『 黒と黄色とMVX 』


今では 昔の話しになってしまった

そのころ僕は学生で 季節は春を迎えたばかりだった


恋愛とは
人生でもっとも 心地良く 淡く 儚く
それでいて 明確な夢かもしれない
失恋して初めて彼女が僕のすべてだと思った
彼女を失くして
僕は 未来に何の希望も夢の無くなっていた

大学にもすっかり行かなくなっていたが
自動的に進級するシステムの為 形だけは3年生になっていた

夕方に目が覚め 夜の東京をバイク(MVX)で当ても無く走る
そんな無意味な生活を もう長い事続けていた

走り疲れると僕は西武新宿駅の裏にある人通りの少ない路地で
いつもチェリーコーラを飲んでバイクにぼんやりともたれていた
何故だかわからないが そのさびれた夜の雰囲気が僕の心の波長が合う様で
なんとなく気に入った場所になっていた

バイクを停めるいつもの場所にはMVXのオイルが染込んで
逆に僕はその染みを駐車する目印にしていた

そんなある夜
チェリーコーラをのみながらぼんやりと顔を上げると
真夜中でも開いてる喫茶店の窓際に座っている黒人の少女と目があった

彼女は無表情で僕の方をその大きな瞳で見ていた
僕は視線を反らしてしばらく下を向いていたあともう一度ぼんやりと見上げて見ると
彼女はまだ僕を見ていた
彼女の視線に居心地が悪くなり
飲みかけのコーラを一気に飲みほしてヘルメットをかぶりその場所を後にした



それから
僕がこの場所でぼんやりとチェリーコーラを飲んでいると
時々 同じ席に座る彼女を見かけた
彼女はいつも僕を見ていた

僕はいつもその視線から避けていた
でも
日を重ねる内に僕を見る彼女の瞳がとても寂しそうに見えてきた


ある夜
僕は彼女に向かって手を振ってみた

彼女の表情は無表情のまま変ら無かった
手を振り返すどころか身動きひとつしなかった

僕は振った手を誤魔化し様もなく
頭をかいて 飲みかけのコーラを飲みほしてヘルメットをかぶった

エンジンをかけて彼女の方をもう一度見ると
彼女はどこか冷たい表情のまま 僕に小さく手を振っていた

僕は少し嬉しくなり
手を振り返して挨拶のつもりでアクセルを吹かした

僕のバイク(MVX)特有の3本のマフラーからもくもくとした白い排気ガスが噴出した

港の汽笛のように挨拶のつもりだった


次の日の夜
いつもの喫茶店の2階の窓に彼女の姿があった

僕はヘルメットを脱いですぐに彼女に手を振った
そして昨夜と同じ様に挨拶代わりにアクセルを吹かして
白煙をもくもくとあげた
が 予想以上の煙に僕はむせてしまい
げほげほとまわりの白煙を手で払った

彼女はそんな僕を見て初めて笑顔を見せた

無表情な時の彼女とはまるで印象の違う とても かわいい笑顔だった
その笑顔を見て 僕は 嬉しくなった
僕も久しぶりに声を出して笑った

自分の中の何かが 溶けていく気がした

その時 MVXの白煙は

僕のまわりを 道化師のネタの様に

もくもくと 漂っていました

ホンダMVX250F

黒と黄色のMVX2 このSSのつづき

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