1997年秋 初めての北京-6
タクシー、自転車、バス



  鍼灸学会の行なわれた北京国際会議中心は、 旧市街から北に離れた新しい地区にある。
  一方、私達の宿舎は旧市街にあり、 その間の距離は10km位であろうか。 交通手段を考えるのもまた楽しい。
    この区間で考えられる交通手段は、「出租汽車」(タクシー)、 「出租目行車」(レンタサイクル)、 それに「公共汽車」(バス)である。 
  タクシ-は早いし楽だが、つまらない。 それに料金が高い。 当時の為替レートで1元=15〜16円、タクシー初乗りは 普通車で10.4元。 せいぜい170円だから日本の感覚では安い。
  しかし、大卒中医師の初任給が1000元に満たないというから、 これは賢沢である。 タクシ-利用は最小限にしようと思う。  ちなみに、1元=100円というのが市民感覚ではないかと思う。
  中国といえば自転車!  自転車好きの私達には、 最も相応しい交通手段のように思える。  それで、出発前はレンタサイクルを想定していたし、 宿舎の近くの路地にレンタサイクルがあった。
  しかし、実際に北京に来て、諦めた。   朝のラッシュがひどく、車も自転車も大洪水。  
しかも、この大洪水の自転車が一糸乱れず一定のスピ-ドで 走っている。  暗黙のルールとか呼吸がありそうだ。
  旅行者根性を発揮して、途中停車しようものなら、 大渋滞か追突事故さえ招きそうだ。
  中国は車が右側通行、停止信号でも常時右折可なので、 なお恐い。

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左:朝の通勤ラッシュ    右:小学生の登校風景

  そんな訳で、今回は見送ったが、ぜひ次は自転車に乗りたい!   中国でもマウンテンバイクが相当普及しているようで、 通勤風景を見れば3割強というところか。  
これでラッシュを避けて走り回ってみたい!  
  日本人留学生は、在来車を「人民チヤリ」と呼ぶ。   その人民チヤリを3輪にして、 大きな荷台を付けた三輪自転車をよく見かける。
これがものすごい積載量で、日本のトラック並だ。
    この三輪車に牛の頭やら白菜を山と積んで、 路上で商売しているのをよく見かける。 白菜1斤(0.5kg)が0.2元である。
  さて、バスだ。  バスは市民の足だから、 いろんな人を観察する楽しみがある。  しかも安い。
そこで市内では主としてバスを利用することにしたのだが、 バスも何種類かある。  
  まず、マイクロバスを利用したミニバスで、 乗り合いタクシーのようなものだ。  一般のバスは路線番号で呼ばれていて、 300番台は近郊へ行くバスでエアコン付き、 ちょうど日本のバスと同じ感覚だが、急行バスという風。   料金は少し高い。 
100番台以下が最も庶民的なバスで、 料金は一律0.5元と安い。(以前は0.1元)
  宿舎の近くには「交道口」というバス停があり、 国際会議中心へは306路という近郊バスがある。 少し高いバスだが、まあいいだろう。
  交道口バス停は、いろんな路線が通っていて、 路線番号を掲示したバス停が並んでいる。 
306というバス停を見付けて、行ってみると、 バス時刻は表示されていない。 始発と最終の時刻が出ている だけだ。  
  頻繁にバスが発着するが、バスに掲示されている番号を 見付けて、希望の路線に乗らなければならない。
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左:バス停でバスを待つ(2001年春北京駅付近) 
右:バス停の表示(2001年春106路)

  306路は程なくやって来た。  日本と変わらないバスだ。 乗ると女性車掌がキッブを売りにくる。
  どの停留所が近いかわからないので、「我想去国際会議中心」 と聞く。  まだ慣れないので聞き取りにくいが、 2人で6元と判った。  
両替直後で、サイフには高額紙幣の他に5.8元しか無かったが、 車掌は「まあいいよ」と5.8元でキップを売ってくれた。 
下車地で合図してほしいので、「請告訴我」(教えてください) と言うと、額いてみせる。
  バスは、片側3〜4車線の広い通りを北上、 自転車と車の洪水をかきわけて走る。  急行バスなので、 停留所は少ない。  乗客も混雑を避けて、このバスが高いのを 承知で乗っているようだ。 
料金が高い分、通勤時間帯でも着席できる。
  バスから見る北京の街は面白い。 路上でいろんな物を 売っているし、高層アパートの1階がスーパーマーケットだった り、新旧揮然一体となっている。 
  やがて、高層ピルが林立し始め、車掌が「あれだよ」 と指差す。  国際会議中心である。 
私達は礼を言ってバスを降りた。
  帰りのバス停を確認すると、今乗ってきた306路の他に 108路があり、これも交道口を通るし、 「無軌電車」(トロリーバス)だ。  
ぜひ乗りたいし、料金も安いので、帰りは108路にしようと思う。

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左:トロリーバス(108路)を斜め後方から 交道口にて
右:トロリーバス(106路)を前方から(2001年春 東直門内にて)

 さて夕方、待つ間もなく108と掲示した2両連結の大型トロリー バスが集電用のポールをツノのように突き出してやってくる。   この系統は 極めて高頻度に運転されており、いつも待つ事なく 乗れる。
 停車するや、3箇所ある両開きの広いドアが一斉に開き、 大勢が下車。 そして、大勢の乗客と共に乗り込む。   混んでいる !  車内は賑やかで、大声で談笑する勤め帰りの 労働者。  ああ、人民の匂いがする。
 それにしても、乗客の熱気が車内を覆い尽くすという感じで、 全く元気である。 日本の退勤時のような気だるさは無い。 北京の労働者は元気でよるしい!
 ほとんどの運転手は女性、車掌はみた限りでは全て女性だった。 この大型バスには車掌が2人乗っている。 車掌のところに 行って、1元紙幣を出し「2人分」と言うとキップを2枚千切って よこす。 
 停留所が近づくと、テープの声が「まもなく安定門です」等 と放送するが、よくわからない時は、車掌に教えてもらう。   私達の話す変な中国語を根気よく聞いて、教えてくれる。
 ラッシュ時は、出入口が最も混雑する。 そんな中でも 「降りますか?」「降ります」などと互いに声を掛け合っていて 気持が良い。  
 私もそれに習って、隣の人に「降りますか?」 と声をかけてみたら、「降ります」と返ってきたので、 場所を譲った。 
 「ありがとう、さよなら」の声と共に彼は下車し、 私は中国語が通じたことよりも、何だか「ほんの少しだけ 北京市民になった」ような気がして嬉しかった。


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大成鍼灸院 2001年10月
   
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