不定期ですが、成瀬映画や映画全般について気のついたことを書いてみます。
NEW 2024.11.16 東京映画『森繁よ何処へ行く』(1956 瑞穂春海監督)を観て
BS日本映画専門チャンネル「蔵出し名画座」で先日放送された映画『森繁よ何処へ行く』(瑞穂春海監督 1956 東京映画):URL=キネマ旬報WEBを観た。録画も。
管理者はもちろん初めて観た旧作日本映画だ。名画座などでの森繁特集でもあまり上映されないレア作品だろうし、未DVD化である。
同チャンネルで11月と12月にあと3回放送される。
タイトルがお気楽な感じなのだが、映画自体はとても良く出来ている、いい映画だった。
ストーリーは実に単純でよくある内容。
妻(杉葉子)を交通事故で亡くした森繁久彌が、一人娘(子役→香川京子)を育て、娘が恋人=宝田明と結婚する。
後半は少し小津映画『晩春』のような展開となり、似たような台詞が見られる。
森繁を取り巻く女優たちは豪華。杉葉子、淡路恵子(修善寺での二人のやり取りは後年の『社長シリーズ』を少し想起)、
香川京子、岡田茉莉子である。もっとも4人とも日本映画黄金期の名女優だが、当時はまだ新人女優の扱いだったかもしれない。
香川京子が森繁の娘というのは珍しいのでは。他の映画にあったかは不明。同じく香川京子と宝田明の恋人役もあまり観たことが無い。
森繁久彌と香川京子は同年の豊田四郎監督『猫と庄造と二人のをんな』:URL=キネマ旬報WEBでも共演しているが、
香川京子の演じる女性像(いわゆるアプレ)が対照的で驚く。
同年の成瀬映画では杉葉子は『妻の心』(高峰秀子の友人役&三船敏郎の妹役)、岡田茉莉子は『流れる』(柳橋の芸者役)に出演している。
本作は、当時のいわゆる「プロクラムピクチャー」の1本だろう。
本エッセイにもたびたび書いているが、キネマ旬報や毎日映画コンクールなどで受賞した大作や文芸映画、社会派映画など
有名な旧作日本映画ではなく、2本立ての1本のおそらく低予算の娯楽映画だが、その映画のクオリティの高さに驚かされる作品が数多くある。
本作もその1本だ。
もちろん旧作日本映画すべてがいいというわけではなく、「何だこれ?」という酷い映画もあるのだが。
あらためて日本映画史に残るような名作、評価が高く一般的な人気も高い、監督や俳優たちの代表作以外にも
名作や佳作はたくさんあるのだと再認識した。
管理者は長年(小学校時代の東宝特撮映画からだと約60年)数多くの日本映画、外国映画を観てきたが
監督や俳優の一般的な代表作(マスコミ等でよく名前の挙がる有名作品)以外、
時には当時失敗作の烙印を押されたり異色作と呼ばれてきた作品の中に、代表作を超える素晴らしい名作、傑作があると個人的には感じている。
本エッセイで何度も書いているが、以下はその一部だ。マイベストワン作品。中にはどうしても2本になるものも・・・
・成瀬巳喜男監督 『驟雨』『流れる』(=現存する69作品を観たうえで)
・小津安二郎監督 『東京暮色』→今や傑作との評価だが長い間失敗作と言われ続けてきた!『小早川家の秋』
・溝口健二監督 『噂の女』『新・平家物語』(好きな監督ではないがもちろん有名な作品はほとんど観ている)
・川島雄三監督 『人も歩けば』『青べか物語』(現存する50作品を観たうえで)
・木下恵介監督 『今年の恋』『お嬢さん乾杯!』(30作品くらいは観ている)
・市川崑監督 「幸福』『愛人』(60作品くらいは観ている)
・山本薩夫監督 『にっぽん泥棒物語』『台風騒動記』
・増村保造監督 『妻は告発する』(これは代表作)『陸軍中野学校』(その後別監督だが5作目までのシリーズの第1作)
・山田洋次監督 『霧の旗』『ハナ肇の一発大冒険』→異色作だが非常に面白かった。特にラストが秀逸!
・清水宏監督 『家庭日記』『暁の合唱』
他にもたくさんの監督作があるが長くなるのでここらへんで。外国映画は別の機会に。
NEW 2024.11.12 NHKEテレ・ETV特集「山田太一からの手紙」を観て
管理者はここ数年来、芸術・文科系の番組や関心のある内容以外の地上波のテレビ番組をあまり観ない習慣に
なっているのだが(ニュース番組も含めて)、今年観たテレビ番組の中では間違いなくナンバーワンの素晴らしい内容だったのが
タイトルにある「山田太一からの手紙」(11/9の23:00-0:00)。
再放送(11/14㈭午前0:00-午前1:00もあるので未見の方には、視聴または録画予約をオススメしたい。
タイトル通り昨年11月に亡くなった(もうすぐ1周忌)脚本家の山田太一氏の厖大の手紙の一部を紹介した番組。
俳優、プロデューサー、脚本家、一般の方まで、山田太一氏からの手紙で勇気づけられたという感動的な
エピソードが多数紹介されている。これは実際の番組を観てもらうしかない。
山田脚本の初期の名作『それぞれの秋」(1973 TBS)に出演(その後も何作かの山田ドラマに出演)した
小倉一郎氏(現在は小倉 蒼蛙(おぐら そうあ)のエピソード。
本人がインタビューで、有楽町スバル座で映画を観ていて、1回目を観て2回目を観ようとしたら前の席に山田さんが坐っていて・・・
映画が終った時に、山田さんからお茶でもと誘われたが、小倉一郎氏が「もう一度(3回目)観ますので」と言った話。
このエピソードは、「その時あの時の今 私記テレビドラマ50年」(山田太一著、河出文庫 河出書房新社)の
P101-P107にも記述されている。その時観た映画はジャック・ニコルスン主演の『ファイブ・イージー・ピーセス』(1970)とある。
→番組では小倉一郎氏は映画名は言っていない。
番組の中で木下恵介の助監督時代として紹介された一枚の撮影現場スナップ写真。
あくまで推定だが、あの写真のロケ現場は本HPのトップページにもリンクしている
YouTube旧作日本映画チャンネル・木下恵介監督『今年の恋』で掲載した
愛宕山のロケ撮影時の写真ではないかと思うのだが・・・
山田氏関連では、最近アップされたYouTube番組(これはいつでも視聴可能)。
これも非常に興味深く面白い内容だった。
「山田太一 作風と素顔そして家族」(橋田文化財団セミナー 1時間43分11秒)。
セミナーといってもほぼ二人(放送評論家=鈴木嘉一さん、山田太一氏の次女=長谷川佐江子さん)
の対談トークショーで、特に次女の佐江子さんの語る「家庭での父=山田太一」エピソードは貴重で面白い話ばかり。
外見や口調も穏やかで、怒った姿を想像出来ないような山田太一氏だが、実は結構短気なところがあり(浅草生まれ)
よく夫婦喧嘩をしていたという意外な面も。
それにしても佐江子さんのお顔が父親にそっくりなのはビックリ。もちろん親子なので似ているのは当然だが・・・
代表作の一つ「岸辺のアルバム」(1977 TBS)は無料チャンネルのBS-TBSで11/25から放送される。
月金 ひる0:29~1:25。これも未見の方には必見の名作ドラマ。
NEW 2024.10.14 ロケ地情報の無断転用はお断りだ!
タイトルについてだが、今年になって小津映画、成瀬映画のロケ地をアップしているYouTubeチャンネルを見つけた。
YouTube「ロケ地はドラマを超える!」というチャンネルだ。腹立たしいのであえてリンク先ははらない。
小津映画(5本)、成瀬映画(5本)のロケ地情報(動画撮影)の一部について、本ウェブサイトのロケ地情報
そして3年前からYouTubeで作成している「旧作日本映画ロケ地チャンネル」からの無断転用は明らかである。
本ウェブサイト及びYouTubeチャンネルへ、ロケ地情報の一部への引用許可について管理者への連絡メール等も一切ない。正に無断での転用だ。
ついには、管理者が本サイトロケ地写真に紹介したばかり川島映画『洲崎パラダイス 赤信号』の蕎麦屋「だまされや」
の情報→動画撮影まで載せている。管理者はきちんと情報提供者(匿名だが)のことも記述している。
つまり、管理者が発見したロケ地ではないということを明確にしている。
最初に睦論を言うと
「他の人がすでに紹介しているロケ地情報(もちろんロケ地情報に限らないが)を引用する場合は
最低限でも引用元のクレジットをいれなさい!」
ということだ。
ロケ地情報は大きく2つに分けられる。
(1)有名な場所で誰もがわかるロケ地情報(銀座4丁目、東京タワー、東京駅など)
(2)映画の画面を見ただけでは普通はわからないロケ地情報
である。
もちろん(1)は問題ない。誰でも「あの場所だな」と分かる。特別なレア情報ではない。
(2)については
(2)-1 自分で探した推定(または特定できた)場所
(2)-2 関連書籍やブログ、YouTubeなどで紹介されている情報、
また、管理者であれば本ウェブサイト及び旧作日本映画ロケ地チャンネルヘ情報提供いただいたロケ地情報(実名及び匿名)
となる。
小津映画でいえば、『晩春』の能の帰りの六義園の横の道(管理者のロケ地情報には根拠と引用元を記述している)や
成瀬映画『稲妻』「浮雲』『秋立ちぬ』の一部など。管理者が独自に見つけたロケ地もあれば、他の方の情報(書籍、ブログ、メール連絡当)
を確認の上クレジット入りで引用させてもらったものもある。
(2)-2の無断引用は駄目に決まっているだろうが。
本ウェブサイトやYouTubeのチャンネルには、知人、メールのやり取りだけでお会いしたことはない方も含めて、
「不明なロケ場所」についての貴重な情報(一部は推定情報もあるが)を数多く提供していただいている。感謝しかない。
不明のロケ地情報をメール等で知らせていただいた場合は、基本的には(連絡先不明の場合もあるが)
・その方(知人含む)にメールで返信し、まずお礼を述べる
・本ウェブサイトのロケ地情報またはYouTubeチャンネルのでの紹介をしたい旨を伝える
・引用のクレジットについて「実名」または「匿名」のどちらかの希望を確認する
・アップ前(場合によってはアップ後)に内容の確認をお願いする
また、小津映画、成瀬映画、川島映画等の関連書籍の中に記述されているロケ地情報(スタッフ、俳優の証言など)
からの引用については、書籍名、著者名、出版社名、引用ページ数などを必ず記述することにしている。
説明するまでもなく、これが大人の当たり前の最低限のルールである。
今回無断引用を指摘したチャンネルの作成・管理者の紹介を見ると、多摩地区の40代と書かれている。
管理者は現在66歳なのでだいぶ年下だ。
まずは、小津映画、成瀬映画、川島映画について(他のテレビドラマ等のロケ地動画は管理者には関係ない)、
情報掲載に当たっての引用元を記述する。
もし今後も、本ウェブサイトのロケ地情報及びYouTube「旧作日本映画ロケ地チャンネル」にすでに掲載されている
小津映画、成瀬映画等(川島映画やそれ以外も)のロケ地情報(上記の(2)-1、(2)-2にあたる一部のパート)について、
無断引用を続けた場合はYouTubeへ申し立てする予定だと言うことは伝えておく。
(・・・・から情報引用をさせていただいたのクレジットを入れれば許す)
管理者もその一人だが、特に旧作日本映画のロケ地を趣味で紹介しているウェブサイト、ブログ、YouTubeは
数多く、管理者もときおり楽しく視聴しているが、ロケ地情報についてはほとんどの方がその根拠や引用元を
きちんと記述していると思われる。成瀬映画については本ウェブサイトのクレジット紹介やリンクが貼られているのもある。
引用元のクレジットも無しに、一部のロケ地とはいえ勝手に無断引用しているYouTubeページは初めて観たように思う。
もし、そのロケ地(レアな)を一人で発見したと言い張るなら、その根拠を示すべきだ!
NEW 2024.10.4 日本映画専門チャンネルで観た『甘い汗』(1964 豊田四郎監督)
BS日本映画専門チャンネルの「蔵出し名画座」(10月は未DVD化の小林正樹監督『日本の青春』が放送される→未見なので楽しみ)で
9月と10月に計3回放送された豊田四郎監督『甘い汗』(1964 東京映画)を初めて観た。
本作は今年11/20に<東宝DVD名作セレクション>としてDVD化(税込み3,300円)される。
水木洋子の原作・脚本(元はテレビドラマ)、撮影=岡崎宏三(川島作品多数)、美術=水谷浩(溝口作品多数)などスタッフも一流。
出演者は京マチ子(本作の演技でキネマ旬報の主演女優賞、毎日映画コンクールの女優主演賞を受賞)、池内淳子、
桑野みゆき、沢村貞子、市原悦子、千石規子、川口敦子、桜井浩子など。
男優では、佐田啓二(映画ではこれが遺作)、小沢昭一、名古屋章、小沢栄太郎、山茶花究、春風亭柳朝など
当時の日本映画界では普通のことかもしれないが、現在から考えると非常に豪華な俳優陣だ。
貧しい境遇の中、家族を支えるために、男相手に様々な仕事をしていく梅子(京マチ子)の
エネルギッシュな生きざまを描いた力作だ。それにしても<甘い汗>というのは意味深なタイトルである。
本作にも当時の東京や近郊の様々なロケ地が登場していて、現在YouTube「旧作日本映画ロケ地チャンネル」
で作成中だが、中でも貴重なのは千葉県の船橋に当時あった総合レジャー施設「船橋ヘルスセンター」の映像だ。
現在は、巨大ショッピングセンター「ららぽーとTOKYO-BAY」。
映画の中盤、名古屋章、川口敦子、桑野みゆき、春風亭柳朝等が遊びに出かける。
遊園地のジェットコースターやゴーカートも登場するが、何といってもウォータースライダーの「大滝すべり」。
全長100m(30mコースも)の迫力あるウォータースライダーで、梅子(京マチ子)の娘役=竹子(桑野みゆき)が
水着姿で実際に滑る映像も登場。
東京出身の管理者は、小学生の9歳か10歳の頃に何度か家族旅行で行き、実際に「大滝すべり」の30mコース
を体験したことがあるので、映像を観た時に「懐かしい」と。
また、当時の下北沢駅周辺も登場しているようだ。(複数のインターネット情報)
本作は名作だとは思うのだが、好き嫌いで言えば好きな映画ではない。
転落していく女性や、女性の表と裏、いわばバックヤードをリアルに描いた作品は
観ていてつらい気持ちになり、苦手だ。
本作では元気はつらつの高校生役を演じている桑野みゆきは、同年の中村登監督『夜の片鱗』では
堕ちていくホステス役。この作品も評価は高いようなのだが、好みではない。これはU-NEXT(見放題)で視聴可能。
女性の生態を綺麗ではなくリアルに描く作品は結構多い。
監督でいえば、すぐに思い浮かぶのは溝口健二、増村保造、新藤兼人など。もちろんすべての作品ではないが・・・
長年、たくさんの日本映画、外国映画を観てきた(小説やテレビドラマなども)管理者には、
この種の映画は、嫌いというだけでなく、女性の描き方が一面的、ずばり言えば「浅い」と感じてしまうのだ。
対極にあるのはもちろん成瀬映画や小津映画である。
娘、妻、母(成瀬映画のタイトルのようだが)の日常生活をリアルに描き
その中で女性の様々な面を台詞(愚痴、悪口なども多い)や表情やアクションで表現する成瀬映画、小津映画の
女性の描き方の多面的な深さに、45年くらいどっぷりとつかってきたのでどうしてもそのように感じてしまう。
以前成城で行った成瀬映画セミナーでも話したのだが、両監督、特に成瀬監督の女性の描き方は
<リアル&クール>というフレーズが一番あっているように思うのだ。成瀬監督は女性を少し突き放して冷静に観ている。
これまで本エッセイにも書いてきたので具体的な台詞等は省略するが
成瀬映画では『めし』『驟雨=脚色は水木洋子』(原節子)、『流れる』(栗島すみ子、賀原夏子、山田五十鈴、田中絹代、杉村春子など)、
『晩菊』(杉村春子、細川ちか子、望月優子)、『妻の心』『くちづけ3話=女同士」『女が階段を上る時』『放浪記』(高峰秀子)
『夫婦』(杉葉子)、『杏っ子』(香川京子)などには女性の複雑でミステリアスな心理+意地悪さがとことろどころユーモラスに描かれている。
小津映画で最近気付いたのもそんな日常での妻のキツイ一言。
『秋刀魚の味』の前半、夫の平山幸一(佐田啓二)が団地の自宅に帰宅する。
妻・秋子(岡田茉莉子)との会話。(脚本=野田高梧、小津安二郎)
団地の知り合いに男の子の赤ちゃんが産まれた話の後、
引用:「小津安二郎全集」(井上和男編 新書館 2003) 【下】 秋刀魚の味 P479
16 茶の間
(~略~)
秋子「でね、幸一って付けようかって言うのよ。だったら、あんたとおんなじじゃない?
よしなさいって、そう言ってやったの」
幸一「いいじゃないか、幸一ー」
秋子「よかないわよ、大きくなって、あんたみたいになっちゃ、折角の赤ン坊可哀そうだもん。
フフン。(と立上って)幸一はあんた一人で沢山……」
とキッチンへ行く。
(~略~)
キツイ! ひたすらキツイ台詞。「幸一はあんた一人で沢山……」って(笑)。
夫の佐田啓二はまったく反応せず、ねむいよと言う。素晴らしい大人の態度!
実際の映像を観ると、この「フフン」の岡田茉莉子の表情が最高。
成瀬映画も含めて名作の数々に出演している岡田茉莉子だが
小津映画の2本『秋日和』『秋刀魚の味』と木下恵介監督『今年の恋』での少しコミカルな演技と台詞は
特に素晴らしい。
NEW 2024.10.1 映画館で観た新作映画2本
管理者は、名画座やBS、CS、U-NEXTなどで観る映画は圧倒的に旧作映画(邦画、洋画問わず)が多く、
今年も数多くの旧作、特に未見だった作品を中心に観てきた。
今年の1月から9月までに映画館で観た新作映画は
・『ゴジラ×コング 新たなる帝国』(IMAX)
・『トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代』
そして今回挙げる2本の計4本だ。
1本目は、現在も大ヒット中の邦画『ラストマイル』(塚原あゆ子監督)。
爆弾テロ事件という題材は、邦画、洋画に数多く登場するものだが、
本作は、巨大物流倉庫が主な舞台となっていて、その点が興味深かった。
本作についてはネット、YouTubeとも公式サイトや解説がたくさんあるので(高評価が多い)
それらを参照していただければ。
旧作日本映画マニアとしての感想は、主演の満島ひかりのはじけた演技と小ぶりな体形は、
今年6月に亡くなった久我美子を想起した。
特に川島映画『女であること』、市川(崑)映画『あの手この手』『億万長者』などの演技。
この感想はおそらく管理者だけだろうが(笑)
もう1本は、フランス映画『ボレロ 永遠の旋律」(アンヌ・フォンテーヌ監督)→邦題はダサい(笑)
ジャズファン歴は50年近く、70年代前半までのロック、ソウル、j-pop など
現在も毎日のように音楽を聴いているが、クラシック音楽も大好きである。
日本映画のマイフェイバリット監督は、今更言うまでもなく成瀬巳喜男、川島雄三、小津安二郎なのだが、
クラシック音楽では、本作の主人公であるモーリス・ラヴェル、アントン・ブルックナー、
ヨハネス・ブラームス(成瀬映画はクラシック音楽に喩えるとブラームスというのが私の持論)
の3人である。
中でも高校生の頃にクラシックを聴き始めたきっかけが、ストラビンスキー、ラヴェル、ドビュッシー
あたりだったので、いまだに愛聴している。
本作はタイトル通り「ボレロ」が出来るまでの過程が中心に描かれているが
映画の中ではラヴェルの美しい旋律の名曲の数々が流れ、それだけで魅了された。
ボレロは『愛と哀しみのボレロ』(この邦題もいかにもと言う感じ)のラストでのジョルジュ・ドンの
踊りが有名だが、本作の舞踊シーンもなかなか迫力があった。
風景の描写も美しく、男女の心理を繊細に描いていて、久しぶりにフランス映画らしい映画を観た。
残念なのは管理者がラヴェルの作品で最も好きなバレエ音楽「ダフニスとクロエ」がまったく出てこなかったこと。
「ボレロ」が中心だったので仕方ないが・・・
古代ギリシャの「ダフニスとクロエ」に着想を得て書かれたのが、三島由紀夫「潮騒」であるのも有名な話。
ラヴェルを紹介したYouTubeでは「厳選クラシックチャンネル」ラヴェル【生涯と名曲】がオススメ。
偶然だが、この2本とも監督は女性だった。
NEW 2024.9.21 倉本聰脚本のテレビドラマ「6羽のかもめ」のシナリオ本を読んで
映画でもテレビドラマでも(もちろん演劇も)、シナリオ本、つまり文字で読むと「こんな台詞を言ってたんだ」
と気付くことがある。台詞の音声は一瞬で消えるので、正確に聞き取るのは難しい。
小津映画でも、私はシナリオ集「小津安二郎全集」を持っているが
『東京暮色』のラスト前の上野駅の夜行列車のシーンに12番線のホームが登場し(映画でも映っている)、
次の作品の『彼岸花』のファーストシーンが東京駅の12番線で、新婚旅行の見送りについて駅員が話す
という、おそらく小津監督と野田高梧がしかけた洒落(付け加えれば小津監督の誕生日と命日は12月12日!)
だと思われるが、これを発見したのは全集のシナリオを読んだ時だった。これは前に本エッセイに書いたと記憶しているが・・・
その後DVDで一応調べたが、もちろんシナリオと同じだった。
タイトルにある「6羽のかもめ」については本エッセイの8.31の回で紹介しているが、近所の図書館にあった
「倉本聰コレクション5 6羽のかもめ」(理論社 1983)を借りて読んで面白い台詞を見つけた。
管理者は26話全部をDVDで観ているのだが、気付かなかった台詞である。
第16話「扶養家族」。
劇団「かもめ座」の若手俳優・田所大介(高橋英樹)と同じく「かもめ座」の脚本家・桜田英夫(長門裕之)の二人が
スナックで飲んでいる。そこでチンピラ風の男二人にからまれるが、チンピラたちは店を出ていく。
店を出た大介、英夫の二人は、外でチンピラの仲間数人に呼び止められ、「兄貴が会いたいと行っているので
顔を貸してくれ」と言われ、仕方なく一緒についていく。
クラブのソファに坐っていると、そこに兄貴格の男があらわれる。
室田日出男、シナリオでは「ショックの定」という名前。
定の妻(風俗嬢)が大介(彼はTV「ウルトラボニータ」というヒーロー物の主役)のファンで、
今日は妻の誕生日なのであとで家に寄ってくれと頼む。
そこでの定と大介、(桜田)英夫の会話(二人はビビりながら水割りを飲んでいる)はすべて面白いのだが
強烈だったのは次の台詞。
定が突然「俺の知り合いが勝先生を知ってるンだ」と話す。
<以下、上記シナリオ本P230-231からの引用>
大介「勝先生」
桜田「っていうとアノ-勝海舟」
定、初めてじろっと桜田を見る。
ふるえあがる桜田。
定「あンたアホか」
桜田「ハ」
間。
定「勝先生っていやァ勝新太郎先生に決まってるだろう」
桜田「ハ」
間。
倉本聰が1970年代に北海道へ移り住んだことはよく知られているが
その原因となったのは、NHKの大河ドラマ「勝海舟」(1974)の脚本の途中降板のトラブル
である。これも有名な話だが。
桜田(長門裕之)の台詞に、その勝海舟の名前を入れるというのが、自虐的なギャグで凄すぎる。
短い台詞なので、前にDVDで観た時はまったく気付かなかった。
このクラブの場面には、こんなのもある。
<以下、上記シナリオ本のP230からの引用>
定「やくざ映画なんかには出ねえのか」
大介「は、どうもまだ-お呼びがなくて」
田所大介役の高橋英樹は、日活で『男の紋章』シリーズなど多くの任侠映画に出ている(笑)。
桜田英夫役の長門裕之も、東映京都の任侠映画にたくさん出ている。
室田日出男にとっては、二人は大先輩のスター俳優なのだ。
倉本聰のこういう都会的なユーモアセンスは本当に素晴らしい。
代表作の「北の国から」はそれほど観ていないし、要はあまり好きではないのだが、
「前略おふくろ様」「あにき」「浮浪雲」のようなコメディタッチの倉本聰脚本テレビドラマは
大好きである。
「浮浪雲」で渡哲也の妻役の桃井かおりは、部屋の掃除の時に
ピンクレディのペッパー警部か何かを口ずさんでいた(笑)。設定の幕末にはありえない!
ネット検索すると、「6羽のかもめ」はDVD-BOX(4万円近くする)が出ていて
TSUTAYADISCASの定額レンタルもあるようだ。
残念ながらU-NEXTなどには無い。
「6羽のかもめ」には劇団やテレビ局などの1970年代の業界ネタがたくさん出てくる。
現代のテレビドラマでいえば、宮藤官九郎の脚本作品のような。
権利の関係とかは不明だが、有料ネット配信やフジテレビのBSあたりで
再放送すればいいのにと思う。26話すべてが面白い。SNS等でも話題になりそう。
劇団のマネージャー・川南弁三役=加東大介の遺作と言う点でも貴重な名作テレビドラマだ。
そして「かもめ座」の研究生・西条ひろみ役の栗田ひろみが可愛く、毎回笑わしてくれる。
さらに何といってもテレビ局の清水制作部長役の中条静夫と部下の中原プロデューサー役の
蜷川幸雄の確執の描き方が爆笑。
NEW 2024.9.11 『乱れる』での計算されつくした成瀬演出について
9/5にNHKBSで放送された『乱れる』。SNS等の書き込みを読むと、初めて『乱れる』を観た人たちの絶賛のコメントが多かった。
特に「ラストシーンには衝撃を受けた」など。
管理者が初めて『乱れる』を観たのは、旧池袋文芸座の地下(日本映画専門)で、確か1994年か95年くらい。
当時はビデオ化もDVD化もされてなく、もちろん今回のようなテレビでの放送も無かった。
映画館のスクリーンで初めて観る『乱れる』だったが、やはりラストシーンの展開と高峰秀子の顔のアップには衝撃を受け、
終ってからしばらく席を立てなかったほど。
ロケ地の清水市(現:静岡市清水区)へも本サイトのロケ地紹介の目的で行ったし
これまでスクリーン、録画(日本映画専門チャンネル)DVD&ブルーレイ、そして現在は
U-NEXT等でも視聴できる本作を20回以上は観ているだろう。
成瀬映画の中の代表的な恋愛映画(メロドラマという呼び方は少し合わないような感じがする)
である『浮雲』(19日に同じNHKBSで放送される)、『乱れ雲』そして本作の3本の中では
個人的には『乱れる』『乱れ雲』『浮雲』の順番となる。
『浮雲』はとにかく暗く、そしてやはり戦争(戦中、戦後)が大きな要素となっている作品なので
戦争体験の無い管理者には、なかなか感情移入するのが難しい面がある。
もちろん高峰秀子、森雅之、そして岡田茉莉子の名演技の素晴らしさは言うまでもないのだが・・・
『乱れる』のように何度も観ている作品では、ストーリーや時代背景などの基本的なことは
もはや関心の外にあり、やはり細かい演出や映画術の内容で新たな発見をすることが多い。
そして成瀬映画は、一度観ただけでは気付かない、「目立たず、さりげない演出・映画術」の宝庫なのだ。
成城の一宮庵で何度か講師をした「成瀬映画セミナー」ではすでに話したことだが、
『乱れる』のある屋外シーンについて。
幸司(加山雄三)と礼子(高峰秀子)が、清水市の柳橋を渡ってそのまま二人で並んで歩くシーン。
屋外シーンの二人の歩きの成瀬演出では、以下のショット展開のパターンが多い。
成瀬映画マニアにはおなじみの、成瀬演出の特徴の一つである。
人物AとBが会話しながら並んで歩く。
本作でいえば、画面左=高峰秀子、右=加山雄三。
(1)高峰が立ち止まる
(2)少し先に進んだ加山が振り返りながら会話を続ける
(3)ゆっくりと歩き出す高峰
(4)また二人は一緒に並んで歩き出す
ここまでは成瀬映画によく見られる、屋外シーンでの人物の動かし方(演出)の特徴だ。
『乱れる」ではこの後、上記(1)~(3)とは逆に、
(5)加山が立ち止まる
(6)少し先に進んだ高峰が振り返る
(7)ゆっくりと歩き出す加山
ここでまた二人が並んで歩き出すのだが、よく見ると
今度は画面左=加山、右=高峰と、二人の立ち位置のポジションを変えている。
管理者はこれを15回目目くらいに観た時に初めて気が付いた。(笑)
成瀬監督に限らないが、映画監督の演出風景(メイキング映像など)を見ると
映画監督の演出の中で大きなウエイトを占めものの一つは、「俳優の動かし方」のようだ。
ただし成瀬演出は、こういう人物ポジションの移動などをさりげなく、目立たないように
行うので、普通に観てると気付かないことが多い。
画面写真は省略するが、『乱れる』のDVDや録画、U-NEXTなどで視聴できる人は
この屋外シーンをもう一度観ることをオススメする。
これ以外にも、加山が深夜帰宅してビールを飲みながら、高峰と会話するシーン
(加山は坐ったままで、室内を動き回る高峰の移動は加山の目線で表現される)
有名な場面で。急行の車内でだんだんと二人の位置が近づいていく演出 など
『乱れる』は成瀬映画の映画術も堪能できる傑作だ。
NEW 2024.8.31 新刊「俳優たちのテレビドラマ創世記」(濱田研吾著、国書刊行会)を読んで
「俳優たちのテレビドラマ創世記」(国書刊行会 2024年6月30日 2600円+税)。
著者はライター、編集者の濱田研吾氏(1974 大阪生まれ)。
元フジテレビのディレクター、プロデューサーの嶋田親一氏(1931-2022)に生前聞き取り調査した内容や
貴重な写真(嶋田旧蔵)など、フジテレビ中心だが、1950年代~60年代~70年代に作られた様々なテレビドラマ
とその出演俳優たちについて書かれた書籍である。
特にテレビドラマ初期の1050年代~60年代の作品は、アーカイブとして残っていないものが多く
その点でも貴重な内容となっている。
著者の濱田氏の本では、「脇役本」「俳優と戦争と活字と」(ちくま文庫)は読んでいたが
この新刊も非常に読みごたえがあり、初めて知る内容が多かった。
登場する日本映画の俳優たちのことはほとんど知っているが、テレビドラマ出演作品は
ほとんど知らなかったといってもいい。なにしろ今や観ることができない。
例えば、池内淳子が成瀬映画翌年1961年に『女が階段を上る時』(1961 フジテレビ)
の矢代圭子役(映画はもちろん高峰秀子)を演じていたことや、
同年の「ゼロの焦点」(1961 フジテレビ)で野村芳太郎の映画では久我美子が演じていた禎子役を河内桃子
が演じていたなど。本には嶋田氏蔵のロケ撮影写真なども掲載されている。
そして何といっても管理者が本書で最も面白く読んだのは、第四章「6羽のかもめ」。
1974-75にかけて毎週土曜日にフジテレビで放送された倉本聰オリジナル原作・脚本
(回によっては他の脚本家のケースもあり)の名作ドラマである、全26話。
このドラマはフジテレビよりDVD化されているので、管理者はすべて視聴している。
倉本聰といえば、代表作は「北の国から」シリーズということになるのだが、
管理者は「北の国から」は数話しか観たことがない。
はっきり言えば「6羽のかもめ』(リンクはウィキペディア)こそが倉本聰オリジナル脚本ドラマの最高傑作だと信じる。
この名作ドラマのプロデューサーの一人が嶋田氏であった。
管理者はテレビドラマの脚本家(特にオリジナルもの)としては何といっても山田太一、向田邦子ファンで
作品は相当な数観ている。以前日本映画専門チャンネルでは「山田太一劇場」が放送されていたので
録画ブルーレイも多数持っている。
ただし、「6羽のかもめ」のような都会的なコメディタッチの作品は倉本聰の独壇場だと思う。
管理者にとっては倉本聰といえばコメディ作品なのだ。(他にも渡哲也・桃井かおり主演「浮浪雲」=原作ジョージ秋山など)
本ドラマの詳細は、上記リンクやネット検索でも調べることができるが
基本的な内容としては・・・
・分裂を繰り返して5人の劇団員しかいない「かもめ座」。
代表の女優=犬山モエ子(淡島千景)、元俳優と現マネージャーの川南弁三(加東大介=このドラマが遺作)、
男優・田所大介(高橋英樹)、脚本家・桜田英夫(長門裕之)、英夫の妻で女優・水木かおり(夏純子)。
そこに研究生として16歳の美少女・西条ひろみ(栗田ひろみ=みうらじゅん氏が彼女の大ファンだったと公言)
がはいってきて、6羽のかもめとなる。
・各回の中心になる内容は、マネージャーの弁三(べんちゃん)が、テレビ局(河田町のフジテレビでロケ)
に出向き、かもめ座のタレントたちの出演仕事をとって来る。
・このテレビ局の制作部長=清水正義役は大映の映画等でおなじみの中条静夫。
この清水部長の演技が最高に笑えて(抑えた演技なのだが)、本書によると放送当時も大人気だったらしい。
その後数々のテレビドラマに出演したことはよく知られている。
清水部長の後輩で彼の天敵の中原プロデューサー役は蜷川幸雄。
・レギュラー俳優も豪華で、加東大介の妻役に小津映画でおなじみの桜むつ子、かもめ座ビルの
1階の喫茶店(みんなのたまり場)「ミネ」の店主がディック・ミネなど
・各回のゲスト(俳優名のみ)には、大滝秀治、村瀬幸子、小鹿番、黒柳徹子、有島一郎、
藤岡琢也、室田日出男、宮口精二、小山田宗徳、そして最終話には山崎努など。
26話すべて面白いのだが、特に傑作と思われるのは下記。
・2話「秋刀魚」
・9話「乾燥機」
・10話「花嫁の父」
・13話「切符屋の熊」
・25話「死んで戴きます」
・26話(最終話)「さらばテレビジョン」
「6羽のかもめ」でネット検索すると著者の濱田氏の2022年のブログが出てくるが
ここではドラマ画面写真なども掲載されていて楽しめる。
NEW 2024.8.18 DVDの「オーディオ・コメンタリー」について
DVDの特典映像には、「予告篇」「フォトギャラリー(スチール写真や公開当時のポスターなど)」が多いのだが、
中には監督、スタッフ、俳優などによる「オーディオ・コメンタリー」が入っているDVDもある。
オーディオ・コメンタリーの多いのは、東宝のDVDという印象が強い。
ゴジラシリーズ等の特撮怪獣映画、若大将シリーズなど。
管理者が購入した成瀬映画や川島映画のDVDは、予告篇、フォトギャラリー、そしてインタビュー
などの特典映像はあるがオーディオ・コメンタリーは無いようだ(もしかしたら購入していない作品にはあるのかも)。
以前スカパーやBS等で放送されて録画を持っている作品でも、オーディオ・コメンタリーが
聞きたくて、上記シリーズの作品をTSUTAYA等でDVDレンタルした経験もある。
管理者が購入して持っているDVDの中では、大好きなシリーズ=大森一樹監督、斉藤由貴主演の3部作の中で
1作目『恋する女たち』(1986)と3作目『「さよなら」の女たち』(1987)の2本。
2作目の『トットチャンネル』はスカパー放送録画したブルーレイディスクのみ保有。
『恋する女たち』DVDのオーディオ・コメンタリーは大森一樹監督と斉藤由貴(+聞き手)、
『「さよなら」の女たち』DVDは、大森一樹監督と富山省吾プロデューサー(+聞き手)。
リンクは<東宝DVD名作セレクション>
ただし、上記サイトに『「さよなら」の女たち』DVDの方はオーディオ・コメンタリーと
記述されているが、『恋する女たち』DVDには記述されていない。
管理者の持っているDVDは少し前の版(\4500)なので、もしかしたら現在のDVDには入っていないのかも・・・
おそらく入っていると思うのだが。
『恋する女たち』の特典映像=金沢ロケ地マップは記述されている。
『「さよなら」の女たち』の特典映像=斉藤由貴三部作スペシャル対談(斉藤由貴、大森一樹、渡邊孝好=三部作の助監督)も記述されている。
この2作のオーディオ・コメンタリーが実に面白く、これまで何度も視聴した。
本編の映像を見ながら、「ここは現地ロケ、ここは(現地に見立てた)東京でのロケ、撮影所内のセット」
など大森監督のコメントが入っていて、旧作映画のロケ地マニアとしても非常に楽しい。
もちろん撮影時の様々なエピソードや画面に登場する俳優たちに関する話など、興味深い話が満載。
「へぇ、そうだったんだ」という貴重な話も随所に。
思わず笑ってしまったコメンタリー内容を二つ。
金沢を舞台に高校生たちの青春を描いた傑作『恋する女たち』。
吉岡多佳子(斉藤由貴)がひそかに想いを寄せている、同じ高校の野球部の沓掛勝(柳葉敏郎)。
映画の前半、グラウンドで練習している柳葉敏郎の姿を、斉藤由貴が校舎の窓から眺めているシーン。
大森監督のコメントで「柳葉君は当時25歳くらいだったかな、この野球部のシーンの時は
二日酔いだったんだよね、高校生が二日酔い(笑)」
大盛監督のユーモラスな語り口が素晴らしい。
北海道(札幌、小樽)、東京、宝塚、神戸などロケ地が多い『「さよなら』の女たち』。
斉藤由貴はフリーランスの情報誌編集者の安達郁子役。
金沢の高校生役の『恋する女たち』から1年くらいしか経っていないのに、
本作の斉藤由貴は大人っぽくなっていて驚く。
斉藤由貴が居候をする神戸の高台にある古い洋館。持ち主は元宝塚の税理士という設定の山之内淑恵(雪村いづみ)。
そこにマンション建設を持ちかけている地元の建設会社の植田長一(上田耕一)。
映画のラスト近く、ブルトーザーと一緒に上田耕一(大森一樹作品の常連)がメガホンを持って立ち退きをせまるシーン。
このシーンの撮影準備として、大森監督はスタッフ(美術または助監督?)に「トラメガ」を用意するように
と指示した。トラメガとはトランジスタ・メガホン(小さめのメガホン)。
ところがそれを聞いたスタッフは、舞台が神戸ということもあり、阪神タイガースの応援用の
「虎メガ」と勘違いし、それを用意したとのこと。
映画では上田耕一は阪神タイガースのマークの入ったメガホンを使用している(笑)。
これはコメンタリーで経緯を聞かなければわからなかっただろう。
『恋する女たち』は、U-NEXT他のネット配信で観れるが(もちろんコメンタリーや特典映像はない)
『「さよなら』の女たち』はDVDのみのようだ。これも正確には不明。
『トットチャンネル』DVDのオーディオ・コメンタリーは原作者の黒柳徹子と記述されていて興味がある。
これはDVD買うしかないかなと。
コメンタリーの中か対談の中だったか、大森監督が
~『恋する女たち』は星由里子さん、『トットチャンネル』は植木等さん、
『「さよなら」の女たち』は雪村いづみさんに出演していただいて
東宝の雰囲気を再現できた~と話していたと記憶している。
2年ほど前に、東宝撮影所のOB会(ラスト)に参加させてもらうことができ、
初めて入った東宝撮影所の会場(ステージ)で、『恋する女たち』の富山プロデューサーを
みかけて「私は『恋する女たち』など大森一樹/斉藤由貴三部作の大ファンで」と
話しかけ、その後にツーショット写真を撮らせていただいた。
その時の会場では、管理者が8歳の時にリアルタイムで見ていた「ウルトラQ」の
西條康彦さんや初代「ウルトラマン」のスーツアクターの古谷敏さん(「ウルトラセブン」アマギ隊員など)
にも「8歳の時から観てます」と話しかけ、同じくツーショット写真を撮らせてもらった。
管理者にとっては夢のような一日だった。
NEW 2024.7.4 小津映画『父ありき』の空ショット表現について
トップページで紹介した、YouTube旧作日本映画ロケ地チャンネルの小津映画『父ありき』(1942 松竹大船)。
書籍「小津安二郎物語」(厚田雄春/蓮實重彦著 筑摩書房 1989)での厚田撮影監督のインタビュー証言や、
「小津安二郎全集(上)」(井上和男編。新書館 2003)の『父ありき』のシナリオも参考に、
作品DVDを再見してロケ地を一つ一つ調べていった(一部は推定ロケ地)。それについては上記YouTubeを参照。
今回一つ発見したことがある。ある空ショット(事物)について。
小津映画の「空ショット=人物のいない風景や建物、家の中の事物など:赤いヤカンも)」は有名だが、
本作に登場する「石灯籠」の空ショットについて。
『父ありき』の冒頭は、金沢の中学の数学教師である堀川周平(笠智衆)が、他の教師と一緒に四年生の生徒たちの修学旅行
を引率し、東京、鎌倉、江の島、箱根に行く。
箱根の芦ノ湖畔の旅館で、生徒が乗ったボートが転覆し、生徒が(1名?)亡くなる。
その責任をとって教師を辞め、一人息子の良平(少年時代=津田晴彦)とともに
生まれ故郷の長野県上田市に行き、友人の田舎寺に間借りをする。
シナリオには石灯籠の記述はないのだが、画面のショットには登場する。転覆したボートのショットの次は場面転換で葬式の座敷となる。
下の画面写真2枚目の「石灯籠」は、成瀬映画『鶴八鶴次郎』(1938)の長谷川一夫と山田五十鈴が会話する箱根・芦ノ湖畔の「賽の河原」だと思われる。
金沢から上田の田舎寺に移った親子は、ある日近くの川に釣りに行く。この二人の釣りのシーンは会話しながら同じように棹を流すリズミカルな動きが印象深い。
管理者は今回再見して初めて気付いたのだが、この釣りのシーンに突然川原の「石灯籠」(石灯籠と呼んでいいのかどうか?)のショットが挿入される。
寺の夜→(場面転換)→石灯籠と石仏?→釣りをしている二人のロングショット。
4-6は抜粋。最後に再び石灯籠のショット。この石灯籠の2つのショットはシナリオには記述されていない。
この石灯籠のショット(小津演出)は、明らかにボート転覆の場面のショットとリンクしている。
そして心理的な解釈をすれば、周平(笠智衆)は引率した修学旅行で生徒を死なせてしまった後悔の念がまだ消えていない、
小津監督はそのような表現をしているのだと推測できる。これは管理者の深読みかもしれないが・・・
また湖と川の「水つながり」でもあり、川では息子の横にいてきちんと安全を注意しながら釣りをしているという気持ちの意味もあるのでは・・・
まだ続きがある。成長して今は秋田県の工業学校の化学教師になった良平(佐野周二)。
東京の丸の内の会社に勤務している父親の周平(笠智衆)と久しぶりに栃木県那須塩原の温泉宿で会う。
一泊した翌日、二人は近くの川に釣りに行く。
良平の少年時代の川釣りは、画面の左から右への流れ。成人した良平との川釣りでは、逆に画面右から左への流れと
このあたりにも細かい小津演出が見られる。
さて、ではこの川釣りに「石灯籠」のショットがあるか? まったく無いのである。もちろんシナリオにも記述はない。
温泉宿の部屋→(場面転換)→川釣りをする二人のロングショット~
これもあくまで管理者の解釈だが、教師時代の修学旅行での生徒の死亡事故から長年が経ち、息子も立派に成人し、
その心の傷が癒えてきたことを表現している(=石灯籠のショットが出てこないこと)のではないか?
小津映画の空ショットの映像が、すべて何かを表現しているとは思わない。
単にその町や家の雰囲気を伝えたり、構図の美しさを狙ってというものもあるだろう。
ただし、本作のこの石灯籠の空ショットについては、何らかの意味を持たせているように思える。
この解釈があっているか(もちろん正解などないのだが)の判断は、本HP閲覧者各自の判断に委ねたい。
高校生の頃に初めて小津映画を観てから約50年間(成瀬映画マニア歴より長い!)も経っている一小津ファン/マニアの解釈だ。
最後に、小津映画の空ショットというとよく出てくるのが、『晩春』の京都の宿の壺である。
管理者もすべての論を読んだわけではないが、現在に至るまで様々な解釈がある。
管理者はシンプルに、「あれは京都の宿の小道具の一つ」くらいにしか考えていないのだが・・・
あの壺の空ショットについては「それは無いだろう」という妄想に近い珍説も多数あるので驚く。
先日実写版のテレビドラマにもなった手塚マンガの名作の一つ「ブラック・ジャック」の
ピノコが驚いた時などに発する言葉「アッチョンブリケ」(画像検索を)と思わず叫んでしまう(笑)。
NEW 2024.6.29 日本映画専門チャンネルで観た『母の初恋』(久松静児監督)
日本映画専門チャンネルの「蔵出し名画座」で6月に2回放送された『母の初恋』。
→次回(最終放送)は7/8。上記サイトの番組情報の出演に有馬稲子とあるがこれは間違いだろう。
1954(昭和29)年、東京映画。原作=川端康成、脚本=八田尚之、監督=久松静児。
出演は岸恵子、上原謙、三宅邦子、丹阿弥谷津子、志村喬、小泉博、香川京子、加東大介、千秋実など。
初めて観た作品だったが、いい映画でとても気に入った。
雰囲気としては成瀬映画と錯覚するような、実に成瀬調の映画だった。
ただし、キャストには松竹、小津映画を想起する岸恵子と三宅邦子。クレジットタイトルに二人は(松竹)とある。
三宅邦子は、成瀬監督が戦後松竹で撮った1本『薔薇合戦』には主演しているが、岸恵子はもちろん成瀬映画には出ていない。
劇作家役の上原謙と妻の三宅邦子。岸恵子と夫となる小泉博。この二組の共演は珍しい。本作以外では観た記憶が無い。
そしてクレジットでは(特別出演)となっている香川京子は岸恵子の友人役。この二人の共演もこれ1本ではないか?
上原謙と岸恵子が並んで歩いて、立ち止まり、振り返るリズムも成瀬演出ぽいし、
また同じく自転車に乗った岸恵子が、前を歩く上原謙に追いついて、自転車を降りて
並んで歩くシーンも、『山の音』の山村聰と原節子の姿を連想した。
上原謙と丹阿弥谷津子との恋愛の回想シーンも、前年1953年の成瀬映画『妻』のよう。
何かで読んだことがあるが、久松監督は成瀬監督を尊敬していたらしい。
成瀬映画の撮影現場を見学している久松監督の写真も見た記憶がある。
本作は各所のロケーションも魅力的だ。
主な舞台は、上原、三宅、岸が暮す、茅ヶ崎海岸近くの家で、茅ヶ崎、茅ヶ崎海岸などが何度も登場する。
また、上原と丹阿弥、上原と岸が散策するロケ地として箱根の芦ノ湖畔が登場する。
都内のロケ地では、上原と岸が歩く(上る)とても趣のある坂道が印象的。この坂はすでに特定済み。
本作のロケ地については、管理者が作成・運営しているYouTube旧作日本映画ロケ地チャンネル
で調査・作成中なので、近いうちにアップ予定。
今回、インターネット検索(日本映画データベースなど)してみたが
久松静児監督(1912-1990)は、
・1934年『暁の合唱』(新興東京)でデビューして1942年までの新興東京時代
・戦後の1946年~1953年の大映東京時代
・その後は新東宝、日活、東宝、東京映画、宝塚映画など。
管理者はこれまで、都内の名画座、日本映画専門チャンネルなどのBSやCS放送などで
久松監督作品を15-6本は観ている。
『母の初恋』以外で個人的に高評価の作品としては
・『早乙女家の娘たち』1962 東宝
・『丼池』1963 宝塚映画
・『沙羅の門』1964 宝塚映画
・『女の暦』1954 新東宝
・『月夜の傘』1955 日活
・『女囚と共に』1956 東京映画
・『神坂四郎の犯罪』1956 日活 など
駅前シリーズも何本か撮っていて、それも観ている。
『母の初恋』は旧作日本映画のレベルの高さを再認識する映画だった。
NEW 2024.6.22 国立映画アーカイブで観た渋谷実監督作品について
渋谷実監督の『気違い部落』を観てきた。1957(昭和32)年の松竹大船作品。
本作については過去の名画座での渋谷実作品特集上映の時にも観たいと思っていたが
観る機会が無かったので、今回の国立映画アーカイブ「日本映画と音楽」での上映を観に行って来た。
音楽=黛敏郎、原作=きだみのる、脚本=菊島隆三。
本作はインターネット上での各ブログ等でも若干紹介されているが、
共通の記述が「この映画はタイトルからして、テレビ放送やDVD発売は無理だろう」
というもの。管理者もまずは同じフレーズを使わせてもらう(笑)。それにしても凄いタイトルだ。
現在ではNGとされている言葉が二つ入っている。
映画は、東京・八王子の山間部の村(映画では部落)が舞台となる。
(ロケ)場所はネット情報だと、八王子市上恩方町(観光地として有名な高尾山の北側のあたり)らしい。
山間部の農村の因習、特に「村八分」を描いている。
ただし、本作は渋谷実監督作品らしい、シニカルな笑いの要素に満ちた社会風刺であり、
特に前半は笑ってしまう演技や台詞も多い。
森繁久彌がナレーション(冒頭に本人が挨拶に登場する斬新な演出)をしていて
村の巡査の伴淳三郎が登場した時には「伴淳?」というふざけたナレーションまであった。
本作は134分と少し長い映画だが、なかなかの名作だった。
俳優は豪華である。主に脇役で活躍していた個性的な名優たちが勢ぞろい。
主役は伊藤雄之助と淡島千景、そしてこれがデビュー作の、伊藤、淡島の娘役の水野久美と恋人の石浜朗。
その他に山形勲、藤原釜足、三井弘次、三好栄子、信欣三、清川虹子、賀原夏子、須賀不二男、
中村是好、小川虎之助、桂小金治、そして前述の伴淳三郎とナレーションの森繁久彌。
彼らの癖のある演技と台詞の応酬は、観ていて「おなかいっぱい」という感じ。
前半は村の因習と、個性的で一癖のある村人たちが一人一人丁寧に紹介される。
ここには書かないが、映画のオープニングの残酷と思われる内容がシニカルな笑いに転化して描かれる。
これも現代では無理だろう。
住職がいない寺での葬儀の時に、お経をレコードでかけるというギャグがあって
観客席からも笑いが。さすがに葬儀のお経をレコードでというのは初めて観た。
原作にもあるのかはわからないが・・・
後半は少し深刻な内容となっていく。そしてラスト近くの伊藤雄之助の台詞は
今の日本の社会にも共通する、考えさせられる深い言葉として心に残る。
黛敏郎の音楽は、電子音のような響きもあって、少し溝口映画「赤線地帯」
を思い出した。本作の内容とマッチした素晴らしい音楽だ。
国立映画アーカイブでの貴重な上映は、次回7/13(土)16:00である。
未見の方にはオススメ。
管理者がこれまで観ている渋谷実監督作品は高評価順に
・『青銅の基督』
・今回観た『気違い部落』
・『好人好日』
・『酔っぱらい天国』
・『奥様に知らすべからず』
・『てんやわんや』
・『悪女の季節』
・『本日休診』
・『大根と人参』
・『現代人』
である。まだ未見の作品も多い。
成瀬監督の松竹時代の『夜ごとの夢』『限りなき舗道』の助監督だったこと、
そして木下恵介監督と仲が悪かったことも有名だ。
NEW 2024.6.14 久我美子さんがお亡くなりになりました
各種報道にあるように、久我美子さんがお亡くなりになった。93歳。
ご冥福をお祈りしたい。
日本映画の数々の名作に出演している久我さんだが、まずは成瀬映画。
『春の目ざめ』『不良少女』(現存しないため未見)『怒りの街』『あにいもうと』。
小津映画は『彼岸花』『お早よう』
黒澤映画は『酔いどれ天使』『白痴』
溝口映画は『雪夫人絵図』『噂の女』『新・平家物語』
→管理者は少し苦手な溝口映画だが、個人的に溝口映画ナンバーワンは『噂の女』であり、
『新平家物語』も気に入っている。両作に久我美子が出演している。
その他管理者が観ている中でのお気に入り作品は
・『この広い空のどこかに』『美わしき歳月』(小林正樹監督)
・『女であること』(川島雄三監督) →川島映画唯一の出演作。ラストの雨の原節子との別れの会話シーンがグッとくる。
・『挽歌』(五所平之助監督)
・『今日もまたかくてありなん』『この天の虹』(木下恵介監督)
・『ゼロの焦点』(野村芳太郎監督)
・『あの手この手』(市川崑監督)
・『日も月も』(中村登監督)
・『119』(竹中直人監督)→地方の豆腐屋の女主人で、東京から来た鈴木京香の叔母役 など
容姿だけでなく、独独の声も素敵だった。
NEW 2024.6.7 最近観た旧作、新作映画について
昨年2023年に公開された山田洋次監督『こんにちは、母さん』をCS衛星劇場の放送で観た。
なかなかいい映画だったが、ところどころ説明的な台詞があったのが個人的には少しくどいと感じた。
本作の内容についてはYouTube等で数多く紹介されているので、内容については省略する。
管理者が興味を持ったのは冒頭のアバンタイトルとタイトル。
これは誰も指摘していないかもだが、山田監督の小津映画と成瀬映画へのオマージュではないか?
松竹マークの後のアバンタイトル。都心のオフィス街(丸の内、大手町あたり?)の
高層ビルの空ショットが続き、高層ビルオフィスの中で大企業の人事部長役の大泉洋と
同級生で同じ会社に勤める(課長役?)宮藤官九郎が同窓会の打合せの話をして、今夜居酒屋でという流れとなる。
大泉洋の部下の女子社員(加藤ローサ)と三人で居酒屋のカウンターに坐って
雑談をしている。最後はカウンターで呑む大泉洋のローアングルでのロングショット。
ここまではまるで小津映画。特に展開として似ているのは『秋刀魚の味』(1962)の冒頭だ。
『秋刀魚の味』はタイトルの後の映画のオープニングだが。
続いて映画タイトル。バックは舞台(向島)となる隅田川の橋のショットと、
橋の下と川のショット。まるで成瀬映画『流れる』(1956)のタイトルバックではないか!
タイトルの後は舞台の向島の路地(後方に東京スカイツリー)の空ショットが続き
これも小津映画(人のいない風景の空ショット)と成瀬映画(路地)の融合のように感じた。
成瀬映画、小津映画マニアの管理者の、独特なマニアックな視点と言われればそれまでだが(笑)。
小津映画といえば、同じくCS衛星劇場で『淑女は何を忘れたか』(1937)を久しぶりに観た。
管理者は小津映画のサイレント映画では観ていない作品もあるのだが、
戦前~戦中の小津映画では何といっても本作が最高の1本だと思う。
エルンスト・ルビッチ監督の影響を受けた「ソフィスティケイテッド・コメディ」と言われているが
実にテンポのいい、上品で都会的なコメディセンスに溢れた映画だ。
大学教授役の斎藤達雄と口うるさい妻の栗島すみ子、そこに大阪から家出してきた栗島の姪の桑野通子が
登場して、夫婦の日常生活に波紋をもたらす。
成瀬映画『めし』(1951)はこれとは逆の設定で、大阪の長屋に住む夫婦(上原謙、原節子)のところに
東京から家出してきた島崎雪子(上原謙の姪役)が居候をして・・・。
とにかく桑野通子がからんだ各人との会話が面白い。
小津監督のモダンなセンス(台詞に野球用語が登場するのもいい)とユーモラスな演出が堪能できる日本映画の傑作の1本だ。
今回再見して気付いたが、桑野通子と佐野周二(シナリオによると田園調布の道)、桑野通子と斎藤達雄が外を並んで歩くシーンに
使われている音楽は、ハワイアンみたいな響きがあって、「こんな音楽を付けていたんだ」と驚いた。
本作公開の1937(昭和12)年といえば、成瀬映画では『女人哀愁』(冒頭の展開は素晴らしい)『雪崩』『禍福前・後篇』などの時期だ。
管理者はもちろん小津映画よりも成瀬映画をより高く評価する者(特に戦後の作品)だが、少なくともこの年においては
小津映画の方が圧倒的に優れていると思う。
成瀬映画もこの後(戦中)、『鶴八鶴次郎』『はたらく一家』『まごころ』『旅役者』『秀子の車掌さん』
『歌行燈』などの傑作が続いていくのだけれども。
新作では、日比谷で観た音楽ドキュメンタリー映画『トノバン 音楽家加藤和彦とその時代』が素晴らしかった。
タイトルはもしかして「ウルトラQ」を意識した?などと特撮ファンとしては思ってしまったのだが。
明日土曜日からシネマヴェーラ渋谷で上映される『喜劇 頑張れ!日本男児』(東宝 1970 石田勝心監督)。
生前、成瀬監督関連などで親しくお付き合いさせていただいた石田監督のデビュー映画だが未見のため、管理者は観に行く予定。
NEW 2024.5.29 成瀬映画? 『サラリーマン目白三平』(1955 東映 千葉泰樹監督)
今月(5月)、CS東映チャンネルで3回放送された、笠智衆主演の『サラリーマン目白三平』(1955 東映 千葉泰樹監督)は実に面白い映画だった。
BS日本映画専門チャンネルの「蔵出し名画座」でも、目白三平シリーズ(全部で5本)の第4作『サラリーマン目白三平 亭主のためいきの巻』
(1960 東宝 鈴木英夫監督)も複数回放送(6/4にも)されてそれもいい映画なのだが、やはり1作目の本作の方が出来がいいと感じた。
残念ながら2本とも未DVD化だ。
何故、成瀬映画?と書いたかというと、とにかく成瀬映画の特徴の一つである「お金、特に具体的な金額や値段」の台詞がやたらに多かったのである。
本作は人によって、テーマ、時代背景、その他様々な要素で評論、分析、感想を書けると思うが、管理者はほとんどそういう要素に興味がなく
シナリオや演出における「映画技法」「映画術」などが興味の対象だ。
成瀬映画の「具体的な金額が多く登場する」特徴は、管理者の著書「成瀬巳喜男を観る」(2005 ワイズ出版)の中で指摘し、
具体例として『娘・妻・母』(1960)に出て来る具体的な値段について調べて記述した(笑)。
もっとも本作の脚本(脚色)は、数多い成瀬映画のライターである井手俊郎なので当然かもしれない。
『娘・妻・母』も松山善三と井手俊郎のオリジナル脚本。
本作でも観ながらメモを取ったので、すべてではないかもしれないが以下紹介する。(映画の登場順ではない)
昭和30年当時の物価がわかる貴重な映画でもある。(管理者は昭和33年生まれ)
・うどんかけ(国鉄の職員食堂=笠智衆と堀雄二のランチシーン)15円(!)
・ハンカチ 50円
・男物革靴の修理 1000円
・ブラウス 1500円
・ナイロンの靴下 1足 550円
・こうもり傘 2400円
・開襟シャツ(息子用) 1枚 700円
・下着シャツ(〃) 1枚 280円
・ソックス(〃)1足 80円
・うな丼(並) 150円、(上) 300円
・自転車 8000円
・扇風機(東芝製) 6700円
・タクシー代(目白駅-赤坂山王下) 360円 など
面白いのは、国鉄勤務の平社員(平職員)である、目白三平(笠智衆)の月給がいくらかは
示されていない。
もう一つ、成瀬映画に似ていると思ったのが、随所に夫=三平(笠智衆)と妻=文子(望月優子)の
ナレーションが入る点。
ほとんどが相手に対する愚痴なのだが、この感じは『妻』(1953)での夫=上原謙と妻=高峰三枝子
のナレーション(特に交互に入る時)に似ているなと感じた次第。
目白家には二人の息子がいるが、次男(小学校低学年?)の子役=日吉としやすは
同年公開の『浮雲』で、岡田茉莉子のアパートを訪ねる高峰秀子が話しかける
三輪車に乗っている子供だ。
本作は、JR目白駅(目白家は新宿区下落合との設定)界隈をはじめ、丸の内、赤坂など
都内各地のロケーションもたくさん出てきて興味深いのだが、先日動画と写真を撮影してきたので
YouTube「旧作日本映画ロケ地チャンネル」で近日公開予定(笑)である。
楽しみにしていただきたい。
本作の続編も、同じく東映で撮られているようだ。
CS東映チャンネルでの放送を望みたい。
それにしても笠智衆は本当にいろんな役を演じていると驚かされる。
本作のしがないサラリーマン役の笠智衆の演技も実にいい。
そして妻役(小津映画『小早川家の秋』のラストの農民でも夫婦役)
の望月優子。子供への愛情も深く決して悪妻ではないのだが、実に怖い奥さんだ。
いわゆる恐妻の典型のような演技や表情!
それだけ演技が自然で上手いということなのだけれど・・・
NEW 2024.5.26 「第5回 映画・演劇人の手紙展(東京・目白「切手の博物館」)」を観賞
「第5回 映画・演劇人の手紙展(主催 玉木淳一氏、入場 無料)」
2024.5.24(金)-2.26(日)、切手の博物館を昨日5/25の午後に観てきた。
会場写真(下記参照)。
会場は、JR「目白駅」を降りて、改札を右(学習院大学の方向)へ向い
手前の道(高田の馬場方向の坂道)を下って2-3分のところにある。
映画人だけでなく、歌舞伎や落語の世界の著名人などからのハガキも。
映画では特に多かったのが成瀬監督への年賀状や暑中見舞いなど。
管理者が確認した成瀬監督へのハガキの主な監督や俳優は、
山本薩夫監督(下記写真参照)、三橋達也、司葉子、浦辺粂子、星由里子、上原謙、中北千枝子、仲代達矢、宝田明、
池内淳子(成瀬映画には出演していないのだが)、団令子、松山善三/高峰秀子など。他にもいるかもしれない。
成瀬映画ファンは、これらの展示を観るだけでも価値がある。
とにかく物凄い貴重なハガキが多数展示されていて、じっくり観るには1時間くらいは必要かと。
展示されているハガキや封筒は印刷であったり手書きであったり。
写真撮影がOKなのも嬉しい。
NEW 2024.5.13 笠智衆 生誕120年
今年2024年は、高峰秀子生誕100年(1924年生まれ)で、特集上映や展覧会(東京タワー:既に観に行った)、CS「衛星劇場」等での特集放送など。
高峰秀子の20歳年上の笠智衆も生誕120年の記念年であり、本日5/13は誕生日(1904年生まれ)なので正に本日が生誕120年その日である。
今月はCS「衛星劇場」での特集放送やBS「日本映画専門チャンネル」、CS『東映チャンネル」などでも
笠智衆出演作品が放送されている。
CS衛星劇場では、小津映画や男はつらいよシリーズ以外では
*『南の風 端枝の巻』(1942 吉村公三郎監督)
*『續 南の風』(〃)
*『鍵を握る女』(1946 佐々木啓祐監督)
*『噂の男』(1948 佐々木康監督)
*『女嫌い』(1964 市村泰一監督)
・『我が家は楽し』(1951 中村登監督)=娘役の一人が高峰秀子
が放送中だ。
衛星劇場は未DVD化のレアな作品放送が最も充実している有料チャンネルだが、
*は未DVD化で、管理者も全て未見だった。
放送作品はブルーレイレコーダーに録画してまだ全部は観ていないのだが
『噂の男』(佐野周二主演)と『女嫌い』の2本は観た。
『女嫌い』は、三木のり平が長年の友人という役で、笠智衆と三木のり平の共演(それも友人役)というのは初めて観た気がする。
カラー映画でコメディタッチの娯楽作だが、三木のり平ファンとしてもなかなか面白かった。
BS日本映画専門チャンネルでは、今月の「蔵出し名画座」で、『サラリーマン目白三平 亭主のためいきの巻』(1960 鈴木英夫監督)、
CS東映チャンネルでは、『サラリーマン目白三平』(1955 千葉泰樹監督 東映)。5/13、5/21、5/27放送
(追加)『サラリーマン目白三平』の放送を観た。さすが千葉泰樹監督。テンポのいい実に面白い映画だ。
目白駅周辺や都内各地のロケ地も楽しい。東映とは思えない実に東宝色の強い映画。
ただし東映の警視庁物語シリーズでもお馴染みの堀雄二が笠智衆の後輩同僚で隣の席だった。
笠智衆と小林桂樹の共演も珍しいのではないか。
目白三平シリーズは前から観たいと思っていたが、すでに放送された『サラリーマン目白三平 亭主のためいきの巻』は
観ることができた。
笠智衆はインターネットの資料を見ても、生涯に300本以上の作品に出演している。
松竹蒲田時代のサイレント映画からなので物凄い作品数だ。
小津映画に限らず、清水宏監督、木下恵介監督、渋谷実監督などの作品にも
多数出演している。
上記の『サラリーマン目白三平 亭主のためいきの巻』の公開年は1960年だが、
成瀬映画『娘・妻・母』では近所の老人役、黒澤映画『悪い奴ほどよく眠る』では
検事役(渋くてかっこいい=同僚検事は宮口精二)と、実に幅広い役柄を演じている。
本エッセイにも何度も書いたが、管理者が一番好きな笠智衆の出演作品は
『手をつなぐ子等』(1948 稲垣浩監督)の教師=松村訓導役だ。
(修正)DVD化されていないと思っていたが、DVD化されていた。(メールで投稿いただいた)
オムニバス映画『くちづけ』の1話「くちづけ」(1955 筧正典監督)の大学教授役、
『嵐』(1956 稲垣浩監督)、『好人好日』(1961 渋谷実監督)など、教師や教授役の
笠智衆がお気に入りの役柄である。
成瀬映画には前述の『娘・妻・母』と『女の座』(1962)に出演しているが、
ノンクレジットでは、松竹蒲田時代の『夜ごとの夢』(1933)の警官役(一瞬の顔のアップ)、
『限りなき舗道』(1934)では映画会社のスカウトマンとして出演している。
クレジット入では最初の成瀬映画である『娘・妻・母』。
公園で近所の老人役の笠智衆が幼児をベビーカーに乗せて画面右から歩いてくる。
左から孫を連れた三益愛子が歩いてきて挨拶する。
笠「良いあんばいで」
三益「いいお天気で」
→まるで小津映画!!
これは、脚本の井手俊郎と松山善三が、小津映画へのオマージュ、洒落っ気として
台詞を書いたのかもしれないと考えているのだが・・・
NEW 2024.3.20 CS「衛星劇場」で石田民三監督『むかしの歌』(1939)を再見
松竹系のCS「衛星劇場」では生誕100年「高峰秀子」記念特集を放送中。
3月~4月の作品には、トップページに掲載している国立映画アーカイブ、ラピュタ阿佐ヶ谷でも
上映されない+未DVD化の貴重な作品がラインナップされている。
・『輿太者と海水浴』<活弁トーキー版>(1933)
・『子供の眼』(1956)
・『「雲の墓標より」空ゆかば』(1957)
・『女の水鏡』(1951)
この4本は管理者も初めて観る貴重な作品ばかりだ。
すでに放送された『與太者と海水浴』と『「雲の墓標より」空ゆかば』の2本は
ブルーレイに録画して観た。
そしてタイトルにある石田民三監督『むかしの歌』(1939 東宝映画(京都))も録画して観た。
いつだったかは忘れたが、一度確か神保町シアターで観たことがある。
その時も「いい映画だな」と思ったのだが、今回2回目の鑑賞で「ものすごい傑作」と感じた次第。
この時期のP・C・L~東宝の作品では、山中貞雄監督『人情紙風船』(1937 P・C・L)、そして
成瀬映画『まごころ』(1939 東宝映画)に匹敵する名作だと思う。
石田民三監督は、原作=成瀬巳喜男監督の『化粧雪』(1940 東宝映画)を撮っているので
成瀬監督とは当然付き合いはあっただろう。
映画は、新作はもちろん旧作でも初めて観る作品は、誰でもまずストーリーを追って観ていくだろう。
監督の演出、俳優の台詞や表情、ロケシーン、場面転換、美術、音楽など
映画の表現技法に関心が向くのは、2回目以降の観賞であることが多い。
ストーリーは理解しているので、映画術の要素に集中して観ることができるのだ。
今回再見した『むかしの歌』は正にその典型例のような。
明治10年頃の大阪・船場が舞台。大店の娘の花井蘭子(父親=進藤英太郎)が近所に暮らす実の母(伊藤智子)
のことを知り・・・というような「母もの」の一種で、ストーリーとしての面白さはあまりない。
西郷隆盛の決起の噂が台詞にも登場し、その決起が後半のストーリー展開にも関係してくる。
本作の魅力は何といっても、「ショットの構図の美しさ」そして『ショット展開リズムの心地よさ」にある。
絵画、特に日本画を観ているような美しい構図のショットが随所にみられる。
そして、ストーリー上重要な場面(花井蘭子が実の母親の存在を知る場面など)では
ほとんど台詞なしで、顔の表情だけでそれを伝える演出の見事さ。
成瀬映画や小津映画と共通する「✕説明的」な演出だ。
本作の助監督は若き市川崑監督。
花井蘭子の船場の友人役の藤尾純が中原早苗の父親だということはネット情報で初めて知った。
管理者が本作を知ったのは、書籍「シネマ大吟醸」(太田和彦著 角川書店 1994)の
P128-129を読んだのがきっかけだ。
→文庫本「シネマ大吟醸」(小学館 2009)では表紙の写真とP191-193に同内容が
この文章がとても素晴らしく、本作の魅力を簡潔に伝えている。
一読をオススメしたい。
『むかしの歌』は衛星劇場で3/26、4/4、4/12と3回放送予定
画質は相当悪いがYouTubeにもアップされている。
ただし、本作は衛星劇場での放送のような綺麗な画質で観ないと
魅力は伝わらないかもしれない。
NEW 2024.3.13 U-NEXTで観た『挽歌』(1957 五所平之助監督)など
U-NEXTには、邦画・洋画ともに不定期に旧作の名作や未DVD化の貴重な作品が追加される。
邦画に関して最近では、松竹時代の川島雄三監督作品で未DVD化の『新東京行進曲』、島津保次郎監督『兄とその妹』、
清水宏監督『泣き濡れた春の女よ』、そしてタイトルに書いた『挽歌』など。
『挽歌』を観た。以前CS放送だったかで前半30分くらいは観た記憶があるのだが、今回はもちろん最後まで。
作品情報は松竹のデータベース参照
原作は原田康子のベストセラー小説。典型的なメロドラマである。
北海道の釧路が舞台で、建築家の森雅之とその妻=高峰三枝子。女の子が一人。
森雅之と偶然知り合ったアマチュア劇団の舞台装置担当の娘がヒロインの久我美子。父親が斎藤達雄。
高峰の不倫相手の若い男が渡辺文雄。森雅之と久我美子も密会を繰り返す。
本作は、映画やテレビドラマや演劇でどれだけ繰り返し描かれてきたかというような典型的な不倫を描いたストーリーで
はっきりいってあまり面白い映画ではない。管理者が観ている五所平之助作品の中でもあまり出来が良くない1本のように感じる。
ところが本作は駄作かというとそんなことはない。魅力的なのはなんといっても釧路や阿寒湖などの屋外ロケシーン。
モノクロ映像の実に美しい構図が随所にある。観ていて思わず「おっー」と言いたくなる絵画のような構図のショットが素晴らしい。
特に、高峰三枝子と渡辺文雄が歩く「挽歌橋」(これはネット検索すると写真や場所の情報が)のシーン。
現在はこの橋は無くなったようだが、このシーンの美しさは日本映画のロケシーンの中でも特筆に値すると思われる。
高峰三枝子の美しさも凄い!
管理者は、北海道では札幌に仕事やプライベートで5-6回、成瀬映画『コタンの口笛』の舞台の千歳市と支笏湖に
行ったくらいで、釧路へは行ったことがないのだが、本作を観ると一度行きたくなるくらい、釧路の街が魅力的だ。
もちろん映画撮影当時から67年経っているので、当時の風景は相当変わっているだろうが。
森雅之の家は高台にあり、そこを訪ねて帰っていく久我美子と森雅之の場面。
下の方には釧路の街が映り、そのショットの構図、そして二人のポジション移動なども
計算されつくしていて実に見ごたえがある。
これまでたくさんの日本映画、外国映画を観てきた管理者の現在の考えは、
映画のストーリーやテーマ、社会性や時代性といった文学的な要素にはほとんど興味が無い。台詞は例外。
興味があるのは、ショット展開、人物の動き、場面転換等の編集、ロケシーン、音楽など、
いわば美術、音楽などの感性に訴える要素だ。
まあ成瀬映画、小津映画、川島映画のマニアとしては当然のことだが。
森雅之と久我美子の共演は多いが、本作の久我美子は少し情緒不安定で、年上の妻子持ちの森雅之に
ぶつかっていく娘を演じていて、本作翌年の川島映画『女であること』(1958)を想起してしまう。
森雅之と高峰三枝子の夫婦役というのは珍しいのではないか?あまり観たことないのだが・・・
本作以外でも、駅前シリーズが4本(団地、温泉、飯店、茶釜)、堀川弘通監督『白と黒』、
今井正監督『また逢う日まで』、木下恵介監督『なつかしき笛や太鼓』、小津安二郎監督「宗方姉妹』など。
増村保造監督の晩年の作品『動脈列島』も再見したのだが、久々に観て非常に面白かった。
新幹線をめぐってのサスペンスものでは、東映の『新幹線大爆破』が有名だが、
『動脈列島』の方が個人的には好きだ。
NEW 2024.2.22 日本映画専門チャンネルで観た『結婚期』(1954 井上梅次監督)
BS日本映画専門チャンネルの「蔵出し名画座」で放送された『結婚期』(1954 井上梅次監督 東宝)を観た。
テンポのいいお洒落なラブコメディでとても気に入った。いい映画である。未DVD化。
次回(最終)放送はBS日本映画専門チャンネルで3/1のAM7:30から
主演は若き鶴田浩二。東京都庁の公園緑地部の係長=北山悠一役。
彼は、叔父で医者の外山博士=十朱久雄と妻=豊子(岡村文子)の邸宅(田園調布らしい)
の部屋に下宿して、そこから都庁に通っている。
東京駅行の通勤バス(注:井上・月丘映画財団のHPには通勤電車とあるがこれは間違いだろう)
の中で出会う、テレビ局に勤めるアナウンサー・青木礼伊子役=有馬稲子だ。
東京の公園についてのインタビュー番組に出演するはずだった鶴田の上司の課長が
倒れてしまい、急遽、係長の鶴田がテレビ局に出向き番組に出演する。
その時の担当アナウンサーが有馬である。
本作に限らず、外国映画でもラブコメディというのは、こういう偶然が重なっていくのが定番だ。
有馬のテレビ局の殿木プロデューサー=佐伯秀男。
成瀬映画『女人哀愁』や『雪崩』などの出演でも馴染み深い。最初は誰だか分からなかった。
ストーリーはこの二人(鶴田、有馬)を中心に進んでいくが、そこに鶴田が付きまとわれる芸者・八重奴=岡田茉莉子。
本作2年後の成瀬映画『流れる』の芸者役を彷彿とさせる。
そして、十朱夫妻の娘で嫁いでいる東畑マリ子(浜田百合子)が鶴田の見合い相手として会わせるのが
友人で女医の榊山潤子(杉葉子)だ。
ストーリー紹介、そしてスタッフ、キャストは前述の井上・月丘映画財団を参照。
若き鶴田浩二のハンサムぶりはスゴイ。管理者が小学生~中学生の頃の1960年代後半~70年代の鶴田浩二
といえば、東映の任侠映画のスターであり、ヒット曲「傷だらけの人生」の歌手という印象だ。
東映に限らず任侠映画や実録ものが大の苦手なので、鶴田浩二は圧倒的に本作のような若い頃がお気に入りである。
松竹時代の川島映画の『天使も夢を見る』『学生社長』『昨日と明日の間』の鶴田浩二が素晴らしい。
そして小津映画『お茶漬の味』や成瀬監督が松竹で撮った『薔薇合戦』にも出演している。
この時期の有馬稲子は、千葉泰樹監督作品、市川崑監督作品などでも本当に綺麗で品があって見とれてしまう。
芸者役の岡田茉莉子(もちろん綺麗)が言いたいことをズバズバと早口で話すのも魅力的。
生前面識のあった杉葉子さんが本作に出ているのは知らなかった。この時期は成瀬映画『夫婦』「山の音』
などに出演している。
やはり気になるのは当時のロケーション場所だが、田園調布や都庁はわかるとしても、
公園を計画している(横にバラックが)場所、鶴田・有馬の二人が夜歩く公園、映画のラスト近くに
同じ二人が口論する橋(下に電車が走っている)などはどこなのかと気になってしまう。
本作に限らないが、旧作日本映画、特に本作のようないわゆるプログラムピクチャーの
レベルの高さに毎回驚かされる。
最近の日本映画で不満なのは、本作のような上品で都会的でお洒落なラブコメディが
ほとんど無いように思われることだ。
どうしても未見の旧作日本映画の方に関心がいってしまうのだが・・・
NEW 2024.2.8 ある映画サイトでの成瀬映画に関するYouTube動画の内容間違いについて
SNS情報で知り、あるYouTube動画を観た。
ホイチョイ的映画生活~この一本~(馬場康夫氏)の動画(1/31)は
成瀬巳喜男監督と作品についてのYouTube動画である。
管理者はこのYouTubeチャンネルを過去に2-3本は観たことがあるが、
成瀬映画ということでこれは一応観なくてはと久しぶりに観た次第。
あまり批判めいたことはこのエッセイでは書きたくないのだが
成瀬映画となるとやはりいくつか指摘せざるをえない。
まず成瀬映画をあまり観ていない初心者向けの動画であることは前提として理解する。
本HPや管理者が一人で作成・運営しているYouTubeの「旧作日本映画ロケ地チャンネル」
のようなマニアックな内容でないこともわかる。
30分程度の動画を視聴した。
あくまで趣味としてだが、成瀬映画を30年以上観て、本HPも含め個人的に研究してきた者として
新たな情報、新たな視点は1ミリもなかった。大半はこれまで何度も繰り返し引用されてきた情報ばかり。
そして動画の冒頭に述べていたが、成瀬映画については戦前、戦中などの作品はあまり観ていないので
『石中先生行状記』(1950)以降の作品に限定したと話していた。
ひょっとして『女優と詩人』『噂の娘』『女人哀愁』『鶴八鶴次郎』『まごころ』『秀子の車掌さん』
「旅役者』『歌行燈』なども観ていない??? それで成瀬映画を語るのは無謀では?
成瀬監督及び成瀬映画については否定的な見方も含めて様々な意見があるのは
承知しているし、そんなことにいちいち反応しようとは思わない。
もちろん成瀬映画(+小津映画、川島映画)が嫌いという人とは
これまでもそして今後も付き合うことはないだろうけど・・・
ただし、少し調べればすぐにわかる単純な間違いだけはダメだろう。
大げさに言えば、映画に関するものだけでなく「YouTubeの情報は不正確だ」の
レッテルを貼られてしまうリスクさえある。
そこで、まず管理者が知り得た中での間違いをいくつか指摘する。
(1)間違い
✕=動画の中の説明やキャプション 〇=正しい情報
✕晩年の成瀬作品に7本出演した草笛光子 〇8本(『川島雄三との共同監督『夜の流れ』が抜けている。草笛光子はあの映画では川島パートのようだが)
✕黒澤明監督が『雪崩』でチーフ助監督をつとめているが 〇サード助監督(書籍「黒澤明 夢のあしあと:黒澤明研究会編 共同通信社 P51)
✕『驟雨』と『妻の心』の2本で成瀬のチーフ助監督を務めた後の大監督 堀川弘通もこう証言しています。
〇『驟雨』のチーフ助監督=廣澤榮(映画のクレジットには監督助手)、『妻の心』のチーフ助監督=梶田興治(同じく監督助手)
・前に本エッセイに書いたが、梶田監督とは生前一度だけ「成瀬監督を偲ぶ会」でお会いして話したことがある。
・堀川監督は確かに2本で助監督についているが、これは、第一回監督作『あすなろ物語』(1955)が製作予算オーバー、製作日数を守らず
で、藤本眞澄から「成瀬巳喜男につけ」と命じられとの証言が堀川監督の著書「評伝 黒澤明(毎日新聞社 2000)」のP223-P226に
書かれている。
・廣澤榮氏(後に脚本家として活躍)は、黒澤映画『七人の侍』のサード助監督。廣澤氏の著書「日本映画の時代」(岩波書店 同時代ライブラリー1990)P137。
ちなみに堀川監督は同作のチーフ助監督。
→チーフ助監督かどうかというのは、一般にはそれほど関心は持たれないが、助監督経験者(多くは後の監督)には関心の高い内容だ。
私が親しかった故石田勝心監督は成瀬映画に8本助監督でついているが、チーフ助監督は1本もないと話していた。
また石田監督と東宝同期入社で黒澤組などの助監督だった故出目昌伸監督は「私は成瀬さんの助監督についたことがないんだよね。
1本でいいから成瀬さんの下で仕事がしたかった」と私に話してくれたことがある。
✕『妻の心』も含めて成瀬監督に13本出演した高峰秀子は
〇17本。正確に言えば松竹蒲田の子役時代にも1本出ているようだが、これは成瀬監督、高峰秀子とも作品名は明確にしていないよう。
✕読み間違え(キャプションは〇) ✕いしかわせんせい→〇石中先生 ✕妻と薔薇のやうに 〇妻よ薔薇のやうに
これ以外にもあるかもしれないが、指摘はこれくらいにしておく。
(2)引用について
・誰かの書いた書籍の記述や俳優やスタッフなどのインタビュー証言等を参考として引用する場合は、引用元を明記すべきだ。
書籍の最後にある参考文献リストのような形でも。
このYouTube動画成瀬編では、冒頭に川本三郎氏の著書「成瀬巳喜男 映画の面影」(新潮社 2014)の
書籍写真が映り、川本三郎さんはこのように言っていますと伝えていて、
動画の後半にも黒澤明監督著「蝦蟇の油」(岩波書店)、増村保造監督の言葉などは引用した書籍等を伝えているが、
特に俳優のインタビュー証言については、管理者はどの本からの引用(文章がそのままのもあり)かはすぐにわかる。
内容についてはもしかしたら管理者の著書「成瀬巳喜男を観る」(ワイズ出版 2005)や本HPからの引用もあるかもしれない。
これも挙げていけばきりがない。
管理者はこれまで『成瀬監督を偲ぶ会」その他で、成瀬組の多くの俳優、スタッフの方と直接お会いする機会があり
成瀬監督や成瀬映画についていろいろと話を聞かせていただいた。これは本エッセイにたびたび書いているので省略する。
引用については、本HPのロケーション場所についてもメール等で訂正情報等をいただいた場合は、
ご本人に実名か匿名を事前確認させてもらってから掲載している。
(3)説明の疑問点
・これは人によって意見や感じ方の違いはあるかもしれないが、現存する69本の成瀬映画を観て(もちろん好きな作品については何度も繰り返し)
いる研究者の一人としては、「ええ!?」と首をかしげる箇所がいくつかあった。
例として
・プログラムピクチャーの監督だった成瀬が1951年の『めし」の頃から作家性・芸術性の方に舵を切った
→驚くべき発言である。だいいち戦前、戦中の成瀬映画をあまり観ていない(何を観ているのか知らないけれど)
人が何故こんなことが言えるのか?成瀬映画をプログラムピクチャーと言う人を初めて知った(笑)。
・ほとんどの作品がハッピーエンドではなく、
→成瀬映画はつらい状況を描いても、実はラストに少し希望を持たせて終る作品の方が多いのだ。
例外は『浮雲』『乱れる』『乱れ雲』『ひき逃げ』など。
これも戦前、戦中の映画も観てから言えって感じ。
管理者は馬場康夫監督作品では、『バブルへGo!!タイムマシンはドラム式』(2007)は
封切当時劇場で観て、パンフレットも買い、面白く観た。
あの映画のバブル時期の東京の再現などはなかなかのものだったと思うのだが・・・
成瀬映画に関してはほぼ頭に入っているが、やはり正確さを期すために本エッセイのために事実確認作業もした。
ああ疲れた(笑)。読むほうも疲れるだろうけど。
最後に上記(1)について、管理者が大好きなあるアメリカ映画の台詞を引用して終ることにする。
映画はドリス・ディの唄でも有名な『Teacher's Pet』(ジョージ・シートン監督 1957 パラマウント) DVD化。
邦題は「先生のお気に入り」。本作は未見の方にはオススメしたいロマンチックコメディの傑作の1本。
映画の前半、ドリス・ディ演じる、社会人向けジャーナリスト講座の教授と、
たたきあげの新聞記者(ニューヨーク・イブニング・クロニクル社会部長)
役のクラーク・ケーブルとのやり取り。
ドリス・ディはゲーブルが現役の新聞記者であることを知らないで生徒の一人と思って話す。
ドリス・ディ
「ある著名な記者が、質問に答え、大切なものを3つあげました」
(続けようとするドリス・ディをさえぎり)
クラーク・ケーブル
「正確さ(Accuracy)、正確さ、正確さ。ピューリツァーだ」
ピューリツァー賞で有名なJoseph Pulitzerが言ったとされる言葉だ。
NEW 2024.1.26 高峰秀子の対談本での証言で判明したあること。
以前本エッセイに書いた(2022.8.30 高峰秀子著「巴里ひとりある記」を読んで)の時に疑問として書いたのが
本に掲載されている高峰秀子のモノクロポートレート写真はいったい誰が撮影したか?
本の出版社のカメラマンが当時のパリに同行して・・・などとも考えてみたが。
当時のパリに住んでいた日本人は数少なかったようなのでそれも無いかなと。
最近近所の図書館で借りて読んだ対談本=「高峰秀子と十二人の男たち」(高峰秀子 河出書房新社2017)の中で、
この疑問について高峰秀子が答えていた。
対談相手は、フランス文学者の渡辺一夫(1901-1975)。東京大学フランス文学科の教授時代に大江健三郎の恩師としても有名。
「巴里よいとこ」高峰秀子(28歳)渡辺一夫(51歳) P28-P39 出典=「毎日グラフ」1952年12月10日号
この対談の中に次のような記述が。P36-P37
~(略)~
渡辺 またちゃんと書きますよ。その本、ぼくにもくれるでしょうね。
高峰 もちろん。いちばん先に献呈しますわ。この本には自分で撮った写真をたくさん
入れたいと思っています。
渡辺 あなた自身は写ってないの?
高峰 いいえ。あっちこっち歩いて、通りがかりの人にシャッターを押してもらったんですが、
それが頭だけや首なしの写真が多くって……。ウフフフフフ。
~(略)~
パリの各場所で、その場にいる人(当然フランス人や当時のアメリカ人などの観光客などだろう)
にカメラを渡して撮ってもらったという衝撃的な証言!
第二次世界大戦終了間もないパリだが、これを読むと随分「のどかな」と思わざるをえない。
管理者が初めてパリも含めてヨーロッパ旅行に行ったのは(私立大学のフランス文学科の友人二人と一緒に春休み時期を利用して)
1980年の2月-3月だったのだが、旅行前に旅行企画会社(地球の歩き方)の担当者が注意点として
挙げた中で印象深いのは、ヨーロッパでにこやかに話しかけてきて「写真撮ってあげる」と言っても
カメラを渡してはいけないということだった。
カメラを渡して、撮影ポイントまで歩いて行って振り返ると、カメラを持って逃げて行かれた。
というエピソード。
そんな事を聞かされた体験があったので、この高峰秀子の話はインパクトがあった。
もちろんカメラを渡しても、カメラを持ち逃げなどせず好意的に写真撮影してくれる人は
現代にも数多いとは思うのだが・・・
高峰秀子の下宿(カルチェラタン。リュクサンブール公園近く)は、渡辺一夫が(1931-1933:ウィキペディアによる)
に下宿していたアパルトマンであることは高峰秀子の著作で知っていたが、
この対談ではその下宿について、そして高峰秀子滞在時期(1951)のパリについても詳しく語られている。
同書の他の対談者は、谷崎潤一郎、阿部豊、三島由紀夫、成瀬巳喜男、近藤日出造、
松山善三、林房雄、森繁久彌、興津要、水野晴郎、長部日出雄。
興津要との対談テーマは、なんと小津映画『お早よう』に登場する生理現象(笑)。
NEW 2024.1.20 「別冊太陽スペシャル 小泉今日子 そして、今日のわたし」(平凡社)に成瀬映画の記述が。
最近は家の本を整理することが多く(断捨離)、書籍や雑誌を購入することはできるだけ控えている。
そんな中、「これは・・・』と買ったのが
「別冊太陽スペシャル 小泉今日子 そして、今日のわたし」(税込み\1,980 平凡社 2023年11月30日初版発行) 。
管理者が持っている別冊太陽のもう1冊は「女優 高峰秀子」(1999 責任編集川本三郎)。
これはトップページに掲載している3/2の映画セミナーの資料としても活用させてもらっている。
管理者は当然ながら小泉今日子ファンである。
といっても80年代のアイドル時代はヒット曲を知っていたくらいで特にファンではなかった。
80年代はジャズ、フュージョン、クラシック、大瀧詠一、山下達郎、竹内まりや、松任谷由実などをよく聴いていた。
今から10年数年前に、たまたま図書館で借りた彼女の2枚組CD全集を聴いてみたら「いい曲が多いなあ」
と後追いで聴くようになったのだ。YouTube映像などもいまだに視聴して楽しんでいる。
もちろん映画やテレビドラマ、演劇等での俳優としての活躍もリアルタイムで知っているが、すべての作品を観ているわけではない。
これまで観た出演映画では『怪盗ルビイ』(和田誠監督 1988)、『風花』(相米慎二監督 2001)、
『グーグーだって猫である』(犬童一心監督 2008)、『トウキョウソナタ』(黒沢清監督 2008)あたりが好きな作品だ。
この別冊太陽には、冒頭の「わたしのアルバム」に、彼女の幼い頃の(神奈川県厚木市出身)家族写真が多数掲載されていて
(上記平凡社の雑誌紹介URLに一部写真あり)
これが正に昭和の紙焼き写真そのまま(モノクロもカラーも)、特に彼女が2歳の頃の家の前の大きいスナップ写真は、
思わず微笑んでしまう可愛らしさ。
各写真のキャプションはもちろん本人が書いているのだろうが、ときおりくすっと笑ってしまうユーモラスな表現も多く、
彼女が好きで影響を受けたらしい向田邦子のエッセイの文章に通ずるものを感じた。
向田邦子のドラマシナリオとエッセイファンとしての感想。
インタビューも写真もとても興味深く、そして構成、デザインもお洒落でとてもいい別冊太陽なのだが、
その中に、ある成瀬映画の名前を見つけて、「おお」と驚いてしまった。
「小泉今日子を知る204の質問」の中の、好きな邦画と洋画を3本ずつ。
彼女が挙げた邦画3本は『流れる』成瀬巳喜男、『風の谷のナウシカ』宮崎駿、『お引越し』相米慎二。
『流れる』を挙げてくれたことに30年以上の成瀬巳喜男監督ファン+研究家としては感謝しかない。
『浮雲』だったら「うーん」という感じだったのだが(笑)。
成瀬映画の最高傑作はなんてったって♪『流れる』と『驟雨』なのだ。
また、インタビューページでも相米慎二監督について愛情深く語っているが、
自分の出演している「風花』ではなく『お引越し』を挙げているところが、奥ゆかしく渋い。
洋画3本は別冊太陽を実際に見てほしい。そして好きな俳優には高峰秀子の文字が。
彼女は1966(昭和41)年生まれなので、、それより8年ほど前だがご存知のように成瀬映画『鰯雲』の舞台は厚木である。
小泉今日子は『鰯雲』を観ているのかな?
余談だが、管理者の好きな小泉今日子ソングは『水のルージュ」「迷宮のアンドローラ』「Fade Out」「怪盗ルビイ』
『優しい雨』「あなたに会えてよかった」「Innocent Love」など。すべてカラオケのレパートリー曲(笑)
実は短い時間だが、一度だけお目にかかって会話したことがある。
2022年、彼女がプロデュースした芝居(出演はしていない)「青空は後悔の証し」
(作・演出 岩松了、出演:風間杜夫、石田ひかり、佐藤直子、小野花梨、豊原功輔)
を世田谷・三軒茶屋の小劇場に知人と観に行ったときに、
ロビーのパンフレット売り場の横にいた小泉今日子さん(ここだけさん付け)と
マスクしながら3分くらい立ち話をさせていただいた。
その時私は彼女がインターネットラジオで話していた向田邦子脚本のTBSのテレビドラマ「冬の運動会」
のシナリオ本(岩波現代文庫)を持参していて、それを見せたら「おお」と驚かれ、
ラジオでのオススメを聴いて読んだ話をすると「読んでいただいたんですね」と丁寧な言葉をかけてもらった。
NEW 2024.1.12 今年になって観た旧作日本映画4本について
4本は次の作品。
❶『幸福への招待』(1947 新東宝/配給=東宝 千葉泰樹監督)→20年くらい前にCS放送で録画したDVD
❷『煉瓦女工』(1940 南旺映画/1946配給=松竹 千葉泰樹監督)→以前日本映画専門チャンネルでの放送を録画したブルーレイ
➌『猟銃』(1961 松竹 五所平之助監督)→U-NEXT
❹『花のれん』(1959 宝塚映画/配給=東宝 豊田四郎監督)→1月の日本映画専門チャンネルでの放送
各作品に関して短く感想を。
❶は非常にいい映画だった。元校長(大河内傳次郎)と妻(入江たか子)が、教え子たちの誘いで青森県弘前市の元勤務先の学校を訪ねる。
教え子の一人が高峰秀子。まだ23歳くらいの高峰秀子が戦争未亡人で幼い娘を育てているというこの時期ではかなり珍しい役。
「わたしの渡世日記」を読むと、高峰秀子はこの役を非常に気に入っていたようだ。結末は不幸なのだが・・・
内容はなかなか重苦しいが、当時の弘前の風景(弘前城など)、ねぷた祭りなどの牧歌的な雰囲気と構図の美しさに魅せられる。
現在ラピュタ阿佐ヶ谷で特集上映している千葉泰樹監督だが1/20-1/22に上映される。オススメ。
❷もなかなか見ごたえのある作品だった。鶴見の貧しい長屋の話で暗い雰囲気の作品だが、その中でほのかに希望が見える演出がいい。
後の黒澤明監督夫人の矢口陽子は明るくたくましい少女。映画の前半に主に登場する悦ちゃんと矢口陽子との会話シーンでは、
矢口の実の妹=加藤照子と悦ちゃんとの成瀬映画『まごころ』を想起して興味深かった。
本作の出演キャストはかなり豪華だ。まだ皆若いのだが、三島雅夫、徳川夢声、小沢栄(太郎)、宇野重吉、滝沢修、信欣三、
清川虹子など。
➌=松竹の典型的なメロドラマだ。夫=佐分利信、妻=岡田茉莉子、岡田のいとこで夫の不倫相手=山本富士子、山本の離婚した夫(医師)=佐田啓二。
U-NEXT配信の本作のカラー映像は物凄く綺麗で、新作を観ているような錯覚に陥る。佐分利信と山本富士子が逢引するロケ地として愛知県蒲郡が登場。
小津映画『彼岸花』のラスト前のクラス会の場所でもある。同じく佐分利信と笠智衆の会話シーンがある。
その他は芦屋、伊豆、京都など。どのロケーションの映像も美しい。
❹山崎豊子原作。森繁久彌と淡島千景の大阪ものといえばどうしても同監督の『夫婦善哉』をイメージしてしまう。
本作もいい映画だが、個人的にはあまりグッとこなかった。ストーリー展開、演出ともオーソドックスな女の年代記だ。
同じ森繁、淡島コンビでは川島映画『縞の背広の親分衆』『喜劇 とんかつ一代』の方がやはり好みだ。
一つ驚いたのは音楽。大阪の法善寺(宝塚映画のオープンかステージ内のセットだと思われる)に淡島が参詣するシーン。
そこでかかる音楽がどこかで聴いたメロディだったのだが、これはNHK大河ドラマ「赤穂浪士」(1964)の有名なテーマ曲では?。
作曲は同じ芥川也寸志なのだが、「赤穂浪士」のテーマ曲のメロディの一部が本作に使われている(と思われる)には驚いた。
前に本エッセイにも書いたと記憶しているが、黛敏郎の川島映画『グラマ島の誘惑』(ラスト前)と小津映画『お早よう』のタイトル曲
が同じなのと同様のパターンだ。両方とも作曲家が同じなので問題はないとは思うが・・・
NEW 2023.12.30 今年観た映画(旧作&新作)で良かったのは・・・
管理者は毎年、外国映画、日本映画とも圧倒的に旧作を観ることが多く、新作は年に5本~10本くらい。
数少ない今年観た外国映画の新作で、マイベスト3は以下(すべて映画館で観賞)。これらは現在はすべてブルーレイやDVD化、U-NEXT等での有料配信あり。
❶『ミセス・ハリス、パリへ行く』(Mrs.Harris Goes to Paris)
❷『TAR/ター』(TAR)
➌『ミッション:インポッシブル/デッドレコニングPART ONE』(Mission:Impossible-Dead Reckoning PART
ONE)
日本映画の新作は、現在も公開中の『ゴジラ-1.0』
新作で観たのはこれ1本かもしれない。品川のアイマックスで観賞。
本作はCG特撮にはもちろん興奮したが(そして有名なゴジラのテーマ曲)、やはり人間ドラマのシナリオには
(昭和20年代の歴史的なリアリティも含めて)イマイチ乗れなかった。詳細は11.9のエッセイ。
山崎監督はスピルバーグファンらしいが、映画の冒頭などは正に「ジュラシックパーク』の雰囲気。
管理者はスピルバーグ作品があまり好きではないので(ロバート・ゼメキスの方が数倍好み)、そういう点もあるかもしれない。
今年の映画ではないが、U-NEXTでたまたま観て気に入ったのが『地獄の花園』(関和亮監督 2021)。
これはハチャメチャなコメディでかなり面白かった。最近の日本映画のコメディタッチの作品はほとんど受け付けないのだが・・・
特にヤンキーOLの広瀬アリスと永野芽郁のアクションはカッコイイ。
女性役を真面目に演じた遠藤憲一のファッションとメイクは正に「ぶっとびー」。
未見の方にはオススメ!
旧作の洋画では、TSUTAYAで借りて観たジョン・フランケンハイマ―監督『五月の七日間」(Seven Days in May)1964
とグレース・ケリー主演、チャールズ・ヴィダー監督の『白鳥』(Swan)1956、そしてU-NEXTで久しぶりに観た
ジャン=ポール・ベルモンド主演、フィリップ・ド・ブロカ監督『リオの男』(L'Homme de Rio)1964が良かった。
旧作の日本映画はたくさん観ているが、日本映画専門チャンネルで観た司葉子、笠智衆、小泉博など出演『見事な娘』(瑞穂春海監督 東宝 1956)、
前回のエッセイで書いた『四つの結婚』(青柳信雄監督 東宝 1944)、
神保町シアターの中村登特集の1本で岩下志麻、森雅之、石坂浩二、久我美子など出演の『日も月も』(中村登監督 松竹 1969)
などがお気に入りである。中村登特集の詳細については8.24のエッセイ参照。
もちろん成瀬映画、小津映画、川島映画などは機会があるごとに観直している。
来年も旧作、新作ともいい映画に出会いたいものである。
NEW 2023.12.9 国立映画アーカイブで観た『四つの結婚』(青柳信雄監督)は傑作。
トップページに紹介した国立映画アーカイブの特集上映「返還映画コレクション(1)」(11/28-12/24)のうち
昨日12/8の成瀬映画『上海の月』(1941 53分不完全版)と『四つの結婚』(青柳信雄監督 1944 東宝)を観てきた。
『上海の月』は成瀬監督生誕100年の2005年の特集上映以来、18年ぶりに再見した。
作品評にも書いているので、それ以上の追加はあまり無い。
とにかく上海を舞台にテロリストとの銃撃戦など、成瀬映画とは思えない超異色作だけの作品だ。
驚くのは『上海の月』の前が『なつかしの顔』、後がほのぼの系の『秀子の車掌さん』である。
旧作日本映画には、キネマ旬報や毎日映画コンクールなどの映画賞とは無縁のプログラムピクチャーだが
「こんないい作品!」と驚かされる隠れた名作・傑作がたくさんある。
今回『上海の月』を目当てに行ったので、それほど期待していなかったが素晴らしい出来だったのが『四つの結婚』だった。
戦時中の1944(昭和19)年の東宝作品で、63分と短い映画だ。
配役は豪華。沼津の旧家の四姉妹が上から入江たか子、山田五十鈴、山根寿子、高峰秀子。
父親で元鬼検事が清川荘司、三女の結婚相手が江川宇礼雄(=「ウルトラQ」の一の谷博士役)、
戦地(北京)にいる江川の代理で結納の挨拶に出向く友人に河野秋武(航空研究所勤務)。
さらに、志村喬、藤田進など。
監督は戦後、東宝で喜劇系のプログラムピクチャ-を数多く撮った青柳信雄監督。
『雲の上団五郎一座』、江利チエミの『サザエさんシリーズ』などは好きな作品だ。
青柳監督が戦時中にこんないい映画を撮っていたとはと驚いた。
原作は太宰治の「佳日」。脚本=八木隆一郎。助監督に市川崑監督(ワイズ出版「市川崑の映画たち』に証言あり)。
四女の高峰秀子は可愛く、そして実に綺麗だ。
航空研究所や招集令状など戦時下の要素もあるが、基本的には東京と沼津の田園地帯を舞台に
のどかな雰囲気の上質なラブコメディである。
次回の上映は12/23(土)の19:00から(『上海の月』)。
NEW 2023.11.24 森田芳光監督の異色作『そろばんずく』(1986)DVDを再見
森田芳光監督は、好きな映画監督の一人であり、全作品ではないがかなり多くの作品を観ている。
管理者が洋画、邦画とも新作映画を一番観ていた1980年代の頃は、日本の若手監督では森田芳光が一番人気があったのではないか。
『メイン・テーマ』『家族ゲーム』『それから』などは封切当時に映画館で観ている。
特に「それから』はものすごく感動したことを覚えている。
さて今回タイトルに挙げた『そろばんずく』。これも封切当時観た。
その後、一度くらい市販のレンタルビデオで観た記憶があるが、先日家の近くのTSUTAYAに
レンタルDVDがあったので、久しぶりに借りて観てみた。
本作は、U-NEXTにも入っていないし、森田芳光ブルーレイボックスにも収録されていないので
レンタルDVDは貴重といえば貴重だ。
封切当時も感じたが、かなりぶっ飛んだ作品である。
今回何十年ぶりに再見して、思ったより面白かった。
とんねるずの二人の主演で、彼らは広告代理店「ト社」の若手営業社員。
ライバルの「ラ社」が小林薫と渡辺徹。
キネマ旬報に連載されていたライムスター宇多丸氏と三沢和子氏(森田監督夫人、プロデューサー)
2018年の森田芳光(その後、書籍「森田芳光全映画」(リトルモア 2021)に収録)の対談を読むと
小林薫が阪神タイガースファンなのでこういうネーミングにしたらしい。
ラストは合併するので正に「トラ」。そういえば映画の中にも虎の剥製が何度か登場していた。
本作はストーリー自体は単純である。広告代理店同士のクライアント獲得競争だ。
封切当時までの過去の森田作品のセルフパロディが随所に出て来る。
オープニングは団地かマンションのような建物が映り、そこにヘリコプターの音が(家族ゲーム)。
ヒロインの安田成美が泣きながら横にいる石橋、木梨と一緒にカラオケのマイクで唄うのが
薬師丸ひろ子の「メイン・テーマ」。クライアント役として財津和夫も出演している。
それ以外にもおそらく森田作品関連の小ネタはあるのだろう。
本作は何といってもエキセントリックな小林薫の天神役が有名。
これは観てもらうしかない。
いろいろと不思議な映像や台詞も満載の映画だが、やはりラストの調印式が印象的。
「ト社」の社長役の小林桂樹と『ラ社」の社長の三木のり平が、テーブルをはさんで坐る。
三木のり平は台詞が一つもなく、ラ社の社印を押すだけの役なのだが、
これがたまらなく可笑しい。もちろん想起するのは東宝の『社長シリーズ』。
当時の年齢を調べると三木のり平は62歳、小林桂樹は63歳くらいである。
三木のり平の役名は「水原」、小林桂樹の役名は「三原」というプロ野球関連の
ネーミングの洒落もいかにも森田芳光監督らしい。
→遺作の『僕達急行 A列車で行こう』(2011)では登場人物の多くが鉄道(新幹線や急行列車など)関係の名前
安田成美が登場するバーのシーン。
石橋、木梨が飲んでいるバーカウンターの前にいるママ役が
日活ロマンポルノで多数の主演作がある美人女優・朝比奈順子であると
今回観て初めて気付いた。和服姿のバーのママ役もとても色っぽい。
彼女も2021年に亡くなっている。
森田芳光監督については本エッセイの2019年9月1日にも書いている。
数年前、都内にある森田監督の墓にも行って手を合わせてきた。
NEW 2023.11.9 映画『ゴジラ-1.0』について
公開中の大ヒット映画『ゴジラ-1.0』を先日観てきた。
この種の映画は大スクリーンで観ることにしているので、都内で一番大きいと思われる品川のIMAXで。
管理者は圧倒的に旧作日本映画を観る比率が多いので、今年観た日本映画の新作は『仕掛人・藤枝梅安』『〃2』
に続いて3本目である。
現在公開中の映画なので詳細な内容については控えるが、管理者の評価は映画タイトルのように。
・ゴジラ登場パート +1
・本編ドラマパート -1
現在は新作映画のレビューはYouTubeなどに「ネタバレ無し」「ネタバレあり」が多数アップされるが、
本作の「絶賛」『酷評」それぞれのものを2-3観てみた。
ゴジラ登場シーンの迫力についてはほぼ評価が高いが、酷評はやはりドラマパート。
これは管理者もまったくの同意見だ。
時代を1945-1947くらいまでの終戦(敗戦)後にしたのはなかなかのアイデアだと思っていたが
やはりこの時代にすれば、当然ながら登場人物すべてが戦争を引きずっていて、よくあるストーリーに
ならざるをえないだろうと予想していたが、正にそのままで。
内容に関わるので詳細は書かないが、この時代背景のリアリティの面でも「これどうなんだろう?」という感じ。
比較しては可哀想だが、成瀬映画、小津映画、川島映画などの主役、脇役に至るまでの名優たちの
演技を繰り返し観てきた者としては、すぐに絶叫する(ゴジラ登場ではなくドラマ部分で)俳優たちの演技、
わかりやすい説明的な台詞のやり取りを観るのは正直つらい。
『シン・ゴジラ』(2016)との比較も多くされているが、管理者が『シン・ゴジラ』で一番良いと思ったのは
国の対策本部の危機管理対応を前面にリアルに描いた点。
よくある家族の物語を排除したのが個人的には高評価だったのだが、本作のドラマパートは正に家族の話が復活している。
管理者は本作の山崎貴監督の作品は、『三丁目の夕日』のシリーズ(3本)しか観ていない。
それ以外の作品は観たいと思った作品が無く。
一方、ゴジラ関連は・・・
管理者の記憶にある、初めて映画館で観たのは『モスラ対ゴジラ』(1964)、続けて同年の『三大怪獣 地球最大の決戦』。
管理者が6歳の小学生の時だ。それ以降は1969年くらいまでの東宝(+大映)の特撮怪獣映画はすべて観ている。
『怪獣大戦争』のゴジラのシェーもリアルタイムに映画館で。一番怖かったのはやはり『サンダ対ガイラ』だったが・・・
平成ゴジラシリーズは全部は観ていないが、半分くらいは観ている(昔はDVD、今はU-NEXT)。
タイトルが似ていて少し混乱するのだが。
最近では『シン・ゴジラ』、ハリウッドの『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』(2019)、『ゴジラVSコング』(2021)
もすべてIMAXで観ている。ハリウッドの2作(その前の『ゴジラ』2本はイマイチ)も個人的には面白く観た。
有名な話だが、初代『ゴジラ』(1954)の本編スタッフは、撮影=玉井正夫、美術=中古智、照明=石井長四郎の
成瀬組である。さらに監督の本多猪四郎は成瀬映画『雪崩』『鶴八鶴次郎』の助監督、
チーフ助監督の梶田興治は、成瀬映画『くちづけ』『妻の心』『コタンの口笛』の助監督(チーフ)である。
(ネット情報だと『山の音』の助監督ともあるがそれは未確認)
『ゴジラ-1.0』の予告編にもある銀座の破壊シーン(1作目のオマージュ)は迫力満点で、
その他のゴジラ登場シーンもやはり映画館(できればIMAX)の大スクリーンで体感するのがオススメ。
海上の対ゴジラシーンは、『ゴジラVSコング』の映像も観ていたので、それほどスゴイとは思わなかった。
10数年前の成瀬会(管理者もメンバーの一人)で、成瀬映画にも東宝の特撮怪獣映画にも出演されている
宝田明さん、星由里子さん、夏木陽介さん、香川京子さん、白川由美さん、小林桂樹さんという方たちと
お話しできたのも(香川京子さん以外はすべて故人)貴重なことだったと感謝している。
夏木さんとは『秋立ちぬ』の話に続いて、「実は怪獣映画世代で・・・」と刑事役で出演していた
『三大怪獣 地球最大の決戦』についていろいろと話を聞けたこと、
星さんは「私が最初に観たのが6歳の時の『モスラ対ゴジラ』で・・・」
と話したら、「世代的にそうよね、当時成瀬映画を観るわけないか」と言われたことを覚えている。
一度だけ参加された梶田さんには、「ウルトラQ』(監督作は確か4本)の話をさせてもらった。
梶田さんはNHKBSのゴジラ特集番組で、1作目の『ゴジラ』を映画館で観た時に
ゴジラが国会議事堂を壊す場面で、映画館で拍手が起こったというエピソードを話していたのが印象的。
NEW 2023.11.3 小津映画『東京暮色』でわからないことが一つ
小津安二郎生誕120年。没60年
東京国際映画祭の記念シンポジウム内容をインターネットの映画メディアの記事で読んだ。
小津映画のファン(マニア)歴45年で、小津映画のスタッフ、キャストの何人かとはお会いして話したこともある
(知人の一人は小津映画6本に脇役で出演)管理者には、残念ながらまったく興味のない内容だった。
小津映画を(カッコつけた)難しい言葉で語る評論やシンポジウムは、そろそろやめてほしいと小津マニアの一人として思う。
管理者が前から疑問に思っていたことを書く。
もしかしたら本エッセイに以前書いているかもだが
以前書いたものを全て確認して・・なんてことはとてもじゃないけど時間的にできないので、
同じ事を書いていたらご容赦を。
管理者は今から25年ほど前から、小津映画で最も好きな作品であり、作品のクオリティとしても
最高傑作なのは『東京暮色』と主張してきた。長い間「暗い内容」で小津作品では失敗作と評されてきた。
しかし『東京暮色』は年々評価が高まってきているようだ。今ではこの作品を失敗作という人は少ないだろう。
当時の評価は低かったが、年々評価の高まる映画が時々ある。本作もその1本。
『東京暮色』の素晴らしさについては、本エッセイにも何度も書いているので省略するが、
前から疑問に思っていることがある。
それは、周吉(笠智衆)の息子=長男(母親は喜久子=山田五十鈴)の存在だ。
私が保有している「小津安二郎全集(下)」(井上和男編 新書館2003)から引用すると
息子=長男のことは2箇所に登場する。映画も録画ブルーレイで確認したが、もちろん脚本通りだ。
登場❶
注:五反田の麻雀屋「寿荘」のおばさん=喜久子(山田五十鈴)と友人の麻雀に付き合って来た明子(有馬稲子)=後に喜久子の娘と判明の会話
シーン35 その寿荘 P277
P279
~(略)~
喜久子「そう、じゃお可愛いわね。お兄さんもお元気」
明子「死にました」
喜久子「まあどうして」
明子「山で、谷川岳で」
喜久子「いつです」
明子「二十六年の夏」
喜久子「そうですか」
~(略)~
登場➋
注:二階の部屋での明子(有馬稲子)と姉=孝子(原節子)の会話
シーン43 二階 P280
P280
~(略)~
明子「『寿荘』っていう麻雀屋の小母さんなの」
孝子「あんた、そんなとこ行くの?」
明子「ううん、誘われちゃったのよ。その人ね、お姉さんのこと、よく知ってンのよ」
孝子「誰かしら……」
明子「お兄さんのことも知ってたわ」
孝子(緊張して)「どんな人だった?」
明子「どんな人って……」
孝子「いくつぐらい?」
明子「若く見えたけど、いくつくらいかなァ……綺麗な人よ」
~(略)~
明子「……あたしねぇお姉さん、なんとなしにお母さんじゃないかって気がしたのよ」
孝子「どうして?」
明子「ううん、ただ何となく……」
孝子「お母さんじゃないわよ。どっかの人よ。そんなわけないもの」
明子「そうねぇ……あたしが三つだったんだもの……」
孝子「そうよ」
明子、また髪をとかす。
この谷川岳で(昭和)26年夏に事故で亡くなったという長男が登場するのは
この2箇所だけである。
父親役の笠智衆や叔母役の杉村春子がこの長男のことを語る台詞も無い。
つまりこの亡くなった長男の設定は、本作のストーリー上必要ないと言える。
疑問点(1)は「何故この長男のことを脚本に書き、映画でもそのまま台詞を使用したのか」
疑問点(2)は「長男が山の事故で亡くなったのであれば、もう少し台詞等に出て来てもいいのでは」
である。
小津監督は成瀬監督と同じように説明的な台詞や演出を嫌っていたことはインタビューなどを
読んでもわかるし、それが小津映画や成瀬映画を「大人の鑑賞にたえる」クオリティに仕上げている。
平凡な監督なら亡くなった長男の回想シーンを入れたいところだろう。
それにしてもだ。
ドラマとして考えて、長男を山の事故で亡くしたというのは大きな出来事に思える。
管理者が見落としている可能性もあるが、亡き長男の写真や仏壇すら登場しないと思われる。
管理者にとって小津映画の最高傑作であり、これまで映画館(パリでも一度フランス語字幕版で観ている)や
録画ブルーレイ、DVD、テレビ放送などで20回くらいは観ている作品だが、この長男のことは未だに謎だ。
NEW 2023.10.12 高峰秀子出演の成瀬映画。管理者のマイベスト1とは?
高峰秀子は、成瀬映画に17本出演している。
高峰秀子のインタビューによると、松竹蒲田の子役時代に1本成瀬監督作に出ているようなのだが
作品名は明らかにしていない。忘れたとも。
現存する5本の松竹蒲田時代の成瀬作品(サイレント)には出ていないようなので、現存しない作品かもしれない。
それをいれて18本の中で、高峰秀子出演の成瀬映画としてすぐ挙げられるのが、
『浮雲』『女が階段を上る時』『乱れる』『稲妻』『あらくれ』あたりだろう。
管理者のマイベスト1は、3話オムニバス『くちづけ』(1955)の第三話『女同士』である。
成瀬・高峰コンビ作の中で、この作品(40分くらいの短篇)を挙げるのは管理者一人かもしれない。
『くちづけ』の3話(原作=石坂洋次郎、脚色=松山善三)は、第一話『くちづけ」(筧正典監督)、
第二話「霧の中の少女」(鈴木英夫監督)もとてもいい短篇で、
特に会津地方を舞台にした牧歌的なラブコメディの『霧の中の少女』は傑作だ。
主演の司葉子(さん)の美しさ、可愛らしさはすごい! ご本人にも直接話したことがあるのだが。
「女同士」の高峰秀子。東京・世田谷の喜多見あたりの開業医(夫=上原謙、看護婦=中村メイコ、姑=長岡輝子)
の子供のいない妻役だ。
高峰秀子の演技の特徴の一つと思われる、「つまらなそうな顔」「不満げな顔」が随所に効果的に登場するのが
本作である。
管理者はもちろんご本人と会ったことはないが、インタビュー(テレビ出演、文章など)や著書を読むと
物事を少し斜めからシニカルにとらえる、思ったことをストレートに言うという性格が見てとれる。
本作は、基本的には夫に従順な妻を演じているのだが、ところどころに見せる「つまらなそう・不満げの表情」は
演技ではなく、性格がそのまま出ているような印象をもってしまう。そこがいいのだ。
本作は高峰秀子だけでなく、上記の俳優に加え、近所の八百屋のあんちゃん=小林桂樹や
高峰秀子の兄=伊豆肇など、出演者全員がリラックスした自然な演技をしているので
観ていて心地よい。
そして、成瀬監督自身も、大作『浮雲』の後だからなのか、肩の力を抜いて楽しんで演出している
雰囲気が漂っている。
管理者は『浮雲』よりも短篇の本作の方を好むものであり、そして本作の方が成瀬調であることは間違いない。
テンポがよく、くすくすと笑える、江戸落語っぽい上品なユーモアがちりばめられている。
ラスト、ノンクレジットの某美人女優のサプライズ登場の展開は、落語のサゲのような感じだ。
そしてこの後、台所で紅茶を用意している高峰秀子の不満げな表情が絶品。
本作は2022年に東宝よりDVD発売された。税込み2,750円。
未見の方は是非購入して観ることをオススメしたい。
司葉子、高峰秀子ファンは必見の傑作オムニバスだ。
その他高峰秀子関連での成瀬作品だと前述の作品に加え、特に好きなのが『妻の心』。
もちろん『秀子の車掌さん』『流れる』『娘・妻・母』『女の座』『放浪記』『女の歴史」などもはずせない。
結局全部観てほしいということになる。
視聴困難で部分的にしか残っていない『勝利の日まで』(1945)=(管理者も2005年に当時の京橋フィルムセンターで一度だけ観た)
以外はすべてDVD化されている。
高峰秀子出演の木下恵介作品では、『カルメン故郷に帰る』『二十四の瞳』そして『遠い雲』「風前の灯』
あたりが好きだ。
木下恵介作品の中では、肩の力を抜いて楽しく演出していると感じられるのが『今年の恋』。
これは高峰秀子は出演していないのだが、岡田茉莉子と吉田輝雄を中心とした軽いタッチのラブコメディ。
管理者は木下作品もかなり観ているが、これがマイベスト1である。DVD化されている。
来年、2024年は高峰秀子の生誕100年(=成瀬巳喜男監督の生誕119年)とのことで、
様々な上映会、展覧会、イベントなどが予定されているというインターネットの記事を読んだ。
さすがに管理者はこれまで高峰秀子の出演作をかなり観てきたので、あらためて
生誕100年と意識することは無いのだが、高峰秀子の素晴らしさを特に若い世代に
知ってもらういい機会にはなってほしいと願っている。
9/23の西條康彦さんのトークイベントで、管理者が西條さんに『乱れる』で共演された
高峰秀子の印象を訊ねたが、西條さんは「神秘な女優」と話されていた。
「もっと共演したかった」とも。
成瀬映画と木下映画の高峰秀子については、本エッセーでも多く語ってきたので
二人の監督以外の作品で、特に私が気に入っている+観ている作品を古い年代から下記に挙げる。
・『美はしき出発』(1939 東宝 山本薩夫監督:共演=原節子など)
・『秀子の応援団長』(1940 南旺映画 千葉泰樹監督)
・『そよ風父と共に』(1940 東宝 山本薩夫監督:原作&脚本=成瀬巳喜男)
・『昨日消えた男』(1941 東宝 マキノ正博監督)
・『馬』(1941 東宝 山本嘉次郎監督:チーフ助監督=黒澤明)
・『希望の青空』(1942 東宝 山本嘉次郎監督:共演=原節子など)
・『ハナ子さん』(1943 東宝 マキノ正博監督)
・『若き日の歓び』(1943 東宝 佐藤武監督:共演=原節子など)
・『宗方姉妹』(1950 新東宝 小津安二郎監督)
・『朝の波紋』(1952 新東宝・スタジオ8プロ 五所平之助監督)
・『東京のえくぼ』(1952 三ツ木プロ・新東宝 松林宗恵監督)
・『煙突の見える場所』(新東宝・スタジオ8プロ 五所平之助監督)
・『この広い空のどこかに』(1954 松竹大船 小林正樹監督)
・『張込み』(1958 松竹大船 野村芳太郎監督)
・『六條ゆきやま紬』(1965 東京映画 松山善三監督)
・『華岡青洲の妻』(1967 大映京都 増村保造監督)
特集上映は成瀬映画や木下映画からのラインナップが多い(それも嬉しいが)
と予想されるが、特に戦前~戦中の少女時代の作品は未DVD化、未ネット配信の作品
が多いので、国立映画アーカイブや都内の名画座等で上映されることを望みたい。
トップページに長期間掲載していたが、9/23に成城・一宮庵で「西條康彦氏、ウルトラQと東宝映画の想い出を語る」が開催された。
管理者は高田雅彦さん(東宝映画・日本映画研究 著書多数あり)と共同で、企画、事前準備、資料作成、
当日のセミナー講師とトークショー聞き手を務めた。
当日は定員を超える参加者に来ていただき、大盛況の内に終った3時間(14:00-17:00)だった。
何といっても東京・神楽坂出身の西條康彦さん(84歳)の、歯切れのいい口調のエピソード話がとにかく面白かった。
参加者からも同様の感想が多かった。
管理者は7-8歳の頃(1966)にリアルタイムで観ていた「ウルトラQ」の魅力について高田氏と一緒にセミナーで語ったのだが、
トークショーでの西條さんの「ウルトラQ」裏話も興味深かった。
東宝映画にも数多く出演している西條さんだが、映画出演デビュー作『初恋物語』(1957)監督の丸山誠治監督への感謝や
本多猪四郎監督、堀川弘通監督など多くの東宝時代の話も率直に語っていただいた。
4本出演している成瀬映画(もう1本『夜の流れ』にも出演しているが、これは川島監督のパート)
と成瀬監督についても語っていただいた。それを短く紹介する。
4本=『『秋立ちぬ』』『妻として女として』『女の座』『乱れる』(前半の清水市のパートの準主役)
西條さんは成瀬監督が非常にやりやすく好きな監督だったと何度も話されていた。
あまり細かい演技指導はなく(小津監督と対照的)、まずは俳優に自由に演技させてくれたと。
そして西條さんは、自分の芝居が気に入ってくれたか、不満なのかは、成瀬監督の表情を
見れば分かったとも。
年代は違うが神楽坂に近い四谷出身の成瀬監督とは江戸っ子としての波長があっていたのかも。
西條さんの話を聞いて感じたことは、成瀬監督は西條さんの自然でリズム感のある芝居が気に入ってたんだなということ。
「成瀬監督を偲ぶ会」(管理者はメンバーの一人)でスタッフ、キャストの方たちからよく聞いたのは
「いじわるじいさん」という成瀬監督の渾名。
もちろんこれは本当に嫌な「いじわる」ということではなく、「あまのじゃく」の同義語としての愛称なのだが・・・
ちなみによくインターネットやSNSなどに書かれている「ヤルセナキオ」という渾名は誰からも聞いたことがない!。
→もう使わない方が良いですぞ。
西條さんにその話をすると、「俺はそんな風(いじわる)に感じたことは無い。非常に優しくやりやすい監督だったよ」と
おっしゃっていた。
会場で受けたのは私が西條さんの現在の風貌について触れた点。
私は映画と並んで落語マニアであるが、今年正に没50年(1973没)の落語家で、
八代目桂文楽と並ぶ昭和の大名人=五代目古今亭志ん生にそっくりなのだ。
トークショーでの話を聞いていて、志ん生師匠が話しているように錯覚したことも(笑)。
管理者は西條さんとこのイベントの前に打合せ等で2回お会いしていたが、
なんといっても小学校3年生くらいの時にテレビで見ていた方と50数年経って、
ご一緒の場にいられることは幸福感一杯であった。
「目の前にウルトラQの戸川一平がいる!」という感じだ。
西條康彦さんにあらためて感謝したい。
9月29日から東京他で公開の映画『ヒッチコックの映画術』が楽しみだ。リンク=公式サイト参照。
管理者はヒッチコック映画が大好きで、サイレント時代の作品はあまり観ていないが
トーキー以降の作品は、1-2本を除いてすべて観ている。
管理者がヒッチコック映画に本格的に関心を持ったのは1冊の研究書がきっかけ。
「ヒッチコックを読む」(フィルムアート社)。
管理者の保有する本では第4刷発行1984となっているのでその頃に買ったのだろう。
その少し前に同社の「小津安二郎を読む」も買っていて今でも手元にある。
全作品の詳細な解説ももちろん参考になったが、なんといっても繰り返し読んだのは
「ヒッチコック讃歌」という和田誠氏の文章(P335-369)だ。
管理者はその後、トリュフォー監督による分厚いインタビュー本「定本 映画術 ヒッチコック・トリュフォー」(晶文社)
やその他ヒッチコックに関する書籍はいくつか読んだし、数年前のドキュメンタリー映画『ヒッチコック/トリュフォー』
も公開直後に観て本エッセイにも書いた。
しかし現在でもヒッチコックに関する文章では、前述の和田誠氏が最高だと感じている。
管理者は、20代の頃からそういう傾向があるのだが、映画のテーマとか時代背景とか映画史での位置付け
などを論じた映画評論にはあまり興味がなく、一番興味のあったのは正に映画術、映画技法。
映画技法+台詞や俳優の魅力をわかりやすい言葉で具体的に語ってくれた和田氏の映画関連著作の影響を受けている。
ヒッチコックに限らず、市川崑、ビリー・ワイルダー、そして『生きていた男』『絶壁の彼方に』
『悪魔のような女』、ミュージカルなどの映画(これらは「たかが映画じゃないか」山田宏一・和田誠 文春文庫)
を観たいと思わせてくれた(その後観ることができた)のもすべて和田氏のおかげだ。
そして和田氏の映画論の魅力は、一部の映画評論家、研究者にありがちな「こういう風に解釈して観るべし」
という上から目線がなく、映画好きのファン(というより映画マニア)の雰囲気が文章に漂っていることだ。
ただし内容はとても深いのだけど・・・
「ヒッチコック讃歌」の中で特に印象的だったのは、『裏窓』のあるシーンについての文章。
以下一部引用する(同書P347)
~(略)~「裏窓」で、車椅子にいるステュアートに恋人グレイス・ケリーがキスをするシーンで、
グレイス・ケリーの顔が短いストップ・モーションの連続でステュワートの顔に近づく、
という技法を使っていたような記憶がある。~(略)~
和田氏が上記文章を書かれた頃には、『裏窓』のビデオもDVDもなく、テレビ放送は不明だが
この文章を読む限り、封切当時に映画館で観た記憶のように感じる。
管理者はこの文章を読んだのが先か、80年代にリバイバル上映された際に初めて映画館で観た『裏窓』
を観た後に読んだかの記憶ははっきりしないのだが、とにかく映画を観て和田氏の指摘通りだったのに
驚いたのは覚えている。このショットは上記のリンクした公式サイトにある予告編にも使用されている。
『裏窓』では、この直前のショットで、ベッドに寝ているジェームズ・スチュアートの顔に
影がかかり(ヒッチコック映画やフィルムノワール映画で、殺人シーンなどによく使われる技法)
少しドキッとするのだが、その影の主が美女グレイス・ケリーで、その後のショットが上記に続くので
「なぁんだ」ということになる。こういうのもヒッチコックがよくやる遊び心演出の一つだ。
上記の文章のタイトルを真似れば、私にとっては「和田誠讃歌」と言いたい。
昨年か2年前だったか、新宿で開催された「和田誠展」も素晴らしい展覧会だった。
最後に、成瀬映画、小津映画、川島映画、ビリー・ワイルダー映画等と同じで、
傑作、名作が数多い中から選ぶのは難しいのだが、無理矢理ヒッチコック映画マイベスト5
を選ぶと
❶『裏窓』➋『めまい』➌『サイコ』❹『海外特派員』❺『北北西に進路を取れ』
もちろんこれらの作品もヒッチコックによる斬新な映画術、観客を驚かせる演出に満ちている。
ヒッチコックの作品はサブスクのU-NEXTなどでも数多くラインナップされていて
気軽に何度でも観ることができる。その点はいい時代だなと感じる。
本エッセイに前にも書いたが、ヒッチコック映画では人物の視線・目線が重要な役割を果たす。
サスペンス映画なので当然なのだが、視線・目線+シニカルなユーモアの要素は
成瀬映画と共通しているというのが管理者の考えなのだが・・・
『女の中にいる他人』はヒッチコック映画の影響が濃いと思われる。(ただし女性心理の表現では成瀬監督の方が上)。
山田洋次監督の新作『こんにちは、母さん』(本日9/1公開)の特集番組を観て連想したのは、
成瀬映画における母親、特に母親と息子。
成瀬映画で描かれた母親といえば、タイトルもそのままの『おかあさん』の田中絹代が代表的なのは
言うまでもないが、これは母と娘(香川京子など)が中心となっている。
母と娘が描かれた作品としては、他に『まごころ』『稲妻』『流れる』『放浪記』などを想い浮かべるが
母と息子では『秋立ちぬ』『女の歴史』などが代表作だろう。
『こんにちは、母さん』と同じく、息子が実家の母親に会いに行く成瀬映画として
管理者が一番最初に思い浮かべるのは、『娘・妻・母』(脚本=井手俊郎、松山善三)の一シーンだ。
設定としては、夫婦喧嘩して妻(淡路恵子)が家を出た後に、夫・次男の宝田明が
実家に来て母親の三益愛子と会話するシーン。そこに妹の団令子も会話に加わる。
このシーンの前は、
〇次女・薫(草笛光子)の嫁ぎ先の家の和室。
夫の谷英隆(小泉博)と二人で、英隆の母・加代(杉村春子)に別々に暮らしたいと話すが、
怒った加代は私のほうが出ていくといって玄関から出て行ってしまう。英隆の「おかあさん」の声
*「おかあさん」の台詞つながりで深刻な場面からのどかな場面にシーンが変わる。
以下、映画からの台詞の採録。
次男・坂西礼二(宝田明)
(ウイスキーのポケット瓶と水のグラス)「おかあさん、おかあさんはこの煎餅が大好きだったよね」
母・坂西あき(三益愛子)
(煎餅を食べながら)「ああ、久しぶりで美味しいよ」
礼二
三女=妹・坂西春子(団令子)
窓の近くに座って「何が親孝行なのよ。姉さんに逃げ出されても、浮気する元気がないもんだから、
おかあさんのところ来て甘えてるんじゃないの。甘ったれなのよ、兄さんて昔から」
礼二
あき「男ってみんなそういうもんだよ」
礼二「そうだよ、ねぇ、やっぱり俺の気持ちをわかってくれるのは、おかあさんだけだよ」
春子 立ち上がってちゃぶ台のほうへ「もう、お帰んなさいよ、ぐだぐだ言ってないで。姉さん帰ってるかもしれないわよ」
礼二「1週間たらね、絶対それより早くかえってこないんだよ、あいつは。(下を向いて)まったくほんとに」
春子 (二人のいるちゃぶ台の前に移動し)「泣かなくたっていいじゃないの」
さき「可笑しな夫婦だね、年中行事みたいに1年に1度は必ず大喧嘩する」
春子「あとはけろっとしてんだから。なれあいみたいなもんよ」
礼二「造作はたいしたことないけどね、気立てはとってもいいんだよ、あいつは」
さき「そんないいひとに心配かけちゃだめじゃないか」
春子(煎餅をほおばりながら)「うぬぼれてんのよ、少しばかり二枚目だと思って」
礼二「うちはみんな美男美女の系統だからな、兄貴(注:長男・勇一郎=森雅之)だっていい男だし、
早苗姉さん(注:長女・原節子)だって、薫姉さん(注:次女・草笛光子)だって、たいしたもんだよ。お前だけが出来そこなっちゃったんだよ、ねえ、かあさん」
春子(礼二を睨みつけて)「何言ってんのよ、写真屋のくせにずれてるわねぇ、美人の条件はね、顔だけじゃないのよ、
顔だってファニーフェイスっていうの知らないの?」
礼二(笑いながら)「お前の顔見てるとね、俺なんとなく腹がへってくるんだよ。
おかあさん、塩昆布ない?俺、お茶漬け食いたいよ。あの塩のざっっーと噴き出たやつでさ、弁当のおかずによくはいってたやつか」
管理者は『娘・妻・母』と『女の座』の2本を、個人的に「大家族もの」と名づけているのだが、
2本とも大好きな成瀬映画で、これまで何度観ているかわからないほど。
上記の台詞で、団令子が言うように実家の母に甘える宝田明。
このシーンの三人の会話の調子は、実に自然でテンポも良くとても好きだ。
なかでも、兄の宝田明が妹の団令子の顔を見ながら
「お前の顔見てるとね、俺なんとなく腹がへってくるんだよ」
の台詞は傑作で、何度観ても笑ってしまう。
その前の団令子の台詞(ファニーフェイス)も演技とは思えないくらい真に迫っていて・・・
井手俊郎と松山善三が書いた台詞なのか、成瀬監督が足した台詞なのかは不明だが
こういう台詞や演出の上質で品の良いユーモア感覚を味わうと、
よく言われる「ヤルセナキオ」の呼称が明らかに間違っていると断言できる。
『娘・妻・母』と『女の座』の2本は、特にユーモラスな台詞や演出が多くて何度観ても楽しめる。
山田洋次監督に話を戻すと、今回の新作にあわせて作られたらしい松竹の「山田洋次オフィシャルサイト」。
これがとても充実していて素晴らしいサイトだ。
作品紹介には(全作?)予告編が付いていて、未見の作品の概要も映像で知ることができる。
作品の検索も非常にわかりやすく整理されている。
管理者は山田作品では何といっても松本清張原作、橋本忍脚本のミステリー『霧の旗』(1965)が一番好きなのだが
昨年だったか今年だったかU-NEXTで初めて観た「ハナ肇の一発大冒険』(1968)→凄いタイトル!が
かなり気に入っている。落語のサゲのような洒落たラストが何ともいえずいいのだ。
未見の人にはまずはリンク先のサイトでの予告編視聴をオススメしたい。
新作の『こんにちは、母さん』も観に行きたいと思っている。
NEW 2023.8.24 生誕110年 中村登監督特集(神保町シアター)
現在、東京「神保町シアター」で上映中の「生誕110年記念 映画監督 中村登 女性讃歌の映画たち」(2023.7.29-9.1)。
今回の上映作品の中で管理者が観ているのは『智恵子抄』『我が家は楽し』『紀ノ川』『結婚式結婚式』『暖春』。
上映作品以外でも中村作品はあと3-4本は観ている。好きな監督の一人である。
それ以外は未見なので、チラシや上記のウエブサイトの解説を読んで『河口』(1961)と『日も月も』(1969)の2本を観てきた。
あらためて感じたのは、旧作日本映画のクオリティの高さだ。
岡田茉莉子主演の『河口』は原作=井上靖、岩下志麻主演の『日も月も』は原作=川端康成。
2本とも松竹の典型的な、オーソドックスな文芸映画だが、現代の日本映画から失われたジャンルと言えよう。
2本とも傑作だった。プリント状態も非常に良かった。
2本とも未DVD化であり、U-NEXTなどの配信もないようだ。
『河口』では、男遍歴を重ねて銀座の画廊の女主人として生きていく岡田茉莉子に魅せられたし
画廊のアドバイザー顧問のような山村聰の台詞や演技がコミカルで(笑いが起きていた)、
山村聰としては少し珍しい役柄のように感じた。
『河口』はインターネット上での高評価などで前から観たいと思っていた中村作品だったが、
まったく知らなかったのがもう1本の『日も月も」。
川端康成の小説自体もまったく知らずで。
この作品(上映は明日8/25まで)が個人的には相当気に入った。
スタッフ、キャストとストーリーは前述のウエブサイトを参照してもらいたいが、
スクリーンで観る当時28歳の岩下志麻の和服姿にはグッときた。
父親=森雅之、母親(夫と娘を捨てて若い男と暮す)=久我美子、叔父役の笠智衆、そして
若き石坂浩二、中山仁、大空真弓など共演者も豪華。
旧作日本映画マニアとしては、森雅之と久我美子を観ると、
川島映画で同じく川端康成原作の『女であること』(1958)(姪っ子)、市川映画『あの手この手』(1952)(姪っ子)、
成瀬映画『あにいもうと』(1953)(下の妹)など(それ以外にも黒澤映画『白痴』など多くの作品で共演)を連想してしまう。
岩下志麻と笠智衆も、渋谷実監督『好人好日』(1961)の大学教授の父と娘役など。
本作はロケーションの映像も魅力的(撮影監督=竹村博)。
森、岩下の父と娘、叔父の笠智衆が暮すのは鎌倉でメイン舞台となるが、
冒頭とラストに登場する秋の京都の風景がとにかく美しい。
映画の中で二度出てくるのが、京都・鷹峯(たかがみね)の「光悦寺」(お茶会に出向く)と高雄の「神護寺』。
京都好きの管理者は、二つのお寺には何度も行ったことがあり、
「神護寺」の場面に登場する「かわらけ投げ」(落語「愛宕山」で有名)もやったことがあり懐かしかった。
「神護寺」がロケーション撮影の映画やドラマは何度か観た記憶があるが、「光悦寺」のロケーション映像
を観たのはおそらく初めて。近所の図書館にある川端康成全集で本作を拾い読みしたが、原作にももちろん
書かれている。内田吐夢監督の『宮本武蔵』五部作には本阿弥光悦(千田是也)が出てくるので、
江戸時代の光悦寺がセットでは出ていたかもしれないが・・・
映画の中で、冒頭は岩下と森、ラスト前は岩下と石坂が佇む、「光悦寺」の奥の高台からの写真
を以前撮っていたので何枚かを(下記)。とても京都市内(北区)とは思えないような風景だ
NEW 2023.7.3 小津安二郎監督 生誕120年 没後60年
今年2023年は、小津安二郎監督の生誕120年、没後60年の記念年である。
神奈川近代文学館での展覧会「小津安二郎展」(4/1~5/28)には、4月下旬に行ってきた。
なかなか充実した展示物で、高校生の時に初めて観てからもうすぐ50年になろうとしている
小津ファン・マニアの管理者でも初めて見るものが多かった。
特に、海外の各映画祭でのデジタル修復版上映時のポスターは、
俳優のショット写真のチョイス、色彩等のデザイン感覚が、日本人には思いつかないような斬新さで
ポスターの前でしばらく見とれてしまった。
管理者は生誕90年=1993、生誕100年=2003、生誕110年=2013の記念年の
特集上映、放送、展示会(ただし今回のが一番本格的)等も体験している。
雑誌「東京人」の特集、2013年には雑誌「BRUTUS」が小津の入り口という特集号を出して
(私は保有している)、これは非常に切り口が面白い特集号だった。今でもたまに読み返している。
毎回思うのは、松竹や全国小津安二郎ネットワーク会議など全国にある小津映画ファンの組織が
企画や協力をしているのだろうなということ。前述会議の前会長の長谷川武雄さんには
深川の小津安二郎生家跡を案内してもらったことがある。
そして東京・江東区の古石場文化センターには、常設の「小津安二郎紹介展示コーナー」もある。
管理者もこれまで4-5回行ったことがある。
さて話題は成瀬巳喜男監督に移る。
小津監督より2つ年下の成瀬監督は、再来年2025年が生誕120年の記念年となる。
生誕100年の2005年は、小津監督ほどではないがそれなりに盛り上がった。
東京・世田谷文学館では「成瀬巳喜男展」が開催され、この時の展示物もかなり充実していた。
管理者も会期中3回足を運んだ。
国立映画アーカイブ(当時はフィルムセンター)では特集上映があり、『上海の月』『勝利の日まで』
(両方とも部分的なもの)の2本はいまだにその時の特集上映で観たのが唯一である。
CS(現在はBS)の日本映画専門チャンネルでは「成瀬巳喜男劇場」の特集放送があった。
その時の録画が未だに貴重な保管DVD映像になっている。
NHKBSでも『浮雲』など成瀬映画を数本放送し、またなかにし礼氏が司会の
成瀬特集番組もあった。故・石田勝心監督がゲストの一人として出演されたので
管理者も付き添いでスタジオに行っている。川本三郎氏、岩松了氏など。
管理者自身も、ワイズ出版から『成瀬巳喜男を観る」の出版が実現し、
女優の写真中心の「成瀬巳喜男と映画の中の女優たち」(ぴあ)の編集協力にも関わることができた。
では再来年の生誕120年に、今年の小津監督のような記念年の企画があるのか?
もしかしたらここ数年成瀬映画のDVDを続けざまに出している東宝も何か考えているのかもだが・・・
規模はともかく、できれば都内で「成瀬巳喜男展」をやってほしい(前回と同様世田谷文学館など)というのが、管理者の願いである。
成瀬組の助監督だった故・石田勝心監督等のスタッフから頂戴した貴重な成瀬映画資料やスチール写真なども
多少は持っているので、展覧会があれば展示物の一部の協力も可能なのだが。
NEW 2023.5.30 映画『TAR』と映画の解釈、分析について
最初に、トップページでも案内していた映画セミナー「黒澤映画だけではない、三船敏郎の魅力を語る」
は27日の土曜日に成城「一宮庵」で盛況のうちに終った。
三船敏郎に関する著書もある東宝映画・日本映画研究家の高田雅彦氏と管理者の共同講師。
当日はチラシで案内をさせていただいていた司葉子さんのプライベートでのサプライズ参加もあり、
トークショーの時は三船敏郎共演作や当時の東宝映画についての貴重な話もしていただいた。
本ウエブサイトの読者も含めて参加いただいた方たちに感謝したい。
タイトルにある話題の映画『TAR』(監督=トッド・フィールド、主演=ケイト・ブランシェット:現在公開中)を先日観てきた。
本作は、急展開するストーリーや謎めいた映像表現など、ミステリー調の雰囲気、そして数多くちりばめられた伏線など、
観る人に疑問を投げかける要素に満ちている、知的好奇心を刺激される面白い映画だった。
YouTubeに挙がっているたくさんの解説動画は、「本作のテーマは?」「この伏線の意味は?」「この映像は何を象徴しているか?」といった、
ミステリー小説の謎解きのような解説が多く、映画を観た後(本作の場合は映画を観る前に視聴するのもありかと)に見ると、
自分の解釈と比較できてなかなか楽しい。管理者も「なるほど、そういう意味か」と気付くYouTube解説動画もあり。
映画の感想、分析は、映画評論家でも一般の映画ファンでも、第一に「面白かった」か「つまらなかった」だろう。
未見の人に自分が観てきた新作映画や旧作映画の話をすれば、最初に訊かれるのは「あの映画、面白かった?」である。
その次に「文学的な分析=例:テーマ、時代背景との関係、あの伏線の意味など」と
「絵画・音楽的な分析=例:あの映像が美しい、ショットの構図、場面転換など」の
二つに分けられる。本作のYouTube動画の多くは文学的な分析だ。
管理者の成瀬映画を含む映画の感想、解釈、分析は、圧倒的に絵画・音楽的=感性重視が中心。
映画では感性に訴える部分に魅かれるというのがその理由だ。
もちろん文学的な解釈もゼロではないが、バランスから言えば70%と30%といった感じ。
本作『TAR』はミステリー調のストーリー展開や伏線の意味など、文学的な解釈の要素にも惹きつけられるが、
一方本作は世界最高峰のオーケストラ=ベルリンフィルの女性の首席指揮者(架空の人物のリディア・ター:ケイト・ブランシェット)
と言う設定(資料によると映画のオーケストラはドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団)であり、
台詞でも音楽が重要な役割を果たしている。基本的には「音楽映画」なのだ。
メインのクラシック曲は、マーラーの交響曲第5番(第4楽章=アダージェットは映画『ベニスに死す』での使用で有名)
とエルガーのチェロ協奏曲、TARとオーケストラとのリハーサルでの演奏も、大きなスクリーンで観ると迫力がある。何よりも音が凄い!
へのショットでの音の変化にはゾクゾクとした。
黒澤明監督が何かのインタビューの中で「映画を観ていると理由はわからないが、ある場面でゾクゾクするような感じを持つことがある。
そのような映画の魔力の秘密は、ショット(カット)とショット(カット)の間にあるような気がする」というような内容を話していたのを
読んだことがあるが、正にそのような感覚だった。成瀬映画、小津映画、川島映画等でも随所に感じるのだが・・・
英語、日本語とも字幕が出ないのは監督のトッド・フィールドの演出のようだが、これは効果的に作用している。
第4楽章アダージェットのリハーサル演奏の前にはドイツ語で「ビスコンティ・・・」という台詞が聞き取れたが、これは
「ビスコンティの映画のことは忘れて」と言うようなことを言っていたらしい。オーケストラのメンバーが笑みを浮かべる。
本作はクラシック音楽とその業界に関する多少の知識(指揮者の名前がたくさん出てくる)が無いと少し難しいかもしれないが
未見の方は、YouTubeにアップされているマーラーの第5番交響曲のライブ映像(バーンスタインがオススメ)を予習してから
観るとより楽しめると思う。
それにしてもケイト・ブランシェットの演技には圧倒される。これが最大の見どころだ。
映画『TAR』は何よりもクラシック音楽を味わう映画、音楽について考える映画、つまり「音楽映画」だ。
複雑に絡み合った伏線の意味を考えるのはその次でいいのでは。
NEW 2023.3.29 BS日本映画専門チャンネルで観た4Kデジタルリマスター版『生きる』
BS日本映画専門チャンネルで放送された黒澤明監督『生きる』(1952 東宝)の4Kデジタルリマスター版を観た。
管理者のテレビは4Kではないが、それでもやはり修復された綺麗なモノクロ映像に魅了された。
これは3/31から公開される、リメイクのイギリス映画『LIVING』公開を記念しての放送だ。
管理者が初めて『生きる』を観たのは、10代後半から20代前半くらい高校生~大学生の頃=45年くらい前、
おそらく銀座並木座の黒沢特集だったと記憶している。当時は今のような視聴環境ではなく、
もちろんDVDもビデオも無い時代だったので
日本映画、外国映画とも旧作の名画は、名画座等での上映かリバイバルでの上映(ヒッチコックなど)
で観るしかなかった。
当時はまだ成瀬映画や川島映画への興味はなく、まずは黒澤映画、そして小津映画、溝口映画を
都内の名画座で観ていた。
『生きる』はもちろん物凄く感動したし、志村喬の歌う「ゴンドラの唄」も耳に残った。
管理者が次に『生きる』を観たのは、パリの名画座だ。
1980年の冬に、大学の友人二人と管理者の三人で初めて貧乏なヨーロッパ旅行(45日)をした時に
たまたまパリの名画座(メトロ「サンミッシェル駅」近く→ストリートビューで見ると現在も名画座はあるようだ)
で上映されていた『生きる』(フランス語のタイトルは『VIVRE』)を観に行った。
確か、友人二人は初めて観たのではなかったかと思う。
100席くらいの小さな映画館だったが満席で、日本人は我々だけだったように記憶している。
映画は日本語オリジナル、フランス語の字幕だった。
この時の映画館での観賞について、今でも印象深い思い出がある。
それは、映画の中のユーモラスな場面で、声を上げて笑っていたのは日本人のヤング三人だけだったということ。
『生きる』は説明するまでもなく、~胃がんで余命の少ない公務員の市民課長=志村喬が、市民が熱望している
公園を作るために働き、雪の中完成した公園のブランコに揺られて亡くなる~というストーリーだ。
基本的には暗く、シリアスな物語の作品である。
ところが実際に『生きる』を観ると、結構笑ってしまうシーンがある。
例えば、小田切みきが付けた市民課の役人たちの渾名(志村喬の渾名はミイラ!!)を
志村喬に面白く話すシーン。
そして何といっても、後半の長いお通夜と回想のシークエンス。
酒に酔ってきた志村喬の部下の市民課や他の部署の職員たち(藤原釜足、千秋実、日守新一、田中春雄、山田巳之助など)
の台詞や演技。そしてブツブツと何を言っているか聞き取れない不気味な左ト全。
管理者はお酒が好きな方だが、仕事やプライベートの酒の席で普段はおとなしい人が、突然暴言をはいたりの
酒乱に近い状態になるのを何度か見たことがある。
本作での左ト全は正にその状態だ。本作のお通夜の席で酒癖の悪さにおいて左ト全は断然一位なのだ。
隣に座る日守新一は、亡くなった渡辺(志村喬)を擁護する発言を行うが、酒に酔った感じはまったくない。
言葉を選んで冷静に話している。左ト全は上司である係長の藤原釜足に対して「お前なんかに・・・」と毒づく。
酒の勢いもあって調子に乗った千秋実が「渡辺さんの功績を奪ったやつは人間じゃないよ」と叫ぶと
左ト全が一言「助役(中村伸郎)とはっきり言えよ」。全員が凍りついて何も言えなくなった顔のアップの映像。
パリの名画座でも一番爆笑してしまったのがここ場面なのだが、他のフランス人などの観客は誰も笑っていなかった。
ちなみに管理者は助役という役職を本作で初めて覚えた。
日本語のニュアンス+日本の役所の機構がわからずフランス字幕だったという点はあったにしろ、
他の観客にとって『生きる』は、黒澤明の世界的な名作であり、胃がんを宣告されて死んでいくシリアスで暗い映画
という先入観があったのではないか。まだ20代前半だった管理者はパリの映画館でそんなことを感じたのである。
先日の日本映画専門チャンネルでの放送も含めて、おそらくこれまで15回目くらいは観ていると思うが
その感想は今でも変わらない。
管理者の黒澤映画ベスト3は『赤ひげ』『天国と地獄』『七人の侍』なのだが、(ベスト5なら+『生きる』『野良犬』)
全盛期の黒澤映画には、思わず笑ってしまうユーモラスな箇所が多々ある。
『どですかでん』~『まあだだよ』までの晩年の黒澤映画の評価に関しては、人によって様々な意見があると思うが
前述の『生きる』にも見られたユーモアや笑い(苦笑も含む)がほとんど見られないという点(『どてすかでん』には少しあるが)と、
俳優たちにピリピリした緊張感が漂っていて、堅い表情や台詞が多い、という点が『赤ひげ』以降の黒澤映画の個人的なマイナス要素だ。
『生きる』は志村喬の名演は語りつくされていてお腹一杯なのだが、特にお通夜の場面の俳優たちの
肩の力を抜いた自然な演技も本作の魅力の大きな要素ではないか。特に左ト全のあの不思議な雰囲気は何度観ても唸ってしまう。
左ト全の出演作品の中では、断然川島映画『青べか物語』の老船長役の演技(ここでは台詞ははっきりと聞き取れる)が個人的にはナンバーワンなのだが、
黒澤映画の中ではやはり『生きる』がベストだろう。
リメイク作品はあまり好みではないのだが、脚色のカズオ・イシグロのインタビューを読むと、
主人公は志村喬ではなく、小津映画の笠智衆をイメージしたイギリス紳士とのことなので興味深い。観てみようかと思う。
NEW 2023.3.11 BS日本映画専門チャンネルで観た『見事な娘』
BS日本映画専門チャンネルの蔵出し名画座で放送された『見事な娘』(瑞穂春海監督 1956 東宝)を初めて観た。未DVD化。
これが管理者好みの映画だった。東宝得意の会社員もので、上質で都会的なラブコメディだ。
原作=源氏鶏太、脚色は成瀬映画でもおなじみの井手俊郎、監督は松竹出身の瑞穂春海監督。
出演は司葉子、笠智衆、小林桂樹、小泉博、沢村貞子、北川町子、杉葉子、土屋嘉男など。
あらすじなどの概要は上記リンク参照。
父親が笠智衆(母親=沢村貞子)で丸の内の会社に勤める娘・司葉子の結婚をめぐる話となるとどうしても小津映画を連想してしまう。
この父と娘の配役は、本作以外では後年の成瀬映画『女の座』(1962)だけではないか。
脚色・演出面で「ニヤリ」とさせられたのは、映画の後半で、引越しする蒲田駅近くの家を笠智衆と司葉子が見に行く場面。
二階の部屋で木戸を開けると、真正面に富士山が見える。
「部屋から富士山が見えるなんて、この家に決めましょう」と笑顔の司葉子と笠智衆。
笠智衆は礼をするように帽子を取る。
これは瑞穂監督の出身である松竹への洒落たオマージュだろう。笠智衆が出演しているという点で小津映画へのオマージュも合わせて。
これは偶然かもだが、同年の小津映画『早春』の池部良・淡島千景夫婦の住んでいる家も蒲田にあるという設定。
主演の司葉子はキラキラしていて、テンポのいい台詞と演技が魅力的。
若い頃の司葉子出演作品では『おえんさん』(本多猪四郎監督)も好きだが、本作は新人時代の代表作ではないか。
司葉子の兄=土屋嘉男(成瀬映画『乱れ雲』の夫婦)の妻で元ダンサー役の杉葉子。
元ダンサ―という役柄か、とても色っぽい。同年の成瀬映画『妻の心』の高峰秀子の友人で三船敏郎の妹役の地味な感じとは対照的。
本作の監督助手=梶田興治は『妻の心』でも監督助手を務めている。
本多猪四郎監督の『ゴジラ』をはじめとした怪獣映画やテレビ「ウルトラQ」の監督で有名な方だが(一度だけ成瀬監督の会で話したことがある)
成瀬映画も含めた東宝の文芸作品の助監督も多い。
ロケ地は、司葉子と同僚の社員=北川町子、小林桂樹が勤める「丸の内」、「有楽町」、
司葉子が映画『ベニイ・グッドマン物語』を観て涙ぐむのは、おそらく「日比谷映画」か?
笠智衆と司葉子の二人が自宅近くの坂道を歩くのは、画面にある「桜ヶ丘」の文字から渋谷・桜丘だろう。
小泉博の実家の邸宅は「田園調布」か。
上記の引越し先の蒲田の場面には、小説・映画『砂の器』の事件現場となる蒲田駅操車場が映る。
司葉子が同僚の女子社員を家まで送る場面には三本の煙突が映る。当時の日本映画に数多く登場する千住の「お化け煙突」附近だ。
司葉子が病気の兄・土屋嘉男を東京に戻すために出かける大阪の場面。大阪城も映る。
本作のラストはくどくなく、あっさりしていて、これも管理者好みだった。
ラストが説明的でくどい映画(最近の日本映画に実に多い)は大嫌いなのだ。
『見事な娘』は本当にいい映画だった。
それにしてもあらためて旧作日本映画には隠れた名作が多いことを再認識した次第。
本作は3/16と4/4にも放送される。リンク参照
成瀬映画、小津映画ファンには是非観てほしい1本。
NEW 2023.3.4 U-NEXTで観た江利チエミ主演の「サザエさん」シリーズ全10作品
U-NEXTで今年になって配信開始(見放題)された東宝の「サザエさん」シリーズ全10作品(青柳信雄監督 1956-1961)をすべて観た。
昭和30年代に作られた娯楽映画、プログラム・ピクチャだが、これが面白かった。
日本映画でのシリーズものといえばやはり一番有名なのは山田洋次監督(2本は別監督だが)の「男はつらいよ」シリーズだろう。
管理者は「男はつらいよ」シリーズについてそれほどのファンではないので、おそらく全作の三分の一くらいしか観ていない。
特に後期のシリーズでは、三船敏郎出演作くらいしか観てないかもしれない。
(山田洋次監督では『霧の旗』『息子』『隠し剣鬼の爪』『下町の太陽』、マニアックなところでは『ハナ肇の一発大冒険』等の方が好み)
その他、社長シリーズ、若大将シリーズなどは好きで結構観ているがもちろん全部は観ていない。
全作観たのは今回の「サザエさん」シリーズ、昨年24作品をすべて観て、現在YouTubeの「旧作日本映画ロケ地チャンネル」で
ロケ地紹介を作成中(残り7作品くらいでコンプリート)の東映の「警視庁物語」シリーズ、市川雷蔵の大映「陸軍中野学校五部作」シリーズ、
内田吐夢監督+中村錦之助の東映「宮本武蔵五部作」などだ。
外国映画では「スターウォーズ」シリーズは全て観ている。
「サザエさん」シリーズを観てあらためて思ったのは、とにかく映画としてよくできているということ。
東宝撮影所に近い成城をメインロケ地として、江利チエミのサザエさんが楽しそうに歌い、踊り、そして変顔に近いコミカルな表情で笑わせてくれる。
今観ると、安易なストーリー展開やしょうもないギャグもあるが、それも含めて十分楽しめた。
江利チエミの唄うシーンは本当に素晴らしい。
そして脇を固める俳優たちの達者な演技。今の日本映画には失われた、大人の雰囲気を醸し出している芸達者な脇役たちである。
サザエさんの父と母=藤原釜足と清川虹子、夫の小泉博、義妹の白川由美、
大阪の叔父と叔母にアチャコと浪花千栄子、近所の商店の「脱線トリオ」(後半では小泉博の会社の同僚)の由利徹、南利明、八波むとし。
そして何作かに出演の雪村いずみ、近所に住むじいさんの柳家金語楼など。
キネマ旬報ベスト・テンや毎日映画コンクールなどには無縁の娯楽作だが、本当に楽しめる映画シリーズだ。
同じく東宝の社長シリーズでは個人的に最高傑作だと思う『社長漫遊記』(杉江敏男監督 1963)もU-NEXTで配信追加された。
有名な三木のり平の宴会芸は、何度観ても笑わせてくれる。必見!
NEW 2023.1.26 成瀬映画で新たに発見した映像の遊びとは
いい映画、面白い映画とは、「何度観ても面白い、何度観ても発見がある」が管理者の考えである。
これは映画に限らず芸術作品すべてに当てはまるのだが。
映画に関してこの定義が当てはまる頂点にいるのは、成瀬監督、成瀬映画であることは言うまでもない。
続くのは川島雄三監督、小津安二郎監督、市川崑監督など。もちろん管理者の個人的な意見である。
外国ではビリー・ワイルダー、シドニー・ルメット、アルフレッド・ヒッチコック、アンリ・ジョルジュ・クルーゾー
などの監督たちを挙げたい。
先日、久しぶりに成瀬映画『女の中にいる他人』の録画ブルーレイを観た。
成瀬映画の中でも好きな映画の1本であり、晩年の傑作である。
助監督についていた故・石田勝心監督、故・小谷承靖監督からも撮影時のエピソードやロケ地を聞いた。
これまで名画座を含めて何回観たか覚えていない作品だが、今回初めて気付いた箇所があった。
「おお、こんなことやっているよ」と思わず言葉が・・・
映画の前半、杉本さゆり(若林映子)の絞殺事件の後、田代勲(小林桂樹)が勤務する出版社に出社する事務所のシーン。
5人の男女社員(一人は藤木悠)が、新聞に出ていたさゆりの絞殺事件の話をしている。
一人の女性社員が「殺された女の人の友達(加藤弓子=草笛光子)の姉の家が私の家の隣で
その友達の人にいろいろと話を聞いて・・・」と他の社員に話している。
小林桂樹がその話を聞きながら、窓際にある自分の机に向って歩いている。
次のショット展開は
(1)小林桂樹がイスに坐ろうとする(窓の外は雨)
(2)話している女性社員が同じようにイスに坐ろうとする。話しながら坐る
(3)前の席の男性社員の顔(台詞)
(4)離れた席で新聞に目を通している男性社員=藤木悠の顔
小林桂樹に向って「この人の住んでいる場所は田代さんのお宅の近くではないですか?」
(5)イスに座って郵便物の整理しながら「そうなんだ・・・」と話す小林桂樹の顔
(6)事務所全体のロングショット
と続く。
通常であれば(1)の後次の2つのどちらかのショット編集が普通だ。
A 小林桂樹がそのままイスに坐るまでのショット
B イスに坐る途中のショット→イスに坐ったショット(ロングショット)
Bは「一つのアクションを2つのショットに分けて描く」=アクションつなぎだ。
成瀬映画、小津映画に多用されている。
ところがここでは通常のAかBではなく、小林桂樹の斜め前にいる女性社員のショット(それも小林桂樹と同じアクションの途中)
につないでいる。管理者は長年の成瀬映画、小津映画、川島映画等の作品分析から、
アクションつなぎやショット展開を注意深く観る習性になってしまっているが、
さすがにこのようなショット編集は観たことがない。オーソドックスなアクションつなぎの多い小津映画はもちろん、
変化球的なアクションつなぎ(場面転換の場合も)も多い成瀬映画の中でも記憶が無い。
同じく人物のアクションをつなぐことの多い岡本喜八監督(『めし』『浮雲』など成瀬監督の助監督経験者でもある)
の作品にはもしかしたらあるかもしれない。
興味のある方は『女の中にいる他人』のDVDや録画を観て確認してほしい。一瞬なので注意しないとわからないだろうが・・・
ではこの意図は何か?
私は単なる成瀬監督の映像の遊び、洒落っ気だと思う。
これがもっと緊迫感のあるシーンであれば、何らかの意味も出てくるだろうが
そんな場面でもない。出版社での日常の会話シーンだ。
マニアックな発見ではあるが、成瀬映画はこのような映画技法の宝庫だ。
作品のテーマだとか、ストーリー、時代背景といった要素で成瀬映画を観てもつまらない。
少なくとも管理者は成瀬映画のショット展開、特に室内での人物の動かし方、場面転換、台詞、撮影、美術などの映画技法
に魅力を感じている。そして女性の多面性のクールな描き方。女性を描いたら世界一の監督だと思うのだ。
だからこそ、成瀬映画に出会ってから30数年、未だに飽きずに面白く観ていられる+本ウェブサイトも続けているのだ。
NEW 2023.1.22 2022年~今年観た新作映画と旧作映画
2022年に映画館で観た新作映画(数少ない)は以下の作品だ。タイトルのみ
<日本映画>
『シン・ウルトラマン』
『メタモルフォーゼの縁側』
<外国映画>
『トップガンマーヴェリック』
『コーダあいのうた』
『ベルファスト』(U-NEXT)
旧作はたくさん観ているが、昨年12月に国立映画アーカイブのスクリーンで初めて観た3本が印象深い。3本とも管理者好みのいい映画だった。
『華麗なる闘い』(内藤洋子、岸恵子のファッションデザイナーの世界)
『国際秘密警察 火薬の樽』(和製007のような映画)
『こだまは呼んでいる』(成瀬映画の助監督経験の本多猪四郎監督。山梨の路線バスという点で『秀子の車掌さん』に少し似ている)
今年になって観た映画では、現在も上映中(もうすぐ終了)の『ミセス・ハリス、パリへ行く』(MRS HARRIS GOES TO PARIS)が新作では久しぶりに素晴らしい傑作だった。
この映画のタイトルはフランク・キャプラ監督『スミス都へ行く』(MR. SMITH GOES TO WASHINGTON)1939が基になっているのは
間違いないと思われるが、ハリスとパリスが韻を踏んでいてその点もお洒落だ。
上品なユーモアが散りばめられた台詞と人間の善意を描いた点、ラストに暖かい気持ちにさせてくれるのはキャプラ作品に通ずる。
ディオールのオートクチュールの世界も興味深かった。ドレスへの憧れの気持ちは管理者には分からないのだが・・・
U-NEXTで観た昨年のテレビドラマ「エルピス」。評価の高いドラマだけあって見ごたえ十分の作品だった。
全10話を2日間で一気に観てしまった。
NEW 2022.11.5 U-NEXTで観た田中絹代監督『お吟さま』について
管理者はサブスクネット配信のU-NEXTを、毎月コンビニで30日間見放題のカード(1980円:新作等の視聴に使える1200ポイント付)を購入して観ている。
最近観たのがタイトルにある『お吟さま』(1962)。
田中絹代監督作品の6本のうち、これまで『恋文』『月は上りぬ』『乳房よ永遠なれ』『女ばかりの夜』は観ていたが、『お吟さま』は今回初めて観た。
それほど期待しないで観たのだが、これが素晴らしい傑作だった。
何よりもまず驚いたのはカラー映像の美しさ。昨年だったか東京国際映画祭で4K版上映があったようで、
デジタルリマスターされたものがネット配信されているのだと思うが、とにかく綺麗な映像だ。まるで2022年の新作映画のよう。
撮影は宮島義勇なので、色彩、構図とも最高に美しい。原作=今東光、脚色=成澤昌茂、美術=大角純一、音楽=林光などスタッフも一流だ。
主演の有馬稲子(利休の娘=吟)をはじめ、仲代達矢(高山右近役)、中村雁治郎(千利休)、高峰三枝子(利休の妻)、滝沢修(豊臣秀吉)、淀(月丘夢路)、
田村正和(吟の弟)の他、笠智衆、千秋実、富士真奈美、南原宏治、伊藤久哉などの豪華俳優たち。
にんじんくらぶ製作なので、特別出演で岸恵子も。馬に乗せられ刑場に向うキリスト教信者という役だったが・・・
映画は「悲劇」そのものであり、ユーモラスな会話などは無かったように思える。
管理者は成瀬映画、小津映画、川島映画を好んでいるので、「笑い」の無いこういう作風の作品は少し苦手なのだが
本作はそういうことを意識しないほど、名優たちの演技、きらびやかな衣装、美術セット、ロケーション風景など
に魅せられた。
最近、海外で女流映画監督としての田中絹代が発見、評価されているとのことだが
『お吟さま』を観れば納得できる。個人的には『月は上りぬ』が一番好きなのだが・・・
旧作日本映画の奥深さを再認識した1本だった。
まだ先だが、来年の1/1~1/7、東京の早稲田松竹で田中絹代監督特集として5作品が上映される。
「あなたにとっての日本映画の最高傑作は?」と問われたらどう答えるか。
管理者なら成瀬映画、小津映画、川島映画を筆頭に、すぐに30本くらいの候補が挙がってしまうので、
そこから1本を選ぶのには1週間くらいかかってしまうかもしれない。
ただし「最も感動的な日本映画を1本挙げれば?」との質問はすぐに回答可能だ。
今回のタイトルに挙げた稲垣浩監督『手をつなぐ子等』(1948 大映京都)である。
トップページに紹介したが、池袋・新文芸坐の稲垣浩特集で9/27火曜日に3回上映される。
新文芸坐HP
稲垣浩監督といえば一番有名なのは『無法松の一生』(東宝でのリメイクの三船敏郎/高峰秀子も含めて)だろう。
しかし管理者にとっては稲垣浩監督の最高傑作は『手をつなぐ子等』となる。
坂東妻三郎版の『無法松の一生』と伊丹万作脚本、宮川一夫撮影は同じコンピ。
初めて観たのは2000年頃、今は無い東京・千石「三百人劇場」での撮影監督・宮川一夫特集での上映だった。
本作は原作=田村一二、脚色=伊丹万作、撮影=宮川一夫だ。
出演は小学校の訓導(教師)役の笠智衆、知恵遅れの少年・寛太役の初山たかし、寛太の母=杉村春子、
小学校の校長役に徳川夢声、寛太の親友で級長の奥村役が島村イツオなど。
初めてスクリーンで観て、感動のあまりしばらく席を立てないくらいだった。
笠智衆は教師や大学教授役が実に多いのだが、本作の松村訓導は小津映画を含めて笠智衆の全出演作の中
でもベストワンだと思う。
転校してきた寛太をクラスの生徒に紹介し、「寛太くんをいじめたりしてはいけない。寛太くんに親切にできるかどうか
みんなの義侠心(ぎきょうしん)が試されている」と、時代劇や任侠映画に出てくるような「義侠心」という言葉にしびれた。
ラストは小学校の卒業式のシーン。ここはテレビドラマの「金八先生」とは対極にある抑制された演出となる。
これは実際に観て体感してほしい。
月並みなワードだが「人の善意に満ちた」しかし押し付けがましくなくスーッと心に入って来る日本映画の最高峰の1本だ。
なお、画質はあまり良くないが、本作はYouTubeにアップされている。
しかし未見の方は可能であれば是非この機会にスクリーンで集中して観てほしいと願う。
スクリーンで観るのと、YouTubeで観るのとでは感動の度合いが異なるだろう。
稲垣浩監督と成瀬巳喜男監督とのエピソードについて。
成瀬監督関連の会の際に、2020年に亡くなられた小谷承靖監督から聞いた話。
小谷助監督は、成瀬映画にも3本ついているが、稲垣監督にも助監督についている。
稲垣監督の部屋(監督の部屋だったか)にいた小谷助監督。
そこに表のドアをたたいて「巨匠、いる?」という声が。成瀬監督だ。
ドアをあけてそこに立っている成瀬監督を見て、「みきちゃん、どうしたの?」という稲垣監督。
二人は1936年の日本映画監督協会設立メンバー同士でもある。
成瀬監督の<巨匠>というお茶目な呼び方も微笑ましいし、「みきちゃん」という稲垣監督の親しみを込めた呼び方も
素敵だと感じたエピソードである。
稲垣浩監督のお墓は谷中墓地にある。
NEW 2022.8.30 高峰秀子著「巴里ひとりある記」を読んで
高峰秀子著「巴里ひとりある記」(河出文庫、河出書房新社)を読んだ。
高峰秀子は昭和26年6月~11月、バリのカルチェラタンのアパートで下宿生活を送っている。
このことは、高峰秀子の著書の文庫本「わたしの渡世日記(下)」(朝日新聞社)にも詳しく記述されていて
これまで何度か読み返していた。今回読んだ著書は文字も大きく日記体で読みやすい。
本書を読んでの感想は主に2つ。
1つは、パリでの高峰秀子のポートレート写真。
当時27歳の高峰秀子はもちろん綺麗なのだが、どれもが解放感に満ちた実に生き生きとした表情に驚く。
写真を見ると、日本から遠く離れた憧れのパリの生活で自由を満喫していることがわかる。
見ていてこちらまで幸せな気分になるポートレート写真である。
文庫本のモノクロ写真なのでそれぼと鮮明な写真ではないが・・・
一つ疑問なのは、写真は一体誰が撮影したのか? 本書は昭和31年に当時の映画世界社という出版社から刊行されているので
雑誌社が出版を意図してカメラマンを派遣したのかもしれない。正確な事情は不明だが。
2つ目は、下宿したアパート(アパルトマン)の場所。
パリの5区、ピエール・ニコル通り(La rue Pierre-Nicole)にあるアパート。
「わたしの渡世日記(下)」には 「東京でいえば本郷辺に当たる大学街にあった」と記述されている。
現在だとメトロのPort-Royal駅の近く、リュクサンブール公園やパンテオン、ソルボンヌ大学に近い
パリの中でも歴史的な古い地域である。
管理者は住んだことはないが、これまでパリへは旅行で4回行っている。
一番最近行ったのもすでに25年前になるので、最近のパリについてはよくわからない。
滞在は4回とも1週間から2週間くらい。そのうち一度はカルチェラタンの上記の通りのほとんど隣の
アベ・ドゥ・レぺ通りの安ホテルの屋根裏部屋に3日ほど滞在したこともある。
この通りは管理者が20代の頃から愛読している哲学者、フランス文学者の森有正も一時期住んでいた通りだ。
森有正は昭和25年にフランス留学してそのままパリに住んだので、高峰秀子とは同じ時期にパリにいたことになる。
当時パリにいた日本人は少なかっただろうし、高峰秀子はフランス文学者の渡辺一夫に下宿を紹介されたと記述しているので
渡辺一夫ともちろん交流のあった森有正(同じ東大の教師)と会ったのか個人的には凄く興味がある。
会っていたら高峰秀子は書いていたはずなので会っていないのかもしれないが・・・
メトロやバスも使って、パリの様々な地域を歩き回ったが、個人的には
高峰秀子の下宿があったカルチェラタンの界隈はパリでも一番好きな地域だ。
リュクサンブール公園の少し北のあたりに、旧作日本映画を上映している名画座もあり、
25年前に行ったときは「小津映画特集」をやっていて(字幕はフランス語)、日本でもすでに観ていた
『東京暮色』と『小早川家の秋』を観に行った。100席くらいの小さな名画座だったがフランス人で満席だった。
日本人は管理者一人だったように記憶している。
日本に帰ってきて知人には「パリまで行って小津映画観なくても・・・」と言われたが。
NEW 2022.7.7 特技監督 中野昭慶氏の語る成瀬監督
特技監督の中野昭慶(なかの・てるよし)氏が6月27日に病気で亡くなられた。86歳。
ご冥福をお祈りしたい。
先日下記のインタビュー本を読んだばかりだった。
書籍「特技監督 中野昭慶(中野昭慶、染谷勝樹著 ワイズ出版文庫)」
中野氏が特技助手時代の『キングコング対ゴジラ』『モスラ対ゴジラ』
『三大怪獣 地球最大の決戦』など一連の本多猪四郎監督、円谷英二特技監督の怪獣映画/特撮もの
で育った管理者だが、中野氏の特技監督作品としては何といっても
『日本沈没』(森谷司郎監督 1973 東宝映画/東宝映像)が印象深い。管理者は15歳の時にリアルタイムで映画館で観ている。
当時のパンフレット表紙写真。
私が親しくしていただいた故・石田勝心監督の作品『東京湾炎上』(1975)の特技監督でもある。
書籍にはこの2作品のエピソードの証言もあり興味深く読んだ。。
前述の書籍を読んで初めて知ったのは、中野氏は特技監督助手の前にいわゆる「本編」の助監督時代があり、
成瀬映画『夜の流れ』(共同監督:川島雄三)、『秋立ちぬ』の2本の助監督だったこと。
これにはかなり驚いた。
そして、中野氏が成瀬演出の素晴らしさを熱く語っている箇所(P70-P73)にも感銘を受けた。
一部引用すると
P70-P71
中野 成瀬さんに就いていると分かるんだけど演出がみんな必然なんだよな。長い芝居やってて、
ここはちょっとポイントで(キャメラ)寄ってみたいな時には必ず寄っていくという、実にそれが
自然なんだよ。
--- 成瀬作品では『女が階段を上る時』(60)がお好きなそうですね。
中野 うん、『女が階段を上る時』は好きだな。成瀬さんの巧さが最高に凝縮された作品だと思うんだよ。
~略~
P72-P73
--- 面白いなぁと思うのは、岡本喜八さん、森谷司郎さん、西村潔さん、新東宝に行った石井輝男さんとか、
アクション物、娯楽作品が得意な監督がみんな成瀬さんに影響を受けていると発言していることなんですが。
中野 それは物凄く合理的な職人芸なんだよ。もう全くムダがない。ヨーイからカットまでで、声の部分を切ったら
そのまま繋がるという位、全部編集が分かってて撮っていくというね。ぼくなんかもあるんだよ。
特撮で中抜きで間のシーンを撮らないで上手く処理してしまうとか、そういう成瀬さんの影響がね。
~略~
話は変わるが、U-NEXTの有料配信で観た『あのこは貴族』(監督・脚本=岨手由貴子、原作=山内マリコ 公開=2021)
が管理者の好きなタイプのとてもいい映画だった。門脇麦、水原希子、高良健吾、石橋静河、山下リオなど。
俳優の演技に加えて、編集のテンポ、簡潔な台詞、ロケーション映像の美しさなどが気に入った。
NEW 2022.6.28 現在上映中の『メタモルフォーゼの縁側』は傑作
新作の映画(外国映画、日本映画とも)を映画館に観に行くのはレアケースなのだが(観に行きたいと思わせる映画があまりに少ないので・・・)、
これは観たいと思った新作の日本映画『メタモルフォーゼの縁側』(狩山俊輔監督)を観てきた。
久しぶりにグッときた日本映画だった。個人的には今年の日本映画ナンバーワン、といっても他には『シン・ウルトラマン』を観ただけだが(笑)。
原作は漫画でこれは読んでいない。脚本は岡田恵和。
17歳の女子高生=佐山うらら(芦田愛菜)と75歳の老婦人=市野井雪(宮本信子)が、ふとしたきっかけでBL(ボーイズ・ラブ)の漫画
を通じて友達になり・・・
管理者は現在64歳だが、漫画は手塚治虫、ちばてつや、石森章太郎、赤塚不二夫、望月三起也といったレジェンドたちの作品
を小学校~中学校時代にたくさん読み、彼らのの作品は大人になっても読み続けている。
しかし、それ以外の漫画はほとんど読まず、少女漫画はまったくといっていいほど疎い。
大昔に「サインはV」「アタックNo1」くらいは読んでいる。スポ根ブームの時代。
この映画でBLというジャンルがあることも初めて知った。
特に大きな事件は起きず(小さいサプライズはあるが)、日常生活を丁寧に淡々と描く点では、成瀬映画や小津映画の世界である。
タイトルの「縁側」がいい。
美術セットとして小津映画には庭側からのショットはほとんど登場しないので
縁側の登場機会はほとんど無い(未見の初期のサイレント映画にはあるかも)が、
成瀬映画にはよく庭と縁側が登場する。
『めし』『稲妻』『驟雨』『妻の心』『女の座』『放浪記』など。
本作でも縁側で芦田愛菜と宮本信子が漫画を手に談笑する素敵なシーンがある。ラストにも縁側が登場。
あざとい+説明的な演出を排した日常のスケッチのようなラストがまた素晴らしい。管理者の好みであり成瀬、川島テイストだ。
それにしても芦田愛菜の自然な演技は凄い。
子役時代の彼女にはあまり興味が無かったが、現在の女子高生の芦田愛菜は魅力的だ。
前作『星の子』(大森立嗣監督 2020)でも、コンプレックスを抱えた地味な女子高生役を好演していたが、
本作の芦田愛菜も同様のどこにでもいそうな目立たない女子高生役。
本作での彼女の演技力は多くの方が評価しているが、納得である。
相手の宮本信子が素晴らしいのは言うまでもない。
原作にもあるのだろうが、75歳の老婦人が若者に人気のBL漫画にはまるという、好奇心旺盛で柔軟な心が素敵な人物設定だ。
個人的には本作に登場するBL漫画「君のことだけ見ていたい」(このタイトルがいかにもBL)
の作者の漫画家=コメダ優役の古川琴音がとても良かった。漫画家の雰囲気が漂っていて。
後半サングラスをして登場する場面がカッコイイ。
芦田愛菜は子役時代から現在の高校生役まで、女優として成長し続けている。
成瀬映画研究家としてはどうしても成瀬映画を代表する高峰秀子を想起せざるを得ない。
管理者は高峰秀子の主演も含めた出演作を、成瀬映画、木下映画を中心に55本くらい観ている。
少なくとも『秀子の車掌さん』あたりまでの高峰秀子(17歳)とは肩を並べているのではないか。
芦田愛菜が今後も女優を続けていくのか不明だが、例えばあと10年後くらい、27-8歳の時に
色気のある大人の女を演じていることを想像するのも楽しい。
個人的なことになるが、彼女は管理者の出身小学校(東京の区立)の45年くらい下の後輩である。
どうしても気になるロケ地。冒頭の宮本信子が歩く場所、そして芦田愛菜がスマホで宮本信子に電話する
場所は、JR王子駅の歩道橋だろう。二人が知り合う本屋は高円寺に実在するようだ。
外国映画ではこれも久しぶりに感動的な映画に出会った。
『CODA あいのうた』(監督、脚本:シアン・ヘダー)
今年のアカデミー賞受賞作品であるが、これは映画史に残る傑作の1本だろう。
音楽好きの管理者にとっては、映画の中で流れる合唱の音楽と主演のエミリア・ジョーンズの
素晴らしい歌声に酔いしれた。
ネット上にあるサントラ盤を毎日のように聴いている。
今回ユーチューブのチャンネル(=旧作日本映画ロケ地チャンネル)にアップするにあたって、久しぶりに『まごころ』を観た。
以前日本映画専門チャンネルで放送された録画(ブルーレイとDVDに保存)で。ユーチューブ上にもアップされているが画質があまりよくない。
さすがにブルーレイ録画は綺麗な映像。
そこであらためて気づいた点が二つ。
(1)原作は石坂洋次郎だが脚色は成瀬監督
(2)1939(昭和14)年の作品で、この時成瀬監督はまだ34歳の若さ
(2)でいえば、とても34歳の若さとは思えない、円熟した演出に唸る。
戦後の傑作につながる「視線の交錯」の効果的な使用、加藤照子から悦ちゃんへ同じ姿へのオーバーラップ、
河原のシーンで加藤照子が母・入江たか子に言う「おかあさんもさよならしないといけないでしょう」というタプルミーニングの深い台詞を子役に言わせるセンス、
そして学校の裏庭のベンチでの加藤照子と悦ちゃんの二人のポジションを微妙に変えていくスリリングなアクションの演出など、
1997年の東京国際映画祭の「ニッポン・シネマ・クラシック」(封切時以来の上映)で初めて観て以来これまで20回以上は観ている作品だが、
個人的には現存する69本の成瀬映画のベスト5の1本だ。
(1)について
成瀬映画の脚本家=シナリオライターといえば、水木洋子、田中澄江、井手俊郎、松山善三、橋本忍、笠原良三、菊島隆三、八住利雄、新藤兼人、小国英雄など
日本映画を代表する名脚本家たちの名前が出てくる。
しかし脚本(オリジナル)や脚色(原作)の本数からいうとなんと一番多いのは成瀬監督自身である。
現存しない松竹蒲田時代のサイレント映画も含むが、管理者の調べたところでは、脚本&脚色で21本、共同脚本1本=『春の目ざめ』(1947):八住利雄、共同脚色1本=『杏っ子』(1958):田中澄江。
89作品のうち23作品でシナリオに関わっている。
シナリオの(説明的な)台詞をどんどん削ってしまうことで有名な成瀬監督なので、実質的にはすべての作品のシナリオに関わっていると言えるのだが・・・。
『妻よ薔薇のやうに』『女人哀愁』『鶴八鶴次郎』『はたらく一家』『秀子の車掌さん』『旅役者』『なつかしの顔』などはすべて成瀬監督の脚本または脚色+演出である。
成瀬監督の脚本執筆時のエピソードを面白く紹介しているのが、成瀬監督を尊敬していたP・C・L~東宝時代の後輩の黒澤明監督。
日本映画監督協会の先輩監督に聞くというインタビュー映像シリーズの一つで、聞き手は当時理事長だった大島渚監督。
「見せてくださいよ」との黒澤監督に対して「うふふ」と微笑みながら机の上のノートを覗かせたそうだ。
そこには「誰かの部屋」「誰かと誰か 何かしてる」と書いてあったとのこと。
黒澤監督は笑いながら、「でも成瀬さんは自分で演出するんだからそれでいいんですよ」と話していた。
タイトルの話の前に、U-NEXTで配信追加(有料ポイント550円)になった新作の『ウエスト・サイド・ストーリー』を観た。
管理者はスピルバーグ監督の作品をもちろんこれまで数多く観てきているが、少し苦手な監督である。
同年代のアメリカの映画監督でいえば(ロバート)ゼメキス監督作品の方が好みだ。
そして本作は有名な作品のリメイクだし、観たことはないがこれまでブロードウェイや日本での公演も数多くあり、
それほど期待して観たわけではない。
しかしこれがなかなかいい作品だった。
管理者は若い頃から日本映画、外国映画を問わず、たくさんの映画を観てきたが
64歳の現在の映画の見方はとてもシンプルになってきている。
映画鑑賞で一番大事にしているのは「映像や音楽などから受ける感覚の心地よさ」そしてできれば「ハッピーエンドもの」である。
ストーリーや社会・時代背景や、本作でいえば1961年版とのテーマ比較といった説明は、
映画評論家やインターネット評に多く書かれるのでそれも参考にしつつだが、個人的にはあまり興味の無い要素だ。
本作で言えば、ダンスパーティでの「マンボ」のシーン。
バンドに「もっと乗れる音楽を」との台詞の後に、バンドがラテン調の演奏に変えて皆が踊り出す。
シャークスとジェッツの若い衆たちが向き合って「マンボ」と叫んだ直後の斜め俯瞰からのロングショット。
ダンスの切れとレナード・バーンスタインの名曲のかっこいい演奏が融合する瞬間。
時間にして1-2秒だが、この瞬間の素晴らしさだけで本作はお気に入りになった。
本作の最大の見どころはこのショットだと思う。
この後トニー(アンセル・エルゴート)とマリア(レイチェル・ゼグラー)が遠くから見つめ合うショットが続く。
ここは1961年版では他の者たちにボカシがはいったような映像だったが、本作の方はボカシはなく、
この映像表現に関しては本作の方が良い。
この二人の出会いのカメラワークは、管理者が中学生の時に夢中で何度も映画館に通った『小さな恋のメロディ』
のマーク・レスターとトレーシー・ハイドの姿を連想してしまった。
マリア役のレイチェル・ゼグラーは、個人的には1961年版のナタリー・ウッドよりも好きだ。
日本の黒木メイサに少し似ている感じでキュートである。
1961年版も本作も、魅力は何といってもレナード・バーンスタインの音楽にあることは言うまでもない。
ラストは悲劇的なのでそこはあまり好きではないのだが・・・
警視庁物語については本エッセイの2021年11月1日にすでに書いた。
その後U-NEXTにシリーズ作品の見放題配信がアップされ、現在シリーズ24作品中なんと23作品が視聴できる。
残りの1本は、一部のシーンの映像が不調の理由でDVD化もされていない『謎の赤電話』だが、
これは先月と今月に、デジタル修正をされた作品がCS東映チャンネルで放送(次回は4/22放送)。
映画館のスクリーンではないが(数本は名画座で観ている)シリーズ24作を全て観賞できたのは嬉しい。
ロケ地関連だと『全国縦断捜査』(1963 飯塚増一監督 東映)では、返還前の沖縄ロケ地(那覇市など)が登場し、
長田部長刑事(堀雄二)が東京から出張して捜査に当たる。管理者は仕事で那覇には4回ほど行ったことがあるので
当時の国際通りの映像などがとても興味深かった。これもU-NEXTで視聴可能。
とにかく警視庁物語シリーズ24作品(監督は多数)は、どれも良く出来ていて観る者を飽きさせない。
当時脚本家と警視庁の刑事部鑑識課付の主任技師を兼務していたとの長谷川公之氏による脚本
なので、実際の事件と捜査手法などをヒントに書かれたらしい。そのせいか捜査本部内での台詞もリアルに感じる。
24作品全て観ると、神田隆演じる警視庁捜査一課主任が捜査本部で黒電話で会話する
(主に外で聞き込みをした刑事からの電話)姿が目に焼き付いて離れない。
NEW 2022.3.25 生誕100年 特撮美術監督 井上泰幸展を観て
会の概要については本URL参照
管理者が小学生時代に夢中になって観た1960年代の東宝の特撮怪獣映画など、数多くの特撮作品
の美術設計図、撮影時のスナップ写真、台本など、貴重な資料がたくさん展示されていて
非常に見ごたえのある展覧会である。特に管理者(60代前半)と同世代の怪獣映画世代は必見だ。
展示物の撮影は禁止となっているが、1箇所撮影OKのコーナーがある。
それが『ラドン』(1956 本多猪四郎監督 東宝)のラスト近くでラドンが福岡市を襲う際に登場する、
「西鉄福岡(天神)駅」(Wikiによると当時は「西鉄福岡駅」)
と岩田屋百貨店のミニチュアセットの復元展示だ。写真参照。
当時のミニチュアセットを細かいところまで再現したこれは、この展覧会の目玉展示である。
とにかく凄い。映画『ラドン』を小学生時代(テレビ放送)からこれまで10数回観ている
管理者にとっては、あまりの素晴らしいミニチュア再現に感動の一言だ。
会場には再現セットのメイキングを紹介した7分程度の映像がモニターに映し出されている。
それを観て更に感動。匠の技というか特撮のミニチュア製作のプロフェッショナルの方たちの
インタビュー。製作の苦労話は泣かせる。
一番下=3枚目の写真は当時の映画の看板を再現している。
これは以前日本映画専門チャンネルで放送したことのある
『女囚と共に』(久松静児監督 東京映画 1956)。
女子刑務所を舞台にした異色の映画で、原節子、田中絹代、久我美子、杉葉子、岡田茉莉子、香川京子、
木暮実千代、淡路恵子、中北千枝子など物凄い豪華女優陣(男優は十朱久雄、上田吉二郎など)の映画だ。
もちろん『ラドン』と同年の公開である。この看板にはびっくりした。
管理者は7年ほど前、仕事で佐賀県に行ったとき、西鉄柳川駅からこの西鉄福岡(天神)駅まで
西鉄に乗ったことがあるので、その点でも興味深かった。
本題の前に一つ。
先日雑誌「キネマ旬報」に掲載された「2021年キネマ旬報ベスト・テン」の記事を読んだ。
個人的に軽い衝撃があった。
それは、ベスト・テンに選出された日本映画、外国映画とも、観たいと思う映画が1本も無い !
管理者は日本映画、外国映画とも圧倒的に旧作映画のマニアで、成瀬映画、川島映画、小津映画などを中心に
気に入った旧作映画は何度でも観る主義だし、もちろん未見の(面白いと評判の)旧作映画は何よりも観たい。
外国映画ではビリー・ワイルダー、シドニー・ルメット、アルフレッド・ヒッチコック、アンリ・ジョルジュ・クルーゾー
フランク・キャプラ、ルイ・マル、イングマル・ベルイマンなどの作品。
今は毎月カードを購入して観ているU-NEXTを中心に日本映画、外国映画とも旧作を中心に、時々新作も観ている。
管理者はもちろん映画は映画館のスクリーンで観たいと思っているが、2021年のベスト・テンで
観たい映画が1本も無いのである。
残念ながら年々観たい映画(日本映画、外国映画とも)が少なくなっていたが、これまでは1本くらいは
「これは観たいな」という作品があった。それがついにゼロとなった。
少し前に書いたが2021年に観た新作映画は下記の3本だ。
・『ゴジラVSコング』→品川のIMAX3D
・『パンケーキを毒見する』
・『サマー・オブ・ソウル』
今年2022年に観た新作映画(実際は旧作映画だが)は、IMAXで3日間(5日間だったかも)限定の
『ザ・ビートルズ ゲットバック ルーフトップコンサート』1本だけだ。
管理者は1971年か72年、中学生の時にリアルタイムで『レット・イット・ビー』を有楽町の映画館で
観ている。アップル社の屋上ライブをスクリーンで観たのは50年ぶりだ。
今年も旧作(未見の作品は名画座などで)を観ることが多くなりそうだ。
トップページに掲載したが、5/18に成瀬映画3本が初DVD化される。
『妻の心』『くちづけ』『浦島太郎の後裔』。
何といっても驚きは『浦島太郎の後裔』。これはまずDVD化されないと思っていた。
成瀬映画の中でもとびきりの異色作である。
あの藤田進の「あーあー」という奇妙な叫び声は何度観ても「なんだこれ」と言う感じだ。
しかし、若き高峰秀子はとてもチャーミングだし、杉村春子、中村伸郎、菅井一郎、宮口精二、山根寿子など
共演者も豪華である。1946年当時の東京の風景も興味深い。何回か観ると「案外いい映画だな」と。
『妻の心』は何といっても銀行員役の三船敏郎がいい。
黒澤映画のイメージとは異なる抑えた演技のダンディな三船も魅力的だ。
高峰秀子と三船の、雨の公園の休憩所での視線のやり取りは、成瀬映画の雨のシーンの中でも屈指の名シーン。
管理者が大好きな『くちづけ』。三話オムニバスだが、第二話「霧の中の少女」(鈴木英夫監督)が一番かと。
会津地方の実家で夏休みを過ごしている司葉子の綺麗さ+可愛らしさは凄い。司葉子ファンは必見だ。
成瀬監督の第三話『女同士』。
『浮雲』を発表した後の、力を抜いたような40分たらずの短篇だが、これが実に成瀬調の名作。
個人的には『浮雲』よりもこの第三話の方が好きだ。
上原謙の妻役の高峰秀子の演技も『浮雲』の熱演とは異なり、リラックスして楽しんで演じているように見える。
八百屋のあんちゃん役の小林桂樹のあざとくないユーモラスな演技も最高だ。
クラシック音楽でいえば、弦楽四重奏曲の名曲(例えばブラームス)のように楽しめる。
ブルーレイやDVDの録画は持っているのだが、1/19の初DVDで思わず買ってしまった川島映画『人も歩けば』と『箱根山』。
『人も歩けば』を初めて観たのは、確か2001年、当時の千石・三百人劇場での川島雄三特集の「乱調の美学」(ワイズ出版に同名の書籍あり)だった。
その時から「どうしてこんな素晴らしく面白い映画がDVD化されないのだろう」(当時あった東宝の通販ビデオ=1本\9000くらいした!にも無かった)
と思っていたので感慨深い。本作を知ったのは、本ウェブサイトが出来た時にお祝いコメントもいただいた立川志らく師匠から「面白いですよ」と。
本作はこれまでスクリーンや保有のDVDやブルーレイ(生誕100年特集では衛星劇場ですべての川島映画がデジタルリマスターの綺麗な映像で放映された)
で15回以上は観ていると思う。そして今回もDVDを観た。特典映像の予告編は初めて観た。
映画は初めて観る時は、ストーリーの起伏が少ない小津映画や成瀬映画でも、どうしてもまずストーリーを追うことになる。
2回目以降は、台詞や場面転換、カメラワーク、美術、小道具などの細かい点に気付くようになり、ついにはトリビア的になっていく。
今回あらためてDVDを観て気付いた点(疑問点も含む)を挙げてみる。
・本作の約10分に及ぶアバンタイトル。初めて観る方はその斬新な構成に度肝を抜かれると思う。
冒頭、犬に関するショットがリズミカルに執拗に続く。
これは管理者の想像なのだが、このショット展開はビリー・ワイルダー監督『昼下りの情事(Love in the Afternoon) 』(1957)
の同じく冒頭のパリでの恋人たちのキスの連続ショットにインスパイヤ―されたものだと思う。
ナレーション(フランキー堺)の調子も含めて似ている。
・行方不明の砂川桂馬(フランキー堺)を探す義母の成金キン(沢村貞子=インパクトのある役名!)と妻の富子(横山道代)。
私立探偵・金田一小五郎(藤木悠)が、桂馬探しを50万円でと話すと、
キンは「うちでは警察に頼むの、警察はタダだからね。広告もおごるの」と言う。
この沢村貞子の台詞の「広告をおごる」だが、普通は「広告を出す」だろう。
ここのおごるという言葉は「東京の下町言葉」のように感じる。
管理者も東京の下町に近い地域で生まれ育ったので、この「おごる」という言葉は身近にあったように思う。
この台詞に限らないが、本作での沢村貞子の早口で威勢のいい台詞回しは最高だし、他の女優にはできない
ようなはまり役である。
・質屋に同居している銀座のデパート勤務の成金清子(小林千登勢)。二階の清子の部屋は何度が登場するが
よく見るとレコードジャケットが飾ってある。小さいレコードプレーヤーも。
管理者は10代後半からジャズを聴き始めて現在まで45年くらいのジャズマニアなのだが、
甘いマスクのトランペット奏者兼ボーカリストのチェット・ベイカー「CHET BAKER SINGS」(1956)
のジャケットが映っている。助監督や小道具担当にジャズファンがいたのかも・・・
映画公開の1960年の頃は、アート・ブレイキーなどジャズブームだったので、チェット・ベイカーも
ポピュラーだったのかもしれないが、このレコードジャケットは渋いと思った次第。
・桂馬が宿泊する埋立地の簡易ベッドハウスの主人・並木浪五郎(加東大介)。
加東大介は「ロシア文化好き」である。
桂馬と将棋を差す後方の壁には「モイセーエフ国立舞踊団」(と読める)の公演ポスターが貼られている。
そして酒を飲んでロシア民謡(曲名知らずだが聴いたことのあるメロディ)を唄い、
服装もロシア風。極めつけは、よく吠える飼い犬に対して「ナターシャ」と叱る。犬の名前がナターシャ(笑)。
もし今の映画やテレビドラマであれば、「御主人はロシア好きなんですね」といった台詞があるのが普通ではないか。
小津監督、成瀬監督とも共通するが、川島監督もこういう演出や台詞でそういう野暮な説明は一切しない。
今の映画やテレビドラマがいかに説明過剰かをあらためて感じた。
・同じく加東大介。二日酔いの加東大介が埋立地の海に釣り竿を持ってくると、すでに坐って釣り糸をたれている
フランキー堺がいる。当時の東京湾(どこらへんだろう。豊洲あたりかとは思うが)の風景をバックにした二人の
会話は、マシンガントークのような早い台詞の応酬とスピーディなストーリー展開の中で、ゆったりとした
抒情性溢れるとてもいい場面だ。
ここで加東大介は「(1964年)の東京オリンピックに反対だ」と強く主張する。
赤坂で店をやっている別居中の妻(同年の『赤坂の姉妹より 夜の肌』の淡島千景を想起)は
この場所に「オリンピックホテル」を建てると言っている、わしは3000人収容のベッドハウスを建てるべき。
オリンピックより住宅問題の解消が先だと。
このオリンピック反対は梅崎春生の原作にあるのかどうか分からないが、本作で脚色も兼ねている川島雄三
の主張だったのだろうか。謎だ。
もっとも1964年の東京オリンピックは、市川崑監督の傑作『東京オリンピック』を残してくれたので
やってよかったわけだが。
・圧巻のラスト展開。本作に限っては「ネタバレ」になるので言わないようにしたい。
そこにもいろんなトリビア要素(ある外国映画との類似など)がつまっていて愉しい。観てのお楽しみ・・・
面白さでは『人も歩けば』と双璧の『箱根山』。
特典映像には助監督を務めた故小谷承靖監督のインタビュー音声も入っている。
管理者は生前小谷監督から『箱根山』の撮影時のエピソードについてインタビューしたことがあり
ICレコーダーの音声も保有しているので、懐かしく聴いた。
加山雄三の演技もとてもいいし、当時18歳の星由里子のキュートさには圧倒される。
NEW 2022.1.17 昨年2021年に観た新作映画と旧作映画
1年間に新作の日本映画、外国映画がどれくらい公開されているのかは知らないのだが、合わせれば相当の数だろう。
コロナの影響ももちろんあるのだが、その中で管理者が「これは劇場で観たい」と思って映画館で観た新作映画は何と3本(笑)。
その3本とは
・『ゴジラVSコング』→品川のIMAX3D
・『パンケーキを毒見する』
・『サマー・オブ・ソウル』
厳選して観に行った3作品なので、もちろんどれも面白かった。
特に『サマー・オブ・ソウル』はジャズやクラシック、そして1970年代中頃までのロックを今でも愛聴している
音楽好きの管理者にとって、大きなスクリーンで観たいと思わせる音楽ドキュメンタリー映画だった。
特にザ・フィフス・ディメンションやスライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーン、そしてスティービー・ワンダー、
B.B.キング、ハービーマン、グラディス・ナイト・アンド・ザ・ピップス(バックコーラスの振付が植木等の映画のような感じで愉しい)
などの迫力あるパフォーマンスに興奮させられた。
1969年当時のアメリカやニューヨークの世相のドキュメンタリー映画としても素晴らしい。
この作品はネット上でも物凄く評価が高い。
『ゴジラVSコング』も東宝の『キングコング対ゴジラ』(1962)をおそらくリアルタイム(当時4歳なのではっきりとした記憶は無いのだが)
で観ている世代としては、観に行くのが義務のようなもので。こういう映画はIMAX3Dで観るに限る。
海上でのゴジラとコングのバトルは、大迫力の一言で圧倒された。
少し奇抜なストーリーではあるが、良くまとまったいい映画だと思う。映画賞には無縁だろうけれども・・・
本作はU-NEXTにある(ポイントが必要)ので、デスクトップPCでも観てしまった。
旧作映画はたくさん観た。
主にU-NEXTの配信(毎月コンビニで30日間視聴のカード購入)やBS、CSの放送で。
前に書いたが、東映の「警視庁物語」シリーズが一番印象深い。
U-NEXTにも入り、CSの東映チャンネルでも月に2本のペースで放送されている。
当時の2本立のプログラム・ピクチャだろうが、50数分から80分くらいの作品がほとんどで
地味な捜査の積み重ねのストーリー展開なのだが、脚本、演出、俳優がいいのでとても見ごたえがある。
U-NEXTは昨年から50年~60年代の東映東京の作品が数多く配信ラインナップに加わっているのだが、その中で
若き高倉健が刑事役の『静かなる凶弾』(1959 関川秀雄監督)→コンビの老刑事が志村喬。黒澤映画『野良犬』を想起。
『東京アンタッチャブル』(1962 村山新治監督)→先輩刑事が三国連太郎、脱獄囚が丹波哲郎の2本が特に良かった。
個人的には加藤泰監督の最高傑作と思っている『真田風雲録』(1963)も再見した。千姫を演じる本間千代子が可愛い。
洋画では同じくU-NEXTで『ワイルド・スピード」シリーズも5-6作品観た。
アクション映画は、「これで生きているわけがない」というアクションシーンがつきものだが、
『ワイルド・スピード』シリーズはその代表かもしれない。あそこまでいくとスカッと(死語?)する。
ストレス解消には最高のシリーズだ。
さて、トップページに紹介しているが今週1/19にいよいよ東宝から成瀬映画4本と川島映画7本の初DVD化となる。
成瀬映画はまだ未DVD化の作品も多々あるが、川島映画に関しては昨年来から今回のDVD化で
東京映画、東宝、宝塚映画時代の全15本(1本は成瀬監督との共同監督『夜の流れ』)がすべてDVD化されることになる。
本当に素晴らしいことである。東宝に拍手を送りたい。
成瀬映画はやはり『女の座』『女の歴史』が傑作だ。『妻として女として』は最初観たときはいい出来ではないと
思っていたが、最近何度が観直すと結構いいのだ。『ひき逃げ』は初めて観て以来あまりいい出来とは思えないのだが
成瀬映画の中ではあまり登場しない「スピード」の表現が多用されていて、異色作としての価値はある。
川島映画の7本はすべて傑作だが、特に『人も歩けば』と『箱根山』の2本は未見の方には絶対にオススメしたい。
管理者は現存する川島映画50本の中で映画のクオリティとしての最高傑作は『青べか物語』(既にDVD化)なのだが、
一番好きな作品は『人も歩けば』である。『箱根山』も相当好きなのだが。
トップページにリンクを貼っているYouTubeチャンネルの関連で、小津映画『晩春』をU-NEXTで再見した。
以前CSかBSで放送されたデジタル修復版のブルーレイ録画も持っている。
本サイトの『晩春』ロケ地ページにも書いたが、管理者は小津映画の中で一般的に人気の高い『晩春』はあまり好みではない。
最初に観たのは、管理者が18歳くらい高校3年か大学1年の頃、銀座並木座で観た記憶がある。
もう一本は『東京物語』だったかと。
その時も『東京物語』にはグッときたけれども、『晩春』は退屈だった。
原節子はその少し前(後?)に黒澤映画『白痴』のリバイバル上映が千石・三百人劇場であったときに
観に行ったのだが、「どうしてこの人が絶世の美女と言われるのか」と、原節子はいいと思わなかった。
『白痴』で言えば久我美子の方が断然綺麗だと思った。その印象ははっきり覚えている。
その10年後くらいに、成瀬映画『めし』の原節子を観て認識をあらため、原節子ファンになった。
つまり管理者はこれも何度も本サイトに書いているが、小津映画の原節子は『東京暮色』『小早川家の秋』などを除けば
あまり好みではない。圧倒的に成瀬映画の原節子の自然な演技に魅了されてきた。現在も変わらない。
久しぶりに観た『晩春』。ほとんど記憶に無かったあるシーンがとても気に入った。
『晩春』で有名なのは、ラスト近くの京都旅行の宿での父親=笠智衆との会話のシーン、
父親の助手=宇佐美淳との七里ガ浜でのサイクリングシーン、そして染井能楽堂の能鑑賞のシーンなどが
挙げられる。
管理者が今回観て気に入ったのは、シナリオ集「小津安二郎全集 下」(井上和男編 新書館)の
P61、シーンナンバー49 東京 焼跡の空き地 子供たちが三角野球をやっている。
P61、シーンナンバー50 田口(注:笠智衆の妹役=杉村春子)の家の子供部屋
ここでのまさ(杉村春子)の息子の勝義(愛称ブーちゃん 十二=青木放屁)と彼の叔母=紀子(原節子)との
会話がとにかく可笑しい。
ブーちゃんはイスに坐っている叔母=紀子に背を向けて野球のグローブを磨いている。
紀子が「どうして野球しないの」と訊いても何も答えない。不機嫌である。
「何おこってんのよ」に対して「エナメルが乾かないんだよ」。
ブーちゃんの服の背中に小さく16番と書いてある。
当時の巨人の川上。こんなのは外国人の小津研究者の人にわかるのだろうか?
「ああ、赤バットにしたのね」と言う紀子に、ブーちゃんは「そうだよ」とつっけんどんに答える。
「お母さんに叱られて泣いたんだろう」とからかう紀子に、ブーちゃんは「あっち行けよ紀子、ゴムノリ」と。
叔母の紀子を呼び捨てにしたり、ゴムノリという何だかわからない渾名が妙に可笑しい。
この子供部屋シーンのブーちゃんの若き叔母役の原節子は、リズミカルな台詞と柔らかい表情で
『晩春』の中で一番好きかもしれない。友達のアヤ(月丘夢路)との鎌倉の家の2階での会話シーンもいいのだが・・・
原節子は『驟雨』では姪=香川京子、『めし』では夫の姪=島崎雪子、『娘・妻・母』では兄夫婦(森雅之・高峰秀子)の子供
である甥(松岡高史)との会話シーンが生き生きとしていて大好きなのだが、もしかして管理者は娘役よりも叔母役の原節子が
お気に入りなのかもしれない。『晩春』の上記シーンを観てそのように感じた次第。
原節子の娘役、妹役では、『姉妹の約束』(1940 山本薩夫監督 東宝)や『兄の花嫁』(1941 島津保次郎監督 東宝)が
いいですな。まだ20歳~21歳くらいなのだが妙に色っぽくて・・・
NEW 2021.12.31 大晦日~元日のシーンが登場する成瀬映画
タイトルの成瀬映画は『夫婦」(1953)である。
大晦日の前に、クリスマスの時期が描かれる。
伊作(上原謙)は地方から東京へ転勤になったのだが住宅難で困っている。
妻が亡くなって一人暮らしをしている同僚の武村(三國連太郎)の家の1階に妻・菊子(杉葉子)と同居する。
クリスマスに三人で出かけ、小劇場のようなところで喜劇コントを観て笑う。
その帰り、クリスマスパーティをやっている店に入り、楽しそうにダンスをする三國と杉。
一人ぽつんとイスに座りつまらなそうに眺めている上原。
大晦日の朝。実家の佃煮屋?(看板にはうなぎ蒲焼とある)に行く杉は
着物をたたんだり、風呂敷に荷物を詰めたり忙しそうに動きながら
夫の上原に細々とした不満をぶちまける。それを火鉢の横で新聞を見ながら聞いている上原。
大晦日の朝の夫婦喧嘩。「少しかんがえてみます」との台詞を残して実家に向う杉。
実家は忙しく皆(父=藤原釜足、兄=小林桂樹、妹=岡田茉莉子)が働いている。
夜になって店が終った頃、夫への愚痴を母=滝花久子に話している杉。
母は「大晦日なんだから戻りなさい」と諭す。
火鉢の横で新聞を読んでいる上原のところへ2階から三國がやって来て
「腹へりましたね」と言って火鉢で餅を焼いて食べる。
そこへ実家からうなぎ蒲焼などの商品を持って帰ってきた杉。
一口食べて「うまい」という三國。その時に除夜の鐘が聞えて来る。
三國は気を利かして「そろそろ休みます」と2階へ引き上げる。
「寒かったろう」とねぎらう上原。「遅くなって」と杉。
家の前の通りのショットには、ラジオ(NHKの「ゆく年くる年」の放送?)の
男性アナウンサーの声がかぶる。
場面転換。
天気のいい空の凧のアップ。三國が近所の子供と原っぱで凧あげをしている。
凧が空中でからんでしまい、それを見て泣く子供のショット。
後ろの広い道路には玉電が走っている。場所はロケ地写真に掲載しているが
今の「池尻大橋」付近(これは以前年配の知人からの情報提供)らしい。
信じられないくらいの風景の変化。
と続く。
成瀬映画に登場する正月風景では『浮雲』の伊香保温泉のシーンも有名だ。
獅子舞が踊るショットは伊香保の有名な階段で撮影されている。
ロケ風景スチール写真(藤本真澄が映っている)もある。
森雅之が岡田茉莉子、次に高峰秀子と風呂に行く階段は世田谷に作られた
オープンセットだが。
成瀬監督は季節感の演出も秀逸である。前述『夫婦』の大晦日の夜のシーンは特に素晴らしい。
クリスマスの演出では、川島監督『とんかつ大将』(1952 松竹)も印象深い。
佐野周二と三井弘次の二人が、角梨枝子の小料理屋のカウンターで
日本酒を酌み交わすクリスマスの描写。川島監督らしいお洒落な演出だ。
クリスマスと大晦日では黒澤映画『醜聞(スキャンダル)』(1950 松竹)のシーンも素敵だ。
NEW 2021.11.29 U-NEXTで観た『雪の断章-情熱-』について
最初に、本HPにも紹介した11/13成城での川島雄三セミナーは、司葉子さんにもご参加いただき無事に
終了した。懇親会では司さんにいろいろと映画の話をしていただいた。
コロナの状況にもよるが来年の1月下旬頃に同じく成城で「小津映画と成瀬映画」セミナーを実施予定。
前から観たかった『雪の断章-情熱-』(相米慎二監督 1985 東宝)をU-NEXTの配信で観た。
斉藤由貴主演、共演に榎木孝明、世良公則、河内桃子など。
管理者は特に相米慎二監督のファンということではないが、ビデオやDVDで13本のうち9本を観ている。
本作は冒頭の10分くらい続くワンシーンワンカットのスタジオセットでの長回しが有名で、
確かに凄い美術セットと撮影だ。
ただし管理者は長回しよりも小津作品、成瀬作品のようなショットの積み重ねの作風を好むので
それほど感動することはない。
本作の映像表現で一番良かったのは、冒頭の伊織(斉藤由貴)の子供時代を描いた長回しの後、
最初に高校3年生になった伊織=斉藤由貴の登場のショット。これは斬新で驚いた。
10年後の字幕とともに、斉藤由貴の顔のアップ映像だが、バイクの後ろに上向きで坐っている姿。
松田聖子の歌を大声で唄っている。とにかく印象的な登場シーン。
子役から成人の登場シーンは他の映画にも見られる。
例えば成瀬映画では『放浪記』で冒頭のアバンタイトル~タイトルバックで両親と一緒の
ふみ子の少女時代が描かれ、本編のファーストシーンは、ふみ子(高峰秀子)が母親=田中絹代
が荷物をしょって行商をする。高峰秀子のナレーションと文字がファーストショット。
これは主演俳優が初めて登場する映像表現としてオーソドックスな例だろう。
川島映画の『暖簾』。アバンタイトル~タイトルバックで大阪の昆布屋に奉公した
吾平の子供時代の修行の様子がテンポのいいショット展開で描かれる。
監督川島雄三の後のファーストショット。
店の者から呼びかけられて「へい」と暖簾から顔を出すのが、成人した吾平(森繁久彌)。
この映像表現はとても素晴らしい。正に映画などの映像作品にしかできない洒落た表現だ。
それらと比較するとこの登場ショットはかなり過激でインパクトが大である。
斉藤由貴をどのように登場させようかと考え抜いた相米演出だろう。
もう一つ本作で管理者が、いかにも相米演出だと感じたのは音楽の使い方だ。
映画の後半で斉藤由貴が川を泳ぐシーン。
泳ぐ姿を川の中のカメラからとらえたショットや、俯瞰からのショットなどの映像に
突然、笠置シヅ子が唄う「買物ブギ」が流れる。
斉藤由貴が楽し気に泳いでいるのではなく、溺れている鳥を助けようと
必死に泳いでいるシーンに使われるのは理解不能だが、こういうセンスは好きである。
このシーンの「買物ブギ」を聴きながら想起したのは、少しマニアックな映画情報。
管理者は本作の後に、斉藤由貴が大森一樹監督と組んだいわゆる三部作、
『恋する女たち』(1986)『トットチャンネル』(1987)『「さよなら」の女たち』(1987)すべて東宝
の3本が大好きで特に金沢の女子高生をユーモラスに描いた青春映画『恋する女たち』は
これまでどれくらい観ているかわからない日本映画の中でベストテンには必ず入れたい1本だ。
黒柳徹子の自伝をベースにした『トットチャンネル』の中で、同じく『買物ブギ」が登場する。
NHKのスタジオセットの中で、笠置シヅ子役の室井滋が唄う横で、商店のセットの後ろを
黒柳徹子(映画では柴柳徹子)役の斉藤由貴が歩くシーン。
ディレクターからの駄目だしに笑ってしまうシーンなのだが、斉藤由貴主演の相米監督、大森監督の作品
で「買物ブギ」が共通しているのは今回観て初めて知った。
管理者が保有している『「さよなら」の女たち』DVDには特典映像で、斉藤由貴、大森一樹、
渡邊孝好(当時助監督)3人の対談が収録されている。
斉藤由貴はその中で相米演出と大森演出が対極的だったとその印象を語っている。
それを観ているので「買物ブギ」だけでも共通していたのは少し驚いた。
『雪の断章-情熱-』もお気に入りの日本映画の1本に加わった。
NEW 2021.11.4 来年2022.1.19に初DVD化される成瀬映画4本について
トップページにも紹介済みの情報だが、来年2022年の1月19日に、東宝から初DVD化の成瀬映画4本(他に川島映画も)が発売される。
『妻として女として』『女の座』『女の歴史』『ひき逃げ』。すべて1960年代の作品だ。
これでまだ未DVD化は『秋立ちぬ』(今回この傑作+人気作が何故入っていないのか不思議)、『妻の心』『妻』『夫婦』
『コタンの口笛』『杏っ子』『鰯雲』など(他にもたくさんあるが・・・)。
今後DVD化(またはU-NEXTなどの有料ネット配信チャンネル)されることを望みつつ。
ある作品についての個人的な「好き嫌い」「高評価・低評価」には以下の4つのパターンがあると管理者は考える。
(1)最初に観た時には深く感動し「好き・高評価」だった。それから10年や20年経って再度観直してもその評価は変わらない。場合によってはその気持ちが増大する。
(2) 〃 再度観直すと「それほどでもないな→嫌い・低評価」と感じる
(3)最初に観た時には「あまりよくないな」と「嫌い・低評価」だった。それから10年や20年経って再度観直したら「あれなかなか良い映画かも」と「好き・高評価」に転じる。
(4) 〃 再度観直しても最初に観たときの「嫌い・低評価」が変わらない。
これは映画に限らず、「テレビドラマ」「小説」「音楽」「演劇」「絵画」などにも当てはまる。
知識が増えたり、歳を重ねた人生経験などで芸術/娯楽作品の鑑賞力が高まった結果と言えるだろう。
その観点で、今回初DVD化される4作品について、上記の4つのパターンに当てはめて短いコメントをしたい。
成瀬映画に関して(2)は無いのだけれども。
(1)は『女の座』だ。初めて観たのがいつかは不明だが(他の3作品も同様)、管理者が成瀬映画を観始めたのは
1990年くらいからで生誕100年=2005年には現存する69本をすべて観ることができたのでその間ということになる。
フィルムセンター(現在の国立映画アーカイブ)、並木座、旧文芸座~新文芸坐、三百人劇場、ラピュタ阿佐ヶ谷か、
またはCS(現在はBS)の日本映画専門チャンネルで長年放映されていた「成瀬巳喜男劇場」などのどれかだろう。
『女の座』は初めて観たときから大好きな映画で、今でもその気持ちは変わらない。
途中不幸なことも描かれるが、タイトルバックに流れる少しラテン調の軽快な音楽の雰囲気そのままで
全体的に明るく、ユーモラスなシチュエーションや会話が多く、観ていて楽しい。
中でも、小林桂樹の中華料理店に手伝いに来た妹役の司葉子と、その店の常連で小林、司の妹・星由里子の友人
である夏木陽介が、短時間留守にしている小林桂樹不在の厨房に入って、自分で特製ラーメンを作って
しまう場面の、司葉子、夏木陽介の会話は何度観ても笑える。
この場面が大好きとの感想は、お二人にお会いした時に直接伝えたのだが。
笠智衆と杉村春子夫妻とその子供たち(一部は先妻の子供)の大家族を描いた典型的な家庭劇だが、
主演の高峰秀子をはじめ、草笛光子、司葉子、星由里子、淡路恵子、三益愛子、北あけみ、丹阿弥弥津子、
団令子、小林桂樹、加東大介、宝田明、三橋達也、夏木陽介、大沢健三郎など書ききれないほどのオールスター共演である。
そういえば本作にはあの中北千枝子が出ていない。
これだけのスターを一人一人丹念に描く井手俊郎、松山善三の脚本も見事だし、目線送りや人物のアクションを多用し
切れのある場面転換の成瀬演出は素晴らしい。
次に(3)は『妻として女として』。脚本は井手俊郎と松山善三のオリジナル。
森雅之、高峰秀子、淡島千景のドロドロした三角関係を中心に描いた通俗的な内容で、初めて観た時は
「これは成瀬映画の中では駄作かも」と感じたのだが、最近観直すと「なかなかいい」。
本エッセイにも書いたが、戦争中の回想のシークエンスは、最初森雅之と高峰秀子(愛人役)の会話から始まり
回想シーンの途中で森雅之と淡島千景(妻役)の会話になる、そして回想から現在への時間の飛躍のアクションつなぎ
など、じっくりと観ないと少し混乱してしまうような前衛的な編集は凄い。
同じく(3)は『女の歴史』。脚本は笠原良三のオリジナル。
高峰秀子主演の女の一代記もので、これも最初観たときは結構つらかった。
本作の音楽は、いかにも悲劇的なメロドラマ調のメロディ(斎藤一郎)でその印象も大きい。
本作は「現在」→「回想」→「現在」が繰り返される展開で、その構成もあまり好きではなかったのだが
今観るとそれほど気にならない。
本作では何といってもラスト前の高峰秀子(義母)と星由里子との雨の会話シーン。
大蔵団地前での傘を差した二人の会話、微妙に変化する二人の位置など、
成瀬映画に数多い「雨」の名シーンの中でも個人的にはナンバー1である。
→ロケ地の最近の映像はトップページにリンクしたYouTubeチャンネルを参照。
ラストの公園での高峰秀子と彼女の義母=賀原夏子のユーモラスな会話もいい。
本作は何が起こっても動じない賀原夏子の女の強さの描き方も魅力の一つ。
また20歳くらいの星由里子の色っぽい綺麗さも必見。
成瀬映画は本作1本の山崎努。独特の歩き方が黒澤映画『天国と地獄』の竹内役とほとんど同じ。
最後に『ひき逃げ』。脚本は松山善三のオリジナル。
管理者は1960年代の成瀬映画は全て好きなのだが、本作だけは「嫌い」まではいかないが「苦手」だ。
成瀬映画に頻繁に登場する要素の交通事故を全面的にフューチャーしたサスペンス調の作品だが、
前作の『女の中にいる他人』と比較すると、やはり出来は落ちるのではないか。
スピード感や自動車事故の直接的な描写など成瀬映画にはあまり観られない演出が随所にあり
「成瀬映画にはこんな作品もあるんだ」と異色作としては興味深い1本だ。
一人息子を自動車事故で失った高峰秀子の演技も、成瀬演出には珍しく感情過多で他の作品のような深みが感じられない。
これから先に起こるかもしれないことを描写する=フラッシュフォワードの手法が多用されていて、これもくどい。
成瀬映画ではこれ1本の手法ではないか。『朝の並木路』に少し似たような表現方法はあったと記憶しているが・・・
ラストも説明的なショット(これは観てもらうしかない)でこれも成瀬監督が最も嫌うものではなかったか。
どういう心境だったのか逆に興味がある。
本作の魅力を挙げれば、自動車会社の重役=小沢栄太郎の妻で、自動車事故の加害者+若い男(中山仁)と浮気をしている
司葉子。とにかく綺麗で色っぽい。これは必見だろう。横浜各地のロケーションも魅力。
川島映画は、同じく2022年1月19日発売の7作品追加で、日活、大映、東宝(含む東京映画、宝塚映画)はすべて
DVD化された。松竹時代の作品にはまだ未DVD化作品も多い。今後松竹の川島映画全作品DVD化に期待したい。
トップページに告知した11/13土曜日、成城一宮庵での「川島映画セミナー」では
現時点で未DVD化である7作品も部分的に特徴や演出術を中心に話をする予定だ。
それにしても私が現存する川島映画50作品の中で最も好きな『人も歩けば』がDVD化されるのは
素晴らしい×10という感じだ。他の6作品もすべて必見。
NEW 2021.11.1 『警視庁物語』シリーズと昭和30年代の東京のロケ地
昭和31年~昭和39年までの8年間に、東映東京で24作品製作された『警視庁物語』シリーズ。
有料ネット配信U-NEXTに10月下旬、11作品が追加された。また現在CS東映チャンネルでも月に2作品のペースで放映されている。
この映画シリーズのことを知ったのは雑誌「東京人」(2009年11月号)に川本三郎さんが書かれていた文章による。
当時の東京のロケーションのことも詳しく掲載されていた。文章を読んで「観たいな」と思った次第。
U-NEXTの11作品と東映チャンネルの10月の2作品を観た。
11作品というと相当時間がかかると考えるだろうが、このシリーズのいわゆるプログラム・ピクチャーで
短い作品だと55分程度から長くても80分くらいの作品なので、あっという間に観てしまった。
そして何よりも短時間なのに非常にリアルな雰囲気で良く練られた刑事ものであり、
タイトルに書いたように昭和30年代の東京各地(渋い場所が多い)のロケーションも魅力だ。
とにかく面白い刑事もの映画シリーズである。
本シリーズの脚本家の長谷川公之は、実際に当時の警視庁の法医学室主任技師であり、
その一方で映画の脚本を書いていた(もちろん許可を取っていただろうが)という方なので
映画の中の殺人事件や捜査手法、刑事の台詞、エピソードなど、実際の仕事の現場の経験
を脚本に活かしていることは間違いないだろう。もちろん鑑識も重要な要素として出てくる。
監督は村山新治、関川秀雄、小沢茂弘、飯塚増一、島津昇一、佐藤肇など。
作品によって若干出演者は変わるが、警視庁捜査第一課の刑事としては、
・捜査第一課長=松本克平(最初の殺人事件現場だけの登場が多い)
・捜査主任=神田隆(捜査本部で黒電話を取り「はい本部」という台詞が印象的。そして佐藤栄作にそっくり!)
・刑事=堀雄二(成瀬映画『銀座化粧』『あにいもうと』など)、花沢徳衛、山本麒一、南原伸二、そして
デビュー間もない千葉真一 など。
スター俳優が演じる派手な刑事ものと異なり、地味な俳優たちの抑え目の演技がかえってリアリティを醸し出す。
本当の刑事としか見えない。それだけ演技が上手いということだろう。
刑事役以外では作品によって異なるが、木村功、山村聰、東野英治郎、佐久間良子、沢村貞子、菅井きん、
殿山泰司、山茶花究、小沢栄太郎、小宮光江など
24作品のうち13作品を続けざまに見ると、シリーズ化映画のパターンに気付く。いくつかを
*タイトルの前にいきなり物語が進む「アバンタイトル」が多い。
日常的な風景の中で、誰かが殺された被害者の姿を見つける。そこで映画タイトルが出る。
*被害者の発見現場の近くの所轄署に「…事件捜査本部」が設置されて、そこに本庁(警視庁)の捜査第一課の刑事
たちが出向く。
大ヒット映画『踊る大捜査線』では本庁から駆けつけた刑事たちが本部の置かれる所轄署(映画では湾岸署)の
刑事に「上から目線」での台詞がよく出てくるが、本シリーズの本庁の刑事(神田隆など)は所轄署の刑事たちに対して
非常に丁寧な言葉で接するのが印象的。『踊る~』の本庁と所轄の摩擦はかなりデフォルメされて描かれて
いるようにも思える。
*本シリーズに限らないが、とにかくこの当時の日本映画には登場人物がタバコを吸うシーンが実に多い。
所轄署の中の捜査本部の部屋は煙でモクモクになりそうだが、とにかく皆ヘビースモーカーだ。
*事件の背景には「貧困」「差別」「病気」「怨恨」といった社会的な世相が描かれ、
ベースは暗い雰囲気のシリーズだが、刑事たちの台詞にところどころユーモラスな会話があり
思わず笑ってしまう要素もある。
最後に当時の東京(大阪などが出てくる作品もある)の街並みのロケーションが興味深い。
あまりはっきりとしたランドマークが出てくるのは少ないので「ここは一体どこでのロケーション」
と思う街並みが多いのだが、そんな中見つけたロケーション場所があった。
シリーズの中の1本『夜の野獣』(小沢茂弘監督 昭和32=1957年)。
これは川本三郎さんも雑誌に書いていたが、本作のオープニングには
当時の地下鉄丸ノ内線の「後楽園駅」周辺が登場する。夜のシーン。
後楽園遊園地、後楽園球場が向う側に見える小高い場所はいわゆる「原っぱ」で、
車内で財布をすられた会社員が三人組のスリを追いかけ、そこで殺害されるところから物語が始まる。
本作のラスト近く、犯人グループのアジトへ長田刑事(堀雄二)が付けていくが踏切で見失う。
踏切を渡った道はその後も車を降りる場所として何度か出てくる。その場所が特定できた。
JR「日暮里駅」からJR「西日暮里駅」へ向う、JRの踏切と高架の京成電車が
交差している場所である。映画では踏切の手前は商店街だが、現在の通りは飲食店がまばらにある程度。
映画ではその近くに公衆電話ボックスがあり、堀雄二は捜査本部に電話をかける。
もちろん携帯電話など無い時代なので、公衆電話もよくこのシリーズには登場する。
最近管理者が発見して撮影した写真は下記だ。
短い階段は映画の画面にも映っている。
U-NEXT等で警視庁物語『夜の野獣』を観る機会があれば、下記のロケ地写真は興味深いと思う。
ラストの刑事と犯人の追っかけシーンのロケーションは、貨物の「隅田川駅」(南千住)のようだが
映画では下記の写真の場所の近くとして描かれる。
実際には歩いたら相当時間のかかる場所で、これは映画の編集マジックだ。
未見の残り13作品も全部観たいものだ。
上左写真=JR日暮里から西日暮里駅方向の途中にある踏切(JR)、上の高架は京成電車
上右写真=踏切を渡った高架下の道
下左写真=上右写真の右側にある階段のアップ
下右写真=映画で公衆電話ボックスがあるあたり
NEW 2021.10.23 U-NEXTで観た傑作時代劇『仇討』(今井正監督)
U-NEXTに追加された今井正監督、橋本忍脚本、中村錦之助主演の東映時代劇『仇討』(1964)を初めて観た。
素晴らしい傑作時代劇である。
管理者は東映時代劇で育った世代ではなく、東宝の怪獣映画や若大将シリーズで育った世代(60代前半)なのだが、
20代くらいから中村錦之助主演の東映時代劇は結構多く観てきた。テレビ放映、ビデオ、DVDなど。もちろん名画座でも。
・『宮本武蔵五部作』(内田吐夢監督)
・『沓掛時次郎 遊侠一匹』(加藤泰監督)
・『関の弥太っぺ』(山下耕作監督)
・『浪花の恋の物語』(内田吐夢監督)
・『反逆児』(伊藤大輔監督)
・『冷飯とおさんとちゃん』(田坂具隆監督)
その他、一心太助ものなども観ている。
今井正監督と中村錦之助では『武士道残酷物語』も以前同じくU-NEXTで観たが
少し変わった構成(戦国時代~現代までの七つの話)ではあったが面白く観た。
『仇討』は橋本忍のオリジナル脚本だが、橋本忍脚本で小林正樹監督の名作『切腹』よりも
本作の方が傑作だと思った。
本作のU-NEXTの配信(見放題)はとにかく画面が綺麗で驚く。
こんなに綺麗なモノクロ映像を観たのは久しぶりのような感じがする。
出演者は錦之助の他、丹波哲郎、田村高廣、進藤英太郎、三田佳子、三島雅夫、田中春男、三津田健、
小沢昭一、加藤嘉、神山繁、信欣三と名優揃い。やはり現代の時代劇とは俳優の風格が違う。
意外だったのは、錦之助の仇討の相手の若者が若き石立鉄男だったこと。
最初は誰だかわからなかった。
管理者は高校生の頃、テレビで石立鉄男の一連のシリーズを観ていて馴染み深い。
スタッフは撮影=中尾駿一郎、美術=鈴木孝俊、音楽=黛敏郎など。
橋本忍が得意な回想シーンの上手い挿入によって物語が進んでいく。
俳優たちの演技、構図の美しさ、的確で自然なショット展開、リアルな美術セットなど
東映の黄金時代の時代劇を堪能できる1作であり、未見の方にはオススメしたい。
今井正監督作品も現代劇を中心に数多く観ているが、本作は管理者が観ている
今井正映画の中で3本に入る(あと2本は『真昼の暗黒』『にごりえ』)。
以前本エッセイに書いたが、管理者が大好きな、錦之助主演の
異色(ミュージカル?)時代劇『真田風雲録』(1963 加藤泰監督)も最近U-NEXTのプログラム(見放題)に
入った。これも必見の傑作時代劇だ。特に真田幸村役の千秋実、千姫役の本間千代子がたまらなくいい。
NEW 2021.9.17 U-NEXTで観た「多羅尾伴内シリーズ」について
管理者はコンビニ等で買える「U-NEXTカード」(30日間見放題+1200ポイント \1980)を利用して
U-NEXTを視聴している。他のネット配信のように会員になる方法や支払方法が少し複雑なのと比べると
極めてシンプルで1か月単位で自由に利用できる。
成瀬映画(少し本数は少なくなったが)、川島映画(主は日活時代)、小津映画、黒澤映画、木下映画
なども充実していて、宣伝ではないがコロナ禍の中、家のパソコンで映画を観るにはオススメだ。
洋画、邦画、海外・国内テレビドラマ、音楽など、膨大な作品・番組なので、観る時に選ぶのが
大変ではある、たまたま「邦画」の旧作でタイトルに書いた「多羅尾伴内シリーズ」を3-4本続けて観た。
多羅尾伴内に関してはウィキペディア等で検索すれば詳細な情報が出てくるのでそれを参照願いたい。
最初は大映で4本(1946-1948)、後に東映で7本(1953-1960)、主演は片岡千恵蔵で役名は「藤村大造」。
多羅尾伴内のことはもちろん知っていたが、実際の作品を観たのは今回が初めてである。
落語家の林家木久蔵師匠(現木久扇:そういえば一度銀座のバーで遭遇した時の一緒の写真も持っている)
の「片岡千恵蔵伝」の中で紹介されている。
その高座の内容にもあるが、多羅尾伴内の荒唐無稽のポイントは以下の2つだろう。
(1)私立探偵(これが多羅尾伴内)や片目の運転手、奇術師など七つの顔を持つ男として映画の中で変装して
登場するが、すぐに「千恵蔵」だとわかってしまう。映画『ミッション・インポッシブル』シリーズのような
まったくわからない変装とは対極にある。
(2)映画のラスト、手にピストルを持った悪漢たちの前で、「ある時は片目の運転手~その正体は正義と真実の人 藤村大造」
と決め台詞を言うが、その時悪漢たちはじっとだまって聞いている。
決め台詞が終った直後にピストルを打ち始め千恵蔵は隠れてピストルで応酬する。
ヒーローものアクション映画でお決まりのパターン。
これはもう長年「ギャグ」として語られていて、さらに木久蔵師匠は「片目の運転手のタクシーなんて危ないだろう」
と笑わしてくれた。
私もこの2つの点があったので少し馬鹿にしてこれまで観ることはなかったのだが、実際に観てみるとこれがなかなか面白いのだ。
映画では殺人事件等から始まるので犯人探しのミステリーであり、画面は時々「フィルムノワール調」にもなる。
ロケ地マニアとしては、昭和20年代後半~30年代前半の東京各地のロケーション映像も興味深い。
ともかくストーリーがシンプルで、登場人物もそれほど多くなく、場面転換などのテンポも良くて飽きさせない。
現在の映画のように、ミステリー色を強調してストーリーを複雑にしたり、誰だったけと思うほど多くの登場人物
を出すようなあざとさが無い。観ていて気持ちがいい。
東映の監督(松田定次、佐々木康、小沢茂弘、小林恒夫)と脚本(比佐芳武)、そしてスタッフ、キャストの職人技によるものだろう。
出演俳優も主演の千恵蔵に加えて、全シリーズではないが作品によって、若き高倉健、志村喬、
加東大介、三浦光子、高峰三枝子、進藤英太郎、山形勲、佐久間良子など豪華だ。
最後に一つ。管理者の同年代、1970年後半~1980年前半頃に大学生あたりだった人は聴いているかもしれないが、
当時人気のレコード~CDの「スネークマンショー」。
その中に「正義と真実のひと」というのがあり、チリ紙交換のアナウンスと政治家の演説が交互に
登場し、最後政治家がチリ紙交換のアナウンスを~というシュールなギャグなのだが、
その中で「正義と真実の人 桑原茂一(くわはらもいち)」というフレーズが何度も登場する。
「これって多羅尾伴内の藤村大造だったんだ」と気付いた次第。
正義と真実の人は現在こそ必要のようにも思える。特に政治家に・・・
NEW 2021.8.20 『驟雨』のシナリオ(原作=岸田国士、脚色=水木洋子)を読んで。
最初に、報道にある通り小津監督等の松竹プロデューサーであり、小津監督に関するドキュメンタリー番組などには
必ずと言っていいほどインタビュー証言をされていた山内静夫(やまのうちしずお)さんが8月15日に老衰でお亡くなりになった。
96歳。里見弴の四男(管理者も兄弟末っ子の四男!)。
小津映画ファンの一人としてご冥福をお祈りしたい。
管理者は今から30年近く前の1993年に、一度だけお会いして(元松竹俳優の知人に紹介いただき)短時間会話
させていただいたことがある。
詳細な経緯は省略するが、無くなる少し前の松竹大船撮影所で行われた「松竹OB会」(飲食パーティ)に
知人からお誘いがあり喜んで伺った。
小津映画のファンというよりマニアだった当時の管理者=当時35歳くらいのために
小津組の方を何人か紹介いただいたのだが、最初にご紹介いただいたのが山内さん。
名刺を頂戴し現在も保有しているが当時は鎌倉ケーブルテレビ社長の肩書だった。
知人から「私の後輩で小津映画に物凄く詳しいあんちゃん」と紹介された。
その時の会話で印象深かったのは、管理者は当時小津映画から成瀬映画へシフトしつつある
頃だったのだが、「小津監督の大ファンなのですが、最近は成瀬巳喜男監督も好きになりまして」
と話すと、「ああ、あの方も本格派ですよね」とおっしゃった。
本格派という表現が、プロ野球の速球投手のような感じで面白かったのを覚えている。
山内プロデューサーの『東京暮色』が小津映画の最高傑作だと思いますとも話した記憶があり
少し喜ばれていたような・・・。その後に紹介されたのが何度も書いた進行主任の清水冨二さん。
月刊の雑誌「シナリオ(発行=協同組合日本シナリオ作家教会)」の2021年8月号に、『驟雨』のシナリオが掲載されていた。
小津映画、黒澤映画はシナリオ全集が出版されている。
「小津安二郎全集(井上和男編、新書館 2003)」を管理者は保有していて戦後の小津映画のほとんどはシナリオも読んだ。
シナリオ集は映画の聴き取れない台詞確認などにも役立っている。黒澤シナリオ本も1冊持っている。
残念ながら成瀬映画のシナリオ全集は出版されていないので、1本の映画シナリオでも雑誌掲載は貴重である。
本HP内に何度も書いているが、管理者が観ている69本の現存する成瀬映画の中で
一番好きな成瀬映画はなんといっても『驟雨」だ。
これまで映画館(銀座・並木座など)、CS放送等で何度観たかわからない。昨年発売されたDVDも購入した。
成瀬監督はシナリオを削る(説明的な部分)ことで有名なので、シナリオと実際の作品を比べるのも興味深い。
早速読んでみた。
*映画ではわからない主要な登場人物の年齢について。
・並木亮太郎(佐野周二) 35歳
・妻=文子(原節子) 29歳
・文子の姪=あや子(香川京子) 21歳
・今里念吉(小林桂樹) 29歳
・妻=雛子(根岸明美) 20歳
現代の同年齢に比較するとやはり大人っぽい雰囲気を醸し出している。
*ロケ地関連
・映画では並木家と今里家の平屋建ての家は、東京・世田谷のあたりの設定になっている。
(本HPのロケ地ページ参照)
シナリオでは並木の家は<道路の向いに「春の湯」の高い煙突が聳え、漬物屋、薬湯、花屋が、
新しく出来た新開地である。>とある。映画の並木の家はロケではなく東宝撮影所近くのオープンセット
らしいが、シナリオとは雰囲気が違う。
・原節子と根岸明美が歩く商店街は<すずらん通り>とある。どこだ?
映画館が出てくるが<「妻の座」「ゴリラ」という看板。>とある。
会話する主婦の一人=片倉が<あなたたちも、この映画よかったですよう。新聞に
割引券入ってきたでしょう。一度観てごらんなさい。とっても泣けますわね。(と一同に)>
とある。
これは「ゴリラ」ではなく「妻の座」だろう。「妻の座」は成瀬映画『妻』と『女の座』が合わさったようなタイトル。
当時こんなタイトルの映画は無いだろうから(もしかしたら実在かもだが・・・)、映画に出てくる看板も作ったのだろう。
水木洋子が(架空?)の映画タイトルまで書いていてそれを成瀬監督が忠実に再現しているのも笑える。
・映画では最寄りの駅として小田急線の「梅ヶ丘」、商店街として「祖師ヶ谷大蔵」(原節子、佐野周二、根岸明美)の通り
が登場するがシナリオには単に<駅>とある。佐野周二が勤める化粧品会社は<ミミ本舗>は映画では日本橋界隈
となっているが、<ビル街の裏>となっている。
当時の日本橋白木屋の屋上もロケ地として登場するが、
<55 ××デパートより見た街(OL)日本銀行、ホテル、高級車の並ぶ駐車場等><56 ××デパートの屋上>と書かれている。
映画でも佐野周二と旧友の三輪(伊豆肇)が屋上のベンチで会話するが、シナリオの記述は映画の倍くらいある。
これは成瀬監督が削除したことになる。
*削除箇所
管理者からみても少しくどい説明的と思われる台詞の箇所は映画では削除されている。映画の尺のこともあったのだろう。
『驟雨』に限らないが成瀬監督によるシナリオの一部削除について。
シナリオの一部台詞やシーンの削除や改訂は二つの方法が考えられる。
(1)監督が事前または事後にシナリオライター(脚本家)に了解をとる。
(溝口健二監督は撮影現場に脚本の依田義賢を呼び了解を求めたとのこと)
(2)シナリオライターには知らせずに撮影現場で監督が削除や改訂を決めていく。事後にも伝えない。
シナリオライターとしては心血注いで書いたシナリオの一部(多くは台詞)を削除、改訂されたら
面白く無いのは当然だろう。成瀬監督と水木洋子のケースではそのあたりのことはどうだったのか。
*金銭関連の台詞
成瀬映画には「具体的な金額」が多く登場するのはすでに有名だが、
『驟雨』はシナリオの段階で具体的な金額が多く登場する。
それをそのまま使用しているのも成瀬演出の一部と言えるが、『驟雨』に関しては
水木洋子シナリオ自体が「具体的な金額」を執拗に書いているのが読み取れて
興味深かった。
もう一つ、ラストの紙風船に登場する近所のおかっぱの女の子の名前はシナリオには
「キイ子」とある。
NEW 2021.8.10 川島映画に登場する「くだらない歌詞!」ベスト3
管理者が成瀬映画とともに愛する川島映画だが、川島映画には「どうしてこんなくだらない歌詞が思いつくのだろう」
と思ってしまう唄が登場する。
とはいってもどことなく品や粋さがあって、下品、粗野ではないところが
管理者のような熱烈な川島映画ファンにはたまらない魅力である。
管理者が考える「川島映画の中のくだらない歌詞ベスト3」を以下。
第一位『縞の背広の親分衆』(1961 東京映画 未DVD化)
:南米帰りの守野圭助(森繁久彌)がクレーム係として勤める「象屋百貨店」。
走る象屋百貨店のショットにかぶさる唄の歌詞は
「♪ぞうや(象屋)、ぞうや エレファント♪」
本作は原作=八住利雄、脚本=柳沢類寿、音楽=松井八郎、作詞=佐藤一郎が関係ありそうなスタッフだ。
柳沢類寿あたりのアイデアかと思われるが、もしかしたら川島監督か?
森繁久彌を象屋デパートに引っ張った女副社長(女優名は不明)の名前がはなこ(花子?)である。
唄ではないが、敵対する風月組(組長は有島一郎)からおおとり組(淡島千景、森繁久彌、フランキー堺)
への果たし状が速達の郵便で届き、おまけに114円の不足分を支払うというギャグが秀逸。
渥美清、愛川欽也もチョイ役で出演している。
第二位『特急にっぽん』(1961 東宝 未DVD化)
:特急の車内。伊藤ヤエ子(中島そのみ)が岸和田太市(小沢栄太郎)の隣の席に坐る。
中島は「ガムいかが」と小沢に渡す。
小沢は「おっ、さくらガムですな。実は・・・」
と名刺を渡す、小沢はさくらガムの社長。
「私、さくらガムのファンですの」と言って突然唄い出す中島。一緒に唄う社長の小沢。
「♪さっさ、さくら、さくらガム。さくら、咲く春、恋の味
チュッチュ、チューインガム、さくらガム♪」
これも相当くだらない歌詞。
こういう浮気心のあるスケベな社長を演じさせたら小沢栄太郎の右に出るものはいない。
本作は、原作=獅子文六、脚本=笠原良三、音楽=真鍋理一郎。
本作の助監督だった故・石田勝心監督から生前いただいた本作のシナリオには
少し歌詞は違うが、さくらガムの唄は記述されているので、脚本の笠原良三の作だろう。
成瀬会で面識のあった故・白川由美(今出川有女子役)さんに、保有している録画をDVDにダビングして
ご自宅に郵送してあげたらお礼の電話をいただいたのも懐かしい。
第三位『イチかバチか』(1963 東宝 2021.7.21DVD発売)
:東三(とうさん)市の市長・大田原恭平(ハナ肇)が東京から来た北野真一(高島忠夫)の接待をしている
料理屋のシーン。
ハナ肇が芸者三人とのカルテットで、三味線にあわせて手をつないで踊りながら唄う。
「♪今日もこうして飲めるのは、とうさん(東三)市民のおかげです。
私のために、私のために一票を、投じてくれたおかげです。
東三市民よありがとう、はい、東三市民よありがとう♪」
本作は原作=城山三郎、脚本=菊島隆三、音楽=池野成。
菊島隆三が書く歌詞とも思えないので、ハナ肇がアドリブで唄ったか、
川島監督のアイデアか・・・
または、この歌詞はもしかしたら都道府県知事、市区町村の首長が当選した後の
宴会で実際に唄っているような感じも受ける。東三市民の箇所だけ変えれば
どこにでも当てはまる。
くだらない歌詞はともかくとして、川島映画での音楽の使い方のユニークさ、創造性の高さ
について、管理者は日本の映画監督ではナンバーワンだと思っている。
これはまたの機会に。
これもトップページに紹介済みだが、本日7/21東宝から成瀬映画とともに川島映画のDVDが発売になった。
・『青べか物語』1962
・『喜劇 とんかつ一代』1963
・『イチかバチか』1963 遺作
この3本は、東宝の通販ビデオにも無かったと記憶しているので
初ソフト化となる。やっとと言う感じで喜ばしい限り。
管理者は現存する川島映画50本すべて観ていて、すべて過去のCS、BS放送の
録画DVD、ブルーレイを保有している。
川島映画は好きな傑作ばかりだが、その中でも『女であること』~『イチかバチか』までの
東京映画・東宝・宝塚映画時代が何といっても一番だ。唯一『グラマ島の誘惑』だけは×なのだが。
次は日活時代。代表作『幕末太陽傳』『洲崎パラダイス 赤信号』『わが町』『風船』など
全てが名作。一般的に映画としての評価はいまいちなメロドラマ『飢える魂』『続 飢える魂』
も若き人妻・芝令子役の南田洋子の色気、綺麗さに圧倒される。
松竹はデビュー作の『還って来た男』。低迷期の後の『天使も夢を見る』~『昨日の明日の間』
まで。唯一苦手なのが世評の高い大映時代の3本。これは個人の好みなので仕方ない。
今回初DVDの作品の魅力について簡単に。
『青べか物語』
管理者が一番好きな川島映画は『人も歩けば』1960だが、映画の完成度の高さとしては
本作を押す。川島雄三の最高傑作は『青べか物語」だ。
見どころは語り尽くせないが・・・
・冒頭の東京湾から「浦安」(映画では浦粕)までの空撮と先生役・森繁久彌の渋いナレーション。
「浦粕橋」の手前でバスを降りて、橋の途中でタバコを吸う森繁久彌。
河口のはるか先の海。現在は東京ディズニーランドがある。
突然スロー、クールなジャズサウンドに変わり、都会の夜のネオンを背景に
グリーンで「青べか物語」のタイトル。アバンタイトルからタイトルへのこの
洒脱なタッチがたまらなく素敵だ。
市川崑監督のタイトルデザインセンスも抜群だが、川島監督も負けていない。
続いてのクレジットタイトル。タイトルバックは寿司屋の店内の会話風景。
・本作の脚本は新藤兼人。撮影は岡崎宏三。山本周五郎の原作と同じく短いエピソードを
つないだストーリーだが、「動」と「静」の演出が交互に現れる。
猥雑で騒がしい「動」のシーンには、左幸子、加藤武、桂小金治、中村是好、
東野英治郎、フランキー堺(特別出演)など。小料理屋の「ごったくや」の女中の代表が
左幸子だが、女中たちのエネルギッシュな芝居は、フェリーニの映画に登場するイタリア女のよう。
一方の「静」のシーンは、森繁久彌、山茶花究、乙羽信子、そして本作で最も素晴らしい
老船長役・左ト全が若い頃の恋愛話を、老蒸気船の室内で森繁久彌に語るシーン。
バックにはスパニッシュギターの音が流れ、回想シーンには「ウルトラQ」「ウルトラマン」で
おなじみの桜井浩子が出ている。着物姿の10代の桜井浩子は魅力的だ。
このシーンの夕暮れの河をとらえた岡崎宏三の撮影ショットは、川島映画全作品の中で
最も美しいショットだと思う。
・川島監督はインタビューの中で、本作の先生役=森繁久彌にサルトルの代表作「嘔吐」の主人公ロカンタンを
投影させたいと考えていたと語っている。
河口に停留している老蒸気船が登場するシーンで森繁久彌のナレーション。
「~すべてが非現実的だ。古びた蒸気船の廃船があることや、そこに老船長がそのまま住んで
いることさえ、何か私の存在をかき消すように思われ~」
正にサルトルの文章のような感じだ。
・生誕100年の記念出版「偽善への挑戦 映画監督川島雄三」(カワシマクラブ編 ワイズ出版 2018)
のP360~P373で本作を含めて4本の川島映画助監督を務めた山本邦彦監督へのインタビューが
掲載されている。インタビュアーは管理者が実名で(笑)。
山本監督が本作のエピソードについて楽しく語っているが、中でも前述の桜井浩子への演出
の話も面白いので是非未読の方は是非一読を。
『喜劇 とんかつ一代』
本作も面白過ぎて何から語ってよいやら。
・『青べか物語』とは対照的な森繁久彌のエネルギッシュな演技。
本作を見ると、すぐに聴きたくなるのが映画の冒頭とラストに登場する
「とんかつの唄」。もちろん森繁久彌が唄う。
これを聴くと「とんかつ」が食べたくなるのは間違いない。
・何といっても怪しげなクロレラ研究家・三木のり平の怪演に圧倒される。
フランキー堺が訪ねて来た時の食卓に置かれたクロレラの各調味料の一つが
「これが何はなくとも江戸緑」である。
フランキー堺の恋人役の団令子もぽっちゃりしていて可愛い。
『イチかバチか』
・城山三郎原作の経済小説だが、黒電話のアップから始まり
銀行に電話をして預金をすべて自宅に持ってこさせる鉄鋼会社社長の伴淳三郎
のアバンタイトルに続き、雨の降る銀座の俯瞰映像に映画タイトル。
脚本は菊島隆三、撮影は逢沢譲。池野成の重厚な音楽もあって
社会派ミステリーか黒澤映画のような雰囲気のクレジットタイトル・タイトルバックだ。
逢沢キャメラマンは成瀬映画の『乱れ雲』の撮影監督なので、成瀬監督と川島監督の
遺作の撮影監督は一緒だということになる。
・社長役の伴淳三郎が会社から帰宅する邸宅は、成瀬映画『妻よ薔薇のやうに』の
青山の原っぱで千葉早智子が両親の前で『或る夜の出来事』のワンシーンの
ヒッチハイクを真似る直前に、後ろの方に映る洋館と同じである。(ロケ地ページ参照)
現在も高級フランス料理店として建物は現存。
・本作のロケ地=愛知県蒲郡は仕事で出張の合間にロケ地巡りをしたので
想い出深い。本作のDVDを観た後、本サイトの「イチかバチか」ロケページを
参考してみると二度楽しめる。
来年でもいいので、まだ未DVD化の『人も歩けば』『赤坂の姉妹より 夜の肌』『接吻泥棒』
『縞の背広の親分衆』『花影』『箱根山』のDVD化を強く望みたい。
もちろん成瀬映画の未DVD化作品もあわせて。
写真は2016年、「ラピュタ阿佐ヶ谷」での上映の際にロビーに展示されていた
ポスターとサンプル食品展示。右横にある「とんQ」のマッチ=おそらく映画用に作った小道具が渋い。
NEW 2021.7.15 祝!7/21発売の成瀬映画DVD
トップページに紹介済みだが、7/21に東宝から成瀬映画(+川島映画)のDVDが発売になる。
・『晩菊』1954
・『あらくれ』1957
・『夜の流れ』1960 共同監督=川島雄三
『晩菊』は以前通販ビデオ(1万円近くした)で発売されていて、管理者は当時ビデオを購入したのだが
初めてのDVD化である。成瀬映画の中でも名作の1本だが、やっとDVDされたのは喜ばしい。
元芸者で金貸しのきん役=杉村春子が素晴らしいのは言うまでもないが、元芸者仲間で今は杉村からお金を借りたりしている
細川ちか子、望月優子の二人が部屋で日本酒を飲みながら愚痴を言い合うシーンなどもたまらなくいい。
有名な話だが、亡くなった志村けんと柄本明との「芸者コント」は、この細川、望月をヒントにしたとのこと。
少ししか出ないが望月優子の娘役で有馬稲子が登場する。何と似ていない母と娘か !
メインロケ地の東京・文京区の本郷菊坂界隈は、今でも多少当時の雰囲気が残っている。
杉村が元恋人の上原謙が訪ねて来る前に出かける菊坂の銭湯は、すでに無くなってしまったが・・・
→管理者は2-3度入ったことがある。
ちなみに同日に発売される川島映画『喜劇 とんかつ一代』1963でクロレラ研究家の三木のり平と
妻の池内淳子、そして湯島芸者のりんごちゃん役の水谷良重が住んでいる設定の
本郷・菊坂の木造アパートは、『晩菊』で杉村の住む菊坂の路地の同じ場所だ。
2本の作品で見比べてみるのも面白い。
『あらくれ』も以前同じ通販ビデオで発売されたと記憶している。初DVD化。
本作は典型的な文芸映画で、管理者はあまり好きな作品ではないのだが、
高峰秀子主演の成瀬映画の中で最もパワフルな女性像が味わえる。高峰秀子ファンには必見の1本だ。
ロケ地として気になっているのが高峰が薬問屋の夫=上原謙と離縁した後に
勤める温泉地の旅館。あれはどこなのだろう?
先日近所の図書館で徳田秋声全集『あらくれ』にざっと目を通した。
原作でも上野駅から汽車に乗っての描写があるが、具体的な温泉地は記述されて
いないように思われる。見落としているかもしれないが。
上野から汽車に乗ってだと、群馬、栃木、新潟、福島あたりの温泉地が
ロケ地と推定される。
映画も原作をベースにしていればそのあたりのどこかでロケしているのだろう。
本作はラストの傘をさして歩いて行く高峰秀子の後姿をとらえた雨のシーンは素晴らしい。
『夜の流れ』。これは通販ビデオ化もされたことがないと記憶しているので今回のDVDが
初の映像ソフト化だろう。
『晩菊』『あらくれ』と同様、以前日本映画専門チャンネルの成瀬巳喜男劇場で
放送はされていて、管理者は3作品の録画ブルーレイとDVDを保有している。
冒頭のプールシーン。看板が映りそこには「高輪プリンスホテル ダイヤモンドプール」とある。
白い水着の司葉子と黒い水着の白川由美が泳ぐ。二人の水着姿が見られるのは貴重かもしれない。
本作は成瀬監督、川島監督のインタビュー、キャストのインタビュー証言等によれば
・司葉子、白川由美、山田五十鈴、三橋達也、志村喬などの出演パートは成瀬監督
・草笛光子、宝田明、水谷良重、市原悦子、星由里子(若い)、北川町子、北村和夫などの出演パートは川島監督
らしいのだが、出演者がダブって登場するシーンもあり、それはどうだったのかはっきりしない。
本作は成瀬パートは、料亭の女将=山田五十鈴とその娘で芸者になる司葉子が『流れる』の山田五十鈴、高峰秀子
の母娘を少し想起させる。
目線送りや「逆転つなぎ」の場面転換(前半、司葉子、白川由美、三橋達也が部屋でメロンを食べる場面)など
成瀬演出は冴えていて、成瀬パートの方はみごたえがあるが、川島パートの方は少し演出がせかせかしていて
東宝時代の川島映画としてはテンポ感が欠けていてあまり出来は良くない。
DVDは特典映像で予告編もはいっているようなので、管理者にとってはそれが一番興味がある。
成瀬映画の予告編集は以前日本映画専門チャンネルの「成瀬巳喜男劇場」で放送されて
録画を持っているのだが。
同日発売の川島映画については次回。
昨年(2020.8.13)本エッセイ「笠智衆の台詞」。
『娘・妻・母』に近所の老人役で出演した笠智衆について書いた。
書き忘れた台詞が一つある。
孫を連れた三益愛子が、幼児を乗せた乳母車を押している笠智衆に言う。
三益「お孫さんですか?」
笠 「いえ、内職で近所の子供を預かってるんです、一日70円で~略」
成瀬映画には具体的な金額を伝える台詞が非常に多いのだが、
本作は成瀬映画の中でも一番多いのではないかと思われるほど具体的な金額の台詞が飛び交う。
その中の一つ。
原節子がお土産に買ってきたショートケーキ。一緒に帰って来た妹の団令子が
箱をあけながら、母親の三益愛子に「一つ80円のショートケーキ」と話す。
笠智衆の1日の内職よりも高い !
笠智衆は映画はもちろん山田太一、向田邦子などの名シナリオのテレビドラマにも数多く出演している。
管理者が今読んでいる、「向田邦子シナリオ集Ⅲ 幸福」(岩波現代文庫 2009)。
TBSで1980年7月~10月まで13回連続ドラマとして放送された。
主なキャストの岸恵子(倉田組子)、中田喜子(倉田素子)姉妹の父親で、元校長の倉田勇造役で出演。
本書のP242に次のような短い台詞がある。
勇造「今日も、暑いぞ……」
本作の勇造=笠智衆は少し風変わりな老人で、妻を亡くした後に娘のような年代の藤田弓子(木島多江)
と付き合っている。
この笠智衆の台詞は、『東京物語』のラスト前に寺の境内で原節子と交わす
有名な台詞(「今日も暑うなるぞ……」)を想起してしまう。
これは向田邦子が笠智衆に合わせて洒落っ気をだした台詞だと考えているのだが・・・
向田邦子は「冬の運動会」では志村喬、「阿修羅のごとく」では佐分利信という映画界の名優たちに
若い愛人のいる老人役をさせているのが面白い。
「冬の運動会」は小泉今日子が子供の頃にドラマを観て、向田邦子のドラマでは一番お気に入りだと
最近のインターネット番組で語っていた。主演の根津甚八の大ファンとも。
管理者はドラマ(未DVD化)は観ていないのだが、この小泉今日子の評で気になりシナリオ集を読んでみた。
これまでは「阿修羅のごとく」が向田脚本の最高傑作だと思っていたが、今は「冬の運動会」となった。
今読んでいる「幸福」も相当面白いのだが・・・
数日前にU-NEXT(定額制動画配信サービス)に松竹の渋谷実作品が「見放題」で何本かアップされた。
『好人好日』(1961)と『酔っぱらい天国』(1962)の2本に笠智衆はメインキャストとして出演している。
両作品とも脚本には松山善三が関わっている。
渋谷実作品の笠智衆は、小津映画の人生を達観したような、落ち着いた物腰の人物像とはだいぶ異なる。
特に『酔っ払い天国』は、会社では実直な会計部長だが、酒を飲むとかなり暴れる危険な中年男だ。
渋谷実監督は、小津映画での役柄を破壊するような、風変わりで少し危ない中年男を少しコミカルに演出している。
近所の図書館で見つけた書籍「脚本家 水木洋子 大いなる映画遺産とその生涯」(加藤馨著 映人社 2010)
を読了した。
言うまでもなく『おかあさん』『夫婦(井手俊郎との共作)』『あにいもうと』『山の音』『浮雲』『驟雨』『あらくれ』
の成瀬映画の脚本家であり、今井正監督、市川崑監督、豊田四郎監督、小林正樹監督、千葉泰樹監督などの作品の
脚本家でもあり、日本映画を代表する名シナリオ作家である。
本書は水木洋子の生涯を新聞や雑誌記事等も引用して、丹念に記述されている。
管理者は千葉県市川市にある水木洋子邸(市川市ウェブサイト)を見学したこともあり、
また様々な書籍や資料で成瀬映画における水木洋子については知っていたので
本書の成瀬映画関連での新しい情報は無かった。
ただし、全く知らなくて驚いた情報も多々あった。
一番ビックリしたのは、第五章「新劇と新派で劇壇デビュー」のP84~P86の記述。
水木洋子が若い時に舞台女優だったことは全く知らずそれ自体に驚かされたが、
さらに驚いたのは次の記述(引用させていただく)
(中略)~1933年(昭和八)12月8~9日、築地小劇場で東京演劇協会(TEK)が旗揚げ公演に
モーリン・ワトキンス作「シカゴ」(五幕)を初演した。演出は水品春樹、主役の美人殺人犯
ロキシー・ハートを演じたのは水木洋子であった。2002年度の米アカデミー賞で作品賞・助演女優賞・衣装デザイン賞
を受けたミュージカル映画の秀作「シカゴ」を覚えている人はまだ多いであろう。監督ロブ・マーシャル、
平凡な日常に飽き、歌と踊りでスターを夢見るロキシー・ハート役はレニー・ゼルウィガーであった。~(中略) (P84)
P85にはその舞台の写真(水木洋子が右足を机に置いて男と会話している)も掲載されている。
かなりのレア写真だ。
脚本家のイメージしかなかった水木洋子が舞台女優だったというのはかなり驚いた。
NEW 2021.6.11 ある映画本での間違った記述について
管理者は成瀬映画、川島映画に限らず、古い日本映画を数多く観ているので、
日本映画関連の映画本を読むと、内容の間違いに気付くことが多い。
間違いを見つけるのが楽しいいうほど性格は悪くないのだが、間違った記述はどうしても気になる。
その映画本の出版社にメール等で知らせてあげるのがよくある方法かと思うが、
一度、数年前だったか小津監督関連本の中に、明らかな間違いを見つけたので親切心でそのことを
出版社のメールアドレスに送って指摘(それもかなり丁寧な言い方で)してあげたのだが、
現在に至るまで返信は無い。理由は分からないが無視されたわけだ。失礼な話である。
書籍名と出版社名は控えるが・・・
従って、管理者は二度と出版社へは内容の間違いお知らせはしないことに決めた。
内容の間違いといっても、誤字、脱字とか俳優名の間違い程度なら別に指摘することはないのだが、
監督の演出や映画の内容に関わることはかなり気になってしまう。
ある映画本(書籍名、著者名、出版社名は控える)の中にこのような記述があった。
『浮雲』に関するもの。
その映画本によると、『浮雲』は次の順番で始まると記述(画面写真入り)されている。
(1)クレジットタイトル(スタッフやキャスト名)、最後に 監督 成瀬巳喜男
(2)メインタイトル 浮雲
(3)昭和21年 初冬の文字 →これはあってる
(4)花のいのちはみじかくて苦しきことのみ多かりきの文字
これを読んで思わず「ええ、そうだったかな?」と気になったので
保有する録画ブルーレイで確かめた。やはり映画本の記述は間違っていた。
正しくは
・東宝マーク
(1)メインタイトル 浮雲=上記(2)
(2)クレジットタイトル=上記(1)
(3)昭和21年 初冬=上記(3) これは同じ
(4)花のいのちは~ ラストに登場
である。
成瀬映画にはタイトル前のアバンタイトルはほとんど無い。
私の知る限り『放浪記』『ひき逃げ』のみだ。
『放浪記』『ひき逃げ』ともアバンタイトルの後はメインタイトル→クレジットタイトルと続く。
小津映画も同様だが、東宝や松竹の会社マークの後
メインタイトル→クレジットタイトルと続くのがパターンである。
少なくともこの映画本にあるようなクレジットタイトルの後にメインタイトルは
成瀬映画や小津映画には無いと思われる。
(これを正確に確認するにはすべての作品を観なくてはならないが、さすがにそれは無理なので記憶による)
そして(4)の花のいのち~は、ラストに登場する。
『浮雲』のラストは通常の映画のように「終」「完」という文字は無く
この林芙美子の言葉で締めている。
『放浪記』も同じパターンだ。冒頭のアバンタイルの芙美子の幼少期と両親との映像を
ラストに再び展開するという渋い編集。文字は山道の風景にインポーズされている。
『浮雲』の冒頭とラストを確認すればすぐにわかることであって、どうしてこのような
間違った記述が載っているのか理解に苦しむ。
管理者はこのサイトにアップする時は、引用する成瀬映画、川島映画の該当するシーン等
を録画で観て一応確認することが多い。
ウェブサイトの場合は間違いを見つけたらすぐに訂正できる利点があるが
書籍はその点大変だ。従ってネット上のウェブサイトの数倍の校正が必要となるだろう。
いずれにしても『浮雲』については上記の青文字が正しい。
最近YouTubeで見つけたのが小津監督のインタビューと出演俳優が語る小津映画への想い出の音声。
ジャケット写真によると以前発売された「小津安二郎の世界」のレコードの音声。
ラジオ出演の音声だろうか。小津監督の声はドスのきいた江戸っ子らしい声である。
小津監督の声は映画『生きてはみたけれど』(井上和男監督 松竹 1983)や小津監督を紹介した複数のテレビ番組
で前に聴いたことがある。野田高梧の声は初めて聴いた。(2/2)に収録されている森繁久彌の話は楽しい。
YouTube小津安二郎の世界(1/2)
YouTube小津安二郎の世界(2/2)
前に本エッセイに書いたが、私は成瀬監督の声を聴いたことがない。
私というより、成瀬映画のスタッフ、キャスト、成瀬監督の家族や友人、仕事の関係者
以外は聴いたことがないだろう。
『成瀬巳喜男 記憶の現場』(石田朝也監督 2005)は成瀬映画に関わった多くのスタッフ、キャスト
のインタビューを中心に構成されたドキュメンタリーだが、その中にも成瀬監督の声は出てこない。
過去にラジオ等での肉声インタビューがあれば使用しているだろうから、無いのだろう。
実際のところはわからないが、ラジオやまたはテレビからインタビュー取材の依頼はあったと
思われるが、おそらくそれを断っていたと推察できる。各種成瀬本の資料にもラジオやテレビ出演の
記述は見たことがない。
成瀬映画のスタッフやキャストの方は、成瀬監督の独特の「ふふふ」という含み笑い
が印象的だったと証言されていて、私はそれを多くの方から直に聞いている。
昔の映画監督のインタビューでの音声や映像で視聴しているのは
黒澤明監督、木下恵介監督、溝口健二監督、今井正監督、市川崑監督など。
川島雄三監督もNHKで放送されたドキュメンタリーのラストに、誰かの結婚式の
スピーチの音声が流れて聴いたことがある。
成瀬監督の弟子筋の山本薩夫監督は、なんと「徹子の部屋」に出演していて
その映像も観たことがある。
成瀬監督の動く姿は、前述の『成瀬巳喜男 記憶の現場』の中にもいくつか出てくるのだが
サイレントの映像で音は残っていない。
成瀬監督の声がどんなだったのか、とても興味があるのだが・・・
最初に一つお詫びを。
4/24に予定していた「第二回成瀬映画を楽しく語る会オンライン版」は、
管理者の都合が悪くなり、今回はキャンセルさせていただきます。また時期をみて企画したく。
トップページにも紹介しているラピュタ阿佐ヶ谷のモーニングショー「司葉子特集」の1本、
『おえんさん』を観てきた。東宝、昭和30年、本多猪四郎監督。
出演は水谷八重子、小泉博、司葉子、藤原釜足、中北千枝子など。
怪獣や怪奇ものの作品が多い本多猪四郎の中の文芸作品の1本。
未DVD化で未見だったのでまえから観たかった作品だ。
築地市場が主な舞台である。昭和30年の築地市場のロケーション映像がなんといっても貴重。
ストーリーはリンク先サイトを参照
本多監督は、『乙女ごころ三人姉妹』『雪崩』『鶴八鶴次郎』などの成瀬映画の助監督を務めている。
インタビューで成瀬監督の影響も語っている。
音楽が斎藤一郎なので、少し成瀬調の雰囲気はある。
そして、息子(小泉博)を溺愛する母親のおえんさん(水谷八重子)との関係が、本作前年の『晩菊』の細川ちか子(母)と小泉博(息子)に
少し似ているように感じた。
本作は息子を婚約した司葉子に取られるという被害妄想のような母親=おえんさんの苦悩や息子との対立の描写が多く、
そのシーンが少しくどい感じ。管理者にとっては水谷八重子の演技が少し重苦しかった。
小泉博と司葉子(可愛い)のシーンは、いかにも東宝映画という明るさでとても素敵である。
この二人は、ラピュタ阿佐ヶ谷で5/2-5/4のモーニングショーで上映される『くちづけ』の第二話「霧の中の少女」(鈴木英夫監督)
でも大学生の恋人同士だ。同じ昭和30年の作品。
ロケーションとして貴重なのが、水谷と小泉が出かける上野の寄席・鈴本。
今はビルになっているが、昭和30年当時の外観と客席が映る。
林家正蔵(後に彦六)の高座も。入口の看板には古今亭志ん生、三遊亭円生の文字が書かれていた。
傑作とはいえないが、昭和30年の築地界隈のロケーションが観れるだけでも貴重な作品と言えるだろう。
NEW 2021.4.4 『流れる』のきものを論じた書籍について
本エッセイにも何度も書いているように、69本の現存する成瀬映画で管理者が一番好きでかつ最も成瀬調だと思うのは
『驟雨』なのだが、映画のクオリティとして最も高い=最高傑作と信じるのは『流れる』となる。
『流れる』の映画技法の魅力についてはこれまで語っているので省略するが、
その中で管理者がほとんどわからない部分がある。それは「きもの」。
映画のスタッフワークでは「照明」と並んで論評困難なのが衣装、特に女優の「きもの」である。
「きもの」については何にも知らないのだ。
『流れる』の「きもの」について書かれた、おそらく唯一といってよい書籍を初めて読んだ。
作家の近藤富枝(1922-2016)著「伝えておきたい古きよききもののたしなみ-日本映画に学ぶ」(河出書房新社 2018)。
『細雪』『夜の河』など10本の映画+小津映画のきもの、三つの「源氏物語」について論じている。
その中で『流れる』のパートはP157-P170だ。
著者は映画の舞台となった「柳橋」の隣町の「日本橋矢ノ倉」で生まれ育った女性なので
花柳界の柳橋の雰囲気を熟知していて、その視点からの「きもの」を中心とした論評となっている。
管理者は映画撮影当時(さらにもっと前の)の柳橋はまったく知らない(映画公開の1956は生れる2年前だ)し、
何よりも女性のきものについての知識はまったく無い。
従って本書に書かれていることについて何か論じることは困難だ。
詳細について知りたい方は本書を読んでもらうしかないと思うが、管理者が印象に残ったことを一部引用する。
・衣装考証の岩田専太郎について(P159-160)
「~納得できません。~いくら戦前でも柳橋の芸者があんなきものを着たりはしません。
まず、全体的に柄がモダンすぎるのです。きものがモダンならば古風な帯を締めてバランス
をとる着方もありますが、帯までモダンにしてしまっています。柳橋の芸者なのですから、
きものもモダンな中にもう少し粋なところが欲しかったですね。特に帯が粋ではないのが
最もいけません。山田五十鈴がいい役で立派なのは結構ですが、衣装のせいもあり、粋に
見えなかったのが彼女にとっても残念だったのではと思います。~」
本書で残念なのは、モダンや粋というのを画面写真やイラストで具体的に見せてほしかった点。
文章だけでは管理者のようなきものの初心者にはまったくイメージがわかない。
(P165-P166)
「~それでも山田のきものは、粋ではありませんが立派な衣装ですし、杉村のきものは洗練されているとは
言えないまでも、役にはまった見事な着こなしをしています。栗島(注:すみ子)のきものはどれも
結構なものばかりでした。意外なのは、山田の姉の役(「鬼子母神のおばさん」)の賀原夏子のきものが
良かったこと。どうやら元は芸者だったらしい雰囲気がよく出ていました。~」
(P167)
「『流れる』の一番価値のあるところは成瀬巳喜男監督の風俗描写の素晴らしさです。
たとえば、柳橋という街の特徴を出すために、路地と路地の間からわずかばかり
川の流れが見えるように撮影しています。~」
一部引用したが、これ以外にも興味ある文章が多々ある。そして他の映画のきものについても興味深い内容の本だ。
興味のある方は一読をオススメする。
成瀬映画の中で「きもの」と言うと、管理者は『女が階段を上る時』の銀座のバーのママ役=高峰秀子
が印象に残っている(『浮雲』と並んで高峰秀子が最も綺麗な作品だろう)が、著者の近藤富枝氏は
あの映画の高峰秀子の着物(主演と衣装担当兼務)についてはどんな感想を持っていたのだろうか?
NEW 2021.3.14 成瀬映画を楽しく語る会ZOOM版について
告知していたタイトルの会を予定通り実施した。
定員は管理者を入れて5人だったが、3人+管理者の4人での実施だった。
前半40分(ZOOM無料版は3人以上だと1回が40分)、休憩+再度管理者からの招待メール送信10分、
後半40分の計90分。
文字通り、各参加者の成瀬映画についての思いも含めて、楽しく語る会だった。
参加者3人の方の了解を得たので、以下。
(1)成瀬映画マイベスト3
女性Sさん:『晩菊』『流れる』『稲妻』+『秋立ちぬ』
男性Yさん:『乱れ雲』『流れる』『浮雲』
男性Hさん:『驟雨』『まごころ』『秀子の車掌さん』
(2)これから観たい未見の成瀬映画3本
Sさん:『鰯雲』『女人哀愁』『まごころ』(会当日までにYouTubeで視聴)
Yさん:『くちづけ』『あにいもうと』『妻』
Hさん:『浦島太郎の後裔』『くちづけ:第三話女同士』『コタンの口笛』
(3)初めて観た成瀬映画とこれまで観た作品数
Sさん:『流れる』 約17作品
Yさん:『浮雲』(銀座並木座) 40作品
Hさん:『秀子の車掌さん』 40作品
なお、Yさんから『くちづけ」がラピュタ阿佐ヶ谷でこれから特集上映される
「司葉子特集」の中で上映されるとの情報があったのでトップページにリンクした。
『くちづけ』は未DVD化、未ネット配信で上映もあまりされないので貴重な機会かと。
前半は上記の作品を中心にフリートーク。
後半は管理者が持っている、著作権等との関係で本サイトにはアップできない
成瀬映画のスチール写真や未公開だと思われる撮影時の写真や宣材写真、
「成瀬監督を偲ぶ会」での写真なども見ていただき、エピソードも多少紹介。
参加者の方たちには喜んでいただいたようだ。
今回のようなZOOM版の会は初めての試みだったが、スムーズに出来ることが
わかったので、時期は未定だが第二回もまた同じようなルール、定員で実施したいと思う。
管理者が昨年観た(有料ネット配信U-NEXTでの視聴含む)数少ない新作日本映画の中で、
劇場で観てマイベスト1だった『星の子』(大森立嗣監督 主演:芦田愛菜)が
第30回日本映画批評家大賞の作品賞を受賞した。
未見の方にはオススメしたい。
(管理者が通った小学校の45年くらい後輩の!)女優・芦田愛菜の自然体の演技が光るいい映画だ。
NEW 2021.3.9 傑作青春映画『恋する女たち』(大森一樹監督 1986 東宝 主演:斉藤由貴)
管理者にとっては、ネットフリックスの成瀬映画5本(すべてDVD化)のニュースよりも、
より大きなニュースが映画『恋する女たち』がU-NEXTに新規入荷したことだ。
1930年代から現在までの日本映画を相当数観ている管理者だが、
成瀬巳喜男、川島雄三、小津安二郎、黒澤明、市川崑、木下恵介、内田吐夢
などの映画監督作品を除くという前提に立てばではあるが(笑)
日本映画で最も好きな作品はこの『恋する女たち』か稲垣浩監督『手をつなぐ子等』(1947 大映京都)
の2本となる。
特に斉藤由貴のファンということではないのだが、本作で女子高生を演じる斉藤由貴の自然な演技は素晴らしい。
そして、友達の相楽ハル子と高井麻巳子、そして留年した美術部の友人・小林聡美。
この女子たちの会話の面白さは半端ない。
大人と子供が同居した女子高生の揺れ動く感情をユーモラスに描く。脚本も大森一樹だ。
舞台の金沢のロケーションも魅力的だし、東宝の映画らしく、ソフィスティケートされた品の良さが目立つ
コメディタッチの青春映画である。
タイトル通り女子高生三人の淡い恋の話であり、加えて斉藤由貴の姉を演じる原田貴和子も。
渋い割烹居酒屋の娘・相楽ハル子の母でワンシーンしか登場しない星由里子(さん)の和服姿も綺麗だ。
管理者は本作のDVDを持っているし、何度観たかわからない。
これまで10回くらいは行っている好きな街・金沢に行くきっかけを作ってくれたのも本作である。
前半、金沢の繁華街・香林坊に当時あった映画館(現在は無い)で、斉藤由貴が一人で映画『ナインハーフ』を観る。
映画館から出てきた斉藤由貴に声をかけるのが、同級生の柳葉敏郎だ。若い。
斉藤由貴が秘かに思っている野球部の少年。
「お前、こんな映画観るんか?」と斎藤をからかう柳葉。
となりの映画館で上映されているアニメ『ナイン』『タッチ』を観ていた柳葉に、
「そっちこそ何よ、ナインとかタッチとか、半分足りないの」と言う秀逸なギャグがある。
これは実際に二つの映画館で上映されていたのか、演出として看板などを置いたのかは不明なのだが。
DVDの特典の大森監督と斉藤由貴のオーディオコメンタリーにあったかもしれない。
笑えるシーンが多数あるが、時々急に抒情的なシーンになったり、会話内容が哲学的であったり
と面白さ満載の傑作だ。
本作は確かレンタル禁止で、DVD購入かテレビ放送(最近、BS日本映画専門チャンネルでも放送)
でしか観ることができなかったので、U=NEXTでの視聴(追加料金の要らない見放題)は朗報。
大森一樹・斉藤由貴三部作では本作が一番好きだが、『トットチャンネル』『さよならの女たち』も
傑作である。この2作もU-NEXTに入ってくれないかなと。
同時期のU-NEXTへの新規入荷作品は以下の作品も。
作品名のみ記述。詳細はU-NEXT画面にて
『風の歌を聴け』『激動の昭和史 軍閥』『座頭市と用心棒』『曽根崎心中』
『太平洋奇跡の作戦 キスカ』『近頃なぜかチャールストン』
『日本海大海戦』(これは私の親しかった石田勝心監督がチーフ助監督)
『本陣殺人事件』『もう頬づえはつかない』『誘拐』『赤頭巾ちゃん気をつけて』
『太平洋の翼』『幕末』そして前回紹介した『放課後』など。
NEW 2021.3.5 映画『放課後』(森谷司郎監督 1973 東宝 主演:栗田ひろみ)を観て
前から観たいと思っていた映画『放課後』を観た。U-NEXTの新入荷の見放題。
森谷司郎監督、女子高生役の栗田ひろみ主演。脚本は井手俊郎、撮影は村井博
栗田ひろみといえば、みうらじゅん氏が大ファンだったのは有名な話。
YouTubeのいくつかの番組でも熱く語っていた。
管理者もみうら氏ほどではないが、ほぼ同世代ということもあり結構好きな
アイドル女優だった。確かガロの「地球はメリーゴーランド」の曲が流れる
テレビCMにも出てたような記憶が・・・
内容は女子高校生を描いた映画やテレビドラマによくある、
大人の男に魅かれて・・・という定番ものだが、なかなかいい映画だった。
栗田ひろみの、真ん中分けの髪と大きな目が印象的。
栗田ひろみが憧れる、隣の家の男が、若き地井武男。この地井武男はカッコイイ。
そしてあまりうまくいっていない妻役が、これも若き宮本信子。
宮本信子は最初誰だか分からなかった。若い時よりも今の方が断然綺麗だ。
主題歌が井上陽水の名曲「夢の中へ」。何曲かの挿入歌も陽水。
管理者もリアルタイムで知っている1972-73年頃の東京の風景が懐かしい。
「世田谷線」の山下駅、栗田ひろみの家、隣が地井武男夫妻の家は住所表記が映っていて
「豪徳寺」となっている。実際のロケーションだろう。
その他、「青山学院」のあたりも何度か登場。現在も青山通にかかる歩道橋も出てくる。
みうら氏は京都から上京して、栗田ひろみが駆け降りたその歩道橋に行ったと
YouTubeの番組で語っていた。
森谷監督というと、黒澤映画のチーフ助監督(『悪い奴ほどよく眠る』~『赤ひげ』)として有名だが、
黒澤組の前は成瀬組の助監督だった。『流れる』『杏っ子』『鰯雲』『コタンの口笛』など。
監督作品では『首』1968、『日本沈没』1973、『八甲田山』1977、『海峡』1982などの
大作映画、男性が中心の映画のイメージが強いが、初期には青春ものや抒情的な作品も多い。
本作は、特に成瀬調と言う感じはしないが、少なくとも黒澤映画よりは成瀬映画に近い雰囲気である。
話は変わるが、アメリカの有料ネット配信「ネットフリックス」に成瀬映画が5本加わったとのこと。
管理者はツィッターはやっていないのだが、Yahoo!のリアルタイム検索で読むことはできるので
定期的にチェックしている。
ここしばらく、「ついにネットフリックスに成瀬映画が」といった投稿が多い。
5本は『浮雲』『めし』『銀座化粧』『乱れる』『女が階段を上る時』。
すべてDVD化されているし、『女が階段を上る時』以外はU-NEXTにも入っている。
何故そんなに話題になるのかがよくわからない。
未DVD化、かつYouTubeにもアップされていないレア作品だったら
本HPでも紹介したい。
管理者も一度しか観たことのない(2005年の国立映画アーカイブ)『上海の月』とか
未DVD化の『浦島太郎の後裔』『妻』『くちづけ』『秋立ちぬ』『女の歴史』なんてのが
入れば、成瀬映画ファンとしてはニュースになるのだが。
まぁ、しかし、成瀬映画を観る機会が増えることは喜ばしい。
NEW 2021.2.26 「成瀬映画を楽しく語る会ZOOMオンライン版」を実施します
タイトルの会を実施します。概要は以下参照。
当日の時間によりますが管理者が保有していて、本サイトにはアップが難しい
貴重なスチール写真や資料などを若干見せられるかも・・・
なお、参加人数も少数と限られているので本情報のSNS等への投稿はNGで願います。
(1)参加条件
・当然のこととして、成瀬監督、成瀬映画が好きなこと。楽しく語れる方
・成瀬映画を1本でも観ていること。最近観始めた方でもOK
・すでにZOOMを使用したオンライン会議やプライベートの呑み会等を行っている方。パソコン、スマホなど。
ただし、会社等ではなくプライベートのZOOMアカウントを取得している方
→これから始める方でも可能ですが、パソコンの場合はカメラとマイクが内蔵されているか、
USB外付けでの接続が必要+YouTube等でZOOMの基本的なやり方について事前に学習する方
・Wi-Fi等のネット環境
・ZOOMの録画、録音禁止、内容等のSNSへの投稿禁止。管理者と他の参加者のプライバシーを守れる方
(2)参加方法
・(1)がすべてOKで参加希望の方は、以下の項目をメールへ簡潔に記述して管理者のGmailアドレスへメール送信してください。
◇最初に観た成瀬映画。時期やきっかけ(簡潔に)
◇これまで観た成瀬映画の本数。映画館、DVD、テレビ、YouTube等問わず
作品名記述もOK
◇観た中でのベスト3(3本未満の方は観た作品名を)
◇これから観たい未見の成瀬映画 3本まで
◇名前またはハンドルネーム
◇可能であれば性別、年齢も
(3)概要
・日時 2021年3月13日土曜日 15:00~
:当日の14:30くらいに管理者から各参加者へZOOM会議招待メールを送信。
管理者のZOOMは無料版なので、1対1は時間無制限だが、3人以上の場合は
一度の時間が40分。一度切れたらすぐに招待メール送信して40分追加の予定。
トータル80分くらいを目安に
・参加者 管理者入れて2名~4名程度。
希望者多数の場合は(2)のメール内容等管理者の方で選ばせてもらった上で事前に参加希望者へメールします。
・参加費 無料
:各自飲食は自由。適度のアルコールもOK
◇管理者の体調や都合により、当日キャンセルの可能性もあり。
その場合は事前にメールでお知らせし、延期という形で次の回を設定予定
コロナ禍の中、成瀬映画礼賛を楽しく、気楽に語れれば・・・
本エッセイに何度も書いていることだが、管理者は成瀬映画はもちろん、邦画、洋画とも
新作よりも古い旧作が圧倒的に好きである。
もちろんまったく新作を観ないわけではない。できれば映画館の大スクリーンで観たいのは当然だ。
映画館やU-NEXT(最近はTSUTAYA等の利用はほとんど無くなってしまった)などで新作映画を観るのは、
邦画で5-10本くらい、洋画はもっと少ないかもしれない。
今年映画館(できればアイマックス)に観に行こうと思っているのは、日本では5月公開の『ゴジラVSコング』くらい。
残念ながら邦画では映画館で観たいと思う作品が1本も無い。今後出て来るとは思うが・・・
昨年ある新作の日本映画を観て感じたことは、「旧作の方が映画のテンポとリズムがいい」である。
テンポとリズムは感覚的なものであり個人差があると思うが、管理者にとっては旧作のそれがあっている。
洋画も含めて最近のアクション、ミステリー、SFものなどによく見られる、目まぐるしいショット展開=テンポとリズムがいい
とは言えない。観客に心地よいテンポとリズムが重要だ。この感じ方も個人差があるだろう。
黒澤明監督が晩年のインタビューで、「映画に最も似ている芸術は音楽だ」と語っている。
黒澤監督のイメージは、クラシックのシンフォニーあたりだと思われる。
クラシック好きは有名だし、シンフォニーの4楽章(マーラーの二番「復活」のように5楽章のものもあるが)は、
ストーリーの起承転結とも重なるだろう。管理者もクラシックファンである。
管理者も黒澤監督の論には同感だが、40数年のジャズファンとして、ジャズをイメージした視点を書く。
成瀬映画、小津映画そして川島映画は、管理者が好きなテンポとリズムに満ちている。
例えば、室内での人物の会話シーン。構図を工夫したショット展開の流れ、俳優の台詞や表情の間、
俳優の動き、成瀬映画では一人が窓の方へ歩いて行き(もう一人の「目線送り」)、振り返るなど、
5分くらいのシーンをイメージしてみる。
ジャズの曲にも様々なものがあるが、一番オーソドックスなのはいわゆる「スタンダード曲」だ。
スタンダード曲の、これまたスタンダードの構成は、8小節×4=32小節を繰り返していくもの。
8小節(A)→8小節(Ā)→8小節(B)→8小節(A)の32小節を、テーマからアドリブ演奏と繰り返していくのが
一番基本的なジャズ演奏のスタイルだ。リズムはフォービートが多いのは言うまでもない。
成瀬映画、小津映画、川島映画(他にも旧作映画に多い)の一つのシーンの展開は、このジャズの
32小節繰り返しのような心地よさを感じる。これは管理者個人の非常に感覚的なもので理屈で説明は不可能。
そして、シーンからシーンへの場面転換。
小津映画だと、ビル等の外観や風景など。成瀬映画だとフェードアウト、そして台詞やアクションでのショットつなぎ。
川島映画にも成瀬映画のようなテクニックが多くみられる。
これはジャズで言えば、アルバムの1曲目から2曲目へ移るようなイメージだ。
それにしても不思議だ。
現代のインターネットやSNSでリアルタイムに情報がスピーディに飛び交う時代に製作の映画の
「テンポとリズムが悪く」=あくまで管理者個人の感覚だが、
現代よりはゆったりとしていた昭和の時代の映画の方が、「テンポとリズムがいい」、
ポンポンと調子よく展開していく映画が多いのだ。
もちろんこれは映画監督が持つそれぞれのテンポやリズム感もあるだろうし、
シナリオ、撮影、編集、俳優の演技や台詞、音楽などの要素も関わった総合的なものだろう。
とにかく旧作だろうが新作だろうが、テンポとリズムが悪い映画だけは勘弁してもらいたい。
*参考 上記に説明したジャズスタンダード32小節、4ビートの典型的な演奏は下記YouTubeに一例が。
管理者はこの1曲目(4分程度)の映像をほぼ毎日視聴。何度聴いても飽きない。
ウィントン・マルサリス(司会、トランペット奏者)を中心としたニューヨークを拠点としたビッグバンド。
Family Concert:Who is Count Basie?(1/2) Jazz at Lincoln Center
1曲目 Jumping` At The Woodside
NEW 2021.2.5 「隠れた名作」「知られざる傑作」が観たい
「隠れた名作」とか「知られざる傑作」というキャッチフレーズに弱い。
何としても観たいと思ってしまう。
管理者は20代の頃、映画対談の名著「たかが映画じゃないか」(山田宏一/和田誠著 文春文庫 1985)を
何度も読み返したが、本の中で語られている映画にそのような作品があった。
ビデオもまだ高く、レンタルビデオ屋もまだ少なく、もちろんインターネットも無く、
名画座での特集上映かテレビ放送しかその方法はなかった。
その後、BSやCSでの放送、レンタルはビデオ→DVD→ブルーレイとソフトも充実し
現在はU-NEXTなどの有料配信、YouTubeなどでも結構レアな名作を気軽に観ることができる。
映画鑑賞に関しては実にいい時代になった。
「たかが映画じゃないか」の中で語られた作品の中で、管理者が当時特に観たいと思ったのは
☆『愛人』市川崑監督 1953
・『悪魔のような女』アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督 1955
・『恐怖の報酬』 〃 1953
☆『アンリエットの巴里祭』ジュリアン・デュヴィヴィエ監督 1952
☆『生きていた男』マイケル・アンダーソン監督 1958
・『スカーレット・ストリート』フリッツ・ラング監督 1945
・『素晴らしき哉人生』フランク・キャプラ監督 1946
☆『絶壁の彼方に』シドニー・ギリアット監督 1950
・『大砂塵』ニコラス・レイ監督 1954
・『毒薬と老嬢』フランク・キャプラ監督 1944
管理者は現在までに上記の作品はすべて観ることができたが、
☆の作品は現在でも観るのはなかなか困難かもしれない。
この他にアルフレッド・ヒッチコック監督とビリー・ワイルダー監督の作品は
登場する作品数が多いので省略した。
この二人の監督の作品を数多く観るようになったのは、和田誠さんの著作の影響である。
和田さんの映画本は、難解な言葉がほとんどなくわかりやすい言葉で書かれているが、
内容はショット、構図、美術、台詞など映画技法を正確に深く、
そして少しマニアックに語られている(物凄い記憶力 !)ので
つい映画を観たくなってしまう。正に映画評の教科書だ。
本書には黒澤明監督、溝口健二監督、川島雄三監督の作品は何本か登場するが
成瀬作品は1本も登場していない。
和田さんの映画本をすべて読んでいるわけではないが
成瀬作品について語られているのを読んだことが無い。
同じく映画対談の書籍「今日も映画日和」(和田誠、川本三郎、瀬戸川猛資 文春文庫 2002)
の中では川本さんが成瀬作品を何本か挙げられている。
未見の映画(冒頭に書いた「知られざる傑作」的な邦画、洋画が中心)
を観た後に、前述の書籍以外でも保有している映画本に観たばかりの旧作
のことが書かれているのを読み返すのは映画ファンの楽しみの一つだ。
成瀬映画はU-NEXTなどでもだいぶ観ることが可能になったが、
まだ未DVD化やYouTubeや有料配信もされていない名作は数多い。
そして川島映画。
管理者が一番好きで評価をしている東宝時代(東京映画、宝塚映画含む)
の川島映画は、DVD化でなくとも有料ネット配信で気軽に観られる
ようにしてほしいものだ。
上映される機会も多く、DVD化されている大映の3本の川島映画評
の書き込みをSNS等でよく見かけるが、
東宝時代の『人も歩けば』『青べか物語』『箱根山』『喜劇 とんかつ一代』などの
隠れた名作を観る機会が増えれば、その面白さと職人技の映画術にはまり
思わずSNSに書き込みしたくなるだろう。
今から10数年前にNHKBSで放送された「巨匠対談 石ノ森章太郎を語る」という番組。
漫画家の巨匠・石ノ森章太郎氏を、同じく巨匠の藤子不二雄Ⓐ氏とさいとう・たかを氏が語る
特集番組の一つのコーナーだった。
その中で、さいとう・たかを氏の言葉が今でも印象に残っている。
「だからよく言ったの彼(石ノ森氏)に、お前は天才だ、ワシは職人だ。」
「(彼が)怒りよったよ。職人の方がかっこいいと」
酒でも飲んでる時の言葉だと推察するが、
二人の巨匠がお互いを認め合う雰囲気が感じられて素敵なやり取りだ。
これを映画監督に当てはめるとどうなるか。
天才だらけでは困るので、天才を芸術家に置き換える。
外国、日本の優れた映画監督も作風や本人の言動などで「芸術家肌」「職人肌」
に分けられるだろう。
こんな分類の定義などあるはずもないので、以下は管理者の感覚的な分類となるのを
あらかじめ断っておく。管理者の映画観賞経験による見解だ。
まずは外国映画。
主な「芸術家」監督は、フェデリコ・フェリーニ、ルキノ・ビスコンティ、イングマル・ベルイマン、
スタンリー・キューブリック、ジャン・リュック・ゴダール、アンジェイ・ワイダ、チャールズ・チャップリン、
オーソン・ウェルズ、ルイス・ブニュエル、ベルナルド・ベルトルッチ、ロベール・ブレッソン、フリッツ・ラング
アンドレイ・タルコフスキーなど。
次に主な「職人」監督は、エルンスト・ルビッチ、ビリー・ワイルダー、アルフレッド・ヒッチコック、
ジョゼフ・マンキーウィッツ、シドニー・ルメット、アンリ・ジョルジュ・クルーゾー、ルイ・マル、
フランク・キャプラ、ロバート・ゼメキスなど。
これも管理者個人の経験だが、10代後半から20代後半くらいまでは、
上に分類する「芸術家」監督の作品に関心を持っていたが、30歳を超えたあたりから
徐々に好みが「職人」監督の方にシフトしていき、それは60歳を超えた現在も変わらない。
ベルイマン作品だけは今でも結構好きで観ることもある・・・
詳細には述べるのは困難だが、これは文学や音楽の趣味にも共通しているようだ。
例えばジャズでいうと、若い頃はまったく興味の無かったビックバンドやボーカル
を熱心に聴くようになったのは40歳を過ぎた頃だった。
日本の映画監督ではどうか?
すべてを挙げるのは大変なので、ほんの一部にする。
「芸術家」監督は溝口健二、内田吐夢、今井正、小林正樹、大島渚など
黒澤明と木下恵介そして市川崑は作品によって「芸術家」の作風と「職人」の作風に
分かれるのではないか。
管理者が最も敬愛する成瀬巳喜男と小津安二郎の二人は、「職人」監督と名付けたい。
実際に二人の監督の作品は、初見では気付かないような粋な演出が目立たないように
散りばめられていて、正に職人気質と言える。これは川島雄三にも当てはまる。
他にもマキノ雅弘、千葉泰樹、中村登、野村芳太郎など。
外国映画、日本映画とも、何度も観たいと思うのは管理者の定義による上記の「職人監督」となる。
NEW 2021.1.12 映画のストーリーは単純な方がいい
昨年の秋に日本で公開された話題の洋画『TENET(テネット)クリストファー・ノーラン監督)』。
SF+アクション+ミステリーのIMAX撮影の大作である。これをU-NEXTで観た(\550の有料配信)。
ノーラン監督作品は前作の『ダンケルク』1本しか観ていない。これは面白かった。
管理者は元来SF映画が苦手である。
そして成瀬映画や小津映画に慣れているので、複雑なストーリーの理解力が劣っている。
また日本映画はともかく、洋画はたくさんの俳優が登場する映画は
外国人の顔の記憶力が低いのか、誰がどの役かが混乱し分からなくなる。
その点、昔の洋画の多くはは登場人物が少ないので理解しやすい。
だったら観なければいいじゃないかと指摘されそうだが、映画ファンなので
「凄い映像」といった評を読めば観てみたいいう気持ちはあるのだ。
『TENET』はまず公式サイトを検索し、だいたいのストーリーを把握した。
次にネット上にある「ネタバレ」の映画説明ページの長文を一つ読んだ。
そこで初めてU-NEXTで本作を観た。
結論から言うと、ネタバレの説明を読まなければ、おそらくまったく分からなかっただろう。
もしかしたら途中で観るのをストップしたかもしれない。
事前にネタバレを読んでいたにもかかわらず、それでも理解不能なところがたくさんあり、
視聴した後に再びYouTubeのネタバレサイトの一つを見て、「なるほど」とわかった次第。
本作はまったくの予備知識なしで観たら、まず誰でも理解不能になると思う。
とにかく説明無しに次々と進んでいく。
CGをほとんど使わず実写で撮るのにこだわりを持つというノーラン監督の演出する
アクションシーンはもちろん迫力がある。
これは本作のストーリーと関わるが、
現在の順行のアクションと、未来から過去=現在の逆行(ビデオの巻き戻し映像に近い)アクションが融合し、
同じショットに展開するアクション映像は管理者も観たことがない、初めての不思議な映像体験だった。
過去の世界に飛んでいくSFや回想シーンが多く登場するミステリー映画などとは
まったく異なる映像手法で、映画の時間表現についてあらためて考えさせられた。
ただしこの手法のアクションシーンが複雑なストーリーに輪をかけるのだが・・・
ノーラン監督の想像力と映像の凄さ(音楽もグッとくる)で楽しめる凄い映画ではある。
もう少しストーリー展開を単純化してわかりやすく伝えてくれたらより感動できたと思うのだが。
同じく年始にU-NEXTで観たのが洋画のクラシック映画。
ビリーワイルダー監督の『お熱い夜をあなたに』1972、『あなただけ今晩は』1963は初めて観た。
『深夜の告白』1944は再見。
そしてアルフレッド・ヒッチコック監督では未見だった『パラダイン夫人の恋』1947と『舞台恐怖症』1950。
この中でワイルダーの『お熱い夜をあなたに』は地中海にあるイタリアのリゾート島の高級ホテルを舞台にした
ロマンチックコメディだが、特に面白く感動的な作品だった。洒落た台詞とユーモアがたっぷりで正にワイルダーの世界。
ラストの展開も洒落ている。素晴らしいの一言。
題材は対照的だが、フィルムノワールを代表とする1本と言われている『深夜の告白』も久しぶりに観て感動した。
特に、夜の自動車の後部座席での殺人シーン。
後部座席を見せずに車を運転する女の表情だけで表現するのは、現在のようにとにかく直接的なアクションのバイオレンスシーン
(TENETにもいくつかあった)がパターンの中ではかえって斬新に感じる。
ヒッチコック作品は、ヒッチコックの数々の名作の中ではあまり知られていない2本だが、これも楽しめた。
ヒッチコック演出のサスペンスが十分味わえる作品だった。
ワイルダー、ヒッチコックともこれらのクラシック映画の何がいいかと言うと、
とにかくストーリーが分かりやすくシンプルであること。そして登場人物も少ないこと。
ナレーションや台詞等の最小限の説明で、観客にストーリー、人物像、シチュエーションを示してくれる。
合わせて小道具の使い方の上手さと場面転換のテンポの良さ。
そして特にモノクロ映画では光と影の映像や構図の美しさも堪能できる。
もちろんこれは管理者が愛する成瀬映画、川島映画、小津映画にも共通する要素だ。
管理者にとっては洋画、邦画を問わず、名作映画の条件の一つは「ストーリーが単純でわかりやすく、登場人物が少ない」
となる。もちろん『史上最大の作戦』『大脱走』のような歴史もの、戦争もので登場人物が多いのは例外だが。
NEW 2021.1.3 DVD化またはネット配信を望みたい成瀬映画『くちづけ』
昨年2020年は東宝から『驟雨』と『秀子の車掌さん』の2本がDVD発売された。喜ばしい。
また、U-NEXTでは17作品の成瀬映画が配信されている。(2021年1/8で配信終了:再配信は未定)
そして主に1930年代~40年代の成瀬映画ではYouTubeにアップされている作品もある。
ただし、ほとんどすべての作品をDVDやネット配信で観ることが可能な小津映画、黒澤映画、木下映画
と比べると、成瀬映画にはまだ未DVD、未ネット配信の作品も多い。
管理者は2000年代、特に生誕100年の2005年に集中的に放送された日本映画専門チャンネルの
「成瀬巳喜男劇場」で放送された作品はすべて録画して、DVDやブルーレイに保存してある。
その中で、特にDVD化またはネット配信を望むのが、タイトルにある『くちづけ』(1955)だ。
本作に関しては本エッセイでも過去に記述し、ロケ地紹介のページでも紹介しているので
ストーリー、俳優等はそれを参照してほしい。
石坂洋次郎の原作の三つの短篇小説を松山善三が脚色した三話オムニバス。
石坂作品の三話オムニバスでは『石中先生行状記』があるが、『くちづけ』は
第一話「くちづけ」を筧正典(『山の音』などの助監督)、第二話「霧の中の少女」を鈴木英夫、
第三話「女同士」を成瀬監督がそれぞれ演出している。一話が40分くらい。
映画のクレジットによると、製作は藤本真澄、成瀬巳喜男。
そして撮影の山崎一雄、美術の中古智といったスタッフは三話すべてに共通しているようだ。
本作は成瀬監督が第三話のみの演出なので、名画座等での成瀬映画特集で上映される機会も少ない。
資料によると『浮雲』は1955年1/15の封切りで、本作『くちづけ』は同年の9/21の封切だ。
管理者はこの三話の中では、福島県の会津地方の風景も美しい第二話「霧の中の少女」を一番評価したい
のだが、成瀬監督演出の第三話「女同士」も傑作だと思う。
大作の『浮雲』の後で、肩の力を抜いて楽しそうにのびのび演出している成瀬監督の姿が感じられる。
はっきり言えば、管理者は『浮雲』よりも本作の方が好みである。
好みだけではなく、成瀬調という点では間違いなく本作の方がそれに当たる。
本サイトでも何度も書いているが『浮雲』は現存する69本の成瀬映画の中では作風において異色作の1本だ。
年末に保有している録画ブルーレイで再見した。
第三話「女同士」はたいした事件を起きない日常の出来事を、
ユーモラスに、そして少しシニカルに描いている。
今回あらためて魅せられたのは、開業医=上原謙の妻=高峰秀子の「不機嫌な表情」。
例えば、冒頭、近所に往診に行くことになり、玄関で夫の靴を磨く高峰。
しばらくして、往診に同行する看護婦=中村メイコが、靴箱から上原の靴を出し磨く。
それを眺めている高峰の、口をとんがらかした不機嫌な表情。
台詞ではなく目線と表情だけで、微妙な人物心理を描写する成瀬演出が心地よい。
本作ではとにかく高峰の不機嫌な表情が随所に現れるが、くすくす笑ってしまうような
ユーモラスな印象を受ける。高峰秀子の演じる「女性のネガティブな感情表現」は見事だ。
同様の表情は『めし』や『驟雨』の原節子も随所に見せる。
成瀬監督は女性を描かせたら最高峰の監督だと思うが、特に女性の不機嫌な感情
を客観的に冷徹に描くのが名人芸である。説明的な台詞を最小限に、目線や表情でそれを語る。
看護婦が夫への恋愛感情を持っていることを偶然知ってしまった妻が、
出入りの八百屋のあんちゃん(小林桂樹)と看護婦(中村メイコ)を結婚させてしまおうと
画策して、それは見事に成功するのだが、また新たな看護婦が来て・・・で終わる。
ラスト、上原謙は「みんなで紅茶を飲もう」と言って、高峰秀子は台所で準備をするが
その時にも何とも言えない不機嫌な表情をする。観ている方は笑ってしまうのだが。
少し楽しい気分の時に「紅茶」が登場するのも成瀬映画のパターンのようで、
『めし』『妻の心』にも紅茶が登場する。他にもあるかもしれない。
本作「女同士」のラストのオチは、内容はまったく異なるが
ヒッチコック監督の『裏窓』のラストとよく似ている。
NEW 2020.12.30 みうらじゅん氏が語る円谷英二と怪獣映画
昨日12/29にNHKラジオ第一で放送された番組「みうらじゅんのファンブック」の第三回は円谷英二。
前半後半に分けて2時間弱、みうら氏が語りつくす素晴らしい番組だった。
特別ナレーションに『ウルトラQ』のナレーションの石坂浩二氏という豪華さ。当時についてのインタビューも。
この番組は今日12/30のNHK-FMの19:20-21:00でも再放送されるが、
NHKラジオらじる★らじる(聴き逃し番組を探す)のホームページ
で1/5の17:55までの限定配信で聴くことができる。上記をクリック。
管理者はみうらじゅん氏と同年(1958年)生まれで、みうら氏よりも2週間ほど早く生れている(笑)。
京都と東京の違いはあるが、円谷英二特撮の東宝の怪獣映画や『ウルトラQ』『ウルトラマン』を
リアルタイムで観ているのはまったく共通している。怪獣映画世代だ。
みうら氏が最初に観た円谷特撮映画はキングギドラが初めて登場した
『三大怪獣 地球最大の決戦』(本多猪四郎監督 1964 )と話しているが、
管理者はそれより少し前の『モスラ対ゴジラ』(本多猪四郎監督 1964)が初めてだと記憶している。
冒頭、工事中の埋立地でゴジラが尻尾から登場するシーンははっきりと覚えている。当時6歳だ。
以前、成瀬監督の関連の会でお会いした星由里子さん、夏木陽介さんとは、成瀬映画の話の合間に
この2本の傑作怪獣映画(星さんは2本とも、夏木さんは『三大怪獣~』1本に出演)についても話を
させていただいたのは、今思っても幸福な時間だった。残念ながらお二人ともすでに故人だが。
故・白川由美さんとは川島映画『特急にっぽん』の他『ラドン』『美女と液体人間』『電送人間』
の話もさせていただいた。
成瀬映画と円谷英二はまったく縁がないかと思うと、実は1本だけ関係がある。
成瀬映画の何本かの異色作の1本『浦島太郎の後裔』(1946)の特殊撮影で名前がクレジットされている。
映画の中で藤田進が国会議事堂の屋根に登って奇妙な声で叫ぶシーンがあるが、あのシーンが
円谷英二による特撮なのだろう。
本多猪四郎監督自身も『鶴八鶴次郎』など数本の成瀬映画の助監督を務めている。
みうら氏が番組の中で語っている『マタンゴ』(本多猪四郎監督 1963)について。
2005年の成瀬監督生誕100年に世田谷文学館で行われた「生誕100年 映画監督・成瀬巳喜男展」
の資料集(非売品)の中の、須川栄三(映画監督、2001年逝去)、育野重一(映画美術監督、2003年逝去)、
竹中和雄(映画美術監督)の対談「助監督物語-我が師、成瀬巳喜男・中古智』(1997年12/7 世田谷文学館にて)
の中で、『マタンゴ』の美術監督の育野氏があるエピソードを語っている。
『マタンゴ』のファーストシーンとラストシーンには、病院の狭い個室が登場し(中に久保明)
窓外に街が見える。
育野氏の話では、窓外は東宝撮影所のステージ150坪くらいにミニチュアセットを作って
撮影したとのこと。そのラッシュを試写室で見た時に円谷英二さんが来ていて
「あれは銀座のどこへセットを作ってロケーションしたんだ」と訊かれたので
「違うよ、ここですよ、このステージの中ですよ」と答えたとのこと。
円谷さんの目をごまかせたっていう(笑)。費用は物凄くかかったそうだ。それはそうだろう。
『コタンの口笛』『女が階段を上る時』の2本の成瀬映画で、中古美術監督の助手に付いた育野氏が、
中古美術監督の窓外セットのミニチュアの精巧さを語った後にこのエピソードを語っている。
今年観た映画(新作、旧作)については本エッセイにもその都度書いているが、簡単にまとめてみる。
コロナの状況もあり、映画館で観た新作は数少ない。
まずは日本映画。
管理者が最も評価したいのは『星の子』(大森立嗣監督)だ。作品評は本エッセイに書いたので省略する。
その他良かったのは
・『ラストレター』(岩井俊二監督)
・『スパイの妻』(黒沢清監督)
・『三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実』(豊島惠介監督)
・『ジャズ喫茶ベイシー』(星野哲也監督)
そして『鬼滅の刃』(外崎春雄)も。
話題のアニメなのでU-NEXTの見放題でテレビアニメの1話だけ観てみようと思ったら、
結局全26話を観てしまい、その続編である映画も観た次第。
U-NEXTで観た新作は『なぜ君は総理大臣になれないのか』(大島新監督)。
今年初めて観た旧作。
まずは小林正樹監督の一連の松竹作品。
気に入った順に書けば(*=市販DVD、・=U-NEXT)
*『この広い空のどこかに』1954
*『からみ合い』1962
・『美わしき歳月』1955
・『あなた買います』1956
・『壁あつき部屋』1956
*『泉』1956
*『三つの愛』1954
代表作として紹介されるのは『切腹』『人間の條件』が多いが
松竹時代にこんなにいい作品を撮っていたのは発見だった。
同じくU-NEXTで観た旧作では
・『ハナ肇の一発大冒険』(山田洋次監督 1968)
・『みな殺しの霊歌』(加藤泰監督 1968)
YouTubeで観た作品では、現在新文芸坐で特集上映している
渋谷実監督の『てんやわんや』1950がかなり面白かった。
次に洋画。映画館で観た新作は1本もなく、すべてU-NEXTで配信されている新作、旧作。
新作、準新作では
・『九人の翻訳家』(レジス・ロワンサル監督 2019)
・『ナイブズ・アウト』(ライアン・ジョンソン監督 2019)
・『スキャンダル』(ジェイ・ローチ監督 2019)
約45年のジャズファンとしては
・『ストックホルムでワルツを』(ペール・フライ監督 2013)
スウェーデンのジャズ歌手のモニカ・ゼタールンドの年代記。
ニューヨークのジャズクラブのシーンが2回出てくるが、
最初は管理者が一番好きなジャズピアニストのトミー・フラナガンのトリオ、
次がビル・エヴァンスのトリオ。もちろん二人とも亡くなっているので
俳優が演じているのだが、雰囲気がとても似ていて嬉しくなってしまった。
そしてヒロインのモニカを演じた女優のエッダ・マグナソンの美しさに圧倒される。
父親との葛藤と和解のドラマもとても感動的だった。いい映画だ。
旧作では、やはりU-NEXTで配信されている作品。
・『緋色の街』(フリッツ・ラング 1945)
・『死刑執行人もまた死す』(〃 1943)
・『潜行者』(デルマー・デイビス監督 1947)
・『コールガール 原題:Klute』(アラン・J・パクラ監督 1971)
などが面白かった。
トップページに紹介してあるようにU-NEXTには現在成瀬映画17作品が
配信されているが(すべて見放題)、来年2021年の1月8日までで
配信が中止となるようだ。
以前も一度配信中止となってその後再開したので今回も再開の可能性もあるが、
未見の作品があれば年末年始に観た方がいいかと。
U-NEXTの1か月見放題のカードは1990円でコンビニなどで買える。
NEW 2020.12.18 『早春スケッチブック』シナリオ本を読んで
テレビドラマとシナリオの話を。
優れた映画やテレビドラマの定義は人によっても違うと思うが、
管理者の定義は「何度観ても面白い、そして新たな発見がある」である。
成瀬映画はもちろん、小津映画、川島映画やその他好きな数多くの作品がそうである。
外国映画だとアルフレッド・ヒッチコック、ビリー・ワイルダー、アンリ・ジョルジュ・クルーゾー、
シドニー・ルメットなど。
現在のコロナの状況下で、録画したブルーレイやDVD、U-NEXTで観る機会も多い。
映画に比べるとテレビドラマは少ないが、例外が山田太一氏のシナリオの一連のドラマだ。
タイトルにある『早春スケッチブック』はもちろん山田太一氏のオリジナルシナリオで
1983年にフジテレビで放送された全12話の連続ドラマである。
管理者は放送当時20代の会社員だったので、リアルタイムで観ることも可能だったが
20代から30代の頃は、古い日本映画や外国映画の名作を名画座などで観ることに熱心で
テレビドラマには関心が低かった。
山田太一氏シナリオのテレビドラマを追いかけて観たのは、ここ10年くらいで
中心は日本映画専門チャンネルで放送していた「山田太一チャンネル」だ。
『早春スケッチブック』は以前から名作ドラマと評価されているのは知っていたが
最初に観たのは近所のTSUTAYAで借りたDVD(2話ずつ6枚)である。
その後、日本映画専門チャンネルの放送はブルーレイに録画して再見した。
今回初めて2016年に新装丁で発売された山田太一セレクションのシナリオ本を読んだ。
管理者は映画やテレビドラマのシナリオを読むのが好きで、2003年に出版された小津安二郎全集
は購入して持っている。
日本映画の場合は、映画を観てからシナリオを読んだり、シナリオを読んだ後に映画を観たり
することも多い。シナリオを読んで映画を観ないこともあるが・・・
『早春スケッチブック』のシナリオ本を読んで「上手いなと」感じた箇所があった。
とはいっても全12話なので第1話のみにする。二つだけ挙げる。
観ていない方のために簡単に登場人物と設定を書く。
横浜市郊外(相鉄線「希望ヶ丘駅」)の高台の住宅地で暮す4人家族。
父=望月省一(河原崎長一郎)は地元の信用金庫の課長。
母=都(岩下志麻)は専業主婦だが、駅前の花屋でパートで働く。
長男=和彦(鶴見辰吾)は高校生で大学受験を控えている。
シングルマザーだった都の連れ子。
長女=良子(二階堂千寿)は中学生。省一の連れ子。省一の前妻は病気で他界。
この平和な四人家族の家庭に、病気で余命が僅かなカメラマンの沢田竜彦(山崎努)
が現れ、望月家に波風が起こるのが主なストーリーとなる。
沢田は籍を入れてないが都の前夫で和彦の実の父。
沢田を支える若い美人モデル=新村明美(樋口可南子)は沢田に和彦を会わせる重要な役。
和彦は母の都から「お父さんは亡くなった」と伝えられて育つ。
余談だが、河原崎長一郎の母と岩下志麻の母は姉妹なので、
本作の夫婦役の二人は実のいとこ同士である。
河原崎長一郎は東映の時代劇などたくさんの作品に出演しているが、山田太一ドラマの
常連だ。本作の実直で少し気の弱い銀行員役は他に思い当たらないほどの適役だろう。
そして岩下志麻。本作の岩下志麻は映画、ドラマを通じても一二の綺麗さだ。
第一話の冒頭、和彦が高校から自電車で帰宅する。
坂道の途中で妹の良子が不良女子中学生数人に囲まれている。
「謝れ」という不良女子中学生の言う通りに謝り、金も渡す和彦。
それを不満に思う良子。
父親の省一が帰宅した夕食のシーンでこの小さな事件が話題となる。
連続テレビドラマの第一話は、まず登場人物の紹介が不可欠だ。
それをどのように行うかはシナリオライターの技である。
不良女子中学生のいじめに対する各人の考えや思いによって
本人、父、母、兄のキャラクターが鮮明となる。
ドラマの出だしとして実に上手い方法だと感心した。
これは今回シナリオ本で台詞をじっくりと読んで気付いた。
二つ目は台詞。
和彦は予備校で明美に「アルバイトしない」と言われ、無理矢理に
車で郊外の古い洋館に連れていかれる。
そこは沢田が管理人として一人で暮している。
そこで、沢田の言い方に腹を立てる和彦。
和彦は「もしかしてあの人は実の父親かも」と考える。
帰宅すると、居間で母の都が裁断している。
以下はシナリオ本(P40)からの引用
和彦「お母さんー」
都 「うん?」
和彦「嫌がるから聞かなかったけど」
都 「なに?」
和彦「ー」
都 「なに?」
和彦「ヒップいくつ?」
都 「なにいってるの(と苦笑)」
和彦「フフ」
都 「頭ポーッとしちゃったんじゃないの。
ジョギングでもしてらっしゃい(と手を動かしている)」
これはシナリオを読んでも、ドラマを観ても当然
「今日会った男の人がもしかして僕の本当のお父さんじゃないか」
と母親に訊くのではないかと予想する場面だ。
この台詞のやり取りの後、「いつ頃まで煙草吸ってた?、お酒は?」
と続き、最後に実の父親の話になっていく。
母親の都は「死んだ人だし」と言って息子を諭す
観客や視聴者が「次にこういくだろう」との予想を外した展開や
予想外の台詞というのは、成瀬映画、小津映画、川島映画にも
多く出てくる。
それにしても「ヒップいくつ?」はよく思いつくものである。
シナリオ本を読んで思わず笑ってしまったが、この台詞で思い出しのが
小津映画『麦秋』で息子との結婚を承諾してくれた原節子に泣きながら
感謝した後に、杉村春子が言う「~紀子さん、パン食べない? アンパン」だ。
あれも予想外の台詞なのだが、本作のこの台詞もそれに近い雰囲気だ。
本作は何といっても第八話で、病気の見舞いも兼ねて洋館を訪れた
都と和彦に対して言う沢田の言葉が日本のテレビドラマ史上の最高の台詞の一つ
だと思う。
山田太一氏は数多い連続ドラマと単発ドラマのシナリオを書いているが
私が観ている中で(全部ではないが少なくとも半分くらいは観ている)
連続ドラマの個人的なベスト3は
1. 『ありふれた奇跡』 2009年 フジテレビ 全11話(これは放送時に観た)
2.『早春スケッチブック』1983 フジテレビ 全12話
3.『想い出づくり。』 1981 TBS 全14話
となる。
本題の前に一つ。
昨日12/4(金)のNHKの朝の情報番組「あさイチ」に、俳優の柄本明氏が出演していた。
番組の中で今年亡くなった志村けんとの有名な「芸者コント」の話題になり、
柄本氏は「あれは私からの提案です。成瀬巳喜男監督の『晩菊』という映画に
年取った芸者の愚痴のシーンがあってそれがとても可笑しく、それをヒントに志村さんに提案した」
と話していた。あわせて『晩菊』の内容も詳しく述べていた。
ヒントになったのはもちろん映画の中での望月優子と細川ちか子が
トンカツをおかずに日本酒を飲んで愚痴を言い合う有名なシーンだろう。
管理者はインターネットかSNSだったかでこのことを読んだことがあったが、
初めて知った方たちがツィッターに書き込んでいた。
管理者は25年くらい前に、銀座並木座へ『驟雨』を観に行った時に
座席に柄本氏の姿を見かけたことがある。「柄本さんって成瀬ファンなんだ」と思った次第。
本題。トップページにも上映情報を紹介したが、今年は渋谷実監督の没後40年とのこと。
管理者は渋谷作品をこれまで5-6本しか観ていないが、観た作品の中では本エッセイにも
書いた『青銅の基督』(1955 松竹京都)は傑作だと思っている。
「渋谷実 巨匠にして異端」(志村三代子・角尾宣信編 水声社)という書籍も出版された。
約550ページ、5000円の研究書。
たまたま近くの図書館に新刊であったので借りて読んでいる最中だ。
真っ先に読んだのは渋谷作品にも出演している香川京子、有馬稲子の両女優へのインタビュー。
この種の映画本を読んでいると、1箇所くらいは不正確な記述がある。
管理者も古い日本映画にはかなり詳しい方なので、どうしてもそういう箇所を見つけてしまう。
香川さんのインタビューの中に、渋谷作品とは関係ないが下記のような証言の箇所があった。
P516 「~(略)~そのときは成瀬巳喜男監督の作品で足の悪い役をなさった
高峰秀子さんにご相談したんです。高峰さんは、大きめのサポーターで
脚をとめちゃうといい、と教えてくださった。そうしたら脚がうまく
動かなくなりますからね。」
これは香川さんが勘違いしていると思われる。成瀬作品で高峰秀子が足(脚)の悪い役は記憶が無い。
小林正樹監督『この広い空のどこかに』(1954 松竹)のことだろう。ちなみにこの映画は名作だ。
管理者はDVDを購入して観ているが、
この映画では川崎で酒屋を営む佐田啓二(妻役は久我美子)の妹役=高峰秀子は
足の悪い役を演じている。足が悪いといっても片方を引きずって歩くロケシーンも登場する。
こういうのはその場でインタビュアーが気付いて訂正すべきだと思うのだが・・・
渋谷作品だが、YouTubeにアップされている『てんやわんや』(1950 松竹大船)を観た。
これは素晴らしく面白い映画で、傑作だった。画像もすごくクリアで観やすかった。
有名な獅子文六の原作だが、何よりもテンポが快調でいい。
渋谷作品は細かいショット割とスピーディーなストーリー展開が第一の特長のようだ。
そして登場人物がどれもアクが強くて個性的。
全体的に少し斜から見たシニカルな視点も渋谷作品の魅力だろう。
木下恵介監督と犬猿の仲だったことは有名だ。
『てんやわんや』は淡島千景の映画デビュー作だが、本当に美しく色っぽい。
志村喬の社長秘書役で主人公の佐野周二に惚れている活発な女性を生き生きと演じている。
昔の日本映画は何が凄いかというと脇役の豪華さであり名人芸だ。
本作でも、その他に藤原釜足、三井弘次、三島雅夫、薄田研二(東映の時代劇でよく見かける顔)、
望月美恵子=優子など。そして可愛さ絶頂の桂木洋子。
主な舞台となる愛媛県宇和島あたりのロケーション風景も見どころである。
未見の方には是非YouTubeでの視聴をオススメする。
管理者が感じたのは、雰囲気が川島雄三の作品に似ていること。
というより、川島雄三が渋谷実の影響を受けていることになる。
渋谷実は松竹蒲田時代に成瀬巳喜男、五所平之助等の助監督を務めて、
本人の証言では五所平之助の影響が強かったらしい。
川島雄三は、渋谷実の助監督も務めている。何の作品か管理者には不明だが。
前述の書籍の中の、渋谷監督の娘さんのインタビューによると
渋谷監督は川島雄三を高く評価していたそうで、これは川島ファンとして嬉しかった。
新文芸坐での特集上映では、テレビでは絶対に放送が不可能と思われる
『気違い部落』(1957)と小津映画の役柄とは正反対の強烈なキャラクター
の笠智衆が見られるという『酔っぱらい天国』(1962)は観に行きたいと
思っている。
原節子の生誕100年の特集上映が、東京・京橋の「国立映画アーカイブ」で上映中である。
原節子については本HPの中でたくさん書いているし、本エッセイの5.12にも「マイベストテン」を書いた。
書籍、新聞、雑誌、テレビ、インターネットなどで原節子といえば、小津映画の原節子(特に『晩春』『麦秋』『東京物語』)
の紹介が圧倒的に多い。しかし管理者は小津映画の原節子よりも成瀬映画の原節子の方が断然好みである。
今年の9月に、成城の一宮庵(懐石料理・和食店 :故斎藤寅次郎監督邸)で「成瀬映画のここが凄い~成瀬巳喜男監督セミナー」
という少人数のセミナー講師を行った。(検索するとネット記事を見ることができる)
講義の中心は「成瀬映画と小津映画の比較」だったが、その中で原節子の演出の違いを画面写真を使用して細かく説明した。
パワーポイントで講義テキストを準備したときに、『めし』『驟雨』の原節子をあらためて細かく分析してみた。
当日の講義で説明した内容の一部だが、『めし』の一場面での緻密な計算の成瀬演出と原節子の演技を紹介する。
以下、台詞等は映画からの採録を一部省略したもの。
『めし』の中盤、原節子(三千代)が同窓会から帰宅する。
久々の外出で少し気分が高揚していた原節子だが、帰宅すると夫の上原謙(初之輔)は浮かない顔をしている。
・原が「どうしたの」と訊くと、「二階にいた時に靴を盗まれた(注1)。上原の姪の島崎雪子(里子)と一緒だった」と答える。
・「二人で二階にいる用でもあったの」と訊く原。
・それに答えず、目線を落とす上原。上原の目線の先を見る原。
そこには紅茶の缶と茶こしとティーカップが二つ(注2)揃えてある。
それを見て不機嫌な表情を見せる原。そのまま2階に行く。
・二階に行き、横になっている島崎に「どうしたの」と訊く原。
「おかえんなさい、鼻血が出たの」と答える島崎。
原が目線を落とすとそこにはタバコの吸い殻の入った灰皿(注3)がある。
「そう」と不機嫌な顔で答える原。
・原は二階から一階へ降りて、手前のちゃぶ台に坐っている上原の横を通り台所の方へ行く。
台所で手を洗い「あたしの手拭お取りになった?(注4)」と訊く原。
「ああ、さっき里子ちゃんが鼻血出したので・・・」と答える上原。
原「いやあねぇ」と上原の方へ怒った顔を向ける。原は台所に背中を向けて坐る。
~(略)~
・上着を着替えにちゃぶ台の前に立って上原を見下ろしている原。
ちゃぶ台に坐りながら原に向って「ああ、腹減った。めしにしないか・・・」と言う上原。
原「あなたは、私の顔を見ると、おなかがすいたってことしかおっしゃれないのね(注5)」
・原(上原のワイシャツを見て)「里子ちゃんの鼻血ですか?」
上原「ああ、さっき起こしに行ったときに付いたんだよ」
原(少し笑みを浮かべて)「ずいぶん、ご親切なのね(注6)」
上原(原の方を見て、つぶやくように)「ばか・・・」
・上着を脱いでブラウス姿で台所に背中を向けて腰掛ける原。上原はちゃぶ台の横に寝転がる。
・原は毎日の家事の不満を述べて、東京に行って働きたいとつぶやく。
この場面は、三千代を演じる原節子の不満が爆発する重要なところだが、一つ一つのショットを
細かくみていくと、成瀬監督が実に緻密な演出をしていることにあらためて気付いた。
(シナリオは井手俊郎と田中澄江)
赤文字の注は、原節子が怒る原因である。
夫の靴が盗まれたことに始まり、六つの怒りが徐々にエスカレートしていく。
注2と3は、説明的な台詞は無く、原節子の目線と事物のアップのショットだけで妻の心理を表現している。
この怒りには若くて綺麗で自由奔放な、夫の姪の里子に対する認めたくない「嫉妬」が隠されているのだろう。
原節子の見せる、複雑な不機嫌な表情がいい。
雑誌「キネマ旬報」の2016年2月上旬号は、2015年に95歳で亡くなった原節子の特集が掲載されているが、
その中に女優・蒼井優が語る原節子というインタビュー記事(P50~52)がある。
小津映画の原節子を語った後、「成瀬巳喜男監督の映画の原さんもいいんですよねぇ。~(略)~
成瀬映画の原さんは生活感が出ていて、女性の不機嫌な演技が上手くて……口元がまたいいんですよ。
かすかに不満げな口元は、小津映画では見られない魅力ですね。」と語っている。
この蒼井優の言葉には全面的に共感する。成瀬演出と原節子の演技を実に的確に語っていて素晴らしい。
余談だが蒼井優は管理者が好きな若い女優の一人だ。
管理者が観ている彼女出演の作品の中では『花とアリス』『フラガール』『スパイの妻』といった代表作とあわせて、
同じく好きな女優の上野樹里との共演作『亀は意外と速く泳ぐ』での親友のぶっとび少女、
『虹の女神』の盲目の妹役の演技が大好きなのだ。この2作品の上野樹里と蒼井優はオススメ。
ともかく原節子は何といっても成瀬映画である。これが管理者の結論だ。
住民投票で何かと話題になっていた大阪(市)。
管理者は東京生まれ、東京育ちだが、神社・仏閣・日本美術、風情のある街並みが好きなので
プライベートな旅行や仕事の出張帰りのついでに、京都や大阪には数えきれないほど行っている。
東京人としては、京都、大阪には相当詳しい方だろう。
大阪へは何といっても映画の舞台のロケ地散策目的が多かった。
本HPの「ロケ地ページ」に掲載しているが、大阪(市)を舞台にした映画について。
最初に成瀬映画。
やはり代表的なのは『めし』(1951)だろう。
いまでも昭和26年封切時の面影の残る阪堺線の「天神ノ森」駅や
高級住宅街の「帝塚山」。そして道頓堀界隈、大阪城など
『妻』(1953)には、大阪市の中心にある中之島が登場する。
時代は明治期だが『芝居道』(1944)も大阪・道頓堀の芝居小屋がメイン舞台だ。
ネガ、プリントが存在していないのでもちろん未見だが『不良少女』(1949)にも
大阪が登場するようだ。(撮影監督=玉井正夫のインタビュー証言)
小津映画では『小早川家の秋』。
京都の伏見や祇園、嵐山などが登場するが、冒頭、大阪の道頓堀のネオンから始まる。
その他『東京物語』でも後半東京から尾道に帰る両親(笠智衆、東山千栄子)が
息子(大坂志郎)のアパートに立ち寄る場面で大阪が出てくる。
小津映画で大阪の登場はこの2本か?
大阪のロケーション映画と言えば何といっても川島雄三だ。
・『還って来た男』(1944) 戦時中のデビュー作
・『わが町』(1956)
・『暖簾』(1958)
・『貸間あり』(1959)
この4本は大阪がメイン舞台の大阪映画。そしてすべてが傑作だ。
ロケ地の詳細はロケ地ページを参照してほしいが、
メインのロケ地は大阪南東の「天王寺区」「住吉区」「中央区(谷町)」あたりに集中している。
天王寺区の四天王寺界隈(地下鉄「四天王寺前夕陽ヶ丘駅」下車)は静かな寺町で、
まるで京都のような場所だ。管理者はデジカメ持参で何度も散策している。
『暖簾』『わが町』に登場する「源聖寺坂」、
『還って来た男』の冒頭とラストの「口縄坂」など、風情のある美しい坂も多い。
「ブラタモリ」でも紹介されていた上町台地だ。
川島映画の「大阪もの」ではこの4本が有名だが、川島監督は短いシーンでも
実に大阪を多く登場させている。よっぽど大阪(そして京都)が好きなのだろう。
単に撮影の後に大阪や京都(祇園)辺りで飲みたかったようにも思えるが・・・
松竹時代と日活時代の作品に特に多い。
管理者の記憶を辿るとこの4本以外の作品は以下だ。(他にもあったかもしれない)
・『純潔革命』『東京マダムと大阪夫人』(1953)
・『昨日と明日の間』(1954)
・『あした来る人』『銀座二十四帖』(1955)
・『飢える魂』『風船』(1956) :京都
・『女であること』(1958) アヴァンタイトル
・『雁の寺』(1962) :京都
大阪を舞台にした映画はまだたくさんあるが、もちろん全てを観ているわけではない。
その中でもう1本挙げれば『大阪の宿』(1954 五所平之助監督)。
管理者が観ている五所作品の中では最高傑作であり、大阪映画を代表する傑作だ。
なんとYouTubeで視聴可能。
中之島の「土佐堀川」(だと思う:以下同)に面した旅館「酔月荘」に下宿している
(東京からの転勤)独身男の佐野周二。共演は乙羽信子、水戸光子、左幸子、藤原釜足など。
現在は歴史的な建物や高級ホテルが立ち並ぶ中之島の土佐堀川で旅館の女中が洗濯している
などの珍しいシーンもあって、当時の大阪の風景は興味深い。
そして夜の土佐堀川のほとりで会話する佐野周二と乙羽信子。水の都=大阪の夜の風景が美しい。
川島映画『とんかつ大将』(1952)の正義感溢れる純朴なキャラクターとかぶる下宿人=会社員役
の佐野周二がとにかく素晴らしい。未見の方には絶対にオススメしたい日本映画の傑作の1本だ。
最後に、大阪映画を調べていて気付いたことが一つ。
黒澤明の映画で大阪が出てくる映画は1本も無い?
時代ものの多い黒澤映画だが、現代ものの中には大阪のロケーションは見当たらない。
原節子主演の『わが青春に悔いなし』(1946)は前半京都が舞台となるが、大阪は出てきたかどうか?
今、話題の映画というと、大ヒットで社会現象にまでなっているアニメ『鬼滅の刃』なのだが、
管理者はアニメは大の苦手なのと、アニメまで観る時間は無いのでそれとは違う。
もう一つの話題の映画、ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞(監督賞)受賞の『スパイの妻』を観てきた。
ちなみに『鬼滅の刃』の冒頭のストーリーをネットで読んでみたのだが、管理者が小学生時代に
漫画でもTVアニメでも観ていた手塚治虫先生の「どろろ」の設定に似ているように感じたのだが・・・
黒沢清監督『スパイの妻』。いい映画である。何よりも良かったのが蒼井優の昭和顔というか、
まったく違和感なく昭和15年当時の女性を演じていたこと。
管理者が黒沢清監督作品を観たのは3本目。
『トウキョウソナタ』『クリーピー 偽りの隣人』(先月亡くなった竹内結子出演)
そして今回の『スパイの妻』である。どちらかといえば作風が苦手な監督なので観ている作品は少ない。
1940(昭和15)年の神戸が舞台の本作を観てすぐに連想したのは、
大映の市川雷蔵主演『陸軍中野学校」シリーズ、
特にその中の第二作『陸軍中野学校 雲一号指令』(1966 森一生監督)だ。
同時期の神戸を舞台に、中野学校を卒業した椎名次郎(市川雷蔵)と敵国のスパイとの諜報戦が描かれ、
佐藤慶演じる憲兵隊も登場する。
管理者は市川雷蔵ではこのシリーズや『ある殺し屋』などの現代ものを好む。
市川雷蔵のスーツ姿は本当にカッコイイ。
本作の高橋一生と『陸軍中野学校』の市川雷蔵は立場としては真逆なのだが。
本作に関するツイッターの書き込みを見ると、「成瀬映画」の雰囲気などと書かれているのを見かけて、
それも本作を観に行くきっかけになったのだが、管理者には成瀬映画の雰囲気は感じられなかった。
本作には高橋一生が妻の蒼井優に話す「(映画館に行って)溝口の新作はどうだった。やはり傑作だったか?」
の台詞。そして二人が映画館でニュース映画を観た後に山中貞雄『河内山宗俊』(1936)のタイトルが映るなど
管理者のような昔の日本映画ファンには微笑んでしまう演出があった。
昭和15年というと成瀬映画では傑作『旅役者』。
翌年の昭和16年は『なつかしの顔』『上海の月』『秀子の車掌さん』だ。
舞台は上海だが『上海の月』は本作『スパイの妻』の雰囲気に少し似ている。
本作『スパイの妻』は歴史ドラマであり、ミステリーやサスペンスの要素も満載で
エンターテイメント作品としても優れていると思うが、一つ残念なのは「笑いの要素」が無いこと。
「笑い」は人によってもっとも感じ方が分かれる要素なので、本作でも笑えるシーンや台詞があると
感じる方もいるかもしれないのだが、少なくとも管理者は緊張感(直接的な描写ではないが拷問シーンもある)
だけで、ほっとできる「笑い」の要素は皆無だった。
成瀬映画、小津映画の大半は、内容がシリアスなものでもどこかにちょっとした「笑い」を誘う台詞や
演出がある。黒澤明監督も『生きる』『天国と地獄』『赤ひげ』といったシリアスな作品の中に
笑いの要素をからめている。例えば『生きる』の左ト全の台詞や『天国と地獄』の駅員の沢村いき雄とか。
どこかにちょっとしたユーモラスな場面や台詞(下品ではなく上品なが条件だが)があると、
管理者が気に入った映画になることが多い。
前回の本エッセーに書いた『星の子』もシリアスで社会的な題材にもかかわらず、くすくすと笑えるシーンが
あって(芦田愛菜と同級生たちの台詞のやり取り)、そこが気に入っている。
サスペンス映画といえば、有料ネット配信の「U-NEXT」で観た
フリッツ・ラング監督の2本『死刑執行人もまた死す』(1943)、
『緋色の街 スカーレット・ストリート』(1945)が実に面白かった。
未見の人には2本ともオススメだ。
管理者は邦画、洋画とも、圧倒的に旧作を観ることが多いのだが、
それでも気になる新作映画は映画館に観に行くようにしている。
現在公開中の『星の子』(監督・脚本 大森立嗣)を観てきた。
今年観た新作の日本映画(劇映画)では『ラストレター』(監督・原作・脚本 岩井俊二)に続いて
2本目である。少ないが・・・
ただ、管理者はすでにシルバー世代の一員なので、若い頃のようにどんな映画も幅広く観よう
などの気持ちはとうに無い。
時間的な余裕もなく、まして今年はコロナの状況でもあり厳選して選ぶと映画館での新作邦画は
年に1-2本となってしまう。洋画も似たようなものだ。
一方、成瀬映画、川島映画、小津映画などはいまだに繰り返し観てしまうし、
邦画、洋画を問わず未見の旧作が面白過ぎるのだ。
本題に戻すと、本作は天才子役から16歳の女子高生へ成長した芦田愛菜主演。
内容はかなりシリアスであり、社会派ドラマの要素もある。
いい映画である。
芦田愛菜の演技力はインターネット上や各種メディアで監督、共演者他
多くの方が様々な言葉で絶賛しているので、付け加えることはやめる。
もちろん素晴らしいの一言だ。
本作で一番気に入ったのは、中学三年生の「ちひろ」(芦田愛菜)の親友で、長身でクールな
少女の「なべちゃん」(新音)とその彼の「新村くん」(田村飛呂人)との教室や外での会話だ。
ラスト近く、ちひろが憧れているイケメン教師の「南先生」(岡田将生)に教室で酷い言葉を
投げかけられてちひろは泣きじゃくる。(芦田愛菜の泣きの演技は絶品!)
彼女に近寄り言葉をかけるなべちゃんと新村くん。
そして次のシーンで、もう笑顔に戻ったちひろとなべちゃんが学校の廊下や階段を歩きながら
かわす他愛のない会話。管理者は映画館で思わず微笑んでしまった。
多感な思春期の少年、少女は、「大人」と「子供」が同居している状態と言えるだろう。
本作のちひろ役の芦田愛菜は、新興宗教を深く信じている両親(永瀬正敏、原田知世)
に対して、ある時は両親が子供っぽく思えるほどの大人びた台詞や表情を見せる。
逆に、中学校での親友たちとの会話では、子供っぽく+馬鹿っぽくてあどけない面を見せる。
管理者が好きな女優は、「可愛い」「可憐」よりも、どちらかといえば「大人っぽくクール」
「色気の漂う」が好みなのだが、
本作のような中高生くらいの少女、少年が主役の映画は結構好きだ。
日本映画の旧作でいえば一番好きなのが斉藤由貴が金沢の高校生を演じた『恋する女たち』(大森一樹監督 1986)。
さらに愛媛県の高校女子ボート部を描いた田中麗奈主演の『がんばっていきまっしょい』(磯村一路監督 1998)など。
古いところでは、高峰三枝子演じる新米の女学校教師の学園もの『信子』(清水宏監督 1940)も面白い。
もちろん少女や少年を主役に描く成瀬映画も傑作揃いである。
『まごころ』『秀子の車掌さん』『春の目ざめ』『コタンの口笛』そして『秋立ちぬ』。
映画技法や脚本に関連した少しマニアックなことを言えば、本作は随所に短く挿入される「回想シーン」
が映画のリズムを乱しているように感じて、そこはマイナス点だ。
管理者にとっては今やほとんど関心の無い要素なのだが、二転三転するストーリー展開やわかりやすい結論めいた
ラストの要素は無い映画だ。ラストも謎めいた余韻を残して終わる。
映画に上記のような要素を求める観客にとっては「つまらない映画」と感じるかもしれない。
本サイトを訪れてくれている成瀬映画ファンに対してはオススメできる日本映画である。
最後に一つ付け加える。実は何を隠そう(笑)、本作の主演女優=芦田愛菜は、
管理者が6歳から12歳まで通った母校(都内の某公立小学校)の、45年か46年年下の後輩である。
管理者は1964年入学~1970年卒業だ。彼女は現在16歳の高校生とのことだから小学校は2016年卒業だろう。
彼女は出身は兵庫県西宮市だが、父親の転勤で東京に来てから通っていた小学校が同じなのだ。
本人に会ったことは無いが、同じ小学校の先輩としては誇らしい後輩である。
彼女は演技だけでなく、幅広いジャンルの読書量、知性、スピーチスキルも各界から絶賛されているのは有名だが、
本を読むのとあわせて、今からでも成瀬映画や小津映画などを観て、昔の名女優の演技に触れてほしい。
そして、是非これからも女優を続けて子役出身としては高峰秀子のような名女優になってほしいと願っている。
NEW 2020.10.15 江東偉人伝「小津安二郎」(YouTube)
管理者はここ数年、成瀬映画と小津映画の違いを研究して原稿を書いている。
そんな中YouTubeで見つけたのがこの動画。江東偉人伝「小津安二郎」
今年の8月にアップされた江東区公式チャンネルだが、とても優れた動画だ。6分45秒。
区役所の制作した偉人伝というと通常はその人の生涯を写真等で時系列で
説明するスタイルを連想するが、この動画はローポジションやイマジナリーライン
などの小津演出をモデルを使って分かりやすく解説している。
イマジナリーライン(それを無視していて目線がつながっていない)というのは
様々な小津研究書などに書かれていることだが、
このように実際に撮影風景を再現してもらった方が正確に理解できる。
江東区は「古石場文化センター」に小津監督の遺品やシナリオなどを展示した
常設のコーナーがあり、管理者も何度か行っている。
深川出身の偉大な映画監督をリスペクトしていることが伝わってくる。
成瀬監督の出身(四谷)の新宿区、そして亡くなるまで長年住んでいた世田谷区も
是非江東区に学んで、小さくてもいいから図書館などに併設の常設のコーナー、
そしてこのような紹介動画を作ってほしいものである。
NEW 2020.9.25 最近はまっている映画のダンスシーン(YouTube)
はじめに、管理者は6日前の9/19(土)の午後、成城にある和食・懐石料理の店「一宮庵(いっくあん)」にて、
映画サロン「成瀬映画のここが凄い~成瀬巳喜男監督セミナー」の講師をさせていただいた。実名(笑)で。
コロナ対策として参加者の三密を避けるために少人数のセミナーであったが、おかげで参加者からは好評だった。
当初、本ページに事前告知しようかとも考えたが、三密対策の観点で控えた。
ネット上の記事では少し紹介していただいた。
また機会があれば、都内のどこかの会議室でも借りて、パソコンとプロジェクターを使用したビジュアルな講義を
したいと考えている。参加者は少人数で。もちろんコロナ対策をしっかりとした上で・・・
途中休憩をはさんで2時間。講義の中心の「成瀬映画と小津映画の比較」はいわば「書き下ろし」のような
もので本ページでは記述していない講義で初めて話す内容だった。
そして本ページにはアップしていない(=できない)管理者の保有する珍しいスチール写真なども。
当日参加いただいた方と「一宮庵』のスタッフの方たちにはこの場を借りて感謝したい。
「一宮庵」は喜劇の神様と称される斎藤寅次郎監督の邸宅を改装した料理店。
成瀬監督や小津監督にとっては松竹蒲田時代の同僚(先輩?)だ。
さて本題。日本映画、外国映画を問わず、ある映画の一場面が妙に気になり何度も視聴してしまうことがある。
特にYouTubeにアップされている予告編や一場面など。
管理者が最近はまっているのが、ゴダール監督の映画『はなればなれにBande à part』(1964)のダンスシーン。
実はゴダール監督は管理者が苦手な監督の一人で、『勝手にしやがれ』など有名な作品を4-5本しか観ていない。
このダンスシーンを知るきっかけになったのは、U-NEXTで観た
『ウィークエンドはパリで』(ロジャー・ミッシェル監督)という映画。
2013年のイギリス映画で、年配のイギリス人夫婦が30年の結婚記念日に新婚旅行先のパリを訪ねて・・・という話。
この映画のラスト、夫婦と夫の友人の男の3人がパリのカフェのジュークボックスの音楽にあわせて踊る。
これが前述のゴダール映画へのオマージュだと知り、YouTubeで検索してみた。
音楽はオルガンとエレクトリックギターの音が印象的なジャズ・ロックブルースと言ったらよいか。
『はなればなれに』も男二人、女一人(アンナ・カリーナ)がジュークボックスの音楽に合わせて踊るのだが、
このダンスが今見るとかなり「ダサい」。
しかしこの「ダサい」感じのダンスのステップが何とも言えず魅力的で何度も見てしまう。
手指の動きはコメディアンのポール牧(笑)を連想してしまうのだが。
1964年というと成瀬映画では『乱れる』と同時期。
YouTubeにアップされている映画の予告編では、今でもたまに見るのが市川崑監督『黒い十人の女』(大映 1961)。
これは当時のオリジナル予告編と、1997年にpizzicato five re-presentsのニュープリント上映の際の予告編が
続けて見ることができるので、比較すると面白い。
オリジナルの予告編も悪くないのだが、なんといってもニュープリント上映版の予告編が斬新だ。
出演者の一人=岸田今日子のナレーションと、pizzicato fiveの音楽と画面の編集が調和していてとにかく素晴らしい。
これを見ると、映像にとって編集と音楽がいかに重要かを思い知らされる。
管理者はこのニュープリント上映(渋谷)で初めて本作を観たのだが、何よりモノクロ映像美に圧倒された。
そしてこの上映にあわせた市川崑監督特集で、和田誠氏が本で絶賛していてずっと観たかった『愛人』(東宝1953)
も初めて観たので想い出深い。20数年前のことである。
紹介した二つはそれぞれYouTubeで検索すれば視聴できる。
NEW 2020.9.9 『ゴジラ』と『コタンの口笛』
第一作目の『ゴジラ』(本多猪四郎監督 1954 東宝)の特撮以外の本編部分に、
当時の成瀬組スタッフが参加しているのは有名な話だ。
撮影=玉井正夫、美術=中古智、照明=石井長四郎の3人。
そしてよく引用されるのが、この三人は翌年の成瀬映画『浮雲』のメインスタッフであること。
『ゴジラ』と『浮雲」のメインスタッフが同じだというのは意外な話としてよく紹介されている。
『ゴジラ』の中で、最初にゴジラが山から姿を見せて、島民が逃げていくシーン。
その中に地面に映る、揺れる葉影のショットが挿入される。あの映像は正に成瀬映画の玉井正夫だと感じた。
かなりマニアックな話だが・・・
本多猪四郎監督も、公式サイトの記述によれば『乙女ごごろ三人姉妹』『雪崩』『鶴八鶴次郎』と
3本の成瀬映画の助監督に付いていたようだ。
ところが『浮雲』よりもはるかに『ゴジラ』と関連の深い成瀬映画がある。
それが『コタンの口笛』(1959 東宝)だ。
撮影、美術、照明の3人は同じだが、それに加えて音楽=伊福部昭、チーフ助監督=梶田興治、
そして出演者にも宝田明、志村喬が。
梶田興治は、本多猪四郎監督の1960年代一連の怪獣映画作品のチーフ助監督として有名で、
また1966年のテレビ「ウルトラQ」(円谷プロダクション TBS)の「マンモスフラワー」など何本かの
監督も務めている。
管理者は小学生時代に、東宝の『モスラ対ゴジラ』『三大怪獣・地球最大の決戦』『サンダ対ガイラ』や
「ウルトラQ」そして続く「ウルトラマン」もリアルタイムで観ている世代だ。
前にも本エッセイに書いたが、2013年に亡くなられた梶田さんとは生前、成瀬監督関連の会で一度だけ
お会いしたことがあり、その時に『くちづけ第三話「女同士」』『妻の心』『コタンの口笛』(他にもあるかもしれない)
などの成瀬映画のチーフ助監督だったことを知ったのだが、その時は「ウルトラQ」の話を興奮して聴いた記憶がある。
もう一度お会いできていれば、成瀬映画での体験談を詳しく聴けたのにと、残念に思っている。
10数年前だが、NHKかNHKBSで「ゴジラ映画のドキュメンタリー番組」があり、
チーフ助監督だった梶田さんが、志摩地方の当時のロケ地(映画では島の設定)を訪ねて、
その当時エキストラ出演した住民と話したり、ロケ地再訪などをしていた。
その番組で梶田さんが「ゴジラが国会議事堂を壊す場面があります。映画館で観ていた時に観客から盛んに拍手が起きていた」
という話が物凄く印象的だった(笑)。
NEW 2020.8.28 成瀬映画の定説について言いたいこと
成瀬映画の紹介には、いまだに定説が記述されることが多い。
例えば
・戦中~戦後のスランプ時期を経て、『めし』で復活した
・小津安二郎監督も激賞した『浮雲』が最高傑作であり代表作だ
・文芸映画や女性映画の名匠
など。ほかにもまだあるだろう。
そして、もう一つよく使用されるフレーズが「日本映画の第四の巨匠」というやつ
6月に京都で行われた「資料展」でも使用されていた。
第四の巨匠の定義は曖昧ではあるが、普通に考えれば
*世界の映画人にとって、黒澤、溝口、小津の日本映画の三大巨匠に続いて
成瀬もそこに加わり、第四の巨匠と呼ばれている。
だろう。
この第四の巨匠というフレーズは誰が言い出したことか不明だが(外国の映画評論家・研究家あたりか?)
もちろん間違っているわけではない。
時系列でいえば、国際映画祭での受賞などで1950年代に黒澤、溝口の二人がまず発見され、
その後小津の評価が高くなっていったということだ。成瀬はその後、三人と比べるとわりと最近ということになる。
管理者が初めて成瀬映画を観たのは、テレビの深夜放送(確か日本テレビ)で放送されていた『めし』
を1987(昭和62)年くらいに観たと記憶している。昭和の最後に近い時期だ。
高校生の頃から名画座(旧文芸座地下、銀座並木座など)で黒澤、溝口、小津を観始め、
大学生の時代を経て、社会人になってからは特に小津映画に傾倒し、もちろんその他の監督の
旧作や新作も数多く観るようになっていった。
従って管理者にとっても成瀬監督は「第四の巨匠」であったことは事実だ。
昭和が終わり、平成になって古い日本映画を観賞できる機会は劇的に改善された。
まだ銀座並木座等の名画座はあり、東京国際映画祭の第8回(1995)から第10回(1997)では
「ニッポン・シネマ・クラシック」という特集で古い日本映画が多数上映された。
1930年代~1940年代の成瀬映画も東宝の原版から焼いたプリントでの上映があった。
・『噂の娘』『女人哀愁』(第8回 1995)
・『雪崩』『旅役者』(第9回 1996)
・『まごころ』『君と行く路』(第10回 1997)
管理者はこのうち『雪崩』『旅役者』『まごころ』『君と行く路』の4作品は
この時に上映された渋谷の映画館で初めて観た。
特に『まごころ」と『旅役者』の2本は出来の素晴らしさに感動したのを覚えている。
上映後には拍手も起きていた。
少なくともこの時の上映の観賞を経て、上記の定説のうち「長いスランプ期から『めし』で復活した」
というのはかなり不正確だと確信した。
なにしろこの時の6作品は封切時以外は観ることができなかったはずなのだから。
そして2000年代にはCSの「日本映画専門チャンネル」で成瀬巳喜男劇場が始まり
また今は無い千石の三百人劇場や、新文芸坐、ラピュタ阿佐ヶ谷などの新しい名画座での特集、
そして京橋のフィルムセンター(現国立映画アーカイブ)では2005の生誕100年に
現存する全作品上映があり、管理者はその時に未見作を何本か観て、
現存する成瀬映画69本をすべて観ることができた。
2005年には東宝から10本の成瀬映画のDVDも発売された。
そして現在では1930年代~40年代の古い作品の一部はユーチューブでも鑑賞できる。
そういう成瀬映画の鑑賞歴を経た令和の現在、「第四の巨匠」というフレーズには個人的に違和感がある。
例えば、何かのきっかけで成瀬映画に興味を持ってこれから観ようと思っている若い世代の
日本映画ファンは、このフレーズをどうとらえるだろうか。
「そうか、成瀬巳喜男は黒澤、溝口、小津に続く、第4位の評価なんだな」と思うのではないか?
本サイトを作成・運営し、研究本の著者でもある管理者にとってはもちろんのことだが、
成瀬監督が日本の映画監督の最高峰に決まっている。さらに言えば世界の映画監督の中でも1位である。
(一応洋画も古い作品を中心に相当数観ている)
そして成瀬監督の次の第二位は、これも川島雄三監督と決まっている。
第三位は小津監督と市川崑監督の二人となり、これは甲乙つけがたい。
もちろん相当数古い日本映画を観ているので、その他にも好きな監督はたくさんいて挙げきれない。
ともかく成瀬監督、成瀬映画が日本映画の最高峰であることは、この先もまず変わらない管理者の
評価である。
最近、必要があって、『めし』『驟雨』などのショットの流れの分析をしたのだが、
あらためて成瀬監督の計算されつくした緻密な演出と編集の職人技の凄さに驚嘆した。
誤解を招く可能性がある「第四の巨匠」という紹介フレーズは、今後止めてもらいたいと願うばかりなのだが・・・。
NEW 2020.8.13 笠智衆の台詞
同じ映画を何度か観ると、前に観た時にほとんど気付かなかった俳優の台詞や監督の演出に気付いて驚くことがある。
今回はそんな話。「深読み」と言われてしまうかもだが・・・
小津映画の代名詞のような俳優の笠智衆。昭和の初期から晩年まで、映画だけでも350本以上に出演している。
テレビドラマも数多い。
成瀬映画にも、松竹蒲田時代のサイレント映画に2本クレジット無しの端役で出ている。
『夜ごとの夢』(1933)、『限りなき舗道』(1934)。それは本エッセイの中でも以前紹介している。
戦後の東宝時代の成瀬映画には『娘・妻・母』(1960)と『女の座』(1962)の2本に出演している。
オムニバスの『くちづけ 第一話・くちづけ』には大学教授役で出ているが監督は筧正典で成瀬監督ではない。
(成瀬監督は第三話「女同士」を演出)
『娘・妻・母』は戦前の端役を除けば、いわば成瀬映画に初お目見えの笠智衆だが、公園を歩く老人(役名無し)の役だ。
映画のラスト、公園のベンチに座っているあき(三益愛子)に挨拶する笠智衆。
そのセリフは「いいお天気で」。ベンチに座りながら笑顔で「はぁ いいお天気で」と返す三益愛子。
日常の普通の台詞に違いないが、脚本=井手俊郎、松山善三と演出の成瀬監督の
「洒落っ気」「遊び心」を感じてしまった。
小津映画を多く観ている方ならご存知のことだが、小津映画には天気に関わる台詞、特に「いいお天気」という台詞が多い。
誰だったか「小津映画は登場人物が天気の話ばかりしている」と評した方もいた。
これは、実質的に成瀬映画の初出演の笠智衆に対する、小津映画へのオマージュではないのか?
「それは考えすぎだろう」と言われればそれまでなのだが。
しかし、成瀬演出というのは、よく観ないと気づかない「隠し味」が沢山あるので、
これもその一つではないかと思ってしまうのだが。どうだろう。
本作ではこの後「この公園はもうすぐ取り壊しになるそうですなぁ。アパートが建つそうです、どっかの銀行の」
という台詞を笠智衆が言うのだが、
本サイトのロケ地紹介にあるように、ロケーション場所である東京・世田谷区赤堤の「赤松公園」は
撮影時から60年経った現在も公園として現存している。
ちなみに管理者は数多い笠智衆の出演作品の中では、松村訓導役の『手をつなぐ子等』(稲垣浩監督 1948 大映)
が一番好きな作品だ。笠智衆の演技としてもベストワンの感動作。脚色は伊丹万作、撮影は宮川一夫。
残念ながら以前ビデオ化されたことはあるが未DVD化。数多い日本映画の名作の中でも必見の1本だ。
管理者は以前CSで放送された時の録画DVDを保有していて、年に一度くらい観ている。
NEW 2020.8.1 松竹映画100周年記念-ホームドラマの系譜-(シネマヴェーラ渋谷)
既に終了している特集だが、タイトルの特集で未見の3作品を観てきた。すべてカラー作品。
・『結婚式・結婚式』(中村登監督 松竹大船 1963) 出演: 岡田茉莉子、岩下志麻、佐田啓二、田村高廣、山本圭、伊志井寛、田中絹代など
・『あねといもうと』(川頭義郎監督 松竹大船 1965) 出演:岩下志麻、倍賞千恵子、中村晃子、久我美子、山村聰、轟夕紀子、大辻伺郎など
・『橋』(番匠義影監督 松竹大船 1959) 出演:岡田茉莉子、大木実、石浜朗、笠智衆、細川俊夫、幾野道子、渡辺文雄など
3本ともいかにも松竹らしく品のいいホームドラマでどれも傑作だった。
そしてプリント状態もとても綺麗な状態であった。
この中で最もコメディタッチだったのは、中村登監督『結婚式・結婚式』。
成瀬映画『歌行燈』でもなじみの伊志井寛が社長役でその妻が田中絹代。
夫婦で京都旅行に行くが、伊志井が入れ歯を忘れたので肉料理が食べられないで
不機嫌になり、田中と喧嘩する。さすがに旅行へ行くのに入れ歯を忘れるのは
有り得ないと思ったが。末っ子役の若き山本圭が高校生だったか大学生だったかの役。
『あねといもうと』は田園調布に住む父(山村聰)と娘三人(岩下志麻、倍賞千恵子、中村晃子)の話。
そこに亡くなった長男の嫁ですでに再婚(その後離婚)した久我美子が再び同居して・・・
東宝作品でいえば、成瀬映画というよりも千葉泰樹監督の作品のような感じだ。(『沈丁花』1966 『春らんまん』1968など)
次女役の倍賞千恵子。可愛いのに色気もあってという管理者が好きなタイプ(笑)。
松竹作品の倍賞千恵子といえば『男はつらいよ』シリーズとなってしまうが、
管理者は『男はつらいよ』シリーズはあまり好みではなく、倍賞千恵子も
それ以外の作品の方がグッとくる。
松本清張原作、橋本忍脚本で山田洋次監督作品『霧の旗』のヒロイン桐子役の
倍賞千恵子が一番好きだ。管理者は山田映画でもこの作品がベストワンである。
最近U-NEXTで観た『ハナ肇の一発大冒険』(山田洋次監督 松竹大船 1968)も
ベタなタイトルは少し引いてしまうが、ミステリーやアクションの要素があり
ヒロインの倍賞千恵子がフランス映画のようなミステリアスな雰囲気の美女でこれも素敵だった。
本作はラストに少し驚かされる洒落た演出があって、山田洋次監督のセンスを見直した。
本作はU-NEXTの「見放題」作品なのでオススメだ。
同じくU-NEXTの「見放題」で観た『みな殺しの霊歌』(加藤泰監督 松竹大船 1968)。
主役の佐藤允が友人の少年を自殺に追い込んだマダム達(中原早苗、菅井きん、応蘭芳など)
の復讐で一人一人を殺していくという、とても松竹映画とは思えないテイストのかなり陰惨な映画だが
ここでも唯一ほっとできるのは佐藤と知り合う食堂のお姉ちゃん役の倍賞千恵子。
加藤泰監督の小津をはるかに上回るローアングルのショットも凄い。
本作の構成に山田洋次監督が関わっているのも面白い。
本作のストーリーは山本周五郎原作、野村芳太郎監督『五瓣の椿』(1964 松竹大船)
の逆パターン(ヒロイン岩下志麻が母親と関係のあった男たちを殺していく復讐劇)のような。
最後に『橋』。
小津映画では無かった親子役を笠智衆と岡田茉莉子が演じている。
冒頭のロケーションは隅田川沿いの明石町あたり。
そして後半、笠と岡田が住むアパートは渋谷の「並木橋」の下にある。
本HPのロケ地で『浮雲』にも出てくる場所だ。
遠方に走る電車は東横線だろう。
本作のラスト。石濱を追いかけて詫びる岡田。
夕暮れのJRの鉄橋(渋谷~恵比寿)の上の二人をロングショットで映す。
アップにならないので二人の会話はわからない。
実に抑制された渋い終わり方で管理者はこういうラストが大好きである。
何度も書いているが、古い日本映画、それもほとんど知られていないプログラムピクチャー
にこんな傑作があるのかと再認識した次第だ。
今回の3本は未DVD化で、今後もDVD化されることはないだろう。
名画座や国立アーカイブなどの上映で観るしかない。
それ以外では松竹系のCS「衛星劇場」やU-NEXTに期待したい。
NEW 2020.7.10 2000年代(2000-2009)日本映画ベスト・テン
キネマ旬報最新号(7月下旬号)にタイトルの特集が掲載されている。
これまでも1970年代、80年代、90年代のベスト・テンの特集があったがそれに続くもの。
早速、映画評論家などの<私の好きな10本>アンケート結果ランキングを見た。
映画の好みや評価は人によって様々なことは理解しているが、それにしてもである。
どうして管理者の好みや評価とこうも違うのか・・・
管理者は1930年代~70年代くらいの旧作の日本映画は相当数多く観ているが
2000年代はそれほどは観ていない。ただし「これはいい映画だろう」という嗅覚のようなもので観てきた。
キネマ旬報ベスト・テンではどんな作品があったかをネット検索で確認した。
ネット検索は便利で2000年から2009年の各年、30位まで掲載されている。
成瀬映画や川島映画、小津映画などを敬愛する管理者が選んだ10本は以下だ。タイトルのみ。
カッコ内はその年のキネマ旬報の順位。点数は今回のアンケートの得点。
★はキネマ旬報のアンケート結果ランキングにはただの1点も入っていない(=誰も選んでいない)作品だ、信じられない。
そして管理者の高評価作品には1点の作品も多い。
もしかしたら見落としがあるかもしれないが・・・・
★『虹の女神 Rainbow Song』(2006年 26位)
★『とらばいゆ』(2002年 10位)
★『春の雪』(2005年 18位)
・『アフタースクール』(1点)
・『サマータイムマシン・ブルース』(1点)
・『下妻物語』(10点)
・『スウィングガールズ』(4点)
・『フラガール』(9点)
・『転校生 さよならあなた』(1点)
・『リンダ リンダ リンダ』(8点)
10本以外次点
・『パッチギ!』(19点)
・『隠し剣 鬼の爪』(2点)
・『運命じゃない人』(4点)
★『のんちゃんのり弁』(2009年 11位)
・『花とアリス』(1点)
・『グーグーだって猫である』(1点)
・『亀は意外と速く泳ぐ』(1点)
NEW 2020.7.1 成瀬調ホームドラマ。小林正樹監督『この広い空のどこかに』
最初に、明日7月2日は成瀬監督の51回目(1969年没)の命日である。
評価の高い『この広い空のどこかに』(1954)を初めて観た。松竹DVDコレクションで購入。
当時新人の小林正樹監督の5作目だが、1954(昭和29)年のキネマ旬報では第11位である。
1954年のキネマ旬報ベストテンは以下だが凄すぎる。
1位『二十四の瞳』(木下恵介監督)
2位『女の園』( 〃 )
3位『七人の侍』(黒澤明監督)
4位『黒い潮』(山村聰監督)
5位『近松物語』(溝口健二監督)
6位『山の音』(成瀬己喜男監督)
7位『晩菊』( 〃 )
8位『勲章』(渋谷実監督)
9位『山椒大夫』(溝口健二監督)
10位『大阪の宿』(五所平之助監督)
管理者は8位の『勲章』のみ未見だが、あとはもちろんすべて観ている。
これらの日本映画を代表するような名作揃いの時期に惜しくもベストテンに
入らなかったとはいえ11位というのは立派だ。
そして今観ても素晴らしい傑作ホームドラマである。
当時の批評によると「木下恵介の弟子」というフレーズがあり、
師匠の木下恵介の影響が濃いように評価されているが、管理者は今回初めて観て
木下映画よりも成瀬映画の雰囲気に近いと感じた。その理由をいくつか述べる。
・脚本は楠田芳子(木下恵介監督の妹)のオリジナルで、潤色は松山善太(=善三)。
川崎の住宅街の酒屋が舞台。成瀬映画には個人商店が舞台となる作品が多いが
酒屋の代表作は静岡県清水の「酒屋」の『乱れる』。
本作の潤色の松山善三のオリジナル脚本だが、なんと酒屋の名前が
本作では「森田屋酒舗」、『乱れる』では「森田屋酒店」と屋号が一緒だ。
・キャスト陣。佐田啓二、久我美子、石濱朗、内田良平、小林トシ子といったあたりは
小林正樹作品の常連だが(久我美子は成瀬映画にも何本か出演)、これに加えて
高峰秀子、浦辺粂子、三好栄子そして中北千枝子が出演している。
本作では酒屋に嫁いだ久我美子が、姑=浦辺粂子や義妹+小姑=高峰秀子に
少し冷たくあしらわれ・・・というとこれも成瀬調の題材だが、成瀬映画では妻や未亡人
の役がらである高峰秀子が、逆に兄の嫁に冷たく当たる女性(戦争で片脚が不自由)を演じていて
高峰秀子の役柄としては異色作と言える。
本作の設定では実の母ではないようだが浦辺と娘の高峰は、『稲妻』の設定がかぶる。
・映画のタイトルに続き、タイトルバックは舞台となる川崎近辺の空撮映像。
これは成瀬調というよりも川島雄三作品ぽい。
川島映画には空撮のタイトルバックが多い(『新東京行進曲』『お嬢さん社長』『銀座二十四帖』『青べか物語』など)
・個人商店の酒屋が舞台なので当然ともいえるが、台詞の中でお金の話+具体的な金額が飛び交う。
これはもう成瀬映画である。
・冒頭、近所のおばさん=三好栄子が味噌を買いに森田屋に入って来る。
店番をしているのは浦辺粂子。
店の主人は長男の佐田啓二だが、浦辺は後妻なので実の母ではない。
ここで交わされる三好と浦辺の噂話。それは嫁の悪口 !
「気が利かない」「威張っている」など、二人の話は止まらない。
成瀬映画も女同士が交わす「噂話」が実に多く、その内容が人物紹介も兼ねる効果をもたらす。
姑同士の三好栄子と浦辺粂子。最強のおばさんコンビとしか言いようがない(笑)。
以上のように成瀬調と感じられる本作だが、成瀬映画と異なる点もある。
・本作では「森田屋」の店先を斜め俯瞰のカメラポジションでとらえたショットが何回か出てくる。
成瀬映画にはそのような店先の俯瞰のカメラポジションは皆無ではないだろうが、あまり無いと記憶している。
書籍「映画監督 小林正樹」(小笠原清、梶山弘子編 岩波書店)のなかにある監督インタビューには
「高い位置からのキャメラポジションが好きだ」とある。坂の多い小樽で育った影響かもしれない
という本人の分析が面白い。
・これは松竹と東宝の美術の違いとなるのだろうが、二階の部屋で久我美子が寝起きの義弟・石濱朗と会話する
背景の街並み。これは松竹大船撮影所のセットに建てたミニチュアだろうが、はっきりいって「ちゃち」だ。
成瀬映画の『流れる』や『放浪記』などに登場する二階の部屋からの街並みのミニチュアの完成度の高さ
(美術監督=中古智)とどうしても比較してしまう。成瀬映画の美術に見慣れているので仕方ない。
本作で一番有名なラスト近くのシーン。物干し台での佐田啓二と妻の久我美子の会話。
久我美子が突然「魔法のボールを投げてそれに当たった人は幸せになる」というなんともセンチな
ことを言うと、「やってみようか」と答える佐田啓二。
掌でエアボールをにぎって、「お金のない人に当たれ」「仕事のない人にも当たれ」と言って
物干し台から外に投げつける(このロングショットはセットではなくロケかオープンセットだろう)。
管理者が若い頃に本作を観ていたら「何甘いことを言ってるんだ」とメルヘン調の演出を馬鹿にしたかもしれないが
歳を重ねた今観ると「いいなあ」と感動してしまう。
以前NHKだったかのテレビ番組で、佐田啓二の息子の中井貴一が本作のこのシーンの父親が父親の出演映画の中で
一番好きだと答えていたのを見たことがある。
本作は7/4からのシネマヴェーラ渋谷で特集上映される「松竹映画100周年記念 ホームドラマの系譜」で上映される。
NEW 2020.6.26 小林正樹監督『からみ合い』(1962)を観て
前回に引き続き最近マイブームになっている小林正樹監督の作品について。
1962年の映画『からみ合い』(にんじんくらぶ/松竹大船)のDVDを購入して観た。
『人間の條件 完結編』(1961)と代表作『切腹』(1962)の間に撮った作品だ。
DVDのパッケージには「遺産相続をめぐる女と男の赤裸々な欲望を露にする名匠・小林正樹監督の傑作ピカレスクロマン!」
とある。シャープなモノクロシネマスコープ映像による犯罪サスペンス映画、フィルム・ノワール。
前からタイトルは知っていたが今回初めて観た。傑作である。
これが初めての小林作品の音楽を担当した武満徹のジャズが映画の雰囲気にあっている。
音の感じはフランス映画『危険な関係』(ロジェ・ヴァディム監督 1959)のテーマ曲に少し似ている。
冒頭、社長秘書の宮川やす子(岸恵子)が車から降りて、サングラスをかけて歩き出す。
タイトルの「からみ合い」に続くタイトルバックは、数寄屋橋(『君の名は』!)、銀座の通り
を歩く岸恵子をとらえた映像とジャズ。クールなタッチがたまらない。
映画は随所に岸恵子のナレーションが入り、現在→長い回想→現在という構成。
ディテールについて書けばたくさんあるが、この映画は一言でいうと「大人の映画」である。
よく言われることだが、どうして昔の日本映画の俳優たちはあんなに「大人の顔」をしているのか。
現在の日本映画やテレビドラマに登場する俳優たちと比較するとそのことを強く感じる。
主演の岸恵子は当時30歳、遺産相続の中心人物となる社長役の山村聰は当時52歳である。
仲代達矢、宮口精二、千秋実、渡辺美佐子、滝沢修など。
珍しいのは芳村真理、そして湘南のチンピラあんちゃん役の川津祐介の友人役で若き蜷川幸雄が出ている。
小林正樹監督の演出は、大作『人間の條件』6部を完成させた後で、肩の力を抜いたような
テンポと抑制的な演出でとても良い。個人的には代表作『人間の條件』や『切腹』よりも本作の方が好みだ。
仲代達矢と渡辺美佐子が密談をする場所は、フランク・ロイド・ライト設計の旧帝国ホテルのバー。
旧帝国ホテルの内部が映画に出てくるのはあまり無いように思うのだが。
ネット検索で調べたが、本作は1962年のキネマ旬報ベストテンでは、第20位となっている。
(成瀬映画『女の座』は30位!)。
第一位は市川崑監督『私は二歳』。第三位は小林監督『切腹』。
第五位が黒澤映画『椿三十郎』、第八位が小津映画『秋刀魚の味』である。
管理者が観ている映画の中で本作と似た雰囲気のフィルム・ノワール調の犯罪映画は
市川雷蔵主演の『ある殺し屋』(森一生監督 1967 大映)、『白と黒』(堀川弘通監督 1963 東宝)、
『セクシー地帯』(石井輝男監督 1961 新東宝:音楽はジャズ)あたりになる。
本作は未見の方にはオススメだ。DVDには特典映像に予告編が入っていて
結婚してフランスに行った岸恵子の復帰第一作として岸恵子の挨拶が入っていたり、
撮影現場の映像も楽しめる。
本作は名画座等で上映されたら映画館のスクリーンでもう一度観てみたい。
NEW 2020.6.20 小林正樹監督の松竹時代の作品
最初に、原節子の生誕100年の誕生日(6/17)に発売された東宝の原節子出演作品DVDのうち、
成瀬映画『驟雨』と川島映画『女であること』を購入した。
2本とも以前日本映画専門チャンネルで放送された時の録画DVD(『驟雨』は録画ブルーレイも)
を持っているのだが、初DVD化になった嬉しさに購入した次第。
本サイトで何度も書いているが、管理者は作品のクオリティから言えば成瀬映画の最高作は『流れる』を推すが、
最も成瀬調の作品であり好きな成瀬映画の第一位としては『驟雨』となる。これは今後も変わらないだろう。
もう一本の川島映画の『女であること』を早速DVDで再見した。
本作は日活の『幕末太陽傳』を最後に日活から東宝(東京映画)に移籍して初の川島映画。
原節子、香川京子、久我美子の3人は川島映画の出演はこれ1本である。
本作は一瞬成瀬映画と錯覚するほど、成瀬調の川島映画だ。
上記の女優の他、成瀬映画常連の森雅之(川島映画には『風船』にも出演)、中北千枝子が
森雅之、原節子夫婦宅のお手伝いさん役として出演している。
ラスト近くに弁護士役の森雅之が自動車事故で怪我をするが、電話がかかって来て
中北千枝子が原節子に伝える場面などは、「成瀬映画か?」と錯覚するほど。
原作は川端康成、脚本は田中澄江、井手俊郎+川島雄三である。
本作の原節子だが、やはり川島演出は成瀬映画、小津映画そして黒澤映画とは一味違う。
最初に登場する場面は、朝、布団から起き上がった寝巻姿だ。
本作の原節子は、全体的になんとなく艶めかしく色っぽい。
大阪の友人の娘=久我美子(大阪弁の久我美子は珍しい)が一緒に住むようになり、夫の森雅之の仕事を手伝う
久我美子に少し嫉妬するようなところは、『めし』の妻役とも少しかぶる。
タイトルバックの丸山明宏本人映像の唄(作詞は谷川俊太郎)は、なかなか過激な詞で
これは川島調。
本作を何度観ても不思議なのは、冒頭、香川京子が鳥かごを持っていると
そこに突然戦闘機のような何機かの飛行機が飛んでくるシーン。
どうみてもミニチュアに見えるのでラジコンのようにも思うのだが、
ゴーという音が入っていて、それにおびえる香川京子に気付く原節子(それが最初の登場)。
ともかくこの飛行機は何なのかまったくわからない。
香川京子が高台の家の庭を階段で降りてきて、コンパクトを出して
口紅をつける。その後、庭の木戸を開けて閉めようとする。
閉めようとする途中の香川京子のアクションでショットが変わり、
家のドアを閉める原節子のアクションにつながっている。
これは実際に映像を観て確認してほしいが、このような面白い人物のアクションのつなぎ方も
成瀬映画にはよく登場する。岡本喜八作品にも多いが。
編集上の一種の知的な遊びだが、こういう手法が映画のリズムやテンポを良くする要素ともなる。
さてタイトルの小林正樹監督の松竹作品。
有料ネット配信のU-NEXTに今月新規入荷したのが次の2本。
『美わしき歳月』(1955 松竹、脚本=松山善三)
『あなた買います』(1956 松竹、原作=小野稔、脚色=松山善三)
早速観てみた。
小林正樹監督作品といえば、管理者は『怪談』と『いのち・ぼうにふろう』の2本が
特に好きな作品だが、松竹時代の作品は名前は知っていたがこれまで観る機会がなかった。
プロ野球のスカウト合戦を描いた『あなた買います』も面白かったが
特に気に入ったのが『美わしき歳月』。
ストーリー等はネットで検索してほしいが、この映画は冒頭のDVDの話とは逆で
松竹時代の川島映画ではないかと錯覚するような作品だった。
後年の『人間の條件』『切腹』『東京裁判』などの重厚で組織と個人の問題を
厳しく問うような作風が小林作品のイメージだったが、それとは全然違う。
小林監督の初期の作品がこんなにも都会的で爽やかだったとは。
木下恵介監督の助監督を長年務めた影響もあるだろう。
東京の田村町(現在の西新橋)で花屋を営む祖母=田村秋子と孫娘(桜子)の久我美子。
花屋は、日活時代の作品だが川島映画『銀座二十四帖』の舞台となる銀座の花屋を連想する。
久我美子の亡くなった兄の同級生(青年医師の木村功、ドラマーの佐田啓二、工員の織本順吉)
の友情が本作の主なストーリーとなる。
これはやはり松竹時代の川島映画『新東京行進曲』と似ている。
そして冒頭。道を歩いている田村が自動車に驚いて道に倒れる。
それを心配した自動車に乗っていた経営者の小沢栄が病院へ連れて行く。
この展開も正に川島映画『とんかつ大将』の冒頭と同じだ。
本作の久我美子はともかく綺麗でキュートだ。そして祖母役の田村秋子がとてもいい。
東京で生まれ育って、東京が大好きという芯の強いおばあさん。
戦争中も東京から離れるのが嫌で疎開しなかったという台詞も微笑ましい。
本作は当時の東京のロケーションも魅力だ。
当時の田村町(花屋の外観は実際のロケーションのように見える)、
田村秋子と小沢栄が歩く場面で登場するのは日比谷公園だろう。
上野の国立博物館や両大師橋、そして久我美子が住んでいるという想定の多摩川近辺。
恋人の木村功と久我美子が多摩川の土手を歩く。
そして夕暮れの土手を久我美子が一人で物思いにふけって歩く。
一瞬だが多摩川で投網をするショットが映る。
夕暮れの多摩川の土手を歩く久我美子のロングショットは素晴らしい映像美だ。
木村功の家(父親が東野英治郎、母親が沢村貞子、妹が野添ひとみ)はどこかの住宅街のようだが
上の方に教会らしき建物が映る。あれはどこだろう?
佐田啓二がダンスホールのドラマー役。これは珍しい。資料を読むとドラムセットを購入して
撮影前に猛練習したらしい。バンドでベースを弾いているのは、渡辺プロダクションの創業者の
渡辺晋のように思えるのだが・・・
ラストも幸福感に包まれている。観てよかったと思える隠れた名作である。
松竹時代の小林正樹作品には、まだ未見の作品が多数あるがすべてがDVD化されている。
U-NEXTでの今後の追加を期待するか、名画座での上映に行くか。DVD購入してでも観てみたい。
『三つの愛』『この広い空のどこかに』『泉』『からみ合い』あたりが次に観たい作品だ。
NEW 2020.5.20 英国映画協会(BFI)が選んだ日本映画95本
英国映画協会(British Film Institute)が選んだ日本映画95本について、
インターネットサイト「映画.com」2020年5月16日の記事で紹介されていた。
1925年から2019年までの日本映画について、年ごとにベスト作品を選んでいる。
全作品の紹介についてはBFIホームページ(英語)参照
成瀬映画は『妻よ薔薇のやうに』と『めし』の2本。川島映画は『幕末太陽傳』が選ばれている。
英国映画協会(選定者たち)はかなりマニアックな感じがする。
というのは小津映画、溝口映画、黒澤映画と並んで清水宏監督(『港の日本娘』『簪(かんざし)』『蜂の巣の子供たち』)が3本、
そして日本人にもあまり知られていない石田民三監督の『花ちりぬ』などが選ばれている。ちなみに『花ちりぬ』の助監督は市川崑だ。
田中絹代監督『乳房よ永遠なれ』などもこの種の映画ランキングにはまず入らない作品だろう。
その他「どうしてこの作品が?」と思われる作品も結構多い。やはり相当マニアックな選定だ。
管理者が観ているのを数えてみたら36本だった。
話は変わるが、最近ステイホームで昔の映画パンフレット類を整理していたら
「ニコラス・レイコレクション」というパンフレットが出てきた。
ニコラス・レイ監督の『Party Girl(暗黒街の女)』(1958)、『In a Lonely Place(孤独な場所で)』(1950)、
『Rebel Without a Cause(理由なき反抗)』(1955)、『Johnny Guitar(大砂塵)』(1954)の4本が紹介されている。
これを買ったのは確か、今はない東京・文京区千石にあった「三百人劇場」での特集上映だったかと
記憶している。1995年の頃だ。その時に観たのはハンフリー・ボガードの出演した『孤独な場所で』。
一回しか観ていないので詳細は覚えていないが、ミステリアスな雰囲気の面白い映画だった。(DVD化されている)
そのパンフレットの冒頭に<常軌を逸した西部劇-『大砂塵』>という文章が掲載されている。
書いたのはフランソワ・トリュフォー、フランソワ・トリュフォー映画批評集成「わが人生の映画たち」
(山田宏一訳、草思社、近刊)よりとクレジットされている転載。
書いたのは1955年とあるので映画監督デビュー前の時期だ。
ここには『大砂塵』(これは管理者も観ている)という映画の詳細な分析と、ニコラス・レイ監督への賛美
が熱く語られている。
最後の部分の文章がかなり面白いというか「ここまで言うか」という印象なので紹介する。
ハワード・ホークス監督とニコラス・レイ監督の対比の後に続いて・・・・
「~だがもしあなたが、その両方とも認めることができず、ニコラス・レイもハワード・ホークスも
愛することができないなら、あなたにはあえてこう言わなければならぬ
-もう映画館には行くな、映画を見るな。あなたにはその資格がない。あなたには、映画的なひらめきとは何か、
詩的な衝撃とは何か、構図とは何か、カットとは何かということがわかりっこないのだから。」
映画評というのは数多く読んできたが、ここまで読者にパンチを浴びせるような強烈な文章はなかなか無い。
普通ならこのような「上から目線」に対しては「えらそうに何言ってやがるんだ」と反発するところだが、
このトリュフォーの文章に対しては不思議と怒りは無く、心地よさを感じてしまう。
現在の「自粛」とか「忖度」みたいな風潮の中で、ここまでずばっと言い切る文章は気持ちがいい。
フランス人と日本人の国民性の違いもあるだろう。
さらに言えば、管理者は秘かにこのトリュフォーの文章を二人の監督に置き換えて、
そのまま使用したい衝動に駆られてしまう。
二人の監督とはもちろん一人は成瀬巳喜男監督であり、もう一人は川島雄三監督だ。
そしてトリュフォーの挙げた要素に加えるとすれば「俳優の動かし方」「場面転換のリズム」となる。
それにしてもトリュフォーのあの優しい風貌からこのような強い言葉が発せられたのは驚きだ。
それだけ二人の監督を尊敬しているということだろう。それは伝わってくる。
NEW 2020.5.12 原節子生誕100年。マイベスト10
今年2020年は、原節子生誕100年(1920年6月17日生まれ)となる。三船敏郎も同じく生誕100年である。
東京・神保町シアターでは原節子特集が予定されていたが、新型コロナ関係で延期されたようだ。
原節子については成瀬映画の出演作はもちろん、95歳で亡くなられた2015年の時にも本エッセイでいろいろと書いてきた。
映画の好みは年齢によっても少しずつ変わってくるのだが、管理者の現時点での原節子映画マイベスト10を挙げる。
ちなみに今月号の月刊文藝春秋(5/10発売)にも原節子のベスト10の特集が掲載されているのだが、
管理者の好みとのあまりの違いに驚くばかり。
原節子出演映画は、書籍「原節子のすべて」(新潮社)のフィルモグラフィによると112作品あるが
そのうち管理者は37本を観ている。
第一位 『驟雨』 成瀬巳喜男(監督) 1956 東宝
第二位 『山の音』 〃 1954 東宝
第三位 『めし』 〃 1951 東宝
第四位 『娘・妻・母』〃 1960 東宝
第五位 『お嬢さん乾杯』木下恵介 1949 松竹
第六位 『兄の花嫁』 島津保次郎 1941 東宝 (義姉役=山田五十鈴)
第七位 『女であること』川島雄三 1958 東宝 (夫役=森雅之)
第八位 『東京暮色』 小津安二郎 1957 松竹 (母役=山田五十鈴)
第九位 『青い山脈』 今井正 1949 東宝
第十位 『女ごころ』 丸山誠治 1959 東宝 (夫役=森雅之)
これ以外にも
・『東京の女性』(伏見修 1939 東宝)
・『姉妹の約束』(山本薩夫 1940 東宝)
・『若き日の歓び』(佐藤武 1943 東宝)
・『愛情の決算』(佐分利信 1956 東宝)
・『慕情の人』(丸山誠治 1961 東宝)
・『小早川家の秋』(小津安二郎 1961 東宝)
あたりが好きな作品だ。忘れていたが『東京物語』『麦秋』も(笑)。
1-4位の成瀬映画は当然のこととして、特に第一位の『驟雨』は成瀬映画でもベスト1だが、原節子映画としてもダントツの第1位だ。
小津映画の原節子とは異なる、リラックスした自然体に見える表情や台詞、そして少しシニカルな視点で夫=佐野周二、姪=香川京子に接する
原節子の演技の上手さが魅力的。『驟雨』は6月にDVD発売となるが、現在U-NEXTで視聴可能。
(人によって評価ポイントや好みが違うとはいえ、前述の月刊文藝春秋の対談のお二人がベスト10に『驟雨』を入れてないのは相当の驚き)
第五位の『お嬢さん乾杯』は佐野周二との共演。この二人がその後結婚して(結婚までは描かれない)『驟雨』の夫婦役
になるようなイメージを持ってしまう。木下恵介作品では本作と並んでコメディタッチの『今年の恋』もお気に入り。
第六位『兄の花嫁』は兄(高田稔)の結婚式で勤め先の大阪から東京へ出てくる冒頭の原節子。
21歳とは思えない色っぽさ。大人っぽいファッションもカッコイイ。
義姉の山田五十鈴とは16年後の第八位『東京暮色』で再共演するが、その時は山田は母親役となる。
第七位『女であること』(これも6月にDVD化)は、成瀬映画とはまた違う少し色気のある人妻役でさすが川島雄三演出だ。
小津映画では、映画自体も管理者の小津映画ベスト1『東京暮色』の原節子(マスク姿も貴重)がいい。
第十位の『女ごころ』は夫の森雅之に浮気されてしまう(相手は団令子)平凡な主婦役が少し成瀬調のようにも感じられる。
上記の中で未DVD化作品(+管理者の未見作品)をNHKBSやWOWOWあたりで特集放送してくれると嬉しいのだが。
確か10年前の生誕90年の時は日本映画専門チャンネルで戦前戦中の原節子出演映画の特集放送があって、
何本かの未DVD化作品はその時に録画して保有している。
これはご本人がすでにインタビュー等で語っている話なので紹介するが、晩年の原節子と時々電話で連絡を取られていたのが
小津映画『秋日和』で母と娘、『小早川家の秋』でも共演していた司葉子(さん)。
というよりも親族を除いて晩年の原節子の連絡先を知っていたのは司さんだけのようだ。
ここからは個人的な体験の話。
今から10年くらい前だったと記憶しているが(当時は原節子90歳くらい)、
管理者もメンバーである成瀬監督関連の会で、司さんが突然「昨夜、久しぶりに原さんに電話しました」と話され、
ビールを飲んで聴いていた管理者は予期せぬ発言に驚き、思わず飲んでいたビールを吹き出しそうに・・・
NEW 2020.5.9 映画『東京オリンピック』(市川崑総監督)②
1964年10月10日の旧国立競技場での開会式。晴れ渡る東京の秋の午後だ。
映画では7万人以上でぎっしり埋まった観客席を映し、「君が代」に続いて時計のアップとなる。文字盤は午後2時ちょうど。
突然「オリンピック・マーチ」(古関裕而作曲)の音楽に乗って、ギリシャ選手団の入場行進が始まる。
管理者のオリンピックの開会式のイメージはこれである。
いつの頃か、開会式のプレイベントで開催国の歴史のような歌と踊りの演出がされるようになった。
そして、開会式を夜にやるようになったのもどの大会からか。興味が無いので調べる気力も無いが・・・
余計な演出は止めて、本作に描かれたシンプルなものに戻すべきだ。
マーチ曲に乗って(オリンピックはすべてこのオリンピック・マーチを使用すればよい)、午後の日差しの中で
各国の選手団が行進する。それがどんなに美しく感動的かを本作は教えてくれる。
実況の声は、当時NHKのラジオの実況を担当した鈴木 文彌アナウンサー。
この実況は当時放送の音源なのか映画用に録音したものなのかは不明。
「素晴らしい、まったく素晴らしい」「今や最高潮に達しました」などの熱を帯びたフレーズが、ますます気分を盛り上げてくれる。
当時の各国選手団の服装は、やはりフランス選手団などはダブルの紺ブレの着こなしもお洒落だ。
日本選手団の赤と白のコーディネートは、分かりやすいのだがファッションセンスとしてはどうなのか。
ラストの聖火ランナーも余計な演出は全くなく、聖火台までの長い階段を一気に駆け上がっていく。
聖火台の横に着いた時に笑顔が印象的。
この後は陸上競技になるのだが、これが正直言って非常に長い(50分くらい)。
管理者があまり陸上競技に興味が無いこともあるが、冒頭の陸上男子100Mの有名なスローモーション映像
には興奮するが、それ以外は観るのに忍耐力がいる。
競技については印象深いものだけさらっと。
・陸上の後の体操。黛敏郎の優美な音楽に乗せてチェコのチャスラフスカの華麗な演技にグッとくる。
この人は本当に綺麗だ。
・『犬神家の一族』の中のショットかと見間違うようなカヌー競技の映像。
・女子バレーボール。日本がソビエトを破り金メダル獲得した直後、カメラは赤いジャージに身をつつんだ
放心状態のような鬼の大松監督を映す。バックに流れるのは何とも重苦しい不吉な音楽。
金メダルを取った狂喜の雰囲気とは真逆の演出だ。
これは市川崑監督の指示なのか、黛敏郎のアイデアなのかわからないが、
おそらくこういうシーンが入っているので「芸術だが記録映画ではない」などと当時の河野一郎大臣から批判されたのだろう。
・自転車競技。自転車の滑走と農家の庭やあぜ道で見物する人を一緒にとらえた映像。
バックにはフォービートのジャズブルースが流れて、映像にマッチしている。
三國一郎のナレーションには八王子郊外とある。一体どのへんなのか?
・雨の中の競歩。一位の選手がゴールした時の三國一郎のユーモラスなナレーション(=シナリオ)。
・近代五種。思わずネット検索してしまった。
・閉会式が終わり、エンドロール。スタッフの名前だけがABC順で流れていく。
オリンピックの精神を体現したのだろうが、この演出アイデアも素敵だ。
NEW 2020.5.8 映画『東京オリンピック』(市川崑総監督)①
これまで何度観たかわからない。スクリーンの大画面、CSでの放送、購入したDVDでも。
今回、U-NEXTの見放題作品に入っているので本作を久しぶりに観た。そしてあらためて感動してしまった。
脚本(和田夏十、白坂依志夫、谷川俊太郎、市川崑)、映像(宮川一夫他数多くのカメラマン)、音楽(黛敏郎)、ナレーション(三國一郎)
そして総監督の市川崑監督による編集。+それ以外のすべてのスタッフワーク。
そのどれもが創造性と知的なセンスに溢れ文句のつけようがない。記録映画の金字塔である。
管理者が特に好きな市川崑監督作品は『幸福』『愛人』『青春銭形平次』『結婚行進曲』
『黒い十人の女』『古都』あたりだが、やはり本作ははずせない。同じ記録映画では甲子園野球大会を描いた『青春』もいい。
現在の新型コロナウイルスのパンデミックが無ければ、
今頃は2020年の東京オリンピックでマスコミをはじめ、様々なプレイベントなどで大きく盛り上がっていたところだろう。
管理者はいつの頃からかオリンピックに興味が無くなってしまった。その大きな理由の一つが本作にある。
つまり映画に記録されたこの1964年の東京オリンピックがオリンピック大会の最高峰との認識があるからだ。
東京生まれ、東京育ちの管理者は当時6歳の小学1年生なので、大会についての記憶はほとんど無い。
おそらく家の白黒テレビで家族と一緒に競技を見て応援していたかもしれない。
本作も翌年の上映時に親に連れられて見に行っているかも。
一つだけ記憶にあるのは10月の開会式当日、路地で友達と遊んでいた時、
上空に五輪の輪(ブルーインパルスが描いた)を見たと思うのだがこれも正確にはわからない。
本作については多くの方がこれまで沢山語られているが、管理者の個人的な関心事を簡潔に書いてみたい。
本作の素晴らしい点を挙げて行けばきりが無いが、まずは冒頭のアバンタイトル部分。
太陽のショット→黒い鉄球のショットに変わる。東京のビルの解体の現場をとらえた映像。
市川崑監督のインタビュー証言だと、銀座に隣接した京橋あたりのビルらしい。
三國一郎が近代オリンピック大会の歴史を語っていき、18回、1964年、東京、日本の声に続き、
青文字で映画タイトルの「東京オリンピック」が。背景はやはり銀座か京橋あたりの自動車と都電と人の群れ。
この後、黛敏郎の音楽と三國一郎のナレーションと共に、ギリシャから中東、東南アジア諸国を経て
日本各地での聖火リレーの映像が、主に空撮で描かれる。
雲の間から下に降りて行き、徐々に広島の原爆ドームが見えるショットは、
後年『ベルリン天使の唄』(ヴィム・ベンダース監督)を観た時に、冒頭ピーター・フォークが飛行機の窓から
見るベルリンの街の場面と一緒だと思った。ベンダースによる市川崑監督へのオマージュだろう。
管理者が最も興奮してしまうのは、京都を走る聖火ランナーの場面。
突然超俯瞰からの京都の街の屋根が見えるショットが登場する。
市川崑映画ファンならお分かりの通り、『ぼんち』や「犬神家の一族』その他多数の
映画に登場する「超俯瞰ショット」だ。
本作の聖火リレーでのこのショットを見ると一瞬にして「ああ、これはやはり市川崑監督演出の映画なんだ」と
あらためて認識してしまう。
続いて「開会式」。『開会式』は本作の最大の見どころである。(②に続く)
NEW 2020.3.26 『三島由紀夫VS東大全共闘』
タイトルのドキュメンタリー映画を観てきた。平日の日比谷シャンテシネマの19:00の回だったが、
マスク着用の観客で結構混んでいた。なかなか見ごたえのあるドキュメンタリー映画だった。
1969年5月の東大駒場の教室で実施された伝説的な討論会。
一部映像はTBSのニュース番組(ユーチューブでも一部視聴可)で見ていたし、内容を収録した文庫本も読んでいた。
管理者は今から40数年前、高校生~大学生時代に一時、三島由紀夫の小説を集中的に読んだ時期がある。
この討論会の時は11歳。翌年の三島自決事件は当時ニュースを見てよく覚えている。
最近のテレビやインターネット、SNSなどで専門家やコメンテーター等の「わかりやすい説明」に慣れている
者としては、当時の三島と学生の論争はかなり難解に感じてしまう。哲学的な思想用語が飛び交うのだ。
といっても三島のスピーチは、喩や具体的なエピソードが挿入され、ところどころユーモラスな表現もあって
かなり理解できる。映画なので音もクリアーだ。
問題は、学生たち。「人に伝えようと」いうサービス精神は皆無で、自分の言葉に酔っている。
自己陶酔というか、勝手な一人ごとを難しい単語に乗せて、かつ攻撃的に三島に投げかける。
その中で、司会の方など何人かは冷静には話をしようとするのが興味深かった。
ただし本作はその点親切な構成で見せてくれる。
三島と学生の論争に、作家の平野啓一郎や当時の全共闘の方などが論点をわかりやすく解説してくれたり、
当時の「・・・闘争」といった学生対機動隊も、当時のモノクロニュース映像などで説明が随所に挿入される。
これは討論内容を理解をするのに非常に役に立った。
管理者の大学生時代は70年代後半~80年代前半で、政治的な、あるいは思想的な雰囲気は皆無だった。
実に平和でのんびりした、いい時代だった。なので本作に描かれた時代背景についてはいまだに
正確には理解していないところがある。
今回本作を観て「そういうことだったんだ」とあらためて当時の歴史を勉強した次第。
管理者は三島の思想(といっても全部理解しているわけではないが)に全面的に共感しているものではないが
本作での三島の肉声の映像を観て、人間的には三島に好感を持った。
もちろんこれまでも小説や劇などの芸術家としては尊敬していた一人だ。
乱暴な口調で三島を挑発する学生たち。
当時ノーベル賞候補にもなっていた大作家の三島にすれば、感情的な言葉も出そうなものだが、
生意気な年下の後輩(三島も東大法学部卒なので彼らの先輩)連中の学生たちに対して、始終丁寧な口調で、優しい態度で接している。
最近よく見かける「売り言葉」に「買い言葉」ですぐに感情を表に表す、政治家や文化人とは
やはり人間の器が違うと感じる。
そして三島の笑顔は、相手を馬鹿にしているような下品な感じではなく、とても魅力的で、グッとくる !
新型コロナの中だが、手洗いとマスク着用して観に行く価値のあるドキュメンタリー映画である。
三島文学原作の映画は結構多いが、管理者が観ている中でお気に入りの3本は
・『炎上』(市川崑監督)
・『肉体の学校』(木下亮監督)
・『春の雪』(行定勲監督)
だ。
実は、三島の作品を成瀬監督が映画化する話があった。
作品は、プライバシー裁判で有名な『宴のあと』。
ウィキペディアの記述によると、
福沢かづ(雪後庵=高級料理屋の女将)=山本富士子
野口雄賢(元外務大臣。かづと結婚した後都知事選に立候補)=森雅之
の配役で映画化される予定だったとのこと。
書籍「成瀬巳喜男の設計」(中古智/蓮實重彦 筑摩書房)のP247-248に、
中古美術監督が「宴のあと」映画化の話をしていて、
作品の前半に登場する東大寺のお水とりに関連して、プロデューサーの
藤本真澄と成瀬監督が奈良のロケハンに行ったときの写真も掲載されている。
『宴のあと』は40数年前に一度読んでいて当時の新潮社の文庫本(定価200円 !)
があったので再読した。
ストーリー展開も非常に面白く、三島特有の典雅な文章も味わえた。
今の管理者の年齢の方がより深く理解できる。
映画化が実現していたら・・・・と想像してしまう。
山本富士子主演の成瀬映画というのはそれだけでワクワクするが、
小説を読んで、野口役は森雅之でびったりなのだが、かづ役は
やはり京マチ子の方が適役のように感じた。原作では50歳くらい。
『宴のあと』はその後映画化(またはテレビドラマ化)されたのかは不明だが、
やはり実際のプライバシー裁判の関係で映画化、テレビドラマ化は見送られた
のだろうか。実に映画やテレビドラマに向いている原作だと思うのだが。
NEW 2020.3.8 職人監督
シネマヴェーラ渋谷の特集「脚本家 新藤兼人」で未見の映画『沙羅の門』(1964 宝塚映画)を観てきた。
原作=水上勉、監督=久松静児、出演は森繁久彌、草笛光子、団令子など。
もちろん未DVD化で、BSやCSでも放送されたことは無いのではないか?(これは不明)
琵琶湖湖畔の禅寺と京都を舞台にした文芸映画だが、これが実にいい映画だった。
当時の二本立の、いわゆるプログラムピクチャの一本である。
管理者が保有する資料によると、もう一本は『万事お金』(松林宗恵監督)
原作=源氏鶏太、脚本=井手俊郎、出演=坂本九、星由里子、浜美枝、伴淳三郎など
この映画も観てみたい。
『沙羅の門』の何がいいか?一言で言えばいい意味でオーソドックスな文芸映画だということ。
今の映画に多い二転三転するような複雑なストーリー展開ではなく、
奇をてらったような映像表現もなく、管理者が嫌いなバイオレンスシーンも無く、
ともかくゆったりとした気分で映画を楽しめる。
草笛光子と団令子(二人とも綺麗!)の会話のカットバックがあり、そこに森繁久彌がからみ、
主な舞台となる禅寺のある琵琶湖畔(台詞に出てくる和邇=わにという場所)や
女子大生役の団令子が下宿している京都のロケーションも興味深い。
監督の久松静児作品は特に意識して観ているわけではないが、名画座、BS、CSでの放送などで
・『丼池(どぶいけ)』
・『早乙女家の娘たち』
・『南の島に雪が降る」
・『女囚と共に』
・『神坂四郎の犯罪』
・『月夜の傘』
・『渡り鳥いつ帰る』
・『女の暦』
など、何本か撮っている『駅前シリーズ』も観ている。
代表作の『警察日記』は観ていない。
何かで読んだのだが、久松監督は、成瀬監督を尊敬していて成瀬映画の撮影現場を訪問した
こともあったようだ。確かに少し影響を受けているような感じがする。
久松静児の他、東宝系でいうと千葉泰樹、堀川弘通、丸山誠治、鈴木英夫といった監督たち。
松竹だと中村登、野村芳太郎などは、管理者にとってタイトルの「職人監督」に当てはまる。
もちろん作品によってあまりいいと思えないものもあるだろうが、これらの監督たちの作品は
「観なければよかった」といった作品は数少ないように思う。
成瀬監督や川島監督も、基本的には職人監督だろう。
黒澤監督、溝口監督、小津監督はどちらかといえば「映画芸術」という言葉が似合う監督ではないか。
外国では、フェデリコ・フェリーニ、イングマル・ベルイマン、ルキノ・ビスコンティ、
ジャン・リュック・ゴダールなども同様の印象だ。
管理者が好きな外国の映画監督は、アルフレッド・ヒッチコック、シドニー・ルメット、ルイ・マル、
ビリー・ワイルダー、アンリ・ジョルジュ・クルーゾー、フランク・キャプラ、ロバート・ゼメキスなど
(まだ沢山いるが)だが、職人監督と名付けたい監督たちだ。
上記の監督作品ではないが、3/24(火)の13:00-14:36にNHKBSプレミアムで、
管理者が大好きな面白い映画が放送される。
『テキサスの五人の仲間』(1966 アメリカ映画、フィルダー・クック監督)
未見の方は上記のサイトの説明だけを読んで、ネット上にある「ネタばれ」は読まないことをオススメする。
管理者は洋画も相当な数観ているが、個人的にベスト10を挙げればこの映画は必ず入れたい一本だ。
キネマ旬報ベストテンや毎日映画コンクール、そしてアカデミー賞など、映画の賞は一段落したようだ。
日本映画の新作では本エッセイにも書いた『蜜蜂と遠雷』は素敵な作品だったが、その他の作品は個人的にあまり関心が無い。
アカデミー賞のノミネート作品も、U-NEXTで『ワイス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』を観て、1969年当時の
街並みやファッション、音楽などは、当時11-12歳だったのでかなり記憶にあり懐かしい感じがして面白かったが
最後の暴力シーンは苦手で・・・
新文芸坐で上映中の「生誕110年 巨匠 山本薩夫 反骨のヒットメーカー」(2/12-2/19)
から『台風騒動記』(1956)を観てきた。現在の状況からマスク着用で。
山本薩夫は、松竹蒲田時代に成瀬監督の助監督を務め、その後一緒にP・C・Lへ移籍した
弟子であり年齢差(5歳)を考えれば弟分というところだろう。
『台風騒動記』は社会風刺コメディとして実に面白く、よくできている映画だった。
ストーリー等はネット検索してもらえばで省略するが、正義感溢れる若き佐田啓二、
田舎街の人気芸者の桂木洋子(これまで観た桂木洋子ではベスト)、そして悪だくみを働く
田舎町の町長や議員たちを三島雅夫、渡辺篤、三井弘次、中村是好などの芸達者が演じている。
台風の被害の補助金をめぐる話だが、現代にも通用するような内容だった。
山本薩夫作品の特徴は研究したことがないのだが、一つ見つけたのは、
裁判や会議等でイスに座って並んだ者を左から右または右から左に移動して一人一人見せていく
ショットだ。本作にもあったし『にっぽん泥棒物語』や確か『金環蝕』にも。
山本薩夫は「先生」と呼ばれるのを嫌い「さっちゃん」と読んでほしいと言っていたそうだ。
山本薩夫に関連した俳優のインタビューを見ると「さっちゃん先生」と呼んでいた。
「さっちゃん先生」はなんか素敵な呼び方だ。
私が観ている中で山本薩夫作品ベスト5は
1. 『にっぽん泥棒物語』(1965 東映)
2. 『忍びの者』(1962 大映)
3. 『台風騒動記』(1956 山本プロダクション/まどかグループ 松竹配給)
4. 『金環蝕』(1975 大映)
5. 『そよ風父と共に』(1940 東宝: 原作、脚本=成瀬巳喜男)
である。もちろん『白い巨塔』『華麗なる一族』等も観ている。
もう一本は、トップページにも紹介しているシネマヴェーラ渋谷で上映中の特集
「脚本家 新藤兼人」(2/8-3/6)の中の1本、『真夜中の顔』(1958 歌舞伎座:配給松竹 宇野重吉監督)。
銀座のバーで起こる事件の夜から朝までを描いた社会派サスペンス映画だが、75分という短い作品にも
かかわらず、ストーリー展開が実にリアルでこれも素晴らしい作品だった。
女給役の桂木洋子(すぐに死んでしまうが)、恋人の新聞記者役の三国連太郎、バーのママ役の水戸光子。
そしてダンディな悪役を演じた梅野泰靖、彼はどこかで見た顔だと思ったら『幕末太陽傳』の徳三郎役だ。
梅野の子分役に芦田伸介、佐野浅夫など。
大物政治家役の滝沢修、警部役の小沢栄太郎、そして佃島の漁師役で宇野重吉も出ている。
宇野重吉は三国の新聞社の社長役として電話の声でも出演していた、あれは間違いなく宇野重吉の声とわかる。
川島映画『銀座二十四帖』にも登場した、東銀座の新橋演舞場近くの渡船場のロケーション
(現在は首都高速道路)や、バーの場所が銀座6丁目の並木通りという設定なので
松坂屋の文字が映ったり、実際の銀座のロケーションも少しだが出てきて興味深かった。
本作の上映自体もレアだし、BS等での放送やブルーレイ/DVD化もまず無いだろう。
どうしても観たければ名画座に行くしかないのだ。
これから上映される作品では未見の『ひかげの娘』(1957 松林宗恵監督 東京映画)と
『沙羅の門』(1964 久松静児監督 宝塚映画) は是非観に行きたい。
もちろん貴重な上映機会の成瀬映画『舞姫』もオススメである。
邦画、洋画とも新作では「裏切られる」作品がたまにあるのだが、邦画、洋画とも旧作は裏切らない。
「定本 映画術 ヒッチコック/トリュフォー(改訂版)」(訳者 山田宏一・蓮實重彦 晶文社)は、
タイトル通りヒッチコック監督の多彩な映画技法を中心に映画制作の裏話について、
トリュフォー監督が一つ一つの作品ごとに具体的に訊いていく、ヒッチコック映画ファンにとっては必読の本だが、
その中にこんな証言があった。(P100より引用)
H(注:ヒッチコック監督)
(略)
映画づくりのきちんとした設計ができていれば、画面の緊迫感やドラマチックな効果をだすために、
かならずしも演技のうまい俳優の力にたよる必要はない。
わたしが思うに、映画俳優にとって必要欠くべからざる条件は、ただもう、何もしないことだ。
演技なんかしないこと、何もうまくやったりしないこと、そして、とにかく、できるだけ柔軟性のある動きができること。
いつでも監督とキャメラの意のままに映画のなかに完全に入りこめるようでなければならない。
俳優はキャメラにすべてをゆだねて、キャメラが最高のタッチを見いだし、
最高のクライマックスをつくりだせるようにしておらなければならない。
T(注:トリュフォー監督)
俳優の個性ではなく、没個性こそ映画に必要なのだという考えかたは、
じつにヒッチコック的な興味ある視点だと思います。(略)
これを読んだ時に、ヒッチコック映画によく登場する技法「オーバーラップ(二重写し)」を連想し、
ある映画監督の顔が重なった。もちろん成瀬監督である。
これは成瀬監督が話した言葉といってもそのまま信じてしまうだろう。
成瀬映画に出演した俳優たちが、いろんなインタビュー等で証言している。
例えば、小林桂樹は、撮影テストの時に台詞を言ったら、成瀬監督から一言「オーバー」と言われてダメ出しが。
常に自然で、何もしないような演技を求められたそうだ。
私が直接聞いた話では、前にも本エッセーで紹介したが星由里子(さん)。
『女の歴史』のラスト前。世田谷・大蔵団地前の道(これは星さんが大蔵団地の前のロケーションでと話されていた)
で雨を降らし、そこに義母の高峰秀子がタクシーを降り、星さんに対して暴言の許しを乞うシーン。
その撮影現場で、星さんは成瀬監督に呼ばれて、
「星ちゃんね。ここ雨だからね、傘さしてじぃーっと、立ってるだけで、なんにもしないで、じぃーと立ってなさいね」
と言われたそうだ。もちろん映画の中には星さんの台詞もあるのだけれど・・・
映画が完成してそのシーンを観た時に、雨と高峰さんの演技で涙が出てきて、まだ東宝の新人女優だった星さんは
映画って凄いなぁと思ったとおっしゃっていた。
成瀬映画には印象的な雨の名シーンが多いが(例:『お国と五平』『山の音』『浮雲』『妻の心』『女の中にいる他人』『乱れ雲」など)
本作の雨のシーンは、その中でも傑出している名シーンである。
紹介した俳優論だけでなく、本書の中でヒッチコック監督が語っている映画についての考え方の随所に
成瀬映画との類似を感じた。数年前にドキュメンタリー映画にもなった有名な本だが、かなり分厚い本である。
未読の方にはオススメしたい。
成瀬映画でヒッチコックタッチの映画と言えば、『女の中にいる他人』になる。
成瀬映画には殺人シーンなどないのだが(例外として『上海の月』のラスト=銃声の後倒れる山田五十鈴! !)、
本作では事故のような形とは言え回想の殺人シーンが登場する。
親友の妻との不倫と、情事の際に誤って殺してしまった小林桂樹の内面的な罪の意識は、
ヒッチコック映画でいえば『疑惑の影』(1943)などに似ているかもしれない。
ちなみに管理者のヒッチコック映画ベスト5は
1. 『裏窓』
2. 『めまい』
3. 『サイコ』
4. 『北北西に進路を取れ』
5. 『海外特派員』
となり、極めてオーソドックスなヒッチコック映画ファンである。
最近U-NEXTの配信で観た『汚名』もとても面白かった。
ラブストーリーとサスペンスとの融合の傑作だ。
先日NHKBSで放送されていた『海外特派員』(1940)。
主人公であるアメリカの新聞記者の特派員・ジョーンズ(ジョエル・マックリー)が
夜、宿泊しているホテルの部屋の窓から逃げるシーン。
HOTEL EUROPEという電飾に触ってしまい、EとLの文字が消えてしまう。
斜め俯瞰からのホテル外観と逃げるジョーンズのショット。
そこにはHOT EUROPEの電飾文字が映る。
本作は1939年という第二次世界大戦直前の話なので、
「いつ戦争が勃発してもおかしくないヨーロッパ」といったことだろう。
サスペンス満載の本作の中に、こういうユーモラスで洒落た表現(1秒たらずのショット)
をさらっと入れるのがヒッチコック映画の魅力の一つだ。そしてこれも成瀬映画に通ずる。
最初に成瀬映画に関連したマニアックな話題を。
これまで何十回観たかわからないが、いくつか調べたいことがあって先日『めし』を丹念に観直した。
あまり記憶になかった面白い台詞があった。
映画の前半、初之輔(上原謙)と姪の里子(島崎雪子)が、大阪見物の後に道頓堀あたりの鰻屋で
食事をしているシーン。そこでこんな会話がある。林芙美子原作の脚色は井手俊郎、田中澄江。
上原 君の方がよっぽどびっくりさせるぜ
島崎 どうして
上原 ストリッパーになりたいなんて
この会話は叔父と姪の他愛のないものだが、もしかしたらこれは木下恵介監督『カルメン故郷に帰る』(1951 松竹)
をイメージした「遊び心」ではないかと。あくまで管理者の推測であるが・・・
調べてみると『カルメン故郷へ帰る』は昭和26(1951)年の3月封切り、
本作は11月なので、時系列としてはあり得る。ストリッパーを演じたのは高峰秀子でもある。
本作のシナリオにあったものなのか、成瀬監督が加えたものなのかはわからない。
洒落が好きな成瀬監督なので、おそらく管理者の推測が当たっているようにも思うのだが。
映画というのは何度も何度も観直すとどうしても細かい部分に意識がいくものだと痛感した。
映画監督の言葉は、インタビューなどよりも実際の撮影現場での俳優への演技指導やスタッフへの指示など
で発した言葉の方がリアルで面白い。映画監督の個性も浮き彫りになる。
まず、有名なのはアルフレッド・ヒッチコック監督の「たかが映画じゃないか」。
これは『山羊座のもとに』撮影時に主演のイングリッド・バーグマンが、
ヒッチコックにいろいろと質問した時にヒッチコックが言ったらしい。
これはそのまま山田宏一、和田誠著の書籍(文春文庫)のタイトルともなっている。
次に、私が外国の映画監督で一番好きなビリー・ワイルダー監督。
『お熱いのがお好き』の撮影時のマリリン・モンローとのエピソードが楽しい。
「私よ、シュガーよ!」という一言のセリフを何度もとちるマリリン。
五十回ほどテイクを重ねたあと彼女を脇に呼んで(ワイルダーは)「気にするな」と言った。
すると彼女は「気にするって何を!」と答えるんだ。
(「ワイルダーならどうする?」ビリー・ワイルダーとキャメロン・クロウの対話
著者キャメロン・クロウ 訳者宮本高晴 キネマ旬報社 173P)より一部引用。
これに続いて、~マリリンはセリフをとちる名人だったが、何度も言うように、
三頁のシーンを一発で、見事にやってのけたりもした。完璧無比にね。~
日本の監督はどうか。
15年くらい前に日本映画専門チャンネルで放送していた「私の好きな日本映画」という
コーナーで、岸田今日子が市川崑監督『プーサン』を紹介していた回。
市川作品に何本も出演している岸田今日子が市川監督から言われた言葉とは。
「岸田さん、ここからあそこまで眼にも止まらぬ速さで走って下さい」とのこと。
それ以外にもいくつか紹介していたが、かなり感覚的な言葉で演出をしていたようだ。
小津監督には名言がたくさんあるが、
管理者が一番好きなのはいろんな俳優に言っていたという次の言葉。
「人間は悲しい時に笑い、楽しい時に泣くものなんだ」。
人間は実際にはわかりやすいストレートな感情はあまり見せずにむしろ隠すものなんだ。
といった意味だろう。現在の多くの映画やドラマの感情表現は、この言葉の対極にあるような・・・
最後に、成瀬監督。
俳優やスタッフからひそかに「いじわるじいさん」と呼ばれていた成瀬監督らしい撮影現場での言葉。
証言は『銀座化粧』『おかあさん』の二本の助監督に付いた石井輝男監督。
一つは、成瀬監督生誕100年の時に日本映画専門チャンネルで放送された
インタビュー番組の中で、旧文芸座でのトークショーで語っていたエピソードだ。
前述のマリリン・モンローではないが、花井蘭子(田中絹代の友人役)が何度か台詞をとちった時に、
次のような言い訳をしたとのこと。
「(成瀬)先生、すみません。実は、私いま、歯の治療に通ってまして・・・」
と言ったところ、成瀬監督は「そうですか、舌も直してもらえばよかったのにね」
と答えたそうだ。凄い返しだ !
もう一つはユーチューブで視聴可能な石井監督へのインタビュー(フランス人による)。
『おかあさん』で、肺をやられて伏せっている三島雅夫と見舞いに訪れた加東大介のシーン。
テストの時に成瀬監督が加東大介に対して、「加東さん、どうしますか。タバコでも
吸ってみますかね」と言ったので、加東大介は「わかりました」と言った。
監督の演出指示と思い、布団に横たわっている三島雅夫の横でタバコを取り出して火をつけたところ、
成瀬監督が「加東さん、吸えますか?」。
加東大介は「申し訳ありません」と答える。
実際の映画では、加東大介がタバコを取り出した時に、三島雅夫が咳き込むのを見て
タバコをしまうというリアルな仕草になっている。
こういう演出の仕方もあるんだなと少し驚いた成瀬監督エピソードだった。
『乱れ雲』の助監督だった石田勝心監督は、撮影の合間にお茶を飲んだ時だったか、
突然、「石田君、映画は週刊誌だからね」
のようなことを言われたそうだ。これは石田監督ご本人が生前インタビュー等で
話しているし、管理者も直接聞かされた。
この解釈は人によっても色々だろうが、冒頭に紹介したヒッチコック監督の言葉
と近いように思える。
NEW 2020.1.20 小津安二郎展、映画『ラストレター』など
東京・江東区の「古石場文化センター」(地下鉄門前仲町駅 徒歩10分)に常設の「小津安二郎紹介展示コーナー」
での特別展「スチル・フォトで甦る小津安二郎展」を観てきた。詳細はURL参照。1/31(金)まで。無料
最近発見された『東京物語』撮影時の様子を記録したスクラップブックの一部が紹介されている。
この展示コーナーにはこれまで3回くらい行ったことがある。
いわゆるポジ焼きというのか、小さい写真が多数あってガラス棚の中に展示されているので
1枚1枚じっくり見るという感じではない。そして展示コーナーは今回の写真以外の展示物もすべて撮影禁止となっている。
貼ってある写真の上の余白には、赤丸とともに新聞社、通信社、雑誌社などの名前が記述されているのもあり
当時のマスメディアへ提供する宣材写真用としてポジ焼きされているようだ。
管理者も初めて見る写真が多数あった。
興味深かったのは、熱海の海岸の堤防に腰掛けている笠智衆と東山千栄子。
堤防の下に木の台が組まれていて、二人ともそこに足を乗せている写真があった。
東京・上野の両大師橋での小津監督の演出風景、銀座・松屋屋上の二人+原節子の同じく演出風景。
尾道での写真も多かったが、撮影前のロケハン写真(もの凄く小さい写真)がスクラップブックにびっしり貼ってあり、
その中に、神社の長い階段を見上げたような場所に小津監督とスタッフ数人がいるような写真があった。
あの階段は、大林監督『転校生』の階段落ちに登場する神社のようで、これは初めて見た。
展示期間は1/31までなので興味のある方は是非。
この展示コーナーはそれほど広い場所ではないのだが、
江東区がこのような展示コーナーを運営していることは素晴らしい。
同じような小規模でもいいので、成瀬巳喜男紹介展示コーナーを生誕地の新宿区か、東宝撮影所も含めて
成瀬監督が晩年まで住まわれていた、ゆかりの深い世田谷区あたりの図書館の一部にでも、
成瀬監督の展示コーナーを作ってもらいたいものだ・・・
岩井俊二監督の新作『ラストレター』を早速観てきた。
岩井作品はこれまで4-5本観ているが、映画館で観たのはドキュメンタリー映画『市川崑物語』
と今回の作品の2本だ。
管理者は岩井作品を深く語れるほどの知識は無いが、本作はとてもいい映画だった。
インターネットやSNSでも評価する観客が多いようだが、中にはストーリー展開について
疑問を呈しているネガティブな意見もある。
管理者もストーリー展開については、少し不自然なところがあると感じたのだが、
実はそれはどうでもいいと思えた。
これはあくまで管理者の感想だが、本作で一番良かったのは「シンプルなストーリー」である。
最近の日本映画、外国映画に共通だが、ストーリーを二転三転と無理矢理に目まぐるしく進めていく
ストーリー重視(後で考えると平凡なワンパターンだったりが多数なのだが)の映画が多く、観ていて疲れてしまう。
映画の本来の魅力である映像、上手い台詞、映画技法を駆使した演出、俳優の上手い演技表現などが弱いように思える。
本作には少し過去にまつわる謎解きの要素もあるのだが、ともかくストーリーはシンプルである。
映画を観て複雑なストーリー展開を読み解く労力が軽減されると、上記の映画の魅力を味わう方に意識を集中できる。
成瀬映画、小津映画の魅力もそこにあるし、日本映画、外国映画ともいわゆる名作はどれもストーリーはシンプルだ。
細かいところで管理者が気付いた点を二つ。
・映画の前半に突然聴きなれたメロディが流れてくる。
映画『八甲田山』のテーマ曲(芥川也寸志作曲)と気付く。
松たか子の夫役=漫画家役の庵野秀明が、漫画を描きながら
聴いている音楽との設定。これは映画を観て微笑んでしまった。
手塚治虫先生が、漫画を描きながらアメリカのミュージカル映画のサントラ盤やクラシック
のレコードをかけていたというのは有名な話だが。
・松たか子が亡くなった姉(広瀬すず)の同窓会の会場へ出向くシーン。
スクリーンで一度観ただけなので、もしかしたら記憶違いかもしれないのだが
同窓会の会場の後ろに大きく書かれていた高校名が「仲多賀井高等学校」(文字は違うかもしれないが)。
普通に読めば「なかたがい」と読める。
これは本作の内容とも関連させた、岩井監督の観客に向けたギャグか? 私の記憶が正しければだが・・・
二役を演じる広瀬すずをスクリーンで観るのは『海街diary』(2015)以来だが、幼い印象だったのが
本作は少し色気も感じられて綺麗だ。演技も自然でとてもいい。
福山雅治は少し苦手なのだが、本作の過去を引きずった売れていない小説家の役で、
ダメ男ぶりはなかなか魅力的だった。
松たか子は、少し抜けたところのある可愛らしい主婦で、さすがの演技だ。
ラストもサラっとしていて、管理者の好きな終わり方でこれも好印象。
予告編やTVCMでも流れているが「カエルノウタ」という変わったタイトルのテーマ曲も、グッとくる名曲だ。
本作はドローン撮影だと思われる俯瞰映像が多く登場するが、あれは市川崑監督へのオマージュなのかもしれない。
映画のロケ地の宮城県仙台市には二回ほど行ったことがあるが、もう一つの主要なロケ地である
宮城県白石市がとてもいい街並みで、いつか機会があったら是非訪れてみたい。
NEW 2020.1.7 昨年観た新作映画について
毎年この時期になると、各映画賞のノミネート作品や俳優の話題となる。
年末に『スター・ウォーズ』のエピソード9を観てきたが、昨年の新作の外国映画は7-8本を観た。
数少ない鑑賞の中で、個人的なベスト3は以下となる。
(1)『メリー・ポピンズ リターンズ』
(2)『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』
(3)『アガサ・クリスティ- ねじれた家』
この3本とも私はかなり好きな作品だったのだが、アカデミー賞などには無縁のようだ。
(1)は1964年の制作で当時のアカデミー賞5部門(主演女優賞=ジュリー・アンドリュースなど)を受賞した名作『メリー・ポピンズ』
の続編のような映画だが、管理者は『メリー・ポピンズ』よりも本作の方が好きだ。
エミリー・ブラントの少しクールな感じのメリー・ポピンズも、映画の中の楽曲も良かった。
特に、ユーチューブなどの予告編やメイキングでも見られるが、ポピンズと子供たちがお風呂から海につながる
CGアニメーション映像と音楽が素晴らしい。そして幸福感に満ちたハッピーエンド !
(2)は1964年のキングギドラ初登場の東宝『三大怪獣 地球最大の決戦』を6歳の時に
リアルタイムで観た怪獣映画ファンとしてとても興味があり、IMAX、3Dで観たので迫力が凄かった。
ゴジラ、キングギドラ、ラドン、モスラのバトルシーンも多く、
ストーリーもそれほど複雑でなく面白かった。
(3)もイギリスの洋館が舞台の、いかにもアガサ・クリスティの世界の雰囲気が楽しめて
意外な犯人にも驚かされた。
この3作はすでにブルーレイやDVD、U-NEXTなどの有料配信でも観ることが可能なので
未見の方にはおすすめしたい。
(3)はミステリーなのでネット検索などの「ネタバレ」は読まずに観た方が・・・
日本映画の新作は、3本くらいしか観ていない。というより観たいと思える作品がほとんど無かった。
本エッセーにも書いた『蜜蜂と遠雷』が傑作だった。本作は日本の映画賞に数多くノミネートされているようで
当然だろう。
初めて観る=管理者にとっては新作ともいえる未見の旧作邦画は、名画座やU-NEXTなどで数多く観たが、
当時の映画賞とは無縁の、いわゆるプログラムピクチャ-なのに「何でこんなに面白いだろう」と
驚くことが多かった。監督、俳優、スタッフとともに何といってもシナリオがいいのだろう。
1本だけ挙げれば、前回の本エッセイに書いた江利チエミと芦川いづみの『ジャズ・オン・パレード1956年 裏町のお転婆娘』
になる。残念ながら未DVD化であり、ネット配信も無い。もう一度観たい。
今年2020年に上映される日本映画では
・『ラストレター』(1/17公開 岩井俊二監督)
・『星屑の町』(3/6公開 杉山泰一監督)=主演のん
の2本は観たいと思っている。
NEW 2019.12.18 芦川いづみ映画祭の1本
新文芸坐で12/5-12/11まで日替わり2本立てで特集されていた「芦川いづみ映画祭」。
未見の作品を6本観た。
・『若い川の流れ』
・『ドラムと恋と夢』
・『ジャズ・オン・パレード1956年 裏町のお転婆娘』
・『堂堂たる人生』
・『四つの恋の物語』
・『青春を返せ』
管理者は川島映画、市川映画などを除き、それほど多くの日活映画を観ていない。
ということで今回時間のある時に新文芸坐へ通ったのだが、芦川いづみ出演の
映画はどれも面白かった。
中でも「これは隠れた傑作」と感じたのは、『裏町のお転婆娘』(1956 井上梅次監督)。
この作品は芦川いづみも重要な役で出演しているが、主役は江利チエミだ。
ストーリー、スタッフ、キャストは上記のリンク(日活公式サイト)で確認してほしいが、
ストーリーは典型的な「人情噺」であり、ハッピーエンドである。
ところがこういう映画は今の日本映画には少ないので、逆に新鮮に感じてしまう。
この映画の魅力はともかく江利チエミだ。管理者の世代だと江利チエミはそれほどなじみがない。
「テネシーワルツ」を唄う歌手であり、高倉健の妻だったというくらいの認識だ。
この映画はミュージカル(和製ミュージカルとしても一級品)なので、江利チエミが何曲も唄い、踊る。
ラテン調、童謡のアレンジ、そしてジャズ。確か「side by side」を英語で唄ったと記憶しているが
「江利チエミってこんなにジャズが上手いんだ」と驚いた次第。
踊りは上手いと言うよりも、アイドル歌手のようなキュートさがたまらない。
管理者は大学生時代から約40年以上のジャズマニアなので、ジャズボーカルもかなり聴いているので
江利チエミの上手さは聴いてすぐわかった。
以前、美空ひばりのジャズCDを聴いて、美空ひばりのジャズにも驚いたが、
ジャズに関しては江利チエミの方が、いわゆるスウィング感が上だと思う。
ユーチューブで調べたら、なんとカウントベイシー楽団と共演までしている。凄い・・・・・
そして本作はラストの劇場のミュージカルショーに南田洋子、新珠三千代、北原三枝が
特別出演している。豪華。
管理者が最も好きな和製ミュージカルは『君も出世ができる』(1964 東宝 須川栄三監督)だが、
これはフランキー堺主演。と思ったら本作でもフランキー堺は準主役で登場している。
本作をもう一度観たいのだが、残念ながら未DVD化であり有料ネット配信もない。
今回観た中で『若い川の流れ』『堂堂たる人生』の2本は共演が石原裕次郎。
一本は重役の娘、一本は浅草の寿司屋の娘という対照的な役を演じる芦川いづみとの
やり取りがテンポが良くて飽きさせない。
当時の映画界では不可能だったろうが、1本くらい成瀬映画の芦川いづみが観てみたかった。
芦川いづみは成瀬映画にピッタリとはまったと思う。
芦川いづみは成瀬映画、小津映画、黒澤映画などをどのように思っていたのか興味深い。
もう一つ、文藝春秋から出版されたばかりの書籍「芦川いづみ」(編=高崎俊夫、朝倉史明)。
写真集といってもいい本だが、今年4月の最新インタビューが掲載されている。
芦川いづみの語る川島雄三監督、中平康監督、吉永小百合、石原裕次郎などのエピソード
ももちろん興味深く読んだが、管理者が一番驚いたのはインタビューの最後の部分。
最近カラオケにはまっているというところで、
「最近マスター中なのは、竹内まりやさんの「駅」。竹内まりやさんの歌って素敵でしょう。」
これもデビュー当時から現在に至るまで竹内まりやを聴き続けている大ファンの管理者としては
芦川いづみが竹内まりやファンとは新鮮な驚きだった。マスター中という言い方が可愛い。
NEW 2019.11.24 成瀬映画ロケ地が映るCM動画を発見
管理者が最近見つけた成瀬映画のロケ地と関連したCM動画について。
現在JR東日本が行っているキャンペーン「行くぜ、東北。」のテレビCMを見て、
すぐに気付いたロケ場所があった。
すでに本HPのロケ地紹介ページに掲載済み(『女の歴史』④)だが、
『女の歴史』(1963)の後半、
息子の病気のために高額な薬を買いに来た高峰秀子がリュックを背負って歩き、
遊んでいる子供たちと遭遇するシーン。
現在のJR西日暮里駅(1963年当時はまだ駅は無い)から田端駅への坂道の途中にある「田端台公園」の手前だ。
管理者は小学生時代にこの公園でも遊んだことがあるので、この辺の道は良く知っている。
近くには受験校で有名な「開成学園」もある。
『女の歴史』は先週、現在特集上映中の神保町シアターで上映されていたので観た方も多いだろう。
上記のCM動画はJR東日本のキャンペーンの公式サイトにアップされているが
コートを着た20代くらいの女性(女優=石橋静河)が、両手に緑色のものを持って、踊りの稽古らしく
動きながら前に進んでいく道は、間違いなく『女の歴史』で高峰秀子が歩いて来た
道と同じ場所だ。この女性の動きはなかなかインパクトがあって記憶に残る。
これに気付くのは、おそらく日本で管理者一人だろう(笑)。
さらに関連するのは、このキャンペーンは最後に、東北各県の観光地が
写真とナレーションで短く紹介されるのだが、山形篇はなんと「銀山温泉」!
まったくの偶然だが、
『女の歴史』の次の作品=翌年の『乱れる』(1964)で同じく高峰秀子が義弟役の加山雄三と
訪れるのが、山形県の「銀山温泉」である。成瀬ファンは皆知っていることだろうが。
そして、ナレーションが「銀山温泉で待ってます」だ。
万が一だが、もしこのCM動画の制作者たちが上記の成瀬映画関連のことを知っていて
制作したのなら、素晴らしい洒落っ気である。99.9%偶然だとは思うが・・・・
そういえば、前回本エッセイに書いた映画『蜜蜂と遠雷』の主役は、
以前「行くぜ、東北。」に出演していた松岡茉優だ。
「行くぜ、東北。」CM動画のサイトは以下。特に山形篇をチェック。
NEW 2019.11.12 映画『蜜蜂と遠雷』について
はじめに、俳優の中山仁さんがお亡くなりになった。77歳。ご冥福をお祈りしたい。
成瀬映画には『ひき逃げ』(1966)に出演されている。人妻・絹子(司葉子)の年下の恋人・小笠原進役。
また成瀬映画関連であるが、『乱れる』(1964)の翌年の1965年、
東海テレビで放送されたテレビドラマの『乱れる』にも出演されている。
映画では加山雄三が演じた役。相手役(映画では高峰秀子)は南田洋子。
管理者はもちろん未見(当時7歳で東京在住!)だが、私の年上の知人は当時
このドラマを観ていたとのこと。南田洋子ファンとしてはこのドラマを観たい!!
日本映画の新作の中で、観たいと思っていた映画『蜜蜂と遠雷』(監督 石川慶)を観てきた。
傑作である。今後キネマ旬報などの各映画賞ベストテンに入るのはほぼ確実ではないか。
管理者は直木賞受賞の原作はまた読んでいないのだが(読みたいと思う)、
映画は抑制された演出と切れ味のいい編集が素晴らしい。そしてもちろんピアノの魅力。
ストーリーや俳優については、公式サイトで確認していただきたいが、ピアノコンクールに
挑む4人の個性的なピアニストを描いている。ストーリーはシンプルだ。
アバンタイトル。
天才少女で一度挫折した松岡茉優演じる栄伝亜夜がコンクール会場の
ホール内を歩くと、すれ違う人たちから噂話が聞こえてくる。
あえて言えばここは少し「成瀬映画」に似ている。成瀬映画にも「噂話」の演出が多い。
(『旅役者』の冒頭などが典型例。『噂の娘』というタイトルの作品もある)
松岡茉優がピアノを弾こうとした瞬間に画面が消えて、タイトルが登場する。
バックに流れるのはピアノではなく、ジャズベースのような低音のサウンド。
管理者が好きなタイプのカッコイイ演出である。
審査委員長で自身もピアニストである斉藤由貴が演じる嵯峨三枝子。
最近、斉藤由貴が金沢の高校生を演じた傑作『恋する女たち』(大森一樹監督 1986)を
DVDで観直したばかりなので、貫禄のある斉藤由貴を観て感慨深いものがあった。
もちろん本作の少し色っぽい斉藤由貴もとても素敵だ。
ところどころ挿入されるコンクール会場のコンサートホールのクローク係=片桐はいり
の演技も抑え目なユーモラスな演技(一切台詞が無かった?)でとてもいい。
本作の圧巻は何といってもコンクール最終審査でのオーケストラとのピアノ協奏曲演奏のパート。
ここで最終審査に残った3人のピアニストが弾くピアノ協奏曲は、順番に
・プロコフィエフ「ピアノ協奏曲第2番」
・バルトーク「ピアノ協奏曲第3番」
・プロコフィエフ「ピアノ協奏曲第3番」
→原作通りなのかもしれないが
管理者は40年以上の大のジャズファンだが、クラシックも好きでかなり聴いてきた。
作曲家では特にラヴェル、ドビュッシー、ブラームス、ブルックナーなど。
本作のピアノ協奏曲では、バルトークの第3番はCDも持っていてi-PODで良く聴いているので
知っていたが、プロコフィエフの第2番、第3番は初めて聴いた。
この3つの曲はユーチューブで検索すれば、アルゲリッチ他の名ピアニストの演奏が視聴可能だ。
バルトークの第3番を初めて聴いたのは、なんとジャズピアニスト、キース・ジャレット
の日本公演で、クラシック曲を弾くというプログラムだったと記憶している。
調べたら1985年の来日公演で弾いていて、CDも出ている。
この3曲はクラシックといってもリズムが強調されたノリのいい曲で、聴いていて気分が高揚してくる。
映画『ボヘミアン・ラプソディ』も映画館ならではの迫力のサウンドだったが、
本作もスクリーンの大音響で観ることをオススメしたい。
コンサート会場にいるような雰囲気を体感できる。
ラストについては説明しないが、これもサラっとした終わり方で管理者好みだ。
とにかく全体的に「センスが光る」映画である。
本作とは直接関係はないが・・・。
ピアノ協奏曲で一番好きなのは何といってもラヴェル「ピアノ協奏曲ト長調」。
特に第2楽章は、クラシック曲の中で最も美しい旋律ではないかと思っている。
→この曲の第一楽章は映画『のだめカンタービレ 後篇』にも登場していた。
初めて聴いたのは、1982年に卒業旅行で行ったパリのテアトル・シャンゼリゼ劇場。
ピアニストは伝説的なイタリアのピアニストのアルトゥーロ・ベネデッテイ・ミケランジェリ。
ピアノが気に入らないと演奏会をキャンセルしてしまう巨匠だが、この時は大丈夫だった。
当日のチケットとパンフレットを持っているが席は20フランと書いてある。
当時は1フラン=40円くらいだったので800円ということになる。二階の桟敷席だった。
貧乏旅行だったのでそのくらいの値段でなければ行ってなかっただろう。
伝説のピアニストの生演奏を聴けたのはまったくの偶然だ。
当時のパリで売られていた「ぴあ」のような情報誌に、ラヴェルと書いてあったので
チケット売り場で並んでいたのだが、その時に並んでいたクラシックファンの会社員らしい日本人男性に
「ミケランジェリ聴きにきたの」と声をかけられた。
「いゃ。ラヴェルが好きなので聴きに来たのですが、ミケランジェリって?」と答えたところ
その方が「君ね、今夜の演奏会は絶対に聴いたほうがいいよ、ミケランジェリはなかなか
聴けないし一生の想い出になるから」と言われ、「わかりました」と答えてチケットを購入した。
この時の演奏会ではないが、ミケランジェリ演奏の「ピアノ協奏曲ト長調」もユーチューブで視聴可能だ。
NEW 2019.11.1 八千草薫さん逝去&刑事映画の旧作について
八千草薫さんがお亡くなりになった。ご冥福をお祈りしたい。
成瀬映画『くちづけ』(1955)をご覧になっている方はご存知だが、
3話オムニバスの第3話「女同士」のラストに、少し衝撃的な登場をする。
成瀬映画の出演はこれ1本のみ。
キャストのクレジットにも載っていないので、初めて観た時は驚き、
そして成瀬監督のシニカルなユーモア感覚(脚本には無かった設定とのこと)に
「くすくす笑い」をしてしまう。
八千草薫の綺麗な顔を見た後の、高峰秀子の表情が絶品。
テレビドラマの代表作『阿修羅のごとく』『岸辺のアルバム』も素敵だが、
山田太一脚本で今のところ最後の連続ドラマである『ありふれた奇跡』(2009)の
ヒロイン=仲間由紀恵の祖母役も素晴らしかった。
映画ではやはり『ガス人間第一号』のヒロインの女性舞踏家役での美しさ
が印象的。
2010年だったか、東京会館で行われた小林桂樹さんのお別れの会の会場で
お見かけしたことがあった。和服姿でかなり小柄だったのを覚えている。
話しかける勇気はなかったが、『くちづけ・第3話女同士』のラストのみの出演の経緯を
訊いておけばと悔やむ次第・・・。
さて、東京・池袋の新文芸坐で10/17~28まで上映されていた日本の刑事映画特集。
未見の4本を観てきた。以下。すべて白黒、シネスコ。
・『東京アンタッチャブル』(監督 村山新治、1962 東映)
・『東京アンタッチャブル 脱走』(監督 関川秀雄 1963 東映)
・『警視庁物語 深夜便130列車』(監督 飯塚増一 1960 東映)
・『七人の刑事 終着駅の女』(監督 若杉光夫 1965 日活)
管理者は邦画、洋画とも映画のジャンルとしては「ホームドラマ」「ミステリー」「ラブコメディ」などが好きなのだが、
今回観た4本の刑事映画は実に面白かった。古い映画にもかかわらずフィルム状態も良かった。
キネマ旬報やブルーリボンといった映画賞とは無縁の、当時量産されたいわゆる「プログラムピクチャー」だが、
とにかく良く出来ている。また1960年代の東京のロケーション風景も興味深い。
『東京アンタッチャブル』の2本は、主任刑事=三國連太郎、部下の刑事=高倉健、脱走犯=丹波哲郎、高倉健の恋人=三田佳子
が共通していて、どちらも基本的には脱走犯の丹波哲郎を三國、高倉らの刑事が追いかけるという展開で、
当然ながらスリルとサスペンスに満ちている。
三國、高倉共演というと、内田吐夢監督の『飢餓海峡』が何といっても印象的だが、この2本では先輩と後輩の刑事役。
管理者にとって東映の映画は、時代劇には好きな映画が結構あるが、60年代~70年代の任侠もの、実録ものは苦手だ。
高倉健は『飢餓海峡』の刑事役が好きなのだが、この2本の若い刑事役も気に入った。
晩年の渋い高倉健よりも、若くて元気のいい高倉健の演技の方が好みだ。はにかんだ笑顔も素敵だ。
若き三田佳子の清楚な美しさも凄い。
『東京アンタッチャブル 脱走』は1963年当時の八王子、立川、新宿、三河島、日暮里とロケーションも多く登場。
管理者も含めて昔の東京のロケーションマニアには、たまらなく魅力的な1本である。
川本三郎さんのエッセイを読んでいたので、前から観たかった『警視庁物語 深夜便130列車』。
見ごたえのある傑作だった。東京と大阪の各地でロケーションされていて、ストーリーも緻密で二転三転して実に面白い。
本作は80分の映画だ。とても80分の映画とは思えないテンポの良さだった。シナリオも演出も優れているのだろう。
アバンタイトルは、現在高層ビルのビジネス街になっている汐留にあった、貨物専用の「汐留駅」が紹介される。
日本映画で「汐留駅」の映像を観たのは記憶にない。初めて観たかもしれない。
トランクに詰められた若い女の死体が汐留駅の貨物保管場所で発見され物語が始まる。
本作はいわゆるスター俳優は出ていない。個性的な渋い脇役たちばかりだ。
神田隆、堀雄二(成瀬映画『銀座化粧』)、花澤徳衛、中山昭二などに加えて、
大阪府警の刑事役として加藤嘉、山茶花究など。
『十三人の刺客』や『大殺陣』などは<集団時代劇>と呼ばれるが、警視庁物語はいわば<集団刑事劇>である。
大阪のロケーションとして、天王寺駅、梅田駅、茶臼山や
向うに通天閣が見える「上町台地」あたり(川島映画『貸間あり』のロケ地近く)などが登場する。
画面は捜査本部の黒電話で話す、外に聞き込みをするシーンが圧倒的に多い。
派手なアクションシーンなどはほとんど無いが、地味な捜査がリアルに描かれていて(それも空振りも多い)
かえって新鮮である。
映画を観た時は気付かなかったが、後でネット検索で知ったのは、
映画の冒頭で大阪に出張する長田部長刑事(堀雄二)へ東京駅のホームまで息子が荷物を届ける。
野球帽をかぶった小学生くらいの男の子。
父親にこづかいをねだるこの小学生は住田知仁で、風間杜夫の子役時代とのこと。
もう1本の『七人の刑事 終着駅の女』。TBSの人気ドラマ『七人の刑事』の映画化だ。
本作は、冒頭に上野駅のホームで若い女の死体が見つかり・・・。
そこで本作のロケーションはほとんどが上野駅とアメ横、鶯谷のホテル街である。
刑事ものでほとんど1箇所がロケーションというのも珍しいように思う。製作予算が少なかったのかも。
上野駅やアメ横等での撮影はドキュメンタリータッチ、つまり「隠し撮り」で
シネスコの大きな画面を観ていて実際に当時の上野にいるような気分になった。
音楽の使用はほとんど無かったように記憶している。駅の雑踏などの現実音を効果的に使っている。
刑事は芦田伸介、菅原謙二、佐藤英夫、大滝秀司など。
残念ながらこの4本はDVD化されていないようだが、『警視庁物語』は本作も含め多シリーズ
がアマゾンプライムビデオで観れるようだ。
紹介した4本とも、最近の映画やドラマに多い(邦画だけでなく洋画も)、奇をてらった設定や
無理矢理複雑にしたストーリー展開、感情過多の台詞や演技とは対極にある。
犯罪を追及する映画としては実にシンプルなストーリー展開であるが、捜査手順や方法などの
ディテールが実にリアルに詳細に描かれている。
またところどころにユーモラスな台詞もはさみ観客を飽きさせない。
一言でいえば「映画作りのプロフェッショナル」である。
今の日本映画やテレビドラマは、この時代のプログラムピクチャーに学ぶことが多いように思う。
最後に、本HPにもたびたび名前を出させていただいている成瀬監督のお弟子さんの一人である
故・石田勝心監督の代表作『父ちゃんのポーが聞える』(1971 東宝)が、
有料のBSチャンネルの日本映画専門チャンネルで11/4 11:30-、11/19 17:00からの
2回放送される。未DVD化。
NEW 2019.10.16 祝! 成瀬映画と川島映画特集上映
トップページに紹介している東京・神保町シアター「没後50年 成瀬巳喜男の世界」。
11/9(土)~12/20(金)の上映期間と25の上映作品のみがアップされていて、時間等のスケジュールは
まだアップされていない。
全作品がDVD化されていて、NHKBSなどでの放送機会も多い小津映画や黒澤映画と比較すると、
成瀬映画はDVD化されている作品は少なく、最近やっと有料インターネット配信で少し観れる作品が増えた。
今回のような特集上映は成瀬映画をスクリーンで観る貴重な機会と言える。
今回の25作品の中で、「レアな上映作品」と言えるものを選んでみた。
もちろん成瀬映画に限らず映画は映画館で観るのが一番だが、25作品すべて観に行ける人は少ないだろう。
DVD化(レンタルでも視聴可能)作品、有料インターネット配信作品(管理者の確認は「U-NEXT」のみ=成瀬映画16作品配信)、
そしてユーチューブにアップされていてインターネット上で視聴可能な作品を除いた作品が「レアな上映作品」となる。
以下の8作品がそれに当てはまる。映画館上映作品リスト記載順。
☆は名画座の過去の成瀬特集でも上映機会の少ないと思われるもの。
・『乙女ごころ三人姉妹』
・『鰯雲』
・『旅役者』
☆『芝居道』
☆『お国と五平』
・『妻』
・『コタンの口笛』
・『歌行燈』→最近WOWOWで放送されたが・・・
ユーチューブにアップされている作品は、画像があまりよくなかったり、
字幕が入っているものもあるので、「準レアな上映作品」とすれば以下の8作品だ。
・『はたらく一家』
・『鶴八鶴次郎』
・『女の歴史』
・『銀座化粧』(以前DVD化されたが現在入手可能か不明)
・『女人哀愁』
・『石中先生行状記』
・『噂の娘』
・『夜ごとの夢』
一つ心配なのは上映のフィルムの状態だ。
古い映画に共通するが、ユーチューブにアップされている版の方が綺麗だったりすることもある。
特にカラー映画の退色(ピンクがかった画面)はかなりつらい思いをする。
管理者が最初に名画座(文芸座かラピュタ阿佐ヶ谷か並木座だったか)で観た時の
『鰯雲』『コタンの口笛』は退色が酷く、
その後日本映画専門チャンネル「成瀬巳喜男劇場」での放送でやっと綺麗なカラー画質で
観ることができた。
管理者は、成瀬映画特集が都内や地方で上映されているだけで、なんとなく幸せな気分
になってしまう。
何本かはスクリーンで久しぶりに観る作品もあるので、足を運びたいと思っている。
もう一つは、管理者が成瀬映画の次に好きな川島映画。
東京・新文芸坐で11/5(火)~11/16(土)まで12作品が特集上映される。
今日現在で新文芸坐のホームページには掲載されていないが
公式ツィッターに告知されている。
生誕100年記念として先日までCS「衛星劇場」で川島監督全作品のハイビジョン放送が
されていたので、管理者も東京映画、東宝、宝塚映画時代の作品を中心にブルーレイ録画した。
成瀬映画と同じく、川島映画もDVD化されているものは多くない。
日活及び大映の作品はすべてDVD化(一部はブルーレイも)されているが、
松竹、東京映画、東宝、宝塚映画の作品は一部しかDVD化されていない。(有料インターネット配信も無し)
成瀬映画と同じく、DVD化、有料インターネット配信、ユーチューブへのアップがされていない
「レア上映作品」は以下。
・『青べか物語』(11/6、11/15+『グラマ島の誘惑』)
・『人も歩けば』(11/7、11/11+『貸間あり』)
・『縞の背広の親分衆』(11/8、11/13+『喜劇とんかつ一代』)
・『喜劇 とんかつ一代』( 〃)
・『赤坂の姉妹より 夜の肌』(11/9、11/14+『花影』)
・『花影』(〃)
・『還って来た男』(11/12、11/16+『とんかつ大将』)
なお、DVD化されたことはあるが現在入手可能か不明な作品
『グラマ島の誘惑』と『とんかつ大将』の2本は「準レア作品」と言ってよいだろう。
ちなみにこれ以外の上映作品は
・『洲崎パラダイス 赤信号』+『幕末太陽傳』(11/5、11/10)
となっている。
個人的にはこれに加えて
・『天使も夢を見る』
・『明日は月給日』
・『東京マダムと大坂夫人』
・『女であること』
・『特急にっぽん』
・『箱根山』
などが入っていたら言うことなしだ。
全50作品のうちの12作品だが、上記の「レア上映」の要素を考慮したかは不明だが
素晴らしいセレクションと言える。さすが新文芸坐だ !
未見の人に絶対オススメなのは『青べか物語』と『人も歩けば』。
管理者の評価としては、川島映画の最高傑作は『青べか物語』であり、
最も好きな川島映画は『人も歩けば』である。
それ以外でも今回の上映作品は、川島映画の中でも粒揃いの傑作ばかりだ。
川島雄三特集は、12/7(土)から大阪の「シネ・ヌーボォ」でも予定されていて
こちらは30作品とのこと。ホームページにはまだ掲載されていないが、新文芸坐と同じく
公式ツィッターに告知されている。
成瀬映画には「芸道もの」と呼ばれる作品がある。
一番知られているのは『鶴八鶴次郎』や先日WOWOWで放送された『歌行燈』だろう。
それ以外にも『桃中軒雲右衛門』や『芝居道』がある。
それと清水宏の映画のようにほのぼのとしたコメディタッチの『旅役者』もそのジャンルに入るし、
弓道を描いた『三十三間堂通し矢物語』を加えてもいいかもしれない。
戦時中1944年の『芝居道』を、以前日本映画専門チャンネルで放送された「成瀬巳喜男劇場」
の時の録画DVDで再見した。久しぶりに観ていろいろと発見があった。
明治中期の大阪・道頓堀の芝居小屋を舞台として、
・長谷川一夫(人気役者の新蔵役)
・古川緑波(新蔵を育てた興行師の大和屋栄吉役)
・山田五十鈴(新蔵の恋人=女義太夫の花龍役)
・花井蘭子(栄吉の娘=お絹役)
・志村喬(栄吉の同業者でライバルの興行師=信濃屋善五郎)
など豪華なキャストである。
また、美術監督・中古智による芝居小屋の内部のセットや、芝居小屋のある道頓堀の
オープンセット(橋も再現)などの豪華さも見ごたえがある。戦時中によくあんな豪華なセットを
作れたと感心する。
本作は、落語でいえば典型的な「人情噺」であり、六代目の三遊亭圓生が語ってもぴったりの
内容だ。
本HPの作品評やネットにもいくつか紹介されているので、ストーリー紹介は省略するが、
今回気付いたのは「ラストの展開の素晴らしさ」だ。
東京に行って精進してきた長谷川一夫が、大阪の古川緑波の所に戻って来て
一時的に別れさせられた山田五十鈴とも再会する。
ラスト、長谷川と山田が楽しく会話している部屋に、古川緑波と娘役の花井蘭子が
入って来る。
・緑波「来月の狂言の企画を思いついたのだが・・・」
・長谷川、山田、花井「是非聞かせてほしい」
・夜空に打ち上げられた花火
・立ち上り、障子を開けて「綺麗」と花火を見上げる花井。皆で花火を見ている。
・緑波は長谷川に「役者の道は花火のように一瞬で消えてしまってはだめだぞ」と話す。
・緑波「ところで、来月の狂言だが」
ここで花井は、まるで観客にその話を聞かせないように、開いていた障子を閉める。
障子の真ん中が見えるようになっていて、緑波が長谷川と山田に話しかけているが
結局その狂言の演目が何かはわからない。芝居文字の中に「終」の文字。
幸福感に包まれ、余韻があって素晴らしい終わり方だ。こんな風なラストだったとはまったく記憶が無かったので驚いた。
管理者にとって、成瀬映画に限らず映画の評価の中で重要な要素が「ラストの展開やラストショット」だ。
嫌いなラストは「くどい」「説明的」「あざとい」と一言でいえば野暮ったい終わり方が×である。
好きなラストは「余韻がある」「切れ味のいい」など。センスがいいということにつきる。
これは落語ファンであることが影響している。落語のラスト=サゲにも優劣はあるが、
サゲの素晴らしい演目は、演目自体も好きなものが多い。
日本映画では市川崑、川島雄三、外国映画ではビリー・ワイルダー、アルフレッド・ヒッチコック、シドニー・ルメット
ルイ・マルなどの作品の終わり方は好きなものが多い。ビリー・ワイルダーのラストの台詞などはまるで落語のサゲのようだ。
その点、本作の終わり方は好みである。
成瀬映画や小津映画のラストは、非常にオーソドックスであって「程がいい」感じで終わる。
成瀬映画のラストで特に好きな作品を挙げれば、何といっても1位は『驟雨』。
最後の小林桂樹の台詞は、古典落語の名作のサゲを聴いているような、ユーモアと切れ味がある。
あとはオムニバス『くちづけ』の第三話「女同士」での高峰秀子の表情、
同じくオムニバスの『石中先生行行状記』第三話「干草ぐるまの巻」の三船敏郎と宮田重雄(石中先生)との会話、
『はたらく一家』『秀子の車掌さん』『旅役者』『山の音』『女が階段を上る時』『乱れる』などもいい。
成瀬映画では『めし』のラストは、原節子のナレーションが説明的で少しくどいように思う。
大阪に向かう列車の前の、町の喫茶店のシーン。
上原謙が「ああ、腹減った」といってすぐに「ああ、御免」と原節子に詫びる。それを聞いて笑う原節子。
(『めし』を観た方はわかると思うが、これは大阪の長屋での二人の喧嘩のシーンの台詞に伏線がある)
個人的な好みだが、ここで終わるともっと良かったように思える。
『妻』の高峰三枝子と上原謙の夫婦の交互のナレーションのラストも少しくどく感じるのだが・・・
話題は変わるが、エルトン・ジョンの伝記ミュージカル映画『ロケットマン』を観てきた。
管理者にとってエルトン・ジョンは「ユアソング」のシングル盤を買ったなどリアルタイムで
聴いていたロックミュージシャンなので、映画の中の曲はどれもなじみがあった。
酒、ドラッグなど内容はなかなか刺激的で少し重いのだが、エルトン・ジョンの曲が好きな方には楽しめる映画だろう。
今の映画はラストの終わり方といってもエンドロールが延々と続くので興覚めだ。
何故クレジットは映画の冒頭にしてラストをスパッと終わるようにしないのだろう。昔の映画のように。
一つ残念だったのは、個人的に一番好きで、歌詞も含めて最高の名曲だと思っている「フレンズ」(映画フレンズの主題曲)
が登場しなかったこと。聴いたことのない方はぜひユーチューブで検索して聴いてほしい。
ユーチューブには映画のタイトルバックでの曲の映像も観ることができる。
雑誌「キネマ旬報」で毎号楽しみにして読んでいるのが「2018年の森田芳光」。
これは昨年11月-12月の毎週土日に、池袋の新文芸坐で行われた森田芳光全作上映と
ライムスター宇多丸氏と三沢和子プロデューサー(森田芳光夫人)との上映後対談のうち
対談部分を文字おこしした連載で、現在の発売号は『おいしい結婚』(1991)を紹介している。
毎回1時間くらいの対談なので、毎号一つの作品に5-6ページが使われていて
森田作品の1本ずつの製作企画、撮影エピソード、見どころなどがかなり具体的に細かく
伝えられている。
管理者は森田作品をリアルタイムで観ているものも多いが、それでも観ているのは半分くらいだろうか。
この上映企画は興味があったのだが、結局一度も行けなかった。
ともかくこの連載を読むと森田作品、特に未見の作品を観たくなる。
映画を観たくなるというのは、映画評や対談で一番重要な目的だと考えるが
その意味でこの対談の連載は非常にいい。
ライムスター宇多丸氏のことは良く知らないのだが、森田芳光作品に関しての
深い知識と鋭い分析、作品や監督がいかに好きかということは伝わってくる。
管理者は「マニアック」とか「オタク」という言葉は嫌いだ。
要は「深い知識がありそれを自分の言葉で伝えられる」人だと思う。
未見の『おいしい結婚』はVHSで出ていたが、DVD化はされてないようだ。
以前、日本映画専門チャンネルで放送された録画(ハイビジョン放送→ブルーレイダビング)
を持っていたので、綺麗な画像で早速観た。
連載の対談を読んでいたこともあるが、実に面白い作品だった。
設定は小津映画の『秋日和』とほぼ一緒で、原節子→三田佳子、司葉子→斉藤由貴、
佐分利信、中村伸郎、北龍二のおやじトリオ→橋爪功、斎藤晴彦、小林稔侍、
佐田啓二→唐沢寿明。
ただしこれは設定だけで、三田はお洒落な質屋を営む女実業家(質屋の店員が若手時代の爆笑問題の二人)だし、
斉藤も同じ会社の恋人の唐沢にきついことを言う、いかにもバブル期のOLだ。
いつもホテルの室内プールで運動しているおやじトリオの3人は、小津映画の同トリオと比べると
情けないほど貫禄が無くて笑える。
森田作品には、監督の遊び心からだろうが、変わった職業や趣味が出てくる。
本作では『秋日和』には無かった設定で唐沢の父親が登場するが、
その父役の田中邦衛は「プールの設計士」である。
息子の結婚相手の母である三田と会話するのはほとんど自分が設計したプールサイドだ。
映画やドラマを含めて「プールの設計」をする人を初めて観た。
この田中邦衛は服装も決まっていてとてもダンディだ。かっこいい青大将という感じ。
斎藤と唐沢も「陸上同好会」のようなクラブに入っていて、斎藤は「円盤投げ」をやっている。
シチュエーションでも、唐沢が斎藤を連れてプロボースするのもどこかの普通のビルの外の階段で、
こういう演出も森田作品らしい。
斎藤といえば何といっても大森一樹の3部作(特に1本目の『恋する女たち』が傑作)なのだが、
本作のようなコメディタッチの作品の斎藤の演技はとにかく素晴らしい。
あざとい笑いではなく自然の可笑しみがある。
本作も含めて、森田作品が過去の日本映画の監督で誰に似ているかというと
やはり川島雄三ではないか。
シュールなコメディも撮れば、文芸作も撮る、実験作も撮る。そして作風がお洒落で都会的で、かつ軽い感じが似ている。
上記の変わった職業や趣味については、川島映画でも「クロレラの研究家」=『喜劇・とんかつ一代』の三木のり平、
「カジカの研究者」=『あした来る人』の三国連太郎など。
ただし、川島映画と森田映画の一番の違いは、場面転換のリズムではないか。
前のショットを生かしてつなぐような流麗な場面転換(これは成瀬映画にも共通)は
森田作品には少ない。
デビュー作の『の・ようなもの』から、場面転換のリズムを意図的に無視
した「ぶつ切り」のような場面転換が森田作品の特徴のように思える。
私が現在までに観ている森田作品はベスト5は
『それから』『(ハル)』『僕達急行 A列車で行こう』『の・ようなもの』『家族ゲーム』だ。
キネマ旬報の連載では今後の『(ハル)』の回が楽しみだ。
管理者が古い日本映画を観始めたのは、だいたい40数年前の高校生くらいの時からだ。
黒澤映画、溝口映画と観て、小津映画を観始めたのは17歳くらいからだろうか。
成瀬映画は少し遅れて30歳近くになってからだ。
しばらくして、10歳~20歳くらい年上の知人の方たちによく言われたのは、
「貴方はどうして若い(20代後半~30代前半)のに小津映画とか成瀬映画とか渋い映画が好きなのか」
ということだ。
そしてそこに付け加えられたのは「私(年上の知人)も若い頃は映画をたくさん観たけれど、
日本映画、特に小津映画や成瀬映画なんかは観ようと思わなかった。現実の貧しい日常を
淡々と描く日本映画などに興味が持てず、フレッド・アステアやジーン・ケリーのミュージカル
などを観に行っていた。夢があって楽しいもん」との言葉。数人に同様のことを言われた。実は最近も!
管理者自身もこの年上の知人の言葉は理解できる。私自身、ここ1-2年映画館で観た新作は
『ミッション・インポッシブルの最新作』『ゴジラ・キング・オブ・ザ・モンスターズ』
『メリー・ポピンズ リターンズ』など(もっとたくさんあるが)。
日本映画の新作では『新聞記者』しか観ていない。古い日本映画は相変わらず名画座等でたくさん観ている。
管理者にとっては小津映画や成瀬映画はもちろんリアルタイムではない。
5歳で『秋刀魚の味』(1963)、8歳で『女の中にいる他人』(1966)を観てたら逆に怖い。
当時は東宝や大映の怪獣映画に夢中だった。
小津映画、成瀬映画に出てくる日常の家庭生活は、生れる前、または小さい頃の
ほとんど記憶のない日常生活なので、ロケーションに登場する東京等の風景、ドラマの中で描かれる風習、
日本家屋に置かれた小道具、人物の台詞など、どれも興味深かったと言える。
小津映画や成瀬映画は何度観ても発見があり、
小津調、成瀬調の演出や台詞、芸達者な名優たちの演技に何度観ても「グッとくる」。
30年から40年間観続けていてもまだ飽きない。というより年を重ねるごとににますます好きになってしまうのが
管理者にとっての小津映画、成瀬映画+川島映画や市川(崑)映画だ。
(個人的には黒澤映画、溝口映画は飽きてしまったのだが)
さて、成瀬映画『妻の心』を再見して、私の年上の知人が言っていた
「日常生活の現実なんかを見せられて何が面白いのか」
の典型例をあるシーンに見つけてしまった。タイトルにある「日常のスケッチ」だ。
『妻の心』は、DVD化されたことがなく、また最近ネット配信されるようになった成瀬映画の中にも
入っていないので、未見の方が多いだろう。
井手俊郎のオリジナルシナリオ。
・群馬県の桐生市にある老舗の薬局「富田屋」が舞台。
・次男・信二(小林桂樹)と妻・喜代子(高峰秀子)が、信二の母・こう(三好栄子)から店を継いでいる。
二人は、裏の余った土地に副業として「喫茶店」を開業しようとしている。
・開業資金が必要だが、喜代子の友人・弓子(杉葉子)が一緒に住んでいる兄・健吉(三船敏郎)が銀行員なので
喜代子は健吉に相談する。
・そんな時に、家を出て東京の会社に勤めている長男・善一(千秋実)と妻・かほる(中北千枝子)が小さい娘と
ともに「富田屋」に戻って来る。善一は東京での生活が上手くいかず、実家に長居することになる。
そんな中のあるシーン。以下俳優名で。
・高峰秀子が部屋の箪笥の下の方の引き出しを開け閉めしている。
・義母の三好栄子が「どうしたんだい」と声をかける。
・「ここに入れておいた爪切りを探しているんですけど」と答える高峰。
・三好は、台所にいる中北千枝子に「爪切り知らない?」と訊く。
・部屋に来た中北は、箪笥の一番上の引き出しを開けて「はい」と高峰に爪切りを渡す。
・「そんなところに……随分探したのよ」と言う高峰。
・「前に、爪切りが出しっぱなしだったので」と答える。
・「そう」と高峰。縁側で爪を切っている小林桂樹のところに持っていく高峰。
・「どうしたんだい」と訊く小林に対して、「いつもと違う場所に置いてあったのよ」と不服そうに答える高峰。
この一連のやり取りは、ストーリーにはまったく関係のない、日常のスケッチの一つだ。
今回観て再認識したが、本作はこういう日常の些細なスケッチの描写が
フェードアウト、フェードインの編集によってテンポ良く流れていく。その映画のリズムが心地よい。
家庭劇が中心の成瀬映画には、家庭での日常生活が淡々と描かれることが多いが、
本作の「爪切り事件シーン」は、最も些細な、言い換えれば「どうでもいい」ナンバーワンシーン
と言えるかもしれない。管理者もこれまで本作を10回くらい観ているが初めて気づいたシーンだった。
しかし、これはタイトルの『妻の心』を的確に表した演出だろう。
長居をして、もしかしたらこのまま長男夫婦と娘がずっと一緒に住むようになったら
妻の立場はどうなるかといった、高峰の不安を見事に描いている。
もちろんそんな説明的な台詞は一切出てこない。
三好、高峰、中北、小林、千秋などの俳優たちの、家の中での視線のやり取りで
観客に自然に伝わってしまうのだ。
似たようなシチュエーションは、『娘・妻・母』の夫の事故死で実家に戻って来る原節子と
長男(森雅之)の妻の高峰秀子との微妙な関係でも描かれている。成瀬映画の得意な要素だ。
この爪切り事件は、管理者のような男からすると「あったんだからいいじゃないか」と考えてしまうが、
おそらく女性だと共感を持つことのようにも思える。
脚本が井手俊郎、演出が成瀬巳喜男という男性だちが、どうしてこういう繊細な女性の気持ちを描ける
のだろうと、感心してしまう。
今回再見して気付いたが、本作は成瀬映画の中でも代表的な「視線の映画」だ。
とにかく、登場人物がほとんど全員「視線のやり取り」の芝居をしている。もちろん成瀬監督の演出だろう。
これは何度も書いているが、『石中先生行状記』第三話と本作、成瀬映画2本に出演している
三船敏郎が素晴らしい。
地方都市の誠実で男気のある銀行員の役。スーツとネクタイ姿の三船も素敵だ。
高峰と公園の休憩所で雨宿りした時の、(お互いのほのかな恋心)を感じさせる二人の視線のやり取りと
外の土砂降りの雨のコントラスト。「喜代子さん」と言った後に何も言わない三船の演技がいい。
成瀬映画には雨のシーンが多いが、本作の高峰、三船のシーンは、『女の歴史』のラスト前の
高峰と星由里子の団地前の坂道での雨のシーンと並んだ、成瀬映画の名場面だ。
この1956年=昭和31年は、成瀬監督の絶頂期だと思われる。
『驟雨』『妻の心』そして『流れる』の傑作3本が撮られた年だ。
日常のスケッチではもう1本、成瀬映画以外で挙げたい作品がある。
市川崑監督の『幸福』(1981)。
管理者は市川崑監督の作品をこれまで64本しか観ていないのだが、
(『鹿鳴館』など未見の作品が10本くらいはある)
その中で『幸福』と『愛人』(1953)の2本が最高傑作と思っている。
『幸福』の中のシーン。父親の村上刑事の暮らすアパート。
母親は実家に帰ってしまい、小学生の娘と息子の3人暮らし。
・シャワーを浴び終わった村上刑事(水谷豊)のドアを開けて入って来る小学生の娘・信(永井英理)。
土の付いたジャガイモをそのまま洗濯機に入れて、そこに水を入れて洗う。
・朝食のシーン。トースターで焦げた食パンを皿に取り、バターナイフで焦げ目を取る娘の信。
それを見て、「線が太いなぁ、お前は」と言う父親の村上。
「お父さんみたいに、かっこつけてないだけよ」と言う信。
「おい、それどういう意味だ」と言う父親に対して何も答えない信。
これも、日常のスケッチ以外の何物でもないが、こういう何気ない日常のやり取りが
ラスト近くの感動的なシーンにつながっていく。
「かっこつけてないだけよ」という台詞は名台詞だと思う。深い!
本作はDVDが出ているので、未見の方には是非オススメしたい傑作映画だ。
どんなジャンルの映画(テレビドラマも)でも「日常のスケッチ」が上手く描かれているかが基本になると思う。
最初に、本HPの読者からは時々管理者へメールをいただくことがある。トップページに書いてあるアドレスにだ。
「ロケ地」について教えていただいた場合には、ハンドルネーム等の形で「・・さんからのご指摘で」と
各ロケ地紹介にこれまでも記述させてもらっている。
また、ロケ地やその他についての質問も多い。管理者もわかる範囲で回答するようにしている。
1か月くらい前にある方から映画『夫婦』に登場する祭りについての問い合わせがあった。
管理者は早速「確定ではないが、東京・池上本門寺の「お会式(おえしき)」に似ている。検索すると画像や動画もあるので
それも参考にしてほしい」と回答メールをしたのだが、スマホアドレスにメールは届かず戻ってきてしまった。
メールをいただくのは大歓迎だが、返信が届くアドレス設定で是非送っていたただくことをお願いする。
さて、トップページにも紹介したが、NHKBSプレミアムで7/31に放送された小津映画『東京暮色』デジタル修復版。
本エッセイにも何回か書いた作品だが、管理者が小津映画で最も評価をしたい映画であり、
これまでスクリーンやDVD、ブルーレイ等で何度観たかわからない。
管理者にとって「いい映画」「名作映画」とは、「何度観ても面白く、新たな発見がある映画」と考えているが。
『東京暮色』は正にそんな1本である。もちろん成瀬映画にもそのような名作は数多い。
あらためて観て今回も発見があった。台詞についてだ。
なお、管理者は小津映画のシナリオ集「小津安二郎全集(上下) 井上和男編 新書館」を
持っているのでそこから引用する。数字はシーンナンバー。脚本はもちろん小津安二郎と野田高梧。
(1)妊娠した杉山明子(有馬稲子)が、相手の男子学生・木村憲二(田浦正巳)と夕暮れの「浜離宮」で会話するシーン。
50 夕暮れ時 浜離宮
51 そこの堤
明子と憲二が二人とも考え込んでいる。
(中略)
憲二「でも、ほんとに僕の子かなあ」
明子、顔色が変る。
明子(睨みつけて)「あんたの子でなきゃ誰の子よ、ねぇ、誰の子だと思ってんの、
そんな事迄、あんた疑ってんの」
憲二「疑ってやしないけどさ」
(中略)
映画の後半にこれと同じような台詞が登場する。この二つのシーンの台詞がリンクしていることに今回初めて気づいた。
(2)明子(有馬稲子)は、五反田の麻雀屋の相島喜久子(山田五十鈴)の元を訪ね、
聞きたいことがあるからと呼び出す。喜久子は近くのおでん屋の座敷を借りてそこに明子を
連れて行く。座敷に座る二人。
明子は、小母さんが私のおかあさんよねと話し、喜久子もそれを認めてこれまでのことを謝罪する。
97 奥の住居(汚い部屋)
(中略)
明子「(略)あたしがお母さんに聞きたいのはそんなことじゃない! ねぇお母さん、あたし
一体誰の子よ」
喜久子「誰の子って、あんたあたしの子じゃないの?」
明子「嘘ッ! あたしは本当にお父さんの子なの?」
喜久子「-お父さんの子でなきゃ誰の子だと思ってんの? あんた、そんなことまであたしを疑うの?
そんなにお母さんが信じられないの?
……あなたがお父さんの子だってこと、誰の前でだって。それだけはお母さん立派に言えるのよ。
ねぇ、明ちゃん、そのことだけはお母さんを疑わないで、ねぇ、それだけは信じて、ねぇ、ねぇ」
明子、涙が溢れ、堪えられなくなって泣き入る。
台詞の引用で明白だが、有馬稲子演じる明子はこの二つのシーンで
立場を逆にした形で同じような内容の台詞を言っている。
計算しつくしたシナリオライティングだとあらためて感じた次第。
もう一つ、これは説明のみにする。
シーンナンバー78 二階。
・二階の部屋で布団を敷いて横になっている明子(有馬稲子)に対して、
姉の孝子(原節子)は、明子の状況(産婦人科病院で手術をしてきた)を知らずに
明子に話しかける。
叔母の重子(杉村春子)が昼間、明子の見合いの写真を持ってきたことを伝えると、
横になりながら「あたし、お嫁になんか行きたくない」と伝える。
孝子は自分たちの夫婦仲が悪いことを自嘲して、「あたしみたいになっても困るけど」
と言った後、「幸せなご夫婦だって沢山あるわ~あんたまだ若いんだし~どんな幸せが
来るかわからないわ~」と言って明子に語りかける。
それを遮るように、明子は「少し静かに寝かしとして-」と言い、孝子は階下へ降りていく。
このシーンの孝子役の原節子の台詞は、『晩春』のラスト近くの京都の旅館で
父親の笠智衆が嫁ぐ娘の原節子に言い聞かせる台詞とリンクしている。
ところが本作では、その『晩春』での感動的な父親と娘の会話の台詞を、
有馬稲子が「少し静かにして」との一言で中断させてしまう。
関連書籍の証言等を読むと、本作のシナリオ作成の過程において、
小津監督は乗っていたが、野田高梧は「俺はいやだね」と消極的だったらしい。
『晩春』での名シーンの台詞を否定的にとらえるようなこういうシーンも
野田高梧は気に入らなかったのかもしれない。
逆に小津監督はそのような新しい面を開拓したかったのではないか。
この二つの台詞の例は、同じような内容の台詞を二つのシーンでリンクさせ
人物の感情の変化を効果的に見せるシナリオ手法と言える。
小津映画は、絵画のような構図、独特の上品なユーモア、人物ショットの繰り返しのリズム、
こだわりの小道具の配置、独特の間、そして計算されつくした俳優たちへの抑えた演技の演出など、
魅力的な要素が数多くあるが、小津監督自身が野田高梧との共作で関わっているシナリオ、特に台詞
にも、まだ気付いていない魅力的な表現が多々あるように思われる。
ともかく小津映画はシナリオを読んでも面白く、台詞の独特の言い回しなどは特に勉強になる。
成瀬映画の台詞の魅力についてはまた書きたい。
NEW 2019.7.20 最近気になった台詞-川島映画-
古い映画から最近の映画まで、発表された映画シナリオを読むのが好きだ。
シナリオは映画の設計図だが、小説のように「普段あまり接しない言葉を駆使した、長々と続く風景描写や心理描写」
がほぼ無いので読みやすい。
映像を思い浮かべながらシナリオを読むのはなかなか楽しいものである。
雑誌「月刊シナリオ」が愛読書の一つだ。
シナリオといえばやはりメインは人物の台詞となる。
映画を観ていて気になる台詞は、予想外の単語や言い回し、共感できる内容だったりする。
逆に、説明的な台詞は頭の中をスルーしていくのでその場で記憶から消えていく。
残念だが、最近の日本映画には心に残る台詞が少ない。
現在、CS衛星劇場で放送されている川島雄三の生誕百年の全作放映は今月が最後。
3か月前からは、私が川島作品の中で最も好きで、高く評価している
「東宝時代」(東京映画、宝塚映画含む)の作品が、ハイビジョンの綺麗な映像で放送されている。
音もクリアーなので以前録画したDVDでは聞き取りにくかった台詞もはっきりと聞こえたりする。
あらためて晩年の東宝時代(1958-63)の川島映画を観ると、傑作ばかりでその充実ぶりに感嘆させられる。
封切当時の評価はともかくとして、ある時期の小津映画、成瀬映画、黒澤映画、溝口映画、今井(正)映画
などに匹敵するのではないか。
あくまで個人的な好みだが、東宝時代では唯一『グラマ島の誘惑』だけは乗れず、
また一般的に評価の高い大映時代の3作も、すべてラストだけは素晴らしいと思うのだが、
松竹時代、日活時代の作品にも多く見られる、川島流の都会的で粋な雰囲気やくだらないギャグが
ほとんどないのが不満である。要は作風が真面目でかたく、川島映画っぽくないのだ。
そんな東宝時代の川島映画を衛星劇場の放送であらためて観て、気になった台詞をいくつか。
映画からの採録。ストーリー説明はネット検索や関連書籍にて。
・『縞の背広の親分衆』(1961) 原作:八住利雄 脚色:柳沢類寿
◆「おおとり組」の姉さん・大島しま(淡島千景)と息子・良一(田浦正巳 大東京高速道路公団の技師)との会話。
良一は母・しまに向って、組の解散と、経営している料亭も手放すべきと伝えている。
淡島 :「とんでもない、圭助さんやジョー(注:フランキー堺)たちが、亡くなったお父さんのために
自分のことは考えずに、体を張っても「おおとり組」や「お狸さん(注:おおとり組の守り本尊)」
を守っていこうとしてるんじゃありませんか」
田浦: 「馬鹿なやつらだ。義理、人情、意地、任侠、犠牲。そんなことで戦争が起こり、大事な人物が暗殺され
鉄道や道路が曲げられるんですよ」
喜劇の中に突然登場する、考えさせられる台詞。「大事な人物が暗殺され」というフレーズが渋い!
60年代中盤から東映で数多く製作された任侠映画を予感させるような・・・
・『喜劇 とんかつ一代』(1963) 原作:八住利雄 脚色:柳沢類寿
◆クロレラ研究家の遠山復二(三木のり平)と妻・琴江(池内淳子)のところへ、琴江の母・おくめ(木暮実千代)
がやってくる。クロレラについて「こんなドブ掃除のカスみたいなもの食べてて、栄養の方は大丈夫なの」
と娘の身体を心配するおくめに対して、クロレラの効能について熱心に語る復二。その後の台詞
三木: 「(中略)それにですね、人類が動物や植物を食用にしているあいだはですね、
弱肉強食の闘争本能が無くならなくて、戦争から解放されないわけですね」
本作は、川島映画はこれ1本だけの三木のり平とクロレラが強烈な印象を残すのだが、
クロレラにこのような意味を持たせていたのかと。この台詞は早口でもあり記憶の中でスルーしていた。
原作、脚色が同じ前述の『縞の背広の親分衆」の台詞にも「戦争」という言葉が登場しているのは
偶然だろうか。
・『青べか物語』(1962) 原作:山本周五郎 脚色:新藤兼人
◆映画の後半、老船長(左ト全)の住んでいる蒸気船を訪れる前の先生(森繁久彌)のナレーション。
岡崎宏三撮影による旧江戸川の夕暮れの美しい映像を背景に。
ナレーション :「(中略)すべてが非現実的だ。古びた蒸気船の廃船があることや、そこに老船長が
そのまま住んでいることさえ、何か私の存在をかき消すように思われる(中略)」
川島雄三は「自作を語る」の中で、本作について「(中略)それと、ここで子供の時分から影響を受けたジャン=ポール・サルトル氏
の「ラ・ノージー」、即ち「嘔吐」の主人公、アントワーヌ・ロカンタンをこの「青べか物語」の主人公にすることで、
かろうじて何かを支えられるのではないかと思いました(中略)」と語っている。
これは最初に読んだ時に「山本周五郎の自伝的小説にサルトルかよ」と不思議な気分になったが、
このナレーションは、確かにサルトルっぽい言葉に思える。「青べか物語」原作にあるかはまだ調べていないのだが。
私が一番好きな川島映画は何といっても『人も歩けば』(1960)なのだが(『箱根山』も同じくらい好き)、
作品としての最高作は本作『青べか物語』だと思っている。成瀬映画でいえば、一番好きなのが『驟雨』、最高作は『流れる』だ。
衛星劇場のハイビジョンの美しいカラー映像をあらためて観て、特に人のいないさびれた海岸と海のくすんだ色調が
本作から4年後のフランス映画『男と女』(クロード・ルルーシュ監督)に似ていると感じた。
日本映画というよりヨーロッパ映画の映像を想起させられる。
・『箱根山』(1962) 原作:獅子文六 脚色:井手俊郎、川島雄三
◆映画の冒頭のアバンタイトルの公聴会のシーンの後、箱根山のタイトル。
タイトルバックの実写で「西郊鉄道=西武鉄道がモデル・傘下の函豆交通=伊豆箱根鉄道がモデル」と
「南部急行=小田急がモデル・傘下の箱根横断鉄道=箱根登山鉄道がモデル」との箱根の観光開発競争が
テンポのいいショット展開と不安げな音楽(池野成)、中島そのみと小池朝雄の早口ナレーションで語られる。
「こうして箱根山の喧嘩は、この先いつまで続いていくのでしょうか」の二人一緒のナレーション。
画面は、監督川島雄三の文字と芦ノ湖の湖水に広がる複数の水の放物線(=続くショットを暗示?)。
本編が始まる、続くショットでは、芦ノ湖を見下ろす道路工事現場で立小便中の
氏田観光(藤田観光がモデル)社長役・北条一角(東野英治郎の顔のアップ。その時の台詞。
東野 :「くだらん、同じ場所で競争するなんて、資本主義の1年生だ」
物語はこの後、足刈温泉(=箱根・芦の湯温泉がモデル)」の老舗旅館「玉屋(松坂屋がモデル)」「若松屋(きのくにやがモデル)」
の意地とプライドの張り合いをからめていく。
「玉屋」の番頭・乙夫役の加山雄三と「若松屋」の一人娘・明日子役の星由里子の若大将コンビの二人がとにかく魅力的。
生前の星さんに成瀬監督の会でお会いした時に『箱根山』の撮影エピソードを訊ねたが
「まだ子供だったのでよく覚えていない」の一言で終わった。本作の女子高生役の星さんは本当にキュートだ。
成瀬映画や小津映画などの気になった台詞はまたの機会に。
今回から「である」調に。
話題の日本映画『新聞記者』(監督 藤井道人)を封切り日に観てきた。
現在公開中の映画なので内容の詳細は伏せるが、個人的にはこの種の社会派、政治サスペンスのジャンル映画は好きだし、
(洋画だとシドニー・ルメット監督作品など)またジャーナリストの世界を描いた映画も好みだ。
本作はなかなかの秀作だと思った。
最近の日本映画や特にテレビドラマに多い、やたら泣き叫ぶような感情過多で説明的な台詞やくどい演技が苦手だ。
成瀬映画や小津映画の、わかりやすい喜怒哀楽を出さない、抑制的な演技にどっぷりとつかっているからだろう。
その点本作は映像、音楽、俳優の芝居など、全体的に抑制的でクールな感じでそれも良かった。
市川崑監督の言葉ではないが「光と影」を強調した照明も効果的。。
内容もフィクションとノンフィクションが交錯しているような展開で面白い。
現代の状況を考えさせられるいい日本映画だ。
一つだけ残念だったのは、ラストの展開が少し長いこと。
市川崑監督や川島雄三監督そしてビリー・ワイルダー監督の映画によく見られる
<唐突に終わるラスト>を「センスのいい映画」と考えている映画マニアの一人としては、
本作のラストは、もう少し手前の台詞で終わっていれば個人的な評価はもっと高かった。
新聞社が舞台となった有名な『クライマーズ・ハイ』(原田眞人監督)も、映画自体はすごく緊迫感があって、
新聞社の編集局のリアル感も素晴らしかったのだが、説明的なラストにかなりがっかりしたことを記憶している。
落語が好きなことが影響しているのか、私は落語のサゲのように切れ味鋭くスパッと終わる映画に魅せられる傾向が強い。
関連して前にも書いたが、映画が終わってから延々と続くエンドクレジットはやめて、昔の映画のように最初にスタッフキャスト
クレジットを持ってくるべきだというのが持論だ。
とはいえ日本映画の新作としては、久しぶりにガツンと来る面白い映画で、是非映画館で観ることをオススメしたい。
インターネット記事等によると平日でもかなり混んでいるようだが・・・
さて、新聞記者やジャーナリズムについて少し視点を変えた内容を書く。
映画を観ながら思ったのは「そういえば成瀬映画や小津映画に新聞記者が登場する作品はあったかな」だった。
成瀬映画には、冒頭から新聞記者が登場する映画があった。『鰯雲(いわしぐも)』(1958)だ。
大川(木村功)は新聞社の厚木支局に赴任してきた新聞記者。
映画の冒頭部分は、農家の暮らしについて、大川が農家の嫁である八重(淡島千景)に取材している場面だ。
その後、八重が大川を自転車に乗せて新聞社の通信部へ送っていく。
看板には「*洋新聞社 厚木通信部」とある。*の文字は画面では暗くなっていて読めない。
それ以外の成瀬映画だが、『歌行燈』(1943)では和室に待機している複数の新聞記者が登場する。
また『浦島太郎の後裔』(1946)では高峰秀子が新人の新聞記者、高峰の叔母役・杉村春子が
女性雑誌の編集者を演じている。思いつくのはそれくらいだ。
小津映画。私は戦後の小津映画はすべて観ているし、戦前のサイレント映画では未見の作品も
あるのだが、少なくとも戦後の小津映画に新聞記者が登場する作品は記憶がない。
新聞記者が登場するようなストーリーの作品が無いとも言える。
今回調べてみたら、松竹蒲田時代のサイレント『お嬢さん』(1930)は、新聞社が舞台。
原作・脚色は北村小松、主役が新聞記者役の栗島すみ子、岡田時彦、斎藤達雄だ。
ただしネガ、プリントとも消失している。残念。
シナリオは書籍「小津安二郎全集 上 井上和男編 新書館」のP225-236で読むことが可能だ。
川島映画は、思いつくまま挙げてもデビュー作の『還って来た男』(1944)、『明日は月給日』(1952)、
『新東京行進曲』(1953)(新聞社がメイン舞台の一つ)、『銀座二十四帖』(1955)、
『飢える魂』『続・飢える魂」(1956)(雑誌社)、『接吻泥棒』(1960)(雑誌社)、
『赤坂の姉妹より 夜の肌』(1960)、『箱根山』(1962)など。まだあるかもしれない。
川島監督はお兄さんが朝日新聞記者だったそうで、明治大学の学生の頃東京に一緒に住んでいたらしい。
そんな影響もあったのかもしれない。
次に、映画に登場する新聞社名について。
日本映画に架空の新聞社や新聞紙面が登場する映画はたくさんあるが(事件記者のような映画も)、
一番ポピュラーなのは「毎朝新聞」だろう。映画に出てくる新聞社と言えば「毎朝新聞」である
ちなみに冒頭に紹介した『新聞記者』に登場する新聞社は「東都新聞」。
過去の日本映画に登場していそうな名前だ。
そんな中、映画の中に登場する新聞紙面が実名だった映画がある。
これも本エッセイで前に書いたと思うが、黒澤明監督『天国と地獄』(1963)。
インターン生・竹内(山崎努)のアパートの部屋で、山崎努が買ってきた新聞を部屋で広げるシーンは2つある。
ここでは「毎朝新聞」といった名前でなく、記事の上のクレジットに
「毎日新聞」「サンケイ新聞(現在は産経新聞)」「神奈川新聞」の文字が画面にはっきりと映る。
ブルーレイやDVDで観ても確認できる。
もちろん映画の誘拐事件に関する記事や写真は架空のものだが、ドキュメンタリー映画を除いて
実際の新聞名を使用しているのはこの映画以外観たことがない。
そして、黒澤映画に関しての書籍やスタッフ、キャストのインタビュー本も、私は相当目を通しているが
この件について書かれたものは読んだことがない。誰かが書いている資料があれば是非メールでご教示願う。
これは黒澤監督の指示なのか、それとも先回りして助監督や美術スタッフが新聞社に交渉したのか不明だ。
いずれにしても無断使用は考えられないので、各新聞社に交渉してのことだろう。
新聞社側も「映画に使用される宣伝効果」くらいに考えていたのかもしれない。
『天国と地獄』は横浜や湘南のロケ場所や、警察の捜査方法なども綿密に取材してリアルさを追及しているので、
確かにこの新聞紙面に「毎朝新聞」と書かれていたら、観客の集中力がそがれる可能性はある。
『天国と地獄』は黒澤映画の中で『赤ひげ』に次いで好きな映画だが、有名なこだま車中からの身代金のシーン
などの数々の名場面と並んで、この新聞紙面の使用は「さすが黒澤映画」と感心した。
最後に、新聞記者の登場する映画(アメリカ映画)の中の気に入った言葉を紹介する。
今年亡くなったドリス・ディとクラーク・ゲーブルの主演の映画
『Teacher's Pet(先生のお気に入り)』(ジョージ・シートン監督 1958)。
映画のストーリー等に関してはネット検索してもらうとして、
この映画の後半にクラーク・ゲーブル(ニューヨーク・クロニクル社の記者=社会部長)が
ジャーナリズム論を社会人に教えている教授=ドリス・ディの部屋を訪ねた時に、
思わず手に取った写真たてに書かれている言葉。
これは、ドリス・ディ演じる教授の父親=伝説的な新聞記者、ジャーナリストが残したという設定である。
以下映画(DVD)画面に出てくるものを採録。
「If you want to sell papers tomorrow, try deceit. ~
If you want to sell papers ten years from tomorrow, try honesty・・・・・」
(映画字幕: 明日 新聞を売るなら嘘を書け 10年間 新聞を売るなら真実を書け)
この言葉は、この映画用に作ったものなのか、
または実際のジャーナリストがこの映画以前に言った言葉なのかは不明だが、
インターネット時代の現在の「フェイクニュース」や「SNSの見出しや内容」等、
冒頭の『新聞記者』でも重要なファクターとなるメディアやインターネット、SNSを使った
情報(または諜報)戦を考えると、
約60年前の映画に出てくるこの言葉はそのまま現代のメディアやSNSの世界にも当てはまる「名言」だ。
『Teacher's Pet(先生のお気に入り)』は、社会派でもサスペンス映画でもなく、お洒落なラブコメディ映画なのだが、
新聞記者やジャーナリズムを描いた映画では個人的に一番好きな映画だ。DVD化はされている。
洋画、邦画とも未見の旧作にどうしても関心がいってしまいます。
といっても数は少ないですが、新作映画を観に行くこともあります。
今年に入って観た新作映画は、残念ながら邦画は1本も無くすべて洋画です。
私の観た数少ない新作映画で、今年観て一番良かったのは
『メリー・ポピンズ リターンズ』です。
有名な『メリー・ポピンズ』(1966)の続編ですが、オリジナルよりも続編の方が良かった。
私はアニメーションはほとんど観ないので、ディズニー作品も数えるほどしか観ていませんが
本作と、数年前に観た『メリー・ポピンズ』の制作秘話の『ウォルト・ディズニーの約束』は
とても好きな映画です。
オリジナルのジュリー・アンドリュースと比較すると本作のエミリー・ブラントは
少しクールで突き放した感じがあって、そこが魅力でした。
またオリジナルには有名な楽曲がありますが、本作の音楽や唄もとても素敵でした。
ユーチューブなどでも一部見られますが、映画の冒頭で汚れた子供たちを
ポピンズがバスタブに入れると、海の中に落ちていき海中を歌いながら泳ぐのは名シーンです。
3人の子供たちの一人、女の子は少し大人びたいわゆる「おしゃまな」女子ですが、
どことなく『ぺーパームーン』の時のテータム・オニールに似ていて、仕草や台詞がキュートです。
本作はすでにブルーレイやDVDも出ていて、U-NEXTなどのネット配信でも有料視聴可能なので
未見の方にはオススメです。愉しい気分になれます。
その他観た映画は
・『グリーンブック』
・『アガサ・クリスティ ねじれた家』
・『記者たち』
・『マイ・ブックショップ』
・『ローマ』
・『ビル・エヴァンス タイム・リメンバード』(ジャズドキュメンタリー)
・『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』
どれもいい映画で高評価をつけたいと思いますが、1本だけ『ローマ』だけはダメでした。
SNS等の書き込みには「成瀬映画に似ている」というのがあり、期待して観に行きました。
モノクロ映像は綺麗ですが、長回し+リズムやテンポが良くない135分の映画なので、退屈でした。
日本映画であれば溝口映画の方に似ていると思った次第。少なくとも成瀬映画の雰囲気は無いです。
個人的にはどうしてあんなに評価が高いのか不明。
『ビル・エヴァンス・・』は、40年以上のジャズファンとしては観に行かなくてはと。
インタビューで私の最も敬愛するジャズギタリスト(一度青山のブルーノートでの演奏の後、握手してもらったことがある)
のジム・ホール、そして現代の中堅のジャズピアニストで私が大好きなビル・チャーラップとエリック・リードが
エヴァンスについて語る場面は、グッときました。編集のテンポが良く、素晴らしい音楽ドキュメンタリー映画でした。
映画を観終わって、久しぶりにビル・エヴァンスのCDを聴いてみたくなりました。
現在も公開中の『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』。
これも東宝『三大怪獣 地球最大の決戦』(1964)を当時小学校1年の6歳時にリアルタイムで観た
怪獣映画世代としては、キングギドラ、ラドン、モスラの登場する本作も観に行かねばならない映画でした。
今は映画の感想はネットやSNSに多く書き込まれるので、そこに多く投稿されたものとほぼ同じなのですが、
この種の映画によく描かれる「家族を守るために戦う」や「家族を必ず救ってみせる」といった人間ドラマが良くない。
『シン・ゴジラ』が良かったのは、そういうワンパターンの家族ドラマの要素が非常に少なかった点にも
あると思います。ハリウッドの本作は、前作の『ゴジラ』にもあった陳腐な家族ドラマが残念でした。
しかし、本作は映画が始まってすぐに怪獣が登場するし、バトルシーンは迫力満点でその点では大満足でした。
ラストのクレジットタイトルに、『ゴジラ』や『モスラ』のテーマ曲が、独特のアレンジで流れてきた時は
少しジーンとしてしまいました。
成瀬監督のゆかりの会で、『三大怪獣 地球最大の決戦』の主演の夏木陽介さん、星由里子さんと
成瀬映画のことを話しながら、ちょいちょい『三大怪獣 地球最大の決戦』『モスラ対ゴジラ』の話
もさせてもらったのがいい思い出です。
最後に6/28から公開の日本映画『新聞記者』は面白そうなので観に行きたいと思っています。
私が高校生の頃の1970年代半ばには、成瀬監督の弟子の山本薩夫監督『金環食』『不毛地帯』
などの緊迫感のある社会派の政治エンターティメント映画があり、洋画でもジャーナリズムを描いた
社会派映画が沢山あるのに、日本では久しぶりのジャンルではないかと。
5月15日に杉葉子さんが亡くなりました。90歳。昭和に活躍した女優さんがまた亡くなってしまい寂しい限りです。
ご冥福をお祈りいたします。
私は少しだけ面識がありましたので、思い出としてそのことを少し書きます。
杉さんと初めてお会いしたのは、今から20年前の1999年。
この年は『青い山脈』公開の50周年という記念の年で、当時米国に住まわれていた杉さんも帰国され、
様々なイベントに登壇されていました。
その一つが新宿で行われた朝日カルチャーセンターでの「青い山脈50年」という講演。
新聞記事を見て申し込みました。
講演が終わった後、勇気を出して楽屋に行って話をしたところ、成瀬映画の好きな若いあんちゃんが珍しかったのか、
気さくに対応していただき、その時に、今は無い千石・三百人劇場でやっていた成瀬監督特集のチラシを渡して
「杉さんの主役の『夫婦』はソフト化されていないし貴重な上映機会なので、もしお時間のご都合がつけば是非」
とお誘いしました。
杉さんは、「『夫婦』の上映日時は、上海にいた時の女学校のお友達たちと会う予定がありますが、
変更できれば是非伺いたい。『夫婦』は非常に思い出深い映画なので」とおっしゃって、当日4-5人の
お友達と一緒に三百人劇場へいらっしゃいました。
そして、一緒に映画を観たのですが、杉さんは映画の(確か)上映前に、三百人劇場の方から急遽言われて舞台で一言挨拶をされました。
観客たちは拍手喝采でした。
映画が終わって「一緒にお茶を飲みに行きましょう」ということになり、杉さんとお友達の皆さんと私で
三百人劇場の近くの喫茶店に入りました。
最初に、お友達の一人の方が「杉さん、今日の映画なんだけど」と話しかけたところ、
杉さんから「その話は彼の方が詳しいので、彼に訊いてください」とのこと。
私の方から『夫婦』が昭和28年の映画でと説明したところ、
お友達の一人が「あなたはその時おいくつだったの」と訊かれたので、
「私は昭和33年生まれなので生まれる5年前です」と答えると、
杉さんも含めて全員が「まぁ」というような反応をされたと記憶しています。
どうしてこの若い(当時40歳くらい)あんちゃんが、生まれる前の成瀬映画についてそんなに詳しいのだということでしょう。
杉さんとは後日、宿泊先のニューオータニのカフェでも話をしたり、その後は米国からのメールのやり取りや
日本に帰国中は電話で交流があり、成瀬監督生誕100年の2005年には、私が関わった成瀬監督本2冊も贈呈し、
とても喜んでいただきました。私も『青い山脈』50周年記念テレカをサイン入りの袋と一緒にいただき
これは今でも大切に持っています。もちろんツーショット写真も。
杉さんはまず成瀬映画となります。成瀬映画を観始めた頃から長身で都会的な雰囲気の杉さんは一目で気に入りました。
上原謙の妻役の『夫婦』が代表作ですが、美しさでは山村聰の秘書役で出演された『山の音』が一番かと。
その他、『石中先生行状記』第二話「仲たがいの巻」での池部良の恋人役、『めし』では原節子の妹役、
『妻の心』では高峰秀子の女学校時代の友人であり三船敏郎の妹役。
トップページにも書きましたが、久我美子主演の『春の目ざめ』では女学校の身体検査のシーンで2-3秒出演されています。
また、オムニバスの『くちづけ』の第一話「くちづけ」(筧正則監督)にはヒロインの青山京子の姉役で出演。
前述の1999年の杉さんとニューオータニのカフェでお話しした時は、その直前に三百人劇場で観た『くちづけ』の話
をしたのですが、「その映画は覚えていない。どんな役でした?」と訊かれたので、観たばかりの映画について
詳しく語ってあげたこともありました。
なお、杉さんが主に成瀬映画について語ったインタビューは、書籍「成瀬巳喜男演出術」(村川英編 ワイズ出版 1997)
のP65-76に掲載されています。上記『春の目ざめ』のエピソードも最初に語られています。
『青い山脈』(49)は私も好きな映画ですが、杉さんはまだ若々しくて、演技も未熟の感じです。
東宝入社間もないので当然ですが。この映画では原節子の先生がやはり魅力です。
『晩春』と同年の映画で原節子は本当に美しいし、台詞の内容もとても素敵です。
『青い山脈』撮影時の話もいろいろと話していただきました。
成瀬映画以外では、何といっても市川崑監督の映画、特に『結婚行進曲』(51)の上原謙の部下で営業ウーマン、
そして伊豆肇の恋人役のカナ子さん役が好きです。速い台詞を「マシンガントーク」とも言いますが
本作の杉さんの台詞はおそらく日本映画史上一番スピーディではないか。あの台詞の速さは凄すぎます!
市川崑監督が俳優に「台詞をもっと速く」と指示していて、スタッフ(本作のスクリプターは黒澤映画で有名な野上照代)
がストップウォッチを持って台詞の時間を計っていたとは、杉さんから直接聞いた話です。
同時期の『天晴一番手柄 青春銭形平次』(53)で若き銭形平次(大谷友右衛門)の隣に住む「とうふ屋」の娘・お静役
の杉さんも素敵です。市川作品にはその他『ラッキーさん』(52)『プーサン』(53)にも出演されていますが、
杉さんご本人も市川崑監督作品でのコミカルな役どころをとても気に入ってたと話していました。
その他、『丘は花ざかり』(千葉泰樹監督 52)、『月は上りぬ』(田中絹代監督 55)も私が好きな杉さん出演作です。
どこかの名画座で成瀬映画も含めて杉さんの追悼特集上映をやってくれませんかね。
前述『春の目ざめ』の身体検査シーンの画面写真(真ん中の女学生が杉葉子さん)
アメリカの女優のドリス・ディと日本を代表する女優の一人、京マチ子が亡くなりました。
お二人とも90歳半ばなので、よく生きたということでしょう。ご冥福をお祈りします。
メディアやインターネットニュースでは、映画人が亡くなると当然ながら一番有名な代表作が紹介されます。
今回でいえば、ドリス・デイは「ケセラセラ」の唄で有名なヒッチコック監督『知りすぎていた男』、
京マチ子は、ベネチア映画祭グランプリの黒澤映画『羅生門』です。
映画マニアの私としては、ドリスデイは何といっても『先生のお気に入り』(Teacher's pet)。
同名の主題歌も有名。ジョージ・シートン監督。この邦題もいいですね。
この映画は、ニューヨークの架空の新聞社のたたき上げの社会部長=クラーク・ゲーブルと、
高名なジャーナリストの娘で、夜間に社会人にジャーナリズム学を教えている教授役のドリス・ディの
ラブコメディですが、今のアメリカ映画には見られない、良き時代の「上品で、ウィットに富んだ、都会的な」
ロマンティックな愉しい映画です。ドリス・ディの健康的な色気がなんといっても魅力です。。
この映画はDVD化されているので、未見の方にはオススメ。
題材は異なりますが、成瀬映画や川島映画に共通するテンポとリズムを持った、お洒落なラブコメディです。
ユーモラスなクラーク・ゲーブルの演技も見どころ。
京マチ子で私が好きな映画は
・『あにいもうと』(成瀬巳喜男監督)
・『穴』(市川崑監督)
・『浮草』(小津安二郎監督)
・『沈丁花』(千葉泰樹監督)
あたりです。
山本薩夫監督の『華麗なる一族』『金環食』あたりも。
現在、「衛星劇場」では東宝時代(東宝、東京映画、宝塚映画)の川島雄三作品をハイビジョン放送しています。
私は、51本(松竹時代の『相惚れトコトン同志』のみネガプリントとも消失のため未見)の川島映画の中では
何と言っても東宝時代を一番評価しています。
唯一『グラマ島の誘惑』だけは好みではないのですが、
東宝時代の川島作品はすべて面白い。傑作ばかりです。
先日放送を録画して観た『縞の背広の親分衆』。久しぶりに観ましたがこれがまた面白かった。
川島雄三は、松竹時代から本格的な文芸映画、風俗映画、都会的なラブコメディ、スラプスティックコメディなど
本当に様々なジャンルの映画を撮っていますが、東宝時代には喜劇色の強い5本の映画を撮っています。
それは
『人も歩けば』
『接吻泥棒』
『縞の背広の親分衆』
『特急にっぽん』
『喜劇 とんかつ一代』
です。
この5本は、今の言葉でいえば「オフビート感覚」というか、「ゆるい笑い」に満ちています。
同時期に大映で撮った作品『女は二度生まれる』『雁の寺』『しとやかな獣』の3本が少し重く暗いトーンで、
映画として完成度が高いことは認めますし、若尾文子が魅力的なのは言うまでもないですが、
それでも私はあまり好きではありません。
この3本を観ていつも思うことは、大映ということもあり、川島作品ではなく増村保造作品ではないかと
錯覚してしまうことです。
『妻は告白する』『青空娘』『巨人と玩具』『偽大学生』『黒の超特急』『陸軍中野学校』など
増村映画にも好きな作品が多いですが、この3本は川島映画としてあまりに「真面目過ぎる」感じがあって
どうしてもあまり好きになれません。
一方『縞の背広の親分衆』は、任侠映画のパロディのような映画で、脚本が柳沢類寿なので
ともかくくだらないギャグが多い。ちょい役だが、渥美清や愛川欽也も出演しています。
笑いというのは最も個人の趣味嗜好、さらに言えば教養に関わるものだと思うので、ある人にとっては
まったく面白くないということも考えられますが、私は川島映画によく登場するくだらないギャグを愛しています。
本作でも、ラスト近くにこんなのが。
・おおとり組(淡島千景、森繁久彌、フランキー堺、団令子、田浦正巳など)へ届いた「果たし状」。
対立する風月組(有島一郎、ジェリー藤尾、堺左千夫など)から郵便で届くが、料金不足で淡島千景が
郵便局員に不足分を支払う。
果たし状を郵便で送るというのも任侠映画では無いだろうし、料金不足というのがともかく可笑しい。
それから、気付いたのは川島映画によく登場する「くだらない歌詞の唄」!
森繁久彌が、おおとり組の再興資金を稼ごうと働く百貨店の名前が「象屋百貨店」(ありそうな名前!)
画面には社歌と思われる歌詞が女性コーラスで唄われる。
♪象屋(ぞうや)、象屋(ぞうや)、エーレファント♪
『特急にっぽん』にもくだらない歌詞が登場します。これはCMソングの設定。
・熱海から乗車してきたヤエ子(中島そのみ)はイビキをかいて熟睡している実業家の岸和田(小沢栄太郎)の隣に座る。
起きた小沢栄太郎と会話するが、中島そのみは風船ガムをふくらませる。「ガムいかが」とガムを差し出す中島そのみに対して、
「さくらガムですな。私は実は・・」と名刺を出す小沢栄太郎。彼はさくらガムの社長だ。なんという偶然か。
中島そのみが突然小声で唄いだす。「♪さっさ、さくら、さくらガム♪」、すると隣の小沢栄太郎も一緒に唄い出す。
「♪さくら咲く春、恋の味♪」「♪チュッチュッ、チューインガム、さくらガム♪」。
原作:獅子文六、脚色:笠原良三ですが、おそらく川島監督本人かスタッフあたりが考えたのではと推察します。
よくこんなくだらない歌詞を考え付くと、ほとほと感心してしまいます。
『喜劇 とんかつ一代』では、森繁久彌が唄う主題歌の「とんかつの唄」。
これは作詞:佐藤一郎、作曲:松井八郎による名曲ですね。
1番「♪とんかつの油のにじむ 接吻をしようよ♪」
3番「♪とんかつが喰えなくなったら 死んでしまいたい♪」
本作では何といっても川島映画これ1本の、クロレラ研究家・三木のり平が弾けています。
成瀬特集最終日の3/22に新文芸坐に行き、『女の座』の夕方の回を観てきました。
平日なのでそれほど混雑はしていませんでした。
『女の歴史』も観たかったのですが、時間の関係で今回はパスしました。
久々に大きなスクリーンで観ましたが、でかい画面だと細かい部分が見えて発見があります。
例えば、本作で青山(夏木陽介)と初めて会った夏子(司葉子)と彼を紹介した雪子(星由里子)
が夜道を歩きながら青山評をするシーン。ここで歩く二人の横に映画のポスターが一瞬映りますが、
1961年公開の『二人の息子』(千葉泰樹監督 東宝)のポスターでした。
プリント状態はそれほど悪くなかったのですが、ところどころ台詞が切れるところがあり
少し残念でした。昨年小津4Kを観ているので余計にそれを感じた次第で。
成瀬4Kは今のところ『浮雲』1本のようですが、もっと多くの成瀬作品が4K化されてほしい。
『女の座』はこれまで何回観たかわかりませんが、客の夏木陽介が小林桂樹の経営するラーメン屋
の厨房で、誰もいないので仕方なく自分でらーめんを作るところと、
若い浮気相手と別れて妻の三益愛子の経営するアパートに戻って来た加東大介のシーンは、
何度観ても笑ってしまいます。劇場でも笑い声が。
父親役の笠智衆がところどころぼそっと言う一言の台詞も可笑しい。
同年の小津の遺作『秋刀魚の味』の父親役と比べても、本作の笠智衆はかなりの老け役です。
そして俳優陣の豪華さにあらためて驚いた次第。
以下、新文芸坐で撮影した写真を掲載します。
今回上映されなかった戦後の映画では
『浦島太郎の後裔』『春の目ざめ』『石中先生行状記』『舞姫』『お国と五平』
『くちづけ(第三話・女同士)』『妻の心』『杏っ子』『コタンの口笛』あたりが
未DVD化のレアな作品(他にもあるが)で、またの機会に上映が望まれます。
今回の特集のラインナップに無かった『浮雲』と『乱れ雲』はとりあえずDVDでも有料ネット配信でも観れます。
NEW 2019.3.3 新文芸坐 没後50年 名匠・成瀬巳喜男 戦後名作選
3/12から3/22 東京・池袋「新文芸坐」での成瀬映画特集。
今年は没後50年なので、今後も特集上映があるかもしれませんが、過去にも何度か成瀬特集を行っている
新文芸坐が真っ先に企画してきました。感謝です。
上映作品(戦後名作選)のチョイスで渋いと思うのは、『浮雲』が入っていないこと。
現存する69作品をすべて観ている私にとって、『浮雲』は成瀬映画の中では異色作であるというのが
結論なのですが、一般的には代表作と言われ、あの小津安二郎が激賞したというエピソードをあわせて、
成瀬特集ではまず外れることが少ないのですが。
トップページや本ページにも紹介していますが、今年が没後50年(亡くなったのは1969=昭和44年7月2日、私は当時
11歳の小学校6年)なので、インターネットの有料動画配信で16作品がスタートしたりと、成瀬映画を観る環境は
私が成瀬映画を観始めた1980年代後半と比較すると格段に良くなっています。
今回の上映作品で①現在DVD化されていない②有料動画配信もされていない、つまりこの後いつ観られるか
わからないレア作品は
・『夫婦』(1953)(3/14 木曜)
・『妻』(1953)(3/14 木曜)
・『鰯雲』(1958)(3/18 月曜)
・『妻として女として』(1961)(3/19 火曜)
・『ひき逃げ』(1966)(3/21 木曜・祝)
・『女の歴史』(1963)(3/22 金曜
の6本です。
この6本について一言ずつ。もちろんこの6本以外もスクリーンで観ていただきたい。
『夫婦』 病気で出演できなくなった原節子の代わりに上原謙の妻役を演じた
杉葉子が綺麗。少しコミカルな若き三国連太郎もいい。
冒頭の銀座松坂屋の屋上(『秋立ちぬ』にも登場)は、建物が新築になっている現在
貴重。本サイトの「ロケ地ページ」でいまだに不明なラストの「公園」はどこか?
『妻』 上原謙の妻役の高峰三枝子。『舞姫』(1951)のバレエ教師で鎌倉に住むエレガントな
妻役とは対照的に、かなり庶民的で、ガサツな妻を好演。
寝ようとしている上原謙が、まだ起きて編み物をしている妻・高峰三枝子の煎餅を
食べているバリバリという音が気になって寝られないというシーンなど。
成瀬監督は、女優にまったく異なる役柄を演じさせるのが得意だがこの高峰三枝子も典型例。
(他に『流れる』『晩菊』の杉村春子、『妻よ薔薇のやうに』『朝の並木路』の千葉早智子、
『ひき逃げ』『乱れ雲』の司葉子など)
『鰯雲』 撮影当時まだ鄙びた地方都市だった厚木(本厚木)と附近の農村の風景が興味深い。
宝塚出身の都会的なモダンな女優で、川島映画のヒロインの一人である淡島千景
が、農業に従事する未亡人を演じている。
厚木支局勤務の新聞記者役の木村功がダンディ。
農家の小林桂樹と話す場面で一瞬登場するのが石井伊吉(現毒蝮三太夫)!
カラーなので退色していない綺麗なプリントでの上映を願う。
『妻として女として』 妻と愛人の間で苦悩する夫という、星の数ほどありそうな典型的なメロドラマ。
傑作揃いの1960年代の成瀬映画の中では少し出来が悪い。
しかし、1箇所、成瀬監督の映画作家としての凄さを見せつけられるのが
森雅之が愛人で銀座のバーのママ役の高峰秀子の家で戦争中を回想するシーン
から始まる回想と現在への交互の編集。高峰が友人たちと車から降りて湖のシーンまで。
集中して観るとこの5-7分くらいの編集の斬新さがわかるはず。
『ひき逃げ』 本作もあまり出来は良くない。一人息子を交通事故で失った高峰秀子の復讐劇だが、
加害者(自動車会社役員の妻=司葉子)の家にお手伝いさんとして入り込み
そこの一人息子を事故にあわせようと想像するシーン(「フラッシュフォワード:
flash forward 現在進行中の物語を一次中断させて、未来の出来事を挿入する)
が多用されて、少し不気味な感じだ。成瀬映画最後の高峰秀子出演作だが、
ここでの高峰秀子の演技は少しやり過ぎのように感じる。脚本は夫・松山善三のオリジナル。
冒頭の中華街に始まり全編横浜各地でのロケーションで、当時の横浜の風景を見ることができる。
『女の歴史』 最初に観た時は、あまりいい出来とは思えなかったが、その後何度も観直すたびに
だんだんと好きになっていく作品。女性(高峰秀子)の一代記もの。
成瀬映画にはこれ1本の山崎努と若いのに色っぽい星由里子(当時20歳)が魅力的。
ロケーションでは、現在JR「西日暮里駅」の横の坂(諏方神社方面)が登場するが、
この当時まだ駅が無い。高峰秀子が子供の病気のために高い薬を買いに行くシーン。
成瀬映画には雨の名シーンが数多いが、『妻の心』の公園の休憩所の高峰秀子、三船敏郎と
『女の中にいる他人』の葬儀場等と並ぶ名場面が、本作のラスト前の、世田谷・大蔵団地横の
道での高峰秀子と星由里子の会話シーン。個人的には成瀬映画の雨のシーンベスト1である。
前にも書いたが、10年ほど前の成瀬監督のスタッフ、キャストの集まりの会(私も参加)
で、星さんがこのシーンの撮影前に成瀬監督に呼ばれ「星君、この雨のところ、君は傘をさして
台詞を言うだけでいいからね。余計なことは何もしないでね」と言われたことを楽しそうに
回想されていたのが印象的。
私は映画館で観た初めての映画と記憶している(当時私は6歳)『モスラ対ゴジラ』での
新聞社の女性カメラマン役以来星さんのファン(もちろん若大将シリーズもリアルタイムで観ている)で、
10年ほど前から何度か直接お話しする機会があり、最近では年賀状のやり取りもしていたので、
昨年亡くなられたのはかなりショックだった。是非本作の綺麗で色っぽい星さんを観ていただきたい。
成瀬映画ではないが、川島映画『箱根山』(1962)=今年、CS衛星劇場で放送予定の可愛い女子高生役の星さん
も魅力的だが、1年後の本作と比較をするとその違いに驚いてしまう。子供から大人の女性への変化に!
NEW 2019.1.24 U-NEXT(有料動画配信)で観た『女の座』
トップページに紹介しましたが、インターネットの有料動画配信サービスのU-NEXTで
未DVD化作品も含めて、成瀬映画16本が配信開始されました。
今年2019年は成瀬監督が亡くなってから50年(1969年7月2日没)です。
今年は名画座等で特集上映などもあるかもしれません。期待したく。
私は今回配信の成瀬映画は、過去に日本映画専門チャンネル他で放送された時に
すべて録画してブルーレイやDVDで保有していますが、
せっかくなので一番手軽な方法で視聴することにしました。
契約や料金の支払い方法等についてはいくつかあるようなので、詳細はU-NEXTの
サイトで確認してください。
私は、コンビニのファミリマートで販売している「U-NEXT 30日間見放題+1200ポイント」
という\1,990のカードを購入し、カードの裏面をコインでこすり、そこに書かれたギフトコードを
U-NEXTのサイトにアクセスして、メールアドレスとギフトコードと生年月日を入力し
そこから30日間の視聴可能となりました。私はパソコンで視聴しています。
作品には「見放題」のものと「+料金のかかるもの(右上に赤い三画でPの文字)」
の2種類があります。成瀬映画はすべて「見放題」なので、途中まで観てまた続きを観る、
何度でも観ることも可能です。私の場合は登録してから30日間限定ですが。
洋画は4824タイトル、邦画は2958タイトル(1/24の数)ととんでもない数の作品が
配信されています。
邦画では、小津映画のほとんど(『小早川家の秋』『浮草』『宗方姉妹』など除く)、
木下恵介作品も多数(私の好きな『今年の恋』は無いようですが)、日活時代の川島雄三作品、
黒澤映画もほとんどと、かなり充実しています。大映作品は参加していないようです。
私の好みではない、東映の任侠映画やバイオレンスものなども多数含まれていますが。
私は早速、前から観たかった木下恵介監督『今日もまたかくてありなん』と
野村芳太郎監督『五辨の椿』(ヒロインの若き岩下志麻とリアルな美術セットが圧巻)の
2本を観ました。この2本は古い作品ですが、映像もかなり綺麗でした。
成瀬映画では久しぶりに未DVD化の『女の座』を。
『女の座』は、成瀬映画の中では語られることの少ない作品の1本ですが、私は大好きな1本です。
『娘・妻・母』と似ている「大家族もの」。脚本は井手俊郎と松山善三のオリジナル。
いわゆる東宝のオールスターキャストで、高峰秀子、草笛光子、司葉子、星由里子、杉村春子、
三益愛子、淡路恵子、団令子、丹阿弥弥津子、笠智衆、小林桂樹、加東大介、三橋達也、宝田明、夏木陽介と
挙げていけばきりがありません。凄い豪華キャストです。
冒頭、父親の笠智衆が倒れたという連絡を受けて、荒物屋を営む実家(石川家)に娘、息子たちが勢ぞろいします。
どんな映画でも、登場人物の職業や性格や現在の状況などを台詞で説明する必要がありますが、
本作では、この説明の台詞が極めて自然でさらさらとテンポ良く流れていきます。
これはもちろん演出の素晴らしさですが、脚本もいいのでしょう。
このオープニングの石川家の場面での、兄妹たちの台詞のやり取りが可笑しい。
特に、長女・三益愛子と次女・草笛光子の姉妹。女性特有なのかもしれませんが、
話題の本筋がどんどんと離れていき、話があっちこっちに飛ぶ台詞のやり取りは何度観ても
笑ってしまいます。向田邦子脚本のドラマにも通じる面白さ。
末っ子・五女(!)役の星由里子が、空気を読まずに言いたいことをずけずけと述べるのも
観ていて微笑ましく、すっきりします。本作の星さんは本当にキュート。
一人一人が意図的に笑わすような内容や演技ではまったくないのですが、いちいち可笑しい
というのが成瀬映画の隠れた特徴です。
よく言われる<ヤルセナキオ>の雰囲気と最も遠いのが『驟雨』と並んで本作ではないかと。
小林桂樹演じる次男が営む小さい中華料理店の手伝いに来ている妹・四女の司葉子と
気象庁に勤める常連客の青年で、小林桂樹が不在のため自分で厨房に入って特製ラーメンを作ってしまう
夏木陽介とのやり取りも楽しい。
成瀬監督の会で、お二人が並んでいらっしゃった時に、本作のこのシーンの話をしたら
「よく覚えている」とのことでした。
しかし、20数年前に成瀬映画を観始めたときは、銀座並木座や文芸座等での特集でしか
観る機会のなかった成瀬映画の名作の数々を、パソコンで気軽に観られるというのは
感慨深いものがあります。
もちろんスクリーンで観るのが一番ですが、上映機会が少なく未DVD化の成瀬映画はまずは
このような有料動画配信サービスを利用するしかないでしょう。
今年にはいって2本の旧作を観てきました。
一つはラピュタ阿佐ヶ谷の「20周年 もう一度みたいにおこたえします」特集の1本、
『早乙女家の娘たち』(1962 東宝 久松静児監督)。<さおとめけ>ではなく<そうとめけ>と読みます。
未DVD化ですので前から観たかったのですが、やっとスクリーンで観ることができました。
両親を亡くした、津島恵子、香川京子、白川由美、田村奈巳の美人四姉妹と弟の中学生・大沢健三郎
を描いた典型的な家族劇です。いい映画でした。
音楽が斎藤一郎で大沢の担任教師役の小林桂樹など、少し成瀬映画の雰囲気がありました。
本作の2年前の成瀬映画『秋立ちぬ』では小学生役だった大沢健三郎が、少し不良の中学生を演じていて
映画は姉たちに心配をかける大沢健三郎の行動が中心になって進んでいきます。
ショートカットの香川京子、美人OL役の白川由美もいいですが、本作では活発で元気な幼稚園の保母役の
田村奈巳が魅力的でした。早口の台詞と仕草が可愛い。成瀬監督の関連のイベントで2回ほどお会いしたことがあります。
成瀬映画には『女が階段を上る時』で、銀行員の森雅之の個室に高峰秀子がバーの開業資金集めに来ている
ところに入って来るOL役で出ています。
ロケーションでは、舞台となる日本家屋の周りは雑木林もある郊外ですが、
すぐ近くに巨大なガスタンクがあり、台詞にも出てきて印象的でした。
このガスタンクは、京王線「芦花公園駅」の近くに現在もある「東京ガス世田谷整圧所ガスタンク」(世田谷区粕谷)
だそうです。渋谷行と書かれたバスが出てくるなど、世田谷近辺でのロケーションのよう。
ラピュタ阿佐ヶ谷では、昨年末に『沙羅の花の峠』(1955 日活 山村聰監督)を再見しましたが、
これも10年ぶりくらいに観て、あらためて傑作だと感じました。
インターン生役の南田洋子と高校生役の芦川いづみの二人が特に魅力的です。
日活にDVD化か有料ネット配信を望みたいものです。
もう一本は新文芸坐で観た『悪魔のような女』(1955 フランス アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督)。
言うまでもなくミステリー/サスペンス映画の名作です。
20数年前にレンタルビデオで初めて観ましたが、深夜に一人で観ていたので、ラストの20分くらいが
あまりに怖く(モノクロ画面が心理的にじわじわときます)、一度ビデオを止めて朝になって続きを観た記憶があります。
その後もDVDなどで2回ほど観ているのですが、スクリーンで観たのは今回初めてでした。
新文芸坐での上映は「デジタル修復版」なので、60年以上前の古い映画ですが映像も音も鮮明です。
本作を未見の方で、池袋の新文芸坐に出向ける方は今回の機会に是非オススメします。
1/9(水)の12:35と17:40にも上映されます。下記サイト参照
二本立てのもう一本も同じクルーゾー監督の名作『恐怖の報酬』(1953 フランス)ですので、
時間と体力のある方は2本観た方がいいです。
ネット検索してしまうと「ネタバレ」も見かけるので、未見の方は2本ともネット検索などせずに
出かけた方が楽しめます。
NEW 2018.12.22 iTunes有料配信の成瀬映画予告篇
トップページにも紹介しましたが、成瀬映画16作品がiTunesで有料配信されました。
7作品は未DVD化ですが、特に『秋立ちぬ』はこれまで一度もビデオ、DVDともソフト化された
ことがありません。他の6作品は会員限定向けの通販ビデオ(1本1万円程度と高価)で発売された
ことがありました。
個人的に以前からDVD化が難しいならインターネットの有料配信でもいいので
未DVD化の成瀬映画を1本でも多く視聴可能にしてほしいと願っていたので、
今回の件は本当に嬉しいです。
特に私が観ている現存69作品の成瀬映画の中で一番好きな『驟雨』が配信されたことにも。
今回の配信で視聴者数が多ければ、他の未DVD化の成瀬作品も有料配信されるかもしれません。
それを期待しつつ。東宝時代の未DVD化の川島映画も是非とお願いしたいものです。
パソコンやスマホで視聴するには、Apple社のiTunesのダウンロードやID取得、支払い方法等の
入力が必要ですが、その方法は検索するとApple社の公式ページ他に書かれていますのでそれを参考に
していただきたく。
各映画の本編は上記の手続きをしないと視聴できませんが、
各作品の予告篇は画面クリックすると観ることができます。
成瀬映画の予告篇は、2005年の生誕100年の年に日本映画専門チャンネルで
「成瀬映画予告篇集」というのを放送していたので、私はその時の録画DVDを保有しています。
今回16作品の予告篇をすべて視聴してみましたが、実際の予告篇は以下の8作品です。
『おかあさん』『流れる』「娘・妻・母』『女が階段を上る時』『秋立ちぬ』『放浪記』『乱れる』『乱れ雲』。
それ以外の8作品は、予告篇ではなく映画のオープニング(タイトル、スタッフ・キャストのクレジットタイトル、本篇冒頭)です。
予告篇では、『女が階段を上る時』と『放浪記』は高峰秀子がナレーション(本編でも)しています。
『娘・妻・母』では原節子がナレーションをしていますが、本篇にはナレーションは無かったと記憶していますので、
予告篇だけの特別のナレーションのよう。予告篇ではないですが、『めし』の本編は原節子のナレーションで始まります。
『おかあさん』女性の声でナレーションが入っていますが、本編の香川京子のナレーションとは違う声のように聞こえるので
誰かに依頼したのかもしれません。誰かは不明。
予告篇を観ているだけでも成瀬映画の魅力を感じることができますが、面白いのは音楽の使用。
まだ作品の音楽がつけられる前の場合もあるので、過去の作品から一部流用されたりしています。
例えば、『娘・妻・母』の予告篇の終わりの直前に、短く流れるのは黛敏郎作曲の『女が階段を上る時』の
クールジャズ調のテーマ曲です。
その『女が階段を上る時』予告篇の音楽にはそのテーマ曲はまったく使われていない。
弦楽器主体の、おそらく成瀬映画の音楽を数多く手がけた斎藤一郎作曲のものではないかと。
2分~3分ほどの予告篇の中で使用される音楽でも、かなり本編の印象が異なるのは面白い。
さて話は変わりますが、12月20日発売の「キネマ旬報 2019 年1月上旬特別号」の巻頭では
「1980年代日本映画ベスト・テン」が特集されています。
インターネットの記事などで報道されていましたが、第一位は森田芳光監督『家族ゲーム』で
雑誌の表紙写真にも使われています。その他の順位の作品は実際に雑誌で確認願います。
多くの評者のアンケート結果が掲載されていますが、
あらためて「映画の評価、好みは人によって千差万別だ」と想い知らされました。
特集の最後の方に<私の好きな10本>アンケート結果ランキングが掲載されていて
一人しか投票しなかった得点1の作品(ちなみに1位の『家族ゲーム』は39得点)など
1980年代の日本映画の多くの作品が掲載されています。
このランキングの作品名を見ると私のマイベスト・テンを選びたい衝動にかられます。
おそらく1980年代の日本映画を多く観ている方なら同じ気持ちになるかと。
まず順不動でベスト3の作品はすぐに選べました。どれかを1位にするのは困難で。
1980年代に限定しなくとも日本映画の傑作の3本です。
その3本とは
・『それから』(1985 森田芳光監督)DVD化 今回のアンケート結果は52位(6得点)
・『恋する女たち』(1986 大森一樹監督)DVD化 〃 86位(3得点)
・『幸福』(1981 市川崑監督)DVD化 〃 86位(3得点)
何年か前のNHK朝ドラの『あさが来た』でヒロインの波瑠の口癖だった「びっくりぽんや」
と思わずつぶやいてしまった。3本の傑作映画のあまりの得点の少なさと順位の低さに!
3人とも好きな監督なので他にも好きな作品は多々ありますが、それぞれの監督の中では断然ベスト1の作品です。
市川崑監督では、ずっと東宝時代の『愛人』(1953)がベスト1だったのですが。
公衆電話ボックスから刑事役の永島敏行に電話をかけている中原理恵(綺麗)の顔のアップから始まるオープニング!
市川作品らしく、突然エンドマークが出るラストショットも最高です。
森田芳光監督では今回第一位の『家族ゲーム』もリアルタイムで観に行った大好きな作品ですが、
やはり選ぶなら『それから』かと。松田優作と藤谷美和子の名演とあの素晴らしいテーマ曲。
大森一樹監督も、『恋する女たち』に続く、『トットチャンネル』『「さよならの」女たち』(1987)
のいわゆる斉藤由貴三部作はすべてお気に入りの愛すべき作品ですが、中でも金沢を舞台に
3人の女子高生の恋愛模様をコミカルに+リリカルに描いた本作がベストです。
金沢には旅行で何度も行きましたが、その時に本作のロケ地探訪もしました。
もし未見の方がいらしたら、もちろん映画の好みはあると思いますが
この3本は自信を持ってオススメできます。
<私の好きな10本>ということで、あと7本を選んでみると順不動で以下になります。
・『Wの悲劇』(1984 澤井信一郎監督) 今回の結果では18得点で9位
・『の・ようなもの』(1981 森田芳光監督) 〃 10得点で29位
・『遥かなる山の呼び声』(1980 山田洋次監督)〃 4得点で68位
・『変態家族 兄貴の嫁さん』(1983 周防正行監督)〃 4得点で68位
・『古都』(1980 市川崑監督) 〃 2得点で111位
・『廃市』(1984 大林宜彦監督) 〃 1得点で156位
・『波光きらめく果て』(1986 藤田敏八監督) 〃 1得点で156位
本エッセイにも書きましたが、今年2018年(もう10日あまりですが)は川島雄三監督の生誕百年です。
川島雄三の研究書は11月に「川島雄三は二度生まれる」(川崎公平・北村匡平・志村三代子(編) 水声社 定価:3200円+税)が出版されましたが、
12月下旬の来週にもう1冊「偽善への挑戦 映画監督 川島雄三」(カワシマクラブ編 ワイズ出版、定価2,750+税)
が出版されます。各サイト参照(ワイズ出版のHPにはまだ掲載されていないのでカワシマクラブHPをリンク)。
2016年10月にも「映画監督のペルソナ 川島雄三論」(石渡均著 愛育出版 定価2,800円+税)が出版されています。
この書籍には、川島映画の撮影監督だった岡崎宏三氏の撮影による貴重なメイキング映像40分のDVDも付いていました。
(サイトは表紙写真と内容が掲載された紀伊国屋書店のもの)
私は「川島雄三は二度生まれる」「映画監督のペルソナ 川島雄三論」の2冊とも購入し、読了しています。
「川島雄三は二度生まれる」の方は、映画評論家や大学等の映画研究者の論文が中心なので、
文章が少し難解で読みづらいのですが、これまでの川島論に少なかった「作品や演出中心の分析」をしているので
初めて気づかされる内容も多々ありました。「画面の情報量の多さ」といった点など。
11月に出版を記念したシンポジウムが明治学院大学と東京工業大学で開催されましたが、私は二つとも足を運びました。
「映画監督のペルソナ 川島雄三論」には、岡崎宏三氏をはじめに川島組スタッフの貴重なインタビューが多数
掲載されており、なんといっても付属のDVDは川島ファン必見のものです。
来週ワイズ出版から発売される「偽善への挑戦 映画監督 川島雄三」ですが、今年の春頃にカワシマクラブさんから
メールをいただき一部に関わらせていただいたので、すでに1冊送っていただき手元にあります。
本書は、数年前に出版された同じカワシマクラブ編集、ワイズ出版の「監督川島雄三 松竹時代」(定価2,500円+税)
(上記カワシマクラブのサイトに掲載)の続編にあたるので、松竹時代以降の「日活」「東宝(東京映画、宝塚映画含)」「大映」
時代の作品にスポットを当てています。
本書はまず書籍の表紙デザインが素敵です。
おそらく初出であろう『風船』の撮影スナップ(食事風景)のモノクロ写真(芦川いづみ、左幸子、川島監督)が表紙で、
そこに金文字で書籍タイトルが印刷されています。このタイトル文字の細身のフォントがまたお洒落です。
裏表紙の写真は、『幕末太陽傳』のフランキー堺と石原裕次郎の小舟での会話のシーンのロケ風景のモノクロ写真。
東京湾(?)に面した工場の煙突が見える場所で、撮影スタッフと見物人を入れ込んだ遠景写真です。
私は二つとも初めて見る写真でした。
巻頭は「アルバム」として16ページに及ぶ日活時代の作品の撮影スナップ写真。
これも初めて見る写真ばかりで、本を手に取った時の楽しみにしていただきたい。。
日活移籍一作目『愛のお荷物』から東宝の遺作『イチかバチか』までの26作品の解説は、
(『飢える魂』は正続で1本、成瀬監督との共同監督『夜の流れ』も含む)
「スタッフ・キャストのクレジット」「あらすじ」「解説」の構成で、資料的にもこれ以上は望めないほど充実しています。
カワシマクラブの方たちが中心に分担して執筆されているので、制作秘話や川島演出のディテールなどもバランス
よく配置されており、文章もすっきりとした読みやすいものです。
シナリオは『洲崎パラダイス 赤信号』と『雁の寺』が採録されています。
約500ページと盛りだくさんの内容ですが、本文中にも貴重なスナップ写真が随所にあるので飽きずに読めます。
書籍については生誕百年らしい動きがありましたが、残念ながら今年は特集上映はありませんでした。
名画座等でいくつかの作品は上映されましたが、大々的な川島映画特集上映は無しでした。
今から13年前の2005年、成瀬監督生誕百年の年は、当時のフィルムセンター、現在の「国立映画アーカイブ」において
成瀬監督特集上映はもちろんのこと、同年に同じく生誕百年を迎えた稲垣浩監督、豊田四郎監督、斎藤寅次郎と野村浩将監督
と1年間に4つも監督の特集上映がありました。
成瀬監督は世田谷文学館で展覧会、名画座でも特集があり、日本映画専門チャンネルでも「生誕百年記念 成瀬巳喜男劇場」
と充実していました。
私は過去に名画座での上映や、BSやCSでの放送の録画などで、現存する50本の川島映画をすべて観ることができましたが、
上記の書籍を読まれた川島ファンや生誕百年をきっかけに川島映画に興味を持った方は、当然ながら未見の川島映画を
観たくなると思います。
衛星劇場では、今年から来年に全作品放送(現在は日活時代)を実施中ですが、
やはりスクリーンで集中的に何本かを観たい方も多いでしょう。
来年2019年=生誕百一年記念でもいいので、国立映画アーカイブや各名画座では、川島映画特集、
特に、DVD化されている作品が少ない「東宝時代」や「松竹時代」の作品を中心に特集企画を行ってほしいものです。
→上映機会が多く、BS等でも放送機会があり、DVDもある『幕末太陽傳』はもういいでしょう!
川島映画ファンは多いので、人は入ると思いますがね。
個人的には東宝時代は『グラマ島の誘惑』だけは苦手ですが、それ以外はすべて傑作だと思います。
特に『貸間あり』(DVDあり)『人も歩けば』『赤坂の姉妹より 夜の肌』『特急にっぽん』『青べか物語』
『箱根山』『喜劇 とんかつ一代』『イチかバチか』など。
映画タイトルを書くだけでもワクワクするくらい面白くて素晴らしい作品ばかりです。
NEW 2018.12.7 1980年代外国映画ベスト・テンを選ぶと
雑誌「キネマ旬報」の最新号2018年12月下旬号では、以前に特集された1970年代外国映画ベスト・テンに続いて
今回は1980年代のベスト・テンが特集されていて、早速読みました。
映画評論家などのアンケートの集計結果で第一位は『ブレードランナー』であるとネット記事にも出ていました。
2位以下は雑誌で確かめていただきたく。
こういう特集を読むと、私的ベスト・テンを考えてみたくなるもので、以下挙げてみました。
1980年代は比較的外国映画を多く観ていた時期なのですが、挙げた作品は1980年代の封切当時に観たもの、
その後ビデオやDVDや名画座などで観たものが混在しています。
1. 『ディーバ』(1981 ジャン=ジャック・ベネックス監督)
2. 『評決』(1982 シドニー・ルメット監督)
3. 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985 ロバート・ゼメキス監督)
4. 『レイダース 失われたアーク(聖櫃)』(1981 スティーブン・スピルバーグ監督)
5. 『遠い夜明け』(1987 リチャード・アッテンボロー監督)
6. 『隣の女』(1981 フランソワ・トリュフォー監督)
7. 『ワンダとダイヤと優しい奴ら』(1988 チャールズ・クライトン監督)
8. 『デストラップ・死の罠』(1982 シドニー・ルメット監督)
9. 『カリフォルニア・ドールズ』(1981 ロバート・アルドリッチ監督)
10. 『バード』(1988 クリント・イーストウッド監督)
社会派、娯楽活劇、ミステリー、コメディ、恋愛、音楽など様々なジャンルが入っていますが
1本を挙げるとすると、1位にした『ディーバ』です。
封切り当時の評価も高く期待して観に行きましたが、期待を超える傑作でした。
ストーリー展開、音楽、パリの映像、アクションシーン、ユーモラスな台詞など、
どれも素晴らしく、その後DVDを購入して今でもたまに観ています。
ここで挙げた作品はすべてDVD化されているかと思いますので、未見の方にはオススメです。
キネマ旬報の次号(12月20日発売)では1980年代日本映画ベスト・テンの特集のようで
それも楽しみです。
12/1よりNHKと民放で「BS4」がスタートしました。
私はまだ対応のテレビではないので、視聴不可能ですが。
NHKBS4ではこれから、三大巨匠 黒澤明、小津安二郎、溝口健二の作品の
4Kデジタルリマスターの作品を放送するとのこと。
その特集番組がNHKで放送されていましたのでそれを観ました。
この日本映画の三大巨匠というネーミングはいつ頃から言われているのか不明ですが、
私の認識では40年~50年前くらいからでしょうか?
本エッセイにも書いたように黒澤『七人の侍』や小津『東京暮色』などの4Kデジタルリマスター版を
映画館で観てとても感動したので、昔の日本映画の名作を4Kデジタルリマスター版にする活動(日本及び海外)は、
とても素晴らしいことだと思います。それには感謝の気持ちしかありません。
しかし、成瀬映画ファンとしては成瀬監督を外した三大巨匠というワードが現在も使われているのが、残念でなりません。
成瀬監督の生誕100年の頃には、三大巨匠に続く四人目の巨匠という言い方もされていましたし、海外にも成瀬映画ファンは多い。
報道記事では、今年10月に第30回高松宮殿下記念世界文化賞の演劇・映像部門で受賞し来日した
フランスの名女優カトリーヌ・ドヌーブは記者会見の中で三大巨匠の名前ではなく
「成瀬巳喜男監督の作品は素晴らしいと思います」と答えています。
最近フランスでは成瀬映画のブルーレイ(「山の音」「流れる」「女が階段を上る時」「乱れる」「乱れ雲」)も発売されたようです。
私が現存している作品を全て観ている映画監督は、成瀬監督、黒澤監督そして川島雄三監督の3人なのですが、
もちろん三大巨匠の溝口監督も代表作はすべて観ていますし、小津監督は初期のサイレント映画は半分くらいしか観ていませんが、
戦前戦中のトーキー、戦後の作品はすべて観ています。
三大巨匠の映画でそれぞれ一番好きな映画を挙げると、黒澤『赤ひげ』、小津『東京暮色』、溝口『噂の女』です。
当然のことですが、私にとって成瀬巳喜男監督は演出術も含めてこの三大巨匠よりももっと偉大な映画監督という思いが強いです。
いわゆる三大巨匠の中で小津映画だけは観るたびに発見があったりとまだ興味がありますが、
黒澤映画の代表作はかれこれ40年以上、これまで映画やビデオ、DVD、テレビ放送で何度も観てきて、
関連の書籍等もかなり読んでいるので、さすがに少し飽きがきています。
少なくとも、現在は黒澤映画を観たいという気持ちが失せています。今後また関心が起こるかもしれませんが・・・
溝口映画は、もともと苦手意識がありました。ともかく「どうしてこんなにまで女性を不幸に、悲惨に描くのだろう」
というのが率直な感想で、三大巨匠の映画の中では観た回数は一番少ないかと。
邦画、洋画を問わず洒脱なタッチの「ロマンティックコメディ」が好きな私としては、
溝口映画には笑いやユーモアがほとんどないのもしんどい。
そして、成瀬映画や小津映画の短いショットの積み重ねによってドラマを作っていく演出法とは
対極にある、代名詞のような長回しの映像は、宮川一夫撮影監督の淡い濃淡のモノクロ映像の美しさにはもちろん魅了されますが、
時として退屈さを感じてしまいます。
成瀬映画で描かれる女性たちも、厳しい境遇に置かれていて耐える女が多いですが、一方「女性の逞しさ」
もあわせて描いていて、悲しさの中にもラストにほのかな希望が見えるのが魅力です。
『浮雲』『乱れる』『乱れ雲』といった恋愛映画はラストが悲劇的であることが多いですが、
数多い成瀬映画の中ではその比率は低いです。
成瀬映画も『浮雲』だけは4Kデジタルリマスター版が上映されていたので、NHKで四大巨匠特集にすることも
できたのでは。
洒落のような話ですが、4Kなのだから日本映画の巨匠を四人そろえた方が、語呂もいいと思います!
4Kでなくてもいいので、もっと成瀬映画が放送されることを望みたい。
NEW 2018.11.12 19歳の原節子が魅力的な『東京の女性』
原節子の1930年代~1940年代の戦前、戦中の映画の中で、前から観たいと思っていた『東京の女性』を観ました。
なんとユーチューブにアップされていました。
東宝の1939年=昭和14年の映画で、監督は伏水修、原作は丹羽文雄、脚色は松崎与志人。
主演の原節子は1920年生まれなので当時19歳。
私が保有している資料本によると、本作の封切は1939年10月31日。
同時上映は『花つみ日記』。監督は石田民三、主演は高峰秀子。
原節子と高峰秀子がそれぞれ主演の映画が二本立てで封切というのもなかなか豪華です。
同年の9月10日に、成瀬監督の『まごころ』が封切られています。
銀座の自動車会社でタイピストをしていた君塚節子(原節子)は、家庭の困窮状態から
より稼げるセールスウーマン(映画の中ではセールスマン)を希望し、先輩社員からの
指導も受けて立派なセールスウーマンになっていくというストーリー。
太平洋戦争が始まる2年前ですが、本作に戦時色はほとんどなく、いかにも東宝映画らしい
都会的でおしゃれなテイストの作品になっています。
最先端の自動車会社を舞台にしていることもあり、描かれる東京の街は「モダン都市東京」そのもの。
もちろん自動車が主役の一つなので、クラシックカーが好きな人はより楽しめます。
原節子ですが、とても19歳とは思えない!
よく見ると少し幼い表情もあるのですが、成熟した女性の爽やかな色気があり、
25歳くらいの女性に見えてしまいます。
ファッションも「モガ(モダンガール)」そのもので、特に帽子がとてもオシャレで素敵です。
そして自動車を運転する原節子の凛々しい姿もカッコイイ!
後半には夜の街を会社の同僚の女性とタバコを吸いながら歩くシーンもあり、今なら絶対に
そんなことは出来ないでしょう。当時のタバコを吸っていい年齢は知りませんが。
節子の妹=水代役の江波和子。きりっとして自分に厳しい姉の節子とは対照的に、
甘えん坊で、年上の男性に可愛がられるタイプの女性を演じていますが、
この女優は先月亡くなった女優 江波杏子の母親です。
ウィキペディアによれば、この時期の東宝作品に何本か出た後に引退し1947年に27歳の若さで亡くなったとのこと。
本作での江波和子もなかなか魅力的です。
成瀬映画でいうと『乙女ごころ三人姉妹』『噂の娘』(1935)に妹役で出演していた梅園龍子の役どころでしょうか。
原節子に限りませんが、昔の日本映画で観る女優は、20代前半くらいの歳でも何であんなに大人っぽく、色っぽいのか。
高峰秀子、山田五十鈴、津島恵子、杉葉子、香川京子、久我美子、有馬稲子、岡田茉莉子、南田洋子、若尾文子、司葉子、白川由美、星由里子など。
挙げていけば切りがありません。現代の20代前半の女の子と比べると5歳から10歳くらいの差があるかもしれません。
女優に限らず男優も「大人っぽさ」では同じですが、映画監督でも小津監督が亡くなったのが60歳、成瀬監督が63歳というのが
信じられないほど、昔の日本人の男は「老成している」と感じます。現在は寿命が延びているので仕方がないことかもしれませんが。
私自身も実年齢よりだいぶ若く見られてしまうことがほとんどです。
ともかく19歳の原節子の大人っぽい演技はおすすめです。
絵画に関連した話を書きます。
芸術の秋ということか、現在東京・上野では大きな絵画展が複数開催されています。
・「ルーベンス展 バロックの誕生」(国立西洋美術館 10.16-2019.1.20)
・「フェルメール展」(上野の森美術館 10.5-2019.2.3)
・「ムンク展-共鳴する魂の叫び」(東京都美術館 10.27-2019.1.20)
上野は常に絵画展が開催されていますが、同時期に有名な画家の展覧会が3つもあるのは珍しい。
私は絵画にそれほど詳しいわけではないですが、美術館で名画や彫刻を鑑賞するのは好きで、東京での絵画展(日本画も含む)や
海外に行ったときは必ずといっていいほどその都市の美術館には足を運んでいます。
また、京都のお寺で絵画や仏像を鑑賞するのも大好きです。
上記の絵画展のうち「ルーベンス展」は近いうちに観に行こうと思っています。
ルーベンスという名前から連想するのは実はフランスの詩人ボードレール。
ボードレールの有名な詩集「Les fleurs du mal(悪の華)」の中にLES PHARES(灯台)という詩があり、
その詩には様々な画家の名前が登場します。
その冒頭がルーベンス。
Rubens, fleuve d'oubli, jardin de la paresse
冒頭の1行目だけですが、直訳すれば「ルーベンス、忘却の河、怠惰の園」でしょうか。
ちなみに次がダ・ヴィンチで、「レオナルド・ダ・ヴィンチ、miroir profond et sombre(深くて暗い鏡)」
学生時代フランス語を勉強していたので、原書で初めてこの詩に触れたのは今からおよそ40年前ですが、
当時から、画家に対する美しく謎めいたイメージ言葉に強い印象を受けました。
これに続く画家はレンブラント、ミケランジェロ、ワット、ゴヤ、ドラクロワです。
インターネットで検索するといくつか訳詩が掲載されたブログなどがあります。
「ルーベンス展」をこれから観に行かれる方は、この謎めいた言葉を覚えていくと、より楽しめるかもしれません。
成瀬映画との関連でいうと、成瀬映画にはロケーションとして上野界隈がよく登場しますが、
美術館が出てくるのは『妻』で旧東京都美術館、『娘・妻・母』で国立西洋美術館の二つかと。
東京国立博物館は『銀座化粧』『舞姫』『めし』などのロケーションとして登場します。
ルーベンスではないですが、成瀬組の撮影監督・玉井正夫は「成瀬巳喜男とその時代」(キネマ旬報 1991年11月下旬号~1992年1月下旬号)
の中で、『山の音』撮影の説明の箇所である画家を次のように引用しています。
「十七世紀のイタリーの画家ラ・トゥールは蝋燭を光源とした写実的絵画を数多く描いた。
この絵から受ける神秘性は感動的で、われわれはこの絵をよく勉強した。」
「本映画の蝋燭のシーンは、強い光線のコントラストを避けて、部屋のぬくもり、軟らかさを表現した。」
イタリーとあるのは玉井キャメラマンの勘違いで、ラ・トゥール(ジョルジュ・ド・ラ・トゥール)は
1593年にロレーヌ公国(現フランス北東部)で生れたフランスの画家です。
ルーベンス展が開催されている国立西洋美術館にはラ・トゥールの「聖トマス」という絵が所蔵されていて
常設展示で観ることができると思います。ラ・トゥールは作品数が少ないので、貴重な1枚とのこと。
NEW 2018.10.14 好きな映画は何度観ても飽きない
最近はBSで毎日様々な映画が放送されていますので、前に観た映画でもつい観てしまうことがあります。
タイトル通り、好きな映画は何度観ても飽きない。
ストーリーはだいたい覚えている場合もあるし、まったく忘れている場合もあります。
邦画、洋画とも、初めて観る映画はどんなストーリーかがまず気になるものですが、一度観た映画は
ストーリーを追う必要が無いため、監督の演出やロケーション、美術などに別の部分に関心が向かいます。
そこでは「こんな映像表現をしていたのか」といった新たな発見をすることも多いです。
若い時に観てあまりいいと思わなかった作品が、歳を重ねて観直すと「素晴らしい」と思えることもあります。
私は好きな映画は何度も観るタイプです。音楽や落語のCDなどは何度も繰り返して聴くのが普通ですが
映画だけは「同じ映画を何度も観るよりも、新作映画や未見の旧作を観た方がいいのでは」という考えの方もいると思います。
「日本映画ベスト150」という文庫本(文藝春秋編)は、映画好きの372人がそれぞれベストテンを選んでそのアンケートを集計した本ですが、
その中で劇作家・小説家の井上ひさし氏は「十本ではなく百本選ばせてほしい」と編集部に要望し、その通りに好きな日本映画を一人で百本選んでいます。
第1位は黒澤明『七人の侍』なのですが短いコメントがなんとも洒落ています。
「三十回は観た。でもあと二十回は観て死にたい。」
成瀬映画は『稲妻』(82位)、『浮雲』(100位)を挙げています。
私の成瀬映画鑑賞歴においても、多く観ている作品とそうでない作品があります。
一度しか観ていない作品(正確にはその時の上映でしか観る機会が無かった)は
生誕100年の2005年に京橋の旧フィルムセンターで観た『上海の月』(1941)と『勝利の日まで』(1945)。
二本とも現存している一部分だけの上映でしたが、それ以降の成瀬特集でも上映は無いと思います。
スカパー等での放送も無いかと。
回数ははっきりしませんが、少なくとも10回以上は観ている(映画館での上映、スカパー放送の録画ブルーレイ/DVDなど)作品は
『驟雨』『流れる』『まごころ』『秋立ちぬ』『浮雲』『おかあさん』『山の音』『乱れる』『娘・妻・母』『夫婦』『女の中にいる他人』など。
やはり成瀬映画の中でも好きな作品ばかりです。また本HPのロケ地写真撮影の調査として部分的に観ているケースもあります。
逆に、少ないのは、松竹サイレント時代の作品、『桃中軒雲右衛門』『君と行く路』『雪崩』『愉しき哉人生』『芝居道』
『母は死なず』『俺もお前も』『四つの恋の物語 第二話:別れも愉し』『怒りの街』『白い野獣』『薔薇合戦』など。
これらの作品にも部分的には成瀬演出の面白いところもありますが、成瀬映画ファンの私でも繰り返し観ようという気が起こりません。
私の小学校~中学校時代に、同じ映画を何回か観に行った最初の記憶はやはり東宝の1960年代の怪獣映画。
当時はもちろんビデオは無かったので、東京の郊外の映画館で怪獣映画三本立てなどがあると
母親に連れて行ってもらったりしたことも。
もちろんテレビで放送されるとその時間に友人たちと一緒に観たりもしていました。
怪獣映画以外では何といっても一番印象深いのが『小さな恋のメロディ』(1971)。
中学生だった封切り当時も映画館で5回くらいは観ていると思います。
今でもテレビ放送された字幕版の録画を観ることがあり、トータルで言うとこれまで30回以上は観ていると
思われ、個人的に一番繰り返し観ている好きな映画ということになります。
ビージーズの美しい曲の数々とラストのクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングの曲、
主役の二人 マーク・レスター、トレイシー・ハイド、ロンドンの街並みのロケーションなど
何度観てもグッときます。
今から38年も前のことです。
大学の冬休みの時期に友人2人と初めてヨーロッパ旅行に行きました。
旅行といっても大きなリュックサックを背負って、現地ではユーレイルパスでの列車移動、
ホテルも予約ではなく着いた都市で安宿に出向いてその場で値段交渉して泊まるという40日間の貧乏旅行でした。
その時にパリのミニシアターで上映されていた黒澤明監督の『生きる』を観ました。タイトルはそのまま『VIVRE』。
私はその前に銀座の並木座で観ていましたが、一緒に行った2人の友人は初めて観たと言っていたような。
ミニシアターは満席で、日本人は我々3人だけだったと思います。もちろんフランス語字幕版。
その中で印象に残っているのは『生きる』は内容はシリアスだけれども、結構笑える場面が多いということ。
小田切みきが志村喬に市民課職員一人一人の渾名を話す場面などが有名です。
我々が一番笑ったのは何といっても後半の「お通夜」の場面での左ト全!
日本語でも何を言っているかわからないので、フランス語字幕は不可能かと思いますが
不思議な表情で一人でぶつぶつと言っている左ト全の表情と台詞に私と友人たちは笑いを我慢できませんでした。
ところが、劇場のフランス人は誰も笑わないのです。映画の中で笑いが起きたのは記憶にありません。
これは私の推測ですが、フランス人(フランス人以外もいたかもですが)にとって、黒澤の名作『VIVRE』は
「胃がんで余命の無い公務員が、市民のために公園を作る話」から、シリアスで笑いのない作品との先入観が
あったのではないか。
黒澤映画で言えば、『赤ひげ』あたりまではくすくすと笑える場面がありましたが、晩年の黒澤映画には
その要素が少なくなったと思います。もちろんこれは俳優の演技によるところが大きいように思えます。
映画に限らず、演劇、テレビドラマなどでも一番難しいのは「笑い」の表現でしょう。
人が笑っているのに「何が面白いんだろう」と思うこともあるし、その逆もあります。
私は最近の日本映画やテレビドラマをそれほど観てるわけではありませんが、
よく感じるのは「シリアスな演技や悲しい場面」または逆に「押し付けがましい品の無い笑い」で引いてしまう
作品が多いということです。台詞や演技に程よく品のいいユーモアが圧倒的に足りないと思うのです。
私が好きな映画は、内容がシリアスであっても、その中におもわずくすっと笑ってしまう「上品なユーモア」
とも言うべき演技や台詞が入っている作品です。
例えば殺人がよく出てくるヒッチコック映画ですが、必ずイギリス人らしい「シニカルな笑い」があります。
それも品が良くお洒落に描く。例外的に『サイコ』は意図的に笑いが封印されているようです。
一流の映画監督(+脚本家)は、ユーモラスな場面を入れて観客が少しほっとできるところを上手く作っているのでしょう。
そこで成瀬映画です。成瀬映画は内容が少しシリアスなものでもユーモラスな場面が数多い。
それは「あざとい笑い」ではなく「自然にくすくすと笑ってしまう」江戸落語的な笑いと言えます。
私が成瀬映画を愛する理由はたくさんありますが、その一つがこの「上品なユーモア」です。
前述のように「笑い」は個人の感覚に左右されるので、以下はあくまで私が面白いと思うとの前置きを
入れますが、成瀬映画の中で私が好きなユーモラスな場面をいくつか挙げてみます。
・『驟雨』(脚色 水木洋子)
:新婚旅行から帰って来た香川京子が叔母・原節子の家を訪ねる。
その時に隣に引っ越してきたばかりの小林桂樹に香川京子が尋ねる。
香川 「あの、こちら留守でしょうか」
小林 「あぁ、奥さんは近所でしょう。さっき緑色の買い物かごをさげて出かけられました」
小林の若妻の根岸明美が窓から顔を出して
根岸 「よく見てるわねぇ。あんた」
小林は元気なく根岸の方を振り向く
→笑いの説明するのは無粋なのですが、この場面ではまったく言う必要のない「緑色の買い物かご」というのが可笑しい。
一度だけお会いした時に小林桂樹さんに『驟雨』での自然な演技の素晴らしさを伝えたことがあります。ご本人は照れていらっしゃいましたが。
落語でも余計な一言を言って騒動になるというのがあります。落語的な台詞。
『驟雨』は新婚旅行の愚痴を叔母にぶちまけて泣き出す香川、原+佐野周二のやり取り(私が成瀬映画の中で最も好きな場面)、
幼稚園での飼い犬の苦情についての住民の集会(話がいろいろと飛んで全然話がまとまらない)の会話の場面
など、ユーモラスで楽しい要素が詰まっています。ラストの小林、根岸夫妻の台詞は落語のサゲのような切れ味!
・『放浪記』(脚色 井手俊郎、田中澄江)
:人気作家となったふみ子(高峰秀子)の邸宅を、貧乏時代にとなりの部屋に住んでいた加東大介が訪ねる。
ふみ子を待つ和室で、ふみ子の母(田中絹代)と加東との会話。
田中は「ふみ子からこんな派手な着物を着るようにと言われていて」と困った様子。
そのやり取りを庭で聞いていたらしいふみ子が入ってきて
高峰 「おかあさん、いいじゃないの。とても奥ゆかしいよ」
加東 「忠臣蔵の瑤泉院(ようぜんいん)が、こういうの着てますね」
高峰 「おかしい」
加東 「いやいや」
→名画座で観たときは笑いが起こっていました。
・『流れる』(脚色 田中澄江、井手俊郎)
:夜、見回りの警官が「つたの家」を訪ねて、外の洗濯物を取り込むように伝える。
玄関に出てきた女中の田中絹代。
警官 「あんた、新しく来た人」
田中 「(笑顔で)はっ、山中梨花(やまなかりか)と申します。45歳でございます」
→これも名画座で笑いが!『流れる』もユーモラスな場面が数多い名作。
・『乱れる』(脚本 松山善三)
:森田屋酒店の前を様子をうかがっている若い女(浜美枝)。それを店内から見る高峰秀子。
浜美枝が店に入ってきて。
浜 「こうちゃん、いる」
高峰 「お紅茶ですか」
浜 (笑
浜 「(ゆっくりと)こうちゃん、いる」
高峰 「お友達ですか、幸司(義弟・加山雄三)さんの」
・『秋立ちぬ』(脚本 笠原良三)
:旅館の客(加東大介)と駆け落ちして行方不明になってしまった母(乙羽信子)。
デパートの屋上で、息子・秀男(大沢健三郎)と旅館の娘・順子(一木双葉)との会話。
大沢 「かあちゃん、ちゃんと帰ってくるずら」
一木 「でも、台所のおばさん(注:菅井きん!)が言ってたけどね、
中年の女って怖いんですってよぉ。あんたのあかあさん、中年の女でしょう」
→可愛い顔した小学生の女の子の台詞として、悪意はないのだけれどストレート過ぎて笑ってしまう。
『秋立ちぬ』は順子役の一木双葉が可愛いけれど、時々辛辣な台詞を言うので面白い。
以上はほんの一部ですが、成瀬映画にはユーモラスな場面がたくさんあります。
トップページに金沢市での成瀬映画特集を紹介しました。
金沢にはこれまで何度も行ったことがあり静かでとても好きな街ですが、
金沢の三文豪(泉鏡花、室生犀星、徳田秋声)には記念館がありすべて足を運んでいます。
実は、日本映画の監督の中で、この3人の作家の原作を映画化したのは成瀬監督だけではないかと。
・泉鏡花『歌行燈』
・室生犀星『あにいもうと』『杏っ子』
・徳田秋声『あらくれ』
金沢城に近い「白鳥路」という綺麗な名前の散策道にはこの3文豪の像があります。(撮影は2007年)
金沢が舞台となっている映画では斉藤由貴主演の『恋する女たち』(大森一樹監督 東宝 1986)があります。
私は数多い日本映画の中で『恋する女たち』は間違いなくマイベスト10に入るほど好きな映画です。
女子高生の友情と恋愛を描いたこの名作にも「上品なユーモア」が溢れています。
NEW 2018.9.12 最近読んだシナリオ+監督別好きな映画ベスト5パート2
最近読んだ何本かのシナリオの話を。
私は映画のシナリオを読むのが好きなので、日本シナリオ作家協会が発行している月刊の雑誌「シナリオ」の愛読者です。
購入したり図書館で借りたりしています。
低予算ながら大ヒットし大きな話題となっている日本映画『カメラを止めるな!』(上田慎一郎監督)。
評価が高いので観たいと思ったのですが私は「ゾンビ」が登場するような映画が生理的に受け付けないので・・・
と思ったところ、雑誌「シナリオ」の今年の7月号に映画シナリオが掲載されていることがわかり早速図書館で借りて読んでみました。
映画はシナリオを改変して撮ることも多いのでそこは何とも言えませんが、
シナリオを読む限り私はそれほど面白いと思いませんでした。あくまで個人的な感想ですが。
また、映画館では「笑い」が起きているというのを記事で読みましたがシナリオを読んで少しでも「くすっと」した記憶がありません。
一言で言えば「冒頭からのストーリー展開の意味が映画の途中でわかる」という構造の映画だと思いますが、
そのような映画はこれまで何本も観たことがあったので、特に目新しさは感じませんでした。
比較的最近の日本映画で言えば、『サマータイムマシンブルース』(2005 本広克行監督 上田誠脚本)や
内田けんじ監督・脚本の『運命じゃない人』(2005)、『アフタースクール』(2008)、『鍵泥棒のメソッド』(2012)
は映画の構造が似ている作品だと思いますが、これらの作品の方がストーリー展開、ユーモア感覚、台詞そしてラストシーンの終わり方など
はるかに面白かったと思います。もちろんこれらはすべて映画を観ていますし、『鍵泥棒のメソッド』は掲載された雑誌「シナリオ」も持っています。
その他、雑誌「シナリオ」で今回初めて読んだものは以下。
・『寝ても覚めても』(監督=濱口竜介、脚本=田中幸子、濱口竜介)「シナリオ」2018年9月号 〃
・『仇討崇禅寺馬場』(1957 東映)(監督=マキノ雅弘、脚本=依田義賢) 〃
・『甘い汁』(1964 東京映画)(監督=豊田四郎、脚本=水木洋子) 「シナリオ」2018年6月号
現在公開中でこれも評価の高い『寝ても覚めても』はシナリオを読んだうえでも、是非観に行きたいと
思う作品でした。「監督がどんなショット割りをするのか、俳優をどう動かすのか」。
読みながら自然と映像が頭に浮かぶようなシナリオでした。
『仇討崇禅寺馬場』は映画自体はだいぶ前に観ていて、ストーリーも忘れていたのですが、
今回シナリオを読んでこれはマキノ作品の中でも傑作の1本ではないかと再認識しました。
ラストの展開が映画とシナリオとはほんの少し異なっていて、マキノ雅弘の意図を考えるのも興味深い。
最後に『甘い汁』。
残念ながら未見ですが、シナリオを読んでかなり驚きました。
『あかあさん』『夫婦』『あにいもうと』『山の音』『浮雲』『驟雨』『あらくれ』などの成瀬映画
や今井正監督の作品などの印象とはだいぶ違う水木洋子脚本(原作も水木洋子なのでオリジナルシナリオ)でした。
水商売でずるくしぶとく生き延びる逞しい中年女性を演じるのが京マチ子。
京マチ子はこの作品の演技でキネマ旬報や毎日映画コンクールの主演女優賞を受賞しています。
娘役は桑野みゆき、その他池内淳子、佐田啓二、小沢栄太郎、山茶花究、小沢昭一などが出演しています。
成瀬映画の『あかあさん』とは対極にある作風で、今村昌平監督の作品(『にっぽん昆虫記』など)
を連想させられる、人間の嫌な部分を徹底的にリアルに見せるシナリオでした。
こういう作風の作品を私はあまり好みませんが、東宝で文芸映画を撮り続けた豊田四郎監督の作品
ということもあり是非観てみたい作品です。DVD化はされていないようです。
監督別好きな映画ベスト5の続きをアットランダムに。
・千葉泰樹監督
(1)『沈丁花』 (2)『丘は花ざかり』 (3)『春らんまん』 (4)『ひまわり娘』 (5)『鬼火』
・マキノ雅弘監督
(1)『次郎長三国志(東宝版 1部~9部)』 (2)『弥次喜多道中記』 (3)『続清水港』 (4)『仇討崇禅寺馬場 東映版』 (5)『ハナ子さん』
・丸山誠治監督
(1)『男ありて』 (2)『地方記者』 (3)『女ごころ』 (4)『山鳩』 (5)『連合艦隊司令長官 山本五十六』
・本多猪四郎監督
(1)『モスラ対ゴジラ』 (2)『三大怪獣 地球最大の決戦』 (3)『ガス人間 第一号』 (4)『ゴジラ』 (5)『鉄腕投手 稲尾物語』
・堀川弘通監督
(1)『黒い画集 あるサラリーマンの証言』 (2)『白と黒』 (3)『娘と私』 (4)『悪の紋章』 (5)『狙撃』
・増村保造監督
(1)『妻は告発する』 (2)『陸軍中野学校』 (3)『黒の超特急』 (4)『華岡青洲の妻』 (5)『巨人と玩具』
・野村芳太郎監督
(1)『張込み』 (2)『ゼロの焦点』 (3)『砂の器』 (4)『左ききの狙撃者 東京湾』 (5)『モダン道中 その恋待ったなし』
・山田洋次監督
(1)『霧の旗』 (2)『息子』 (3)『隠し剣 鬼の爪』 (4)『小さいおうち』 (5)『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』
・森田芳光監督
(1)『それから』 (2)『(ハル)』 (3)『僕達急行 A列車で行こう』 (4)『の・ようなもの』 (5)『家族ゲーム』
・大森一樹監督
(1)『恋する女たち』 (2)『「さよなら」の女たち』 (3)『トットチャンネル』 (4)『ヒポクラテスたち』 (5)『ゴジラvsビオランテ』
・大島渚監督
(1)『絞死刑』 (2)『新宿泥棒日記』 (3)『愛と希望の街』 (4)『少年』 (5)『日本春歌考』
・大林宜彦監督
(1)『さびしんぼう』 (2)『時をかける少女』 (3)『廃市』 (4)『転校生-さよなら あなた-』(2007) (5)『異人たちとの夏』
・藤田敏八監督
(1)『赤い鳥逃げた?』 (2)『波光きらめく果て』 (3)『もっとしなやかに もっとしなやかに』 (4)『赤ちょうちん』 (5)『妹』
私も昔の日本映画をかなり観ているほうですが、一人の映画監督の作品を5本以上(ベスト5なので)観ているのを挙げるのはなかなか大変です。
以下の監督作品は5本まで観ていないと思われる監督の作品の中でお気に入りのベスト1+@を
・五所平之助監督 『大坂の宿』(+『煙突の見える場所』)
・山中貞雄監督 『丹下左膳余話 百萬両の壺』(+『河内山宗俊』『人情紙風船』)
・石田民三監督 『むかしの歌』(+『化粧雪』)
・伊丹万作監督 『赤西蠣太』
・渋谷実監督 『青銅の基督』(+『好人好日』)
・小林正樹監督 『怪談』
・工藤栄一監督 『十三人の刺客』(+『大殺陣』)
・加藤泰監督 『真田風雲録」
・島津保次郎監督 『兄とその妹』
・吉村公三郎監督 『夜の河』
・田坂具隆監督 『乳母車』
・岡本喜八監督 『日本の一番長い日』(+『江分利満氏の優雅な生活』)
・今村昌平監督 『赤い殺意』
・鈴木英夫監督 『その場所に女ありて』(+『くちづけ(三話オムニバス)第二話「霧の中の少女」』)
・森一生監督 『ある殺し屋』(+『陸軍中野学校 雲一号指令』『荒木又右衛門 決闘鍵屋の辻』)
・新藤兼人監督 『裸の島』(+『ある映画監督の生涯 溝口健二の記録』)
NEW 2018.8.16 監督別好きな映画ベスト5 パート1
少し紹介した雑誌「文学界」9月号の映画特集での柄本佑インタビューの中で、
彼は成瀬映画について『驟雨』の他に、『山の音』『旅役者』『歌行燈』『鶴八鶴次郎』を
ベスト5に挙げていました。『旅役者』を挙げるところは渋いです。
インタビューを読んでいて、私もいろんな監督の好きな映画ベスト5を挙げてみたくなりました。
成瀬映画は本HPにもたくさん記述しているので省略します。
これはあくまでマイベスト5ですが、好きな作品というのは次の2つの理由で、時間が経つにつれて
変化する可能性があります。
(1)観たくても観る機会の無かった作品を名画座、DVD化、BS放送などで初めて観ることができた
(2)年齢を重ねることにより好みが変わったり、何回か観ていく中で作品への理解が深まったりした
例えば、市川崑監督の『幸福』(1981)という映画。私は封切当時は観ていませんでした。
その後市川崑監督の旧作を1本ずつ観ていくにつれて、観たい映画の1本となりましたが、
いろんな事情で上映もされず、ビデオやDVD化も無かったので長い間観ることができませんでした。
その後、京橋のフィルムセンターで上映される機会があり、初めて観て深く感動したことを覚えています。
それまでは『愛人』が市川映画ベスト1だったのですが、その時から『幸福』がベスト1に。
『幸福』は2009年にDVD/ブルーレイ化され、現在はTSUTAYA等でレンタルも可能です。
下記に挙げた映画の中でも、初めて観たときに深く感動したものとして
『手をつなぐ子等』(稲垣浩監督)、『にっぽん泥棒物語』(山本薩夫監督)、『今年の恋』(木下恵介監督)など。
まずは巨匠から順不動で作品名のみを。
・小津安二郎監督
(1)『東京暮色』 (2)『東京物語』 (3)『小早川家の秋』 (4)『彼岸花』 (5)『淑女は何を忘れたか』
・黒澤明監督
(1)『赤ひげ』 (2)『天国と地獄』 (3)『七人の侍』 (4)『生きる』 (5)『椿三十郎』
・溝口健二監督
(1)『噂の女』 (2)『山椒大夫』 (3)『新・平家物語』 (4)『祇園囃子』 (5)『近松物語』
・木下恵介監督
(1)『二十四の瞳』 (2)『お嬢さん乾杯』 (3)『今年の恋』 (4)『この天の虹』 (5)『花咲く港』
・市川崑監督
(1)『幸福』 (2)『愛人』 (3)『天晴一番手柄 青春銭形平次』 (4)『東京オリンピック』 (5)『黒い十人の女』
・清水宏監督
(1)『家庭日記』 (2)『暁の合唱』 (3)『簪』 (4)『信子』 (5)『按摩と女』
・山本薩夫監督
(1)『にっぽん泥棒物語』 (2)『そよ風父と共に』 (3)『姉妹の約束』 (4)『金環蝕』 (5)『忍びの者』
・内田吐夢監督
(1)『飢餓海峡』 (2)『宮本武蔵 一乗寺の決斗』 (3)『浪速の恋の物語』 (4)『血槍富士』 (5)『たそがれ酒場』
・今井正監督
(1)『真昼の暗黒』 (2)『青い山脈』 (3)『にごりえ』 (4)『米』 (5)『あれが港の灯だ』
・稲垣浩監督
(1)『手をつなぐ子等』 (2)『嵐』 (3)『無法松の一生』(三船敏郎主演) (4)『日本誕生』 (5)『忠臣蔵 花の巻 雪の巻』
好きな監督はまだたくさんいるので、パート2に続きます。
前回のロケーションの疑問もあり、映画『浮雲』のシナリオ(水木洋子、原作=林芙美子)を読んでみました。
小津映画は「小津安二郎全集」(新書館)、黒澤映画は「全集 黒澤明」(岩波書店)というシナリオ集が出版されていますが、
成瀬映画にはまとまったシナリオ集はありません。残念ですが。
『浮雲』はシナリオ作家協会編纂の「日本シナリオ大系3」の中に収録されており、図書館で借りてきました。
『浮雲』のシナリオは以前、やはり同書で一部を読んだことはあったと記憶していますが、今回すべてを読んでみました。
あらためて感じたのは、シナリオの中の台詞やシーンをかなり削除している事実です。
成瀬監督がシナリオの説明的な台詞などを「これはいらないね」といって鉛筆で棒線を引いていった
話は、助監督、脚本家や高峰秀子の証言などからも有名ですが、再認識しました。
シナリオだと、特に幸田ゆき子(高峰秀子)のパートでかなり長い台詞がありますが、
短くカットされています。確かに説明的で不自然だと思われる台詞も含まれています。
また
・伊香保から東京へ戻る汽車の中~ゆき子の部屋に立ち寄る富岡(森雅之)のシーン
・伊庭(山形勲)の大日向教会の長々とした描写(一部は映画にも出てくる)
・伊豆の長岡温泉から東京への汽車の中~到着する「品川駅」のシーン
などは映画では省略されています。
日本を代表する名シナリオライターの水木洋子。
彼女がこのようなシナリオの一部削除や変更にどのような対応をしたのか興味があります。
まあ成瀬監督ということで渋々承知したということなんでしょうけれど。
さて、シナリオではロケーション場所がどのように記述されているかです。
(1)富岡の家のある代々木上原は、シナリオでは「目白の切通し附近」
(2)冒頭二人が入る安宿は、シナリオでは「池袋の闇市附近」でホテイ・ホテルという名前。
また、ゆき子の住む荒物屋の物置はホテイ・ホテル近くの場所となっている
(3)伊香保温泉に行く直前に会う富岡とゆき子。映画では「千駄ヶ谷」駅で待ち合わせて
その界隈(推察)を歩くが、シナリオでは「四谷見附の駅前」~「東宮御所跡」
となっている
(4)シナリオには伊香保の宿泊先として「旅館金太夫」と具体名が記述されている。
「ホテル金太夫」は伊香保で現在も営業している
(5)映画では、ゆき子が代々木上原の富岡の家を訪ねると、表札が「太田」となっている。
その後、「(富岡さんからの)ハガキを持ってきて」と子供に伝えて、子供が部屋から葉書
を持ってくるが、葉書のアップの映像は無い
しかし、シナリオには、
その葉書-「太田金作様 世田谷区三宿二の一五六 高瀬方 富岡兼吾」
と書かれている。
三宿は三軒茶屋近く。「池尻大橋」駅と「三軒茶屋」駅の間。
ちなみに三宿の隣の世田谷区太子堂3丁目には、「林芙美子旧居」の碑が建っている。
映画の後半で、富岡が実家で療養中の妻の家族からの電報を見るショットがある。
電報のアップの映像で、カタカナで上記の三宿の住所が読み取れる。
葉書を見せず、電報で住所を示す成瀬演出の意図はわからない
(6)シナリオでは、上記の三宿の家はおせい(岡田茉莉子)の知合の家となっている。(おせいの台詞)
また、映画ではおせいの部屋はアパート1階の奥の部屋だが、シナリオでは「ガレージのついた大きな石門」
の住宅の2階の部屋となっている
(7)映画ではゆき子と富岡が夕暮れに歩くのは池袋と目白の間の道で、西武池袋線のガード下
を通る(本HPロケ地写真『浮雲』②参照)が、シナリオでは三宿の家の附近の「陸橋」となっている
(8)伊庭の大日向教会と自宅の場所は、映画では「渋谷区桜丘」(名刺のアップ)なっている。
シナリオには富岡が伊庭のメッセージ入りの名刺を見るという記述はあるが住所は書かれていない。
伊庭の家は「鷺ノ宮附近」と記述されている
(9)シナリオには「鹿児島・千石町附近 土砂降り-二人の乗った輪タクが走る。港近い町。」とある
その他、仏印ダラット(回想)や屋久島(ラスト)の場面が「伊豆」で撮影されたのは「成瀬巳喜男の設計」(中古智/蓮實重彦著 筑摩書房)
に詳しく書かれています。
以上がシナリオと映画の比較の一部ですが、映画に出てくる場所の設定は、成瀬監督の意図
であることがはっきりしました。合わせて、撮影スケジュールや美術スタッフからの提案などもあったのでしょう。
話は変りますが、現在発売中の雑誌「文学界」(文藝春秋)2018年9月号の特集「日本映画、ふたたび世界へ」
の東出昌大と柄本佑のインタビューの中に「成瀬巳喜男」の名前が出てきます。
柄本佑は成瀬映画の中でも『驟雨』が特に好きなようです。
今から25年くらい前、今は無い「銀座並木座」での成瀬特集を観に行ったときに、
ラフな格好で一人『驟雨』を観ている彼の父親・柄本明の姿を見かけたことがありました。
「これも成瀬映画の特徴の一つかもしれない」と最近感じているのが、成瀬映画での「住所」のショットです。
ロケ地紹介ページにもいくつか具体例を示していますが、成瀬映画には登場人物宛に届いた封書や名刺などがアップに
映るショットがわりかし多く出てきます。
アップに映るので当然ながら役名の宛名だけでなく住所も読み取れます。
他の監督と比較してみると、小津映画や黒澤映画では封筒や名刺の住所がアップで映し出されるようなショットは
私の記憶の限りでは無いように思います。あったとしてもかなりレアケースかと。
小津映画では台詞の中に具体的な地名が出てくることはあります。
例えば『東京暮色』には雑司が谷(東京都豊島区)や牛込の東五軒町(東京都新宿区)といった地名が。
成瀬映画ですが、古い例で言えば『妻よ薔薇のやうに』(1935 PCL)。
(以下番地は省略しますが、画面には番地も記述されています)
・君子(千葉早智子)と母親・悦子(伊藤智子)の夕食のシーン。俊作=君子の父/悦子の夫(丸山完夫)から封書が届く。
・君子が手に取った封筒の裏と表がアップで映る。中には信州で砂金取りに行っている俊作からの小切手が入っている。
・封筒の表に書かれている住所は「東京市赤坂区青山高樹町(+番地)」と読み取れる。これは現在の港区西麻布のあたりだろう。
・封筒の裏は「長野県」は読み取れるがそれ以降の住所は小さくて判読不能。
同じく1935年 PCLの『女優と詩人』・
・月風(宇留木浩)と千絵子(千葉早智子)夫婦の隣に住むお浜(戸田春子)と亭主の金太郎(三代目・三遊亭金馬)
・金馬は保険外交員という設定で、近くに引っ越してきた若夫婦(佐伯秀男、神田千鶴子)に保険の勧誘に行く。
・その時に金馬が差し出す名刺がアップで映し出される。
・そこには保険会社の名前や本社等の住所の後に、自宅として「東京市杉並区高円寺(+番地)」と書かれている。
さらに『浮雲』(1955 東宝)。
・冒頭、富岡(森雅之)の家を訪ねるゆき子(高峰秀子)。家の表札がアップで映し出される。
・そこには「渋谷区代々木上原(+番地) 富岡兼吾」と書かれている。
富岡とゆき子が鹿児島へ向かう直前のシーンで、富岡が手にした名刺がアップで映し出される。
・そこには大日向教会主事 伊庭杉夫(山形勲が演じている)、自宅は「渋谷区桜ヶ丘(+番地)」とある。
もう一つ、『娘・妻・母』(1960 東宝)の例。
・義母・坂西あき(三益愛子)宛の封書を手に取る和子(高峰秀子)。
・封筒の表には「世田谷区北沢町(+番地)」、裏には老人ホームの名前と「北多摩郡東村山町(+番地)」の文字がアップになる。
上記に挙げた以外にも『妻』(1953 東宝)では高峰三枝子が夫(上原謙)の浮気相手と疑う
丹阿弥弥津子の住んでいる住所として高円寺が出てきます。(高峰が名刺を見つける)
まだあるかもしれません。
疑問点は二つ。
(1)成瀬監督は何故、住所の書かれた封筒や名刺のアップのショットを好んで入れたのか
(2)書かれている住所は、当時本当にあった住所なのか、フェイク住所なのか
(2)は現在のように個人情報にはうるさくない時代だったので、おそらく当時実際にあった住所ではと推察しています。
ただしその住所の場所で実際にロケをしたかは何とも言えません。
『浮雲』の表札の富岡兼吾は明らかに登場人物=架空の名前ですが、住所は実際の住所だったのか?
そもそもあの木造の家は、現地にセットで建てたものなのか、実際の家をロケーションで使わせてもらったものか?
現在の代々木上原の住所のあたりをグーグル地図の画像で見ても、当然ながらあの家は見つけられませんし、
映画で森雅之と高峰秀子が歩く、空き地や蔵のような建物のある場所もまったくわかりません。
なんといっても今から63年前の映画です。
山形勲演じる伊庭の名刺に書かれている自宅の住所(渋谷区桜ヶ丘二十三番地)は、実は現在でも同じ番地があり、
現在は「渋谷区文化総合センター大和田」(渋谷区桜丘町23-21)というコンサートや落語会なども行っているホールの入っている
大きな建物が建っています。
映画の中では、森雅之が高峰秀子を訪ねるシーンでこの山形勲の教会のある家が出てきますが、あのロケが上記の住所だったのか検証は困難です。
(1)はシナリオに指定されていた可能性もありますが、シナリオにある説明的な台詞を省略してしまうことで有名な
成瀬監督ですから、アップのショットを入れたのは成瀬監督の意図であることは間違いないでしょう。
当時の実際の住所(ほとんどが旧町名なので昔の東京の住宅地図などを見ないと実際の住所か不明ですが)
を入れることによって、ドラマのリアリティを深めようとしたのかもしれません。
新聞報道にありましたが先日7/19に脚本家・映画監督の橋本忍さんが100歳でお亡くなりになりました。
黒澤映画をはじめ数々の名作の脚本家として有名な方ですが、成瀬映画も『コタンの口笛』『鰯雲』の2作品の脚本を書かれています。
この2本は、成瀬映画の中では題材の面からも少し異色作ですが、私は好きな作品です。
100歳ということは、今年生誕100年の川島雄三監督やイングマル・ベルイマン監督と同い年ということになります。
ご冥福をお祈りいたします。
新文芸坐での三船敏郎特集は連日大盛況のようでしたが、私は未見の『天下泰平』と『続天下泰平』(両方とも 杉江敏男監督 1955 東宝)を
観てきました。平日の上映でしたが、未DVD化であまり上映もされないレアな三船映画ということか、かなり混んでいました。
源氏鶏太原作の会社もので、三船は立春大吉という凄い名前の役。シベリア帰りの会社員を演じています。
この映画はあまり期待しないで観に行ったのですが、テンポが良くプログラムピクチャーとしてかなり面白かったです。
この時期の三船敏郎と笠智衆、佐野周二との共演は珍しいでしょう。
元社長で現在総務部長役(会社を乗っ取られたため)の笠智衆が屋敷でピアノを弾くシーンは新鮮でした。
小津映画で詩吟を披露したりは観たことはありますが、ピアノを弾く(曲名は不明ですが明らかにクラシックの曲)笠智衆は『天下泰平』だけではないかと。
その他には東宝映画でお馴染みの、久慈あさみ、司葉子、宝田明、藤原釜足、左ト全、田島義文、飯田蝶子、堺左千夫など。
現在の日本映画と比べると脇役の個性が際立っています。みんなそれぞれいい味を出していて、昔の日本映画の魅力の大きな要素の一つではないかと。
会社を乗っ取って支配しているのが上田吉二郎と見明凡太郎。この二人の憎らしい演技もさすがです。
ロケーションとして、笠智衆の屋敷から三船、久慈、司の3人が夜道を歩くシーンに、当時の小田急線「下北沢駅」が映っていました。
それにしても侍や軍人役の多いイメージのある三船敏郎ですが、本作のようなサラリーマン役も素敵です。
成瀬映画『妻の心』の銀行員役の三船敏郎が気に入っている私としては、本作の三船敏郎もとても魅力的でした。
同じく源氏鶏太原作で有馬稲子主演の『ひまわり娘』(千葉泰樹監督 1953 東宝)でも有馬稲子が入社する会社の先輩社員役で
出演しています。
写真=新文芸坐ロビーに展示されていた三船映画資料
1冊目は「三船敏郎、この10本 黒澤映画だけでない、世界のミフネ」(高田雅彦編著、三船プロダクション監修 白桃書房)。
内容はタイトル通りで、黒澤映画で語られることが圧倒的に多い三船敏郎の黒澤映画以外の様々な出演作を著者の思い入れたっぷりに紹介した
ものです。
私自身、三船敏郎を最初にスクリーンで観たのは、『連合艦隊司令長官山本五十六』(丸山誠治監督 1968 東宝)。
観たのはまだ10歳の時でしたが、三船敏郎が大スターであることは知っていました。
稲垣浩監督、岡本喜八監督などの数多く出演した作品と並んで、
出演した2本の成瀬映画『石中先生行状記 第三話 干草ぐるまの巻』(1950 新東宝)と『妻の心』(1956 東宝)
についても、かなり詳しく紹介されています。
『石中先生行状記』第三話のラストは、数ある成瀬映画の中でも最も幸福感に満ちたラストではないかと考えますが、
それは石中先生(宮田重雄)と村の青年・貞作(三船敏郎)との台詞のやり取り。
『妻の心』の地方都市(桐生)の実直な銀行員役は、共演した小林桂樹が「あの三船さんはとてもいい」と褒めていたのを
今は無い千石の三百人劇場のトークショーで聴いたことを思い出します。
私もまったくの同感で、雨の公園の休憩所での高峰秀子との少ない台詞と視線のやり取りのシーンは、
成瀬映画の雨の中でも名シーンの一つです。
トップページですでに紹介していますが、この本の出版を記念して現在、東京・池袋の新文芸坐で三船敏郎特集が行われています。
私も黒澤映画以外の三船敏郎出演作はわりかし多く観ているほうですが、
7/18に上映される『天下泰平』と『続天下泰平』(杉江敏男監督 1955 東宝)などは、本書を読んで初めて知りました。
2冊目は「脇役本 増補文庫版」(濱田研吾著 筑摩書房)。
これもタイトル通りで、昔の日本映画の数多くの脇役(中には主役を演じた方も含まれていますが)たちについて、
彼らの著書やエピソードなどを、これも思い入れたっぷりに紹介しています。
加東大介、中村伸郎、小沢栄太郎、山形勲、徳川夢声、山村聰といった成瀬映画でもおなじみの脇役たちについては
ある程度知っていたこともありますが、黒澤映画や東宝特撮ものなどでよく見る佐々木孝丸などは初めて知ること
ばかりで、日本映画ファンとしてはとてもためになる楽しい本です。
大坂のおばちゃん役では右に出る者のいない名バイプレーヤーの浪花千栄子の本名が「南口キクノ」で、
その名前がもとでオロナイン軟膏のコマーシャルに起用されたということも私は本書で初めて知りました。
本書を読むと、昔の日本映画界には本当に個性的な名脇役が数多くいたことを痛感します。
関連して、本書の発売告知声帯模写CMというのがユーチューブにアップされています。
活動弁士で、本書に登場する脇役の声帯模写も披露している坂本頼光氏。
山形勲、佐々木孝丸、佐分利信、多々良純、殿山泰司、小林重四郎。
声帯模写だけでなく、顔や手の動き(特に佐分利信)にも注目ですが、これは凄いです!!
特に昔の日本映画ファンは必見。こんな方がいたとは驚きました。
現在発売中のキネマ旬報7月下旬特別号には、「1970年代外国映画ベストテン」という特集が掲載されています。
それを読んでいて「私なら何を選ぶだろう?」と考え、選んでみました。
ちなみに多くの方が選んだベストテンの集計結果でキネマ旬報では
(1)『タクシードライバー』
(2)『ダーティハリー』
(3)『スターウォーズ』
(4)『ゴッドファーザー』
(5)『旅芸人の記録』
(6)『未知との遭遇』
(7)『ジョーズ』
(7)『時計じかけのオレンジ』
(7)『ミツバチのささやき』
(10)『地獄の黙示録』
とあり、その後の19位まで掲載されています。
1970年代は私が中学生~高校生~大学生の時代ですので、おそらく洋画を一番観ていて
また前半はロックやフォーク、後半はクラシックやジャズなどの音楽を熱心に聴いていた時代です。
順位をつけるのは難しいので、順位無しに10本選んでみると
・『小さな恋のメロディ』
・『フレンチ・コネクション』
・『フレンチ・コネクション2』
・『ダーティハリー』
・『ぺーパームーン』
・『ザッツ・エンターテイメント』
・『フォローミー』
・『フロントページ』
・『オリエント急行殺人事件』
・『アニーホール』
となります。
『小さな恋のメロディ』はおそらくこれまで一番数多く観ている洋画です。
私の世代には思い入れの強い映画ですが、この映画は日本だけでヒットしたそう。
1971年の映画ですので私が映画館で何回も見たのは中学生の13歳の時ですが、
60歳になった今でもメロディ役のトレイシー・ハイドの可愛らしさにはグッときます。
ロンドンの初夏の風景と美しいビージーズの音楽がマッチしていて素晴らしい。
数多い刑事もの映画の中で一番好きなのが『フレンチ・コネクション』。
アカデミー賞作品でもあり言うまでもない名作です。
まだ治安の悪い時代のニューヨークの街並みのロケーションが魅力で、
高架地下鉄を見上げながら、下の道路で追いかけるカーチェースの迫力は
あれを超えるカーチェースは無いのではないかと。
あまり話題にならないのですが、続編でポパイ刑事(ジーン・ハックマン)が
単身フランス・マルセイユに乗り込む『フレンチ・コネクション2』も素晴らしい出来です。
ちなみに日本映画の刑事もので好きなのは『天国と地獄』『野良犬』『飢餓海峡』『幸福』(市川崑)など。
この時代の映画の特徴的なのはテーマ曲です。名曲が多い。
ここに挙げた『フォローミー』『オリエント急行殺人事件』の他にも
『フェリーニのアマルコルド』『チャイナタウン』『フレンズ』、そしてもちろん『スターウォーズ』など。
当時のラジオの洋楽ヒット番組などには、映画音楽が必ず何曲か入っていました。
この時代の映画で個人的に思い入れの強いのは「ロック映画」です。
今のようにユーチューブもないので、海外のロックバンドのコンサート風景を
観るのは映画が一番でした。
リアルタイムで観た作品としては
・ビートルズ『レット・イット・ビー』
・ローリング・ストーンズ『ギミ・シェルター』
・ジョージ・ハリソン他『バングラデシュのコンサート』
・ザ・バンド『ラストワルツ』
・『フィルモア最後のコンサート』(ラストに登場するサンタナが圧巻)
など。
NEW 2018.6.27 小津4Kデジタル修復版『東京暮色』鑑賞
トップページにも紹介しましたが、現在(~7/7)東京・新宿の「角川シネマ新宿」にて
生誕115年記念企画「小津4K 巨匠が見つめた7つの家族」が上映中です。
2.21のエッセイにも書きましたが、私が一番好きな『東京暮色』4Kデジタル修復版を観てきました。
小津映画の中で一番繰り返し観ているのが『東京暮色』なのですが、これまで映画館、ビデオ・DVD、テレビ放送
などで、少なくとも10回くらいは観ていると思います。
今回の4Kですが、想像以上に映像と音がクリアーになっていて驚きました。
映像のクリアーさに伴い今回感じたのは「照明」の素晴らしさ。
夜のシーンが多い本作では、モノクロ映像の陰影が際立って美しい。
有馬稲子と田村正巳が、夕暮れの「浜離宮」で言い争うシーン。
有馬稲子の顔、東京湾の船舶の形や光もくっきりと映し出されています。
4K+映画館のスクリーンで観て一番感じるのは、映像よりも音です。
DVD等では気付かない音がたくさん出てきます。。
メイン舞台となる雑司ヶ谷坂上の家の室内シーンでは、「時計の秒針」「犬の鳴き声」「列車の汽笛」。
笠智衆がタバコを吸うシーンでは、箱からタバコを出すかすかな音まで。
もちろん台詞もはっきりと聞こえるので、「こんな台詞だったんだ」と気付くことも。
本作に限らず小津映画の特色ですが、本作は特に軽やかなリズムの明るい曲想の音楽が魅力的です。
タイトルバックや映画の中でも随所に流れる斉藤高順作曲の有名な「サセレシア」の他、バーのシーンのラテン調の音楽や「ポルカ」など。
藤原釜足が主人の中華料理屋のシーンで流れる音楽は「沖縄民謡?」のような唄で、これは今回の4Kで観て初めて意識しました。
もちろん明るい曲だけでなく、ところどころに挿入されるもの悲しい曲もとてもいいです。
全体的に「暗い」映画で、それが小津映画の中で低評価の主な原因だと思われますが、
私には「暗い」ではなく「深い」と言う言葉の方がぴったりときます。
確かに「暗い」映画ではありますが、その中でユーモラスな台詞と演技の人物を配してバランスを取っています。
杉村春子、須賀不二夫、高橋貞二、藤原釜足、中村伸郎など。
映画の冒頭、笠智衆が訪れる小料理屋「小松」のカウンターでの、女主人・浦辺粂子と客の田中春男と笠智衆の
会話シーンは何度観ても引き込まれます。「このわた」という珍味はこのシーンの会話で初めて知りました。
有馬稲子が深夜の喫茶店(エトアール)で刑事(宮口精二)に補導されるシーン。
フィルムノワール調の描写が小津映画らしくなくそれも魅力です。マスク姿の宮口精二も迫力があり。
最初に店内で大きなポスターが一瞬映るのですが、ロバート・ミッチャムの顔のように見えました。
当時の映画ポスターかも。
成瀬映画では共演の無い原節子と相島喜久子(52歳)=山田五十鈴の二人のシーンも貴重です。
また、深夜の警察署を訪れるマスク姿の原節子には何度観ても「おおっ」と思ってしまいます。
ロケ地で、本HPでも写真をアップしている雑司ヶ谷の家の前の坂、麻雀屋の設定の五反田~大崎広小路などは知っていましたが
中華料理屋と踏切のある場所が大船駅近くの横須賀線の踏切だということは今回ネット検索(東京暮色 ロケ地)して
初めて知りました。映画の設定では蒲田あたりのようですが。
私は新書館から出版されたシナリオ集「小津安二郎全集」を保有しているので本作はシナリオでも
数回読んだことがあるのですが、シナリオで気付いたことをいくつか。
映画の冒頭の部分で、笠智衆の勤務する(監査役)銀行を訪問する妹の杉村春子。
シナリオには杉山周吉(笠智衆)は57歳、竹内重子(杉村春子)=化粧品会社の女社長は46歳とあります。
ちなみに長女・沼田孝子(原節子)は32歳、次女・杉山明子(有馬稲子)は21歳と書かれています。
その後、二人は昼食にうなぎを食べに行きますが、出かける時に女給仕が監査役室に入ってきて
女給仕:「東和印刷の専務さんの告別式は、明後日の一時からだそうです」
周吉:「一時・・・(と手帳につけ乍ら)青松寺だったね」
本作の照明担当は青松明という方なので、おそらく洒落でしょう。
小津映画の中でも名ラストシーンと評価の高い、北海道に旅立つ山田五十鈴と中村伸郎の上野駅のホームのシーン。
娘の原節子が見送りに来てくれるのではと何度も座席から窓をのぞき込む山田五十鈴。
ホームには学生(明治大学)たちが校歌を合唱している。
上野駅の12番線なので、12番という数字が何度か映ります。
本作の次の小津映画は『彼岸花』(1958)ですが、冒頭は東京駅のホームで新婚旅行の見送りのシーン。
この時のホームが「湘南電車」十二番線!
シナリオにも書かれていて、映画の画面にもはっきりと出てきます。
12という数字に何か意味があるかわかりませんが、単に小津監督と脚本家・野田高悟の遊び心でしょう。
この上野駅から東京駅への12番ホーム繋がりは今回初めて認識しました。
4Kデジタル修復版を観て『東京暮色』は小津映画の中でも最高の一本であることを再認識しました。
「角川シネマ新宿」ロビー展示
NEW 2018.6.14 川島雄三監督生誕100年③-気になること-
川島雄三生誕100年の公式サイトができたようです。
日活が作成したものなので、イベント内容などを見るとどうしても代表作『幕末太陽傳』が中心になっています。
2005年の成瀬監督生誕100年の時も『浮雲』の話題が圧倒的に多く、成瀬映画マニアとしては少し残念な気持ちがありました。
『幕末太陽傳』はもちろん大好きな映画ですし、日活時代の川島映画は駄作が無く、どれも素晴らしい作品ばかりです。
ただし、東宝時代の川島映画を最も愛するファンとしてはDVD化も少ない東宝時代の川島映画に光が当たってほしいと願うばかりです。
さて、現存する川島映画50作品をすべて観ていますが、それだけ観ていると気になることが出てきます。
最初は、気になるというより「何度観ても意味が分からない」疑問について。
川島監督が東宝(東京映画)に移籍して最初の映画『女であること』(1958)の冒頭。
映画のクレジットタイトル(若き美輪明宏が唄う姿)の後、舞台となる多摩川の丸子橋からの
画面左から右へのパンで住宅(森雅之、原節子夫婦が暮す家)が映ります。
続いて小津映画の『麦秋』の冒頭のような「鳥かご内の小鳥」がアップに。
その時に、突然飛行機の爆音とともに、戦闘機4機が鳥かごの上を飛んでいきます。
戦闘機といってもラジコンのようなサイズなのですが。
戦闘機について詳しくなく、また画面に登場するのは一瞬ですので何とも言えませんが「ゼロ戦」のように見えます。
続いて、おびえながら「鳥かご」を持って部屋の階段を上ろうとする香川京子(この家に同居している)。
「この戦闘機(ラジコン?)はいったい何なんだろう?」と当然思うのですが、説明するような台詞は出てきません。
死刑囚の娘=香川京子(死刑囚の担当弁護士がこの家の主の森雅之)の不安な気持ちを表現した幻影だと思うのですが、
とにかくまったく説明が無いのでわかりません。何度観ても不思議なショットです。本作は残念ながら未DVD化なので、
未見の方は上映があった時にでも是非確かめていただきたく。
次は、DVD化されている日活時代の『銀座二十四帖』(1955)。タイトル通り、銀座を主舞台にした面白い作品です。
三橋達也、月丘夢路、北原三枝、大坂志郎など川島映画常連の俳優が魅力的ですが、
私が気になったのは桃田豪という少し怪しい感じの洋画家役=安倍徹です。
安倍徹は1960年代~70年代の東映や大映などの任侠映画で「悪役」を多く演じていますが、
本作では、後年の役のイメージとは真逆の「気障で、柔らかい物腰」の洋画家を演じています。
この桃田豪なる人物が、赤塚不二夫「おそ松くん」のイヤミにそっくり!
「おそ松くん」は1962年から連載が始まったようなので、関係ないのかもしれないのですが、
「蝶ネクタイ」「口髭」そして「・・・ざんす」といった言葉遣い、雰囲気がイヤミそのものです。
赤塚不二夫は相当の映画マニアだったようです。本作の1955年当時はちょうど伝説の「トキワ荘」時代です。
私の勝手な想像ですが、赤塚不二夫は当時本作を観て、頭のどこかに本作の安倍徹が演じた気障な洋画家の
イメージがあったのではないか。本作はレンタルDVDでも観られるので確認してください。
川島映画には、ある街を舞台に、ナレーションや台詞も使ってその街を徹底的に紹介する作品が多数あります。
・銀座=『銀座二十四帖』『人も歩けば』(+新橋)『新東京行進曲』『学生社長』など
・洲崎=『洲崎パラダイス 赤信号』
・赤坂=『赤坂の姉妹より 夜の肌』
・上野・湯島=『喜劇 とんかつ一代』
・品川=『幕末太陽傳』
・九段=『女は二度生まれる』
・浦安(映画では浦粕)=『青べか物語』
・箱根・芦之湯=『箱根山』
・浅草=『とんかつ大将』『お嬢さん社長』 など
その中でも川島映画に頻繁に登場するのは大阪(+京都)です。
川島映画の中で大阪をメイン舞台にした作品は以下の4本。
・監督デビュー作の『還って来た男』
・『わが町』
・『貸間あり』
・『暖簾』
川島監督は大阪と相性がいいのか、この4本はすべて傑作です。
また大阪の中でも静かな寺町の雰囲気があり、趣のある坂が多い天王寺区の夕陽ヶ丘、谷町、上汐町界隈が主な舞台となっていて、
大阪の別の魅力を感じることができます。
私は東京生まれ東京育ちですが、川島映画のロケ地の写真を撮りに行くためにこの界隈を何度か訪れて、
大阪で一番好きな地域となりました。
ただし、大阪(+京都)が登場するのはこの4本だけではありません。
川島映画には東京が舞台の映画でも、大阪(+京都)ロケ地が実に多く出てきます。
私の記憶の限りですが
<松竹>
・『娘はかく抗議する』
・『花咲く風』
・『純潔革命』
・『東京マダムと大阪夫人』
・『昨日と明日の間』
<日活>
*『愛のお荷物』(京都)
・『あした来る人』
・『銀座二十四帖』(「大阪球場」など)
*『風船』(京都)
・『飢える魂』
<東宝・東京・宝塚>
・『女であること』(アバンタイトルで自転車に乗る久我美子を捉えた大阪の街並みが登場)
*『特急にっぽん』(京都)
<大映>
*『雁の寺』(京都)
川島映画は一般的に「大阪」や「京都」のイメージは少ないと思われますが、「大阪(+京都)」は
川島映画に欠かせない要素だと思います。
NEW 2018.5.29 川島雄三監督生誕100年②-編集術-
川島映画を観ていると、成瀬映画で観たような表現がわりかし多く出てきます。
ショット(カット)からショットへの繋がり、そして時間経過や別の場所への場面転換などの「編集術」です。
これは脚本家のシナリオ、監督の演出、編集スタッフなどの共同作業と言えましょう。
川島映画も成瀬映画も、基本的には映画のテンポとリズムが快調で、観ていて心地よさを感じます。
もちろん作品によって「だらだらと説明的なテンポの遅い」駄作もありますが。
快調なリズムとテンポの要素は、説明的な演技や台詞を省略することに尽きるかと思います。
映像や音声等を様々な手法で編集することによってそれは可能になります。
これは映画のテーマといったものにはほとんど関係なく、ただ観客に映画を飽きさせないように
したいという脚本家や監督の職人気質や洒落た遊び心から来ていると思います。
私が成瀬映画や川島映画を愛する理由は、こういった洒落っ気も要素の一つです。
中には何度か観ないと気づかない複雑な手法もあり、そういうのを見つけるのも映画を観る
愉しさの一つです。
さて、川島映画の中で、私が心に残った面白い編集術を、いくつか実例で挙げてみます。
(1)台詞でつないだもの
■『愛のお荷物』(1955 日活)DVD化
・産婦人科の診察室での新木錠三郎(山村聰)の妻・蘭子(轟夕起子)と産婦人科医 (三島雅夫)の会話のシーン。
48歳の轟夕起子は医師から妊娠したことを告げられる。
①(轟夕起子)診察室で「でもあたくし、この年になってそんなはずは」
<場面転換>
②(北原三枝)「ところがそうなんですもの」と公園の滑り台から滑る五大冴子(北原三枝)とそれに続く恋人・新木錠太郎(三橋達也)。
北原三枝は山村聰演じる厚生大臣の秘書、三橋達也は山村聰の息子である。
この台詞のつながりだと、北原三枝は轟夕起子の意外な妊娠の噂を息子の三橋達也に話しているのかと錯覚するが、
実は北原三枝自身が三橋達也との間の子を授かった ことを伝えているという展開となる。
観客が台詞の意味から予想した次の展開を外す点で、ロケ地写真で紹介した『飢える魂』(1956 日活)でのすき焼き屋の場面転換も同じような手法
■『女であること』(1958 東京映画)
・弁護士の佐山貞次(森雅之)と妻の市子(原節子)。父親が刑務所にはいっている死刑囚の娘・寺木妙子(香川京子)を預かっていた夫婦が、
男子学生(石浜朗)と駆け落ちして出て行った香川京子について話すシーン。
①廊下にある書庫で本を開いている森雅之に対して原節子が「~やりきれません」
②本をもったまま振り向いた森雅之が「どういう意味だ」
<場面転換>
③廊下ではなく居間の椅子に座っている森雅之と立ったままの原節子のショット。
しかし台詞は連続していて、原節子は立ったまま「どういう意味って~」と話しかける。
書庫での森雅之の台詞に対する原節子の回答の台詞は、居間に移動して連続しているように描かれる。
リアリティの点では疑問だが、映画のテンポを良くしている。。
小道具を介して別の場面につなげる。ドラマの中の小道具の活用はシナリオの基本的なテクニック。
■『還って来た男』(1944 松竹)
・戦地帰りの軍医・中瀬古庄平(佐野周二)が故郷の大阪に向かう汽車の中で、美しい女性・辻節子(三浦光子)と偶然隣り合わせ車中で将棋を指すシーン。
①二人が将棋を指していて佐野周二が盤を見ながら「あっ、僕のが間違っている」と言い、それを笑う三浦光子の横顔
<場面転換>
②将棋盤のアップ
③車中ではなく和室で佐野周二と父・中瀬古庄三(笠智衆)が将棋を指している。佐野周二は大阪の実家に戻ってきている。
■『あした来る人』(1955 日活) DVD化
・カジカの研究家・曾根二郎(三國連太郎)と大貫八千代(月丘夢路)の特急の中での偶然の出会いの回想シーン。
①特急の座席で三國連太郎は月丘夢路にカジカの絵を一枚一枚見せて説明する。
<場面転換>
②カジカの絵のアップ
③回想シーンから現在に戻り月丘夢路の父親である実業家・梶大助(山村聰)に対してカジカの絵を説明している三國連太郎。
(3)映像でつないだもの
ある映像を連鎖的につなげる手法。
■『箱根山』(1962 東宝)
・映画のタイトルバックで最後に登場する「芦ノ湖」。監督川島雄三のクレジット。
①「芦ノ湖」を俯瞰でとらえた映像には、画面右側にいくつかの放物線を描いた水が湖水に落ちている。
<場面転換>
②続くファーストシーン。「芦ノ湖」を見下ろす高台のスカイライン建設現場。
立小便をしている氏田観光社長の北条一角(東野英治郎)のヘルメットをかぶった顔のアップ。
「くだらん、同じ場所で競争するなんて資本主義の1年生だ」とつぶやく。
川島映画には男の立小便(後姿が多い)のショットが多く登場するのは有名だが。これもその一つ。
その前の芦ノ湖の水の放物線ショットを立小便の行為とリンクさせている(と思われる)。
これは編集が②→①であれば気付くかもしれないが、この順番での編集では気付くのは難しい。
私も気づいたのは録画ブルーレイで5回目くらいだった。
極めてマニアックな編集表現で、川島雄三らしい洒落た映像の遊びだ。
「アクションつなぎ」とは、通常は一人の人物のアクションを2つのショットに分けて撮ることを指す。
例えば、ある人物が座っていて立ち上がろうとする。その際に
(1)立ち上がる途中までの動き
(引き=ロングショットの映像で)
(2)立ち上がった人物
というように人物の一つのアクションを分割してつなぐ手法だ。
英語では(cuting in actionまたはcuting on actionという)
通常は一人の人物の同じ場所でのショットの分割であり場面転換ではない。
小津映画(例:『秋日和』での中村伸郎の和室でのシーンなど)でもよく見られる古典的な手法だ。
しかし、これを人物Aの動きの途中→場面転換→Aの動きの途中からBの動きにつなげるという面白い手法がある。
これが得意な映画監督は成瀬巳喜男と岡本喜八である。川島雄三も目立たないようにこの手法を使っている。
■『東京マダムと大阪夫人』(1953 松竹)
・東京の下町の実家を家出した康子(芦川いづみ)が東京郊外の「あひるが丘」社宅に住む姉で、伊東光雄(三橋達也)の妻・美枝子(月丘夢路)の部屋を訪ねるシーン。
①庭先から姿を現した芦川いづみは月丘夢路の顔を見て「お姉さん」と言って、抱きつく
<抱きつく直前のアクションで場面転換>
②泣きながら抱きつく二人の人物の姿。しかし芦川いづみと月丘夢路ではなく、
会社の送別会で大阪へ転勤していく人事課長の秋元(多々良純)に抱きついている部下の男の姿となる。
これは別の人物のアクションつなぎであると同時に、観客が映像から予想した次の展開を外す点で前述の(1)に近い。
■『女であること』(1958 東京映画)
・寺木妙子(香川京子)が外出のために庭の木戸を開けるシーン
①香川京子が木戸を開ける
<閉める途中のアクションで場面転換>
②玄関の立派なドアを閉める市子(原節子)。夫(森雅之)の自動車での出勤を見送る。
同じ家の異なるドアを、開けて、閉めるアクションを二人の人物のアクションでつないでいてとてもリズミカルな映像となっている。
映画やテレビなどの映像作品にしかできない手法だ。
川端康成原作の『女であること』は日活から東宝(正確には東京映画)に移籍した1本目で、川島映画にはこれ1本だけの出演である
原節子、香川京子、久我美子の他、成瀬映画の常連である森雅之(川島映画には『風船』(1956 日活)にも出演)、中北千枝子
など、川島映画の中で最も成瀬映画の雰囲気を漂わせている。従って、このようなアクションつなぎを観ると、一瞬成瀬映画かと錯覚
してしまう。
(5)「時間経過」の省略法
■『わが町』(1956 日活) DVD化
・佐渡島他吉(辰巳柳太郎)が夕暮れの土手で客を乗せた人力車を引いているシーン。辰巳柳太郎のアクションをロングショット、横移動で一気に見せる。
画面には「昭和十年 比律賓(注フィリピンの漢字表記)独立、昭和十二年 日華事変勃発、昭和十六年 太平洋戦争突入、昭和二十年 敗戦」と次々に画面に文字が映し出される。
文字によって時間経過の省略をする手法は多くの映画で使われる。しかし、このシーンは少し変わっている。
普通であれば人力車を引く辰巳柳太郎の姿を春夏秋冬の季節や様々な場所と組み合せたショット展開をさせ、そこに文字で年月を入れていく手法になるだろう。
例えば、黒澤明監督のデビュー作『姿三四郎』(1943 東宝)の冒頭には、姿三四郎(藤田進)の脱ぎ捨てた下駄を様々なシチュエーションのショット展開で時間経過を表現した極めて映画的な優れた演出がある。
しかしあえてショット展開をせずに、土手の上で人力車を引く辰巳柳太郎を横移動の長回しでそこに文字を入れて見せていく時間経過も極めて素晴らしい演出だ。
この横移動の長回しのワンシーンでなんと10年の年月経過を表しているのだ。
このシーンの次は、たくさんのハトが空を飛ぶショット、大阪城の天守閣、大阪城の近くでアメリカ兵を人力車に乗せた、年老いた辰巳柳太郎と続く。
ここからドラマは終戦後の大阪が舞台となっていく。
・若き実業家・立花烈(三橋達也)がクラシックの音楽会に、彼がひそかに想いを寄せている人妻の芝令子(南田洋子)と彼女の姪・味岡章子 (桑野みゆき)を招待するシーン。
①三人が演奏会場の席に座ってパンフレットを開くと音楽(シューベルト「未完成」)が流れ出す
<場面転換>
②「未完成」の音楽が流れている画面に車の走る映像。後部座席には南田洋子と桑野みゆきが乗っていて三橋達也の噂話をする。
車のラジオが映る(ラジオから音楽が聞こえているイメージ)
音楽会で演奏を聴いている三人の顔を少しは映すのが考えられる普通の演出だろう。
ここでは音楽をバックにしながら音楽会が終わって三橋達也と別れてからのシーンが描かれている。
これも成瀬映画でよく観るような、切れ味の良い時間省略演出だ。
川島映画の編集術のほんの一部を紹介してみました。
探していけば他の作品にも同様または別の手法も多用されていると思います。
川島雄三は、明治大学の文学部に進学し、大学では映画研究部に所属していたので、
若い頃から映画の様々なテクニックを研究していたのでしょう。
NEW 2018.5.23 川島雄三監督生誕100年と『青べか物語』
今年は川島雄三監督の生誕100年です。
私にとっては成瀬監督の次に好きな監督が川島監督なので、生誕100年の機会に多くの川島映画が上映や放送をされ、
再評価されることを願っています。
日活と大映時代の作品はすべてDVD化されていますが、松竹は数本、私が一番好みの東宝時代(東京映画、宝塚映画含む)
も3本くらいでしょうか。
東宝時代では先日お亡くなりになった星由里子さんが出演した傑作『箱根山』(1962 東宝)も未DVD化です。
東宝時代でDVD化されていない傑作の一つが『青べか物語』。
1962年の東京映画作品で、原作は山本周五郎、脚本は新藤兼人。
以前、日本映画専門チャンネルでハイビジョン放送された録画ブルーレイを持っているので久しぶりに観ました。
私は現存する川島映画50本をすべて観ていますが、一番好きなのは『人も歩けば』(1960 東京映画)です。
しかし、映画の完成度の高さからいうと、代表作『幕末太陽傳』(1957 日活)、ファンの多い『洲崎パラダイス 赤信号』(1956 日活)
よりも、本作こそが川島映画の最高傑作ではないかと思います。
成瀬映画で言えば、一番好きなのは『驟雨』ですが、最高傑作は『流れる』であるというのに感じが似ています。
あくまで個人的な考えですが。
本作の魅力はたくさんありますが、まずは東京湾の空撮から始まるオープニング(アバンタイトル)。
空撮映像にあわせた森繁久彌のドキュメンタリータッチのナレーション。
橋(浦粕橋)の手前に止まったバスから降りる先生(森繁久彌)。
橋の上で旧江戸川の広い河口(現在の東京ディズニーランド方向)を背景にタバコを手にしてモノローグ「私は何故この場所にやって来たんだろう」。
ここで、都会のネオンサインの映像をバックにモスグリーン色のタイトル。バックにはクールな曲調のジャズが流れます。
続いてのスタッフ、キャストのクレジットとタイトルバック。寿司屋でのユーモラスな会話シーン。
このアバンタイトルからタイトルそしてタイトルバックへの、何ともお洒落な感覚がたまりません。
本作はエピソードごとに分けられた「動」と「静」のバランスが絶妙です。
「動」に登場するのは浦粕(浦安)の奇妙な住民たち。
演じるのは東野英治郎、加藤武、桂小金治、中村是好、市原悦子、左幸子など。
エネルギッシュに早口でまくしたてる彼らは正に川島映画の猥雑さそのものです。
フェリーニ映画の登場人物のようでもあり。
一方の「静」。先生役の森繁久彌が買った青いべか船に乗って、海に出ていくシーンが何度か登場します。
岡崎宏三カメラマン撮影のカラー映像はとにかく美しい。特に、夕暮れの蒸気船の映像。
今回観て、何故かクロード・ルルーシュ監督『男と女』(1966)の海岸シーンの映像を連想しました。
音楽(池野成)では、後半、老船長(左ト全)から苦い初恋の思い出を船内で静かに聞いている森繁久彌のシーンに
流れるスパニッシュギターの音色もセンスの良さを感じます。
そしてラストシーンの不安げな重々しい曲。まるで社会派ミステリー映画を観終わったような気分にさせられます。
川島監督は自作を語るインタビューの中で「影響を受けたサルトルのラ・ノージー(嘔吐)の主人公
アントワーヌ・ロカンタンをこの『青べか物語』の主人公にする」といった難解なことを話しています。
前述の老船長のエピソードに入るシーンで、先生=森繁久彌のこのようなモノローグがあります。
「すべてが非現実的だ。古びた蒸気船の廃船があることや、そこに老船長がそのまま住んでいることさえ、何か
私の存在をかき消すように思われ」。少しサルトルっぽい文章と言えましょう。
本作には、いわゆる「放送禁止用語」がいくつか台詞の中にあるので、テレビ放送は難しいのかもしれません。
衛星劇場で放送中の川島雄三生誕100年特集は、現在松竹時代中期頃の作品を放送しているので、本作の放送は
かなり先になりそうです。
おそらく生誕100年の特集上映はどこかの名画座であると思われますが、本作はおそらくラインナップされるでしょう。
それにしてもDVD(できればブルーレイ)化が望まれます。
ネット検索で1962年のキネマ旬報ベストテン(30位まで掲載。1位は市川崑監督『私は二歳』(大映))を見たら、
川島映画では15位に『雁の寺』(大映)が入っていますが、本作が30位にも入っていないのは信じがたいです。
(ちなみに30位には成瀬映画『女の座』(東宝)が)
ただし、脚本賞には本作の新藤兼人(『青べか物語』、『しとやかな獣』(大映)他)が受賞しています。
NEW 2018.5.18 訃報 女優の星由里子さんがお亡くなりになりました
マスコミ報道されていますが、女優の星由里子さんが5月16日、肺がんのため京都市の病院でお亡くなりになりました。74歳。
突然の訃報で驚きましたし、私は子供の頃からのファンでしたので悲しいです。
いかにも東宝らしい、明るくて都会的な雰囲気のある素敵な女優さんでした。そしてあらためて言うまでもないですが本当に綺麗で。
心よりご冥福をお祈りいたします。
「若大将シリーズ」のマドンナ・澄子役が有名ですし、私は小学生の頃にリアルタイムで若大将シリーズを観ていたので
澄子役の星さんも大好きなのですが(特に『アルプスの若大将』のパンナム社員役の星さんは本当に綺麗)、
同時に、怪獣映画世代としては、『モスラ対ゴジラ』(1964)、『三大怪獣 地球最大の決戦』(1964)の星さんも
印象的です。この映画をリアルタイムで観たのは私がまだ6歳の時ですが、子供心に「綺麗なお姉さんだな」と思ったことは
記憶しています。
成瀬映画には、
・川島監督との共同監督作品『夜の流れ』(1960)→これはおそらく川島演出パート
・『妻として女として』(1961)
・『女の座』(1962)
・『女の歴史』(1963)
に出演されています。残念ながらすべて未DVD化です。
『妻として女として』は森雅之と淡島千景夫婦の娘・弘子役。ここでは女子大生役でまだ少女という感じの役柄です。
『女の座』では大家族・石川家の末娘、五女の雪子役。兄役の小林桂樹や姉役の淡路恵子、司葉子に
自分の意見を遠慮なしにはっきり述べる、明るい娘を好演しています。
『女の歴史』は、姑の信子役の高峰秀子に結婚を反対されながら、信子の一人息子・功平役の山崎努と
結婚し、団地(世田谷の大蔵団地=『七人の侍』のロケ地としても有名)に新居をかまえる、みどり役。
ホステスの役なのでこの作品での星さんはとても色っぽい。
ラスト近く、大蔵団地の横の道の雨のシーン。
息子の山崎努を交通事故で亡くした後に、みどりに暴言を吐き、それを詫びにタクシーで駆け付けた信子
とみどり。信子の謝罪の言葉を受け入れて、みどりは信子を許します。
このシーンの高峰秀子と星由里子の演技(雨の中で傘をさしての二人の絶妙な動かし方の成瀬演出)
は、数多い成瀬映画の雨のシーンでも屈指の名場面だと思います。
星さんとは、成瀬監督の関係者の会でこれまで3-4回お目にかかる機会があり、その時にいろいろな
話をさせていただきました。成瀬映画だけでなく『モスラ対ゴジラ』についても!
上記の大蔵団地のシーンでは、成瀬監督から「星君、何もしないでじっとしていてね」と言われたことがとても
印象的だったそうです。
これはおそらくほとんど知られていないことですが、星さんご自身がその会でおっしゃっていたことなので今回紹介しますが、
星さんのお母様の姓は「千葉」と言い、成瀬監督の最初の夫人(後に離婚)の女優・千葉早智子の親戚だったとのこと。
成瀬監督からも「親戚なんだってねぇ」と声をかけられたとおっしゃっていました。
→この話をされたのは2009年の会で私はその時のIC録音データを持っているので再度星さんのスピーチを確認しました。
星さんの数多い出演映画の中で個人的に好きなのは
・『箱根山』(1962 川島雄三監督)→共演は加山雄三。星さんは箱根の老舗旅館の娘・女子高生役。キュートそのもの。
・『地方記者』(1962 丸山誠治監督)
・『娘と私』(1962 堀川弘通監督)
・『沈丁花』(1966 千葉泰樹監督)
・『春らんまん』(1967 千葉泰樹監督)
・『恋する女たち』(1986 大森一樹監督)→金沢の小料理屋の女将役。少ししか出演していないが艶っぽさが印象に残る
など。テレビドラマはあまり観ていないのでわかりません。
残念ながら『恋する女たち』以外は未DVD化です。
新文芸座で上映中の「香川京子映画祭」。
私は今回行く機会が無かったのですが、
成瀬映画は『おかあさん』『杏っ子』『驟雨』『銀座化粧』の4本が上映されました。
ちなみに香川京子さんが出演している成瀬映画はあと一本『稲妻』をあわせて計5作品です。
成瀬映画はDVD化作品が少ないので、今回のような上映の度に
ご覧になった方たちがツィッター等に感想を投稿されたりします。
私はツィッターは検索して見るだけですが、今回投稿されたある方のコメントに
私も気付かなかった成瀬演出が紹介されていました。
映画は『驟雨』。
映画の中盤のシーン。佐野周二が勤める小さい化粧品会社の事務所。
以下がショット(カット)展開
(1)社長らしき人物が事務所にあらわれ、「今日の11:40から1階で話があるので
必ず時間厳守で全員参加するように』と話す。
(2)佐野周二は画面左側の隣の席の加東大介に「何だろう?」。
加東大介は不機嫌そうな顔で「どうせいい話じゃないだろう」
(3)佐野周二は事務所の画面右の方に顔を傾ける
(4)壁にかかった時計のアップ。時計の針は11:43をさしている
(5)(1)の社長が話をしている
時間経過の省略に時計を使うことは、映画の脚本の基本的な手法の一つで別に珍しくありません。
ただ本作の使い方は少し変わっています。
ツィッター投稿の方も書いていましたが
(3)の佐野周二のアクションの後に(4)時計のアップなので
観客は佐野周二が事務所(2階?)の時計を見ている(当然11:40より前の時間)
と考えるのが普通なのですが、実は(4)の時計は1階の全員が集まっている部屋の時計で
11:40から始まった社長の話がすでに3分ほど経過している となっています。
(3)から(4)のショット展開はほんの一瞬なので、私も気付きませんでした。
『驟雨』は私が一番好きな成瀬映画ですので、スクリーンでも録画DVDでも10回以上は観ているのですが。
(3)の佐野周二のアクションを入れるところが、いかにも成瀬監督らしい!
このケースに限らず、成瀬映画におけるショットからショットやシーンからシーンへの「場面転換」は、
一瞬なので注意深く観ていないと気付くのは難しい。
今回上映された映画で言えば『おかあさん』。
(1)冬、香川京子が原っぱで「今川焼」を売っている。横に恋人の岡田英次と近所のおじさん
(2)今川焼と書かれた旗が風になびいている
(3)旗がクルっと回転するとアイスキャンディーと書かれた旗に
(4)アイスキャンディーを売っている香川京子。横に岡田英次と近所のおじさん
これは水木洋子の脚本に指定されているのか、成瀬監督の演出なのかは不明ですが、
これも小道具の旗一つで、一瞬にして冬から夏へ場面転換するテンポのいい素晴らしい演出です。
これは分かりやすい例かもしれません。
『杏っ子』。
杏子(香川京子)と亮吉(木村功)の新婚初夜の旅館のシーン。
(1)女中が部屋に入ってきて「お床を敷かせていただきます」
(2)木村功は「どうぞ、もう一度お湯に入って来るかな」と言って部屋を出ていく
(3)香川京子は、部屋の窓の横の椅子にすわり照れくさそうにしている。
押し入れから布団を出して敷いている女中の姿(窓側からのロングショット)
場面転換
(4)画面に「昭和二十五年」の文字(新婚から3年目を意味する)
チンドン屋が演奏して路地を歩いている
(5)小さい庭から布団を取り込んでいる香川京子
この場面転換は(4)が挿入されていて直接的なショット展開ではないのですが、
「布団」つながりなんですね。あわせて布団自体を「恥じらい」から「日常」への変化として
表現しているのでしょう。成瀬映画の場面転換の演出の中でもベストのものではないかと思います。
『杏っ子』は田中澄江と成瀬監督の共同脚本です。
気付いたのは、『杏っ子』を3-4回目に観たときだったかと記憶しています。
このことはすでに本HPのどこかに書いたと思いますが。
成瀬監督はかなり凝ったショット展開や場面転換を隠し味のように出してきます。
ただし、それは観客へのサービス精神で遊び心いっぱいなので嫌味がありません。
この演出の隠し味や遊び心は小津映画にも共通しています。
松竹蒲田時代に多くのサイレント映画を撮っていたこと、そして松竹蒲田~大船調が
映画のリズムとテンポを重視していたことの影響もあるようです。
東京生まれの江戸っ子気質も偉大な二人の映画監督に共通しています。
こういう隠し味のような洒落た演出を探すのも成瀬映画を観る楽しみの一つです。
「第90回アカデミー賞」が3/4に開催されました。
現在は、ほぼリアルタイムにユーチューブで見ることができるので便利です。
今回ノミネートされた作品では『スリービルボード』だけは観ていますが、とてもいい映画でした。
主演女優賞と助演男優賞はとりましたが、脚本賞や作品賞はとれませんでした。
ユーチューブで過去のアカデミー賞を検索すると、数多くの映像がアップされています。
OSCAR・・・・と・・・・の所に西暦か人物名を入れれば、その年の(正確にはその前年公開の作品)
各パートの受賞風景を見ることができます。
以前から何回か検索して視聴したことはありましたが、今回あらためて検索してみてかなり古い時代から
の映像がアップされているのに驚きました。さすがアカデミー賞です。
アカデミー賞がアメリカで初めてテレビ中継されたのは1953(昭和28)年とのこと。
(ユーチューブ映像に英語でそのように書かれています)
1953年以前の映像は、フィルムで撮影された映像が多数アップされていて1930年代からあるのは
凄いことです。
監督で言えばビリー・ワイルダー、フェデリコ・フェリーニ、クロード・ルルーシュなどの
受賞のスピーチを見ることができます。フェリーニとルルーシュは外国語映画賞です。
黒澤監督は1986と1990の授賞式に登場しています。
俳優では『ローマの休日』のオードリー・ヘップバーン(oscar 1954)、
『喝采』(The Country Girl)のグレース・ケリー(oscar 1955)など。
それと比較して思うのは日本映画です。
最近の授賞式の映像は、キネマ旬報ベストテン、ブルーリボン賞、毎日映画コンクール、日本アカデミー賞
などが多数ユーチューブ上にアップされていて見ることができますが、
上記のアカデミー賞のような古い映像は見つけることができません。
日本映画の黄金時代と言われている1950年代に、キネマ旬報ベストテン、ブルーリボン賞、毎日映画コンクール
といった映画賞はもちろんあったわけですが、
その時の授賞式がどのような形で行われていたのか、また記録映像を撮影していたのか
について私は知識を持ち合わせていません。
現在のように観客入りということはなかったのでしょうが、監督や俳優や各パートのスタッフ
は授賞式に出席していたのかどうか。出席していたとしたらその時にスピーチがあったのかどうか。
そしてなんといってもその様子をフィルムで撮影していたのかどうか。
すべて疑問です。
これは想像ですが、もし成瀬監督が昭和30年『浮雲』でキネマ旬報第一位(ブルーリボン作品賞も)の受賞の時に
授賞式(それ自体があったのかどうか不明ですが)に出席して、一言スピーチをした映像がフィルムで撮影されていたとしたら
是非見てみたいものです。
シャイだったらしい成瀬監督はそのようなところには出席しなかったとは思うのですが。
前にも書きましたが、小津監督の声は残されていて(確かラジオ番組出演時)聴いたことがありますが
成瀬監督の肉声というのを聴いたことがないのです。
アカデミー賞が1930年代から記録として撮影されていたということは
日米のアーカイブ、特に映画関連の記録映像に関する意識に差があったということなんでしょう。
NEW 2018.2.21 ベルリン国際映画祭 小津映画『東京暮色』4Kデジタル修復版上映
ベルリン国際映画祭で『東京暮色』4K版が上映されたそうです。
詳細は松竹の本サイト参照
本HPの中に何度も書いていますが、私は成瀬映画マニアになる前は小津映画マニアでしたので、
松竹蒲田時代のサイレント映画の何本か以外は、小津映画もすべて観ています。
その中で、一番好きな小津映画が『東京暮色』です。
本作は小津映画には珍しく季節は冬で、ストーリーも全体の雰囲気も重苦しく(音楽だけは軽やかですが)
封切られた昭和32年当時の評価は低く、興行的にも良くなかったとのこと。
しかしこの映画は何度も観たくなる不思議な魅力を持っています。
小津映画唯一の出演の山田五十鈴の名演技に唸りますが、
夫と喧嘩し小さい娘を連れて実家に戻ってきている原節子、妹役でダメ男に翻弄されるヒロインの有馬稲子、
そして小津映画常連の笠智衆、杉村春子、中村伸郎など。誰もが素晴らしい演技を見せてくれます。
東京の雑司ヶ谷の高台にある笠智衆の家への坂道の映像が何度も出てきますが、人物の心理と坂道
が上手く演出されていて(特にラスト前の山田五十鈴が坂道を降りていくシーン)、
やはり小津は映像作家だとあらためて認識させられます。
今から20年くらい前、旅行に行ったパリ・カルチェラタンの小さい映画館で『東京暮色』をフランス語字幕版で観たことがあります。
知人からはパリまで行って小津映画観ることないだろうと言われましたが、上映前に行列を作っていて嬉しくなり思わず入ってしまいました。
日本人は私一人だったと思います。
今回のベルリン映画祭でのタイトルは『Tokyo Twilight』ですが、パリではフランス語で
『Crépuscule à Tokyo』。
『東京暮色』というタイトルは小津映画の中でも一番趣のあるタイトル(特に暮色!)だと思うのですが、
暮色というニュアンスは、トワイライトよりもクレプスキュール(黄昏)の方がぴったりのように感じます。
今から25年ほど前、松竹の大船撮影所が無くなる少し前に、松竹撮影所OB会というのがあって、
私の知人に小津映画や川島映画の脇役に出られていた方がいらしたので、
その方から「小津ファン」ということで特別に一緒に連れて行ってもらったことがあります。
その時に、小津組スタッフの一人で、進行を担当されていた清水富二さんを紹介していただき、
私が『東京暮色』が一番好きな小津映画ですと話したところ、清水さんから
「あんちゃん、嬉しいねえ。あの映画は評価が低かったのだけど、おっちゃん(小津監督)は凄く乗っていたんだよ。
今頃草葉の陰で喜んでるよ」と。
撮影エピソードなども話してくださり、とても貴重な経験をしました。
私は4K版は『七人の侍』だけしか観たことがないのですが、映像と音のクリアさは驚くほどで、
全体的に画調が少し暗い『東京暮色』は是非4Kデジタル修復版で観てみたいものです。
NEW 2018.1.19 訃報 俳優の夏木陽介さんがお亡くなりになりました
報道にあるように、俳優の夏木陽介さんが1月14日に病気でお亡くなりになりました。81歳。
1960年代の東宝の数多くの映画に出演されている夏木さんですが、成瀬映画にも2本出演されています。
『秋立ちぬ』(1960)と『女の座』(1962)。
『秋立ちぬ』では、新富町の八百屋の息子=章太郎役。
長野から上京した秀男(大沢健三郎)の面倒を見る優しい青年を好演しています。
秀男を後ろに乗せてオートバイで多摩川へ連れて行き(秀男がカブトムシを探すため)
現在の小田急線「和泉多摩川駅」と「登戸駅」あたりの多摩川で泳ぐシーンは貴重。
『女の座』では、気象庁に勤める少し風変わりな青年=青山役。
次郎(小林桂樹)が経営する中華料理店に毎日通っており、
店主の小林桂樹が不在で、妹・夏子(司葉子)が店番をしている時、
勝手に厨房に入っていき、いつも注文しているラーメンを自分で作ってしまう!
成瀬映画の数多いユーモラスなシーンの中でも、特に印象的なシーンの一つです。
この二作品は成瀬映画の中でもかなり好きな作品です。残念ながら未DVD化です。
成瀬映画以外では
・『地方記者』(1962 丸山誠治監督)
・『沈丁花』(1966 千葉泰樹監督)
・『なつかしき笛や太鼓』(1967 木下恵介監督)主演
などの文芸作品が印象深い。
私の世代的には
・『宇宙大怪獣ドゴラ』(1964 本多猪四郎監督)
・『三大怪獣 地球最大の決戦』(1964 本多猪四郎監督)
そしてテレビドラマの『青春とはなんだ』(日本テレビ 1965-66)
を小学生低学年の時にリアルタイムで観ていますので、夏木さんは
子供のころから顔を知っている俳優さんでした。
キングギドラが初登場した名作『三大怪獣~』での刑事役の夏木さんは
今観てもとてもかっこいいです。
数年前、成瀬監督の関連の会でお目にかかる機会があり
成瀬映画と怪獣映画についていろいろと質問させていただきました。
夏木さん自身も、特に『秋立ちぬ』は好きな作品だとおっしゃっていました。
心よりご冥福をお祈りいたします。
これから正月という時期ですが、ふと「成瀬映画には年末から正月が描かれた作品はあったかな?」
という些細な疑問が浮かびました。
こういうことは結構気になるもので、といっても私が保有する成瀬映画の録画ブルーレイやDVDを
一つ一つ観て確かめることは時間的に無理なので、以下はあくまで私の記憶での記述です。
すぐ思い浮かぶのが『夫婦』と『浮雲』の2本です。
正確に言うと、この2本しか思い浮かびませんでした。
『夫婦』はクリスマスも描かれていて(杉葉子と三国連太郎が楽しそうに踊る、三國が杉にプレゼントするシーン)これも珍しい。
夫婦喧嘩して実家に帰っていた杉葉子が、大晦日の夜に夫・上原謙のところに戻ってきて、
一緒にラジオを聞きながらしんみりとした会話をするシーンも印象的です。
そして、正月。三国連太郎が近所の子供たちと空き地で凧をあげる。
新婚の小林桂樹(杉葉子の兄役)と豊島美智子が上原、杉の家を訪ね、(確か)コタツに
はいりながら夫婦円満の秘訣などの会話をするシーンも、正月らしいのんびりした雰囲気が出ていました。
『浮雲』に出てくる正月は、森雅之と高峰秀子が出かけた伊香保温泉。
正月風景(獅子舞など)が数ショット描かれ、バーを経営する夫婦(加東大介と岡田茉莉子)
の家に行く森、高峰の4人が部屋のコタツで酒を飲みながらのシーンがあります。
ここでは加東大介が高峰秀子に酒をすすめて「正月だからいいじゃありませんか」
といった台詞があったように記憶しています。
この後、風呂に行く森を案内する岡田、そこで不倫関係になってしまうわけですが。
成瀬映画の季節というのは研究したことがなく、一代記ものなどでは春夏秋冬に展開する作品もありますが
どちらかというと夏~秋が多いかと思います。
(『まごころ』『旅役者』『秀子の車掌さん』『春の目ざめ』『石中先生行状記』
『めし』『稲妻』『あにいもうと』『山の音』『くちづけ』『流れる』『秋立ちぬ』『女の中にいる他人』『乱れ雲』など)
成瀬映画とよく対比される小津映画ですが、これはもう有名でほとんどの季節は夏~秋です。
唯一の例外が『東京暮色』で、画面に冬の空気の澄んだ感じがよく出ています。正月風景は無かったように思います。
私が一番好きな小津映画なのですが。
成瀬映画には松竹キネマ蒲田時代に『謹賀新年』(1933)という作品があり、これは当時の大谷社長、城戸所長を
はじめ、松竹キネマ蒲田所属の俳優たちが新年の挨拶をする企画ものだそうです。
NEW 2017.12.8 書籍「成城映画散歩」-成瀬監督関連記述について-
今年の6月に出版された「成城映画散歩」(高田雅彦著、白桃書房 \2,750+税)を読みました。
タイトル通り、世田谷区成城及びその界隈でロケーションされた映画(当然ながら東宝映画が多い)を紹介した本です。
映画の画面写真や現在地の写真などのモノクロ写真が多く掲載されていて、とても読みやすい本でした。
著者は成城学園に長く勤められ、現在も成城界隈にお住まいのようなので、
成城やその界隈のロケ場所の調査は細かく、読んで初めて知るロケ場所がほとんどでした。
その中で、成瀬監督関連の部分だけ一部紹介します。
本の最終章は「成瀬巳喜男と成城」(P241-248)で、ロケ地としては『女の歴史』と『乱れ雲』を紹介しています。
『女の歴史』は大蔵団地、『乱れ雲』は映画の冒頭で由美子(司葉子)が鍵を閉めて外出するアパート(寮?)。
この2つはすでに本HPのロケ地に写真掲載して紹介してあるので、新たな発見はありませんでした。
この章には成瀬映画の特徴が少し解説されていて、著者は黒澤映画ファン(「黒澤映画と成城」もあり)
のようですが、50歳を過ぎた頃から成瀬映画に魅かれたと書かれています。
また、スタッフのインタビューで証言が食い違っている「順撮り」か「中抜き」かについても記述されています。
「中抜き」とは人物AとBの会話のカットバックなどで、Aの台詞の複数のショットを一方的に撮影し、
続いてBも同様に撮影し、それを交互のように編集する技法です。
同方向で連続して撮影するので照明をいちいち変える必要がなく、「早撮り」監督がよく使うことで有名です。
私はこの論争については、故・石田勝心監督から「成瀬さんは中抜きの名人だった」と、それこそ何度も
聞かされましたし、中抜きでなければあれだけ多くの作品を短時間で撮影するのは難しいと思うので
「中抜き」を多用されたと思っています。もちろんシーンによっては「順撮り」もあったのかもしれません。
本書には「中抜き」の証言をしている方として須川栄三監督、岡本喜八監督そして石田勝心監督と
成瀬組の助監督経験者が挙げられていますが、実はもう一人『驟雨』『女が階段を上る時』『娘・妻・母』の助監督だった
廣澤榮さんが「日本映画の時代」(岩波書店 文庫本 同時代ライブラリー)の中の「成瀬巳喜男のしごと」で
『驟雨』の撮影の中抜きについてかなり細かく具体的に説明しています(P200)。
成瀬監督のお宅は、成城学園の横の道を北に向かってしばらく行った左側にあり(現在は無い)、
私は約20年くらい前に、一度前を通ったことがあります。
本書には***(映画監督、俳優、作家など)邸跡という地図が表紙の裏に記述されていて、
成瀬監督邸跡の場所もわかります。
黒澤監督が成瀬監督のことを非常に尊敬していたというのは、黒澤組の野上照代さんの著書「天気待ち」
などにも記述されていますが、本書にも黒澤監督が成城のご近所の青柳信雄監督のお宅で飲んだ時に
繰り返し言っていたのが「成瀬さんにはかなわない」という言葉だったとあります。
黒澤映画については私もかなり詳しいのですが、『悪い奴ほどよく眠る』の冒頭の結婚式に登場する
ビルの形の巨大なケーキが、私も立ち寄ったことがある成城学園前駅北口にある「成城凮月堂」の作
だというマニアックな話は知りませんでした。
また、私が最近(といっても11年前)の日本映画の中でとても気に入っている1本
『虹の女神 Rainbow Song』(監督 熊澤尚人 東宝 2006 上野樹里他出演)のロケの一部が
成城学園だったのは知っていましたが、本書にも詳しく書かれていて興味深かったです。
トップページに紹介した新文芸坐での山田五十鈴生誕100年上映。
山田五十鈴の成瀬映画出演は6本です。
成瀬映画における山田五十鈴の代表作は何といっても『流れる』でしょう。
その他、『鶴八鶴次郎』『歌行燈』『夜の流れ』(共同監督:川島雄三)そして今回は上映されませんが戦時中の『芝居道』
のどれも山田五十鈴の魅力いっぱいの達者な演技が楽しめます。
もう1本の『上海の月』。私も2005年にフィルムセンターで断片的に残った部分のみの短縮版で1回しか観ていませんが
これは実際の上海ロケで、山田五十鈴は中国人のスパイに扮していて、最後に銃弾に倒れるという成瀬映画とは思えない
展開の映画でした。フィルムセンターで観たときに驚いたことを覚えています。
この映画はフィルムセンター以外で観れることはまず無いでしょうね。
以前成瀬巳喜男劇場をやっていた日本映画専門チャンネルでも『上海の月』の放送はありませんでした。
山田五十鈴は戦前より、数多くの名監督の映画に出ています。
日本の映画監督でよく言われる小津、溝口、黒澤そして成瀬でいうと、山田五十鈴はこの四監督の作品に出演されています。
小津映画には今回上映され、私が個人的に小津映画で最も好きな『東京暮色』に出演されています。原節子や有馬稲子との共演も見ごたえあり。
少し話が脱線しますが、山田五十鈴以外では、田中絹代(黒澤映画では『赤ひげ』のみ)、香川京子(小津映画では『東京物語』のみ)
のお二人だけではないかと思います。もし他の女優でいたらメールでもご指摘していただきたく。
→2018.1.8記述追加:ある方からメールでご指摘いただき、女優1人(出雲八重子)、
男優2人(田中春男、菅井一郎)も四監督の映画に出演しているとのことでした。ご指摘ありがとうございました。
その女優とは
(1)主役(が多い)
・久我美子
・木暮実千代
・京マチ子
(2)脇役(が多い)
・東山千栄子
・浦辺粂子
・千石規子
・三好栄子
・杉村春子
・出雲八重子
興味のある方は四監督のどの映画に出演しているか、調べてみてください。ネットの日本映画データベースなどで簡単に検索できます。
他に調べた女優で三監督の作品に出ている女優としては
・原節子(溝口映画以外)
・杉村春子(溝口映画以外)→記述追加11.12: ある方からメールでご指摘があり、溝口健二『楊貴妃』に出演しているとのことでした。
ご指摘ありがとうございました。上のリストに杉村春子も追加します。
・中北千枝子(溝口映画以外)
・飯田蝶子(溝口映画以外→サイレント映画などに出ているかも?)
・高峰三枝子(黒澤映画以外)
・三宅邦子(黒澤映画以外)
・沢村貞子(黒澤映画以外)
などが挙げられます。
山田五十鈴はこの四巨匠以外でも、山中貞雄、マキノ雅弘、内田吐夢、衣笠貞之助、豊田四郎、山本薩夫、
木下恵介、渋谷実、川島雄三、市川崑などの名監督の作品にも出演されていて、あらためて凄い女優だと思いました。
多くの監督が起用したい演技のしっかりした名女優だということでしょう。
上記の四巨匠関連の話で、ではすべての監督作品に出演している男優は誰か?
これを書きながらも考え中なのですが、男優ではあまり思いつく人がいません。以下の3人(2018.1.8修正5人)
・中村雁治郎。中村玉緒の父ですね。
・小沢栄太郎。(小津映画では『長屋紳士録』、黒澤映画では『醜聞』に出演)
・加東大介。
溝口映画には出ていないと思っていましたが『元禄忠臣蔵』『西鶴一代女』『赤線地帯』にも出てました。
加東大介は成瀬映画に17本出ていると思いますが、おそらく男優では一番多いかと。
・田中春男→2018.1.8追加 上記参照
・菅井一郎→2018.1.8追加 上記参照
主役では四巨匠のうち三人の監督の作品に出演しているのは、森雅之(小津映画以外出演)、志村喬(小津映画以外出演)、三船敏郎(小津映画以外出演)、
山村聰(黒澤映画以外出演)、笠智衆(溝口映画以外出演)など。
脇役も考えてみましたが、最初に思い浮かんだ上田吉二郎も小津映画には出演していないはず。藤原釜足も溝口映画には出演していないかと。
これももし上記の三人以外で、四巨匠の作品に(チョイ役でも)出演している男優がいればメールでお知らせいただきたく。
(10.8 情報追加)映画『ナラタージュ』(監督 行定勲)の公式ツィッターにアップされた30秒程度の動画(10月7日)
ヒロイン・有村架純が映画館を出てくるシーンで、映画館の入口が映ります。
そこには「成瀬巳喜男監督特集」とあり『浮雲』『流れる』『女が階段を上る時』とあります。
カメラ横にいる成瀬監督の横顔写真のポスターも見えます。
『浮雲』の雰囲気に合わせたのでしょうが、外の雨の情景と音が効果的。有村架純の振り返りも成瀬演出を感じさせます。
この3本はなかなかいいラインナップだと思いますが、
もう一つの要素はどれもDVD化されている作品+高峰秀子出演作品
トップページに紹介しましたが、TBSの深夜番組「オーマイ神様」という情報番組で、行定勲監督が『浮雲』の魅力について語っていました。
結論として、なかなか良い内容だったと思います。
行定監督は生誕100年の2005年に成瀬映画特集をしていた日本映画専門チャンネルでインタビュー番組も放送されていましたので
その頃から成瀬監督ファンであることは知っていました。
ちなみに管理者が編集協力させていただいた「成瀬巳喜男と映画の中の女優たち」(2005 ぴあ)のP152-153でそのインタビューが
採録されています。
今回の番組は、最近芸能人や政治家などに次々と起こった不倫騒動と行定監督の最新作の恋愛映画『ナラタージュ』(10/7公開)
の宣伝を兼ねたタイミングも番組が実現した大きな要素だったのでしょうね。
地上波の情報番組で成瀬映画が取り上げられるなんてほとんど無いことですから!
写真とイラストを使用したストーリー紹介も分かりやすかったですし、
・伊香保温泉でのコタツシーンでの森雅之と岡田茉莉子の視線の交錯(不倫の予感)のショット分析
・脚本から「説明的な台詞」を排除してしまうことの分析
など成瀬演出の基本的な要素を、分かりやすく紹介していました。
驚いたのは新作『ナラタージュ』の中で、有村架純が名画座で観ている映画を『浮雲』にしたこと。
高峰秀子、森雅之が伊香保温泉に行く直前の千駄ヶ谷界隈(正確な場所はいまだに不明)を二人で
歩くシーンが使用されています。
このシーンで高峰が言う「私たちって 行くところがないみたいね」を行定監督は『浮雲』を象徴する
台詞として選んでました。
他の監督の映画の中に成瀬映画が使用されているのは初めてかなと一瞬思ったのですが、実は過去にありました。
市川崑監督の傑作ラブコメディ『結婚行進曲』(1951 東宝)の中で、営業部長=上原謙とその秘書=杉葉子が
映画館で観ている映画が、成瀬監督の『めし』。
もちろんこの二人は『めし』にも出演しています。
映画館の中で上原謙が「あれはなんという俳優?」に対して杉葉子「上原謙」という台詞がありました。
きっかけはどうであれ成瀬映画をまったく知らなかった方たちが『ナラタージュ』を通じて成瀬作品に少しでも関心を持ってもらえれば
成瀬監督の研究家&ファンの一人としては嬉しいかぎりです。
成瀬映画の魅力については、本HPでも数多く記述しているので詳細は省略しますが、
これまでの成瀬論であまり語られていないと感じるのが、成瀬監督のユーモアセンスです。
一般的に代表作と言われている『浮雲』の暗くて重い印象もあり、「ヤルセナキオ」という
渾名で紹介されることが多いのですが、成瀬映画を1本1本観ていくとこの渾名は明らかに
間違っていると気付かれると思います。
作品にもよりますが、成瀬映画には「くすくす」と笑ってしまうようなユーモラスなシーンが実に多い。
といっても「あざとく笑わせよう」というのは皆無で、日常生活の中にある自然な笑いを上品に表現しているのが魅力です。
これは成瀬監督だけでなく、小津監督にも共通します。
親友でありライバルでもあった二人の監督は東京生まれであり、作品の中のユーモラスな映像表現や
台詞に「落語」のセンスを感じます。私が長年の落語ファンということもありますが。
私が成瀬映画の中でも『驟雨』や『流れる』などが特に好きな理由の一つは、随所にユーモラスなシーンが
あることと言えます。
最近、1955年のオムニバス映画『くちづけ』の中の成瀬監督演出の第三話『女同士』の中に
成瀬監督の遊び心に溢れたユーモラスな場面を発見しました。
原作は石坂洋次郎の短編で、脚本は松山善三。
『女同士』はラストの展開も含めて、映画自体がユーモラスな雰囲気に満ちていて私はとても好きな映画です。
ストーリーは開業医の夫婦(上原謙、高峰秀子)と住込みの看護婦(中村メイコ)、
看護婦と結婚することになる近所の八百屋のあんちゃん(小林桂樹)のほんのささいな出来事
を描いた夫婦ものです。
偶然に中村メイコの日記を読んでしまった高峰秀子。
そこには夫の上原謙への恋愛感情が書かれていて高峰秀子は少し慌てます。
夫への気持ちをそらすには中村メイコを結婚させようと考え、中村メイコに惚れているらしい
八百屋のあんちゃん=小林桂樹と一緒にさせようと画策します。その画策は見事成功するのですが・・・
上原謙と中村メイコが往診の際に小林桂樹の八百屋の前を歩いているシーン。
小林桂樹は中村メイコに話しかけ、二人は立ち止まって会話をします。
前を歩いていた上原謙を気にしてすぐに歩き出す中村メイコ。
それを見ていた八百屋のじいさん(小林桂樹の父親)は「女の子の尻ばかり追っかけているんじゃない」
と声をかけます。
このじいさんですが、よく見ると小林桂樹が老け役メイクの扮装をしています。一人二役。
この台詞だけの2-3秒の出演なので、気付くことは難しいと思います。
これが誰のアイデアだったのかは不明ですが、おそらく「観客にわかるかな?」といった成瀬監督の遊び心でしょうね。
さすがにこのような遊び心の演出は成瀬映画でもこれだけのように思います。
三話オムニバス『くちづけ』はDVD化されていないのですが、以前日本映画専門チャンネル「成瀬巳喜男劇場」で
数回放送されたので、その時の録画をお持ちの方は是非確認してみてください。
NEW 2017.8.24 石井輝男監督が語る成瀬演出について
石井輝男監督が新東宝時代の成瀬映画『銀座化粧』(1951)、『おかあさん』(1952)のチーフ助監督であったことは有名です。
成瀬映画の作風とは対極にあるような石井監督の映画ですが、いろいろなインタビューを読むと「成瀬先生」と呼んで師と仰いでいたようです。
その石井監督がフランス人のインタビューを受けて成瀬監督(一部清水宏監督についても)について語っている12分くらいの貴重な動画が
ユーチューブにアップされています。
石井輝男では出てこないのですが、teruo ishiiと検索すると「Interview with Teruo Ishii」(2004)Bernard Eisenschitz video interviewという動画が観れます。
このユーチューブ動画の中で語っている石井監督による成瀬演出でとても興味深いエピソードを紹介します。
石井監督の肉声は上記ユーチューブで検索を。
『おかあさん』の前半、肺を病んで寝ている三島雅夫の横に、職人仲間の加東大介が座って会話をするシーン。
加東大介は「入院しなよ」とすすめますが、三島雅夫はそれを拒みます。
このシーンのテストの時に、成瀬監督が「加東さん、タバコでも吸ってみますかね」と言ったそうです。
加東大介も「わかりました」と答え、タバコを出してマッチで火をつけようとしたその時、
成瀬監督が一言、「加東さん、吸えますか?」
それを聞いて加東大介は一瞬ドキッとした表情をした後、「すみません」と謝ったとのこと。
実際の映画でも、二人の会話が続いた後、加東大介は上着からタバコを取り出し手に持っている時に
布団に伏せっている三島雅夫がゴホゴホと小さく咳をします。それを見て加東大介はタバコをしまいます。
これはとても成瀬監督らしいエピソードかなと。
もし現代の監督が同様のことをやったら、俳優から文句がくるかもしれません。
「監督がそうしろと言ったんじゃないですか」と言いそう。
成瀬組のキャスト、スタッフはひそかに成瀬監督のことを「いじわるじいさん」と呼んでいたそうです。
私は成瀬映画の常連の、亡くなられた小林桂樹さんからも直接聞いたことがあります。
この『おかあさん』での演出エピソードは、正に「いじわるじいさん」という感じで、微笑ましい。
文句も言わずに「なるほど」と感じて頭を下げた加東大介の「大人の対応」もとてもいいです。
現代はビジネスの世界でも映画でもテレビでも「相手にわかりやすい説明」至上主義のように
感じることがあります。
その点、成瀬映画というのは「説明的な演出や会話」が少なく、相手の心理を深く読み取るスキルが
試されているのかもしれません。成瀬映画だけでなく小津映画にも通じると思いますが。
なおそのユーチューブの番組の英語での説明には、『晩菊』という記述があるのですが、
これは明らかに『おかあさん』の間違いでしょうね。
NEW 2017.8.14 成瀬映画にも出演していたゴジラ俳優・中島春雄さん
NEW 2017.5.19 『浮雲』には終のエンドマークが無い点について
*YouTube『浮雲』4Kデジタルリマスター版の上映を記念したトークショー動画(約25分)
NEW 2017.4.28 映画監督・成瀬巳喜男 初期傑作選(神保町シアター)
私が最初に成瀬映画を観たのはテレビ放送された『めし』で、確か1987~88年頃だったと記憶しているので
成瀬映画を観始めてかれこれ30年くらいになります。
それだけ長く観続けてきた私が今成瀬映画で最も魅力に感じるのが、「人物の配置と動き」です。
例えば、昨日NHKBSプレミアムで放送された『山の音』。
私は以前日本映画専門チャンネルで放送されたニュープリント版の録画DVDを
保有しているので久しぶりに(何回目覚えてないほど観ていますが)DVDで観ました。
ラストの新宿御苑での義父・山村聰と嫁・原節子の屋外シーン。
電話で原節子から呼び出された山村聰が画面の奥から手前に向かって歩いてくる。
ベンチに座っている原節子。
挨拶をかわして、成瀬映画によくある台詞「少し歩こうか」を山村聰が言って
二人は並んでゆっくりと歩き出します。
フランス式整形庭園のプラタナスの並木道で、ここは現在も映画当時の雰囲気が味わえます。
会話をしながらしばらく歩くと二人は立ち止まり、山村聰はベンチに腰掛け、
「菊子(=原節子)も座らないか」と声をかけます。
原節子はうなづいてベンチに向かってゆっくりと歩きますが、ベンチの手前で
立ち止まりベンチには座りません。
小津映画だと間違いなくベンチに座り、そこで二人の会話のカット(ショット)バックがあるところです。
二人の会話は、原節子が夫の上原謙と別れるというシリアスな内容で、原節子は涙を見せます。
立っている原節子とベンチに座っている山村聰の会話の後、立ち上がった山村聰が原節子に
近寄り、ゆっくりと歩きながら原節子に話をします。
山村聰がベンチから立ち上がるところは見せず、それは原節子の視線で表現されます。
山村聰は再びベンチに座り、最後は原節子が泣き崩れるようにして、ベンチに半身になって座ります。
この原節子のベンチへ座り込む角度も絶妙です。
その後、二人はまた歩き出し、有名な「ビスタ」についての会話で終わります。
これを実際の映画で緻密に組み立てられたショット展開で観ていくと、
二人の配置、左右への微妙な動きなどが実にスリリングに感じられます。
二人の動きとベンチの使い方も職人技としか言いようがありません。
会話の内容は少し深刻だとしても、二人の人物が昼間の公園で会話をしているだけの平凡な場面が
何故これほどスリリングに感じられるのか? これが成瀬演出の魅力の秘密のような気がします。
これは屋外シーンに限らず、室内シーンでも同様です。
現代の日本映画と比べるのは酷ですが、
成瀬映画のように人物の配置と動きのリズムだけでもうっとりとさせてくれるような
映画は皆無です。
それにしてもこの場面での原節子は本当に美しい。
トップページに情報を掲載済みですが、「ラピュタ阿佐ヶ谷」の「松山善三-高峰秀子特集」の中で
本日3/5から3/7まで12:40から成瀬映画『浦島太郎の後裔』(1946 東宝 白黒 83分)が上映されます。
この映画については本HPの作品評にも書きましたが、成瀬映画の中で最大の異色作と言っていいでしょう。
さらに言い換えれば「成瀬映画ファン」から「成瀬映画マニア」になるのに必須の作品ではないかと!!
もちろんDVD化(ビデオ化)はされたことがなく、今後もまず無いでしょう。
私は以前「日本映画専門チャンネル」で放送された成瀬巳喜男劇場の中で観て、録画DVDも保有しています。
昨年5月-6月の新文芸坐での31作品の成瀬特集でも上映されることはなく、
めったに観ることのできない貴重な作品であることは間違いないです。
戦後まもない時期の民主主義を啓蒙した風刺劇ですが、一般的な成瀬映画のイメージとはかけ離れています。
現在午前十時の映画祭で上映されている『浮雲』(これも成瀬映画の作風からは代表作ではなく異色作なのですが)
と本作をもし続けて観れば、とても同じ監督の作品とは思えないでしょう。
本作は成瀬監督の低迷期(確かに戦後の数年は低迷期かと)の中の失敗作の一本というのが一般的な評価で、
基本的には私もそう思います。
ただ本作にもいくつか魅力があります。
・何といっても、準主役の20歳~21歳くらいの高峰秀子が美しいこと。本当に綺麗です!
・雑誌記者役・高峰秀子の上司の女編集長には名優の杉村春子。その他菅井一郎、宮口精二、中村伸郎といった
名脇役が出演しています。
・いわゆる「ポピュリズム」を風刺している本作ですが、昨今の政治の世界を彷彿とさせ、
現代にも通ずるテーマ性もあるかと。
・屋外のロケーションシーンもあり、焼け跡状態の昭和21年の東京の風景も貴重です。
それにしても、主役の藤田進の奇妙な叫び声は、何度観ても(聴いても)苦笑してしまいます。
とにかく不気味な叫び声で。
成瀬映画の中で、登場人物の声(または唄)に苦笑してしまうのは、本作の藤田進と
『桃中軒雲右衛門』(1936 PCL)の浪曲名人・雲右衛門役の月形龍之介の浪花節が
双璧です。
NEW 2017.2.9 成瀬映画『くちづけ』でのエピソード紹介
NEW 2016.12.27 映画『女の中にいる他人』について
NEW 2016.12.13 『ヒッチコック/トリュフォー』
NEW 2016.11.30 今年観た日本映画の個人的な順位
NEW 2016.10.18 書籍「東京映画地図」を読んで
NEW 2016.10.3 市川崑監督『結婚行進曲』(1951 東宝)
「瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部」ブログ
NEW 2016.9.3 映画監督・脚本家の松山善三さんがお亡くなりになりました
映画監督・脚本家そして故・高峰秀子の夫であった松山善三さんが8月27日に老衰のため死去されました。91歳。
成瀬巳喜男監督作品の脚本としては、
・『娘・妻・母』(1960)(井手俊郎共同脚本)
・『夜の流れ』(1960) 共同監督・川島雄三(井手俊郎共同脚本)
・『妻として女として』(1961)(井手俊郎共同脚本)
・『女の座』(1962)(井手俊郎共同脚本)
・『乱れる』(1964)*オリジナルシナリオ(TVドラマ『しぐれ』)
・『ひき逃げ』(1966)*オリジナルシナリオ
と井手俊郎との共同脚本も含めて6作品の脚本を手がけています。
この中ではやはりオリジナルシナリオの『乱れる』が代表作でしょうし、数多くの成瀬映画の中でも傑作の1本です。
個人的には『娘・妻・母』『女の座』の2本もとても好きな映画です。シナリオの貢献も大きいでしょう。
今回ネット検索で改めて調べてみると、成瀬映画以外にも数多くの作品の脚本を書かれています。
映画監督作品は数本しか観ておらず、私にとっては松山善三さんは名脚本家というイメージが強いです。
私が観ているものの中で好きな映画としては
・『接吻泥棒』(川島雄三監督 1960)
・『好人好日』(渋谷実監督 1961)
・『二人の息子』(千葉泰樹監督 1961)
・『左利きの狙撃者 東京湾』(野村芳太郎監督 1962 )(多賀祥介共同脚本)
・『最後の審判』(堀川弘通監督 1965)(池田一朗共同脚本)
・『沈丁花』(千葉泰樹監督 1966)
等が挙げられます。
新聞の訃報記事等にはほとんど取り上げられていない作品ですが、どれもオススメです。
上記をみてもジャンルとしてはホームドラマ、コメディ、ミステリーと幅広いことがわかります。
スタートは松竹の助監督で、木下恵介監督に師事されたので、同じ木下門下の先輩監督・小林正樹監督の
作品の脚本も多いです。代表作は『人間の条件(第一部~第六部)』でしょう。
成瀬映画に関わった脚本家では、松山善三さんが亡くなられた今、ご存命なのは橋本忍さん一人ではないかと思います。
ご冥福をお祈りいたします。
NEW 2016.6.16 訃報 白川由美さんがお亡くなりになりました
6/2に新文芸坐での成瀬映画特集が終わりました。
私は今回は『腰弁頑張れ』と『鰯雲』の2本を観てきました。
『鰯雲』はこれまでスクリーンやスカパー録画のDVDなどで10回くらい観ていますが
久しぶりに大画面で観て、あまり有名ではない作品ですが、傑作の1本だと再認識しました。
今回の上映は約60年前の映画とは思えないほどプリント状態が良く、色もとても綺麗でした。
昔の映画はプリント状態によって作品の印象が異なってしまうので、綺麗な状態で観られるのは本当に嬉しいことです。
『鰯雲』は舞台となった本厚木、厚木周辺、木村功と淡島千景がバスで出かける山里の「半原(はんばら)」、
そして登戸近辺の多摩川のボート乗り場など、本HPのロケ地撮影に出向いたこともあり、風景を観るのも興味一杯でした。
「半原」は10年くらい前に行きましたが、映画の当時とあまり変わっていなかったように記憶しています。
何度も同じ映画を観ると、これまで気づかなかった詳細な部分に気付くことがあります。
今回は太刀川洋一と水野久美が出かける厚木の映画館。
その看板にはビリー・ワイルダー監督の『翼よ! あれが巴里の灯だ!』とありました。
映画はもちろんDVD等でなく映画館で観た方がいいに決まっていますが今回特に感じたのは音の違い。
画面の大きさの魅力はもちろんですが、台詞や生活音が大きくクリアーに聞えるのがいいなと感じた次第。
特に『鰯雲』はかなり複雑な家庭の話が複数出てくるのと、農家の本家、分家など東京で生まれ育った私には
少し理解が難しい関係性の説明が出てくるのですが、台詞が聞き取りやすいのでこれまでよくわからなかった点も
だいぶ理解できました・
成瀬映画に特有の技法、「目線送り」「場面転換の冴え」「多様なアクションつなぎのテクニック」
などに加えて、今回の「鰯雲』に限らず、最近成瀬映画を観て感じるのは
・人物の動かし方と位置関係
の上手さです。
『鰯雲』でも例えば、妹・淡島千景と兄・中村雁治郎の二人が、淡島の家の庭で
小林桂樹の結婚式の話(これもほとんど金銭の話)に関した台詞を言いながら
お互いに少しずつ移動したり、足を止めたり、その二人の位置関係の構図など、
なかなか理論的には言えませんが、とにかく観ていて自然で気持ちのいい映像なのです。
この辺は少し演劇的な演出と言えるのかもしれません。
室内シーンでの人物の動かし方に、相手の動きを視線で表現する「目線送り」
が加わると、成瀬ファンとしてはそれだけでたまりません。
結論として、成瀬映画は、演出が多彩で、職人技の上手さがあり、そして脇役に至るまでの名優たちの演技、
スタッフワークの素晴らしさ、当時のロケーションへの興味などの要素によって何度観ても飽きないのです。
成瀬映画には「お金」の話が必ずと言っていいほど出てきます。
これを最初に指摘されたのは川本三郎さんでしょう。
私も20年くらい前にNHKのEテレで放送された成瀬特集の番組の中での、
川本さんの話で知りました。
その後、成瀬映画を1本ずつ観ていくと確かに「お金」に関する台詞が
多いと感じましたが、ある時もう一つの特徴に気づきました。
それは「具体的な金額」の台詞が多い点です。
このことは2005年の拙著『成瀬巳喜男を観る』(ワイズ出版)の中の
「お金にまつわるエピソード」でも指摘しました。
例えば、『妻よ薔薇のやうに』(1935)では千葉早智子が恋人の大川平八郎に対して
「私の月給は45円だ」と伝えるシーンがあり、初期の段階から具体額の台詞が
登場しています。
私の手元に本日(5/26)新文芸坐で上映される『鰯雲』のポケットサイズのシナリオがあります。
これは当時この映画の助監督に付かれた故・石田勝心監督から生前いただいたものなのですが
表紙には「東宝シナリオ選集」、裏表紙には東宝株式会社(非売品)とあります。
おそらく封切当時の宣伝用に作られたものでしょうね。
脚本は橋本忍です。
『鰯雲』の冒頭は、新聞記者の大川(木村功)が農家の八重(淡島千景)に
農家の暮らしについて取材をしているシーンなのですが、ここでも
具体的な金銭についての台詞が飛び交っています。
シナリオから一部抜粋すると
大川「五反の六俵平均で、三十俵・・・・・・一升が七十円で一斗が七百円で、
一俵が二千八百円・・・・・・三十俵で八万四千円・・・・・・
合計米麦で二十五万二千円ですね」
八重「そういう計算にはならないですよ。麦は裏作ですからね。~」
といった会話が続いていきます。
ちなみにシナリオには八重(34)、大川(33)と年齢設定が書かれています。
さらに映画の後半、農家の実家を出て整備士学校に通って一人暮らししたいと言う順三(大塚国夫)
に対して、兄の初治(小林桂樹)と信次(太刀川洋一)が話を聞くシーン。
信次「下宿代が月六千円乃至七千円で・・・・・・年に八万円・・・
月謝が千円で一万二千円その他の雑費が月二千円で二万四千円・・・・・・
〆めて、ざっと・・・・・・」
最低十二万と書かれた手帳の数字。みんな、黙りこんでしまう。
間-。
初治「田圃でも売るより他には手はねえな」
ここで今回新たに出てきた疑問について。
橋本忍はこのような金銭の具体額を、シナリオ作成時にリアリティの面で
必要と思って書いたのか、それとも成瀬作品ということで成瀬監督の意向を
察して書いたのか?
これは橋本忍だけでなく、成瀬映画の脚本を多く執筆している
水木洋子、田中澄江、井手俊郎、笠原良三、松山善三にも言えるのですが。
成瀬監督はシナリオを丹念に読んで、「この台詞は(説明的だから)いらないね」
といった調子でどんどん削るのが習性であったことは高峰秀子をはじめとした
キャストやスタッフが証言しています。
逆に言うと「具体的な金額」の台詞はそのままにしていたということになります。
成瀬映画のシナリオライターはどの方も日本映画の黄金時代を支えた超一流の方たち
なので、シナリオ執筆時にその時代のリアリティを表現する一つの要素として
具体的な金額を出したと考えるのが普通ですが、もしかしたら成瀬監督の
作風も少し頭に入れて書かれたのか、または成瀬監督から事前に要請があったのか
と想像するのも愉しいです。
私は久しぶりに『鰯雲』を本日夕方の回に観に行こうと思ってます。
カラー作品なので色が退色していないことを祈りつつ。
そういえば『鰯雲』には、毒蝮三太夫が当時の芸名・石井伊吉の名前で
ちょい役で出ています。
小林桂樹と農家の青年団の慰安旅行の相談をするシーンの若い農家の青年役が彼です。
また、映画では木村功と淡島千景が江の島近くの海岸を散策するシーンがありますが、
シナリオでは横浜の外人墓地のシーンになっています。
NEW 2016.5.19 鎌倉市川喜多映画記念館「映画女優 原節子」
先日天気のいい日に鎌倉へ足を運び、鶴岡八幡宮近くの鎌倉市川喜多映画記念館で開催中の
「映画女優 原節子」に行ってきました。7月10日まで。
モノクロのポートレート写真、映画ポスター、使用台本(『めし』他)、表紙を飾った東宝カレンダーなどが
展示されていて、原節子ファンにはなかなか楽しめる展示でした。
特に東宝カレンダーの原節子は初めて観たので興味深かったです。
当時の映画ポスターやカレンダーは独特の色なのでインパクトがあります。
そしてポスターに書かれた惹句、今でいう宣伝コピーも文学的な言葉に満ちていて
よく読むと面白いのですが、文章を作り過ぎていて意味不明な表現も。
映画ポスターは小津映画、成瀬映画や『青い山脈』、最後の出演作『忠臣蔵』に加えて
唯一の川島映画『女であること』など。会場やイベント等の詳細は下記HP参照。
新文芸坐の成瀬映画特集ですが、私は初日の夕方の『腰弁頑張れ』の弁士付き上映
に行きました。10数年前に初めて観たのはフィルムセンターでしたが、その時はサイレント
のままでしたので、弁士付き+音楽での上映はかなり印象が異なるものでした。
弁士の語りはOKなのですが、一緒に付けられたクラシック音楽は画面にあまりあって
いなかったという印象です。
それにしても新作の映画館は、本当に人が入っていないように思えるのですが
新文芸座はいつも人が多くて驚きます。今回の上映会でも8割くらいは入っていたかと。
土日祝はおそらく相当混むのを覚悟した方がよいです。
私も期間中にもう1回くらいは行きたいと思ってます。
NEW 2016.5.13 祝 新文芸坐での成瀬映画特集上映
トップページに告知済みですが、来週5/16(月)~6/2(木)<5/27-5/20除く>まで池袋「新文芸坐」での
「成瀬巳喜男 静かなる、永遠の輝き」という特集上映で計31本の成瀬映画が上映されます。
PDFのチラシのブルーを基調としたデザインも素敵ですが、監督プロフィールに「1950年生まれ」
とあります。これはもちろん1905年の間違いですね(笑)。
先日の神保町シアターでの杉村春子特集でも、成瀬映画上映の日は満席だったそうで
成瀬映画は名画座で特に人気が高いようです。今回も混むのでしょう。
本HPにすでに何度も書いていますが、私が最初に成瀬映画を観たのは1988年か1989年頃、
テレビで放送されていた『めし』を観たのが最初でした。
その後、当時あった銀座並木座や旧文芸座(地下)などの名画座やフィルムセンター等での上映、
スカパー日本映画専門チャンネルやBS等での放送、ビデオなどで1本1本観ていき、
最初に成瀬映画を観てから今年で約28年くらい、今に至るまで成瀬映画の個人的な研究を続け、
そして成瀬映画ファンを続けています。
私の「いい映画、好きな映画」の定義は、「何度観ても面白い、そして観るたびに発見がある」
なのですが、成瀬映画がいまだに飽きない理由はその定義そのもの。
成瀬映画以外では、小津映画(特に後期のカラー作品)や川島雄三映画も同様です。
黒澤映画(これまでさんざん観てきましたので)や溝口映画などは、現在観直してみたいという
気持ちがほとんどありません。またいつか観たくなる気持ちが芽生えるのかもしれませんが。
成瀬映画の魅力の要素は数多いのですが、現存する全69作品を観ている私としては
・視線(目線)により相手の動きを感じさせる演出方法(通称:視線(目線)送り)
・場面転換等で多用される「アクションつなぎ(ネット検索すると説明あり)」の多様な演出方法
→小津映画でも「アクションつなぎ」が多用されていますが、同じ場所での一人の人物という
オーソドックスなものが多い。それに比較すると成瀬映画のアクションつなぎの多様さに
驚かされます。ただし成瀬演出は目立たず、控えめなことが特徴なので、同じ映画を何回か
観ないと気づかないことが多いのですが。
・室内、屋外での人物の配置と動きのリズム。これは映画を観て感じるしかありません
などが、何度観ても発見がある要素です。
今年一度「成瀬映画と小津映画」という2時間くらいのパソコンを使用した講義を
したことがあるのですが、そのテキスト作成時に発見したことがあります。
それは『山の音』のラストの新宿御苑での山村聰と原節子のシーン。
ベンチに座っている山村聰と立っている原節子。
山村聰の方に視線を投げている原節子が視線を下に向けます。
その後視線を上げると、次のショットでは山村聰が正面に立っている。
という成瀬監督の典型的な「視線(目線)送り」演出なのですが、これまで
ほとんど気付きませんでしたので新鮮に感じました。
またこの時の原節子の表情が素晴らしく綺麗で。
『山の音』には同様のショット展開が、会社の事務所での山村聰と杉葉子の
会話シーンにもあり、それは拙著『成瀬巳喜男を観る』(ワイズ出版)の中でも
紹介しています。
今回の特集上映の作品の中で私がまた観たいと思う好きなシーンやショットを一部挙げれば、
・『鶴八鶴次郎』 箱根・芦ノ湖湖畔での長谷川一夫と山田五十鈴の会話シーンでの人物配置と動きの美しさ
・『驟雨』 原節子と新婚旅行帰りの姪・香川京子との会話シーン
・『妻として女として』 高峰秀子、淡島千景と複数の人物のモノローグで展開していく斬新な回想シーンと
回想シーンから現在シーンへの場面転換の見事な演出
・『妻の心』 雨の公園の休憩所での高峰秀子と三船敏郎との視線の交錯によるスリリングな無言の会話シーン
・『女の歴史』 ラスト前、雨の坂道での高峰秀子と星由里子の人物配置と動きの美しさ
など。
ともかく成瀬映画は映像表現や場面転換等を注意して観ていくと、気付かなかった新たな
面が発見できます。それを面白いと思うかどうかは個人の感覚に委ねられますが。
題材は地味ですが、成瀬演出は深くて興味がつきないのです。
池袋「新文芸坐」で4/17-4/28まで上映された「脚本家・橋本忍 執念の世界」の中で
未見だった3本を観ました。
『悪の紋章』(1964 東宝 堀川弘通監督)
『七つの弾丸』(1959 東映 村山新治監督)
『最後の切札』(1960 松竹 野村芳太郎監督)
です。
日本映画・・・本といった書籍にはまず紹介されることのないレアな作品で、
私も今回の特集で初めて観たわけですが、3本とも極めて面白い佳作でした。
ラストまで先が読めないストーリー展開と練り上げられた台詞がさすがに橋本シナリオですし、
各監督の演出、スタッフワーク、そして主役だけでなく脇役に至るまで豪華な俳優陣と、
当時の日本映画の底力を感じさせるものでした。
今回の3本は「クライム・サスペンス」というか「フィルム・ノワール」というか、
いずれにしても犯罪がからんだサスペンスものなので、シニカルな終わり方があまり
心地よいものではなかったのですが、それは仕方がないことで。
私はどちらかというとハッピーエンドものが好みなのですが。
『悪の紋章』は罠にはめられ刑務所に送られた元刑事の山崎努が、罠にはめた
企業と関係した者たちに徹底的な復讐をするという話で、今回の特集の「執念の世界」そのものでした。
東宝映画で佐田啓二を観るのも新鮮でしたし、謎の女役・新珠三千代が行う
ロケーション地・山口県「秋吉台」での「怖いシーン」が印象的でした。
『七つの弾丸』は当時の東京・新橋のロケーションが多用されたドキュメンタリータッチな作品で、
銀行強盗を計画して実行する三國連太郎と、その際に被害者となる
交番勤務の巡査、銀行員、タクシー運転者(伊藤雄之助)3人の物語が交互に描かれていく
構成が見事でした。
三國連太郎は「追い詰められた犯罪者」の役柄。歯車が狂っていき、悪い状況に追い詰められていく男を演じる
三國連太郎は素晴らしいです。名作『飢餓海峡』の演技とも通じるものかと。
ラストには成瀬映画『秋立ちぬ』に登場する豊洲地域のロケーションも登場。
今回発見した渋い、隠れた佳作の1本でした。
『最後の切札』は、小津映画等でのイメージとは180度違う、佐田啓二の詐欺行為の悪役ぶりが
際立つ映画。佐田啓二ってこんなに魅力的な俳優だったんだと再認識しました。
新興宗教の世界が主な舞台になっていて、その雰囲気のリアルな演出も良かったです。
今回の3本はどれもプリント状態が良く、『悪の紋章』『七つの弾丸』のモノクロ(シネスコ)、
『最後の切札』のカラー(シネスコ)の綺麗な映像も堪能しました。
今回のような、一般的には知られていない、そして未DVD化でテレビ放送もほとんどされない
当時のプログラムピクチャーのクオリティの高さにあらためて驚かされました。
もちろんそこには橋本忍のような名脚本家の関与があるのですが。
写真1 『夜ごとの夢』
写真2『限りなき舗道』
写真3『限りなき舗道』
NEW 2016.3.27 出目昌伸監督がお亡くなりになりました
NEW 2016.1.27 原節子主演『慕情の人』『愛情の決算』
NEW 2016.1.9 「文藝春秋」の原節子さん追悼文について
現在発売されている「文藝春秋」2月号のP332-P340に
「追悼 叔母・原節子と裕次郎の奇縁 一族を養ったスター女優の知られざる秘話」
という文章が掲載されています。
書かれたのは甥の映画監督の木下亮さん。原節子さんのお姉さんの息子さんです。
私は早速雑誌を買って読みましたが、とても素晴らしい感動的な追悼文でした。
私は木下亮監督とは、成瀬監督の関連の会で面識があり、また私が成瀬監督と同じように
敬愛している川島雄三監督のお弟子さん(『接吻泥棒』『特急にっぽん』『箱根山』『イチかバチか』
の助監督)ですので、川島監督についてお話や手紙のやり取りをしたことが何度かあります。
成瀬映画では『女が階段を上る時』の助監督です。
木下監督は東宝で『男嫌い』(1964)と『肉体の学校』(1965)などを監督されています。
また、テレビでは『太陽にほえろ!』を数多く演出しています。
『男嫌い』は以前神保町シアターで観ましたが、とてもモダンなセンスの都会的なコメディ
で私はとても気に入りました。親しかった故石田勝心監督がこの映画の助監督でもありました。
この映画の出演者の故淡路恵子さんが晩年テレビ番組などで、自分の出演作の中で
好きな映画として必ず『男嫌い』を挙げていました。
残念ながら未DVD化です(ビデオ化は確かされていたかと)
私は木下監督が原節子さんの甥っ子さんであることはもちろん知っていましたが、
そのことは最低限の礼儀として一切触れることはありませんでした。
ご本人からも語られることは一切ありませんでしたので、正直今回の追悼文には驚きがありました。
木下監督のお母様も原節子さんが亡くなられた9/5の5日後の9/10に106歳で亡くなられたとのことで、
木下監督にはあらためてお悔やみ申し上げます。
内容は是非雑誌を手に取ってご一読いただければ。特に、原節子さんファンは必読かと。
「昌江叔母さんが~」から始まる冒頭の文章から、叔母さんへの愛情と感謝の気持ちが伝わってきます。
また、甥っ子さんでしか知りえない貴重なエピソードも数多く紹介されています。
最後の結びの言葉もジーンときました。
トップページで紹介した新文芸坐の原節子さん特集には未見の作品を中心に
何本か足を運ぶ予定です。
NEW 2015.11.28 原節子さんサイン入りポートレート
『姉妹の約束』(1940=昭和15年 山本薩夫監督)の冒頭のショット。
20歳の原節子さん。可愛くて綺麗!
NEW 2015.11.17 山田太一劇場(日本映画専門チャンネル)について
最近、成瀬映画ロケ地についての情報提供が続いたので(感謝!)、
現時点でわからないロケ地についてまとめてみました。
すべてではないのですが、成瀬映画の上映や過去にスカパー等で録画したブルーレイやDVDを観るたびに
「ここはどこのロケーションなんだろう」と疑問に思う場所です。
なお、現在ロケ地紹介ページは文字フォントやレイアウトをできるだけ統一させるように
古いものから少しずつ変える作業をしています。
・『女優と詩人』 冒頭とラストに登場する電車とその前の原っぱ
・『妻よ薔薇のやうに』 千葉早智子が父親を訪ねる地方(千葉のナレーションだと信州らしい)
・『サーカス五人組』 楽団員が旅をする地方
・『鶴八鶴次郎』 長谷川一夫が流れていく地方(街道の脇に小川)
・『旅役者』 一座が公演する地方
・『なつかしの顔』 舞台となったロケ場所すべて
・『おかあさん』 香川京子と岡田英次が挨拶する電車の踏切(京浜急行沿線?)
・『夫婦』 上原謙と三國連太郎の勤める会社の場所
上原謙、杉葉子が登場するラストの公園(10年以上前に、杉葉子さんご本人にもお聞きしましたが覚えてないとのお答えでした)
・『妻』 出勤する上原謙の歩く道や踏切(世田谷?)
上原の会社の場所
上原謙と丹阿弥谷津子と子供が宿泊する大阪の旅館の前の道
・『山の音』 丹阿弥谷津子と角梨枝子の暮らす下宿(本郷?)
・『浮雲』 冒頭の森雅之の家のある場所、高峰秀子と二人で歩く場所
森が高峰を訪ねる山形勲の家の前の道
鹿児島市内
・『くちづけ・第三話女同士』 上原謙・高峰秀子の医院の場所
・『杏っ子』 雨の中、山村聰と香川京子が会話しながら上って行く坂
ラスト、香川京子がゆっくりと下っていく坂道(上と同じ?)
・『妻として女として』 高峰秀子や淡路恵子がドライブで行く湖
高峰が訪ねる森雅之の勤務大学
高峰が待つ大沢健三郎の通う学校の前の道
・『女の座』 加東大介・三益愛子の経営するアパートの前の道(何度か出てくる)
高峰秀子の亡夫の墓参りに出てくる墓地
・『放浪記』 東京で行商をする田中絹代と高峰秀子が歩く道
高峰秀子が登る坂道(おそらく本郷)
・『女の歴史』 高峰秀子と息子、賀原夏子が疎開する地方(畑仕事のシーンなど)
・『女の中にいる他人』 三橋達也の設計事務所の前の道(三橋・草笛光子が歩く 横浜の港地域のどこか)
ざっと、こんなところでしょうか。
以前も、10年間くらいどうしてもわからなかった『あにいもうと』に出てくる私鉄の駅が
わかったりしたので(ロケ地紹介ページ参照)上記のロケ地もいつかわかると期待しています。
推測でも結構ですから「・・・・ではないか」とメールで情報提供いただけるとありがたいです。
NEW 2015.10.12 書籍「小津安二郎に憑かれた男」について
先日、フィルムセンターで行われた小津映画『小早川家の秋』の上映と
周防正行監督、種田陽平美術監督とのトークショーに行ってきました。
その時に周防さんと種田さんが紹介していた本がタイトルの本でした。
正確には「小津安二郎に憑かれた男」-美術監督・下河原友雄の生と死 永井健児著、1990フィルムアート社刊。
私は成瀬映画のファンになる前は大の小津映画ファンでしたので、小津監督関連の本も数多く保有しています。
しかしこの本はまったく読んだことがありませんでした。
お二人のトークショーでの内容紹介がとても面白く、読んでみたいと思ったのですが、
今は絶版になっているようなので、図書館検索したところ近所の図書館にありました。
早速借りてきて一気に読みました。小津関連本の中でも相当面白く、興味深い本です。
下河原友雄(1917-1978)は、大映~新東宝~大映と活躍した美術監督で
『宗方姉妹』(新東宝)、『浮草』(大映)、『小早川家の秋』(宝塚映画)
の3本の小津映画の美術監督をしています。
新東宝を辞めて復帰した大映では、市川崑監督や増村保造監督などの多くの作品の美術監督として
活躍していきます。
著者の永井健児氏は下河原美術監督の弟子で、『宗方姉妹』では実際に美術助手に付いています。
映画の世界を離れた後は商業施設のデザイナーとして活躍されたとのこと。
本は、1950年3月、永井氏(当時22歳)が師匠の下河原友雄美術監督(当時33歳)に呼ばれて、
旅館「茅ヶ崎館」へ出向くところから始まります。
当時、新東宝の美術監督であった下河原氏が、初めて小津映画『宗方姉妹』の美術監督に起用され、
永井氏に手伝ってもらおうと電報で呼び出します。
そこにいたのが、「茅ヶ崎館」でシナリオ執筆をしていた小津監督(当時46歳)と脚本家・野田高梧(当時56歳)で、
永井氏は紹介された後に一緒に食事と酒をご馳走になります。
小津監督から「最近観たシャシンの感想」を聞かれ、永井氏は前年1949年の黒澤映画『野良犬』
の素晴らしさを、細かい演出部分に至るまで熱く語ります。
その後で小津監督は永井氏(ボクという渾名がつけられている)に訊きます。
以下本文からの一部抜粋。
・小津監督「わたしのシャシンについてはどうかな。ボクみたいな若い人はどう思うのかな」
・永井氏「すいません。先生の作品、まだ拝見したことがないんです」
・小津監督「それは残念だなあ。いつか見る機会もあるだろうが、私の作品はダイナミックじゃあないんだが、
それでもいいのかなあ」
・永井氏「ギラギラしていないってことですか」
・下河原氏「キラキラしてるってことだ。永井君なあ、去年のベストワンは先生の『晩春』で、
二番目が『青い山脈』、『野良犬』は三番目なんだ。まだキミ位の年齢じゃあ理解しにくい
大人の心情を描いているわけだが、あとでじっくり、見てみればわかるよ」
・小津監督「下ちゃん、いいんだよ。なかなか面白い青年で素直でいいや。おいボク、もっと飲めや」
この「ギラギラ」という言葉は、この後も本文中によく出てきます。
「ギラギラ」と「キラキラ」という黒澤映画と小津映画の対比は上手い表現です。
本はこの後、実際の『宗方姉妹』の撮影現場での詳細な記録や、美術助手・永井青年の
小津監督の頑固なこだわりへの反発(小道具の変更をめぐってミニストライキを決行)や、
下河原美術監督の家庭での女性問題も含んだプライベートな話題、
そして『浮草』『小早川家の秋』の撮影現場でのエピソードなどが語られます。
小津監督の肉声が生き生きとして描かれている素晴らしい小津本でした。
先日、ある雑誌の編集部から本HP経由でメールが届き、「おすすめの成瀬映画3本」についての原稿依頼でした。
快諾して寄稿しました。
雑誌は若者向けの「東京グラフィティ」(㈱グラフィティ)。
9/23発売・10月号の104ページの
・その道に詳しい人に聞く「まずは、この映画を観ろ!!」
25年来のファンに聞く成瀬巳喜男作品BEST3
です。
個人的には「観ろ」ではなく「観てほしい」なのですが、そういうタイトルのページなので。
また3本の作品はDVD化されていて手軽に観ることができるものをとの編集者からの要請でしたので
DVD化の中から選びました。私の一番好きな、かつDVD化されていない(以前ビデオ化はされている)
『驟雨』はタイトルだけ出しました。
管理者の私は本名、写真入りで登場しています(笑)
是非ご一読いただければ。
「東京グラフィティ」
NEW 2015.9.13 セブンシネマ倶楽部 「成瀬巳喜男監督の撮影現場」
成瀬の最も素晴らしい成果の一つ。映画史上でも特筆される、息を呑むようなラストショットに言及しなければ、『乱れる』について語ることは難しい。
しかし、ラストショットに触れてしまうと、この作品をまだ観ていない人が、胸がつまるような、この作品を味わうことを損なうことになる。
『乱れる』は今回(英国映画協会が)選んだ成瀬作品の10本に含まれていると言えば十分であろうし、彼の作品の中でも最上部に位置づけられる。
新しく出来たスーパーマーケットのために地方都市の個人商店が経営難に陥るという、成瀬流の同時代の世相観察を盛り込んだ話が、程なく、
激しいメロドラマに彩られた愛の葛藤に発展する。
しっかりした三幕仕立ての話は高揚し、恋人になるはずの二人は田舎に逃避する。女は逃れようとし、男は追いかける。
二人が結ばれるかと思われたのも束の間、まつわりつく過去が女を引き留め、そして、情け容赦ない運命の残酷さが待っている。
(注)邦題の『乱れる』というタイトルは義理の弟から愛を打ち明けられた嫂(=兄嫁)の心の乱れに焦点を当てて取っているが、
英国で付けられた題は、嫂に対する義弟の心情に力点を置いてYearning(思慕)としている。
One of Naruse’s most stunning achievements. It’s difficult to
talk about Yearning without discussing its breathtaking final shot, one of the greatest in
all cinema.
Yet to do so risks ruining its heart-wrenching power for the uninitiated. Suffice to say that as essential titles go, this sits at the top of the pile.
What begins as a typically Narusian examination of contemporary fiscal
woes – a new supermarket threatens to put local shops out of business
– soon develops into a romantic tug-of-war steeped in exquisite melodrama.
A robust, three-act structure soars as the would-be lovers flee to the countryside
– she to escape, he in pursuit – a fleeting glimpse of a chance at love hounded by the past and the inexorable cruelty of fate
・生誕110年(2015)にBFIが選んだ成瀬映画10本(10 essential films)
・Every night Dreams(1933)
・Wife ! Be like a Rose !(1935)
・Late Chrysanthemums(1954)『晩菊』
・Floating Clouds(1955) 『浮雲』
・Sudden Rain(1956) 『驟雨』
・Flowing(1956) 『流れる』
・When a Woman Ascends the Stairs(1960)
・Autumn Has Already Started(1960)
・Yearning(1964) 『乱れる』
・Scattered Clouds(1967) 『乱れ雲』
NEW 2015.8.8 シナリオ『都会の子』(第1稿)を読んで
トップページにリンクを貼った「麻布田能久」様のHPロケーション紹介の展開が素晴らしく、
私が保有している『都会の子』のシナリオ(第1稿)をあらためて読みました。『秋立ちぬ』になる前のタイトル。
笠原良三のオリジナルシナリオです。第1稿なので完成シナリオとは違うと思います。
また具体的なロケ場所はほとんど記述されていません。晴海埠頭や勝鬨橋などは書かれていますが。
ほとんどは映画『秋立ちぬ』と同じで、細かい台詞もそのままなのですが
『秋立ちぬ』撮影の段階で省略、変更されたらしい箇所がいくつかありました。
これは成瀬監督の考えでそうされたのでしょう。封切時期に間に合わせるということも理由の一つかと。
以下は省略または変更された箇所について
・順子(一木双葉)が踊りの師匠の家で稽古をつけてもらっているシーンがいくつかありますが、
映画には出てきません。
・秀男(大沢健三郎)の台詞は、標準語で書かれています。映画では信州(上田に住んでいたとの設定)の言葉。
・映画では築地・青果市場のシーンも省略されています
・ハイヤーに乗って晴海埠頭に行く秀男と順子。
映画では二人はその後豊洲の線路を歩き、東京湾で水遊びをしますが、シナリオにはそのシーンはありません。
変わりに「埋立地の別の一隅」で別の子供たち7-8人がドッジボールをしていて、
そこに入れてもらい二人は一緒にドッジボールをします。
また、映画で足を怪我する秀男ですが、シナリオでは怪我はしていません。
二人が土管に腰掛けて会話するシーンがあり、そこでは順子が「あさってデパートのホールで踊りの
おさらい会(娘道成寺を踊ると)があるので、三時までにデパートの屋上にカブトムシを持ってきてよ」
との内容の台詞があります。デパートは映画に出てくる「銀座松坂屋」でしょう。
・デパートの屋上で、踊りの衣装を着て待っている順子。カブトムシを入れた小箱を片手に道を急ぐ秀男
が交互に描かれています。
映画では、怪我をした片足を引きずりながら順子の家(三島旅館)へ急ぐ秀男の姿が描かれています。
そして引っ越ししてしまった順子は一切登場しません。
・シナリオでは、この後のラストシーンの展開が衝撃的です。
デパートの屋上で待つ順子にカブトムシを届けようと道を急いでいる秀男は
ダンプカーにひかれます。
デパートの屋上で待っている順子は、母の直代(藤間紫)から「あんたの舞台よ、早く来て」
と言われて屋上からおさらい会の会場へ向かいます。
救急車がサイレンを鳴らしながら走り過ぎていく。
停まっているいるダンプカーと黒山の人だかり。
その群衆をよそに茂子(乙羽信子)が打ちひしがれたように、うつむきながら横丁へ曲がっていく
と書かれています。
映画では、デパートの屋上で一人佇む秀男の表情で終わりますので随分と違います。
最後に順子と茂子が登場するシナリオになっていますが、映画の展開のほうが
秀男の寂しさがひしひしと感じられ良いと思います。
NEW 2015.8.5 『秋立ちぬ』ロケーション場所HPの紹介
トップページに紹介しましたが、主に東宝映画の都内のロケーション場所紹介をされているHP「麻布田能久」さん
(もちろん若大将映画からですね)が現在、『秋立ちぬ』のロケーションマップと写真をストーリー順に展開しています。
それから『夜の流れ』のロケ地の一部はすでに公開中です。
田能久さんHPの方でも多少紹介されていますが、田能久の田沼久太郎さん(若大将映画の有島一郎の役:と一応書いておきます 笑)から
メールをいただき、その趣旨と本成瀬HPの『秋立ちぬ』ロケーションを一部リンクさせてほしいとのことでした
ので快諾しました。
実は、まだアップされていないのですが、銀座界隈のロケ地で私がこれまでどうしてもわからなかった場所(4箇所)
を今回田沼さんから教えていただき、私も先日その場所に実際に行って確認し、写真を撮ってきました。
田沼さんがストーリー順にアップしているので、その場所(4箇所)はアップされ次第、私の方も『秋立ちぬ』のロケ地追加
として掲載したいと考えています。
例の大瀧さんと川本さんの「東京人」(特集 映画の中の東京 2009年11月号)の「映画カラオケのすすめ」
(『銀座化粧』『秋立ちぬ』ロケ地紹介特集)でも、はっきりとした場所が示されていないロケ地なので、
私も正直「ちゃんと書いてほしいな」とストレスがありました。
今回田沼さんから連絡いただいて、長年わからなかった数か所のロケ場所が判明し、もやもやが吹き飛んだ気がします。
もちろん『秋立ちぬ』以外の成瀬映画ではまだロケ場所の不明なものも多数あるのですが。
今回教えていただいた田沼さんに感謝いたします。
NEW 2015.8.2 訃報 俳優の加藤武さんがお亡くなりになりました
マスコミ報道にあるように、俳優の加藤武さんが7月31日にお亡くなりになりました。86歳。
市川崑監督『金田一』シリーズのコミカルな刑事役、黒澤映画、川島映画など数多くの映画そして
テレビドラマ、文学座での演劇など。落語に造詣も深かった。
成瀬映画にも『放浪記』と『ひき逃げ』の2本に出演されています。
川島映画では『貸間あり』『青べか物語』などが代表作でしょうか。
そして『幕末太陽傳』『赤坂の姉妹より 夜の肌』の
江戸っ子らしい、テンポのいいナレーションも味わいがありました。
黒澤映画では『悪い奴ほどよく眠る』と『天国と地獄』の2本での演技が特に好きでした。
その他の映画では『黒部の太陽』、『仁義なき戦い』シリーズ、『日本の一番長い日』
『白い巨塔』『豚と軍艦』などが印象に残っています。
日本映画では名脇役のお一人でした。ご冥福をお祈りいたします。
報道によると、スポーツジムのサウナで倒れられて、
その後搬送先の病院で亡くなられたそうです。
連日の猛暑の中、86歳の高齢者にサウナはかなり危険かと思います。
NEW 2015.7.14 日本映画専門チャンネル「森繁対談」
現在、日本映画専門チャンネルで毎日放送されている番組「森繁対談・日曜日のお客様」。
1982年に放送されていたテレビ番組(30分のトークショー)のようですが、私は当時観た記憶がありません。
これまで高倉健、勝新太郎や、作家の井上靖、遠藤周作などの回を録画して観ましたが、
昨日7/13の回(第9回)では高峰秀子、松山善三がゲストでした。
予想していなかったのですが、冒頭高峰秀子が成瀬監督の話題を出しました。
「私は成瀬監督の映画に多く出演させてもらったが、ほとんど会話したことがない」
その対比として木下監督とはいろいろな話をした。
すると森繁久弥が「そうですか」と言った後、「私は成瀬さんには使っていただいたことが
なかったけれどずいぶんと話はしました」。
森繁久弥が成瀬監督について語るのを初めて観ましたので少し驚きました。
成瀬監督は「3か月くらい準備して撮った作品があまり評価されず、時間がなく急いで撮った作品が
賞をとったりするんだ」と森繁久弥に語ったそうです。
高峰秀子が以前にインタビューで語っているのを読んだことがありますが
高峰秀子が『あらくれ』の撮影前に、「先生、この役はどのようにやったらいいでしょう」
といった相談をしたところ、成瀬監督は「撮っているうちに終わっちゃうでしょう」
のようなことを言われたそうで、高峰秀子が面白く語っていました。
夫の松山善三が語る、師匠の木下恵介監督と黒澤明監督の自然の描き方の違いの話や
木下監督のパリのレストランでのエピソードもなかなか面白く、
これまで観た中では一番興味深い回でした。
この回は8/19(水)のお昼12:40-13:10で再放送されます。
池袋の新文芸坐で7/1-7/7に上映された川島雄三特集に行ってきました。
といっても今回私が観たのは『赤坂の姉妹より 夜の肌』(東京映画 1960)1本だけ。
私が成瀬巳喜男監督の次に好きなのが川島雄三監督です。
55年前のカラー作品なので、プリント状態が気になっていたのですが、
素晴らしく綺麗なプリントで、カラーも退色しておらず、新作の映画を観ているような
感じでした。川島雄三で検索したツイッターの書き込みをみると、作品によっては
プリント状態が悪く、途中で少し中断してしまうようなこともあったようなので
その点ではラッキーでした。
本作はスカパーの日本映画専門チャンネルで以前放送された録画DVDを持っていて
それは何度も観ていたのですが、スクリーンで観るのは今回が初めてでした。
今回の川島特集の中で唯一スクリーンで観たことのない作品だったので観に行ったわけです。
今回改めて、スクリーンで映画を観る、そして古い名作を綺麗なプリントで観ることの
素晴らしさを感じました。
台詞の細かい点が聞き取れたり、実内の小道具などがよく見えたりします。
そして今回は何といっても次女・秋江役の新珠三千代の和服姿の美しさに魅了されました。
特に綺麗なカラープリントだったので着物の柄がより鮮明に見えました。
加藤武のナレーションによる赤坂の紹介がところどころに入り、これは『銀座二十四帖」(1955 日活)
の森繁久彌のナレーションとほぼ同じ形です。
料亭の多い当時の赤坂の落ち着いた街並み(オリンピック前)の映像も貴重です。
またどこかで上映または放送される機会があるかもしれませんが、
『赤坂の姉妹より 夜の肌』はおすすめの川島映画の1本です。
タイトルがまるで「にっかつロマンポルノ」作品のようですが、
文芸映画、風俗映画の名作です。
NEW 2015.6.22 小津映画『淑女は何を忘れたか』(1937)について
成瀬映画は現存する69本をすべて観ているのですが、小津映画は戦後の作品『長屋紳士録』(1947)から
『秋刀魚の味』(1962)は観ていますが、戦前、戦中の作品は未見の作品が結構あります。
未見の作品はすべて松竹蒲田時代のサイレント映画です。
以前スカパーで放送されて録画していた小津映画のトーキー2作目『淑女は何を忘れたか』(1937 松竹大船)を
初めて観ました。これが素晴らしい傑作でした。
大学教授・斎藤達雄と栗島すみ子の夫婦のところ(麹町あたりの邸宅)に、大阪から斎藤の姪っ子の桑野通子
が遊びに来ていろいろと騒動を起こすといったストーリーです。
偶然ですが、大阪の長屋に東京から姪っ子がやって来るという成瀬映画『めし』に近い設定です。
本作は当時の小津監督が影響を受けたというエルンスト・ルビッチ監督、「ルビッチタッチ」の
映画と言われています。
私はルビッチの映画を数本しか観ていませんが
都会的でソフィスティケートされた雰囲気のコメディがそう言われる理由でしょう。
ドクトルこと斎藤達雄は、しっかりものの妻・栗島すみ子に頭が上らず、
「叔父様、しっかりしなさい」と姪っ子の桑野通子にはっぱをかけられます。
スタイルのいい桑野通子のモガぶりがともかく魅力的です。珍しく大阪弁の台詞を言いますが
あまり違和感はありません。
当時の栗島すみ子出演作は成瀬映画『夜ごとの夢』(1933)1本しか観ていませんが、
これはサイレント映画だったので、本作で当時の声、台詞の言い回しを初めて聞きました。
後年の『流れる』(1956)とほとんど変わっていない印象でした。
栗島すみ子、その女友達の飯田蝶子、吉川満子の3人の金持ち奥様たちが
座ってお茶を飲みながら夫への不満を述べるシーンが何回か登場します。
これは晩年の小津映画『彼岸花』(1958)、『秋日和』(1960)に登場する
佐分利信、中村伸郎、北竜二の中年おやじトリオの女版のようで可笑しかったです。
特に飯田蝶子の「ばか」「かば」というくだらない言い回しが、
小津調のすこし不自然なリズミカルな言い回しで笑えます。
当時としてはモダンな洋間が出てくるので、小津映画には珍しく
斎藤、栗島、桑野の3人が、室内で立ったまま会話をするシーンもあります。
室内で立ったまま会話をさせるのは成瀬調なのですが。
使用されている音楽もハワイアンのような音楽で、そのモダンさにびっくりしました。
斎藤が桑野を連れていくバーでは、英語の文字(不明だが誰かの格言)を横移動で映したり
桑野の台詞にも野球用語が英語で登場したりととにかくお洒落でモダンな作風の映画です。
これまで観ていた戦前、戦中の小津映画では、『生れてはみたけれど』(1932)、
『非常線の女』(1933)、『戸田家の兄弟』(1941)あたりが好きでしたが、
本作『淑女は何を忘れたか』がこの当時では一番好きな作品になりました。
NEW 2015.6.2 訃報 俳優の小泉博さんがお亡くなりになりました
現在、日本映画専門チャンネルで何度目かの黒澤映画特集を放送していて、松竹で撮った『白痴』の前半のパーティシーンに
まだ無名の頃の岸恵子が着物姿で映っていました。
このことは情報としては知っていたのですが、実際に画面で確認したのは初めてだったので興味深かったです。
黒澤映画に岸恵子が映っていることと、同じ画面で岸恵子と原節子が共演しているのも何だか面白く。
成瀬映画には日本を代表する女優、男優が数多く出演していますが、もちろん出ていない女優、男優もいます。
東宝の監督だったので五社協定の制約もあったでしょうし、何よりも俳優のキャスティングは当然ながら
成瀬監督の好みにも左右されたと推察します。
女優でいえば個人的に「成瀬映画に出演していたらどんな役柄で、どんな感じだったのか」と興味があるのは
若尾文子、山本富士子、津島恵子、岸恵子、月丘夢路、北原三枝、南田洋子、芦川いづみ、越路吹雪などです。
男優では何といっても佐分利信です。成瀬監督が松竹を離れた後だと思いますが、いわゆる松竹の三人の美男の三羽烏・
上原謙、佐野周二、佐分利信のうち、佐分利信だけが成瀬映画に出ていないのは不思議です。
小津映画などで松竹映画の印象が強いのですが、増村保造監督『氾濫』(1959)や
市川崑監督『あなたと私の合言葉 さようなら、今日は』(1959)など大映作品にも出ています。
東宝でも『黒帯三国志(1956 谷口千吉監督)』や自身が監督、出演した『愛情の決算』(1956)などもあります。
状況としては成瀬映画に出演することも十分可能だったはずです。
成瀬映画に頻繁に登場する「甲斐性の無い、ダメ男」を演じるのに佐分利信は適役ではなかったということなのか。
これは想像するしかありません。
成瀬映画には男優もかなり数多く出演していますが、出ていない男優の中で私が一番「出ていたらどうだったか」
と思うのは、大映の市川雷蔵です。それから東宝関連では「社長シリーズ」の加東大介、小林桂樹は成瀬映画の
常連であったのに、森繁久彌、三木のり平、フランキー堺などが成瀬映画に1本も出ていないのは少し残念のような
気がします。
余談ですがこれを書いていて、そういえば川島雄三監督の映画には小林桂樹は出演していないなと気づきました。
監督と俳優の相性や時代によるタイミングなどを考えるのは映画ファンの楽しみでしょう。
NEW 2015.5.20 映画『海街diary』メイキング番組について
・映画「海街diary」が生まれるまで 紹介HP(日本映画専門チャンネル)
・「海街diary」公式HP
NEW 2015.3.14 東宝スタジオ展(世田谷美術館)を観てきました
「東宝スタジオ展」を観てきました。
「ゴジラ」と「七人の侍」が中心だと思っていましたが
P・C・L時代から現在の東宝まで、年代別にかなり幅広い
貴重な資料が数多く展示されていてかなり見ごたえのある展覧会です。
成瀬監督の使用台本『乱れ雲』や『浮雲』の美術セットデザイン画(中古智美術監督)、
『鶴八鶴次郎』の美術セットデザイン画(久保一雄美術監督)などの展示もあり、
成瀬映画ファンもかなり楽しめます。
中には成瀬監督が松竹を辞めた時の辞令(解雇通知?)という珍しい展示物も
最も興味深かかったのは、山中貞雄監督の関連の展示の中に
中国戦線で亡くなる直前に書かれたノートに書かれた「遺書」
があったこと。
「最後に、先輩友人諸氏に一言 よい映画をこさえて下さい」
の直筆文字を初めて見て感動しました。とても素直な字なので読み取れます。
山中貞雄監督ファンも必見です。
今日は、美術監督・竹中和雄さんのトークショーがあり
美術のセカンド助手だった竹中さんの『七人の侍』の時の美術の
現場の話を約1時間半聴きました。
竹中さんは80歳を超えた高齢にも関わらず、声もしっかりとしていて
すごくお元気でした。
『七人の侍』の製作秘話については、これまでいろんな本を読んだり
以前NHKBSで放送された製作のドキュメンタリーなども見ていたので
私に関してはほとんど知っている内容でしたが、なんといっても
その現場にいらした方の肉声は本当に貴重な体験でした。
以前一度お会いしたことがあるのと、成瀬組スタッフの家族と一緒に
いたので、始まる前と終了後に少しお話させていただきました。
というより一つ質問しました。
竹中さんは『七人の侍』の後に、成瀬映画『浮雲』の美術助手に
付かれたのですが、その前に成瀬映画『夫婦』にも美術助手として
付かれています。
そこで、ラストの公園のロケ場所について聞いてみたのですが
さすがに「覚えていない」とのお答えでした。
再度美術館のHPを下記に記しますので、是非会期中に足を運ばれることを
おすすめします。
東京の世田谷美術館で、2月21日から4月19日まで「東宝スタジオ展 映画=創造の現場」が開催されます。
中心は『ゴジラ』『七人の侍』の映画美術関連の展示のようですが、成瀬監督関連の展示もあるそうです。
関連企画のトークショーの中で、成瀬監督関連では
・3/8(日)14:00-15:30 小谷承靖氏(映画監督)
→『女の歴史』『乱れる』『女の中にいる他人』の助監督
・3/14(土)14:00-15:30 竹中和雄氏(映画美術監督)
→『夫婦』『浮雲』、そして『七人の侍』の美術助手。
『浮雲』では中古智美術監督の助手
があります。
整理券配布などがありますので詳細は下記の美術館HPを参照してください。
NEW 2015.1.18 祝! 成瀬巳喜男監督生誕110年
NEW 2014.12.23 川本三郎著「成瀬巳喜男 映画の面影」
NEW 2014.12.11 千葉泰樹監督の映画は面白い
連日盛況のフィルムセンターの特集上映「映画監督 千葉泰樹」ですが、
昨日やっと1本だけ観てきました。
『団地 七つの大罪』(1964 宝塚映画)。
団地を舞台にした七話オムニバスの千葉泰樹と筧正典の共同監督作品でした。
→次回は12/21(日)の17:00からの上映。
フィルムセンターHP
あまり期待しないで観に行ったのですが、実に面白い映画でした。
東宝系の映画には珍しく「艶笑喜劇」というのか、内容が少しエロチックでしたが、
七話オムニバスのつなぎ方もスムーズで、気に入りました。
フィルムセンターでの上映ですので、50年前のカラー映画でしたが
とても綺麗なプリントで、出演している女優たちの美しさが際立ちました。
大きなスクリーンに映し出される女優の綺麗さ+色っぽさは圧倒的です。
現代の日本映画ではまず不可能ではないかと。
司葉子、浜美枝、団令子、草笛光子そして八千草薫が次々と登場します。
男優も小林桂樹、高島忠夫、加東大介、三橋達也、児玉清、藤木悠、益田喜頓
と東宝映画でおなじみの芸達者たちが、主に夫役で出ています。
懐かしいところでは、丁寧な言葉遣いの女の子役で、当時明治マーブルチョコレート
のCMで人気子役だった、上原ゆかりが出ています。私はほとんど同世代なので
彼女のことはよく覚えています。
私がこれまで観ている千葉映画は、10本くらいのものですが、
駄作だと思った映画は1本もありません。
どの映画も水準以上の佳作ばかりだと思います。
同じ東宝ということで成瀬映画に出ている俳優やスタッフ(中古美術監督は特に千葉映画が多い)
が共通していることもあるのでしょうが、一瞬成瀬映画を観ているような錯覚に陥ることもあります。
『めし』はもともと千葉監督が撮ることになっていたが千葉監督が病気になり、
成瀬監督となったのも有名な話です。
千葉映画は確かに面白く、演出も自然で、職人技という感じなのですが、
成瀬監督の「目線」や小津監督「ローアングル」といった映像や演出の特徴
を見つけることが難しいようです。
千葉泰樹研究をしている方がいらっしゃるか不明ですが、千葉映画の特徴って
何なんでしょうね。
もっともそんな映像や演出の特徴などを意識しないで観て面白いのですが。
以前あった「キネマ倶楽部」のビデオには、いくつか千葉泰樹監督作品がありましたが、
DVDになっている映画はほとんど無いのではないかと。
スカパーの日本映画専門チャンネルでは、最近も『河のほとりで』(1962 東宝)
が放送されていましたが、もう少しDVD化されれば観る方が増えるのではないかと
残念です。というか私自身がもっと千葉映画を観てみたい。
貴重な上映機会なのであと2-3本は足を運びたいと考えています。
NEW 2014.11.15 フィルムセンターでの特集上映 映画監督千葉泰樹
来週の11月18日~12月27日、東京・京橋のフィルムセンターで
千葉泰樹監督の特集上映があります。
フィルムセンターHP
成瀬監督と同時代に主に東宝でたくさんの文芸映画や喜劇映画を作った
千葉泰樹監督の作品が57本(52プログラム)上映されます。
私が観ている千葉作品は、名画座で観たものやスカパーの各番組での放送
を録画したものなどで、計10本くらいかと思います。
成瀬監督や小津監督や川島監督のように、興味を持って映画作家としての特徴を
考えたことはないのですが、作品を観る限り、奇をてらったりせずに極めてオーソドックスな
安心して観られる良質な映画を作った監督という印象です。
成瀬監督にも通ずる「職人技」を持った映画監督かと。
私が観ている範囲の中ですが、下記にいくつか感想を。
最も好きなのは今回の特集でも上映される『丘は花ざかり』(1952 東宝)です。
原作は石坂洋次郎、脚本は井手俊郎と水木洋子。
木暮実千代、上原謙、杉葉子、池部良、志村喬、高杉早苗などの出演。
テンポもよく、恋愛を主体にした都会的な文芸映画の1本です。
作詞=西条八十、作曲=服部良一、唄=藤山一郎)の主題曲でも有名です。
この映画で何といっても見どころなのは、
映画の後半に登場する東京・浜松町にある「浜離宮」のシーンです。
「銀幕の東京」(川本三郎著、中公新書)の中の記述で知って、その後観たのですが、
夏の暑い日、出版社の会社員の池部良と杉葉子が昼休みに「浜離宮」の
東京湾に面した場所に腰掛けて涼んでいると、そこに杉葉子の叔父=志村喬と
その女友達(確かバーのママ)の高杉早苗が通りかかって二人に声をかけます。
会話が終わった後に、突然志村喬が池部良に向かって、「暑いなぁ、泳ごうか」と
言うと、池部良は「いいですねえ」とか言って同意します。
その後、二人はその場でパンツ(海水パンツではなく普通のパンツ!)一丁になって
なんとそこから東京湾に飛び込んで泳ぎだします。
杉葉子と高杉早苗は腰掛けたまま、泳ぐ二人を笑いながら見つめています。
画面を観ると、これは実際のロケーションに間違いない。
今だったら絶対に有り得ないでしょうが、この浜離宮でのロケシーンは驚きます。
残念ながら今回の上映にははいっていないですが、
『沈丁花』(1966 東宝)
原作=松山善三、脚本=松山善三、千葉泰樹。
出演は京マチ子、司葉子、星由里子、杉村春子など
と
『春らんまん』(1968 東宝)
原作=水木洋子、脚本=松木ひろし、井手俊郎。
出演は新珠三千代、宝田明、司葉子、星由里子、白川由美、森雅之など
の2本のホームドラマは、
本当に他愛のないストーリーが淡々と進むコメディタッチのホームドラマ
なのですが、とても面白く観ていて幸せな気分になるいい映画です。
今回上映される『東京の恋人』(1952 東宝)
脚本=井手俊郎、吉田二三夫。
出演は、原節子、三船敏郎、杉葉子、清川虹子、森繁久弥、小林桂樹など
原節子が銀座の路地で似顔絵書きをする女性という珍しい役柄を演じています。
ダブルのスーツに帽子をかぶったダンディな三船敏郎も魅力的。
雑誌「東京人」の特集 映画の中の東京(2009年11月号)の表紙は
正にこの映画の二人の姿が映ってます。
バックは勝鬨橋ですが、この映画には開閉する勝鬨橋が登場するのも
東京のロケーションマニアとしてはたまりません。
同じく上映される『羽織の大将』(1960 東宝)
脚本は笠原良三。
出演はフランキー堺、団令子、加東大介、桂小金治(先日亡くなりました)など。
フランキー堺を主演に、落語家を描いた人情味溢れる映画ですが、
古今亭志ん生や三遊亭円生と並んで昭和の名人の一人、八代目の桂文楽
が本人役で出演していて、高座の姿や宴会のシーンで有名な口癖の「べけんや」
を本人が台詞として言っているのも貴重です。落語ファンは必見の1本です。
代表作の1本である『鬼火』(1956 東宝)
原作=吉屋信子、脚本=菊島隆三。
出演は加東大介、津島恵子、宮口精二、中村伸郎など
は、46分の短篇(当時ダイヤモンドシリーズの第一回作品)で
ストーリーはかなり悲劇的ですが、津島恵子の美しさが印象に残ります。
その他、観ている作品もありますが、主なところは以上です。
代表作の一つである加東大介主演の『大番』は未見なので
観たいと思っています。
NEW 2014.11.1 石田朝也監督『無知の知』について
祝 ! 9月の新文芸座の成瀬監督特集上映 2014.8.17
女優・淡路恵子さんが1月11日にお亡くなりになりました 2014.1.12
「娘・妻・母」をBS日本映画専門チャンネルの綺麗なハイビジョン映像で
久しぶりに観ました。
『成瀬映画は観るたびに新たな発見がある』というのが私の持論ですが、
下記に書いたようにこれまで10回以上は観ている作品なので
さすがに新たな発見は無いかと思っていたら、
見落としていた点がありました。映像表現に関連したことですが。
映画の中ほどで、三益愛子が孫の男の子(森・高峰の子供)
を近くの公園で遊ばせているシーン。
近所のおじいさん・笠智衆と世間話していると
公園のプランコで、孫の男の子がブランコに乗っている
女の子のブランコをゆすって「かわってよ」としつこく言い、
女の子は「いやよ」と拒否します。
公園での子供たちの微笑ましい描写ですが、
場面転換して次のシーンは、
宝田明と淡路恵子のアパートです。
淡路恵子がスーツケースに荷物をまとめて
アパートを出ようしていて、宝田明が一生懸命
なだめている夫婦喧嘩の描写なのですが、
「二人の(くだらない)言い争いは、公園の子供たちの喧嘩とほとんど変わらない」
という成瀬監督のシニカルな表現ではないかと感じました。
シナリオライター(井手俊郎・松山善三)の意図かもしれませんが
成瀬監督は説明的な台詞や芝居は削除してしまうと、
多くの俳優、スタッフの証言にあるので、残しているのは成瀬監督の意図が
あったということでしょう。シナリオに書かれているかは不明ですが。
淡路恵子の台詞には「子供の喧嘩じゃないのよ」もあり、ますますその感を強くしました。
これは前に観た時はまったく意識しませんでしたが、
この場面転換の編集を見ると、そういう意図があったのだと推察します。
ロケ地について、ラスト前、家に届いた封筒を高峰秀子が
見るシーンがあります。
老人ホームから三益愛子(坂西あき)宛てに届いた封筒です。
成瀬監督は住所の書かれた手紙・郵便や名刺をそのままアップで映す
ということをよくやりますが(「妻よ薔薇のやうに」「女優と詩人」「妻」など)
この作品でも家族の住む家は「世田谷区北沢(実際の番地も書かれていますが
現在は町名、番地とも変更になっているでしょう)、封筒の裏の老人ホームの住所は
「東村山」と書かれているのが画面でわかります。
この後、台所での原節子と高峰秀子との会話シーンがあり、
その後場面転換し、三益愛子が公園のベンチに座っているシーンになります。
この編集の流れも映画のタイトルを表現(原=娘、高峰=妻、三益=母)
しているのかなと感じました。
ラストシーンの公園は、ロケ地紹介に写真を載せた「女の歴史」のラスト
の世田谷の公園に似ているのですが、公園に再び登場する笠智衆が
「この公園はもうすぐ取り壊されて、どこかの銀行のアパートが建つそうですなぁ」
と三益愛子に話しかけるのでなんとも言えません。
この作品での笠智衆は近所のおじいさん役で公園シーンしか
登場しませせんが、この作品の2年後の同じく「大家族もの」の秀作、
「女の座」では大家族の老いた父親役を演じています。
それにしても成瀬映画は奥が深いです。
名優・小林桂樹さんがお亡くなりになりました 2010.9.18