1997年秋 初めての北京-2
トラブル1・宿舎に着かない



  両替が済んだら、9時半だった。
もうバスは無く、タクシ-で宿舎に向かうことにする。 空港には「黒車」と呼ばれる白タクが多いと聞いた通り、 客引きが執拗に付きまとう。 やっと振り切って正規のタクシ-乗り場から乗車。
  タクシ-は高層アパート沿いの高速道路を猛スピ-ドで飛ばす。
運賃メ-タ-で走っているのに、値段交渉。  運転手が「150元でどうか?」と言う。 市内まで120元程度が相場と聞いていたので、 英語で「No !100」と応えると、あっさり「OK!」。
内心「もっと値切れば良かったかな」と思う。
  タクシ-は高速を降りて、北京の市街地に入った。 夜10時近いのに、人々が歩き、道端で談笑している。
2両連結の大型トロリ-バスの車内は暗くてよく見えないが、 混んでいるようだ。
まだ開いている商店も多く、豆電球でイルミネーンヨンを 施した店が目立つ。 なかなか活気がある。
  この運転手、どうやら宿舎がわからないらしい。 乗車時に、宿舎の所在地と名称「友好賓館」、 近くのバス停の名前「交道口」と紙に書いて渡したのだが。
友好賓館」は、つい先日まで全国人民代表大会(国会)の 議長だった喬石氏邸の近くと聞いていたので、 それを告げたがわからず、電話番号を知らせて、 携帯で連絡してもらう。 (携帯、ポケベルの普及率はものすごい)
「わかったらしい」と安心していると、 今度は通行人に道を聞いている。
不安になるところだが、 あちこち走って街の様子を見るのは楽しい。 それに100元と交渉済みだ。
  中国は経済発展の真っ最中。 北京には出稼ぎドライバ-が 多く、道を知らないらしい。 しかも、「友好賓館」は対外友好協会の宿泊所で、 メジヤーなホテルではない。
折角の中国行なので、中国らしい宿舎が希望の私達は、 帯広・東方鍼灸院の吉川先生の手を煩わせて、 ここを手配していただいた。
2階建ての落ち着いた中国風の大邸宅という感じ。(四合院)
以前、国民党の蒋介石氏の屋敷だったという由緒ある建物だ。
  同じ道を何度か往復し、通行人に教えてもらって、 「友好賓館」に辿り着いたのは10時半だった。

fr-03
初日の朝は、宿舎で朝食を摂った


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大成鍼灸院 2001年10月
   
Ly-Zh-9702