すべてのはじまり(9)



「グルルルゥゥゥゥ」
奇妙な唸りを上げ、大きく開けた口から涎を垂らしている。
上半身だけとはいえ、体は零を越える大きさであることがわかる。
獰猛な目をゆっくりと動かし、零を見つめる。
目が合った零は、恐怖から身動きが出来なかった。
「グゥオオオオオオオ」
再び雄たけびを上げ、鋭く尖った長い爪を大きく振りかぶる。
「まずい!」
巫子は右手を懐に入れて何かを探す。
懐から手を出すと、四枚の札が指の間に挟まっていた。
その札を目の前に持っていき何事かつぶやくと、札は赤く光り始める。
巫子は赤く光っている札を、投げるかのように化け物めがけて放った。
赤い札は矢のような勢いで、狙い違わず化け物めがけて飛んでいった。
だが、魔法陣から発せられる光が、行く手を遮り化け物に命中することはなかった。
「それならば……」
再び懐から札を取り出すと、同じように目の前に持ってきて何事か唱え始める。
札がオレンジ色に輝いたかと思うと、今度は人型をとり始めた。
「行きなさい」
巫子の言葉に、式神が化け物のほうに向かっていく。
式神は先ほどと同じように魔法陣に行く手をさえぎられるが、今度は光の障壁を越えることができた。
だが、越えたところで、力尽きたのか元の札に戻ってしまう。
かすみも何とかしようとするが有効な魔法は使えず、また召喚魔法を継続中なのでほかの魔法は使えない。
まずは詠唱を止め、返還方法を考えなければと魔道書捲る。
二人がそうしている間に、化け物はゆっくりと腕を振り上げていた。
それはまるで、楽しみをゆっくりと味わうかのように。
表情の変化はわからないが、零には子供が玩具で遊ぶような笑みを浮かべているように見えた。
そして腕が上がりきると、間を空けず勢いよく腕が振り下ろされた。
その動きから、また爪の鋭さから、零が紙切れのように刻まれるのが予想できた。
当の本人も、死ぬのだと思っていた。
先ほどまでの慌てふためいた様子とは異なり、目を瞑り落ち着きを払っていた。
死ぬときは走馬灯を見ると言うけど、見ないなと思っている零。
そろそろ死ぬのかと思っても、なかなかそんな感じはない。
もしかして死んだのに気づかないのかな、などと考えてみたり。
だが、いくら待っても(いや待っているわけではないが)何も起こらないので薄目を開けてみる。
そこには、古風な服装の荘厳な雰囲気の男が、化け物と零の間に割って入っていた。
振り下ろされた化け物の爪は、男の剣に受け止められていた。
男は化け物の腕を弾き返すと、そのまま一太刀で化け物を切り倒した。
切り倒された化け物は、ずしんと重い音を立てて床に取れ落ちた。



目次   戻る   続く