すべてのはじまり(11)



「ひぃ〜ん、なんで僕がこんな目に……」
音楽室に一人で佇む零。
電気も点かず窓の外から入り込む明かりが、音楽室内をぼうっと映し出す。
すでに八時を回り、人の気配がまったくしない。
「校内にいるのって僕たちだけじゃないかな。
 あ。でもいいのかな? 僕たちだけでこんなに遅くまで残っていて」
怖さから独り言が多くなる。
体は縮こまり、膝は小刻みに揺れ、おどおどするように辺りを窺う。
「僕はオカルト研究部じゃないのに」
ぶつぶつ言いながらも、音楽室の真ん中にやってくる零。
真ん中に立つと、持っていた四枚のお札を真上に向けて放り投げた。
放り投げられたお札は、四方に飛び壁へと貼りついた。
「これでうまくいくのかな?」
半信半疑で首をかしげながら、ゆっくりと目を閉じた。


数分前。
「……という状況なのです。御助力願えますでしょうか?」
巫子が倭健命に事情を説明して協力を仰ぐ。
『力を貸してやりたいが、我が体をここに留まることは出来ぬ。
 何か依代になるものが必要。それも強力な霊力が無ければならない』
倭健命はそう言って、零の方を見やる。
『依代といっても一時的なもの。事が終われば、我は消え去る』
再び巫子に目を戻し、どうするのか問う。
「零を依代にしてください」
霊媒体質である零が、依代には最適であるが霊力がどれほどあるのかわからない。
かといって自分やかすみが依代に向いているかというと、疑問がある。
瞬時にそこまで考えた……わけではない。
なんとなく面白そうだから、了承しただけ。とんでもない話である。
「勝手に決めないでください」
猛烈に抗議する零をよそに、巫子は倭健命と打ち合わせを始める。
うまく連携が取れなければ、逃がしてしまう可能性があるからだ。
「僕にだって拒否する権利が……」
「そうですね。秋田さんはオカルト研の部員ではないので、拒否する権利はあります」
巫子に抗議していた零に、かすみが答える。
「秋田さんに強制は出来ませんし、無理やりさせることも出来ません。
 秋田さんが拒否をすれば、私たちは何も出来ません」
「………」
「もし仮に秋田さんが嫌だと言うのであれば、私たちはほかの方法を考えるだけです。
 音楽室にいる悪霊に誰かが襲われないためにも、音楽室がこの先も安心して使えるためにも、
 やらなければならないことですから」
「ま、そうだな。本来なら私たちだけで、やらなければならないことだ。
 霊媒体質で狙われやすいゼロに、迷惑をかけるわけにはいかないな」
「そうです。秋田さんは本来まったく関係ありませんから、気にしなくて良いです」
笑顔を絶やさず、いつもと変わらない口調で話すかすみ。
そしてこちらも、笑顔で話す巫子。
それが返って断れない雰囲気を作っている。
「わかりました。やります」
雰囲気に負けてそういう零。
「無理してやるって言わなくていいわよ。ダメならゼロが憑依されて大変な目にあうだけだから。
 あ、いいかもね。ゼロの体に憑依して封印すればすべて解決じゃない」
巫子がそう言って、いいアイデアだという。
今までの巫子からすると本当にやりかねないと思った零は、依代になることを了承した。



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