すべてのはじまり(12)



音楽室の前にやってきた。
かすみがドアの前に立ち持っている本をめくる。
そして歌うように詠唱を始める。
「開錠」
呪文の詠唱が終わると、ドアがひとりでに開いた。
「さ、中に入るわよ。油断しないでね」
「秋田さんにかかっていますから、よろしくお願いします」
ドアを開け、中を覗くと何事もなかったように静まり返っていた。
逃げ出したときに倒れたはずの机や椅子は元のように綺麗に整列されていた。
「さっきのことがウソみたいだね」
「ゼロ、油断するなよ」
零の言葉に巫子が注意を促す。
「まずは準備をいたしましょう」
霞はそう言って机と椅子を動かし始めた。
零は霞の指示に従いながら、机と椅子を移動させていく。
その間、巫子は音楽室の四隅にお札を貼っていった。

しばらくすると机や椅子は隅に追いやられ、真ん中にぽっかりと空間が出来上がる。
そこにかすみが何かを書き込んでいく。
先ほどとは異なる魔法陣(サークル)のようだ。
「さっきの幽霊はいなくなったんですか?」
音楽室に入ったらすぐに襲われると思っていた零は何も起きないことに安堵と、
これから何かが起こるのではという不安が入り混じった声で二人に話しかけた。
「私たちを追って構内を徘徊しているかもしれないわね」
「え? でも魔法で扉を閉じていたんじゃ……」
「あれは扉を壊して追いかけてこないようにしただけです。
 幽霊なのですから、壁をすり抜けルことはできます。
 もっとも、魔法の扉をすり抜けることはできませんが」
かすみはそう言って零のほうを見た。
「私たちを襲うタイミングを計っている可能性もありますが……」
「とにかく、今のうちに準備を終わらせるわよ」
巫子はそう言って、零に魔法陣(サークル)の中央に立つように促した。
零はゆっくりと魔法陣(サークル)の中央に近づいていく。
「なんで僕がこんなことに……」
怖くて逃げたい気分ではあるが、そこは男の子。
女の子を置いてはいけないと言う思いで、巫子たちに協力している。
自分に倭健命を憑依させているのも理由の一つではあるが。
「あとはこの紙のとおりに呪文を唱えればいいんですよね」
誰に聞くとはなしに独り言を言う零。
「え〜と……」
紙を広げて呪文を読み上げる。
「トクレセン○ボービ!!」
…………
大きな声で読み上げたが、何も起こらなかった。
「トクレセン○ボービ」
…………
もう一度読んだが、やはり何も反応はしなかった。
「クスクスクス……」
そばにいた巫子たちが笑って見ている。
「もしかして……」
そこで初めて零は自分が騙されていたことに気がついた。
「こんな単純なのに引っかかるなんて」
「本当はこれを読むんです」
いつもよりも笑顔を見せているかすみが、呪文の書かれたメモを零に渡す。
「さ、真面目にやるわよ。かすみ、準備はいいわね」
「はい、準備はできています」
「え、僕一人じゃないの?」
零は倭健命を憑依させているので、一人で行うとばかり思っていた。
「そんなわけ無いわよ。
 ゼロが攻撃を受けないようにしないといけないんだから」
「呪文を唱えているときは無防備になります。
 そこを襲われたら大変ですよ」
かすみはそう言って、持っている本をペラペラとめくる。
巫子も紙を取り出し、何か書きつづっている。
零は二人がいてくれることで不安が和らぎ、がんばろうと決心した。



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