すべてのはじまり(8)



初めての呪文なので、ゆっくりと拙い感じで唱えていく。
魔法陣(サークル)はぼうっと光り始めるが、それ以上の変化はない。
その時間はいつも以上に長く本を開き呪文を唱える巫子の額には、小さな汗がいくつも浮かんでいる。
体力も消耗してきているようで、頬が痩せこけてきている。それでも、詠唱を続ける巫子。
かすみが退屈で苛立ち始めた頃、徐々に魔法陣(サークル)が光り始める。
ゆっくりと点滅するかのように光り続ける魔法陣(サークル)。
その点滅は徐々に早くなり、魔法陣(サークル)の円に沿って光が立ち上り始める。
それに合わせるかのように、巫子の声を大きくなっていく。
その様子を零は、黙って見ていた。
最初こそは逃げ出そうと必死になっていたが、巫子の様子を見ているうちに抗うことを忘れ見入ってしまっていた。
魔法と言う非常識な、非科学的なことがあるとは信じられない気持ちでいた。
実際に音楽室で見ていてもだ。
だが、今の目の前の出来事を見てしまうと魔法と言う存在を認めざるを得ない。
頭が混乱しそうではあるが幽霊を信じている零は、魔法があってもおかしくないと思い始めていた。
そんなことを考えているうちに、光はカーテンのように魔法陣(サークル)の円に沿って完全に立ち上っていた。
外と遮断され、我に返る零。
再び逃げ出そうと考えたとき、突如体がグラッと揺れた。
いや、揺れたというより、倒れたという感じがした。
見ると、椅子に座っていたかすみは椅子ごと倒れている。
巫子の方は、バランスをとりながら詠唱を続けている。
地震が起きたようだが、魔法のせいなのかもしれない。
もしかしたら別の原因かもしれないが、その場にいるものはそんなことを考える余裕すらなかった。
すぐに一際大きな揺れが、起こったからだ。
さすがにその揺れに立っていることができなかったかすみは、バランスを崩し倒れこみ詠唱が止まってしまった。
「まずいですね。まだ呪文は完成していないのに」
さほど、焦った様子を見せずにいつもどおりに話す巫子。
「呪文が失敗したら、どうなるのよ」
「何が召喚されるかわかりません。もし私たちの手に負えない魔物だと厄介です」
さらりと言ってのける。まるで人事のように。
「なに人事のように行ってるのよ。そんなのが召喚されたらどうするのよ。
 召喚を中止できないの?」
「わかりません。やってはみますが、たぶん無理だと思います」
あまりにも普段どおりに話す巫子に、自分だけ焦っているのがバカらしくなるかすみ。
だが、それを聞いた魔法陣(サークル)の中にいた零は、不安が募っていく。
「そ、そんな……早くここから出し……」
再び体が揺れて、それ以上言葉を続けることが出来なかった。
揺れはひどくお腹の底から響いてくるような感じだった。
しかも、どうやら揺れているのは零のいる魔法陣(サークル)の中だけだった。
一生懸命逃げ出そうとするが、椅子に拘束され身動きが出来ない。
必死になって助けを求める零の背筋が、凍りつくような悪寒に襲われた。
まるで心臓を鷲掴みにされたように、とてつもない恐怖と震えが止まらないくらいの戦慄。
なんとか後ろを振り向くと、そこには見たこともない形容しがたい姿の化け物が、床から這い出ていた。
その姿を見た零は悲鳴を上げるでもなく、呆然としていた。
いや、呆然としているのではなく、完全に思考が停止していたといっていい。
目の前の化け物を受け入れるのにしばし時間がかかった。
「うわあああああああっっっ!!!」



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