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作:UEHA(no.3)
1
川崎美恵子は学校の図書館に来ていた。
美恵子は中学生であったが、2年生で、勉強よりも遊びの方が楽しかったので、図書館にはめったに来なかった。
今日、図書館に来たのは宿題のレポートを作るためであり、放課後の図書館には同じ目的の人がたくさんいた。
美恵子は目的の本が見つからず、図書館内をうろうろしていたが、そのうち面白そうな本を見つけ、それを読みふけっていた。宿題のレポートを作るという最初の目的は読み始めて3分も経たないうちに忘却の彼方に飛んでいってしまった。
いわゆる机席で美恵子は本を読んでいたが、椅子に座っても美恵子は、その美しさを存分に振りまいていた。
30分も経たないうちにその本にも飽き、その場で1回大きく伸びをした美恵子は、まわりをキョロキョロと見回した。
図書館は人が多くいるせいか、少しざわついているようだった。しかし美恵子のまわりは静かに勉強している人ばかりで、とても話し掛けられる雰囲気ではなかった。
ふと、自分の腕時計を見る。時計は4時を指している。
「げげっ、もう4時だ」
思わず、美恵子が言う。
「えっ、もう4時なんですが」
突然、右隣に座っていた人が、顔を上げる。
美恵子はびっくりして、その男子生徒を見た。
その顔はハンサムとはいえないまでも、なかなか良い顔で、何よりも目がきれいであった。
(かっこいい)
美恵子はその瞬間、何もかも忘れ、その男子生徒を見入った。
「あの……、私の顔に何かついていますか」
「いっ、いえ別に……そんな……」
その男子生徒は顔をこすっている。
「何もついていないなら、いいんですが……」
そう言うと、その男子生徒は椅子から立ち上がり、机の上の筆記用具などを片付け始めた。その背もなかなかのもので170cm以上はある。
1通り片付け終えると、急いで図書館から出ていったが、美恵子はその顔が忘れられず、レポートのことなどは南極辺りに置き忘れていた。
(名前は何というんだろう)
美恵子は、かっこいい人を見つけたという、うれしさから笑っていたのだが、名前を聞いていなかったことに気が付いて、1人寂しがったりもした。
2
そんなことがあった次の日、美恵子は朝早くから学校に来て、その男子生徒を待った。
校門近くで隠れていると、10分もたたないうちに、その男子生徒は彼の友達と一緒に登校して来た。友達と話している。
「なあ拓也、英語の宿題終わってるか」
(「たくや」っていう名前なんだ)
「あぁ、40ページの訳だろ」
「助かった。後で見せてくれよ」
「おまえなあ、3年なんだから自分でやってこいよな」
(3年生なんだ)
「頼むよ。な。よっ学年トップの天才!」
「あれはまぐれだっていうのに……」
「ほらっ、さあ早く行こうぜ!」
「あぁ」
拓也とその友達は、靴を上履きに履き替えると、さっさと行ってしまった。
(すてき)
美恵子は、その日1日、授業を夢見心地で受けることになった。どんな夢かは言うまでもないが、美恵子のノートは「たくや先輩」の文字で埋め尽くされていて、美恵子の友達が「どうしたの」と訊ねても「うん、たくや先輩がね」と、いうだけだった。
(明日も朝早くから学校に来よう)
美恵子は、ただそう思うのだった。
3
(たくや先輩、はやく来ないかな)
美恵子は毎日朝早く学校に来ては、たくや先輩を待っていた。
(今日こそは、たくや先輩に声をかけるぞ)
いつもそう思っているが、できない。
(今日こそは)
そう思っているうちに、いつもの通り、拓也とその友達が登校してきた。
(あ、たくや先輩がこっちを見てる)
拓也はふと美恵子の方を見ると、立ち止まり美恵子に話し掛けた。
「ねえ、君。君はいつもそこにいるけど、誰かを待っているのかい」
「いえ、別に……。あの……」
(先輩、あなたを待っているのです)
風で校門の桜の木が、ざわめく。
「そうか……。ごめん。変なこと聞いちゃって」
(いえ、そんな、とんでもない)
「それじゃ、また」
それだけ言うと、拓也はまた友達と一緒に歩き出した。
あとに残された美恵子は浮かれていた。
(やった、たくや先輩と話しちゃった)
美恵子は桜の木を揺すり始めていた。
そして次の日から、美恵子と拓也は朝、校門の所で会話をするようになった。
「おはよう」
拓也が、待っていた美恵子にあいさつする。
「おはようございます」
美恵子はうれしそうに言うと、拓也の目を見た。
(拓也先輩はなんてきれいな目をしているのだろう)
「あれっ、川崎さん、もしかして髪型変えたかな」
(やった。一番はじめに気が付いてくれた)
「はい。……変ですか」
「ううん、似合っているよ」
「先輩、ありがとうございます」
会話は少しづつだが、弾むようになり、美恵子は拓也のことを色々知った。拓也はとても真面目な人であり、勉強もよくできる。そして今は有名私立高校を目指して猛勉強中で、予備校の中等部にも行っているそうだ。
入試まであと3ヶ月ぐらいだから今は大変である。
(拓也先輩、がんばって)
秋は静かに深まっていった。
4
「それじゃ、また明日ね」
放課後、美恵子は友達といつもの通り校門の所で別れ、ひとりで帰ろうとしていた。
美恵子は歩き出す。
と、そこに拓也が待っていた。
深秋の風が吹く。
「拓也先輩……」
「川崎さん、また会いましたね」
拓也が微笑む。
(拓也先輩、帰りも会えるなんて)
「先輩、今日は予備校ないんですか」
「あぁ、予備校は今日だけ、お休みなんです」
「へー、お勉強頑張って下さいね」
「確か。帰り道こっちですよね。一緒に帰りませんか」
(やった、拓也先輩と一緒に帰れる)
美恵子はガッツポーズをしたかったが、さすがにしなかった。
「もっ、もっ、もちろんいいですよ」
美恵子は舞い上がっていて、変な答え方をしてしまった。
「よかった。朝は友達がいるから、あんまり話ができないので……川崎さんともっと話がしたかったから……」
「先輩……」
「さぁ、歩こう」
「……」
二人は、ゆっくりと歩き出した。
風が落ち葉を巻き上げる。
「風が冷たいですね」
拓也が首をすくめる。
(信じらんない。あの拓也先輩と一緒に歩いている)
美恵子には、風など関係ないらしい。
「えっ、あっ、そうですね」
拓也がそんな美恵子を見て微笑む。
「ところで、川崎さんはいつも朝、校門の所で誰かを待っているみたいだけど、誰を待っているんだい」
(だからそれは、拓也先輩を待っているんだって)
「誰だと思います」
「さぁ、誰かな」
「ふふっ」
美恵子は微笑みながら、軽く走り出した。
拓也が追いかける。
(拓也先輩)
また、風が落ち葉を巻き上げる。
「川崎さん」
拓也が美恵子に追い付く。
「はい」
美恵子が拓也の方に振り向く。
周りに人はいない。二人だけの空間。風と落ち葉が二人を飾る。
「好きです」
言ったのは、拓也だった。
風が止まる。
「はい」
美恵子は、そう言った。
拓也は一回頷くと、美恵子を抱き締めた。
風が動き出す。風が落ち葉を巻き上げる。
「ありがとう」
どちらが言ったか、分からない言葉。
風が落ち葉を巻き上げる。
5
「拓也、おはよう」
美恵子が元気よく声をかける。
日曜日の朝。駅の風景。
一ヶ月が経った。
一ヶ月という時間は、美恵子と拓也をより親密なものにした。
「おはよう、美恵子」
拓也は微笑む。
「さて、今日はどこに行こうか」
「どこでもいいよ」
(遊園地がいいな)
「遊園地に行こうか、美恵子」
「うん」
今日、美恵子と拓也はデートだった。
二人が歩き出す。
「ねえ、拓也。来週誕生日だよね」
「あぁ」
「プレゼント、何が欲しい」
「何でもいいよ。美恵子がくれるものなら」
(拓也は何が欲しいんだろう)
「ねぇ、何が欲しいの」
「そうだな……時計がいいな」
(時計か)
「ほら、今、俺の部屋に時計がなくてさ」
「へぇ、そうなんだ。いいよ。かっこいい時計、探して買って来てあげる」
「ありがとう。美恵子」
(拓也の部屋には、どんな時計が合うだろう)
「さぁ、行こう」
拓也が歩速をあげる。
「待ってよぅ、拓也」
美恵子が追い掛ける。
(明日にでも、時計を探しに行こう)
二人は仲良く、遊園地に出かけて行った。
6
風が吹いている。冬の風だ。樹木には、散るべき葉がない。
拓也の誕生日から、一ヶ月が経った。
美恵子が走ってくる。
「やっと来たな、美恵子。一時間の遅刻だぞ」
拓也の声は笑っている。
「ごめん、拓也。バスが来なくってさ。走って来たら遅くなっちゃった」
今日も二人はデートである。
日曜日の駅は親子連れやカップルで少し混雑していた。
「さあ、行こう」
「どこに?」
(もしかして。今日も遊園地)
「行きたい所、あるかい」
「ううん、別に」
(遊園地以外がいい)
「よし、遊園地に行こうか」
「……うん」
(何かおもしろくない)
「遊園地だ」
拓也は二人分の切符を買ってくる。
(何だろう、何か違う)
「はい、切符」
「ありがとう」
「走って来て、少し疲れたかな」
拓也が美恵子の顔を見る。
「ううん」
美恵子は首を横に振る。
「何かジュースでも買って来ようか」
「うん」
今度は首を縦に振る。
「確か、美恵子はリンゴジュースが好きなんだよね」
「そう。リンゴジュースが好き」
(けど、たまには他のも飲みたい)
「分かった。買ってくるね」
拓也が近くの自動販売機の方に走り出した。
(拓也は何を買ってくるのだろう)
美恵子は切符を持ったまま駅の柱に寄り掛かり、拓也を待った。
(いつもは烏龍茶)
拓也が缶を二本持って帰って来た。
「はい、リンゴジュース」
拓也が缶を差し出す。確かにリンゴジュースだ。
「ありがとう。で、拓也は何を買って来たの」
美恵子が片手で器用に缶のふたを開ける。
「あぁ、いつもの通りだよ」
拓也が自分の持っている、もうひとつの缶を美恵子に見せる。
烏龍茶だ。
「本当だ。いつもの通りだ」
(やっぱり、いつもの通り烏龍茶だ)
拓也が両手を使って缶を開ける。
(他のは飲まないの)
「さっ、そろそろ行こうか」
拓也が烏龍茶の缶を軽く振って、中の茶の量を調べる。
「あっ、ちょっと待って。もうちょっと飲むから」
(いつもの通り。いつもと同じ)
「あぁ、あわてなくていいよ」
拓也が、再び烏龍茶を飲み始める。
(いつもと同じ。けど前とは違う)
(何だろう)
「……」
「どうした、美恵子」
拓也が、美恵子の顔を覗き込む。
「ううん、何でもない」
美恵子は首を横に振った。
そして、またリンゴジュースを飲み始めた。
(何だろう)
7
「どうした、美恵子。何か変だぞ」
(私にも分からない)
「そうかしら」
美恵子は立ち止まる。
「どうした」
「あそこの喫茶店に入って少し休まない?」
美恵子が道の少し先にある小さな喫茶店を指さす。
「あぁ、いいよ。入ろう」
拓也が走り出す。
冷たい風が吹く。
美恵子も走り出した。
拓也は喫茶店の出入り口で待っていた。
「さあ、入ろう」
「うん」
美恵子が頷く。
拓也が喫茶店のドアを開ける。喫茶店はすいていた。時間のせいだろう。
二人が喫茶店の中に入ると、従業員が席に案内してくれた。
窓側の外の景色が良く見える席だ。
二人が席に座り、向かい合う。
「御注文は?」
従業員が水の入ったコップを二つ、二人を挟むテーブルの上に静かに置く。美恵子がテーブルの隅に立て掛けられていたメニューを手に取って見る。
「すいません、烏龍茶はありますか」
(また、烏龍茶なの)
「ございますよ」
「では、それを」
「じゃあ、私は紅茶を」
美恵子はメニューを見たが、見ただけで読んではいなかった。
「かしこまりました」
従業員は細長い紙を一枚裏返し、それをテーブルの上に置くと、調理場に去っていった。喫茶店の中は有線の静かなクラシック音楽で満たされる。
外は風が吹いていた。街路樹の枝が音を出してぶつかり合う。が、喫茶店の中には聞こえない。
拓也が美恵子を見つめる。
「……」
「どうしたの」
美恵子が首を傾ける。
「いや、何でもない」
(どうしたんだろう)
拓也が目線を窓の外に向ける。
「外は寒そうだね」
窓の外では葉の付いていない街路樹が風で少し揺れている。
美恵子も目線を外に移す。
「うん、寒そう」
「……今日、どうだった? 楽しかった?」
(どう、と言われても、いつもと同じじゃない)
「……うん、楽しかったよ」
「お待たせいたしました」
さっきの従業員が、四角い金属製のお盆に紅茶と烏龍茶を乗せて来た。そして、二人を挟むテーブルの上に手早く紅茶と烏龍茶を乗せると、従業員はまた去っていった。
拓也が烏龍茶をゆっくりと口に運ぶ。
美恵子はスティック状の砂糖の袋を開けて、中の砂糖を紅茶の中に入れた。そしてかき回す。砂糖が溶けていく。
(いつもと同じ。けど、前とは違う)
「今度はどこに行こうか」
拓也が烏龍茶を半分だけ残し、テーブルに置く。
「えっ、……どこでもいいよ」
美恵子は紅茶をかき回すのを止め、自分の口に紅茶を運んだ。
(いつもと同じ。いつも遊園地。いつも烏龍茶)
窓の外では、街路樹が揺れている。
「また遊園地に行こうか」
拓也が微笑む。
(別に遊園地でもいい)
「うん、いいよ」
美恵子が静かに紅茶をテーブルに置く。
(別に烏龍茶でもいい)
風で、街路樹が揺れている。
「ここは暖かいわね」
美恵子が窓の外を見る。
「あぁ、暖かい」
拓也が烏龍茶を手に持つ。
(別にいつもと同じでもいい)
「……」
「どうした。美恵子」
(ただ、今は前とは違う。それは何?)
「紅茶がおいしい」
「そうか。それならよかった」
(前は……前は、拓也と……拓也に……)
窓の外、風が街路樹を揺らす。枝と枝がぶつかり合う。
(そうよ)
「……拓也」
「何だい、美恵子」
「拓也、一度しか言わせないでね」
「えっ」
「別れましょう、私たち」
「えっ」
「……」
北風。風が街路樹にあたる。
「なっ、……何故、何故なんだ。冗談だろ」
「……」
「どうして、どうしてなんだ……。俺が 」
「……」
美恵子は窓の外を見た。
風が、葉の付いていない街路樹を揺らす。
視線を拓也に戻す。
そして、美恵子が言う。
「ときめきが、なくなったのよ」
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