TopNovel未来Top>槇原さんち☆れぽぉと・6


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「あ、あのぉ…。小林さん?」
 とても遠慮がちの声。はっと、我に返る。

「はっ、はいっ!?」

 

 あああ、私ってばっ! どれくらいの長い時間、座り込んでいたのかしら。なすとキュウリとトマトの苗の間に足を踏ん張って、ようやく立ち上がる。園芸売り場のエプロン、緑とオレンジの気色悪いストライプ。それをぱんぱんっと勢いよく叩いた。

 そして。目の前には相変わらずの槇原さん、スーツ姿。傾いた午後の日差しにますます甘くとろけそうな笑顔(多少、戸惑い気味)。

 

 そうだったわ。さっき、槇原さんがお店に来て。苗木をいろいろ見ていて。そしたらいつの間にか、ぼーっと物思いモードに入ってしまったんだ。我ながら、恥ずかしい…ああ、でも、楽しかった。

「質問して、宜しいでしょうか?」

 まあ、そんなに遠慮なさらないで。あなたはお客様なのよ、槇原さんっ! でもいいわ、年下の彼っ(…彼ではないって、おいっ!)、こうしてちょっと甘えるように言葉をかけられるのも悪くない。

「ええと、何でしょうか?」

 さあ、何でも聞いてちょうだいっ! 

 私だってガーデニング歴、約10年っ! 園芸を語らせれば、そこら辺のにわかママには負けないんだからねっ! もうこのごろの若い人は毛虫一匹にもびびるんだから、あんなんじゃ花一輪咲かせることはできなんだからっ。

 …でもって、お店の裏にはたくさんの資料もありますから、分からないこともすぐにお調べ致しますわっ!

「せっかくですから、冬至のユズ風呂の為に、ユズの苗木を一本買おうと思いまして。でもなんだかいろいろ名前があるんですね…金柑(キンカン)もユズの仲間だったんですか…へえ。で、どれを買うといいんでしょうか?」
 ああ、質問されているのに、うっとりと聞き惚れてしまう声。この人、今までにこの語りで何人もの女性をノックアウトしてきたのかしら? 菜花ちゃんママ一筋みたいな感じだけど、これで若い頃はもうばんばん遊んでいたんじゃないでしょうねっ! だとしたら、遊ばれた女性、うらやましいかも…。

 ――あ、いけないわ。質問に答えなくちゃっ!

「ええとですね、冬至にお風呂に入れるのは、こちらの『本ユズ』になります。でもよくお吸い物とか…そう言うのに浮かべるのは、こちらの『花ユズ』ですね。花ユズは花も同様にお吸い物に浮かべて楽しめるんですよ。お庭に植えるなら、どちらでもいいと思います。花ユズは鉢植えにも出来るのでベランダガーデニングも出来るんですよ」

「へえ、では『本ユズ』は大きくなるんですね?」

「…そうですねえ、3〜10メートルと言いますから…」

 私の答えにうんうんと頷く槇原さん。顎の所に手を持っていって、真剣に二つの苗木を見比べている。

「なら、実家の庭にあったのは『本ユズ』の方ですね…高いところばかりになりて、なかなか取るのが大変でした。とげがちくちくと痛くて…」
 まあ、そんな昔話まで。私は半ズボンをはいたお子様槇原氏をちょっと想像した。可愛かったんだろうな…親御さんに野心があれば、ジャニーズに入っていたかも知れないわっ! 高校時代とかもチョコレートてんこ盛りだったんだろうな…っ。

 ――いかん、いかん。妄想が…。

「ああ、窒素の多い土壌に植えると、丈ばかり伸びて実がならないんですって。それから日当たりの良いところに植えないと駄目ですね。花がつきません…」

 槇原さんの長い指が愛おしげに花ユズの枝を取る。あ、とげには注意して下さいねっ! でも怪我をなさったら、絆創膏でお手当が出来るかしらん…。

「じゃあ、こちら。頂きます。今までは実家から宅配便で送ってもらってましたから、今年は自家製ユズで出来るかな…楽しいですよね。ぷかぷか浮いていて。ではお勘定をお願いしましょうか?」

「は、はいっ! たくさん、ありがとうございますっ!!」

 槇原さんのカートにはいろいろなお花の苗や野菜の苗が入っている。私はユズの苗木を手にすると、先導して歩き出した。

「あっ…、ちょっと。待って下さい」
 少し歩くと、また呼び止められる。今日は他にお客さんが来ないから、もうツーショットだわ。本当にパートを代わって良かった〜〜〜。

「これは…ザクロですか? 今、植えても大丈夫でしょうか?」
 もう、本当にいろいろ詳しいなあ…いい人だわ、槇原さん。私は頭の中をぐるりと回して、知識を取り出した。

「ええと3〜4月で、今ならちょうどいいと思いますよ? あ、こっちのユズもそうですが。ザクロは有機質の多い元肥を使って、ちょっと高植えにするといいんですって。日当たりはやはりいい方がベストですね…」

 槇原さんの視線が心地よい。もう3歩歩くごとに呼び止めても許してあげるわっ! 何でしたら、もう膝をつき合わせてとことん、語り合いません? …ああ、いやいや、これから横浜の向こうまで戻る人にそれはないか。本当にどうしてお引っ越しなんてなさったのかしら? 悔しいわ〜。

「子供の頃はどこにでもあるもんだと思っていたのに…あまりお店でも見かけませんでしたよね? でも、このところ、なんだか有名になったみたいで…何でも女性の美にいいんですって? 千夏がこのごろ、肌荒れに悩んでいたりするから、いいかなと思って」

「…はあ」

 結局、それかい? きっと、この人。菜花ちゃんママが冷え性で悩んだら、すぐに薬用養命酒を買っちゃうんだろうな…お肌が荒れるなら、桃の葉エキスの入浴剤かしら? でもって、二人で入ったりするのかな…1軒家のお風呂だもんな…ユニットバスじゃないだろうし。

 待てよ? ユズ風呂って…もしや、お湯が見えないくらい、ユズをたくさん浮かべて、一緒に入ったりするのかな? もちろん、お子さんたちは最初に入れて、寝かせちゃって。菜花ちゃんママがひとりでゆったりと入浴している所に、槇原さんが入ってきて…。

 

「…きゃあっ! 透っ…さっき、お風呂入ったじゃないのっ! 何で?」
 と言って、真っ赤になって湯船の隅っこに逃げる彼女。

「だってさ…寝かしつけしてたら、すっかり冷えちゃったから。いいじゃないの、湯船は広いんだから」
 とか言いつつ入るから、お湯がざざ〜っとね、こぼれてね…。

「あ、温まったら、出てね…」
 そう言いながら、背中を向けてしまう、彼女。のぼせたのか、そうじゃないのか、もう真っ赤。彼は何てことない感じで、お湯の中のユズを手にして遊んでる。

「う〜ん、いい香りだね…」
 ちゃぷん、ちゃぷん。そのうちに隅っこに固まっている背中まで、そろそろっと腕が伸びて…。

「えっ、…いやあっ! ちょっと、やめてっ!」

「あれ〜、ユズかと思ったら、千夏だったのか…」
 そんなの、間違えるはずもないのにね。にっこりと余裕の微笑み。黄色い実で見えない、お湯の中では、もうもうあんなことやこんなことや…ふふふ。

「もう、駄目っ! やめてよっ! 私、先に上がるから…」

「まあまあ、せっかくのユズ湯なんだしさ。ほら、マッサージしてあげる…」
 ユズの実をひとつ手にして、片手はがっちりと後ろから彼女を抱きすくめて…ちょっとごつごつした実で、感じやすい部分をそおっと…ね。

「やっ…、やぁっ…!」
 思わずのけぞる彼女、お湯がはねて、湯船の縁に当たる。胸の頂を執拗にせめていく。温まった身体だから、強い刺激じゃなくて、柔らかくさすられただけでも感じてしまう。

「体中、みんなこすってあげようね…ふふ、千夏、いいニオイがする…」

 

 それで。どこまで行くんだろう。お風呂えっちまで持っていくのかな? それともせめるだけせめて、出来上がったところで、ベッドにGo! …かな? ふふふ、いいよな〜。ああ、いかんいかんっ! また、妄想にスイッチがっ!

 どうにかこうにか。レジを打ち、細かい部分をちょっとおまけしたり、はねてあった苗を入れてあげたり。槇原さん用の段ボールはふたつ、一杯になってしまった。それを軽い方を受け持って、歩く。駐車場まで。もちろん、重い方を持つって言ったのよ、私。でもね、槇原さんが言うの。

「女性は、いいんですよ。…あ、苗木も俺が持ちますから…」

 ああっ! スーツが汚れちゃうっ! そう思っているうちに、ひょいっと持ち上げてしまう…そんな太くもない腕なのにどうしてこんなに力持ちなの? お姫様抱っこだっていけそうねっ! あ、いつもしてるのかしら、それくらい…うらやましいっ!

 隣を歩いていても、長身の槇原さんが他のお客様から見られているのが分かる。いいな〜これくらいの上背があると男らしくて。私だって、そんなに低い方じゃないけど、槇原さんの隣なら、可愛く見えそうだわ。あ、見てくれはとにかく、身長はねっ!
 もうほんの50メートルか100メートルの距離が、永遠に続けばいいと思った。分かっているわよ、槇原さんはもう人の物。その上、奥様をめろめろに愛されていて。でも、いいじゃない。少しくらいときめいても。こんな潤いがあるから、主婦は逞しく生きられるんだわっ!!

 

「…あ、これです。今、トランクを開けますね?」

 うわわ、ボルボだ〜ブラックだ〜。これって結構高いわよね。結構じゃなくても高いわよ。従兄が自慢してたわ、5百万円くらいするって…。ぴかぴか、新車!?

『真のドライビング・プレジャーを生み出す、卓越した走行性能&先進のセーフティー性能(ボルボのサイトから引用)』…って、ねえ、CMで槇原さんが自ら語ってくれてもいいわよ〜。ウチのダンナ、車なんて走ればいいって、今時っ! 白の軽自動車に乗ってるのよっ! もう、銀行じゃないっていうのっ!

 ぴかぴかのトランクに敷かれている、キティーちゃん柄のレジャーシートが素敵v こう言うのに女性はくらくらっと来るのよねっ。家族を大事にする男がこれからの主流よねえ…! きちんとチャイルドシートもついてる。ふたつ。しかも後部座席に。と言うことは…やっぱり、菜花ちゃんママが助手席ね。ウチなんかさ、晃が助手席をぶんどるから、私はいつも後ろなのよ〜。

 ああん、もう。カーナビが標準装備しているんだから、いらないでしょう、人間ナビ。もしや、子供が寝た隙に、「ちゅっ」とかやっているんじゃないだろうな…ああ、やりそう、この人なら。でもって、可哀想な対向車線の車…渋滞だったら、当てられっぱなしって奴??

 

「…では」

 ああ、妄想していたら、さっさと荷物が積まれている。槇原さんはやわらかい手つきでトランクを閉める。間違えても大きな音なんて立てない。そう言うところまでスマート。

「いろいろ、ありがとうございました。また、こちらに来るときにはお寄りしますね…そうそう、新しい名刺が出来たんだ。一枚どうぞ」

 そう言って、名刺入れからささっと一枚。それを両手で受け取って、思わず息をのむ。

「え…? 所長さんに…なられたんですか!?」
 ぴかぴかに光るその肩書き。「横浜営業所所長」の文字っ!!

 本社じゃなかったら、閑職で出世も出来ないって言ってたんじゃなかった? そう聞いたわよっ!! 所長って…偉いんだよなあ…。

「あ…はい。4月の1日付で。前所長が本社に戻りましたので…と言っても、ウチの営業所は小さいですから。全部含めて30人くらいで…」

 さんじゅうにんの親分でも、十分すごいですっ!! あんた、いくつよ? まだ、30ちょっとでしょう??

「家の方にもどうぞ遊びにいらして下さいね…晃くん、でしたよね。男の子、ご一緒に。男の子、可愛いですよね。ウチも頑張ってるんですけど、なかなかね…まあ、男の子でも女の子でもいいんですけど。千夏の子なら、きっと可愛いですよ…」

 うわわわっ…車に乗り込んで、エンジンかけて、さらに言うかっ!? もうっ!! こっちが赤くなっちゃうわよっ!!

「それでは、失礼します。お仕事、頑張って下さいね」

 大きな車に似合わない、優しいエンジン音。静かに走り出す、黒い車。それが駐車場の出口を出て行って見えなくなるまで、私はその場に立ちつくした。ドリカムの「未来予想図・2」の様に…ああ、ウインカーが切ない…うるる。

 夕方の風が頬をなでる。夕日が傾いて、広い駐車場をオレンジ色に染め上げる。黒のボルボ、どこまで行ったかしら…。

 ああ、そろそろ終業の時間だわっ! 晃を託児に迎えに行かなくちゃっ! もう、菜花ちゃんママにつられて晃も幼稚園に入れちゃったから、仕事のある日は幼稚園の後に託児所に入れてる。結構散財なんだけど…実は保育園の空きを待っているのよね。菜花ちゃんママのいない今、もう幼稚園に未練はないのっ。

 緑色とオレンジ色のしましまエプロンを翻す。負けてなるものかっ! 小林晴美、まだまだ行きますっ!! 今日はたくさんエネルギーをもらったもんねっ! これで2週間くらいは元気でいられるわ。そうそう、これは皆さんに即、メールよっ!!

 おもむろに携帯を取り出して、ちゃかちゃか操作を始める。勢いよく、メールの本文を打ち込みながら考える。行きましょうとも、槇原家。もう、是非是非、突撃しちゃうっ!! ああ、今週末でも行こうかしら。絶対に休日に行くの。槇原さんがいるときに!!

 美しいお庭を眺めながら、ふたりでまったりとガーデニング談義。いいわ、いいわ。もうたくさん予習しちゃうからっ!!

 思わずスキップしながら、そそくさと仕事場に戻る。心の中に、新しい野心を抱いて。とりあえずはエステと美容院ね。とびきり美しくなろう。

 槇原家に乱入する段取りを考えながら、私の口元は知らず、微笑んでいた。

 

とりあえず、ここまでv(021223)


<<続きはまた、いつか…ふふふ>>

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