2008/9/23-2010/9/18




2010/9/18
何やらよく分からないサイレンが鳴り、何やらよく分からない警報が発令される。どうやらこの都市が核攻撃されるという警報のようで、私は何故か、屋上に上がった。遠くの方でいくつかのキノコ雲が上がる。そこかしこに避難しようとしている人たちが見える。私はただ、自分のいる場所が爆心地であることを祈っている。


…という夢を見た。単純に恐ろしい夢だった。もし実際にこうなれば、私はとんでもなく取り乱して泣き叫ぶだろうけど。


ちなみに冷戦下80年代のイギリスで用意されていた被核攻撃時の緊急放送がyoutubeにupされている。
UKWMO 1980S WARNING
実際に放送されたことはないはずなので、普段のTV放送の途中に割り込ませるように編集してある代物。夜中に一人で見るととても怖い。
(2010/10/10訂正:説明書きによると"Total Fictional Look"とのこと。警報放送部分もフィクションの可能性有)



2010/9/1
終電間際の新宿駅前。駅に向かっていると、私の前を歩いていた欧米系の若い男性が、
"Where are you going!?"
と叫んだ。見ると我々よりもさらに前を歩いている女性(同じく欧米系)に向かって叫んだようだった。しかし、女性はその叫び声を無視して早足で駅にズンズンと進み続ける。男性は
"Oh..."
と呟き、慌ててその女性の後を追う。彼女は相変わらずもの凄いスピードで駅に歩き続けている。


すわ痴話喧嘩か! と不謹慎ながら胸は躍り、よっしゃ仲裁だ「What's up!? Naka yoki koto ha utsukushiki kana. Good-bye!」というなけなしの英語をプレゼントしてあげよう、と考えながら私の視線は二人を追っていた。


男性が女性に追いつき、何やら二人で話している。何を話しているのか、喧嘩の原因は何なんだ、と妄想をふくらませながら、二人の会話に聞き耳を立てながら横を通過する私。


…が、どうやら
「シンジュクエキ ハ ムコウ ダヨ! コッチ ハ セイブシンジュクエキ ダヨ!!」
「マジデ!? ドウチガウノ?」
「セツメイ シテイル ジカン ハ ナイ!」
というやり取りがなされているようだった。


神は天にいまし、世は全て事もなし。



2010/8/26
近頃、久々に「駅寝(えきね)」をした。文字通り、駅で寝ること、つまり、駅で野宿することだ。登山者やバックパッカー、貧乏旅行者あるいは鉄道旅行マニアなどはよくする行為だと思われる。繁華街で泥酔して終電も逃してしまい駅前で意識不明になるのは、あまり「駅寝」とは呼ばれないようだ。あくまで旅行の途中で行われるものなのだろう。


ちなみに「ステビ(ステーション・ビバークの略。ビバークとは露営・野営の意)」と呼ばれることもあり、「駅寝」派と「ステビ」派に分かれているようだ。全く個人的な見解なのだが、鉄研(鉄道研究会)的な文化や雰囲気が強い集団やサークルの方が「駅寝」派のような気がする。旅行系やサイクリング系の人は「ステビ」と呼ぶ人が多い…だろうか。


…と、その駅寝の顛末を書こうと思っていたのだが、ザックリ書いたところで行為の羅列にしかならなかったので諦めた。とりあえず木曽福島まで乗せていってくれたり、松本駅前のネットカフェを探してくれたりしてくれた家族よありがとう、とだけ書いておこう。生のブルーベリー美味しかったよ。長袖ジャージ持たせてくれなかったら駅前で寝ている最中に風邪ひいてたよ。


日常エッセイや紀行文はよっぽどよく出来たものでない限り、その描き手(の人格)を知っている読み手が読まないと面白くも何ともない、というのが身に染みる次第。これはとっても簡単な話で、自分が知っている人の身の回りの話は面白いけど、全く見も知らない人の話は何かしらの興味をひくネタがない限り滅多に興味はわかないよね、というだけの話。まぁ、私の知人ですらここを見ることは滅多にないと思うが。



2010/8/11
会社に置き傘を忘れてきてしまったが、もう回収することは出来ない。手元にあるのは骨が折れさび付いたビニール傘。次の仕事が決まるまで少しだけ時間があるようなないような気がしている。さしあたってこの傘で雨はしのげる――ただ、たたみにくいだけで。


駅に貼ってあるポスターで、ゴルファーの石川遼がスイングしている写真を使い「銃器撲滅」を訴えるものがあった。でもその手に持っているのは鈍器。…全く関係ないが「鈍器」という語の音の響きはとてもいい。



2010/7/11
私はゆで卵が嫌いだ。舌が受け付けない。歯も、口腔も、喉も、食道も、胃も受け付けない。同様に目玉焼きも嫌いだ。されど、卵焼きやオムレツは問題ない。要するに、白身と黄身が分かれている卵料理がダメなのだ。小学校の給食で出た時は、その忌まわしい物体を凝視しながら昼休みを過ごすことも厭わなかった。コンビニのサンドイッチの半分以上に卵が入っているのは正気の沙汰ではないような気がする。


ところで、家に帰らず職場に泊まってしまった場合、翌朝、始業開始の一時間ほど前に近所の喫茶店へモーニングを食べに行くのが恒例になっている。先日、とある狭くて古くさく、お世辞にも「しゃれている」とは言い難い喫茶店に行った。そこのモーニングは、コーヒーにトーストと卵が付く。


「卵って卵焼きに出来ますか?」
「ごめんねぇ、ゆで卵しかないんだよ」
「そうですか、だったら卵抜きでお願いします」
「はいはい」


人のよさそうな初老の店主とこのようなやり取りをした。トーストを平らげコーヒーを飲んでいると、彼がさらに一皿差し出してくれた。皿を見るとそこには目玉焼きが乗っていた。顔を上げると優しげな彼の笑顔があった。ゆで卵なら要らない、と言った私に気を遣って、わざわざ目玉焼きをこしらえてくれたのはすぐに分かった。私は苦悩した。


「す、すいません…白身と黄身が分かれている卵は食べられないんですよ」
「あ、そうなの」


彼は皿を厨房の方へ下げていった(恐らくその卵は彼が食べたのだと思う)。私は今なお苦悩している。私は彼の親切に応えるべきだったのか。吐血しかねない思いをしながらそれを食べてしまうべきだったのだろうか。


願わくば、そのことのみが今の私を苦悩せしめんことを。



2010/1/4
「あの日が遠くなって、あの日が近くなります」



2008/11/16
「寝てますか?」
「はい」



2008/11/09
先月、受けた健康診断の結果は、全く異常なしだったよ! 総コレステロール値がわずかに高いぐらいだったよ!


「耳、聞こえますか」
「はい」


というやりとりで終わった聴力検査もA判定だったよ!



2008/10/26
僕が「健康で文化的な最低限度の生活を営まなく」なっても、君は笑顔で会ってくれるかい?



2008/10/18
先日、「健康診断に行ったが、何もなさそうだ」と書いたのだが、足の指をよく観察してみるとあまりよろしくない事態になっていることに気が付いた。


実は、ずいぶん前に、ちょいとしたケガで左足親指の爪が通常の半分ぐらいになった(幅じゃなくて長さが)。深爪とかいう問題じゃないほど短くなったわけである。されど出来ることといえば、伸びるのを待つだけなので、私は赤ちゃんのような爪が伸びるのをじっと待っていた。


が、どうも伸び方がおかしい…爪の端の部分が肉の中に向かって伸びて行っている(いわゆる「陥入爪」)。しかも、食い込んだ部分を刺激すると痛いし、親指の半分ぐらいが赤い。調べたところ、放置しておくと“爪が肉を傷つける>炎症>骨髄炎>切断”というコンボが待っているらしい。さりとて自分ではいかんともし難いので、病院にいかねばならないようだ。
(恐らく原因は、一日中、靴を履き続けていること。ずっと足を圧迫しているので、短くなってしまった爪の伸びる方向がおかしくなったのだと思われる)


地味に嫌な部分を患ったもんだ。



2008/10/16
念願の健康診断に行ってきた。何かヤバいもんでも発見されて即入院にでもならないかなぁ、と淡く無謀で不毛な期待を抱いていたのだが、恐らく何もなさそうだ。


不思議なのは、体重が未だに標準体重を超えていなかったり、血圧が高くもなかったことだ(最高血圧が100切っていたので、むしろ、低血圧気味だった)。今日の夕食は「ハムカツ弁当マシ」(わせ弁)で、ここ一週間ぐらいファミリーマートの「ファミチキ」か「スパイシーチキン」を食い続けているような食生活なのに、低血圧気味で太りもしないとはこれいかに。油と塩が効かなくなってきたのだろうか?



2008/10/9
地獄の鬼というのは、話してみるとみんな気のいい連中なのだけれども、ただ「職務だから」という理由で、亡者を切ったり煮たり焼いたりしているのである。



2008/10/5
「神を殺しに来た」
東京・九段下の靖国神社に車で突入し、参道を疾走した後、どこかの建物にぶち当たった奴が、取り調べ中にのたまったお言葉。


「人間は一度しか死なねぇんだよ!」
ソマリア沖の海賊さんがインタビューで、のたまったお言葉。「怖いものなど何もない」ということのようだ。


本当に言ったかどうかは分からないけれども、ロクでもない連中が吐く言葉は無駄に素敵だ。



2008/9/30
砂利の上。「Aから砂利を持ってくるから、それを入れられるだけの穴を作れ」と言われたから、足元を掘って穴を作った。掘った分の砂利は、「Bへ持っていったら引き受けてくれる」と言われたのでそっちに持っていった。そして、私が掘った穴には、Aから来た砂利が充填された。


ある日、Bから「やっぱ引き受けられない」と砂利が戻ってきた。されど、戻ってきた砂利を収めるだけの穴はもうない。Aから来た砂利で埋まってしまっているのだ。


かくして、砂利はあふれ出すことになる。容量を超えてはみ出した砂利を減らすには、生活を忘れてそれを食み続けるしかない。


私はass hole。モノはあまり入れられない。



2008/9/26
新しい空気入れ(エアポンプ)を買った。乗っている自転車のタイヤの空気圧が心許なかった上に、家にある空気入れが壊れていたからだ。


仕事帰りの午前一時、道沿いの量販店がきらびやかに営業していたので、そこで買ってしまった。午前一時に空気入れが買えるということ。別に翌朝に買ってもよかっただろうし、買ったら買ったで滅多に使わないであろう空気入れが、午前一時に買えるということ。


その帰り道、雨に降られた。真っ直ぐ帰っていればよかった。



2008/9/24
何かに追われて逃げる夢というのは吉夢だったか凶夢だったか分からないが、とにもかくにもそんな夢を二つ見た。


一つは、定期的に見る夢(もしかすると初めて見る夢なのかもしれない。ただ記憶が混乱しているだけで)。何かが私を追ってくる(多分、私の生命を奪おうと)。一定距離内に接近すると私にはそれが分かり、逆に、その距離内だと向こうも私の場所が分かる。ある時、私はそれの接近を感知して、実家近辺を逃げまくる。そういう夢だ。恐らく、『寄生獣』(岩明 均、講談社)の影響だと思われる。とても怖かった。


もう一つは、きっと初めて見る夢。とても清潔な、それこそ陰毛の一本も落ちていないようなタイル張りの更衣室みたいなところで、私を含むかなりの人数が服を脱いでいる。その後、更衣室を出て、体育館のような空間で整列している。どうした訳かしらないが、私は「ここに並んでいる我々は食われるのだ」と判断する。そして廊下に出て走って逃げる。とても怖かった。


さて、私は逃げ切ることが出来たのだろうか?



2008/9/23
もしも宝くじで三億円が当たったら、仕事をしなくてよくなるだろう。よって、自炊する暇が出来るので、毎食コンビニというような状況を脱出することが可能になる。結果として、食費は削減される。


もしも宝くじで三億円が当たったら、仕事をしなくてよくなるだろう。よって、朝、雨が降っていたために電車で通勤したにもかかわらず、いつも通り自転車で来たと思いこみ、気が付けば終電時間が過ぎていたためにタクシーで帰らざるを得ない、という事態を回避することが出来る。結果として、雑費は削減される。


その他もろもろのケースも考慮に入れるならば、宝くじで三億円が当たった場合、私の生活費は削減されるのである。




前へ次へ
文章リスト
サイトトップ