4章 『吸い込む君』

 
 かざみは眠りたかった。事実、眠りかけた。意識がぽろぽろと崩れて暗い所へ

沈んでいく。崩れたかけらはどこまでも沈んで

 ざぁざぁ

 ……そう、ざぁざぁと沈んで

 ず、ががぁ

 ……ず、ががぁと…吸い込まれ?

 がきっ

 ……がきっ?

 かざみは目を開けた。

「がきっ?」

 そう言ってしまった。耳をすますと、確かに音が聞こえていた。基本的にざぁ

ざぁと聞こえるが、時々、ず、ががぁと前置きしてがきっ、と詰まる。詰まった

後はしばらく静かになる。が、すぐにざぁざぁと始まる。

 今までこんな音が聞こえたことはない。いや、随分前に聞いたことのある音の

ような気もする。気もするが、問題はそこではない。これでは眠れない。かざみ

の神経は、ごくささやかな事にも鋭く反応するのだ。

 考えられる音の発信源は、1つしかなかった。

「……雀め」

 かざみは重く感じられる体を起こし、階段を下りていった。そして、大広間に

銀色の妙な物体が動き回っているのを見つけた。

 それは、鋼鉄製の巨大なイモムシの化け物だった。地上の荷馬車ぐらいの大き

さがある。埃をもうもうと舞い上がらせ、あの妙な音を発しながら、床を這いず

りまわっている。かざみは一瞬、これからの行動に迷った。

 斬るか。(斬れるか? 硬そうだ)

 潰すか。(腕を痛めそうだな)

 投げるか。(嫌だな。疲れる)

 平和交渉。(言葉が通じるか?)

 ……だいたい、なぜこんなものがここにいる。

 と、イモムシの目がこちらを認めた。するとすぐに、イモムシはきゅぃーん、

と体を震わせて停止した。

 その銀色の背中が割れた。割れ目から茶色の髪に覆われた頭が出てきた。

「あ、おはようございます!」

 どばどば溢れる笑顔と共に、放たれる明るい挨拶。

 雀め!


「……これは何なんだ」

 かざみはこめかみが痙攣するのを抑えながら、すずめに質問した。まずは顔全

体を覆う埃除けマスクをつけ、すずめはイモムシから降りてきた。くぐもった声

が、マスクの下から答える。

「掃除機です。すみません、うるさかったですか?」

「……掃除機というのは、もう少し小型でおとなしい機械じゃないのか」

「これ、みずき様がつくった特別製。『吸い込む君』っていうんですよ。操縦者

乗り込み型で、大きなお城のお掃除には便利って。みずき様のところでお世話に

なっていた時に、使ってたんです。それで、かざみ様のお城にも1台置いてある

から、行ったらまずはよくお掃除しなさい、あそこはきっと埃だらけだから、

ってみずき様が」

 すずめの説明で、大体はわかった。同時に、かざみは数十年前の出来事を思い

出した。そのころみずきは発明に凝って、『〜〜君』シリーズを大量生産し、か

ざみのところにも1シリーズ持ってきたのだ。しかし、それも欠陥品というか、

まぁ珍妙なものばかり。ほとんど使わずに倉庫に入れたのだが……。

「……使用禁止」

「そんな。見てください、本当にキレイになるんですよ! ちょっと音が出るけ

ど、こっちのお部屋なんかもうぴかぴか。ここのところ全面が埃を吸い込むんで

すよ、ときどき詰まっちゃうけど」

 すずめは必死で『吸い込む君』の弁護を始めた。ここのところ全面、と言いな

がら『吸い込む君』を片手で斜めに持ち上げて、底面を指差す。

「軽い合金で出来てるから、ほら、簡単に持ち上げられるし。ね!」

 すずめは、親しげに銀色イモムシの体を叩いた。イモムシの突起だらけの底面

が、ぞわぞわぞわと動き出す。

 かざみは嫌な予感がした。なにしろみずきの発明品なのだ。

「アレ。スイッチ切ったのに」

 すずめが言い、内部を見ようとして、手を滑らせてイモムシを横倒しにした。

……どうもそれが止めを刺した。何十年倉庫に放り出して、ろくなメンテナンス

もしなかった機械が、まともに働くはずがなかった。

 イモムシの突起から、灰色の煙が吹き出してすずめを直撃した。吸い込んだ埃

が逆流したのだ。すずめが激しく咳き込んで、その場に座り込んだ。埃除けマス

クも役に立たなかったらしい。『吸い込む君』はがしゃがしゃ音を立てながら、

埃の煙幕を吐き出し続ける。

「大丈夫か!」

 かざみ自身もむせ返りながら、すずめを拾い上げて逃げた。階段を上がっても、

埃が立ち上ってくる。大広間への扉をきっちり閉めて、かざみはすずめを抱えた

まま最上階へと駆け上がった。

                                                   


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