TopNovel未来Top>槇原さんち☆れぽぉと・4


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「…や、離してっ! やめてっ…透…」

 涙混じりの訴え。でも彼の腕は少しも緩まない。彼女を捕らえた両腕が、更に強く絡みついてくる。窒息してしまうほどの圧迫感。湯上がりでのぼせ気味の彼女はくらくらっと来てしまう。

「だって、千夏が服を着たら。また脱がせる暇がもったいないよ。菜花はまた夜中のミルクの時間があるんだ。とにかくはてきぱきと無駄は省いて…」

 そう言いながら、バスタオル越しに千夏の身体をまさぐる。水滴を拭っているのか、単に触っているのか微妙な感じ。敏感なところに指が届いて、彼女が細い悲鳴を上げた。その甘い声に誘われて、更に手の動きが怪しくなる。もうたまらなくなって、湯上がりのピンク色に染まった首筋にしゃぶり付いた。透き通った香りが彼女をとても神聖なものに感じさせる。

「ああ、千夏…もう待ちきれないよ…」
 はらりとバスタオルが床に落ちる。蜂蜜色の白熱灯の下、壁に背をもたれた彼女はいやいやと首を振った。長い髪から水滴が飛んで、彼女の肌と彼の肌に滴っていく。愛らしい唇から漏れ出る声もだんだん変化していく。久しぶりの感触に徐々に溺れていくように…。

「駄目っ…こんなところで…っ!!」
 わずかに残った理性で抵抗する。鉄筋のマンションとは言っても、水回りの音は結構響く。隣りの部屋とは丁度鏡に映したような構造になっていて、向こうのバスルームとこちらのバスルームは壁をはさんで隣り合っている。たまに壁越しにシャワーの音が向こうから聞こえることもあるのだ。

「あ…ああんっ…」
 そんな彼女の訴えも、甘く吸い付く唇にかき消されていく。首筋を丹念に味わうと鎖骨を越えて、少し色を変えた部分に辿り着いた。それを愛おしげに両手で持ち上げる。

「…いいね、大きくなって。いつもの千夏も可愛いけど、たまには巨乳の千夏もいいかも。ほらご覧よ、こうして包みきれないほど、大きくて…」
 そんなに胸が大きい方ではなかった。刺激を受けると乳腺が張りつめて、乳首がそそり立つ。別に感じている訳ではなくて、母親としての本能なのだ。うっすらと白く滲んだ頂き。透の舌先がかすめて、それから丹念に味わう。

「やあん…あんっ…、どうしてこんな風に…。菜花に上げてるときはこんな風にはならないのに。私、どうして…」
 透と菜花は良く似ている。あんなに小さいのに、目を伏せたところなどはあまりに似ていてドキリとするほどだ。透の子に間違いないのだから、当たり前のことなのだが、千夏には不思議で仕方ない。透は菜花がするのと同じように舌で下から絡めて刺激しつつ、吸う。
 母親として反応すべきなのに、全然別の感覚が湧いてきて、泣きたくなる。千夏は壁にがりりと爪を立てた。

「と…透っ…! お願い、や……っ!」
 絶え間ない刺激に膝がガクガクする。片方の手がするすると下に這っていく。千夏の身体がびくっと波打った。

「平気? 痛くない?」

 心配そうに訊ねられても、もうまともに返事の出来る状態ではない。次第にたかまっていく身体が不安を遠くに押しやろうとする。奥へ奥へ、知り尽くしている長い指が器用に潜り込み、かき混ぜていく。指の関節が当たる入り口のところがちょっと痛い。出産時に切った部分だ。医師によって綺麗に縫合されてはいたが、やはり傷口なので少し腫れが残っている。

 千夏は小さく震えていた。久しぶりで身体が上手く付いていかないと言うのももちろんある。でもそれだけではなかった。

「ねえ、透…やめて。私、怖いの…お願い…」
 もうひとりの自分を目覚めさせようとしている指から必死で逃れようとする。つま先立ちになって、引き抜こうとするのに、もうちょっとのところでまたぐぐっと差し込まれてしまう。背後は壁だ。どうしても逃げられない。

「どうして、やめなくちゃならないの…?」
 拗ねるように鼻を鳴らして、透が千夏の顔を覗き込む。整った綺麗な顔立ち。その人に吸い込まれるように見つめられたら、いよいよ身動きが取れなくなってしまう。彼は崩れそうになる細い身体をがっしりと抱き寄せた。

「…頼むよ、千夏。これ以上、待たせないで。欲しいんだ、分かってくれよ…」
 そう言いながら鼻先に口付ける。

 ここに入ってきたときから、上半身は何も身に付けていない状態だった。片手で彼女を支えながら、スエットを脱ぎ捨てる。そのポケットから、カサカサと小さな袋を取りだした。

「……っ!!」
 千夏はいよいよ怯えて、壁に背中をぴったりと添わせる。このまま、壁に埋もれてしまいたいとさえ思う。そんな彼女をしっかりと肘で捕らえながら、透は慣れた手つきで袋を破ると、自分に装着した。信じられない勢いでそそり立ったものを半透明の膜が包み込む。いつ見てもグロテスクで、ちょっと怖い。

 千夏のそんな心内が読みとれたのか、透は喉の奥でくすりと笑って、ついばむように口付けた。千夏のしっとりとした唇がぴくりと反応する。そのまま、耳元に囁いた。

「…久しぶりだし。本当は千夏を生で感じたいけど…こればっかりはね。今は授乳中でも妊娠しちゃうことが多いそうだから。千夏の身体をきちんと休ませてあげるためにも、きちんとしなくちゃ…」

 そう言いながら。肩からするすると身体の輪郭を辿る手が、やがて腿の辺りまで届く。

「…え? …やあっ…! ちょっと、透っ…!!」
 ぐいっと右足を取られて、立っているのも難しくなった。その身体を壁に押し当てられる。不安定な体勢で、千夏は悲鳴を上げた。でも、すぐに口を塞がれる。舌が差し込まれて、口内をかき混ぜる。必死で応えていたら、ふっと身体が宙に浮いた。

「あっ…、ああっ!!」
 再び、左足の先が床に辿り着こうとしたとき。足の付け根に、信じられないほどの衝撃が走った。もう、隣りに声が響くとか気にしている場合ではない。立ったままで行為に及ばれるなんて、想像もしなかった。

「くぅっ…、いいっ…!」
 透がかすれる声を上げる。その感覚に全てを支配されているように。ぺったりと隙間なく埋め尽くされた体内。入り口に当たる部分が痛くて、中もそれほど潤ってなくて。それが膜により更にザラザラする。透にとってはなまらない快感かも知れない。でも千夏の方は耐えるのにやっとだった。

「やああっ…どうしてっ!!」
 膝のバネを使って、下から突き上げられる。更に安定しない騎乗位、と言った感じか。突かれるたびにクロス張りの壁に背中が上下する。行き場のない浮遊感。どうにかして安定したい、と言う気持ちで千夏は必死に透の首に腕を絡めた。激しい息づかいを喉の辺りで受け止める。

「透っ…! やあっ…許してっ! あっ…ああんっ!!」
 言葉ではそう言いながらも、だんだん彼女の動きが合ってくる。更に強く刺激を求めて、腰が上下する。そのたびに胸が揺れる。そそり立った頂きに何度も吸い付かれ、翻弄された。

「あっ。駄目だ…久しぶりだから…もたないっ!!」
 苦しそうに呻く声が上がった頃。千夏の方ももう限界に来ていた。腕の中に抱きとめられて、果てる。その頬をとめどなく涙が流れ落ちていた。


 汗をもう一度シャワーで流して。今度はきちんとバスローブを身につけた千夏は抱きかかえられるように寝室に戻ってきた。おなかの奥がじんじんする。それと同じくらい、胸もじんじんと痛かった。いつまでも怯えたように泣きじゃくる彼女を、透は心配そうに抱き寄せた。

 透としても、あの場でああ言うようにしようとは考えていなかった。でも、久しぶりに目の前に現れた美しい裸体に我を忘れた。一瞬たりとも我慢できないほど、自らが煮えたぎり、爆発しそうになった。その強引な行為がこうして千夏を苦しませているのか? 申し訳ない気持ちで一杯になった。

「…ごめん…、俺…」
 胸にしがみついて、未だに泣きじゃくる人の髪を指に絡めながら。胸に湧いてくる感情をどうしたものかと思っていた。申し訳ないと思う、その向こうで…たまらなく愛おしくて、気が狂いそうだ。どんなにかこの人が欲しかったか。
 結婚して、ようやく子供に恵まれて。お互いに親になった。それは嬉しいことだった、でも代償はどうしても科せられる。こんなにも長い間、触れ合えないなんて…彼女の身を思えば、もう少し耐えなければならなかったのかも知れない。でももう…これ以上はどうにもならなかった。

「…千夏…」
 透のベッドにふたりは腰掛けていた。反対側の壁に付いた千夏のベッドに小さな命が眠っている。おなかいっぱいで満足したのか、その寝顔は安らかだ。
 そっと輪郭を捉えると、唇を落とす。ためらいがちに応える人。

「透…あの…」
 しばしの触れ合いが途切れると、千夏はおずおずと口を開いた。

「あの、ごめん。本当に強引で…あんな風に泣かせるなんて、俺…」
 透は俯いて、唇を噛んだ。産後の女性の心理はとても難しいのだ。ゆっくりと回復させてやらないといけないと、マタニティー教室でも学んだ気がする。でも理想論でたたき込まれた勉強なんて、いざとなると全く役に立たないのだ。

「ううんっ…、違うのっ!」
 千夏が大きくかぶりを振る。濡れた髪がいつもより重く彼女を取り巻いている。

「あの…っ、透――」
 千夏は彼の胸にそっと顔を埋めると、震える声を絞り出した。

「私…変わっちゃったでしょう…? ねえ、おかしくなかった…? 良くなかったんじゃないの?」

「え? …千夏?」
 一体何を言い出すんだ? 肩を押さえて、身を剥がす。透は何度も瞬きをして、彼女の表情を見つめた。

「何で? …すごく良かったよ。千夏がこうして感じられて…」
 本当は何度でも抱きたいのだ。一度味わったら、もう耐えきれないほど、再び欲しくなる。細い身体のどこにそんな魔力が潜んでいるのか分からない。それくらい、彼女は素晴らしかった。

「…嘘よっ!!」
 そう叫ぶと。また彼女はぽろぽろと涙をこぼした。

「…千夏?」

「だって、あんなに大きな赤ちゃんが出てきたのよ? たくさん押し広げられて…私の中、おかしかったでしょう? …緩くなったでしょ? …透、物足りなかったんじゃないかって…」
 苦しそうに呼吸を繰り返す。涙が彼女の言葉を途切れさせる。

「私、おなかも胸も…みんな変わっちゃって。こんなにみっともなくなっちゃって…透に申し訳なくって。もう…呆れちゃった?」

 そんなこと、全然ないのに。どういって慰めたらいいのか分からないほどに打ちひしがれている。もしかして、今までずっと拒んできた原因はこれだったのか? 泣きじゃくる人を見ているとどうしたらいいのか分からなくなる。しかし、それと同時にまた新しい欲求が浮かんでくる。

「千夏…本当に…」
 そう言いながら、胸に抱き寄せる。震えた細いからだ。肩に背に張り付く濡れた髪。そっと覆い被さりながら、何度も口付ける。バスローブの合わせ目から、白い足が覗いた。

「そんな風に考えないで。…愛してるよ…、だからもっと感じて。千夏は俺の子供を産んでくれたんだ、前よりももっと素敵だよ…」

「え…? あんっ…、駄目よ、もう…私…っ!!」
 まさか次があるとは思っていなかったのだろう。透の下で千夏が暴れる。でもしっかりと布団に押さえつけて、動けなくする。両手をそれに使ってしまっても、まだ口がある。舌で柔らかな肌を丹念に探っていく。いやいやと首を振っていても、いつかそれは甘い響きに変わっていく。

「好きだよ…千夏。最高だ、たまらないよ、もう――」

 身体の奥まで味わう。もつれ合ったまま、深いところまで沈み込んでいく。ふたりの夜は長く長く続いていた。

 透の腕に抱かれていつしか眠りにつく。千夏はこの上ない幸せに打ち震えていた。身体のけだるさまでが甘い囁きにかすめ取られていった。

 私は自分でも恋愛小説家になれるかも知れないと思いました。だって、あの槇原さん夫婦を思い浮かべると自分が経験したこともない素晴らしい妄想が湧いてくるのです。

 息子をばってんおんぶしながら、いそいそと家事を片付け、ベランダのささやかな花壇に水をやり世話をします。この前衝動買いしてしまった色とりどりのガーベラ。ガーベラって宿根草だって知ってました? 枯れてもちゃんと次の年には残った根が新しい芽を出すのです。ガーベラには本当に色々な種類があって、私は色々な色のポットを手にしてしまいました。

 重なり合った花びらに水滴が弾けていきます。太陽に光に輝いて、キラキラ。ああ、何て素敵。でもうっとりしている暇もなく上の娘の沙也佳が私のエプロンを引っ張ります。

「ね〜、ママっ! こうえんにいこうよう〜〜〜」

 その言葉を聞くと一瞬でげっそりしてきます。世のママさんたちの中にもそう言う方が多いのではないでしょうか? だって、『公園に行く』と言うのはただ、子供を公園に連れて行って遊ばせる、と言う行為には留まらないのです。もっともっと大変なことが待っています。

 

………


 公園デビュー、って、ご存じ?

 一時、新聞等を賑わせましたよね。あれです、あれ。何しろ世の中には色々な人種がいるのです。まあ、日本人なのだから、多少髪が赤くても黄色くても化粧がケバくても、外見は似たようなモノと言えるかも知れません。

 でも…違うんですっ!!

 高校時代のクラスを思い浮かべてみれば分かります。私は女子校でしたから、クラス全員女でした。それどころが朝礼で講堂に並んでもみんな女です。ただっぴろい講堂に並んだネイビーブルーのスカートたち…入学式の時に、もはや異様な光景だと思いました。
 実際に学校生活が始まってみると、共学と女子校の違いは歴然としてきました。どうして女というモノは徒党を組みたがるんでしょう? トイレに行くときにどうして5人も6人も連れだって行かなくてはならないの? その上、仲良しグループは生理用のナプキンまで同じメーカー、それを同じ柄のポーチに入れています。

 はっきり言って、そんな面倒なこと、と思いました。でも私が行動を起こす前にクラスの中でも目立ちたがり屋の女がみんなに煙たがられるようになりました。そうすると、クラスの女子たちは、何とも陰湿な行動を取り始めます。彼女の周りの取り巻きをひとりふたりと抱え込み、最後は孤立させました。

「私の彼はこの辺の族なのよ!! 頭なんだから、偉いんだからっ!!」
 そんな風に息巻いていた彼女も最後はひっそりと退学していきました。別人のようにしおれた背中を見ているウチに、私は自分の取るべき道を悟ったのです。彼女はとんでもない奴でしたが、私にとっては有り難い存在でした。だって、お手本となって示してくれたのですから。

 あの張り巡らされた蜘蛛の糸の中を巧みに動くような学生時代から較べれば、仕事上の人間関係なんて簡単なモノでした。仕事をしていればまずは安泰。先輩には逆らわない、後輩には必要以上に入れ込まない。ことを起こすときには証拠を残し、後から自分が困った立場に立たないようにする。服だって派手にしない(おじさん密度が高かったから、その辺は妙なチェックが入るのだ)。

 万事が上手くいっていました。それが結婚して妊娠して、子供が出来て。赤ん坊とふたりきりで昼も夜もない生活をしているとさすがに萎えてくる。近所に仲の良い友達もいなかったし。
 ぐずぐずとぐずる娘を抱き上げて考えます。この子だって、これから社会に出るのだ。幼稚園に通うのは3歳からだからまだ3年もある。それまで私とふたりきりのわけには行かないだろう。

 アパートの窓から、いつも小さな子供の歓声とブランコのぎーぎーと言う音が聞こえていました。あそこに行けば子供がたくさんいるのでしょう。独身時代や子供がいない頃、公園はとても遠い目に留まらない存在でした。でも私は母親なのです。子供と新しい世界に踏み出して行かなくてはなりません。友達作りもしたいです。

 そう言うことで、旧式のでかいA型ベビーカーに娘を押し込み、朝の家事が終わった10時半頃、秋の深まった公園へと出ていきました。青空の下、御砂場で遊具で思い思いに遊び回る小さな子供たち。ああ、何て微笑ましい…と思いつつ、ベビーカーの車輪をちょっと上げて、公園に入ろうとした瞬間。私は辺りがぎゅっと緊張したような気がしました。

 

………

 


「ねええっ、ママ〜、行こうよ〜!」

 保育園での一時預かりが終わってしまったこともあり、娘は誰かと遊びたくて仕方ないようです。私はふうううっと、大袈裟にため息を付きました。心の中にある不安とかそう言うモノを吐き出すように。

 それからおぶっていた息子を一度下ろすと久しぶりにきちんとメイクをして、一張羅のミキハウスのトレーナーを娘に着せ、お揃いのモノを自分も身に付けました。トレーナーに合わせてデニムのスカートをはかせ、その下にはちゃんとオーバーパンツ。もちろんフリル付きの可愛い奴です。最後に髪を綺麗にリボンでちょんまげしました。
 息子にはこれ見よがしに大きなロゴの入った帽子を被せます。私はつっかけサンダルではなく、ブランドモノのスニーカーを履き、娘にもキャラクター付きの2350円もした靴を履かせました。

 さあ、いざ出陣ですっ!!

 そして、ベビーカーを押して、歩いて5,6分の公園までやってきました。さあ、ここからが大変です。沙也佳はそんな私などお構いなしに、お友達のいる遊具の方に走っていきました。

「あらあ、さーやママっ! 久しぶり〜」

 すぐに、ピタTに下も脚の線がくっきり出る細〜いブラックジーンズを履いたラメラメメイクの女性が近づいてきます。髪は孔雀みたいに色んな色に染め上げ、あちこち向いてるつんつんしたかたち。街ですれ違ったら、ちょっと怖いな、とか思うような感じの。でも私はにっこりと微笑んで答えます。

「まあ、すいちゃんママ。ご無沙汰。今日は、みんないないの?」

 子供は親を選べません。でもママは公園のママ友達を選べないのです。いくらママ同士が仲良くなれそうでも、子供同士の相性が良くないと。

 子供なんてどれも似たり寄ったりのわがまま野郎ですから、寄ればケンカになります。物の取りっこ、順番の問題、砂がかかったかからない…等々。大人しくて立ち回りの上手い子供を持ったままはラッキーです。でも乱暴者の子供を持った人などは、始終、針のむしろの上に座っているようなものです。

 幸い沙也佳は女の子ですし、おっとりした性格なので、泣かされることはあっても泣かせることは稀です。

「う〜ん、実はね…」
 すいちゃんママが眉間に大きな立て皺を寄せて、声を潜めます。

「うちらのダンナの会社、業務を縮小して。でもって、急に工場閉鎖になっちゃったの。ウチの社宅、みんなダンナが工場に出ていた家ばっかでしょ? 実はウチも来週、引っ越しなんだよね〜」

「まあ…」
 リストラ、と言うわけではないようですが、沙也佳の公園友達の家はこぞって違う土地に引っ越すことになったそうです。と、言うことは…。

 私は、一瞬、目の前が真っ暗になっていくような気がしました。

 これから、もう一度グループ作り? 嘘でしょ? もうみんなはっきりと出来上がっていて、今更入れない…。

 そう思いながら、振り向くと、公園の入り口のベンチの辺りでたむろっているちょっと若そうな一団があります。みんな、ベビーカーを手に楽しそうに談笑してます。そっと覗き込むと、知ってる顔を見つけました。

「あ、…ああ、石川さんっ!!」 

 私はすいちゃんママに沙也佳をお願い、と目で訴え、その輪の中に入っていきました。沙也佳とすいちゃんは仲がいいのできっとふたりで遊ぶでしょう。石川さんはマタニティーの教室で一緒だった人でした。今日もすごい服装です。気が付かないわけもありません。この頃姿を見なかったのは里帰り出産だったからでしょう。

「うわ〜、良かった。小林さんのところも男の子? 良かった〜ウチだけだったらどうしようかと思ってたのっ! …ねえねえ、見てみてっ! この子、隆って言うの」

 ぐいぐいと腕を引かれて、ベビーカーの前にたたされる。セーラーカラーの愛らしい服に身を包んだ、いかついガテン系の顔の男の子がこちらを睨んでいました。わああん、目つきも怖いっ!

「まあ、可愛いっ!」

「でっしょ〜!?」

 本当は服が可愛かったんだけど。そう言うしかないでしょうよ。石川さんはマタニティー教室にいた頃からすごかったのです。だって、全身フリフリで花柄でレースのあのブランドの重ね着を来ていたのだから。赤い靴までそうだという。髪に結んだリボンも。娘とふたりでピンキーになる夢は男の子誕生で破れたのかも?

「あれ…?」
 ふと、隣りのベビーカーに目をやると。そこに眠っている赤ちゃんを忘れるわけはない。私は慌てて辺りを見回しました。

「…槇原さん…」

「こここ、こんにちはっ!」
 ああ、槇原さんの奥さんの方、確か千夏さん。彼女がブランドの林の中で、ひとり清楚にフェリシモファッションで佇んでいました。

「あらあ、小林さん。菜花ちゃんママと知り合い?」
 石川さん、改め隆君ママが驚いたように言います。

「菜花ちゃんママ、ウチのマンションの隣りの棟なの。今日は誘ってみたんだ」

 いつも恥ずかしそうにしている彼女が、もっともっと小さく見えました。だって、彼女の周りにいるのは年齢も服装もバラバラのママさんたち。初心者はびびるわよ。

 かくいう私だって。2年前はびっくりしたわ。だって、『ママさん』って、年齢がバラバラなの。子供の年だけで、月齢だけで仲良くなるから。下は20代そこそこから、上は40代に足を突っ込んだ方まで。千差万別とはこのことを言うのね。
 可哀想なくらい真っ赤になってどぎまぎしているのが手に取るように分かる。それにしても相変わらずの愛らしさっ!! ああ、彼は元気かしら。

 皆一通り、子供の名前と月齢を言っていきました。みんな7月から9月の間に産まれた赤ちゃんです。小さいウチは何ヶ月か違うと体つきも発育も全然違う。だから月齢の近い友達でなくては上手くいかないのです。ざっと見渡して7,8人? コレが新規のメンバーかしら。

 服装もそれぞれ違いはあれど、皆高級デパートにテナントで入るようなブランドモノを着て来ています。もちろん子供も。まあ、子供がファミリアで親もファミリア、と言うのはないかも知れないが、そう言うときはファミリアカラーのパステル調の服をママは合わせる。

 私もミキハウスにはうるさいほうで、どんなに食事が貧しくても、着道楽なのだ。あのビビッドなカラーを見ると胸が休まる。もう病気と言っていいかも知れない。

 それなりにファッションにうるさい、おしゃれなママの集団だと言うことか。ふむふむ。

 上の娘の沙也佳の幼稚園仲間はこれから発掘しなければならない。でも晃の方はコレで決まりだろう。きっと幼稚園も小学校も一緒になっていくんだわ。心していこう。

 そして何より。

 そのメンバーに槇原さん、改め菜花ちゃんママがいるのが嬉しい。ああ、コレでずっとあの夫婦とお付き合いが出来るのね〜世はバラ色〜。

 あああ、嫌だわ。口元があやしくにやけちゃう。

 私はコンタクトがずれた振りをして、下を向き、うっとりと幸せに酔いしれました。

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