TopNovel未来Top>槇原さんち☆れぽぉと・2


1/2/3/4/5/6

 

 

 

「すっ…墨田さんっ!!」
 グラス片手に息を切らせて、彼女の隣りにどかっと座った。

「あら、槇原さん」
 あんまりの勢いに、彼女も目をぱちくりさせてる。茶色い瞳がくるくるっと動いて彼を見つめ、それから彼の手にしたグラスに視線を移した。

「あ、あらまあ…ビールですか? ええと…」
 空のグラスを目にして、当然のことながら彼女がビール瓶を探している。ああ、そうか。自分がビールを注いで欲しくてここに来たと思っているんだ。まあ、そうだろう…でも、そうじゃないんだっ!!

 彼は咄嗟に自分のそばにある方の彼女の手を握りしめた。

「……?」
 彼女の方は、と言えば、身を乗り出して手にしたビール瓶片手に不思議そうな顔をしている。それからにっこりと微笑んだ。

「そんなに急がなくても…ビールは逃げたりしませんよ?」
 天使のような微笑みだ。思わず、はい、と言って、グラスを差し出しそうになる。でも、そうじゃないんだ、違うんだっ!! 彼は首をぶるんぶるんと振ると、彼女をまっすぐに見つめた。

「す、墨田さんっ!!」

「…はい?」
 にこやかに微笑む天使が小首を傾げて見つめ返してくる。さらさらと流れていく髪。ああ、何て美しいんだ。とてつもなく高尚な、手には触れてはならないもののような気がする。…でも!! ここで躊躇してどうするんだっ!!

 彼はごくんとつばを飲み込んだ。そして大きく肩を震わせて深呼吸する。

「あの、墨田さん…明日の御都合は?」

「…え?」
 ぱちぱちっと瞬き。長いまつげも茶色。予想していなかったひとことが彼女を戸惑わせている。

「明日は、土曜日でしょう? どこか出掛ける予定でもある?」

 今の自分はどんな顔をしているのだろう。思い詰めたせっぱ詰まった顔をしているのではないだろうか。仕事上の接客ノウハウではこちらの落ち着きのある穏やかな態度が取引先や顧客を安心させる、と習った気がする。あまりに勢い込んだ態度は相手に不信感を与えかねない。

 しかし、彼女はそうではなかった。しっとりと穏やかな微笑をたたえながら、彼が一番望んでいた言葉を口にしてくれる。

「…別に。明日はお洗濯してお掃除して…お布団干そうかなって…」
 その後、口の中で、来週は出来そうにないし、と言ったのも聞こえてしまった。もう体中の血液が血管を逆流して頭に集まった気がする。

「あ、あのっ。…じゃあ、良かったら――」
 握りしめていた左手に、もう一方の手も添えてぎゅっと握りしめた。

「ディズニーランド、行かない?」

………

 …補足。どうしてここでディズニーランドなんて言葉が出てきたか。それは小林さんが独身時代、大のディズニーフリークだったからである。年間パスポートを毎年購入して、週末はおろか、ウィークディーだって仕事が早く終わればパーク通いをしたのだ。そのために浦安のアパートを借りていたと言っても過言ではない。本当は舞浜のパークの傍が良かったが、あそこでは交通の便が悪い。泣く泣くそうしたのであった。
 
 もちろん、学生時代はずっとディズニーでバイトしていた。シンデレラ城のミステリーツアーのお姉さんをやっていたのだ。本当はパレードの一員になりたかったが、あれにはものすごい倍率のオーディションがある。実際のダンサーも役者の卵やひよこがほとんどだ。キャラクターの着ぐるみに入るのは暑そうだからやめた。
 オリエンタルランド(東京ディズニーランドを運営している会社名)に入社することも検討した。しかし、あの会社、とにかく社員の扱いがすごいのだ。バスも通らない様な時間の早朝出勤もある。そのためにパークの近くには宿泊の寮もあるが、そこがまた狭くて臭い。夢を売る商売の実状は暗く苦しいのだ。

 小林さんにとってディズニーランドは青春のシンボル。でも結婚してからはすっかりご無沙汰していた。大体赤ん坊を連れていてはアトラクションにも乗れない。ダンナの実家はとても『ディズニーに行くから、子供を宜しくv』なんて微笑ましいギャグが通る家ではないのだ。
 その割りには義父母が旅行に行くときは飼い犬の世話を頼まれる。全くいい気なモンだ。子供くらい預かってくれたっていいのにっ!!

 …あ、話が逸れた。まあ、そう言うことで? 小林さんの妄想の中でディズニーデートは外せなかったのだ。だから、今後の話にもその影響が出ているので、ご了承の程を(以上、作者)。

………

「ごめんね、子供っぽいところで。びっくりしたでしょう…?」

 ディズニーの冬は寒い。海がすぐ傍なので、風がことのほか冷たいのである。彼女はそう言うことを承知しているらしく、モコモコのセーターに下はコージュロイのホットパンツ。そしてタイツにスニーカーという服装だった。首にくるくるとスカーフを巻いてチェックのシャツを襟ぐりと袖口から覗かせている。

「いいえ、久しぶりなので嬉しいです。槇原さんこそ…意外ですね」
 くすくすと耳をくすぐる軽やかな笑い声。彼女が自分の誘いにうんと言ってくれただけで嬉しかった。もうそのまま、急いで家に戻り、友達に電話する。何人かの知り合いに連絡を取り、今日の段取りを完璧にしたのだ。

「…あ、いや。実は、取引先からチケットを頂いて。それの期限が今日までだったんだ、付き合わせてしまってごめん」
 そんなの大嘘。ここに就職した友人に頼み込んで、チケットを手配して貰った。渋々と言う感じで、承知してくれた友人に、あとでどれだけ奢らされるか分からない。でも、出来る限りスマートなかたちで彼女を誘いたかったのだ。もう、今日を逃したら後がないじゃないか(大袈裟)、もう一筆入魂だ(ちょっと、たとえが変)。

 

 クリスマス仕様になったパークの中は、イベント間近の休日のせいか人がだいぶ出ていた。でも、彼はするすると人混みを駆け抜けて目的のアトラクションに次々に滑り込む。待ち時間が余りなく、たくさんの乗り物に乗れることに彼女が目を丸くした。

「…槇原さんって…魔法使いみたいですね」
 シェイクをストローでかき混ぜながら、彼女が感嘆の声を上げた。彼は嬉しそうに微笑む。

「うん、実は学生時代はここでバイトしていてね。と言っても…掃除のバイトなんだけど。知ってる? カストーディアル、って言うんだよ?」

「え…ああ…」
 彼女は分かった、と言うように頷いた。

「あの、踊りながら箒とちりとりを使う皆さんですね。すごく楽しそうで…素敵ですね、あのお仕事」

 素敵ですね、と言われて素直に嬉しい。なんて優しい人なんだ、こんなやわらかな受け答えが出来る彼女をあんないけずな先輩になど渡してなるものかっ!!

「うん、でもね、あれはなかなか大変なんだよ? ゲスト…あ、ディズニーランドではね、お客様はゲストで働くみんなはキャストって呼ぶんだ。パークを盛り立てているのはパレードやステージのダンサーだけじゃないんだよ? レストランのウェートレスも、ショップの店員も、アトラクションの従業員も、そして清掃員も…みんなみんなでゲストが気持ちよく過ごせるように頑張っているんだ。俺たちもね、いつもゲストがどうしたいか、何を探しているのか、何を求めているのかって気にしていたよ? そうそう、カメラを手にした家族連れがいたらね、ささっと歩み寄って…こうやって、ポーズを決めて」

 彼は椅子から降りると、緑色の地面に片膝を付いた。彼女がぱちぱちと瞬きをする。

「私がシャッターを押しましょう。どうぞ一緒にお入り下さい…って、言うんだ」

「…まあ」
 彼女がにっこり笑った。その笑顔を見ているだけでホッとする。彼女の向こうに見上げる冬空もこの上ない上天気だ。天気までが彼に味方している。そうとしか思えなかった(←ただの思いこみ)。

 

 ランチはもちろん予約したレストランで。パレードは行列を上から眺めて、見晴らしのいい穴場で。ライトアップのショーはレストランのガーデンベンチで…ポイントを押さえまくった1日、彼女もとても満足してくれた様だった。嬉しそうな笑顔を見ているとこちらまで心が温かくなる。はぐれないようにと、さり気なく繋ぐようになった小さな手のぬくもりが温かい。エレクトリカルパレードが過ぎて、すっかり静寂の戻ったテーブルで、そっと囁いた。

「夕飯、食べていけるでしょう? …ご馳走させてくれる?」

「…え?」

 彼のポケットには友人からせしめたホテルディナーのチケットがある。パークとは目と鼻の先の観光客に人気のホテルだ。最上階の見晴らしのいいレストランは予約を入れるのも大変だという。実際、来週のクリスマスディナーの予約はこの不景気にあって、半年前からキャンセル待ちだそうだ。

「貰い物の、チケットがあるんだ…一緒に使ってくれるよね? 俺ひとりじゃ、とても2人前は食べられないから…」

 クリスマスを待ち望むかのようにライトアップされた木々。その電球のきらめきに浮かび上がる彼女の白い輪郭。戸惑いがちに頷く、その仕草が嬉しくて仕方なかった。彼女のきれいな髪の周りで白い息が踊っていた。

 

 話には聞いていたが、実際にレストランの窓から見下ろすパークの夜景は想像では思い描けないほど素晴らしかった。目の前にぽっかりと浮かび上がるシンデレラ城、まるで異国の秘密要塞のよう。案内されたテーブルは特に見晴らしのいい特等席だった。

「綺麗ですね…」
 窓の外を何度も見ながら、彼女が言う。

 このレストランはたくさんのテーブルがあるのに、そのひとつひとつが個室のようにレイアウトされていた。腰の高さまでの植木が視界を遮る。そこにも控えめなクリスマスのオーナメント。彼女が作り物の赤い林檎を不思議そうに手に取る。パークでの夢の時間がここでも続いていた。

 …綺麗なのは、君の方だよ?

 そう言ってみたかったが、ちょっと照れくさくて口に出来なかった(当然です、普通は言えないと思います)。

 

 あらかじめ決まっているメニューで順に皿が運ばれてくる。シャンパンとオードブル。スープ。白ワインと魚、赤ワインと肉料理。品数は多いのだが、女性客を意識しているのか全体的に控えめな分量だ。つつましやかにナイフとフォークを使って、料理を口に運ぶ。何でもおいしそうに食べる彼女が微笑ましかった。

 彼女も彼もパークの中にいるときと同じカジュアルな装い。本当なら、正装しなければこのようなレストランはまずいだろう。でも全てがディズニー仕様になっているこのホテルではその様な堅苦しいことはなかった。パークで遊んだそのウキウキした気分のまま、おいしい料理を食すことが出来る。それがウリであるようだ。

 暖かい建物の中でセーターを脱いだ彼女はほっそりとした身体が服の上からもよく分かる。さらさらの長い髪、控えめな微笑み。自分に向けられていることが何よりも嬉しい。

 思わず食事を忘れて見とれてしまうと、彼女は不思議そうに自分の後ろを振り返る。まさか自分が見つめられているとは思っていないのだろう。後ろにそんなにいい物があるのかと思ったらしい。そんな仕草も可愛らしかった。

 営業の仕事をしている上での苦労話をすると、彼女は黙って頷きながら聞いてくれる。その反応の柔らかさに夢中になってしまう。本当に、あんなたらしの先輩に渡してなるものか。いや、他の社員にだって嫌だ。取引先は失ってもまた開拓することが出来る。でも彼女はひとりしかいない。今、ここで勇気を出さなくちゃ、どうするんだ!?

 和やかな食事の進むテーブルの下で、彼は悶々と想いを巡らせていた。いつ切り出そう、でもいきなりコトを大袈裟にしたら引かれてしまうのではないか。こんな純情可憐なお嬢さんなのだ(注:マッキー視点、しかも小林さんの妄想の中の)、怯えさせてしまっては始まる前に終わってしまう。ええと、ここは…まずはとっかかりだけでも…。

 

 そんなことを行っているうちにコースメニューは終盤を迎えていた。彼はおなかが膨れたのか空腹のままなのかの感覚もない。テーブルが綺麗に片づけられて、テーブルの中央、ふたりの間に置かれていたポインセチアの花籠がすっと横に動かされる。そのボーイの手つきの華麗なこと。まるでパークの熟練キャストのようだ。そう言えば最初から違うなと思っていた。よく教育されるとこうも一流になれるのか。何事にもやはり極める領域がある。

 やがて、今まで花籠のあった場所にことんと大きめの皿が置かれた。ふちにぐるりと浮き模様のあるミルク色の上品な皿の上には、クリスマスの定番、ブッシュ・ド・ノエルが横たわっていた。木の切り株をかたどったあれだ。ふたり分なんだろう。よく見ると真ん中に斜めに切れ目が入っていて、脇に取り分ける銀色のへらのようなものが置かれていた。一礼してボーイが去って行ったが、目の前の彼女はしばらく言葉もなくそれを見つめていた。

 切り株に見立ててあるのだから、焦げ茶色のチョコレートクリームが塗られている。フォークで付けたような筋が通っていて、本物の樹のようだ。ぴょこんと枝が出ていて、そこには作り物の葉っぱまで生えている。本体にもツタに見立てた模様がグリーンのクリームで描かれていて、根元には可愛らしい動物が飾られている。陶器で出来たそれは最後に持ち帰れると言われた。洒落たクリスマスプレゼント、と言う趣向だ。

 大振りに思えたそれもスポンジが軽くてすっとおなかに入ってしまった。エスプレッソのコーヒーも香りが高い。全てに高級感が漂っている。まあ、ここで出てきたらネスカフェゴールドブレンドも最高級のコーヒーに取って代わってしまうだろう(ネスカフェの関係者の皆様、ごめんなさい。インスタントコーヒーの中ではピカ一においしいと思ってます:作者)。

 ナフキンで口を軽く拭った彼女がお皿の上の動物たちを嬉しそうに見ている。何だか自分の行為で喜んで貰っているような気になる。彼の胸の鼓動はどんどん早くなっていった。皿が全てからになってしまった今、もうチャンスはここしかない。

「今日は本当にありがとうございました。とても楽しかったです」
 彼女は無邪気な笑顔で今日のまとめに入る。このまま話を終わらせられたら大変だ。彼は思わす、ごくりとつばを飲み込んだ。

 

「あのっ! …墨田さんっ!!」
 余裕なんて全くなかったが、仕方ない。せっぱ詰まった彼の態度に彼女がきょとんとしている。

 どうしよう、どうやって切り出そう…。パークでの段取りは完璧だった。頭の中でたくさんシミュレーションした。でもそれで手一杯になってしまい、大切なここ一番の台詞が全然決まってなかった。勢いでどうにかなるかとも思っていたが、人生そんなに甘くはない。聞く体勢に入っている彼女を前にして、ぱくぱくと唇が空を切る。ああ、情けないぞ、エリート営業マン。いつもの勢いはどうした!?

「ええと…そのっ…」
 視線を動かすと、視界の先にテーブルに置かれた彼女の手が見えた。パールピンクのネイルが塗られた細くて長い指。しろいテーブルクロスの上でこの上なく上品だ。彼は膝の上に置いていた自分の汗ばんだ手を、がしっとその上に重ねた。そして、そっと包み込む。

「え?」
 彼女は当然のことながらびっくりして手を自分の方に戻そうとした。そんなことはさせるもんか。彼は指先にぎゅっと力を込めた。しっとりすべすべして気持ちいい。

 

「俺と…その、結婚を前提として、付き合ってくれませんか!?」

「…は?」

 

 いきなりすっ飛ばして話が走ってしまった。どうして、ただの同僚がいきなりそんなこと言うかな。もう彼の方には考えるゆとりがなかったらしい。

 一方、彼女の方も天と地がひっくり返ったように驚いている。

「ち、ちょっと待って下さいっ…槇原さん、これって何かの冗談ですか? あのっ…何でいきなり…?」
 気を落ち着かせようと思ったのだろう。彼女はグラスに手を伸ばすと、それを一気に飲み干した。途端にぽーっと頬が赤くなる。

「…あれ? お水じゃなかったのかしら…?」
 どうも水と白ワインを取り違えたらしい。(デザートの前にテーブルを綺麗にしたのだから、ワイングラスも下げられたのではないかという突っ込みは入れないように。これがないと話が進みませんので:作者)

「だ、大丈夫? 墨田さんっ!?」
 アルコールに弱い彼女(しつこいようですが、あくまでも小林さんの妄想)が急にふらふらっと来たので、彼は慌ててしまった。

「動ける? 歩けそう…?」
 そっと肩を貸して立たせてみる。でも彼女の足取りはふらついていて、とてもこれからすぐに帰宅できる感じではない。どこかで休んだ方がいいみたいに思えた。

「うん…何だか気分が悪くて…」
 そう言いながらそっと寄り添ってくる。ワインの香りなんて吹き飛ぶような彼女の甘い匂い。

「…下に部屋を取ってあるんだ、少し休んでいく…?」
 もう彼女は何を言われているのか、分かっていないのかも知れない。退席を告げると彼はレストランを後にした。

………

 いきなりスィートではいかにも、なので普通のツイン。でも人気ホテルの宿泊料は普通の3倍くらい。これももちろん友達のツテで社員割引にして貰った。それでも彼にとっては清水の舞台から飛び降りるような金額だった。でも、こう言う部屋をあらかじめ用意しているのが、お約束。まったく、誠実なのかそうでないのかよく分からない彼。

 レストランのテーブルとほぼ同じ位置のその部屋からの夜景は、少し角度が違うもののさっきまでのものと良く似ていた。それにはとても気を配る余裕のない彼女を長椅子に静かに座らせる。冷蔵庫からミネラルウォーターを取りだして、備え付けのグラスに注いだ。一流ホテルだからグラスだって一流品。ピカピカに磨き込まれたカットグラスだ。

 そっと差し出すと、彼女は受け取って、少しずつ口に流し込んでいった。

「ごめんなさい、…私ってば、うっかりして…」

 少し持ち直したようだ。目の前の彼に申し訳なさそうに詫びる。綺麗な瞳がアルコールのせいか潤んで見える。そして火照って色づいた肌。それを見ているだけで、たまらないものがこみ上げてくる彼。自分が設定したとはいえ、ここは密室。クリスマスソングのオルゴール音が静かに流れる最高のセッティングだ。少し暖かい空調もそれようの配慮だろうか?

「墨田さんっ…!!」
 空のグラスを渡そうとした彼女の腕ごと握りしめる。

「え…?」
 まだ、少しふらついている彼女が焦点の良く合わない瞳でこちらを見る。

「さっきの返事を聞かせてくれない…?」

 必死で思考を巡らせて、彼の言葉を理解したのだろう。彼女はすまなそうに視線を逸らせて俯いた。

「だって…困ります。槇原さんは同僚のひとりとして…あの、それは親しくさせて頂いてましたが…とても、そんな特別の感情なんて…私…」
 俯いたままでふるふるとかぶりを振る。髪が彼女の心内と同様、所在なげに揺れている。

 まあ、ただの友達に言い寄られたらこう答えるしかないだろう。でも、そこでひるんでは話が終わってしまう。何しろ来週はあのたらしの先輩とデートじゃないか。そんなことしたら、こんな清純な彼女が汚れてしまう…!! あいつのことだ、絶対に力尽くでもどうにかしようとするはずだ(…こんな風に部屋を取っているあんたも同類ですよ、マッキー:作者)。

「…墨田さんっ!!」
 思いあまった彼はいきなり彼女を長椅子に押し倒した。弾みで空のグラスがカーペットラグの上に落ちる。そうなったら、もうすることはひとつだ。呆気にとられている彼女の唇にそっと口づける。そして、シャツのボタンをゆっくりと外していった。

「ちょっと…!! やめてくださいっ…いきなり何をなさるんですかっ!! 槇原さんっ!?」

 彼女がもがけばもがくほど、彼の行為の助けになってしまう。次々に服を脱がされて、現れた白い首筋に吸い付かれる。男性経験のない彼女にとっては初めての感触だ。声にならない悲鳴を上げて、必死に抵抗した。でも頼りない力では到底敵うものではない。こうなってしまってはまな板の鯉、暴れてももがいても、後は料理されるだけだ。

 そして、もうこのあとは…めくりめく、官能小説の世界でしょう?

 無理矢理組み敷かれて、手込めにされる彼女(ああ、またとんでもなくレトロな表現! 小林さんは実は時代小説フリークか!? :作者)は初めのうちこそ、必死にそこから逃れようとしていた。お酒に酔った自分を優しく介抱してくれた彼が、よもやこう言う行動に出るなんて、全く思いも寄らなかったから。
 それでも、もともと彼のことを実は心のどこかで気にしていた彼女は甘い囁きにだんだん飲み込まれていく。何しろ同期の中で一番の出世株。営業成績はピカ一で、その上背が高くてルックスもいい。実は密かに女子社員の中ではファンクラブまで結成されている(彼女は会員ではありませんが)。悪い話じゃない、それに何よりうわごとのように「ずっと好きだったんだ」とか「君しか見えなかったよ」とかトレンディードラマびっくりの台詞をたくさんかけてくれる。

 身ぐるみはがされて、体中に愛撫を受けた後、くったりした身体をベッドに運ばれる頃には、もうすっかり彼の虜だった(展開早すぎっ!)。

………

「…ねえ」
 けだるい腕の中、彼女がしっとりと寄り添う。想像通りに初めてだった彼女には全てが辛い行為だったかも知れない。自分を受け入れた彼女は泣きそうな目をしていた。ものすごく痛いというのはやはり本当だったのか?
 すまないな、と思う反面、愛おしくてたまらない。 きれいな髪を指で弄びながら、彼は囁いた。

「来週のクリスマスイブは…もちろん俺と一緒に過ごしてくれるんだよね?」
 たらしの先輩とのデートだと言うことは百も承知で強きの攻めに出る。こうやって関係を結んでしまえばこっちの勝ちだ。勝ち負けの問題じゃない気もするが、やはり女性にとっては初めての男は特別だろう。そのためにも早くモノにしたかったのだ。

「…はい…」
 彼女にしてみても他意はないのだろう。シーツの上で乱れた彼女の反応だって悪かったとは言えない。それなりに満足させたと信じている。

 思った通りの反応を見せてくれた彼女が尚も愛おしい。しっかりと腕に抱きすくめながら、次の言葉をかける。

「来年のクリスマスイブも、その次の年も…10年後も20年後も、全部予約していいよね?」

………

 すごいっ! すごいわっ!! もう私は妊婦なこともすっかり忘れて、妄想に耽ってしまいました。あの素敵なご主人と可憐な若奥様。絶対にもう、素晴らしい出会いがあり、アツアツの蜜月があったに違いないのですっ!! もう、何通りも思いつきそうっ!

 ゴーゴーと唸るダンナのいびきがまた耳に付きます。絶対にあのご主人はいびきなんてかかないわっ! どうして結婚前にちゃんと確認しなかったのかしら。本当に悲しくなります。ダンナがひとりで転がっていてもあまり落胆しないのですが、近くにあんな素敵なご主人がいたら…たまらないわ。較べちゃうのだって当然よねっ!?

 それでも、自分のシナリオにはとても満足していました。だから私は娘のおむつパンツが濡れたかな、どうかな…と頭の隅で思いながらも、とろとろと心地よい睡魔に襲われて行きました。

<<   >>

1/2/3/4/5/6
TopNovel未来Top>槇原さんち☆れぽぉと・2