北原白秋

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今さらに 別れするより 苦しくも 牢獄に二人 恋ひしまされり

今さらに 別るると云ふに 恋しさせまり 死なば死ねよと 抱きあひにけり

うつし世の 千万言の 誓言も むなしかりけり 今わかれなる

わが妻を 悲しと泣きし 一言は 真実ならしも 泣かされにけり

三界に 家なしといふ 女子を 突き出したり また見ざる外に

ほとほとに 戸を去りあへず 泣きし吾妹 早や去りけらし 日の傾きぬ

貧しさに 妻を帰して 朝顔の 垣根結ひ居り 竹と縄もて

苗や苗 胡瓜の苗や 茄子の苗 苗はいつくし 朝顔の苗

苦しさに 声うちあぐる たはやすけど おとなしく堪へて 幾日籠るは

思ふままに 声を放ちて 喚く子が その朗らけき 心ともがな

代々木の 白樫がもと 黄楊がもと 飛びて歩りきし 栗鼠の子吾妹

浅編笠 すこしかたむけ 鳳仙花 見入りてし子が 細りうしろで

空はまろく 海ははろけし ここは妻よ 牢獄ならずと うち叫び寝し

かの庵よ まこと仏の おはすかに 聴きのみ澄みしか 雪の夜さりは

別れては 離れ小島の 椰子の木の すべなき我や 夜も一夜眠ず

たわやめの 色に溺れて この三年 おぞや大事を 我が忘れたり

大声に 笑ひすませば 足るものを とは云ふものの 涙こぼるる

この我や 心いたらぬ 女子を あはれと思へ 憎みあへなくに

現世の 身のあはれさぞ 思ほゆる 憎しとは思へ 女なりけり

我を挙げて 人をあはれと 思ふ日の いつかは来らむ 遥かなりけり

和歌と俳句