キミに笑顔をもう一度(2)



「赤狐さんによると、同じような事件が各地で起こっているそうです。
 行方不明者の名前は何だと思います?」
かすみの言葉に考え込む零。普通ならすぐに答えが出そうだが、本気で悩む零。
ボケてるのかと思っていたが、本気だと死って巫子が溜息をつく。
「考えるまでもない。『長谷川花子』に決まってる」
巫子の言葉に零はポンと手を叩いてコクコクと頷く。
「その通りです。ただし、長谷川花子っていう子を見たという人はいません」
「どういうこと?」
「長谷川花子さんが行方不明になっているのですが、花子さんの存在を誰も知りません。
 でも長谷川花子がいなくなったという事実はある……」
「妙だな……」
かすみの言葉に巫子が首を傾げる。零も色々と考えてみるが、明確な理由をあげることはできなかった。
行方不明者が出るという事実。しかし、行方不明者は存在しない。
そんなことが本当にあるのだろうか? それではまるで…まるで……
「もしかしてっ!」
「そう、その通りだと思います」
零が思いついたことを言おうとして声をあげると、かすみが頷いて答える。
良くできましたとばかりに拍手までする。
受け取るものによっては馬鹿にされたような仕草である。
もっとも鈍い零だから、気づきもしないが。
「ただし、今回違うのはこの学園の『長谷川花子』は存在するということ。
 実際に見た人がいるのが何よりの証拠だな」
かすみに拍手され照れる零をジト目で見ながら、巫子は話を進めた。
浮かれていた零はその言葉を聞いてはっと我に返る。
確かにこの学園では長谷川花子の姿は見られている。目の前で連れさられているのだ。
「まずは情報収集と、現場検証よ。捜査の基本は、足よ足。現場百回とも言うしね」
巫子が話は終わりとばかりに手をパンパンと叩く。
それを合図に零たちは活動を開始した。

聞き込み調査は難航を示した。
見たという本人に話を聞いたら、はっきりと憶えていないという。
花子さんの噂を聞いて呼び出そうとしたが、すぐには現れず帰ろうとした時に個室のドアが開いた。
怖くて逃げ出したかったが、なぜが振り向いてしまいドアの向こうを見るとぐったりした女の子に黒い何かがまとわりついていた。
そして頭の中に長谷川花子は連れて行くという言葉が響いたかと思うと、頭が真っ白になりその後の記憶がないという。
気がつくと、トイレの前に座っていたから夢かもしれないという。
ただし、一緒にいた友人も見ているので夢ではないかもしれないがとも。
目撃者から話を聞き終わり、零たちは今度は現場にと向かう。
外は夕焼けで茜色に染まっている。物音一つしない。
窓が北向きにあるため日差しが校舎の中まで届かず、廊下は薄暗かった。
問題のトイレがある階は人気が全くなく、いるのは零たち三人だけだった。
部活動の騒音も聞こえず、階段を上る零たちの足音だけが響いていた。
件のトイレは階段を上がってすぐの場所。
トイレは入り口のドアに使用禁止の張り紙が貼ってあり、鍵も掛けられている。
鍵といっても元々は鍵などついていないドア。今回急遽つけられた簡易なものである。
噂を聞きつけたころは信じていなかった教師たちも、噂が後を絶たないことに業を煮やししばらく封鎖することにしたようだった。
かすみがいつの間にか許可を貰ったらしく、鍵を手にしていた。
よく鍵を借りられたと感心する零。かすみは、ほほ笑むだけで何も言わなかった。
零はトイレの前でゴクリと喉を鳴らす。
「そんなに女性トイレに入りたかったんですか?」
かすみが、からかう様に言うと零が顔を赤くする。
恥ずかしいからなのか怒りからなのか……多分両方だろう。
それを見てほほほと笑うかすみ。完全にからかっているようだ。
「ぼ……」
「し、静かに。中から音がする」
零が何か言おうとするのを遮るように、巫子が声をあげた。
いつもならかすみとともにからかう巫子なのだが、真剣な表情をしている。
その雰囲気を察してかすみが真顔になり、耳を澄ますようにして神経を集中する。
零も怯えるような表情を見せながら、耳を澄ましてみる。
確かに何かの音がドアの向こうからしているような気がする。
だがあまりにも微かな音なので、空耳のような気もする。
「開けてみる」
巫子がそう言ってかすみから鍵を受け取り、ドアに近づく。
その間も、微かな音はし続けている。
巫子はゆっくると鍵穴に鍵を差し込み慎重に静かに回していく。
カチャリと音がして鍵が開く。
巫子は深く息をはくと、ドアノブに手をかけゆっくりと引く。
ドアは音もなく静かに開き、中の様子がうかがえるようになった。
中を見ると蛇口がしっかりしまっていなかったのか、水が滴り落ちていた。
音はたぶん、この音なのだろう。
三人は安堵の息を吐き、慎重になりすぎた自分たちをおかしく思い微かな笑みを浮かべる。
息を吸うと換気していないせいか、汚れた臭いが鼻を突く。
再び真顔に戻った三人は零を外の見張りとして残して、巫女たちだけでトイレへと入って行った。



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