今年もよろしく     お願い致します

曲=高原の旅愁

フサコ&ヒロシ

2013.06.22

 富士山が「世界遺産」に登録されました!

 3,776m。日本ではもちろん一番高い山ですが、高いだけで無く麓から見上げるとその左右対称の美しい姿は世界でもあまり類が無い程美しい景色には思わず息を飲み込むほど威厳がありますね。

 「富士山は遠くから眺める山だ」という人も大勢おられますが、実際に登った人からはまた別の感想を述べる人も居ます。

 僕などは実際富士山の山頂に立ち、その周囲のごつごつした岩肌の山を見ていると、その地獄のような光景と、雪をかぶった本当に美しい光景とを較べてみると、まさに世界一厚化粧の名人と思われるくらいの二面性?を持った山だと錯覚してしまいます(笑)

 一方で実際登山をして山頂までたどり着くまでの道のりは、当初想像していたよりも優しく迎えてくれます。

 今まで登山など皆無の僕でも68歳の時に家内と一緒に富士山頂を目指し頑張りましたが運良く登頂に成功しました。

 しかも昨年まで3年連続で山頂まで辿り着くことができ、さらに3回とも山頂のお鉢巡りも楽しむ事がてきる幸運にも恵まれました。

 今年は世界遺産に登録されたこともあり、これから富士山頂を目指す人たちも大幅に増えるのでないかと思いますが、油断すると危険な高山であることには変わりありません。 慎重な準備を整えて挑戦してもらいたいものです。

 先ほどのニュースでは、当初懸念されていた三保の松原も同時に世界遺産の範囲に含まれたとか。本当に良かったと思います。

 * 以下は僕の3年連続の富士山登頂の記録です。

 平成24年度
  剣が峰の富士山頂に立つ4人は、毎週一回近くの服部緑地に集まってウォーキングを楽しんでいる仲間です。

 特に左端の御方は77歳の喜寿を迎える記念に、是非一度は富士登山に挑戦してみたかったという元気一杯のお方です。

 現役の頃は学校の先生で、特に中学校勤務の時は現在問題発言頻発で全国を賑わせているどこかの市長さんを受け持っていたとか。

隣のうら若き女性?も還暦はすでに何年か前に迎えられたとか。

 でも元気一杯で、今は人間様よりも小鳥の方に興味があるみたいでカメラ片手に各地を飛び回っておられるみたいだ。

 お隣の方も喜寿は既に迎えられたにもかかわらず、毎年8月になると富士山を目指して心が騒ぐ元気そのもので御方です。

 平成23年度

 昨年に続いての富士登山になったが、今回同行の御人は翌年喜寿(77歳)を迎えるので、それまでに是非富士山に登ってみたいとの強い希望があって同行させてもらった。

 女性2人も同行したが少し高山病の症状もあってので大事をとって8合目の山小屋で待機いただくことになった。

 残念なことだが、山は少しの妥協も許さず、思い切りも大事なことでもあるが次回の挑戦ということになった。

 登頂に成功した御人は現役時代は大手商社マンとして全世界を飛び回って活躍していたらしい。

 そのため国内での旅行経験は乏しいということだ。

 道後温泉や善光寺などはまだ訪れたことはないみたいだが是非一度は行ってみたいとのことだが、それよりも先に富士山頂に立ちたいという執念はすごかった。

 平成22年度

 これまで登山などの経験がなかった二人だが、一度ぐらいは日本の象徴である富士山に挑戦してみるのもいいかなという気持ちで登ったのだが、不思議なほど不安はなかったのを記憶している。

 山小屋に二泊しながらのゆっくり登山だったが、雲海から登ってくる御来光の厳かさ、3,776mと刻まれた剣が峰山頂に立ったときの感動、さらにゆっくりと二人でお鉢巡りをできた感激など一生忘れることができない印象に残る登山だった。

 今でも東京に行くときに新幹線の中から富士山が見えてくると、あの山頂に二人で立ったのだなーとの感激がわき起こってくる。









2013.06.04 (火)

 菖蒲咲く城北公園での出来事!

 昨日はウォーキング仲間の緑陰クラブの会員27名で大阪市旭区にある城北公園に菖蒲見学に行ってきた。

 いつもの爺・婆(注:元姫様)さんばかりだが園内の各種の菖蒲が7分咲きで、ちょうど見頃を迎えていた。

 園内を楽しんでいるときにちょうど読売テレビの夕刻の人気番組である「かんさい情報ネットワーク ten.」という番組で司会を務めているキャスターの清水 健さんから、同行の西村 愛さんとともにインタビューを受けた。




 かなりの時間、大きなテレビカメラが回る中でのインタビューだったが、これまでの経験から、実際の放映はほとんどがカットされるのだろうと後で話し合っていた。

 清水 健さんというキャスターも知らないし、たいしたことは無いだろうと思ったが、一応ビデオ録画だけはしておいた。







 放映予定時間帯は外出していたが、帰ってみると相席した先輩から留守電が入っていて、ばっちり放映されていたよとの事だった。

 早速録画を見てみると 今日の放送の「シミケンのあいせき」というコーナーの中でかなりの時間二人のインタビュー内容が放映されていたので驚いた。

 自分は質問に対して普段思っていることを話しただけだったが、先輩はこれまでの経験から番組に取り上げられる内容には常にインパクトのある内容でしかもごく簡単に話す必要があるのだと教えてくれた。

 先輩は人生で必要なのは「教育」と「教養」であるということを持論としている。前者は「今日行く所がある」、後者は「今日用がある」ということだとの持論を話されたが、その言葉の場面がテレビでばっちりと放映されているのを確認してさすがだと感じた。
さらに放映画面には実名と年齢と話した内容までご丁寧にもテロップで流されているのにも驚いた。

 以前にもテレビ取材を受けたこともあるが、今回のインタビューでは自分も臆せず持論(?)を展開している場面を見て、やはり年を重ねてきたのだなーとの認識を新たにしたことだ。

*インタビューの模様   「かんさい情報ネットワーク ten.シミケンのあいせき

 菖蒲園を出てから、多くのサクラの木が茂る近くの公園で昼食をとり、淀川堤防沿いにあるワンドと呼ばれる湿地帯を散策し、さらに今年で廃止されるという鉄道と歩行者が平行して渡れる赤川鉄橋での徒歩ウォーキング楽しんだ。

2013.05.07 (火)

 「人生卒業旅行」で白浜温泉一泊旅行

 毎週自宅近くにある服部緑地でウォーキングを楽しんでいる仲間はすでに全員70歳を超えているが元気そのものでいまの人生を思い切り楽しんでおられる。

 すでに80歳を超えておられる仲間もいるがまだまだ元気いっぱいでウォーキング後はその仲間も加わって緑地にブルーシートを敷いて2時間ほど飲み会をやることが慣例になっている。

 その仲間達もいつ人生の卒業式を迎えるかもしれないということで、元気なうちにと7人の仲間が集まってどこかの温泉でも出掛けてのんびりと一晩語り合おうと云うことになった。

 特に経済的にも苦しいわけでは無いが、今の人生は質素に楽しむのも身分相応だろうと考えて、白浜温泉への一泊格安旅行を楽しんできた。
   
        
  「第一回 人生卒業旅行」のページへ

2013.03.01 (金)

 とうとう71歳の誕生日を迎えました!

 人生もようやく第四コーナーにさしかかったばかりでまだまだ体力、気力も十分に残っており、これからはゆっくりとゴールを目指そうかなと考えていました。ところが先日人生の先輩から自分の人生の砂時計の砂はもう少ししか残っていないのだぞ!といわれて何故か少し焦りを覚えました。

 これまでは我が人生遍歴は学生時代はもちろん、長いサラリーマン生活の期間でも不思議なほどストレスというものをほとんど感じたことも無く、多少の踏み外しはあったものの、ほぼ自分の思い通りに生きてこれたみたいで、年金生活に入った現在でも不思議なほど悩みがない生活を送っているみたいで、このまま幸せな人生で終われたらいいのにと思っている。

 ただ最近になって右足膝に少し違和感を感じるようになってきたので、確実に体力は少しづつ落ちていっているのかなーという心配はあることは確かだが、余り深刻に考えても仕方ないので、逆に体力のあるうちにと、3/24からどうしてももう一度再訪してみたかったオランダ・ベルギー特にブルージュの街を旅してこようと計画している。
 
 ただ3年連続頑張ってきた富士山登山は今年は断念せざるをえないようだが、この3年とも快晴続きで山上登頂はもとより、お鉢巡りも実現できたのでこの辺で打ち切りにした方がベターかなーとも考えるようになった。

 これからはやりたいことをすべてやってやろうとの思いが誕生日を迎えて何故か強くなってきたみたいだ。

2013.02.18 (月)

 「平成24年度確定申告」の受付が始まったが!

 今日から確定申告の受付が始まったが、我が家では毎年パソコンで国税局が提供している「確定申告作成」ソフトを利用している。
医療費などの必要書類も事前にそろえておいたので早々に確定申告書を作成した。

 必要項目に数字を入れるだけで複雑な操作も必要ないので30分ほどで作業が完了。

 その結果今年も所得税が還付されることがわかったので、1月28日には所轄の豊能税務署に提出してきた。

 今日税務署から「国税還付金振り込通知書」が届き、確認したらすでに2月15日には振り込みが完了していた

 今年の「確定申告書」の受付は正式には2/18からなのだが、計算の結果税金を払いすぎているのだから、実際の申告書受付時期よりも早く受け付けてもらって、一刻も早く返還してもらって当たり前のことではないかと思う。

 1月の時期は税務署の受付も比較的空いていて並ばなくてもよいうえに、パソコン作成資料ならまず計算間違いも、複雑な税務計算も必要ないので、税務署の受付の担当者も書類がそろっているか程度のチェックだけでOKなので簡単に終わってしまうので助かる。

 去年の還付金は28,622円だったが、今年は株式の配当金も参入したので、昨年よりも少し多くて41,101円の還付だった。なにに使うかまだ決まっていないが、ボーナスがない年金生活者にはこの還付金は臨時収入として大助かりだ。

 
2013.01.28 (月)

 早々に平成24年度「確定申告書」を税務署に提出してきた!

 毎年ならこの時期になると税務署から確定申告書の用紙が郵送されてくるのだが今年はまだ届かない。少し遅れているのかもしれない。

 申告書の受付は2/16からなのだが、還付金がある場合は1月からでも受け付けてくれるので、今年もパソコンから打ち出した国税局の「確定申告作成フォーム」に利用して作成した。

 この方法を利用すると該当箇所に数値を打ち込むだけで、あとは自動的に税額計算してくれるのと、税制が変わってもそれに応じた形で結果が出てくるので大変便利だ。今年も約30分程度で提出用紙のプリントまで完成してしまった。
 
 計算の結果昨年度に源泉徴収されていた所得税が41,101円も還付されることがわかったので早速「豊能税務署」に提出しに行った。

 確定申告書の作成結果として還付請求を出来る人については、正式の受付開始日1ケ月前の1/16からでも受け付けてくれるのだ。

 昨年は2月20に還付金が指定口座に振り込まれたので今年も正式の受付が始まる前に還付されるのではと期待したいところだ。

 本来納める必要がない過分の所得税分を強制的に源泉徴収されているのだから少しでも早く返してもらっても当然だとは思う。

 また実際の申告時期になると大勢の人が確定申告書提出や作成方法の相談に税務署を訪れるので長時間またされることは必死だ。事前に提出できることは混雑緩和の方法としても良いことだと思う。

 ところで所轄の税務署は阪急池田駅の近くにあるのだが、名前が「豊能税務署」というのでいつも違和感を感じる。

 現在も豊能郡という地域自体は存在しているが、池田市や豊中市などの大都市が管轄なのにもかかわらず、豊能という古くさい地名が税務署の名前として依然として残っているのも変な感じだ。

 少なくとも豊中ぐらいの人口密集地には出先機関ぐらいを設けても不思議ではないと思うのだが。

 今年も昨年と同時期に還付されるよう念じながら税務署を後にした。

 久しぶりに「野村證券」にも立ち寄った

 税務署からの帰りに豊中駅で降りて、久しぶりに駅前にある野村證券に立ち寄った。
 株式関係の取引口座は大和証券なのだが、国債関係と外貨MMFの取引口座は野村證券に開設している。

 しかしここ数年は円高傾向が続き、含み損も大きかったのであまり訪問する機会もなかったが、今日店頭に表示されているドル相場が久しぶりに1ドル91円台に乗せていたので、まだ少し損失はあるが、思い切って91円で半数口を円に換えることにした。

 この資金で毎年二人で毎年出かけている海外旅行費用にあててみようかと思っている。
特に海外旅行でもにヨーロッパなどの遠距離にあり、12〜3時間も飛行機に乗るのは今後体力の衰えにより苦痛を伴うようになるかもしれないので、元気な今のうちかもしれないと考えているからだ。

 さらに家に帰って確認したら、出かけにパソコンを通じて買い注文を入れていた「伊藤忠」の株式が指し値価格で購入できていた。
この会社はもちろん3月決算なのだが、配当率はなんと4.42%と高く、現在の銀行預金の利息は年0.02%だからなんともいえない魅力ががある。

 それも2ケ月で手にできるのだから最高だ。株価も現在そんなに高くなく、日本の景気がよくなればさらに上昇すると期待できるのでないかと思っている。

 今日はいろいろと経験したが久しぶりに充実した一日だった。
 まだまだ呆けていられない状態が続きそうだ。

2013.01.01 (火) 快晴

 新しい年が明けました!

           一山越えたら      
             次の山    
        千波超えたら     
             万波の彼方       
        大志遠望   
             人生無窮        

 今年3月1日で数え72歳。古希は昨年迎えましたがまだまだ元気です。
幸運にもここまで元気に過ごしてこられたのでもう少し老春を楽しませていただきます!

 旅行、ウォーキングはもちろんですが、人生最後?の友人たちとも仲良く語り合い、新しいことにもチャレンジして今年も多くの思い出作りに頑張ってみたいと思います。

 ところで朝9時に郵便受けに行くと早々に今年の年賀状が届けられていた。
 今年も高校時代、大学時代、会社勤めの時に巡り合った知人、友人、そしてリタイヤー後に知り合ったウォーキング仲間などから多くの年賀状が届けられていた。

 特に一昨年の震災で大きな被害を被った南相馬市に住む友人にも昨年出したにもかかわらず彼からの年賀状が届かず心配していたのだが、今年は届けられていてほっとしたところだ。

 最近はパソコンなどの普及により、年賀状の発行枚数も激減しているらしいが、この年齢になると年一回の年賀状のやりとりが多くの友人の消息が知り合える唯一の機会になることも多いようだ。
 この素晴らしい風習は今後とも大切にしていきたいと思っている。

 特に70歳前後から、毎年年末になると何枚かの喪中はがきが届くようになり、昨年暮れ特に多かったようで寂しい限りだ。
 幸い自分はまだ元気な状態で過ごしているが、毎年そろそろお別れしなければならない友人も何人か出てきている。
 その安否を知る上でも年一回の年賀状は貴重な役割を果たしているといってもいいのではないか。

 午後から初詣に原田神社へ!

 今年も大晦日から娘夫婦が子供を連れて泊まりに来ていたので、午後から近くの「原田神社」に初詣に出かけてきた。

 我が家の初詣の習慣は昔から実際に生活している住居近くの神社にまずお詣りすることにしており、東京、仙台、京都に住んでいたときもすぐ近くの神社にお詣りに行っていました。

 現在の「原田神社」は住宅や商店街に囲まれているので敷地もそれほど大きくはないが、なかなか歴史的には由緒ある神社だ。

 原田神社の社記によると白鳳12年(西暦684年)天武天皇神宝、神鏡や獅子頭を納められたことや、また同時代に悪病が流行したときに「妖邪退除」の詔勅を下してこの神社に祈願されたことが記されている。

 現在は商店街に隣接したあまり広くない敷地に神社はあるが昔は東は吹田市榎阪町から西は尼崎市富松までの72ケ村に及ぶ氏神として広大な土地と強い影響力を持っていたと伝えられている。

 この原田神社の拝殿までは通常自宅から歩いても5分位なのだが、今年は拝殿前まで辿り着くまでに1時間近く並ばなければならない長蛇の行列ができていた。

 お詣り自体は1分もかからないのだが、それでも順序よく順番が来るのを静かに待っているのはやはり正月独特の気持ちが表れているようです。

 お詣り後に、これも恒例の今年の運試しに100円を出しておみくじを買ったが、「中吉」 だった。
 昨年は「小吉」だったが、特に悪い出来事もなかったので今年も何とか無事に過ごせるのではないかと一安心というところか。

 ここのおみくじは裏面に英語訳が記載されているでおもしろい。 
Abide time with patience,just as the tide will flow after it has ebbed.

        (ひきしおの 引くはみちくる あしたあり 心しずかに ときを まつべし)
と記されていた。 
      
 「今は人のしらぬ胸のくるしみがあるが、さわがず信神して時の来るのをまち、身を慎んで行いを正しくすれば必ず幸いを得る時が来る」ということらしい。

 何事も焦らず待っておれば報われるときが来るということらしい。ここは素直に教えに従っておこうかな(笑)

←目次に戻る