TopNovel仕上げに・扉>君と団子と秋の空・2
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 そして、数時間後。
  花華さんと私は、無事、帰路についていた。彼女の手には大きなショップ袋。その中に入っているのは、もちろん早食い大会の優勝賞品だ。
「ああんっ、結衣さんって最高! ホントのホントにありがとう、このシリーズはね、マニアの間でもすごく有名なものなの。ブランドができて間もなくの品で、今では古着でもほとんど出回ってなくて。それがそれが、どうしてこんな意外な場所で出てくるのかしら。も〜っ、夢みたい! 今日は家に帰って早速ファッションショーだわ……!」
  な、なんか……どうにも話についていけない。
  もちろん私だって、お洒落にまったく関心がないってわけではない。とりあえずは美大生だったりするし、綺麗なものも可愛いものも大好きだ。だけど、現実問題として、私にとっては「衣」よりも「食」が最優先。だから普段着はユニクロ、お気に入りのブランドは年に何回かのお楽しみと決めている。とにかく吟味に吟味を重ねて一番気に入った一枚を購入する感じで。
  でも、花華さんの大好きだというこのブランド。シンプルなTシャツ一枚で七、八千円は下らないと言うんだからびっくり。お目に掛かるたびにデザインや柄の違っているロング丈ワンピに至っては、オーダースーツ並みのお値段だという。しかも帽子から靴まで、全身を固めているんだから、いったい全部でいくら? と恐ろしくなっちゃう。
「そ、それは……良かったですね」
  ああ、さすがにちょっと胃が重いかな。空きっ腹にいきなりあの量はきつかった。それに私、大食いはできても早食いはそれほど得意じゃない。うん、やっぱり美味しいものは時間を掛けてゆっくり食べたいでしょう。まあ、そうは言ってもこの程度の素人企画だったら、まず負けないけどね。
  何せ、景品が「アレ」でしょう。参加者はそのほとんどが「もしや、花華さんのお知り合い!?」と勘ぐってしまいたくなるタイプの方々。皆様、揃いも揃ってピラピラのコテコテ、頑張って何重にも重ねてみました、って装いで、見るからに暑そうだった。
  例外として何名か、素人相撲の愛好家かと思うような強敵もいたけどね。あの人たちも見た目ほどの迫力はなかったわ。
  幸い、その「三色団子」はとても美味しかった。ピンクと白と緑の三色、大振りのお団子が串に刺さっていて、そのひとつずつが違う味。ピンクは桜風味で、緑はよもぎの香り。外から見たらただのお団子だけど、実は中に餡が包んであって、その分量と甘みのバランスが素晴らしい。だから、どんどん食べられて、花華さんの期待にも見事応えることができた。
  はーっ、マジで今までの人生で食べたお団子の中で、五本の指に入るんじゃないかなあ……。
  でも、どうして。どうして、景品がヒラヒラ乙女なドレス? そこがまったくわからないんだよなあ〜。ま、そんなの私が悩むことじゃないし、役目は見事に果たしたんだし、もうこれでいいよね?
「でもいいのかしら? 副賞のお団子を私が全部いただいちゃって。せっかくだから、結衣さんも半分持っていけばいいのに」
「い、いえっ、結構です! 私はもう、十分すぎるくらい食べましたから! 是非是非、全部おうちで召し上がってください……!」
  冗談はやめて、そんなの無理に決まってるでしょう? これから真っ直ぐ自宅に戻れるならまだしも、その前にあの「氷の牢獄」に立ち寄らなくちゃならないんだから。
「そうぉ? なら、遠慮なくいただいてしまうわ」
  まるで大輪の薔薇を背中に背負ったみたいな華やかな笑顔。
  何だかよくわからないけど、喜んでもらえて本当に良かった。この方は店長の実のお姉さんなんだし、たぶんこれから先もずっとお付き合いが続いていくことになるんだから、良好な関係を築いていくことは絶対に必要だし。
「じゃあ、今日は本当にありがとう! では、気をつけて帰ってね。竜也によろしく〜!」
  改札を抜けた私たちは、上りと下り、それぞれのホームへと別れる。階段を上りかけたら電車が滑り込んでくる音。おっと、急がなくちゃ!

 お団子でぎゅーぎゅーに膨れていた胃袋も、最寄りの駅にたどり着く頃にはずいぶんすっきりしていた。さすが、私。あとは駅ビルのトイレで念入りに歯を磨けば完璧。そして、いざ、氷の王国へ……!
「ずいぶんと、長く掛かったもんだな」
  まだ夕方の四時を回ったばかりなのに、もう店じまいの札が掛かっているのには驚いた。まあ、もともと気まぐれ営業がモットーだから、閉店時間もまちまちなんだけど……かき入れ時の日曜日にコレはちょっと早すぎないかな。ミズエさんも帰宅しちゃったあとだったし。
「ええ、まあ……いろいろと付き合ったので。でも花華さんにはとても喜んでいただけましたし、良かったです」
  裏口から調理場に入ると、不機嫌な顔の店長が待ちかまえていた。何だろう、この人。せっかく急いで戻ってきてあげたんだから、もうちょっと嬉しそうにしてくれたっていいのに。
「そうか。……まあいい、ちょっとここまで来い」
  洗い物の手を止めて、私を手招きする。何なのかなあ、用があるなら自分の方から出向けばいいのに。だいたい、たいした距離でもないでしょう。それなのに、やっぱいちいち偉そうなんだから。
「はーい、何でしょう?」
  洗い終わったものを乾燥機に入れるのを手伝えとか言うのかな。相変わらず人使いが荒いんだからなあ……なんて考えつつも素直に従うと、いきなりぎゅっと抱きしめられてしまった。
「……えっ、そのっ……」
  さすがにコレは予想してなかった。だから、かなり驚く。最初は何かの冗談かと思ったんだけど、店長の腕の力は半端なく強くて、簡単にふりほどけるものではなかった。
「……てっ、店長……!?」
  どうして何も答えてくれないの、しかも苦しすぎるんですけどっ!
  店長の白い調理服はずっと冷房の中にいるせいか、とってもひんやりしてるんだけど、それにしたって生身の人間に抱きつかれたら多少は暑苦しい。
「うるさい、少し黙ってろ」
  何なんだよーって思ったものの、しばらくは大人しくしているしかなさそう。そういや、朝も普段とちょっと違う感じではあったような。今頃になって、そんなことに気づいたりする。
  そして。
  どれくらいの時間が経過したんだろう。クーラーの吹き出し口の真下で冷気に晒され続けて、そろそろ限界がきそうだった。このままだとふたりして氷漬けになってしまうよ。
「今朝は夢見が最悪だった」
  その言葉を合図に、呆気なく腕が解かれる。
「帰るぞ」
  前後の言葉がまったく繋がっていないことに、当の本人は気づいているのだろうか。とにかく店長は神業のような速さで帰り支度を終えると、私の腕を掴んだ。
「まずは風呂だ。お前、相当に臭うぞ」
「……えっ……!?」
  んな馬鹿な、そんなはずない。そりゃ、炎天下の中を戻ってきたんだから多少の汗はかいたかと思う。でも、ドアを開ける前に石けんの香りのコロンをシューってしたし。だいたい、この程度なら普通に襲いかかってくるレベルでしょう。
「お前の身体から、餅米と小豆の匂いがぷんぷん漂ってくる。いったい、今まで何をしてきたんだ。白状しろ」
  えええーっ、嘘だぁっ! そんなはずないよう、誤解だよ〜! ……って、はっきりと言い切れないのが辛いところだけど。
「俺の五感を侮るな、お前がどこで何を食ってきたかくらいすぐにわかるぞ。この浮気者め、許さん!」
  だーかーらーっ! どうしてそんな綺麗な顔をして、時代劇の頭の硬いおじさんみたいな台詞になるのっ。いいじゃない、お団子の十本や百本。……まあ、今日はそれよりもずいぶん食べた気がするけど。もうすっかり消化したよ、だから店長のケーキ(の切れ端)だって美味しく食べられるから……!
  ……って、駄目だ。全然聞いてないし。

「ほら、早く脱げ」
  店長は何もかもがショートカットに素早い人間だ。アパートにたどり着いて、脱衣所に直行。そこであっという間に着ていたものを全部脱ぎ終えると、呆然としたまま立ちつくしていた私の服にも手を掛けてくる。
「えっ、えーっ……いいです! 自分で脱ぎますから……」
  抵抗する暇もなく、こっちもすっぽんぽんにされちゃったよ。やだもう、前くらい隠したっていいのに。しかもすでに完璧に元気になっているご様子ですけどっ!
「まったく、油断も隙もない奴だ。美味いもんが食いたきゃ、食えばいい。だが、抜け駆けは許さんぞ。どうしても行きたい店があるなら、俺も連れて行け。それなら百歩譲って、許可を出す」
  こうしている間にもね、頭上からは全開のシャワーが滝のように落ちてくるし、全身はあわあわになって、しかも感じやすいところをピンポイントにマッサージされてる。
「……え?」
  そんな感じで、かなりヤバイところまで進んできた私だけど、それでも気づいたのよね。なんか、言ってることに矛盾がありません? えーと、それってどういうことでしょう……
「何だ、そんなこともわからないのか。お前は本当に馬鹿だな」
  ぎゃーっ、顔面にシャワーかけなくたっていいじゃない! この鬼畜っ、横暴っ!
「美味いもんを食ってるときのお前の顔は俺のものだ、他の奴に不用意に見せるんじゃない」
  そんなの絶対無理に決まってるじゃない! ……って、口を挟む間もなく四つんばいにされちゃって、腰をぐっと掴まれる。
「お前には俺以上の男はいないこと、思い知らせてやる」
  そして一気に奥まで貫かれて、全身にしびれが走る。うっそー、いきなりすごいのが来たよっ。今の姿って、そのまんま串団子状態!? 待って待って、こんな風にしたら、私――
「てっ、店長っ……駄目っ、駄目だったら〜!」
  バスルームの壁に自分の声が響いて、それでようやく呼び方を間違えたことに気づいた。でも、いつもならすぐに飛んでくる突っ込みもなし。それどころじゃないって感じで、ガンガンに攻め立ててくる。
「ほら、無駄なあがきはよせ。抵抗をやめれば、すぐに楽になるぞ」
  いや、それは絶対に嘘。こうなっちゃうと、店長はどこまでも止まらないから。
  私、明日は朝一で教授のところに行かなくちゃなんだけどっ。卒業制作の経過チェックをしてもらう約束になっているんだから。なのに、こんなんしてて、無事に卒業できるの〜っ!?

 窓の外は相変わらずの灼熱地獄。それでも、空の色だけは一足早く秋の色に変わり始めている。芸術にスポーツに、そして食欲にと忙しい夢の時間がすぐそこまで。
  でも、……今年はその先にとんでもない「事件」が待ちかまえていることを、私も、そして店長もまだ気づいてはいなかった。

   

今回はここまで♪ (110301)
ちょこっと、あとがき(別窓) >>

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