闇に潜むもの(5)
「あそこに怪しい人影が!」
「本当だ……って、あれは石膏像だろ!」
「なんでここにあるのデショウカ?」
「美術部が移動させてそのままなのではないでしょうか?」
「そっちに人影が見えマシタ」
「あれは人体模型のようですね。誰かのイタズラでしょうか?」
「今度こそ怪しい人影が!」
「アレは演劇部の衣装マネキンデスネ」
「くぉおら、なんで部室に置かないで廊下に出してるんだ」
先程から余計なものが廊下に出ているので見間違いが続き、イライラしていた巫子がキレてしまう。
そしてイライラの解消に零の頬を引っ張る。
「僕に言われても知りませんよぉ」
巫子の手を払いのけ、頬を摩って訴える零。
「あとで各顧問の先生に伝えておきマス。
これでは非常時に逃げることが出来まセーン」
「生徒会からも注意してもらうようにしましょう。
地震などで倒れてしまったら、避難できませんから」
ディアナの言葉にかすみが、同意するように言う。
「結局、怪しい影はこれらの見間違いじゃないの?」
巫子はそう言って逃げた零を捕まえようとする。
しかし捕まらないように零が必死に逃げていたため、捕まえられないでいた。
「そういえば、目撃情報から場所を絞り込まなかったんですか?」
ふと思いついた疑問を口にする零。
「場所の絞り込みが出来れば、居場所の特定もできるのでは?」
「そういうことは早く言えっ!」
巫子は零を捕まえると後ろに回ってバックドロップを仕掛けた。
「どぶげしゃっ」
まともに技を受けた零は奇妙な声を上げる。
「そうデシタ。目撃情報をまとめたものを作ってきマシタ」
そう言ってディアナが取り出したのは、この学園の全体図だった。
そこには赤くバツ印がついていて、それが目撃情報のあった場所であった。
「あるなら最初から出してくださいよ」
「弘法も木から落ちる、サルの川流れ、河童も筆の誤りネ。うっかりしていマシタ」
「それを言うなら弘法も筆の誤り、サルも木から落ちる、河童の川流れです」
痛めたところを押さえながら零がそうツッコミを入れる。
「これを見る限りだと、特別校舎を中心に目撃されていますね」
「ますます見間違いの可能性が出て来たってことか」
かすみの言葉にこめかみを押さえるようにしながら巫子が呟く。
「あれ? でも、これを見る限りだと特別校舎が中心だけど、校舎の中ではなく外のようですけど」
零の指摘にみんながあっと気が付く。
確かに言われてみれば赤いバツ印は校舎の外側についていた。
「このまま校舎の中を調べても意味がないわけね」
巫子はそう言って大きく息を吐く。これでは骨折り損の草臥れ儲けだと。
「早速、外に出て……あ、あれ!」
窓の方に視線を向けた零が突然声を上げる。
零が向けている視線の先は、ちょっとした林のようになっていた。
その木々の間から何か光るものが見えた気がしたからだ。
「ん? 何もないではないか」
巫子が視線の先を確認するが、すでに光っていたものは消えてしまっていた。
「寝ぼけていたのではないか?」
「ちゃんと見えました。光っている何かが」
零は口をとがらすようにしながら、ちゃんと見ましたと再度口にする。
「どれどれ、何があるのデショウカ?」
「暗くて良く解りませんね」
ディアナとかすみも窓の外を眺めてみた。
すると一瞬目の前を何かが横切ったように見えた。
「先生、今の何でしょうか?」
「何かが目の前をよぎりマシタネ」
「え、私は見ていないぞ」
ディアナとかすみが何かを見たと言うので慌てて覗きに来た巫子。
しかし窓にくっつくほど顔を近づけてみたが、何も見ることは出来なかった。
「何もないじゃないか!」
何も見えないことに文句を言った巫子だが、誰も聞く者はいなかった。
巫子が文句を言っている間に、かすみもディアナも走り出していたからだった。
ちなみに零はかすみにいつものように襟のところを持たれて持ち運びされていた。
校舎を出ると、辺りはかなり暗くなっていた。
校舎の傍は、校舎から漏れる灯りで明るかったが林の方は暗すぎて先が見えなくなっていた。
零が窓から見た場所はその林の近くで、かすみはその場所に向かって走っていた。
先ほど目の前をよぎった黒い影もそちらの方に向かっていたので、関連があるのではないかと思っている。
そんなことを考えながらもスピードを緩めないかすみ。
走っているのに息を切らせていないのが凄いところだ。
いや、零を抱えているのに息を切らさないのは凄いどころではない。
しかもほとんど重さを感じさせない走りには驚かされるばかりである。
どんな化け物なのだろうか。
「化け物とは酷い言われようですね」
それは失礼。
「ところで今何か音が聞こえたようですが」
かすみは立ち止まって耳を澄ませる。
窓から見えた方向とは別の方角から音が聞こえているようだった。
「僕にも聞こえました」
立ち止まったのを機に自らの足で立つ零。
キョロキョロと周りを見てから首を傾げた。
「ディアナ先生が見当たりません。どこに行ったのでしょうか?」
零に言われてかすみも周りを見渡してみた。確かにディアナの姿は見えなかった。
「おいっ、いきなり駆け出すんじゃない」
追いついた巫子がそう言って文句を言う。
「ディアナ先生を見ませんでしたか?」
「一緒ではなかったのか? 私は見ていないぞ」
巫子がそう答えると同時にまた何かの音が聞こえてきた。
「とにかく今は、音を確認する方が先でしょう」
かすみはそう言って、音のする方へと歩き出した。
「そうだな。先生は大人だから大丈夫だろう」
巫子は同意してかすみの後を追う。零は後ろ髪をひかれながらも二人の後を追うことにした。
林に入ってそれほど経たないところでまた音が聞こえた。
聞こえた場所は先ほどとは少しずれている気がした。
自分たちがずれてしまったのか、音が移動したのか。
「ストップ!」
かすみがそう言って立ち止まる。危うくぶつかりそうになる零。
「何かの足跡が見つかりました」
足元を照らしてかすみがそう言った。
「これって人の足?」
後ろから覗き込んだ零がそう呟く。
「その割には地面に深く足跡がついているけど。普通の足跡もあるな」
同じように覗き込んだ巫子がそう答える。
「この足跡は……」
巫子は顎に手をやりながら何事か考え始めた。
「まず、間違いないでしょう」
かすみはそう言って納得するように頷く。
「え、何がですか?」
一人何のことか解らないでいる零が二人に何のことかを尋ねる。
だが、巫子は零を無視するように何も答えず、かすみは微笑むだけだった。
「だから、何がですか? 意地悪しないで教えてください」
零が頬を膨らませてもう一度二人に聞く。
「とにかく、この先に行くか」
やはり巫子は零を無視して先に進んでいく。
「行けばわかりますよ」
かすみはそう言うと同じように歩き出す。
「もう!」
零はそう言いながらも後を付いていくことにした。
「結局、ロボット研究部の仕業でしたのね」
部室に戻って来た零たちは、かすみの入れてくれたお茶を飲みながら体を休めていた。
あのあと、足跡の先に居た学生を捕まえた後に事情聴取をした結果、以下のことが解った。
学生たちはロボット研究部の部員で大会に向けてロボットを作っていたのだが、
完成後慣らしで動かしていたときに忘れ物を取りに来た生徒に見つかったそうだ。
それを他校のスパイと勘違いした部員たちは、見つからないようにと近づく人たちを脅かしていたらしい。
それがまさか警備員や先生だとは知らず大ごとになってしまったため名乗り出ることもできず、
大会も近いこともあって林の中で隠れてロボットの試験をしていたらしい。
報告書の作成はかすみに頼む。今回の件に関しては後日、顧問ともども説教を喰らうことになるだろうがな」
「そうですね。顧問なら気が付いていそうですから」
「でも、よくロボットだってわかりましたね」
零はロボット研究部の人たちに会うまで気が付かないでいたのだった。
「一つだけ足跡が他の足跡よりも深くなっていたからな。
それにあそこにはロボット研究部の部室もあるから、そこから推測したまでだ」
巫子はそう言って、お茶を飲み干す。
「そういえば、一つ疑問があったんですけど」
一息ついてから零が疑問を口にした。
「最近の学校って当直とか宿直とかって無いのが多いって聞きますけど、うちの学園はなんであるんですか?
警備員にしてもセキュリティー会社に頼んで機械に任せるっていうのが主流のような気もしますけど」
「うちの学園は大学部まであるからな。研究で夜遅くまで居たり徹夜したりするからなぁ。
だから警備員を雇っているんじゃないか?」
「中等部は一応機械に頼っているみたいですよ。
さすがにそこまで警備員に頼むと人件費がかかりますからね」
零の疑問に巫子とかすみが答える。
当直や宿直も遅くまで残っていたり泊まる生徒のためにあるシステムだと説明する。
「なんにしても解決したからな。今日の泊りは無しだな」
「これで解散ですね」
零はそう言うと早速帰る支度をする。どことなく嬉しそうな感じがする。
「なんだか、嬉しそうですね」
「そ、そんなこと無いですよ。じゃあ、先に帰りますね」
零はそう言うと駆け出すようにして部室を出て行った。
「私たちはどうする?」
「あっちは向こうに任せましょう。あとで連絡しておきます」
「顧問の方は?」
「そちらはすでに連絡してあります。適任者をすでに動かしているそうです」
「適任者って誰?」
「それは教えてもらえませんでした。とにかく報告書を作成してしまいますね」
かすみはそう言うとパソコンを使って報告書を作成し始める。
巫子は天井を見ながら、やっかいなことが起きなければいいなと思うのだった。
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