大阪 ことば悦覧 ことば紀行 2008年5月12〜18日   home 

 柳原照弘さん ことば紀行 2008年 5月17日 午後 靱公園にて 
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その04     45分02秒から

柳原:これは、単に公園の路上ですけど、佐藤さんやろうとしている、このレコーダーと、インタビューしようとする場を作るっていうことがデザインになっていると思う。そこがそのために一番良いデザインの座る場所になっている

佐藤:そうそう。路上でこういうインタビューが出来るからこの淵石っていうのをもうちょっと多様に使えるデザイを柳原さんが提案してくれれば。淵石も脱淵石になってもらって、ベットにもなるかもしれないし、使うヒトが発明していってドンドン変わっていくのがこれからの良いデザイかもしれない
柳原:それで僕はいま家具作ってないやつが一個あるんですよ。今芝生作っていて。芝生を公園に生えている状況っていうのもありますけども。芝生がある状況をもうちょっと家の中にも持ち込もうと思ってベランダ緑化っていう。それは家具でもなんでもないんですけど。みんなが洗濯物干していない場所あるじゃないですかベランダ。バルコニーが欲しいっていう主婦の意見とかありますけど、結局どう使っているのかって、その広さに対して有効に使ってないと思うんです
佐藤:仕事場のベランダ全然つかってない、俺そうだね。

柳原:見えない洗濯物干したり、生ゴミのストックを置いたりとか。一部で花を置いたりしてますけども、凄くいいスペースなのにそれ以外で使ってないので。そこに今のマンションにない状況のものを持ち込もうと思って

佐藤:避難空間だったり、もの干し場だったり、ゴミ置き場だったりと機能でしか使ってない
柳原:そこに通常無い芝生っていうのをデザインする事で何か、そこの空間に違う価値が出るか。そこで何かが生まれるじゃないですか。寝転がったりとかもしますし。芝生を手入れする行為もありますし

佐藤:芝生で思いだしたけども、東京の太田浩史さんと伊藤香織さんがピクニック権をいうのを発明した、ピクニックライトを主張している。東京は住空間が高価でます貧しいじゃない。狭いのでお客さん招き入れられないわけだね家の中に、都心だと家賃が高いので狭くなるから。公園を都市生活者の私室居間としていつでも使えるような権利を主張ししているんだ。移動できる飛行機型の芝生をつくって、敷物を持参し食べ物飲み物を持ち込んで社交すると。ピクニックモデルを各地で展開している。公園内で社交する権利を主張し行動モデルを提示し続けている。それをやることによってこの町は人間にとってとても快適に暮らせる町なんだというシビックプライドを発生させて定着すると。

4月に ことば悦覧した金沢の場合は21世紀美術館が出来てヒトがドンドンやって来る、結果自分たちは良いことやっているんだな〜という建物におんぶした権力とプライドが発生していたんだけどね。太田+伊藤さん達は公園内にある芝生を24時間自由に使える権利を与えることによって、都市住民の暮らしの向上を得ることでプライドを高めると。芝生だけでなかなかわかりにくいので、ピクニクを行い、商業的目的ではい行為によってシビックプライドの発生をアピールして育てようとしている。ピクニックライトの獲得が政治課題には登ってないので、とりあえず身近な芸術家であるとか友達でもって自立的に、都心内の芝生の上で実践してる。自律的な法律を作っていこうじゃないかと。

すこしずつではあるが押し付けられた近代150年でありとあらゆる場所に建築的権力が立ち上がって閉塞感が漂っているから。不自由だし住みにくいと。金沢では町家を改修して住んでみるとか。ここ大阪では公園でインタビューをして、都市内の暮らし方住み方を模索し実験てきに行ってみる。

俺は道路に野菜が植わってないかな〜と 私的に使っている場をキョロキョロ見ているだけだったんだけど、観察行為の範囲を広めてきている。観察するという行為をデザインする。観察するために必要なデザイを柳原さんにしてもらうと。田中浩也さんは単に歩いた軌跡を記録できるようにしてるし、石川初さんはGPSを連動させて、自分の移動によって都市内に絵を描く、東京ナスカ計画を行っている。移動の軌跡が鳥や人間の顔になったりとか、既存の都市を二次的に楽しむヒトが出て来ているから


柳原:なにか僕がテレビで見たら素人のヒトがGPS付けて自分の町を自転車で行くんですよ、その軌跡が絵に成っていると。

佐藤:その人が石川初さんだよ。東京ナスカ計画と言っているんだけど、ナスカと言うことばに絡め取られて本質的な面白さが横ずれされちゃっているように思うんだけど。ナスカの場合は水を呼ぶ関連の星座を地上に写しだそうだね、雨乞を天の神様にお願いする行為なんだそうだ。トウモロコシを収穫するためには雨降らないと死活問題だから、水鳥とかの星座をなぞり歩いて祈願する、人間が歩き踏み固めた軌跡が地上絵だ。その祈願道のカタチが地上絵という説があって、そうだと思う。

インターネットを使って一見、閉塞空疎にみえる都市の楽しみ方を提示する東京ナスカ計画って脱権力型の都市行為だと思うんだよね。GPSを付けた自転車で道路の意味を転換してしまう。そのような都市の個人の楽しみかたの提案はいいよね。計画してもドンドンズラして都市住民が使い続ける事が出来るっていい。佳い例だと思うだけど。町の使い方。モチベーションは深く尋ねてみる必要はあるんだけど。インターネットによって無力だった個人の対話能力がメディアの中で格段に高まって、その伝達手段がさらに都市の生活を洗い出し豊にしていく方向へと導いているんだろうね

歩くを記録すると事伝える事がとても楽しい行為に変わってしまった。

この公園ないではある目的のある領域に取り込まれたヒト達同士の交流中でしか楽しんでないんだけども。個人の楽しみが他者大勢の楽しみに変わってしまう可能性があるんだよね。都市を楽しもうというだけで色んな境界を溶融させる事も可能だ

柳原:それをナイキとかアシックスが作ればいんですよね。唯単に走るんじゃなくって、靴・そうすると面白いかもしれない。
佐藤:今日はコンピューターを混乱させる歩き方で健康増進を計るとか意地悪してみたりね
柳原:凄く走ったのに上からみたらこんだけだったとか

佐藤:都市の表面の使いた方も複雑に使いこめるっと。デザイナーの人達は自覚的になって来ているじゃないかな〜。みんなで作った公共建築が夜になるとカギ掛かって使えないんじゃな〜

柳原:5時に終わるとか、
佐藤:大都市の公共建築や公園は24時間使わせて欲しいよね。路上化よりは公園化の方が良さそうな気もするけど。俺は建築の理想は路上である言ってる、馬鹿じゃないかと言われるけど
柳原:でも、それはよく判ります。

佐藤:スエーデンの人達が考える個人、個人の質の差だと思うだけど
柳原:文化も違うし
佐藤:日本は均質であったが故にもめ事が少なすぎたと言うことで鍛える場が少なかった。多民族社会になりつつ在るので、今後は色んな場所でモメルから、異なる他者との対話、どういう事をしなければならないから課題に登って来るんじゃない

柳原:フィンランドもスエーデンも侵略の歴史ですから

佐藤:話かわるけど 大阪も路上に警察増えたね。ネットはまだフリーな場が多いけど、現実の場は監視が強化されているね。携帯もっていることは監視されているってことだからね。自分の行動はデータとして残ってしまっている。見えない処ではとても監視が強まって来ているよね。映画、靖国の自主規制問題も出てきてしまって、リアルな場での表現の自由が政治家介入によって具体的に起きてるしね。モメル前に上映止めてしまうし。反民主主義な社会に成ってきているよね。

マスメディアによる警察から垂れ流された記事、事件報道も換えて欲しいよね、世の中凶悪になっていないにもかかわらず、恐いヒトが一杯いるように思わされてしまってるし。犯人の言葉そのままではないからね、本当はどうなのか解ったもんじゃない
柳原:そうですよね

佐藤:当たり前自前の情報をみんなで聞き取ってネット上に置いておくって、大切だと思って 聞き取りしているんだけどね、(わらう)

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