私のデジカメです

2002年度の日記
目次
お急ぎの方は
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2002.12.21 友、来る
2002.12.02 スポーツクラブ「ヴァイキング」に入会しました
2002.11.21 今年最後の紅葉狩り 京都嵐山へ
2002.11.15 紅葉真っ盛り
2002.10.28 中国に行って来ました
2002.09.01 念願の越中八尾の「おわら風の盆」に行って来ました
2002.08    以前の日記へ


古唐津焼で有名な伝統を継ぐ佐賀県西松浦群西有田町切口の陶工池田真一郎氏の切口窯で創っていただいた粉引ティーカップ
 今日は会社入社当時からの友人であるH氏夫妻が東京から日帰りでわざわざ僕の定年退職祝いということで訪ねて来てくれた。

 昼食を囲んでの夫婦同士の会話も大いに弾み、あっという間に時間が過ぎ別れの時間がきてしまったが、友情の深さに感謝しつつ今日は最高に気分のいい日であった。

 お祝いということで、彼の幼少時代の同級生が故郷の佐賀県で唐津焼の陶器工房(切口窯)をやっているので特別に僕たちのために焼いて貰ったという素晴らしい「ティーカップ」をいただいた。

友、来たる
 桃山時代末期からこの地には多くの古唐津陶器の窯があったと言われているが、その伝統を今に伝える素朴ななかにもどこか懐かしさを思い出させる陶器だ。飾っておくのもいいが、もともと古唐津焼きは生活具として利用されたものと思うので僕たちの専用のティーカップとして早速重宝させて貰うことにした。

 H氏は壁装材についての研究については日本でもトップクラスの研究者だが、いまはインテリア卸会社の経営と営業の責任者として、この不況下の中で経営建て直しに単身赴任で日夜頑張っているが伝統と底力のある会社だけに是非頑張ってほしいものだ。

 僕は今年の3月に34年間のサラリーマン生活から完全に足を洗ってしまったが、退職以来これまでできなかったことに挑戦してきて、あっという間に年末を迎えてしまった。

 在職当時は特に趣味もなく、ただひたすら?家と会社との往復のみで、在職中に何か趣味を持っていないと退職後は困るよという多くの友の助言もあったが、この一年間はすべて新しいことへの挑戦でいつも新鮮な気分で過ごせたことでこのような不安は完全になくなった。
それよりも来年はなにに挑戦してみるかなと計画を立てるだけで楽しくなってくる。
          野火不燃尽
             春風又吹生
   の心境だな!

’第2の人生’などと大上段に構えるのではなく、年の初めに1年単位ぐらいの計画を立てて、あと十年ぐらいまで足腰が丈夫で、美味しいものが食べられる最低の身体を維持できる健康作りに留意していこうと思う。

今年最後の紅葉狩り 京都嵐山へ
 久し振りに、サラリーマン時代に一緒に仕事をした友人と京都嵐山・嵯峨野へ紅葉見物へ。

 今年の紅葉はどこも深紅のもみじが特に鮮やかで、なんともいえない風情の中をおもいきり楽しんできた。四季の区別がはっきりと楽しめる日本の気候に感謝しながら...

 渡月橋から見渡す紅葉の素晴らしさは言葉に表現できないぐらいだが、折角の京都ということで近くのお寺の庭も訪れた。予算の関係?常寂光寺、祇王寺、大覚寺の三寺しか拝観できなかった。観光客のためこの時期ぐらい地区別の格安な一日フリーパス切符でも売り出してくれるとありがたいのだが。

 この近辺には大河内山荘、天龍寺、落柿舎、二尊院、清涼寺など行きたいところも多いのだが全部拝観すると昼食代がなくなるので残念ながらパス。
 (でも宗派もそれぞれ違うのにどこでもいいというのは本来はおかしいのかも知れないな。)

 昼食はやはり近くの小粋な料亭で名物の「湯豆腐ランチ」をしっかりと堪能しながら、ピールと地酒も加わり少々昼から飲み過ぎ気味か。

 それでも嵯峨野の道を散策し、最後に壹美白辨財天のある「広沢池」まで足を伸ばした。
 友と語らいながらの紅葉の京都散策はなかなか充実した一日であった。

 不況、デフレ、リストラと今年はあまりいい年ではなかったが、すべて落葉とともにいやなことも早く忘却の彼方へ飛んでいけ!

 今年もあと1ケ月余りでTHE END。これまでの人生を振り返りながら、今後の充実したシルバー人生の計画でもゆっくり考えることとしょう。
とりあえず今日はおやすみの時間が来た。

桂川沿いの紅葉
元人事部時代の友人と 渡月橋にて
有名な天安門をバックに
でも広場のあまりの大きさにびっくり!

奇岩奇景の桂林の漓江下り。まさに水墨画の世界になにもいうことなし。
秦の始皇帝が秘密裏に作ったと言われる6000体もの兵馬俑の実物(西安=旧長安)
10月14〜21日まで中国を巡ってきました。

 夫婦での始めての海外旅行に中国を選んだのは、僕の院生時代の修士論文が「中国外交政策決定要因の研究」というテーマで昔から中国人のものの考え方に興味があったことと、我が奥方が中国の遺跡に感心があったことが理由です。

 そのため一度は是非訪れたいと思っていましたが、退職後は時間があるのでやっと実現しました。

 今回は19名のグループでしたが、75歳の方を先頭に年輩の夫婦ばかりで、僕たち夫婦が一番若かったのには驚きました。

 北京、西安、桂林、蘇州、上海
とかなり強行軍だったのですが、すべてが魅力満載で大満足の旅でした。

 高校時代の教科書で習った歴史を現物を見ながら復習しているようで、何とも言えない感動がありました。特に西安の兵馬俑坑は現在まだ発掘中にもかかわらず、そのすべてを見られるばかりか、カメラ撮影もOKなど到底日本では考えられないような鷹揚なことも多々ありました。

 一方、北京や上海などの近代都市では、2008年のオリンピックを控えて、古い建物など惜しげもなく壊し、新ビル建設ラッシュでものすごいエネルギーを感じました。

 また桂林では奇岩奇景の連続の漓江下りを楽しんだりしました。

 遺跡、自然、近代化と3拍子そろった中国での8日間の観光を十分に楽しんできました。
2002.11.15
 箕面・龍安寺前
2002.11.12 瑞宝寺公園

紅葉真っ盛り
 12日は有馬温泉近くの瑞宝寺公園、15日は大阪箕面公園に紅葉見物に出かけてきた。

 ウイークデーにもかかわらず大勢の人たちが来ていたが、今年の紅葉は直前に急激に冷え込んだためか、例年になくモミジの朱色が鮮やかだった。

 帰りにはそれぞれ有馬温泉の金泉・銀泉、箕面ではスパーガーデンという巨大な天然温泉にたっぷり浸かって余韻を楽しんできた。(勿論、有料温泉だが、入湯客の多くが新聞社の無料優待券でのお客さんのようだ。僕も含めて)

 サラリーマン時代はこのような余裕がなかったが、これも退職者の特権?

 ただ、のんびり過ごしていると今後の生活が極めて厳しい状況になる可能性があることがわかり少しショックを受けている。
 久しぶりに資産を点検してみたらこの4ケ月間でなにもしていないのに含み資産が大きく減ってしまっていた。

 現在の経済不況はデフレが原因と言うが、定額収入の年金生活者にとってはインフレになると貨幣の価値が下がりむしろ苦しくなるだけではないのかと危惧している。

 現在のささやかな生活を維持していくためには、常に経済の動向に感心を持ち、少なくとも外部の原因で含み資産が減少しないよう対応策を立てる必要がありそうだ。

 社会的にリタイヤーした者もうかうかしておれないな。
 なかなか厳しい世の中になったものだ。
曽根駅前の「スポーツクラブ」
スポーツクラブ「ヴァイキング」に入会しました
 12月2日に阪急宝塚線の曽根駅前にあるスポーツクラブの「エルエスト・ヴァイキング」というスポーツクラブに夫婦で入会しました。自宅からも徒歩で7分程度でいけるので大変便利です。

 今月までは入会金も無料という言葉につられての入会ですが、毎月の会費も5,600円で比較的低額で毎日10〜23時までのフルタイム利用できるので、時間も有効に使えて助かります。
 これから肉体を鍛えるというのは到底無理ですから
 今の状態を如何に永く維持していくかを目標にして無理せずに続けていこうかと思います。

 だから余り過激なマシンの使用などでなくて、自転車やプールでの歩行水泳、柔軟体操などを主に頑張るつもりです。それよりも最後に広い風呂にゆったりと入浴できるのが最高です。
利用時間帯で年齢層も変わるとは思いますが、予想以上に僕より遙かにシニアの人が来ているのには少々驚きました。

 連絡があり、久しぶりに元会社の同僚5名と飲食。
現役の方がいるので少し遅めの午後7時集合。
阪急電車の服部駅近くの「久寿し」。店は大きくはないがネタの新鮮さが評判の店。特に今日食べた海苔巻きののりが黒光りした極上物でおいしかった。

会社も創業以来始めての大幅なリストラ策を実施し、V字回復を狙っている様子だが、現状はなかなか厳しい状況が続いているらしい。
 なんとしても頑張ってもらい業績回復をはかることが、不本意ながらも退職していった元社員達に対して報いる唯一の方法だと思う。
  
                頑張れ現役!
 ついでに株価ももっと上がる魅力的な会社にしてもらわないと。
現役時代に貯まった株券の含み資産がどんどん目減りしている。
 失業者としては大変苦しいところだ。

 服部駅前の「のせや」でまたうどん食ってから、カラオケにいったため、今日は少し散財した。
たまにはいいだろう。

2002.07.30


 以前から一度行ってみたかった「おわら風の盆」にとうとういきました。
飛騨の山々から富山平野への途中にある6,000世帯の小さな町八尾。格子戸の ある旅籠宿や土蔵づくりの民家が今も街中に多く残っています。。

 このこで五穀豊穣と永世の繁栄を祈って、淡いぼんぼりの外灯に飾られた街で、毎年9月1〜3日まで行われるこの踊りは300年以上の歴史をもった叙情豊かな唄と踊りです。

 三味線、太鼓、鼓弓の哀調をおびた調べに合わせて、編み笠を深くかぶった老若男女が町中を流す姿は何とも言えない幻想的な趣を漂わせていました

念願の越中八尾の「おわら風の盆」に行ってきました。


八尾西町の踊り
おわら風の盆

町ながしの風景

ますます盛況?なハローワーク(池田)


 今日は5回目の失業認定日で池田のハローワークに出頭してきた。

 あらかじめ決められたこの日時には万難を排して出頭しなければ、失業保険は受給できず、1ケ月の後払いになるので特に気を使う。

 今月は出頭者が多くて驚いたが、ほとんどが中高年の方で占められているところをみると、まだまだリストラによる退職者が発生しているんだなーと暗い気持ちになった。

 お題目や計画ばかりで、具体的な景気回復策を取らない政府の失政の結果が一番弱い階層に犠牲を強いているのは明らかだ。

 本来は率先して景気拡大策を政府主導で行うべきなのが、逆に縮小再生産的な施策しか出してこないのだから、当分は景気回復はないと覚悟して、自分で自分を守る以外この局面を乗り切れないとの自覚を新たにした。

 帰りに係の人から、8月から支給金額が変更になっていますと言われ、確認したら一方的に減額になっていた。少なくとも失業保険は職を失ったときのために在職中に積み立てた保険なのだから、勝手に気安く減額しないでほしいものだ


黙祷!

 今日は「お盆」と「終戦記念日」が重なった何か因縁を感じさせる日である。

 終戦当時僕は3歳だったが、ちょうど育ち盛りの時に食料もなく、栄養も取れなかった後遺症か、同年代の仲間は案外背が低いのが多い。特に当時都会に住んでいた者は食糧不足だったためか、この顕著な傾向があるように思える。

 今でも鮮明に覚えているが、友達と家の近くの公園に落ちた不発の「焼夷弾」の上に乗ったりして遊ぶのが唯一の楽しみだったが、大人達も特に注意もしなかったのはなぜだか今でもわからない。

 世界の情勢からみたら平和すぎる日本だが、これも戦争で亡くなった310万人強の人たちの犠牲の上にあることを忘れないように。 黙祷1

2002.08.15

2002.08.09


 今年は特に暑い日が続いています。
 また8月が巡ってきました。
 
 広島・長崎に原爆が投下されて57年たちました。

 先日、広島での式典の模様をテレビで中継していましたが、首相の通り一辺倒のあいさつより、広島市長が昨年9月のアメリカへのテロ攻撃以降、「今に見ていろ」そして「俺の方が強いんだぞ」が世界の哲学になりつつある危機感を「平和宣言」の中で強く訴えていましたがいやに説得感がありました。
 なにがちがうのかなー



箕面の滝まで続くハイキングコース

若き日の野口英世

 箕面公園になぜか「野口英世」の像が建っている

 東海自然歩道(高尾山〜箕面→1,697キロ)の終点にあたる箕面(大阪府)は、今絶好の季節を迎えています。

 阪急電車の箕面駅前から滝まで約3キロの滝道を歩くと箕面川のせせらぎと小鳥のさえずりが耐えることなく涼しげに聞こえてくます。

 この滝道は高低もほとんどなく、
紅葉、夏の青葉と1年中季節の香りを届けてくれる絶好の散歩道です。

 毎日35度を超す暑さから逃避するため、愛用のデジカメとペットボトル1本たずさえて出かけてきました。

 期待に違わず至る所に小魚、鯉などが涼しげに泳ぐ中、小さな子供達が水遊びをしており一層の涼しさを感じた。

 ちょうど行程の中程の小高い丘に今度1000円新札の顔になる若き日の野口英世の銅像が建っています。

 ほとんどの人はご存じないと思うが、大正4年に野口英世が15年間の米国留学から帰国の際、待ちわびていた母を伴って箕面に立ち寄り、年老いた母を慰めた。これに感激した南川光枝氏が府下の学童などから浄財を集めて、昭和30年に建立したものといわれる。いつもは通りすぎるがやはり注目の人であるだけに大勢の人が訪れていました。

 夕方より宝塚沿線在住の旧人事3人組で飲む。相変わらずよく食べ、よく飲む。全員すこぶる元気。その後元バスガイドのママさんの店で飲み直すが、前回は午前様になったので今回は10時過ぎに解散。

2002.08.07


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日本三大祭りの一つとして有名な「天神祭」の催太鼓の出発風景             
 何十年かぶりに天神祭りを見に行ってきました。
今年の大阪の夏は例年になく猛暑が続いているが夏祭りはやはり暑くなければ駄目ですね。
  天神祭りは7/21〜25迄ですが、やはり最終日の「陸渡御」「船渡御」が最高の見せ場です。

 午後4時に大阪天満宮を催太鼓を先頭に、天狗のお面の猿田彦、獅子舞、傘踊り、神鉾山車、地車等約3000人の大行列がにぎやかに出発し、老松通から大阪市役所を経て船渡御の乗船場である天神橋まで約2時間4キロかけて練り歩きます。
 子供の頃行列の後に付いていき帰り道がわからなくなってベソをかいたのを思い出した。

 午後6時からは水の都にふさわしく天神橋から御神霊を乗せた奉安先頭中心に船渡御が始まります。約100隻に10000人が乗船し、大川の上流と下流から同時に出発し、約7キロを2時間あまり渡御します。なかなか風情があますよ。

 この天神祭りの本拠地の大阪天満宮の隣には門前町として栄えた日本一長い(2.7キロ)商店街として有名な「天神橋筋商店街」があり、この祭り中は大変なにぎわいになります。
2002.07.25