TopNovel仕上げに・扉>お初にお目にかかります。・1

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 本日は晴天なり。
  どこまでも高く澄み渡った晩秋の空を見上げつつ、私はせっせと自宅の玄関先を掃いていた。
  十一月某日、大安吉日。
  言っちゃ悪いが、猫の額ほどの庭。時間を掛けてゆっくりと掃除するようなスペースじゃない。でも、なんとなく、私は今、ここに立っていたいのだ。
  とはいえ、なにも手にせずにぼんやりとしているのも格好がつかない。だから、仕方なく箒を手に掃除のまねごとをしているわけだ。
「うーん、やっぱ駅まで迎えに行けば良かったかな……」
  もちろんそうしようと申し出たんだけど、即刻却下されてしまった。
「地図くらいひとりでも読める、俺を誰だと思っているんだ」
  どうしていきなりけんか腰なのか、理解に苦しむ。こっちは親切に言っただけなのに、なんかもう。
「……ま、仕方ないよね。それが店長だもん」
  そうやって呟いたあとで、ヤバイ、と口を押さえていた。
  違う違う、「竜也」って呼ばなくちゃ。そりゃ、店長は今でも店長だし、丘の上の店舗の建て替え作業が真っ最中でも間借りした元パン屋さんの場所で今までどおりに店を営業している。
  確か「しばらく店を閉める」とか宣言していたはずだよね。でも、そんなの、三日と続かなかった。
  イベントの翌日はいつもの定休日のようにうだうだまったりと過ごしたものの、その次の日にはもうそわそわ。ご飯を食べていても、気分転換に買い物に出掛けても、心ここにあらず。気がつくとひとりの世界に籠もって、なにやら難しそうに考えている。そばにいる私なんて、すっかり置き去り。
  普通の恋人同士だったら、ここで喧嘩のひとつも始まりそうなところ。でも私たちはそうじゃない。
  だって、私は知っているもの。こういうときの彼は、必ずケーキのことを考えているって。
  私は彼の作るケーキが大好き、毎日毎食、いくら食べても飽きないくらい。そして彼も私を喜ばせようと、次々に新作やアレンジ作を披露してくれる。
  だから、気を利かせて言ってあげたの。とびきりの笑顔でね。
「私、また、店ちょ……じゃなくて、竜也のケーキが食べたくなっちゃった。両手いっぱい、腰が抜けるくらい」
  もちろん、彼はここで「そうかそうか、わかったぞ」とか笑い返してくれることはない。いつもながらの仏頂面のまま、ぼそっと言った。
「……まったく、しょうがない奴だな。まあいい、ちょうど新作を思いついたところだ。材料を買い足しして、すぐに戻るぞ」
  そんなこんなであっという間にお店を再開。クリスマスケーキの予約もあっという間に締め切りで、年末まではノンストップ進行になりそう。
  以前より、またお客さんが増えた気がするし。これって、やっぱりイベント効果? だよねえ、なにしろ地元のケーブルテレビで大々的に放映されたもんね。ご近所の常連さんは「お祝い」とばかりに普段よりも奮発してお買い上げてくれるし、口々に「おめでとう!」って言われたりして、店頭に立つ私は嬉しいやらこそばゆいやらで大変だ。
「だけどなあ、当然のなりゆきとはいえ、展開早いよ……」
「なにをブツブツ言っている」
  箒を動かしながら、つい口をついて出てきたひとこと。そこに不機嫌な声が重なる。
「えっ、あ……てんちょ――」
  ヤバイ、また言い間違えちゃったよ! でもそれを訂正する前に、私は固まってしまった。
  だってだって、コレはなかなかの衝撃だよ。
「なんだ、そんなところに突っ立って、人を閉め出そうとしてるのか」
「……あっ、いえ! 別にそうじゃなくて……」
  ええーっ、聞いてないよ! いきなりビシッとスーツ姿で現れるんだもん、びっくりしちゃう。ついでに両手に大きな花束と紙袋。この格好で電車に揺られてきたんだ、周りの人たち驚いただろうな。
  そりゃ、考えてみれば、こんなときにいつもの仕事着じゃ変だもんね。さすがの店長もTPOの基本はわきまえていたってことか。
  でも――
「なんだ、その顔は」
「だ、だって……」
  いや、ついね。ちょっとだけ、笑っちゃった。初めて見る、店長のスーツ姿。すらりと長身でそれなりに決まってはいるんだけど、あまりに見慣れていないせいもあり、やっぱどこか変。
「な、なんか……頑張って就活しています、みたいな感じですね」
  思い浮かんだままの印象を口にしたら、すごい怖い顔で睨まれてしまった。だけど、そんな彼の頬の辺りにいつにない緊張が見て取れる。
  ――へええ、店長も案外普通の人だったんだなあ……
「あ、とりあえず中にどうぞ。こんなところで立ち話もなんですから」
  ヤバイヤバイ、あんまりの衝撃に自分の立場を忘れてしまうところだった。私は箒を後ろ手に、「お客様を出迎える」という最大の任務をどうにか遂行した。

「ねえ、結衣。ちょっといいかしら?」
  三日前のこと、帰宅した私に母親が声を掛けてきた。
「うん、なに? 晩ご飯なら、食べてきたからいいよ」
  店では、そろそろクリスマスケーキの仕込みが始まっている。店長のケーキは凝りまくってるし、ひとつを仕上げるのにとてつもない時間が掛かるんだ。だから、日持ちのするマジパン細工とかそのあたりから、そろそろ始めないと間に合わないんだって。
  だから、私も閉店後はそっちのお手伝い。そのまま店長のアパートに泊まっちゃう日もあるけど、その日はちゃんと自宅に戻ったんだ。
「そうじゃなくて、その……確か結衣が手伝っているっていうケーキショップの店長さん、神崎さんって仰ったわよね?」
「うん、それがなにか?」
  ウチの親は私と店長が付き合っているということを知らない。もちろん、これだけお泊まりが多ければ薄々勘づいているとは思うんだけど、いつかきちんと話さなくちゃと考えつつも、ついつい放置していた。
  まさか、どこからか情報が入ってきたとか? いやいや、まさか。
  頭の中ではあれこれと考えを巡らせつつ表向きは平然として聞き返すと、母親が首をひねりながら言う。
「あのね、さっき男の人の声で電話があったの。『神崎と申しますが、今週末そちらにお伺いしたいと思います。ご都合はいかがですか』って。私、なにがなんだかわからなくてどういうご用件なのか聞き返そうとしたら、そのまま電話が切れちゃったのね……」
「……えええっ!?」
  聞いてないよ、そんな話。しかも、なんで私を通り越して、いきなり自宅にアポ取り!?
「結衣、お店でなにか悪いことでもした? お母さん、心配になっちゃって……」
「えっ、いやっ、……そういうことじゃないと思うんだけど」
「じゃあ、どうして? いきなり店長さんがウチに来るなんて、なにがあったのかしら」
  て、店長っ! 頼むよーっ、そんなつもりなら、まずは私に相談して。お陰でいらぬ疑惑が生まれちゃったじゃない!
「うーん、ただの挨拶とかじゃないかな。私、すごく頑張ってるから」
「そう? ならいいんだけど……」
  この状況で、どうして本当のことが言える? そりゃ、今まで黙っていたのは悪かった。はっきりしなかった私にも責任はある。
  でも、でもっ……
  その翌日、もちろん店長を直撃。そしたら彼は、平然とした顔で言った。
「お前は俺と結婚するんだ。ならば、ご両親にそのことを伝えに行くのが当然の道理というものだろう。お前にとやかく言われることじゃない」
  いやいやいや。両親に挨拶に来てくれることが悪いとか、そういう話じゃない。
「でも、こういうことには、事前の段取りが必要なわけで……」
「そういう回りくどいことは嫌いだ、俺は正々堂々、真正面から行くぞ」
  頑張って言葉を返したんだけど、あっという間に一蹴されてしまった。
  大丈夫かなあ、確かに言ってることは間違ってないんだけど、とにかく社会性に欠ける人だから、すごく不安。まあ、今日の対面がなにごともなく終わることを祈ろう。
「両親は中で待ってます。兄もすぐに到着すると思いますから――」
  私はつとめて笑顔を作り、相変わらずデッサン用の石膏像のように美しく固まっている顔の彼のために玄関ドアを開けた。

   

つづく♪ (120825)

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