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   巡礼十三日目
 
道は崩落していた
 
 
      第四十一番 龍光寺   第四十二番 仏木寺   第四十三番 明石寺  
平成31年1月2日巡礼   

    宇和島の宿泊先を出て宇和島駅へ。本日は予土線の務田(むでん)駅からスタートする行程のため2駅だけ乗る。予土線もフリー切符のエリア内なので別途出費ナシで有難い。

    自分の他には地元客を一人だけ乗せたキハ32は宇和島を出発、次の北宇和島を出ると予讃線と別れて人煙まれな隘路を速度を落として登る。そして北宇和島から12分、列車は務田(むでん)駅に着いた。

 

 

 

務田で降りたのは自分だけだった

 

   さて本日の打ち始めの龍光寺は駅から北へ歩いて20分ほどで着くが、事前の予備知識なしだと少々驚く。なぜなら右写真の通り寺院でありながら神社の鳥居が迎えてくれるからである。神仏習合の信仰を色濃く残す札所との印象を受け、さらに参道を進むことにする。

 

   

 

寺院の参道に鳥居が建っている

   「第四十一番札所龍光寺(りゅうこうじ)」---階段を登りきった正面奥が稲荷神社となっており、赤い幟や狐像が「おいなりさん」らしい。それでは肝心の龍光寺の建物はと言うと階段の手前に本堂(左)・大師堂(右)があり、お遍路さんはこちらにお参りすることになる。(もちろん遍路姿で稲荷神社を参拝しても問題ない)。

    そんなわけで境内はこじんまりしており、本堂には「後から来られる参拝者の為に読経時各通路注意!」の注意書きがあった。自分の参拝時は人もまばらだったが、団体さん等の参拝がある時には注意したいところである。

 

 

本堂にて

 

    さて参拝を終えて次の札所・仏木寺へと向かう。平坦な道をのんびり歩くとやがて進行方向右手に仏木寺の山門が見えてきた。

 

 

 

 

仏木寺への道

 

   「第四十二番札所仏木寺(ぶつもくじ)」---境内の伽藍は比較的新しく、整然とした印象を受ける。境内は地元の年始の参拝客が若干いる程度で静かなたたずまいで、むしろ少し離れた松山自動車道の往来の音が聞こえてくる。

 

 

  

 

立派な山門が出迎えてくれた

 

    納経を終え、しばしベンチで休む。正月らしく?鐘楼下の賽銭箱にミカンが供えてあったのが目についた。

境内のベンチで小休止

 

   仏木寺から次の札所・明石寺は歩いて11Kmあり、途中には歯長峠(はながとうげ)のアップダウンもあるためやや難路か。

    実は今回の来訪前に台風による道の崩落個所が発生しているとの情報を得ており、実際に通れるのかわからないまま道なりに進んでみた。遠回りして車道を行く選択肢もあったが、昔からの道を歩いてみたい気がまさったわけである。

 

 

次の札所へ

 

   そして山道に入って少し歩くと・・・道は崩落していた。しかし引き返しての車道経由ではタイムロスが大きい。うーん、なんという判断の甘さよ!このような場合、昔の遍路さんならどうしたのだろうか?崩落個所の右脇をすり抜けるように通るのは危険で無理である。

    考えた末に、写真には写っていない遥か右上の道無き尾根部分を枯木・枯草を踏みながら大きく迂回し、どうにか通過できた。(やれやれ)

 

遍路道は崩落していた

 

   さて崩落個所を過ぎた後は楽かと思ったら大間違いで、この歯長峠越えは大変キツい道となっている。右写真の道も本来ならつづら折りの坂にしてほしい程の直線坂で、足元も危なっかしい。そのため木と木をつなぐ鎖につかまってなんとか登りきった。

    いったん車道に出る区間(通行可)があるが、そこも法面が崩落した跡が残っており、被害が大きかったことがわかる。

 

妥協なし、一気の上り坂

 

   へたれながらもようやく歯長峠に辿り着いた。ここは宇和島市と西予市との市境であるが、昔風に言えば「くにざかい」、即ち戦略上の要衝とも言っても良いほどの峠で、実際に土佐の戦国大名長宗我部氏が伊予進出の際にせめぎあいの地となっていたようである。

   道は下りとなり肱川を渡り宇和町の街中へ入る。この付近は道順は?と地図を片手に思案していると、遍路装束からわかったか地元の女子高生らしい2人が近づいてきて「明石寺ですか?それなら~」と丁寧に教えてくれた。自分のようなオジさんに女子高生から声をかけてくれることなど普段は有り得ず、少々驚いた次第(笑)。

歯長峠からの景観

   「第四十三番札所明石寺(めいせきじ)」---街中の寺院とあって初詣客で賑わっており、自分のようなお遍路さんは極めて少数派・・・でも遍路の札所が地元の人々に受け入れられていることは大変良いことではないか。札所を支えてきたのは決して遍路の関係者だけではなく、地元の人々がお接待も含めて長く支えてきたからこそ今の四国八十八ヶ所は有るのだと思う。現代の自分が遍路を巡れることを有難いことだと思わずにはいられなかった。

 

 

明石寺に着いた

 

   参拝と納経を終えて本日のスケジュールは予定通り達成できた。よって卯之町駅から予讃線で宇和島へ戻り、ロッカーに預けた旅具を回収して松山へ向かう。明石寺から次の札所・大宝寺へは距離にして70Km近く先の久万高原にあり、自分は一旦松山に投宿して体を休めて翌日の高原行きに備えた。  

 

 

初詣客で賑わう境内

 

<参考>宇和島駅~龍光寺~仏木寺~明石寺~卯之町駅
 タイムテーブル

(冬季晴天・軽装・やや健脚の場合)

    宇和島駅 7:48 (予土線) 8:05 務田駅 8:06 - 8:30 龍光寺 8:55 -9:45 仏木寺 10:15 - 11:20 歯長峠 11:30 - 13:50 明石寺 14:20 - 15:20 卯之町駅

 

 

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