闇に潜むもの(4)



旧校舎の誰もいない廊下に靴音が響く。
怪しい影の噂が流れてから、先生方は当直を止めている。
警備員もしばらくは巡回を中止し警報装置のみになっている。
現在この学園に居るのは、零たちオカルト研究部の面々と顧問のはずである。
そして靴音は一人分であることから零たちではない。
しかし靴音の先には、一人の女性が歩いていた。
腰まである金髪のロングヘア、白いブラウスに紺のジーンズ、ピンクのカーディガンを羽織り颯爽と歩いている。
部長以外に姿を見ていないため、男性か女性かは解っていない。
果たして彼女の正体は!? 顧問初登場か!?
「残念デスガ、違イマース。音楽教師デス」
え、音楽教師がこんな夜に何をしているのですか?
「それは秘密デース」
気になるところですが、これから音楽教師が進もうとしている暗闇の中から光が揺れて見えてくる。
廊下の床を照らす光は、やがて音楽教師の姿を捕えた。
「あれ、ディアナ先生」
最初に声を掛けて来たのは零だった。
女性の正体は、ディアーナ・ローゼンベルグ。通称ディアナ。
一年前に赴任してきたドイツ生まれの音楽教師だった。
「今日残っているのは、うちの顧問だけだと思っていたのですが?」
かすみがそう言って首を傾げる。
「実は、私も一緒に調べるように理事長に言われマシタ。
 しかし、生徒にだけ調べさせるなんてとんでもない奴デスネ」
ディアナは腰に手を当てて怒るそぶりを見せる。
それにしても秘密じゃなかったの?
「アイツは昔から部屋に引きこもっているネ。アイツが顧問で君たちも大変ネ」
「確かに、部にも顔を見せないからね」
ディアナの言葉に頷く巫子。かすみもうんうんと頷いている。
確かに入部してから一度も見ていないなと零。幽霊部員ならぬ幽霊顧問だなと思う。
「というわけで、先生が一緒に周ることにするネ」
ディアナはそう言ってニヤッと笑う。
「最近格闘技にハマっているネ。少しは腕におぼえがあるヨ」
「それは心強いです」
ディアナの話を聞いた零は目をキラキラさせて尊敬する。
しかし他の二人は呆れたように溜息をつく。幽霊相手に何の役に立つのか?
「というわけで、私について来て下さいネ」
そう言うとディアナは、零の頭を抱きかかえるようにしてにっと笑う。
「な、ちょっ!」
巫子がそれを見て驚きの声を上げる。
隣のかすみは特に動揺したそぶりは見せずに尋ねた。
「そういえば、先生は日本に来て何年になるのでしょうか?」
「日本には何度か来ていますが、本格的に住むようになってから一年くらいデース。
 最初はドイツ語交じりでしたけど、ようやく流暢に話せるようになったネ」
零から離れると腰に手を当て胸を張るディアナ。大きな胸が揺れる。
「クッ」
それを見た巫子が悔しそうな顔をする。
「流暢ではなく、カタコトにしか聞こえないのですが」
かすみは小声でツッコミを入れる。
「それにしてもゼロはNiedlichですネ。食べちゃいたいくらいデース」
「ニ、ニード……?」
「Niedlich.日本語にすると可愛いという意味デス。ゼロは本当に可愛いですネ」
「可愛いって男にいう言葉じゃ無いですよ。それにゼロではなく『れい』です」
「Es tut uns leid.みなさんが言っていたので、ゼロだと思っていまシタ」
にこやかにそう言って悪びれた様子がないディアナ。
零はため息をつくと次から間違えないでくださいと言う。
「それにしても、零は本当にNiedlichネ。食べちゃいたいくらい」
再び頭を抱きかかえると唇を舌で舐めながらそんなことを言うディアナ。
「教師がそんな発言をして良いのですか?」
それを聞いた巫子が睨むような目つきでそう問いかける。
「食べてはダメなら、血を吸うのはどうデスか?
 Vampirみたいにチューっと吸ってみるのデス」
そう言ってにっと笑う。
零の目にディアナの歯が一瞬だけ牙のようなものに見えた気がした。
だが瞬きしたら普通の歯だったので、たぶん八重歯がそう見えたのではないかと思った。
「なーんて冗談ネ。Vampirは日本にはいないから、大丈夫デース」
ディアナはそう言うと零の頭を抱えたまま歩き始めた。
ディアナの口調が少しおかしく感じた三人は首を傾げながらも、
零は引きずられるようにして、巫子とかすみは顔を見合わせてから歩き始めた。
「みなさんは、どこを見回りしてきマシタか?」
「新校舎の方は見てきましたが、何もありませんでしたよ」
「ワタシはこの旧校舎を見てきマシタ。
 何もなかったのでこれから、特別校舎に向かうところデース。
 というわけで、特別校舎に行きますヨ」


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