すべてのはじまり(7)



長い時間をかけて魔法陣(サークル)を完成させた二人。
かすみは額の汗をぬぐい、巫子はつかれた表情をしている。
音楽室から逃げてきて、すでに二時間経っている。
外は暗くなり、部室内の時計は八時を回っている。
本体ならとっくに家に帰っているはずなのに……。そんなことを思う零。
二人が夢中になっている間に逃げようと思ったが、場の雰囲気から逃げ出すことができなかった。
もっとも、椅子に縛られて逃げることは無理だったのだが。
ずっと同じ姿勢でいたかすみは、肩や首などを動かして身体をほぐし始める。
かすみは零のほうを向くと、優しい微笑を浮かべて近づいてきた。
普通なら見とれてしまいそうな微笑だが、零はなんとなく恐怖を感じた。
「部長、移動させるので手伝ってください」
かすみはそういうと、零の座っている椅子に手をかける。
巫子も零のそばにやってきて、椅子に手をかけた。
「魔法陣(サークル)の中央に運びます」
巫子にそう声をかけ、椅子を持ち上げるかすみ。
巫子も同じように椅子を持ち上げ、魔法陣(サークル)の中央へと運んでいった。
「あ、あの……なにをするんですか?」
おずおずと訊ねる零の表情は、不安に満ちていた。
目は今にも泣き出しそうになり、口は小さく震えている。
そんな零の質問には答えず、無言のまま零を乗せた椅子を運ぶ。
魔法陣(サークル)に零を置くと、二人は魔法陣(サークル)の外へと出て行った。
「これから召喚術を行います」
「召喚術?」
呪文を唱える準備をしながら、零にこれからすることを説明するかすみ。
巫子は、近くの椅子に腰掛けて成り行きを見守っている。
「はい。ゲームとかでよく精霊などを召喚しますよね。
 あれと同じようなことだと思ってください」
優しい笑みを浮かべたまま、説明を続ける。
「ただし、今回召喚するのは精霊ではありません。
 かつて京の都で活躍したといわれる、安部清明です」
そういうと、かすみは零に安部清明について簡単に説明した。
「霊を憑依させるなら降零術を行うところですが、私は門外漢なので魔術を用いて行います」
「危険はないんですか?」
不安な表情をいっそう強くしながら、疑問に思ったことを口にする。
「本当なら神を降ろしたいところですが、神を降ろすと魂が壊れてしまうので、
 危険の少ないこちらの方法を用いることにしました」
「つまり、危険はないんですか?」
「秋田さんは、霊媒体質なので危険はないと言えます。
 ただし、この魔法は初めてなので、失敗しないとは言い切れません」
かすみはそう言うと、真剣な表情になった。
「しっぱいって……嫌だぁ〜 おうちに帰るぅ〜」
危険と知って混乱する零は、見た目同様言動も子供みたくなった。
涙を滝のように流して、逃げようと必死になる零。
だが、椅子に縛られ身動きはできず、逃げ出すことはできない。
「では、はじめます」
かすみはそう言うと、ゆっくりと深呼吸をし精神を集中させる。
「ス○ーナ スゴ○デス!!」

ドゴシャ!!

椅子に座って見ていた巫子が豪快に倒れる。
「見事なズッコケですね」
振り向いたかすみは、何事もなかったかのような顔をして巫女に言う。
「あたたたっ。ボケかましてる場合じゃないでしょう! 真面目にやりなさい!」
起き上がった巫子は、かすみに文句を言って椅子に座り直す。
その様子を口をあけて見ている零。零が見ているのを知った巫子は、顔を赤くして何事もない素振りをする。
「今度は本当にはじめます」
かすみはそう言うと、左手に本を右手を魔法陣(サークル)に向けてかざし、呪文の詠唱に入る。
呪文の詠唱が始まると同時に、かざした右手の指に填めてある指輪がきらりと光った。



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