私のデジカメです














2002.07.30
以前から一度行ってみたかった「おわら風の盆」にとうとういきました。
飛騨の山々から富山平野への途中にある6,000世帯の小さな町八尾。格子戸の ある旅籠宿や土蔵づくりの民家が今も街中に多く残っています。。
このこで五穀豊穣と永世の繁栄を祈って、淡いぼんぼりの外灯に飾られた街で、毎年9月1〜3日まで行われるこの踊りは300年以上の歴史をもった叙情豊かな唄と踊りです。
三味線、太鼓、鼓弓の哀調をおびた調べに合わせて、編み笠を深くかぶった老若男女が町中を流す姿は何とも言えない幻想的な趣を漂わせていました

念願の越中八尾の「おわら風の盆」に行ってきました。



町ながしの風景

ますます盛況?なハローワーク(池田)

今日は5回目の失業認定日で池田のハローワークに出頭してきた。
あらかじめ決められたこの日時には万難を排して出頭しなければ、失業保険は受給できず、1ケ月の後払いになるので特に気を使う。
今月は出頭者が多くて驚いたが、ほとんどが中高年の方で占められているところをみると、まだまだリストラによる退職者が発生しているんだなーと暗い気持ちになった。
お題目や計画ばかりで、具体的な景気回復策を取らない政府の失政の結果が一番弱い階層に犠牲を強いているのは明らかだ。
本来は率先して景気拡大策を政府主導で行うべきなのが、逆に縮小再生産的な施策しか出してこないのだから、当分は景気回復はないと覚悟して、自分で自分を守る以外この局面を乗り切れないとの自覚を新たにした。
帰りに係の人から、8月から支給金額が変更になっていますと言われ、確認したら一方的に減額になっていた。少なくとも失業保険は職を失ったときのために在職中に積み立てた保険なのだから、勝手に気安く減額しないでほしいものだ
黙祷!
今日は「お盆」と「終戦記念日」が重なった何か因縁を感じさせる日である。
終戦当時僕は3歳だったが、ちょうど育ち盛りの時に食料もなく、栄養も取れなかった後遺症か、同年代の仲間は案外背が低いのが多い。特に当時都会に住んでいた者は食糧不足だったためか、この顕著な傾向があるように思える。
今でも鮮明に覚えているが、友達と家の近くの公園に落ちた不発の「焼夷弾」の上に乗ったりして遊ぶのが唯一の楽しみだったが、大人達も特に注意もしなかったのはなぜだか今でもわからない。
世界の情勢からみたら平和すぎる日本だが、これも戦争で亡くなった310万人強の人たちの犠牲の上にあることを忘れないように。 黙祷1
2002.08.15



2002.08.09
今年は特に暑い日が続いています。
また8月が巡ってきました。
広島・長崎に原爆が投下されて57年たちました。
先日、広島での式典の模様をテレビで中継していましたが、首相の通り一辺倒のあいさつより、広島市長が昨年9月のアメリカへのテロ攻撃以降、「今に見ていろ」そして「俺の方が強いんだぞ」が世界の哲学になりつつある危機感を「平和宣言」の中で強く訴えていましたがいやに説得感がありました。
なにがちがうのかなー

箕面の滝まで続くハイキングコース

若き日の野口英世
箕面公園になぜか「野口英世」の像が建っている
東海自然歩道(高尾山〜箕面→1,697キロ)の終点にあたる箕面(大阪府)は、今絶好の季節を迎えています。
阪急電車の箕面駅前から滝まで約3キロの滝道を歩くと箕面川のせせらぎと小鳥のさえずりが耐えることなく涼しげに聞こえてくます。
この滝道は高低もほとんどなく、紅葉、桜、夏の青葉と1年中季節の香りを届けてくれる絶好の散歩道です。
毎日35度を超す暑さから逃避するため、愛用のデジカメとペットボトル1本たずさえて出かけてきました。
期待に違わず至る所に小魚、鯉などが涼しげに泳ぐ中、小さな子供達が水遊びをしており一層の涼しさを感じた。
ちょうど行程の中程の小高い丘に今度1000円新札の顔になる若き日の野口英世の銅像が建っています。
ほとんどの人はご存じないと思うが、大正4年に野口英世が15年間の米国留学から帰国の際、待ちわびていた母を伴って箕面に立ち寄り、年老いた母を慰めた。これに感激した南川光枝氏が府下の学童などから浄財を集めて、昭和30年に建立したものといわれる。いつもは通りすぎるがやはり注目の人であるだけに大勢の人が訪れていました。
夕方より宝塚沿線在住の旧人事3人組で飲む。相変わらずよく食べ、よく飲む。全員すこぶる元気。その後元バスガイドのママさんの店で飲み直すが、前回は午前様になったので今回は10時過ぎに解散。
2002.08.07


