3章 すずめという少女

 
 かざみは少女を城に入れた。ただし、世話をしてやる気はさらさらない。少女

は今にも死にそうな病人という触れ込みだったが、とりあえず一人で立っている

し、門を開けたら歩いてこちらまで来たし、子供っぽい甲高い声で喋りもした。

こげ茶色の頭髪に小柄な体。なるほど雀だ。

「みずき様の紹介でまいりました。すずめです」

 言って、少女はお辞儀をした。髪の間から見えたうなじの皮膚が青白かった。

「…部屋は空いている。倉庫に食べ物はある。好きにしろ。ただし最上階には入

ってくるな」

 かざみは正直、かかわりたくなかった。長い間、みずき以外と言葉を交わして

いない。新しい対人関係など面倒くさいし必要がない。今まで問題なく過ごして

きたし、かざみは静かな生活が性に合っていた。そこに、病人とはいえ女の子だ。

雀だ。甘い顔を見せたらピーチクパーチク喋りだして、格好の暇つぶし相手にさ

れてしまうだろう……。

 必要最小限のルールだけ告げて、かざみは少女に背を向けた。最上階の寝室に

戻って、メノトロームに油を差して、ゆっくりと寝直すつもりだ。次に目が覚め

る頃には、みずきが少女を引き取りに来るだろう、きっと。

「かざみ様」

「…何だ」

 少女はわざわざかざみの前まで回り込んできて、顔を見上げた。かざみもやむ

をえず少女の顔を直視するはめになった。白い顔だった。しかし、頬はいやに赤

い。目ばかり大きく、瞳の色も薄い。虚弱体質、という言葉が頭をよぎった。

 少女は全体に薄っぺらい印象の顔から、どばどばと溢れ出す笑みを見せた。ど

ばどば。

「朝はコーヒーと紅茶とどちらがお好きですか?」

 かざみは疲れを感じた。

「…俺がはじめに言った事を理解しているか?」

「お部屋は空いてること、倉庫にごはんはあること、好きにしていいこと、でも

一番上の階には入っちゃいけないこと」

 ちゃんとわかってますよ、とばかりに少女は胸を張る。かざみは疲れがひどく

なるのを感じた。

「…それなら付け足しておく。俺にかかわるな」

「それは駄目です。みずき様にちゃんとかざみ様の面倒を見るように言われまし

たから」

 かざみは内心で舌打ちした。みずきのそらっとぼけた表情が目に浮かぶ。かざ

みさん、いくら不老不死の体だからって、ちゃんと食べなきゃ駄目ですよ、とな。

「…ここが誰の家かわかっているな?」

「かざみ様のお城」

「そう、断じてみずきのじゃない。ここにいる間は奴より俺の言うことを優先し

てもらう」

 かざみは口調を強めて言い切った。すずめはきょとんとして目を見開き、首を

右に傾げてしばらく考え、最終的に「はい」と返事をした。多分、理解したのだ

ろう。かざみはそう判断して、とっとと最上階への階段を上がっていった。ああ

疲れた、などと思いながら。


 すずめはかざみの後ろ姿を、ぱたぱたと手を振って見送った。そして、今いる

だだっぴろい大広間を、体を一回転させて見まわした。彼女は呟いた。

「さてと。頑張らなくっちゃ」


 数十分後。かざみは思い知ることになる、自分の判断の甘さを。

                                                   


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