残りだったのだ。 襲撃された街道はアリババ街道(盗賊街道)と呼ばれる物騒なところだが、この事件は決して盗賊のたぐいではなく、政治的効果を最大限に考え抜いた上で、確実に日本人を狙った事件なのだろう。 残念ながら、もう今のイラクにはどう考えても非戦闘地域など存在しないはずなのだが、防衛庁長官がやはりいまでもサマワが非戦闘地域だと確信するのなら、一度自身が現地に行って自分の目で確かめ、肌で感じてもう一度国会でその真実を答弁してもらいものだ。 たとえ点としての自衛隊の宿営地内が非戦闘地域だと強弁しても、補給路や退路が確実に確保されていなければ、なんの言い訳けにもならないことは専門家ならお分かりのはずだが。 昨日は、元会社で同じ部署にいたM君と伊丹市内の小西酒造が経営する「長寿蔵」というビアレストランで一杯やった。 小西酒造は清酒白雪で知られる有名な日本酒メーカーだが、何故か各国のビールをメーンにしたビアレストランを本社の隣で経営しているのだからなんか変だ。 M君は永らく関西勤務で単身赴任をしていたが、昨年4月に東京に転勤になりまだ子育て中の3人の子供を含めてやっと家族一緒の生活がきると喜んでいたが、たった1年間で組織変更があり、また伊丹に舞い戻って短期らしいが単身赴任を余儀なくされているらしい。 ![]() 給与カットや単身生活による出費増、ましてや子供3人の膨大な教育費等で生活苦の限界に近いらしいが非情なものだ。 世間では景気好転の指標がかなり宣伝されているが、個人にとっては全然回復どころか預貯金の取り崩しで家計を補充するなどマイナス家計のところもかなりあるみたいだ。 いつの世も一番弱い層が置き去りにされるのが世の常だからか本当に気の毒なことだと思う。 最近はどこの企業も、リストラという名目で会社発展の原動力である社員の給料や福利までも削減して、会社の利益確保を優先させている企業が多いが、おそらくその悪影響が必ず反動として会社発展のマイナスとして今後でてくるのではないかと大いに危惧している。 |
2004.05.23![]() 我が家の庭も花真っ盛り! 先週の雨と今週の日照りで、たっぷりと栄養を蓄えた花が庭一面に咲き誇っている。 花の育成は女房の趣味で、僕は花の名前など皆目分からないのだが昨日咲いた「クジャクサボテン」だけは知っている。 花の大きさが半端じゃなくて一輪だけ堂々と逞しい大輪が何とも言えない美しさだ。 ただこの花は咲いているときは堂々としているのだが、精力を使い果たして枯れた姿は見ておれないほど哀れな姿になってしまう。 頭を垂れた姿は何となく男の○○○によく似ているので恥ずかしいくらいだ。 |
2004.05.21![]() 梅雨入り前なのに、もう台風? まだ梅雨入り前なのに、早々と台風2号が日本列島の南方海上を通り抜けていった。 昔の台風は外人の女性名やその地域をおそって被害が出たところの名前を付けたものだったが、いつの頃からか発生番号で呼ぶようになったので、大きな台風もあまり印象に残らなくなってしまった。 でも僕にはどうしても生涯忘れられない台風がある。 小学生だった時、「ジェーン台風」という巨大な台風が大阪を直撃し、多くの家屋倒壊や高潮による大勢の水死者を出したが、その時は本当にワンタッチの差で僕は命拾いをしたものだ。 当時住んでいた大阪港近辺は地下水の汲み上げなどで、地盤沈下がひどく、大雨が降るとすぐ床下浸水になっていた。 この時の台風の上陸がちょうど大阪港の満潮時にぶつかるとのことで、早々に高潮警報がでて、次いで避難命令が出たので近くの高台に避難するため、祖母に手を引かれて家を出た。 ちょうど家を出たときは5〜6センチの水が流れていたぐらいだったが、50メートルも行かない内に急に水かさが増してきて首の辺まで浸かり、アップアップしながらもがいていたが、ちょうどトラックの運転手が降りてきて、トラックの荷台に引っ張り上げてくれたため九死に一生を得た。 そのせいか、僕は地震より台風の方が怖い感じをいつも持っている。 ところで今日は日本で初めての小学校が京都に開講した日らしい。明治2年(1869年)のこの日、京都市に日本初の小学校とされる「上京第二十七番組小学校」が開校した。 当時は番組と呼ばれる行政区画ごとに小学校が建てられたため、番組小学校と呼ばれていたらしい。最初は開校資金も住民が出し合って造っていたらしい。 小学校というと僕にもたくさんの想い出があります。 布施第四小学校という大阪の下町の学校に入学したが、1年の担任は池辺先生という少し丸顔のすごい美人の先生だった。 先生に嫌われないように、毎日算数の足し算や国語の読み方など、家に帰ってもよく頑張って勉強して学校にいったものだ。よくある人生最初の初恋?の先生だった。 3年の時、家の都合で大阪港区の八幡屋小学校に転校したが、ずーと池辺先生にはまた会いたいと思っていたが、ある時新聞記事に、この初恋の先生が妻子ある人との不倫がもとで傷害事件を起こし行方をくらましていると報じられてビックリ仰天し、長い間落ち込んでいたことを今でも覚えている。 でも小学校時代は大変遊びにも充実した時代で、学校から帰るとカバンを玄関に放り出して、友達と缶けりやかくれんぼ、また近くの池にトンボ取りに毎日暗くなるまで遊び回っていたものだ。 それに比べると今の時代の小学生などは塾通いなどで大変で遊びどころではないのだろうが、気の毒な時代になってしまったみたいだ。でもこれでいいのかな。 |
| 2004.05.14 小泉キツネと小沢タヌキの化かし合いが始まった! ![]() 今日は朝から快晴で絶好のウォーキング日和だったので猪名川沿いを歩いて、以前の勤務地近くの伊丹まで行って来た。 途中伊丹空港への進入路の真下を横切るので、下降してくる飛行機のお腹が10メートルぐらい上で見えるので、写真の所は僕のお気に入りの場所だ。(この時はあいにくジャンボは来なかった) 要件はU銀行のカードが合併前のS銀行のままだったので、この際引き出し手数料が無料になるオールワンカードに変更して貰うため、わざわざカード発行支店まで訪ねたのだが、窓口ではなく店内の隅に設置されているボックスに案内されてテレビ電話で自分で操作してくれということだ。 どこかのセンターの女性とのテレビ電話でのやりとりだが、折角訪ねたのだから窓口で応対してくれても良いと思うのだが。 結果は、既に他支店の総合口座を持っており、オールワンカードも保持しているので駄目だと言うことだった。 また総合口座も一個人一口座しか作れないと言うことだったが、自分の通帳口座はどちらも総合口座だといったら、係の人はしばらくして、昔からのお得意さんは複数の総合口座の所有を認めているということだった。 別にそんな特典はどうでも良いが、なんとなく気分が晴れず二つとも解約してしまおうかなと思う気持ちになってきた。 でも往復20,000歩も歩き気分もすっきりしてきたので、帰りにスポーツクラブに立ち寄り運動はしなかったが風呂&サウナにのんびりと浸かって帰宅した。 ![]() さて、今日はおもしろい一日だった。民主党の代表を決めるため、11時から岡田幹事長と小沢氏が最終的に会談を持ち決定するとのことだったので、今日の夕刊の一面はこのニュースで決まりと思っていたが、急遽午後に変更になったので、これは何かあるなと思っていたら、案の定唐突に小泉首相の北朝鮮訪問が発表されたためこの記事が当然各紙の夕刊一面トップになった。 このニュースを事前にキャッチした小沢氏側が、午後遅く代表になることを受諾するように変更し、当然明日の新聞にしか間に合わないように計算したのではないか。これで明日の記事は大きく扱われることを狙ったものと思う。(以前も民主・自由両党の結成日だったので当然新聞の一面トップ記事として扱われるところを、自民党側が日本道路公団の藤井総裁の更迭を発表し、完全に一面トップ記事として奪ってしまった過去がある。今回と同様に汚い話だ) その上、訪朝記事のよって少しでも小さく扱われるようにとのもくろみで、小泉首相側は自分の年金未納発覚の事実を発表した。本人ではなく、飯島秘書官に発表させるなどの悪知恵も加わったが、これからの政局は公明党幹部3人揃い踏みの年金未納も加わって、小泉キツネと小沢タヌキの目くらまし合戦が始まったようだ。 でもおもしろがってばかりではいけないのだが...。 でも先日、首相はテレビで「私は年金は完納しています」といっていたのに、法案が衆議院を通過した後、いまごろ発表するとはまさに国民をバカにした詐欺行為そのものではないだろうか。 これで未納閣僚に辞める必要は無いと言ってきた真意はわかった。まさに自分も辞めなければならないのだから。既に2週間ほど前の週刊誌に未納期間があったのではないかと問われていたのだから当然その時調べてわかっていたと思うのだが。 でもバカにしているね。まったく。 ところで阿倍幹事長さんは大丈夫なのだろうか。早く自分は完納だと発表してくださいよ。 他党はすべて白状しているのに自民党だけ往生際が悪いのはなにかあるのかな |
| 2004.05.13 今日は春の嵐か 強い低気圧の影響で、今日は朝から関西地方は大雨だった。 天気が良ければ箕面近辺の新緑見物に出かける予定だったが、急遽変更してスポーツクラブでたっぷりと汗を流した。 6月に自動化健診を予定しているので、体重を少し落としたいのだが、逆に太り気味みなので少し慌てている。 先日かなり性能の良い万歩計を買ったので、天気の良い日は出来るだけ外出し、1日1万歩を目標に歩こうと思っている。 ![]() ところで現役時代から吹田市の江坂にある「みどり健診センター」で30年近く夫婦で毎年自動化健診を受診してきた。 これまでは会社から一部受診費用の補助があり、1万円前後(通常5万円程度)で利用できたので助かったが、これからは全額自己負担になると大変な出費になるので迷っていたが、調べてみると豊中市でも同健診センターと提携していて一人1万3千円で受診できることがわかり助かったよ。 やはりなんでも調べてみることが大切だな。 10日には、一人の友が鎌倉へ転居し淋しい限りだ。 元会社の人事部で一緒に働き、リタイヤー後も同じ沿線に住んでいるところから、欠かさず月1回は飲み会をやったり、ハイキングに出かけるなど楽しくやっていたのだが、急に関西を離れ、いざ鎌倉へ!と旅立っていってしまった。 これからはあまり心許せる友を新たにつくるのも大変難しいので、淋しいことではあるがまー仕方ないか。 これからはメールを通じて近況等を気軽に語り合うことにするか。 先日届いたメールに添付された写真では、マンションベランダから春夏秋冬の富士山が望めるみたいで羨ましい限りだ。 |
2004.05.06![]() 今日は五月晴れ! 今日は朝から天気が良く、まさに五月晴れというところか。 4/29の緑の日から始まったゴールデンウィークもやっと終わり、現役諸氏はまた今日から現場復帰で大変だな。 連休ボケからの一日も早い御回復を!(11連休を楽しむ諸氏はまだまだお休み中だが...) こちらは毎日がシルバーウィークみたいなものだから、この期間は何処に出かけることもなく、家で読書や不要品の整理、整頓などで過ごした。 水の配給やイラクの土地に鯉のぼりを上げるなどの人道復興支援のためサマワに出かけている自衛隊員の皆さんも、現在外出が危険なので宿営地内に引きこもっているらしいが、派遣の必要性を別に認めない反日的分子(と呼ばれるらしい)の僕もこの期間は同じく家に閉じこもって、ご迷惑を掛けないようにひっそりとしていた。 現役時代に来ていた背広やネクタイなどは、冠婚葬祭用の礼服以外はもうほとんど身につけることもないので、整理しょうと思ったが、なんとなく愛着を断ち切る事も出来ず、惜しい感じもしてとうとう捨てることが出来なかった。 いつかまた思い切って整理するときがくると思うので、そのままタンスの中で背広達は居座ることとなった。 5/3は憲法記念日だが、60年続いた戦争放棄を詠った世界に冠たる平和憲法もとうとう風前のともしびとなってきた。 改憲、創憲など呼び方はさまざまで、その改正内容は現行憲法の下での法律改正でも充分やっていけることなのでどうでも良いことだが、要は第9条の取り扱い1点に絞られるのだろう。 平和ボケと揶揄されながら、朝鮮戦争や、ベトナム戦争などにも巻き込まれることもなく米国とも一線を引き、他にも外国に対して1発の弾も撃たず、60年以上も平和を謳歌し、経済発展を遂げながら一直線に進んできた日本もそろそろ曲がり道に差し掛かろうとしているようだ。 武力を保持し、一歩外国の地に踏み入れたあとの結果がどうなるかは、過去の歴史が教えてくれているが、当然これからの当事者になる若者達の覚悟がどれほどできているのだろうか。 今なら間に合う最後のチャンスだが、これから日本の進路を担う若者の皆さん!さあーどうする。 |
| 2004.04.27 低気圧猛威を振るう。春一番 否!春番外編だ! 今日は全国的に朝から雨と風がやけに強かった。 全国的にも異常な台風並の突風が吹き荒れて大変な一日だったようだ。 ゴールデンウィークに入る前だったのでほっとした人も多いことだろう。 毎日が日曜みたいな僕にとっては、このゴールデンウィークは静かに家の整理整頓にでも精を出した方が良いのではないかと思っている。 何処に行くにしても費用は別料金で高いし、込み合うばかりで疲れにいくようなものだから。 再びイラク人質事件について イラクで解放された3人を強制的に拉致?し、強制連行して帰国させた外務省は、外郭団体の「国際交流協会」を使って、3人とその家族に日本への帰郷時の運賃198万円と国内からそれぞれの帰郷にかかった39万円、総額237万円を請求したらしい。 先日、在仏日本大使館で1ケ月に外交秘密費を使って、ワイン784万円、シャンパン62万円、日本酒3万円計850万円を購入していたことがわかったが、そんなに税金で酒を飲む金があるのだったら、犯罪者でもない人質の被害者の交通費ぐらいどうでもなるだろう。きっちり請求するとはせこい話だ。 頭に来たアメリカ人が米国の日本大使館に20万円分のドルを届けて、これで支払ってくれと届けたらしいが日本の恥ではないか。 外国の多くのメディアも被害者に自己負担などさせることについては理解不可能としたて日本を批判しているが恥ずかしいことだ。 ところで、自衛隊が駐留する非戦闘地域のイラクのサマワでは、4月上旬には50人以上もいた日本人ジャーナリストは一斉に姿を消してしまい、現在はフリーのカメラマンと記者の2人と新たに僕と同じ年齢の62才の還暦を過ぎた老記者が「自己責任」で先週新たに乗り込んで合計3人しかいないらしい。 安全地帯に自衛隊を派遣せよと論陣を張った読売新聞をはじめ、各社の新聞、TV局も人質事件発生で大急ぎで国外に脱出してしまった。 そのためサマワ自衛隊の活動は大本営発表のみの情報しか伝わってこなくなっている状況だ。 滞在記者の話では、宿営地内では病院、風呂、売店が完備し、新鮮な野菜も豊富で三食をきっちり食べてかなり快適な生活をしているとの事だ。 但し本来の人道復興支援の業務は栓をひねれば出てくる1日80トンの水の給水だけなので暇を持てあましているらしい。 550人の隊員は毎日なにをしているのだろうか。まさか宿営地内を走り回ったり、陣地内の立派なスポーツ器具で身体を鍛えているだけかも知れない。 毎日巨額の税金を消費しているのだから、日々の人道復興の活動状況を国民に知らせる義務ぐらいはあると思うが。 それよりも心配なのは、日々悪化するイラク全土で、たとえサマワが非戦闘地域であったとしてもクエートまでの道路が危険になれば補給も出来ず、撤退するにしても、もし退路が断たれた状態になったときどうするのだろうか。 自己申告で、誓約書も提出し、一日3万円の危険手当も受けすべて納得づくめの「自己責任」でやってきているのだから覚悟は出来ていると思うが、人ごとながら心配だ。 政府の「避難勧告」にもかかわらず、現地にとどまっている3人の勇敢なジャーナリストの皆さんにはサマワの状況を把握し、自衛隊の行動をしっかりと監視し、是非真実を伝えてもらいたいと期待している。 がんばれ3人の勇敢なジャーリストの皆さん! |
| 2004.04.26 桜も散ってしまったのに、今日は寒かった この2日間程寒さが戻ったようで外を歩いていてもとても寒かった。 明日からは気温も平常に戻るらしいが、あまり変化が激しいと体調をこわしやすいので気を付けなければ。 先週騒がしかった人質問題も、やっと平静を取り戻しつつあるが、帰国した5人も少しは落ち着かれたかも知れない。 「自己責任」や「自業自得」など家族や本人達への異常とも思えるバッシングはいったい何だったのだろう。 最近海外のメディアがこの問題に関心を持ち始めており、ニューヨークタイムス、ワシントンポスト(米)やルモンド(仏)など多くの新聞でも大きく取り上げていることがインターネットでも検索できる。 ほとんどが日本政府への批判と、5人の若者の行動を擁護するものであるのは興味深い。 日本でも急速に、自己責任とはなにかということの分析と共に、今回の騒動の真相解明についての議論が活発になってきたようだ。 当初より不思議に思っていたが、やはり政治的意図を持って組織的に誹謗・中傷が行われたことが徐々に明白になってきたようで残念でならない。 言論の自由はもちろんだが、官尊民卑の考え方や、お上の言うことを聞け!式の発想は今の時代には似合わないし通用しない時代になったことを早く認識して貰いたいものだ。 それよりも現在成立しそうな年金法案について、発案者の一員たる閣僚の年金未払い発覚はとんでもないことだ。 民社党の議員が言っていたが、本当に顔を洗って出直してこい! 江角さん事件よりも問題は大きいよ。未納3兄弟の謝る態度もふてぶてしいし、謝って済む問題でもないだろう。 さらに官房長官の「起こってしまったんだから仕方ない」だとの逆切れ的発言には、さすがにぶったまげた。 一体この内閣はどうなっているのだろうか。 |
2004.04.13![]() 今年最後の桜見物。 奈良の吉野山へ! 2人の予定が合ったので、今年最後の花見を兼ねて一目千本で有名な奈良県の吉野山にハイキングに行って来た。 「ねがわくば花の下にて春死なむその如月の望月のころ」と詠んだ花きちがいの放浪の歌人西行法師が人生最後の地に選んだほど、山一面を約3万本の桜が次々と埋め尽くすという吉野山をやはり一度は見ておきたかった。 新聞情報では下千本、中千本は散りはじめで上千本はまだ満開とのことだったが、ここ2.3日の好天続きで残念ながら満開時は既に過ぎていた。でもまだ充分見どころがあり、観光客も多くウイークデーだというのにかなり混雑していた。 桜の時期も素晴らしいが、秋紅葉の吉野山のほうがその眺望からしてもっといいような感じがしたので今度は紅葉の時期にも是非訪れたいものだ。 ![]() 吉野山はまた昔から歴史的に多くの悲哀伝説も多くなかなか興味のある場所でもある。 特に中千本近くにある”吉水神社”は檜皮葺きの初期の書院造りの傑作とされるが、源義経が追っ手を逃れて一時弁慶と共に身を潜め、女人禁制の大峰山に逃れるため、静御前と最後の夜を過ごした部屋や、後醍醐天皇が一時滞在したり、豊臣秀吉がここを花見の本陣としていたことから、その時々の宝物の現物が残っている大変興味のある神社だ。(写真は静御前が着たパッチワーク?状の衣服) ![]() また吉野駅からしばらく歩くと下千本にある金峰山寺に着くが、その本堂もである蔵王堂もなかなか立派で豪華な造りだ。そのはずで高さ34mもあり木造古建築物としては奈良東大寺に次いで2番目の規模を誇っている。勿論重要文化財だ。 この境内から望む桜も絶景なのだが、残念ながら既に咲き終えてしまっていた。 今年世界遺産に登録予定とのことなので、時期を見て是非再訪したいと思っている。 |
2004.04.10![]() 造幣局桜の通り抜け見物へ! でも心はブルー。 8日から始まった大阪造幣局の桜の通り抜けに女房と行って来た。 大川べりの両岸4キロにわたる桜並木の中の一角を占める大阪造幣局構内にある桜並木なのだが、普段は出入り禁止の局内560mの通路を桜満開時の一週間のみ開放してくれるので、毎年大勢の見物客が全国から集まってくる。 大半は遅咲きの八重桜が多いのだが、紅手毬、大手毬、小手毬、養老桜など、他では見られない桜も多く、また全国各地約20都道府県からの桜に加えてイギリスから里帰りした桜などもあり、121種369本の桜が一同に咲き誇る様は、まさに桜の大展覧会といったところだ。 ![]() 桜と言えば普通はピンク系が主流だが、ここでは緑や黄色、白など本当に珍しい桜がみられるので、桜好きな人にはたまらない場所となっている。 毎年大勢の見物人が、狭い校内に押し寄せるので、表門から裏門に抜ける一方通行となっているので「通り抜け」というのだが、今では全国区に通用する固有名詞になってしまったようだ。 通り抜けの桜を楽しんだ後、まだ十分に見どころがある大川沿いの桜並木も堪能したが、なぜか心底楽しめなかったのは残念だった。 ................................ 勿論イラクでの人質事件を心配しての事だが、なんとか無事に帰国してもらいたいものだ。 家族の必死の救出の訴えに反して、首相や官房長官の記者会見での態度は見ていて本当に頭にくた。 少なくとも自衛隊が派遣されていなければこの事件は起こらなかったのは当然だが、起こったことに対してもその責任を日本国民全体に転嫁しょうとする態度には驚いた。 自衛隊は人道復興支援に行っているだから、撤退する必要もなく、理由も見あたらないと官房長官は言っているが、彼の言葉には常に「アメリカ支援」という大事な主語が抜けている。 こんなことで本当に日本やイラクの国民をうまくだませるとでも思っているのだろうか。 それと事件発生の報告を受けた後も、2時間も幹事長や新聞の編集者と酒を飲んでいたという首相の態度は、以前愛媛丸と潜水艦の衝突事件発生を聞いてもゴルフを続けていた前首相と同じで危機感の欠如そのものだ。 昨日テレビでの人質家族のインタビューで、「もし人質が殺されたら、私は絶対小泉首相を許さない」と悲痛な叫びを上げていた人がいたが当然だろう。 平気で裁判所の判断を軽視し、「公約を破るなどたいしたことはない」と、平然と答弁する首相が何故今の地位を確保出来ているのか不思議でならない。 今回人質を取り、声明文を出した犯人グループは、一見粗雑さも目立つが、実は案外緻密に計算された上での犯行にも見える。 恐らく短時間での決着を目指していることから見ると、政府の考えと日本国民の反応を見るための戦略かも知れない。 そして3人の入国目的や活動状況を知れば、声明文の過激さに反して案外冷静な行動をする可能性もあると思うのだが。 特に高遠さんの行動はイラク内でも知れ渡っているようだからうまくいけば解放される可能性はむしろ高いと思えるのだが、今は無事解放を祈るばかりだ。 |
| 2004.04.03 まさに”威風堂々”の風格! 京都へ花見に行って来た。 この2日間の暖かさで、駅の桜の開花情報の掲示板には一斉に満開のマークが付けられた。 いよいよ関西地方も本格的な花見見物の季節到来だ! 天気予報によると明日の日曜日は雨の確率が高いらしいので、快晴の今日混雑を覚悟で愛用のデジカメを持って京都へ見物に出かけた。女房さんも誘ったが、農家育ちのせいか庭の手入れの方がいいということと、どうも人混みの中を歩くのが苦手らしいので一人で出かけた。 ![]() 阪急四条河原町駅の終点から、徒歩で15分位で朱門の八坂神社に着くが、境内の奥に桜の名所として有名な円山公園があり、まさに公園全体が桜に覆われ、木の下には花見客が弁当を広げて談笑する姿は平和な日本の象徴だ。 ただ桜の木のいい場所は、ホームレス御用達の青いブルーシートを1枚700円で貸し出して商売する輩もいて、許可されているのかは不明だがそのがめつさは大阪以上だ。 公園内にはソメイヨシノや立派な枝垂れ桜があるが、なんといっても圧巻は中央に位置する一段高い盛り土の上で咲いている「祇園枝垂桜」だ。 この桜は明治時代の開園当初からあった親木の二代目らしいが、威風堂々とした枝花はまさに圧巻だ。 ここからすぐのところに豊臣秀吉の菩提を弔うため、北政所ねねによって創建された「高台寺」があり、秀吉とねねが寄り添うかのような2本の枝垂れ桜も絶景なのだが、恐らく込み合っていそうだし、入場料も600円かかるので、今回はパスをして清水寺に向かった。 ![]() 甘味処や京料理屋が並ぶ狭い石畳を1年坂、2年坂、3年坂と登り、両端にびっしりと並ぶ土産物屋を通って清水寺に到着するが何度来ても豪華な造りには圧倒されるばかりだ。 清水の舞台から桜を眺める開放感も格別だが、逆に庭園から清水の舞台を眺める方が風情があって僕は好きだ。 この日は年に数回の寺主が青龍と呼ばれる大きな龍とホラ貝部隊を先頭に大勢のお供をつれて境内を練り歩く青龍巡行が行われていたため人混みで身動きできないほどの混みようだった。 帰ってメールを明けたら、「集いの広場」というホームページを主催されている方から、初めてメールをいただいており、HPの「集いの広場元気溌刺シルバーエイジ」のコーナーに僕のHPを紹介していただいたとの事だったので、早速僕もそのホームページを見せていただいたが、なんと傘寿(=80才)以上の方々のホームページコーナーもあり、まだまだ元気に頑張っておられる様子に驚いた。 常日頃から、人生80年、最終コーナーもまわり、そろそろゴールも見えてきたかなといっているが、この元気な方たちから怒られそうな気がしてきた。 |
| 2004.04.01 今日から多くの企業で新年度。 関西の桜はまだ5分咲き程度。 ![]() 今日から多くの企業では新年度にはいるが、電車の中でも一目で新入社員とわかる男女の姿が目立つ。 希望と不安を抱えながら新しい人生をこれから歩もうとしている若人にはエールを送りたい。 でもこの厳しい社会でいつまでフレッシュな気持ちを持ち続けられるのか心配でもある。 既に我が国が世界に誇った終身雇用制度の事実上崩壊に等しい現状に如何に対応していくか、若い人たちには本当に厳しい時代になったものだ。 でも就職できた者はまだ幸せかも知れない。 卒業しても正社員として採用されず、フリーターやアルバイトでしか就業できない人たちが大勢いることを考えると、これからますます日本にも貧富の差が拡がっていくのではないかという一抹の心配もある。 昔よく言われた「一億総中流意識」という言葉も既に死語となってしまったのだろうか。 また貯蓄国民といわれた日本人も、既に2割以上の人が無貯蓄状態であるらしいが、いざというときどう対処するのだろうか、人ごとながら心配になってくる。 でも季節だけはすべての国民に同等の楽しみを分け与えてくれる。 天気が良かったので、今日も桜之宮公園に花見に行って来た。 ![]() 大川(旧淀川)の源八橋から天満橋までの両岸約4.2キロにわたってソメイヨシノを中心に約4,700本の桜並木が続き様はまさに壮観だ。 まだ5分咲きではあったが、それでも充分鑑賞できる美しさだった。 近くには八重桜を中心に咲きそろう120種類の桜のトンネルの中を見上げながら歩く「桜の通り抜け」で有名な造幣局や大阪城の桜もこれから本番を迎えて樹々も現在ウォーミングナップ中というところか。 関西は関東に比べて1週間は遅く、京都、大阪、奈良、兵庫のすべての桜の名所、観光地でもまだ5分咲き程度でまだ満開の所は皆無だ。 恐 らく満開までにはあと4〜5日かかるのだろう。 |
| 2004.03.28 本当に景気回復? 3月最後のぽかぽか陽気の暖かい日曜日だったが、関西の桜見物はまだ早いので、久し振りに梅田の繁華街に出かけた。 パソコンの記憶装置のMO機器の調子がおかしいので、ヨドバシカメラ梅田に修理依頼に行ったが、駆動装置のモーターがおかしいとの事だが、たとえメーカーに修理を出しても新しく買う方がむしろ安いですよとのことでがっくりだった。 購入して4年ぐらいしか経っていないが、最近の機器は一部でもおかしくなると部分補修ができずすべて取り替えなければならないらしい。 その他はまだ新品同様なのにもったいない話しだ。 先日もNECのノートパソコンの画面に1本の線が入って見苦しいのと、時々電源が落ちるのでメーカー直営のメンテナンス会社に持っていったら、既に購入より2年経っており保証期間も切れていたが、無償で全く新品の液晶画面に取り替えてくれた。やはり部分修理が出来ず全面取り替えになるらしい。実際の修理費用は4万円弱かかるらしかったので本当に助かった。 さすが大メーカーさんですねといって誉めて帰ってきたが、20万円もする機械なのだからあまり早く壊れても困るのだが。 それにしても梅田は老若男女を問わず大変込み合っていた。給料が出た最初の日曜日だからかも知れないが、人混みだけから想像するともしかしたら本当に政府の言うように景気が回復傾向にあるのかも知れないが...。 ![]() でも先日日銀が発表した「2003年度の資金循環統計」をみると、年間の家計の支出を示す資産の収支が統計開始以来初めて1兆2000億円の「赤字」になったらしい。 2002年度は9兆2000億円の黒字だったから、急激な悪化で、ついに昨年は国民生活は支出超過の赤字生活に陥ってしまったということだ。こんな状況は敗戦直後を除いて60年振りの記録らしいよ。 ということは景気回復は、一部の大企業とリストラを強引にやった企業だけということになるのだろう。 また「貯蓄ゼロ」の世帯も40年振りに20%を突破したということで、とても景気回復なんていえたものでないのは明らかだ。 更に今年も年金保険料の増税も目の前に控えており、あまり浮かれているとますます国民だけは赤字家計が拡大していくばかりだよ。 どうする皆さん? |
2004.03.21![]() 今日は一人でハイキング 連休といっても、サンデー毎日の年金者にはもうどうでもよくなったが、あまり天気が良かったので中山寺の梅林に出かけてみた。 女房殿はバトミントンの試合ということで朝早くから出かけてしまった。 還暦も近い年齢だというのに、毎週2回の練習には欠かさず参加し、まだ 上の級のクラスをめざして頑張っているらしいが本当に良くやるよ! 中山寺は阪急宝塚線の岡町駅から7つめの駅だが、お寺は聖徳太子によって開かれた日本最初の観音霊場で、現在は安産の神様として関西では大変有名なお寺なのでお宮参りの人たちで込み合っていた。 ![]() このお寺の裏庭の一角に800本ほどの梅林があるのだが、残念ながら既に半分程度は散ってしまっていた。 ここから3キロほど山奥に入ったところに中山寺奥の院があるので行ってみた。 ![]() 最初はかなりの急な坂道が続くが、途中下界が一望できる見晴らしの良い場所で休みながら登ったが一人で黙々と登るのも疲れるものだ。 帰りは「かまどの神様」として信仰の厚い清荒神(=清澄寺)まで約5キロほど山を下ったが、途中ロッククライミング的な急な坂道などもあり、足の爪が痛くなってしまった。 行程8キロ、約3時間ほどの一人ハイキングだったが、16,000歩のいい運動だった。 帰りはいつものスポーツクラブに寄り、運動はせずに風呂とサウナで疲れを落とし、駅前のコーヒーショップで一休みしながら帰路に着いた。 |
| 2004.03.12 今日は奈良東大寺二月堂の「お水取り」。いよいよ近畿地方にも本格的な春の到来! ![]() 今日は奈良の東大寺二月堂の「お水取り」の日ですが、もともとは旧暦の2月1日〜14日まで行われていた行事で、2月に修業する法会として「修二会(しゅにえ)」とも呼ばれています。 現在は太陽暦を採用して3月1日〜14日まで行われます。それで3月の行事なのに二月堂で行う意味がわかりますね。 ところで、この行法は今年で1,253回目を迎えますが、一度も欠かされたことがないことから「不退の行法」といわれています。 この行法は13日の午前2時頃から境内にある「若狭井戸」から、東大寺二月堂の本尊=十一面観音に供える香水1年分を汲み上げることから「お水取り」と呼ばれていますが、夜には「練行衆」と呼ばれる11名の僧侶の補佐役の童子が直径1m、長さが8mもある籠松明をもって、一斉に堂内の廊下を走り回りまわり、欄干に籠松明を突きだします。 その松明の火の粉を浴びると、その一年間は安全、安泰に暮らせるとの言い伝えがあり、毎年大勢の人がその粉を浴びようと火の粉の下に駆け寄っていきます。 今年はこの行事を是非見てみたいと思っていたのですが、アメリカのダウ平均株価の大幅な値下げや、スペインの列車テロの影響もあって、日本の株式市場も朝から株価が大きく下げていて、そちらの方が気になっていて、すっかり行くのを忘れてしまった。俗世界にとっぷり浸かっている人間にはやはり駄目ですね。 ![]() でも行きたかった理由は、昨年知人3人と福井県若狭の小浜へ小旅行をしたとき、このお水取りの源水元であり、「お水送り」の寺として有名な?天台宗の「若狭神宮寺」を訪れたことからだ。 この寺は名前からもわかるように本殿の左右に神さんと仏さん両方を祀った珍しい寺だ。 ここの住職?神職の話では戦前両方祀るのはけしからんといって、全国かなりのお寺が取り壊しになったらしいが、ここはうまく言い逃れて助かったということだった。 確かに神宮寺の入り口には「お水送り堂」(写真)という大きな看板が門前に掲げられていた。 その境内にはこんこんと湧き出るしめ縄を締めた霊水地があった。 ![]() このお寺で毎年3月2日18時頃から、東大寺二月堂への「お水送り」の儀式が行われます。 当日は神宮寺本堂の回廊から、赤装束の僧が大松明を左右に振りかざす達陀(だったん)の儀式が行われ、大護摩に火が焚かれます。大護摩からもらいうけた火を手にして、山伏姿や白装束の僧侶を先頭に約3000人の松明行列が、ホラ貝の音と共に2キロ上流にある遠敷川の「鵜の瀬」へ向かい、ここから奈良東大寺の二月堂に向けて送水の神事が厳かに始まります。 この香水は10日かかって東大寺二月堂の「若狭井戸」に届くと言われています。そのため奈良のお水取りは3月12日に行われると言うことです。 伝説とはいえちゃんと合点が行きますね。 ![]() 僕にはこの話が本当かどうか理解できませんが、あまり疑問を感じない方が良いのでしょう。 でも若狭から送水した香水がちゃんと10日後に奈良二月堂の若狭井戸に届くのなら一度風船でも流して実験でもしてみたらおもしろいかも知れませんね。 でもあまりにも夢がないですね。 でもこの行事が終わると確実に関西には春が訪れる事だけは間違いないですね。 今日は朝からぽかぽかと暖かく、確かに春の足音が確実に近づいているようです。 |
| 2004.03.11 女房殿が家出? チョンガー生活も今日で一週間! 先週の5日から女房殿が急用で千葉の実家に帰って1週間! 当初2.3日はチョンガー生活を久し振りに楽しんだが、毎日の食事の献立を考えるのもおっくうになってきたし、自分で作れるレパートリーも少なくなってきた。 ても幸い近所に5件ほどのスーパーが乱立しているので、安いところを物色ししながら出来るだけ自炊生活を続けている。 でもだんだん面倒になってきた。学生時代やサラリーマン時代の単身赴任生活のときと違って考える時間がたっぷりありすぎるのが、逆にあれこれ迷って苦痛に感じるのかも知れない。 ![]() 今日の新聞の折り込みに、「牛丼の吉野屋」がカレー丼など他のメニューをすべて中止して今日から5日間ほど新メニューの「豚丼(ぶたどん)」のみを250円で販売するとのチラシが入っていた。 ものは試しと、早速昼食時に家の近くにある「吉野屋」にいって250円の並盛の豚丼を食ってきた。 確かに値段も安いし、量もあるし文句は無いが、ただ味付けが少ししょっぱくて牛丼のようなまろやかさが無いように感じられたが。 若い人にこの味が受け入れられるかが今後の売上の鍵だろう。やはり関西では「肉」というと牛を指すように、代用としてはやはり豚では役不足にも思えるが。 新聞によると、同業者の中でも売上の落ち込みが一番厳しいらしいが、なんとかこの危機を乗り切ってもらいたいものだ。弱肉強食の時代にあって特に貧乏人の強い味方として。 僕も若かった時代、給料前の懐が寂しかった頃、また時間がないときなど、よくお世話になったものだ。いまでも急に食べたくなるときがあるから不思議だ。 何とかこの危機を乗り越えて、「安い、早い、美味い」の3拍子はそろった販売方法をこれからも維持し続けて、一日も早く正常に戻ることを祈るばかりだ。 |
| 2004.03.08 昨日は万博公園梅見物、今日はナンバパークスへ市場調査 ![]() 少し寒かったが、天気も良かったので、日曜日は万博公園の梅見物にウォーキングを兼ねて行って来た。全体的には7分咲きぐらいであったが、梅林内は約800本と大阪城公園に比べると規模は小さいが全体に良く整理されている感じだ。 特に枝垂れ梅(写真)は満開で見事な咲きっぷりだった。 3月下旬には園内の桜も開花するだろうし待ち遠しいが、どちらかというと桜より梅の花の方が僕は好きだ。でもここの桜も素晴らしいので満開時には恐らくまたくることになるだろう。 今日は難波で就職業務を仕事にしている知人と昼食をともにしたが、関西にはまだ景気回復の気配はあまり感じられず、むしろこれから松坂屋デパートの閉鎖などもあって再就職を求める人は増えるのではないかということだった。 知人と別れて近くの「難波パークス」に寄ってみた。 ここはオープンしてまだ間がないが、店内は月曜日だというのに若いカップルも含めて大変込み合っていた。 この場所はかって難波球場が在ったところで、ダイエーホークスの前身の南海ホークスの本拠地だったところだ。 子供の頃はナイターを観によく通った球場だが、場所柄もあって試合中観客も巻き込んでよく乱闘騒ぎがあった。その球場も跡形もなくなり大きな商業ビルと庭園を兼ねたショッピングセンターに見事に変身していた。 ただ持ち主は南海電鉄なのでビルの一角にかっての南海ホークスの勇姿を伝えるビデオを放映していた。 気になったことだが、月曜日だというのに若い人たちが大勢店内を歩いていたことと、日当たりの良い場所におかれているほとんどのベンチには、年輩の男性達がじーと座っているのをみると、この人達は仕事はどうしているのかなーと変な関心が湧いてきた。 やっぱりちょっと変だぜ! 今の世の中。 |
2004.03.03![]() 今日は楽しい雛祭り、でも残念だな。 今日は旧暦3月の最初の「巳の日」にあたり、雛祭りの日です。 平安時代が発祥と伝えられているが、生まれたばかりの子供の無病息災を願う「上巳の節句(じょうみのせっく)」とままごと遊びが江戸時代に融合して、いまのような華やかな女の子のお祭りになったと言われています。 小さな人形で“ままごと遊び”をする事を“ひいな遊び”と読んでいたのが語源らしいですね。 小さい頃我が家でも、雛祭りが近づくと押入から大きな二つの桐箱を取り出し、新聞紙に一つ一つ大切にくるまれた雛人形を、五段になった雛台の上に決められた順番に大事に飾った想い出があります。 人形だけでなく、おもちやお菓子なども飾ったようにも思います。 でもこの日が終わるとさっさとまたもとの桐箱にしまってしまいます。いつまでも飾っておくと女の子はお嫁に行けなくなるとか言っていましたが、何故か理由はわかりません。 ところで先頃テレビニュースを見ていたら、突然大学時代に同じクラスで同じクラブ(雄弁会)にいた民主党のS氏の顔が映し出され、ニュースになっていたので驚いた。 当時父親が社会党の名物代議士だったが、本人は卒業後は出版社に一時勤め、その後跡を継ぎ若くして政治家として今日まで頑張ってきていたことは良く知っていた。 でもここに来て彼に秘書給与疑惑が出てきたということらしい。 今日、民主党に離党届けを出したとニュースが報じていたが、社民党の前代議士の例もあり、もし事実なら更に厳しい事態を迎えそうで心配だ。 これから参議院選挙に向かっていろいろな思惑から、真偽不明の種々のニュースが出てきそうだが良く真実を見抜く必要が有りそうだ。 それにしても、この種のニュースは野党側だと大きく取り上げられるが、既に週刊誌などでは具体的な事実に基づいて首相や幹事長や大臣の学歴詐称、さらにヤフーBBの個人情報もれの主犯者と宗教団体との密接な関係などほとんどの大手のマスコミが取り上げないのは不思議な感じがする。 これだけではなくイラク関連ニュースを初めとして、最近はなんだがニュースや記事内容が、一方に偏した記事が意図的に作られているような感じがしてならないのは何故なのかな。 別に正確な情報を知ったからどうするとかは関係ないが、最近は国内のニュース源だけでなく、インターネットで外国の新聞、通信社のニュースも出来るだけ目を通すようにしている。 |
2004.03.01![]() 今日は僕の誕生日 1942年今から62年前、住吉神社の太鼓橋の裏で生まれました。 だから正真正銘の戦前派ということになります。 育ち盛りの頃に戦後になり、食糧事情も悪かったせいか同じ年代の人たちは一般的に背が低い人が多いようです。 年少の頃の遊びもほとんどお金のかからないもので、アメリカが落とした精度の悪い不発弾(2m程の焼夷弾)の上に乗って遊んだり、市営グランドに集められた多くの遺骨の骨を縄に結んで海賊ごっこをやったり、不気味な遊びが多かったように思います。 また自転車のゴムのない車輪を竹の棒で転がしたり、空き缶に縄を通してカッポ、カッポと馬のように道路を歩いたり、竹とんぼを飛ばしたり、すべて自分達の手作りで遊び道具を作っていました。たった60年ほどしか経っていませんが、本当に遊び道具一つとっても隔世の開きを感じます。 ![]() 昨今急速に平均寿命が延びて人生80年といわれるようになりましたが、80m一週のグラウンドを人生と考えると、既に第四コーナーをまわってしまいました。ゴールも当然見えている位置を走っていると思いますが、残念ながら前方が霞んでいてよく見えません。 ここまではなんとか後ろを振り向かずに走ってきましたが、ここからゴールまでは、ころんで怪我をすると治りにも時間がかかるので、とにかく前だけを向いてゆっくり歩いていくことにしました。 今後ともよろしくお願いいたします。 |
2004.02.28![]() 大阪城公園梅林へ梅見物に 少し寒かったが、天気が良かったので大阪城公園内にある梅林に行って来た。 今年は当初紀州の南部梅林に行こうと思っていたが、わざわざ一日掛けていくのも大変なので近場の花見見物となった。 大阪城梅林は自宅からでも1時間程で行けるし、交通費も片道340円と安くて助かる上に環境が抜群なので毎年出かけている。 ちょうど満開の時期を迎えており、白、ビンク、赤色と実に見事な梅の園だった。 ![]() 梅の花は昔から大阪の代表的な花として親しまれてきている。 天神さんの梅鉢の紋などでもゆかりが古く、更に古歌にも「難波津に咲くやこの花冬ごもり、今を春べと咲くやこの花」と詠われている。 桜とはまた違った美しさがあるし、桜ほどすぐ散ってしまわないのがいい。 この大阪城梅林は城内の約1.7haの広さに、約90種類の品種と約1,950本の梅が、それぞれの色をこれ見よがしに咲く誇り、雄大な大阪城をバックに素晴らしい光景を演出している。 なんといっても、市民の憩いの場所として最高の場所に位置しているとともに、これだけの規模を誇りながら、京都などのように入場料など取らないのがまたいいところだ。 今は梅の天下だが、4月になるとこんどは桜が城内の主役になり、この光景もまたなかなか素晴らしいところだ。 |
| 2003.02.27 連続の飲み会で一気に体重増加 ![]() 一昨日、昨日と珍しく連チャンで飲み会があった。2日とも元会社の知人達だが、料理もアジア料理の辛さと中国料理の脂っこさのオンパレードとビール、焼酎、ウイスキーとのチャンポンで2日間、胃の中はぐちゃぐちゃで、おまけに体重も一気に1キロほど増えてしまった。 でもなんでも美味しく食べられて、楽しく飲めるのだから一応健康な証拠なのだろう。 まだ現役の友人が多かったので、話題は当然会社の話になるが、最近統計上では景気が回復傾向にあるといっても、業種によってかなりの偏りもあり、元会社の業種のインテリア業界などはまだまだ不況の域からの脱出は難しく、厳しい状況から抜け出せていないようだ。 元会社も2年前にリストラの一環として初めて人員削減が実施されたが、今度はまた大幅な給与カットが始まるらしく嘆いていた。当然悪循環として企業への忠誠心、モラルの低下が出てくるだろうし、更に今の状況を悪い方向へと向かわないかとても心配だ。 辞めるも地獄、残るも地獄というところだが、最近の新聞でもよく記事になるが、多くの企業がリストラという名の下に、一番安易に実施できそうなところから、また反対しにくいところから手を打っていくような、弱いもの泣かせの施策が安易に実施に移されていくように思えて残念でならない。 恐らくこのような事態は将来芳しくない方向でいろいろな汚点として浮かび上がってきそうな感じがする。 新製品を連発し、常に右肩上がりの業績を維持し、社員の待遇も業界だけでなく、大企業の平均に比べても決して劣らなかったかっての企業への復活に向けて是非もう一度頑張ってくれることを祈るばかりだ。 |
2004.02.22![]() 携帯電話の特訓 今日の日曜日は日中曇ってはいたが、大変暖かく歩いているだけでも汗が出る程だった。 久し振りに岡町図書館に行き、まとめて朝毎産読の四大新聞を読み比べた。 同じ記事を扱うのにも各紙の主張がバラバラで、特にイラクへの自衛隊派遣等の取り扱いなどは一紙だけを読んでいると偏った判断をしかねないほどだ。 特に朝日・毎日と読売の記事の取り扱い方は対照的で、両方の主張や現地からの報告記事も注意深く読んで判断しないと本当の現実を見失う恐れもある。 でも実際に自衛隊が派遣された以後の朝日・毎日の記事内容が派遣前に比べて少し遠慮がちな記事が多くなり心配だが、是非信念を曲げずに一貫した主張を貫いてほしいものだ。 この問題に着いての国民の判断が完全に二分されている以上、両論有ってしかるべきで、別に中立でなくてもいいのだから、正しい判断を国民が下せる資料を是非提供して貰いたいと思う。 ところで、やっと先日我が女房殿にも携帯電話を持たせた。 ![]() メカにはめっぽう弱く、必要性もないので当初は全然興味も無かったらしいが、最近は公衆電話が極端に少なくなりなり、外部からの連絡もしずらくなったこともあって、やっと有れば便利かなーと思っていたところみたいだ。 実際使ってみると便利なこともわかったらしいが、何故か通話中にぷつんと切れてしまうことが多く不思議に思っていたが、別に機械の故障ではなく、受話器を持つと緊張して強く握りしめてしまって不用意に他のボタンを押してしまうらしいことがわかり、取り方の特訓をして何とか無事に通話出来るようになった。 更にカメラ機能にも興味を持ったらしく、今日は二人で使い方の研究をしてやっとマスターできたところだ。最近の機種は多機能でなかなか使いこなせないが、やはり使ってみると便利だと思うところもあり、今度は二人でメールの使い方に挑戦してみようかなと思っている。 ところで我が家にも人並みに通信機器が多く、二人家族で携帯電話2台、パソコン2台、プリンター2台、スキャナー、電話、ファックスがあり、現在の所すべてが順調に稼働しているが技術革新が進み新製品が出てくるとまだまだ増えそうな気がしてくる。 時には一度すべてを無くしてしまったらどんな生活になるのかと思ったりするが、煩わしくなくて案外快適な生活が出来るかもしれないとおもったりもするが...。 |
| 2004.02.18 確定申告のため豊能税務署へ 自宅のパソコンで、9時から始まる株式市場を見ていたら、UFJホールディングスが値を上げており、500,000円をつけたので早速売却した。先日外資系のゴールドマン・サックス証券がUFJを買い推奨銘柄として掲げていたが、2日前に急に取り下げたのでまた何かあるかも知れないと気にしていた。目標値まで少し足らなかったがうまく売却できて安心した。(終値は484,000円だから万々歳だ) 気分を良くしたので、10:30頃家を出て、確定申告をするため阪急池田駅近くの豊能税務署へ出かけた。今年の確定申告は自分のパソコンから国税庁の「確定申告作成コーナー」を利用して作成したので、時間もかからず税金の計算も自動的に出来たので大助かりだ。 税金の支払いなどもちろん少ない方がいいのでいろいろなシュミレーションをして一番有利な方法で作成した。株式の配当金には10%の所得税が支払時に源泉徴収されているが、確定申告をするとほとんど戻ってくる事がわかった。 ![]() また株式譲渡益も10%(所得税7%+住民税3%)を支払わなければならないが、特に所得税については定率減税のお陰で3万円ほど支払いが少なくて済んだ。(公明党さんのお陰でこの定率減税が来年からなくなりそうだ。チクショウ!) そのため本来なら187,000円ほどの所得税が135,000円で済んだのだから、やはり税制の勉強等は怠らないよう常に研究しておかなければならないな。 申告が始まってまだ日にちが経ってないからかも知れないが、案外空いていたのですぐ終わった。 今日はもうやることがないので近くの箕面スパーガーデンの温泉に入りに行った。去年は朝日新聞社のアサヒメイトの会員(年会費=1,630円)になり、この温泉をよく利用させてもらったが、今年もまたお世話になるつもりだ。 入浴料金の1,300円が16回も無料で利用できるのだから収入がない年金者にはこんなにうまい話は無いですね。 ゆったりと天然温泉に入浴後、コロンビア歌手の美川ユキさんの歌謡ショーを昼間から聞かして貰ってまさに天国の1日だった。 |
2004.02.17![]() 久し振りのお寺参り 午前中は例によってパソコンで株価チェックをしていたがあまりぱっとしないので、午後から天気も良く、暖かかったので家内と天王寺界隈を散策に出かけた。 天王寺は寺院の多さや東京の上野と並んで全国的にも有名な天王寺動物園、更に近くには通天閣などもあり、子供の頃はよくこの近辺をうろついたが、今回は何十年振りかの訪問だった。 今日の目的は千葉の義兄が仲間と共に、四天王寺・庚申堂というお寺の「掛け軸」を買いに来阪するということなのでその事前調査を兼ねて訪れた。 ![]() 早速訪ねてみたが、境内も、本堂も小さくて少し驚いたが、住職に「掛け軸」の事を尋ねると「青面金剛童子」の掛け軸の事だろうということだった。値段を聞くとなんと66,000円だと言うことでその高さには驚いた。 ところでその由来だが、飛鳥時代末期、疫病がはやり、天王寺の亳範僧都が、人々を救おうと「天」を仰いで祈っていると、正月七日の庚申の刻に、十六歳位の童子(青面金剛童子)が現れ、天の命により、除災無病の方便を与えると告げたらしい。そこで庚申の日に青面金剛童子に祈れば必ず願いが叶えられるとということらしい。 全国各地で庚申さんが祭られており、夜遅くまで起きているという共通点があり、祭神は青面金剛童子や薩田彦神、三猿図などを祭るが、日本ではこの四天王寺・庚申堂が本家本元と言うことで全国からここの「掛け軸」を買いに来るらしい。 ![]() 折角来たので「四天王寺」さんも訪れた。ここから庚申街道という道を北に200mほど歩くと悠然とした門構えの寺院が「四天王寺」さんだ。境内は想像以上に広く、こんな都会のど真ん中によくもこんなに広い敷地を確保していると感心したが、昔はもっと広くて何処までが境内か解らないほど広かったらしい。 この四天王寺が建立されたのは今から1,400年ほど前の推古天皇元年(593年)というからかなり古い。 「日本書紀」によると、物部守屋と蘇我馬子の合戦の時に、蘇我側についた聖徳太子が形勢不利を打開するため自分で四天王像を彫って「もし、この戦いに勝たせて貰えるなら四天王を安置する寺を建てます」と誓願し、その勝利の後約束通りこの四天王寺を建立したそうだ。どうりで由緒がありでかいはずだ。 ![]() その辺の歴史勉強はまたゆっくりとするとして、すぐ近くの「一心寺」にも寄ってみた。 このお寺はもともと四天王寺の塔頭だったが、現在は納骨の寺として有名だ。 一周忌が済むと家の仏壇に安置してある個人の遺骨をここに納骨するのだが、この寺ではその骨を砕いてセメントに混ぜて巨大な仏像を作る。現在は既に6体ほどあり、作成期間が示されているので遺族はその仏像の前で拝むようになっている。なにかけったいなお寺だ。 ![]() 最後にすぐ近くにある「安居神社」にも寄ってみた。創建は四天王寺と同じころらしが、境内が狭く周りがビルに取り囲まれてあまり目立たない。 際神は海の彼方からやってきたとされる少彦名命だが、菅原道真が九州に流される時に、ここで船を待つためしばらく「安居」したことから道真を際神として「安居天神」と言われるようになったらしい。 またこの境内には大阪夏の陣で徳川家康軍に囲まれた真田幸村がここで討ち死にしたと言うことで「真田幸村戦死跡の碑」という石碑が建っている。 また近くの超願寺というお寺には浄瑠璃天才竹本義太夫の墓が建っているということだったので捜してお参りしてきた。 このお寺もかなり古く、614年に聖徳太子の創建と伝えられている。 お寺参りをすると、その由来をもっともらしく説明されており、驚くことも多いが実際に本当のところ何処まで真実か解らない。 でも真実は別にして、由来を尋ねてお寺参りをするのもなんとなくおもしろい。 |
2004.02.16![]() 日本の故郷への旅 12日から義父の米寿のお祝いを兼ねて女房の実家に行って来た。 実家は成田から単線のJR線に乗り換えて2つ目の「滑河」という駅から歩いて30分ほどの田園の真っ直中に建っている。 成田周辺は「東京国際空港」の建設で周辺こそ一部住宅化が進んだが、一歩はずれると昔ながらの田園風景が拡がり、いまだに日本の故郷という風情を強く残している。 実家も昔からの専業農家で、肥沃な関東ローム層を地盤にコシヒカリ等を作っているが、昨年はやはり天候不順でかなりの不作だったらしい。 現在農地は今年の田植えの時期に備えてゆっくりと栄養を蓄えて休眠中と言うところだが、ことしはなんとか豊作であってほしいものだ。 ![]() 裏庭のすぐ後ろには大利根月夜の浪曲で有名な利根川が流れ、豊富な水を満たしながらゆったりと太平洋へ注いでいるが、その対岸の茨城県側の堤防には今でも放し飼いの牛が悠々と牧草を食べている姿が遠望される。 まさしく「夕焼け小焼けで日が暮れて....」の童謡そのままの牧歌的な日本の風景が見られ、ここにくるとなぜか幸せな感じになってくるから不思議だ。 これからも徐々に都市化が進むのは仕方ないとは思うが、このような風景はいつまでも残しておきたい気持で一杯だ。 都会育ちの僕と違って、我が女房殿は性格もおおらかで、明るい笑顔がよく似合う素晴らしい女性(と勝手な思い=これはおのろけ)と思っているが、こんな素晴らしい自然の中で育ったせいなのかなーと勝手に想像している。 あまり悲しみの顔は似合わないと思うのだが、でも最近はテレビや映画等を見てもすぐ泪をこぼしているのを見ると、やはり年と共に涙腺も緩んできているのかなーと思ったりもしているが。 千葉からの帰りに茅ヶ崎で途中下車をし、本当に何年か振りに高校時代の友達に会ってひとときを過ごした。お互い還暦も過ぎたが話していると自然と高校時代になんのためらいもなくタイムスリップ出来てしまうから不思議だ。 彼も大手の造船会社を定年前に現役をリタイヤーし、退職金で長野県の立科に別荘を建て、現在は400坪余りの土地を耕し、農作物を作って悠々自適の生活を送っているらしいが、冬場は暖かい茅ヶ崎の家に戻り都会生活を楽しんでいるみたいだ。 このような生活は定年退職者がよく描く夢だが、実際にその夢を実現させてしまっているのだからなんとも羨ましい限りだ。 人それぞれの夢を実現させるには、なかなか現実は厳しいものがあるが、ここまて来たら後は自分に出来る範囲のことを無理せず着実に実現させていくのが、いいのかも知れないと思う今日この頃だが... |
| 2004.02.08 今日は日露戦争開戦より百年目を記念して、自衛隊イラクに進駐? 今日は日本がロシアと国交を断絶し、日本艦隊が朝鮮半島の仁川、旅順のロシア艦隊を奇襲攻撃し日露戦争が開始された日(1904.02.08)からちょうど百年を迎えます。 ![]() 結果的には約12万人もの日本兵の犠牲者を出しながら、極東の小国が当時の世界最強の軍事力を誇っていたロシアに対して、判定勝ちだったかも知れないが勝利したことは世界を驚かせたに違いありません。 その後の日本は歴史が示すように以降40年間に渡って一路軍国路線を突っ走り、最後には悲劇を迎えることになるのだが。 きしくも100年後の今日、戦後初めての我が国の正規軍が異国の地に「復興支援」という名の下に進駐したことは歴史の偶然の一致なのか。 ![]() 否、2/8という日はもしかしたらある人によって意識されていたのかも知れない。 我が国の首相は司馬遼太郎の大ファンで、彼の代表的小説「坂の上の雲」も読んだらしいが、この本は日露戦争を肯定的に描き、英知を絞って困難に立ち向かった明治の群像を生き生きと描いているものだが、今日の進駐日決定もちょうどこの百年目を意識してのものなのか。 それにしてもテレビで国会のイラク関係の論戦を見ていると、都合の悪い質問にはなんとかその場を言い逃れようとする露骨な姿勢には嫌悪感さえ覚えてくる。 どう言い訳しても今回の「大儀無き戦争」を無理矢理正当化させようという姿勢が見え見えだ。 ここまで来てしまっては、容易に退却できないだろうが、今後起こりうる事態の責任だけは将来に渡ってきちっととる覚悟だけはして貰いたいと思う。 |
| 2004.02.03 今日は節分、巻きずしの日? ![]() 今日は多くの陸上自衛隊員が仲間や家族の日の丸の旗に送られて、遠くイラクの戦場に旅立っていきました。 これは映画ではなく、まさに現実なんですね。 ![]() いさましい軍歌に送られて祖国を後にしましたが、今回の主力部隊は、きしくも今から60年前の戦争でも精鋭部隊としてガダルカナル島に送られて玉砕したのと同じ旭川の部隊なんてすね。 当時の関係者はこの日をどんな感慨を持って見送ったのでしょうか。 多くの国民の心配と反対意見があるにもかかわらず、この決断を下した最高司令官の小泉首相には彼らが無事帰国するまで、是非「酒絶ち」と「オペラ鑑賞絶ち」ぐらいはしてもらいたいものだ。 ところで今日は節分の日。 ![]() 立春、立夏、立秋、立冬と四季の変わる前日のことを節分というが、この春の節分がもっとも重視され各地でいろいろな行事が開催されるが、豆をまくのは、季節の変わり目に生じる邪気を追い払うためらしい。 この全国的な行事とは別に、関西地方ではこの日に太巻きずしを食べる習慣があることを知っておられるだろうか。(千葉県生まれの家内は全然知らなかったみたいだ) 今日の関西地方のデパートはもちろんスーパーの売り場でも太巻き寿司が夕食の完全な主役だ。 関西地方の夜の食卓では、大人も子供も太い巻きずしを一定の方角を向いてもくもくと食べている異様な風景が繰り広げられていることだろう。 この風習は江戸時代後半頃から船場地方で始まったという説もあるが定かでない。 食べ方も一定の法則があって、その年の干支によって違うが、歳徳神の宿る方向(恵方)=今年は東北東に向かって威儀ををただして、私語をまじえずに丸ごとかぶりつかなければならないという。 なぜ巻きずしかというと「福を巻き込む」「縁を切らない為に包丁を入れない」といわれるが、そのあたりは説も不確かで定説も無いようだ。 ただはっきりしていることは1977年に大阪海苔問屋組合が節分のイベントとして「巻きずしの早食い競争」を道頓堀で始めたことがきっかけらしいから、海苔業界の陰謀にまんまんと乗せられたのだろう。 でも平和な日本だから出来ること。豆撒いて、巻き寿司食って、鬼はー外、福はー内! 我が家も二人で自家製の巻きずしを東北東に向かってもくもくと食って、殻付きのピーナツで鬼ババーは外と叫びました。内緒! |
| 2004.01.27 先週、勝浦温泉「ホテル浦島」で温泉三昧 先週は珍しく雪もちらつき大変寒かったが、金・土1泊2日で南紀方面を巡ってきた。 勝浦温泉は30年ほど前の僕達の新婚旅行の宿泊先だった想い出の処だ。 今回は勝浦温泉でも一番大きな「ホテル浦島」に泊まったが、ここの名物で紀州藩主だった徳川頼倫が、その景色にみとれて帰ることを忘れたという露天風呂「忘帰洞」は広さ1,000u、天井の高さ22mもあるばかでかい天然洞窟風呂だが、さすがここからの景色は素晴らしかった。そのほかにも5ケ所の露天風呂などの天然温泉があり、まさに温泉三昧を楽しんできた。それよりも驚いたのは、このホテルは4つのホテルが渡り廊下や80mもあるエスカレーターで山上にあるホテルとも繋がっており、2,600名ほどが宿泊できる巨大ホテルなのだが、当日の宿泊客の8割ぐらいが中国人の観光客だったことだ。 風呂はもちろん食堂、廊下、売店での会話がほとんど中国語で、ここは中国ではないかと勘違いするほど中国人家族で満杯だった。ちょうど中国の旧正月休みを利用しての観光旅行なのだろうが、さすが経済成長率7〜8%を続ける国だけあって中国人の生活にもかなりの余裕が出来てきたのだろうか。 途中、安珍清姫の物語で有名な「道成寺」、本州最南端で台風で有名な潮岬、大門坂から西国三十三ケ所の1番札所の那智大社・青岸渡寺までの熊野古道ウオーキング、さらに那智の大滝などを巡って、最後に大塔川をせき止めた期間限定の正真正銘の天然の混浴露天風呂「川湯仙人風呂」に浸かって大いに楽しんできた。 この地方はまた南部梅林で有名な処だが、花の咲く時期にはまた訪れたいものだ。 |
| 2004.01.20 今日は大寒 ![]() 今日は暦の上では「大寒」。このころが一年中で一番寒さを感じる頃ですが、確かに戸外では今日もかなり寒かった。散髪にいったせいでよけい寒く感じたのかも知れないが。 先程のテレビニュースでも明日は西日本でも軒並み零下を記録しそうだと伝えていた。 でも大寒が過ぎるとあとは立春(2/4)を待つのみですね。もう少しの辛抱。 ところで今年の冬は、我が家ではまだ一度も暖房を入れていません。外の寒さは厳しくとも一旦家の中に入ると寒さを感じるほどでなくて、なんとか暖房なして過ごせます。確かにマンションは機密性が良く日中の熱や料理のガスの温度などが逃げないためかもしれません。 ところで、今日税務署から確定申告書の用紙が送られてきた。 先日電車賃を使ってわざわざ税務署までもらいに行ったのに。但し送られてきたのは「申告書A」の方で、分離課税申告に必要な「報告書B」でなかったのでどっちみち使用できない物だが、しかも丁寧にも既に住所、氏名、納税者番号まで記入されているので他人にあげることもできない。 もったいない話だがもっといい方法がないか一考を要するのでは。 さらに今年から国税庁のホームページに「確定申告書作成コーナー」というのがあって、自宅のパソコンから直接確定申告書を作成できるとの事だったので、早速試しに挑戦してみたら、あっという間に最後の納税額の計算まで完成してしまった。印刷も自宅のカラープリンターで出力して、それがそのまま正式の申告書として使用できるとのことなので、わざわざもらいに行った用紙も無駄になってしまった。 でも本当に便利になったものだ。 時代がどんどん変化していっているので遅れないよう着いていくのが大変だ。 でもいい刺激にはなるし、ますます呆けている暇がなくなりそうだ。 |
| 2004.01.15 確定申告の準備 昨日は久し振りに元会社の友人数人と梅田の居酒屋で新年会をやって大いに語り合ったが、みなそれぞれの道で活動しているようで安心した。 これからはあまり気の許せる友もできにくくなると思えるので、時々会ってこれからもいい関係を持ち続けていきたいものだ。 午前中いつも見ている大和証券のオンラインシステムに障害が発生して、利用できなくなってしまった。今日は株価がかなり下がっていたのでインターネットで取り引きしている人はかなり慌てたのではないかな。 幸い僕は昨日思い切って売却していたので慌てなくて済んだが、貴重なお金が瞬時に動くものなので普段から二重・三重の安全システムを構築しておかなければ信用をなくしてしまうのではないか。 午後から管轄の豊能税務署に行って今年の確定申告の用紙を貰ってきた。 最近の税務署の職員さんはかなり丁寧な応対になったと感じるが、でもしっかりと作成して少しでも税金を安くできるよう頑張らなければ。 医療費や株式配当、株式譲渡益等は申告すればかなりの減税になるので漏れがないよう慎重に確定申告書を作るつもりだ。 ![]() 政府では少しでも増収を狙っていろいろな増税策を画策しているが、逆にこちらも勉強して少しでも取り戻せる税金は取り戻すよう努力が必要なのだ。 でも正直のところ20%の定率減税や特別扶養控除の廃止はもし決定されれば痛いなー。 「国民は痛みに耐えろ」と我が国の首相が絶叫していたが、いよいよ社会の弱者はここ数年で最後のとどめを刺されそうだ。 |
| 2004.01.11 今日は「鏡開き」だ 正月連休が終わり、サラリーマンの世界もやっと日常のペースに戻りつつあるところだろうが、昨日からの3連休で怠け癖が逆戻りしてしまうのではないかな。 それよりも新年会のお酒の飲み過ぎで疲れた肝臓を休める「休肝日」としてちょうど良い連休になるのかも知れないな。 ところで今日は「鏡開き」の日ですね。 ![]() 昔、武家では正月に供えた鏡餅を割って、20日の小豆粥に入れて、お互いの信頼関係を深める心で一緒に食べるという習慣があったそうですが、それが現在少し形を変えて、一般家庭でも11日に供えた鏡餅を割って、家庭円満と一家の健康を願いながらお雑煮やお汁粉にしてみんなで食べる習慣になったとのことだ。 そこでこの日を「鏡開き」と言うらしいですが、わが家も早速小さいながらも正月に供えた「鏡餅ち」を開いてお汁粉にしていただいた。 もちろん鏡餅を刃物で切るのは、武家の世界では切腹を連想していやがられるので、木槌などで割ったり、砕いたりしたそうですが、今の鏡餅は小さくて包丁でないとなかなか切れないので勿論包丁で切り開かざるをえませんでしたが。 鏡開きはこの日だけでなく、最近では新築家屋の完成時や創立記念日、結婚披露宴等のおめでたい日に薦被りの樽酒の上蓋を勢いよく割るのをやはり「鏡開き」といって祝事に欠かせない行事となっていますね。 午後から今年もらった年賀状の整理をしたが、毎年届いていた友人の年賀状が今年は来なくなり、あらためて寂しい思いをした。 昨年秋に病気で突如この世を去ってしまったためだ。 僕より若くて、去年リストラで会社を退職したのを期に、新しく自宅を購入し、趣味のダンスでもしながら、これからの人生を楽しみたいと語っていた友だったが、案外人生というものは人によってあっけなく幕を閉じてしまうものなのだなーとしみじみと感じた。 この2.3年で、かって一緒に仕事をしたことがある友人が次々と亡くなっていくので、なにか変な気分になって落ち込むことも多いが、平均年齢から見るとまだ15.6年は若く、本来はもっと長生きし人生を楽しめるはずだったのにと思うと気の毒でならない。 やはり健康には常日頃から充分気を付けなければならないし、折角縁があってこの世に生まれ、やっと還暦までこぎ着けたのだから、もう少しぐらい人生を楽しませてもらってから幕を閉じたいと思っているのだが... |
2004.01.07![]() 今日は「七草がゆ」の日 朝食はいつもパンと牛乳で済ませるのだが、今日は「七草がゆ」の日ということで、朝は久し振りにお粥を口にした。 何故この日にお粥を食べるのか別に法律で決まっているわけでは無いのだが、正月に御馳走をたらふく食べて疲れてしまっているだろう胃をおもんぱかって、柔らかいお粥を食べることによって胃袋の消化活動の負担を軽くし、それだけでは味気ないので身近にある七草を入れることによって、緑が少ない冬の栄養源としょうとした昔の人の知恵だったのだろうと思う。 春の七草といわれるのは、「セリ、ナズナ、ゴギョウ(母子草)、ホトケノザ(田平子)、スズナ(かぶの葉)、すずしろ(大根の葉)」で昔はどこでも身近にあった物だが、いまの都会で自然に調達するのはだんだん難しくなってしまった。 ![]() いまではスーパーなどで七草まとめて1パックで売られているが、できれば何種類かは自然調達したいものだ。 昼から久し振りに大阪駅へ出向き、付近のデパートを見て回ったが、正月が終わったというのにどこも何故か込み合っていた。 今年は個人に対する増税項目が目白押しで、本当に頭に来ることばかりだが、一定の金額の収入しかないのだから、よけいな物を買わずに耐えるしか方法がないのに、みなさん理解できているのかなと人ごとながら心配になってきた。。 ところで現在大阪駅を囲んで3つのデパート(阪神、阪急、大丸)と大型家電(ヨドバシカメラ)が日頃から激しい火花を散らしているが、今年からその中に老舗三越の建設が始まりまさに日本一のデパート激戦区となりそうだ。 現在のような不況が続き、個人消費の伸び悩みが続くと恐らく共存共栄は非常に厳しいと思われるが、各店どのような戦略を考えているのか興味あるところだ。 |
| 2004.01.04 早速スポーツジムへ 昨日は車で15分位のところにある万博公園内の温泉「おゆば」に家族で出かけた。 普段はそんなに混まないのだが、正月休みで帰省中の家族が多いせいか、子供達の数が多かった。 家庭の風呂では狭くて大変なので近場の温泉というところで楽しみに来ているみたいだ。 一人700円(子供半額)でゆったりと天然温泉に入って過ごせるのだからこんな素晴らしい時間の過ごし方はないだろう。 僕も今年初めての温泉にのんびり浸かっていると、しみじみと平和な時代をここまで過ごせてきて本当に幸せだと感じるよ。 今後も今の平和が持続することを望むが果たしてどうなるのだろうか。少し心配だ。 今日からスポーツジムが開いたのでたっぷりと早速汗を流してきた。おせち料理の食べ過ぎと運動不足で体重が増えてしまったが元に戻すにはなかなか困難だが、無理せず少しづつ頑張っていこうと思う。明日から世間では通常の活動が開始されるが、年金生活者には明日の仕事がない。でもボーとしてもおれないので明日からの計画を立て充実した日々を送りたいと思うが... 早速昨年の生計収支と確定申告の準備から始めることと、おみくじの「大吉」を信じて、今年も亦ミニネットトレーダーとして経済に関心を持ちながら投資活動も楽しませてもらうとするか。 |
2004.01.元旦![]() いよいよ平成16年度の幕開! 申年はなにかと騒がしい年になるといわれていますね。 昨年末から始まった自衛隊のイラク派兵が今年は本格化し、その行方は全く予断が許せない緊張した状況が続きます。 我々年金生活者にとっても大きな関心事である年金改革(改悪?)問題をはじめ夏には参議院選挙が行われますが、その結果次第では我が国に大きな戦後の転換期がやってくること、さらに景気回復が本当に芽が出始めたのかどうか、どれをとっても今後日本の行方に大きく影響があるものばかりなので、しっかりと注視していかなければなりませんね。 今日は元旦なので早速近くの原田神社へお参りに行って来た。歴史のある神社の割には境内はそんなに広くはないが、参拝客で200mもの列をつくって参拝までに30分もかかってしまった。 帰りに買ったおみくじは「大吉」で今年の運勢すべて良しと出た。 さくらばな のどかににおう春の野に 蝶もきて舞う そでのうえかな 今年はなにをやってもうまくいくらしいので、健康にも恵まれ、株式投資もうまくいくということか。 でもほんまかいな? 好事麻多しという諺もあるから気をつけなば。 |

