TopNovel未来Top>灼熱*常夏*パラダイス・おまけ 
・・・お祭り後の、それぞれのことをちょっと?だけ。


   

      

     


---------------------------------------------------- おまけのおはなし◇

 空を焦がす、真っ赤な夕焼け。その向こう、遠く山際の辺りが、薄紫に染まっている。

 丘の上の住宅地。初めて見る角度の空は、私が今まで見慣れているものとはちょっと違う気がする。ああ、でももう夕方か。何か今日は一日があっという間だったよなぁ……、確かさっきまでお昼だった気がするんだけど、目が覚めたら何時間も経過してるんだもの。

「何立ち止まってるんだ、さっさと歩け」

 目の前を遠ざかっていく広い背中。これには見覚えがあった。ここ数ヶ月、この人物を必死で追いかけてる気がする。別に自分から望んだわけじゃない、出来ればあまりお近づきになりたくないような存在だもん。なのに、どうして、どういうわけか、今も私は彼の後を追っている。

「一息ついてただけじゃないのっ。それに……あんたもちょっと歩くの速すぎだと思うけど。何かいつに増して、性格悪くないっ? こっちは一応、病人なんだけどっ」

 ……病人と自称するには元気がいいな。そんな風に、自分で突っ込んでしまったり。でも事実、今でも頭の芯の辺りがぼんやりしてるの。さっき計ったときは37度8分あったし。それも風邪薬と解熱剤でどうにか回復させた末の症状なのよ? 恥ずかしいけど、おでこには「冷えピタ」装着中だし(人目が気になるから外したいんだけど、奴が許してくれない)。

「病人は病人らしく、しおらしくしてろ。何だよ、顔真っ赤にしちゃって。それじゃ、まるでタコだぞ、タコ」

 ひーどーいーっ! 仮にも「カノジョ」にそんな言い方ってアリ? ちょっとねえ、槇原樹っ。私の顔が赤いのは夕焼けの照り返しなの、不可抗力なのっ。

 ぷうっとふくれた顔を振り向いた奴にばっちり見られてハッとする。

 ぎゃあ、これじゃ本当に正真正銘のタコになっちゃうっ! 今はまだ、人通りもまばらだからいいけど、この坂を下りれば駅前に続く大通り。休日の夕方ともなれば、歩道には途切れなしに人影がある。そんな中を歩くの? 勘弁してよ、もう。それにさ、私ひとりならそんなでもなくても、あんたが前を歩いていると注目度が跳ね上がるの。分かってるかな、それが。……だから、ひとりで帰れるって言ったのに。

 そんな風に思ったところで、土地勘のない場所で奴とはぐれたら迷子になっちゃう。発熱して心細くなってる彼女を気遣いもせず、ずんずん歩いていってしまう薄情者の背中。駆け寄って、思い切り蹴りを入れたい衝動を押さえつけてる私ってかなり大人だと思うわ。

*** 

 目覚めたら、夕暮れだった。

 ある一定のところで、記憶がぷっつりと途切れている。ああそうか、倒れちゃってたのかって気付いて、何かすごく申し訳ない気分になった。もちろん奴に対してじゃない、その他に集まっていた皆さんに。

「すごい日差しだったものね。やっぱりパラソルを立てれば良かったわ、本当にごめんなさいね」

 こちらを気遣うやさしい表情で冷たい飲み物を運んでくれたのは、あの千夏さん。槇原樹のお母さんになるんだけど、初対面でこんな風に介抱されちゃうなんて……お兄ちゃんに知れたら大目玉だわ。

「いっ、いえっ! こちらこそ、大変ご迷惑をお掛けしましたっ! 本当に、もう大丈夫ですから……!」

 思わず応える声がうわずっちゃった。だってさ、もうこんな至近距離、信じられない。ひゃあ、きめの細かい肌っ! 目尻のシワとかもほとんどないの。首筋に触れた手のひらもしっとり艶やかで、まるで女優さんみたい。まあ女優さん並の美しさだからこそ、カリスマ・ファミリーの一員になれるんだろうけど。何か特別の基礎化粧品とか使ってるんだろうな〜、ああその辺を詳しく知りたい……!

「まだ、熱があるわね。どうしましょう、お家までお送りした方がいいわね。先ほど、ご自宅にお電話させて頂いたのだけど、どなたもいらっしゃらないようなの。主人はもうお酒が入っちゃってるし、……岩男くんならどうかしら?」

 そう言って、大きな格子の窓から外を見る千夏さん。その視線の先には、忙しく後かたづけをしている皆さんがいた。ふたりの娘さん・菜花さんと梨花さん、そして彼氏さんの杉島さんと上條さん。うわー、どうしよう。どこを見ても、すごいわ。それにそれに、ここって槇原家のリビングなんだよね? ひええええっ、やたらと入れる場所でもないのにっ。こんな風にソファーまでお借りしちゃって、私ってば……!

「だっ、大丈夫ですっ。電車に乗っちゃえば、あっという間ですしっ……! 最寄りの駅からも、そんなに離れてませんから。どうぞ、お気遣いなくっ!」

 憧れの千夏さんにやさしくしてもらえるのは涙が出るほど有り難い。でも、そろそろ限界かも。こんな場所にいつまでもいたら、ますます熱が上がっちゃいそうだ。

「まあまあ、本当に? ええと、それなら樹を一緒に行かせましょうね。……あら、あの子ってば、どこに行ったのかしら――」

 千夏さんがお庭の方に探しに出た丁度その時、全然違うキッチンの方から奴は現れた。

「やっと目が覚めたのか。全く間抜けな奴」

 何か、もうそれが。「俺様はとてつもなく不機嫌だ」を絵に描いて貼り付けたみたいな顔をしてるんだ。ほら、もともとが整った顔立ちでしょ、それが凄むとちょっとすごいんだわ。でも、そんなのもう慣れっこだもん、「何よ」って睨み返したら、鼻先に突きつけられた紙袋。

「ほらよ、土産だ。ちゃんと保冷剤も入ってるから、有り難く召し上がるんだぞ。なにしろ樹様が一週間掛けて仕込んだ最高傑作品なんだから。お前、一口も食ってないだろ?」

***

 まあ、確かにさ。私も少しは悪かったと思ってるわよ。こっちの都合や意向はどうにせよ、奴としては「好意で」誘ってくれたわけだし。それを、体調不良でぶっ倒れて、せっかくのパーティーを台無しにしちゃったんだもんね。反省してないってことはないのよ、本当に。だけどさ、こんな風に全面的にこっちが悪いみたいに威圧的な態度を取られたら、やっぱり気にくわないのよ。

 他の皆さんはそれはそれは優しかったわ。
  兄の知り合いだという上條さん、とうとう今日はこちらの素性を話すことが出来なかった。あの場にいて何となく同じ「空気」を感じたのよね、ゆっくりとお話ししたかったな。きっと彼も梨花さんの彼氏としてのポジションで色々と悩んだり考えたりしてるはずだもの。私の抱えた身の置き場のない辛さも、きっと理解してくれるはず。
  菜花さんも梨花さんも、サイトの画像やラミカで見るのとは比べものにならないほど綺麗だったな。もうね、ふわふわ〜っと特殊なオーラが出てるんだもん。彼女たちに触れるだけで、ただのグラスやお皿もキラキラしてくるの。周囲の輝きまで変えちゃうなんて、すごすぎだよね。
  杉島さんも……言うに及ばず。ああいうのを出来た人間って言うんだな、どっしりしていて何事にも動じないって感じで。それでいて控えめでいつも陰に回って気配りしてる。杉島さんと菜花さんは西の杜の先輩でもあるし、その偉大な功績の数々は今でも学園内で語りぐさになってるわ。そ〜んな立派な人なのに、あんなに腰が低くて……ああ、槇原樹も少しは見習いなさいって感じね。

「……何、怒ってるのよ。いい加減にしなさいよねっ!」

 駅前までの大通りに出た後は、奴は「表の顔」にシフトチェンジした。一瞬前までの不機嫌なオーラが嘘のように、具合の悪い彼女を優しく気遣う役を見事に演じる。やっぱさー、コイツはバスケ部よりも演劇部だと思うんだよな。瞳の奥の色まで変えられるのって、稀に見る才能だと思うもの。そこまで出来ない大根役者がTVにいくらでも出てるわよ。
  電車では三人掛けのシートに座って、ずっと肩を抱いてくれていた。その手つきも……何というかね。いわゆるカップルがいちゃついてるそれではなくて、全然嫌みがない感じなの。もちろん演技なんだって分かってた、でも気持ちいいなって思っちゃったよ。適度にクーラーの効いてる車内、ピアノが上手な奴の手のひらが温かくて「守られてるなー」って気がしたもん。

 それがそれが。駅を出て、人通りがまばらになった途端にこれだよ。繋いでた手を乱暴に解いて、どんどん歩いて行っちゃう。……ちょっと待ってよ、あんた私を送り届けようとしてるんでしょ? だいたい、私の家だって知らないはずよ。さっきも電信柱の住所表示を見てたじゃない。粋がらないで、道案内はこっちに任せなさいって言うのっ!

「ねえっ、聞こえてるんでしょ! 無視することないじゃない、何考えてるのよっ!」

 もうっ、ひどすぎ。普通、信号が赤になりそうだったら、立ち止まって待つべきじゃない? それを何なの、早足で渡り切っちゃって。「お土産」を入れた白い紙袋が、ゆらゆらしながら遠ざかる。ここで道を間違えてとんでもない方向に歩いて行っちゃえば面白いのに、そうじゃないところが憎ったらしいわ。信号が変わるまでの1分と少し、私は足止めを食らったままそれでもぼんやりと奴を見てた。

 

 ……あ、何かな。

 毎日毎日、何百回も何千回も通ったはずの駅からの道のりなのに。奴がいるだけで、全く別の風景に思えてくる。今更改まって考えるまでもなく、やっぱりコイツはカリスマ・ファミリーの一員なんだな。ただ立ってるだけで、歩いてるだけで格好いいもん。鑑賞に堪える背中って、なかなか貴重だと思う。

 そうだよなー、それくらい格好いい男に、今まではぴったりとお似合いな彼女が寄り添ってたんだ。何しろ私は100人目の彼女と言われる存在、私の前には99人の女の子がいた。まあ、ちょっと大袈裟すぎて信憑性に欠ける数値ではあるけど、それでもやっぱり何十人もいたことは間違いない。

 今でもさ、全然信じられないよ。本当に私が奴の彼女なんだろうか。そうなんだって本人から言われたし、キスもしたしえっちなこともした。だけどだからといって、それが何になるの? こんな風に、今この瞬間だって、私は奴が何を考えてるのかさっぱり分からない。

 

 信号が変わった途端、全速力で追いかけてた。

 ほんのちょっとのダッシュだったけど、だいぶ汗をかいたみたい。それで熱が下がれば万々歳だけど、何となくまたくらーっと来た感じ。やっぱ、本格的に風邪かな。ここんところ、補習の宿題が終わらなくて、随分夜更かししちゃったし……。

  ようやく奴に追いついたのかと思ったら、そこは私の家の前。隣もまた隣も、同じような広さの敷地に同じような二階建ての家がある建て売り住宅区域。まあ、家族4人で暮らすには十分な環境だとは思うけど、さっきまでの広々したガーデンやモデルルームのような綺麗なリビングを思うと、一気に現実に引き戻された気がしちゃうなあ。

 その、どこにでもある木製の玄関ドアの前で、奴は手持ち無沙汰に立ちつくしていた。

「……鍵が開いてない」

 そりゃそうでしょうよ、だって電話したら誰もいなかったって、千夏さんが言ってたでしょ? 今日はウチの両親、親戚の法事で朝から出掛けてるの。先週から帰省してきた兄も今日は外出してるのかな? 愛用の自転車がないわ。

 ポケットから鍵を出すと、私は奴を押しのけるようにしてドアを開けた。180度、思いっきり全開しておかないと、ばたんと閉まってしまう面倒くさい奴なんだ。だから、レバーをしっかりと掴んだまま、ちょっと動きを止める。

「お茶でも、飲んでく? 確認してないから、お茶菓子とか何もないかもだけど」

 ……ま、一応ね。ここまで送ってもらったんだし、それくらいは言うべきかなと。それなのに、奴と来たらスペシャルに驚いた顔をしちゃって。しばらくは返事も出来ない感じなの。

「……いいよ、今日はこれで帰る。まだ片づけとか、残ってるし」

 たっぷり30秒くらい経ってから、ようやくそんな風に言い返してきた。そして、半開きのドアから玄関にするっと入って、手にしていた紙袋を上がり口の隅に置く。本当に、ただ単にそれだけの動きなんだけど、やっぱりすごく格好いい。どうしちゃったんだろう、私。やっぱ、熱があるから感覚が鈍ってるのかしら……?

「お前も早く寝ろよ、補習なんてサボったって俺が後で教えてやるから。しっかり治さないと、夏風邪はしつこいからな」

 ほらまた。ぶっきらぼうな台詞が、何かすごいやさしく聞こえるんだけど。うわっ、うわわっ……、どうしちゃったんだ、私は。
  くらくらっと軽い目眩。これが発熱から来てるものなのか、槇原樹のオーラに当てられたものなのか、もう分からなくなってる。

「ねっ、……ねえっ!」

 じゃあな、ってドアをすり抜けていく奴の腕を必死で掴む。普通はシャツの袖をそっとつまむくらいが可愛らしくて見栄えもいいけど仕方ないでしょ、夏だし。コイツ、ピタTなんて着てるしさ。
  その後もおよそ女の子らしくない仕草で、奴をずるずると玄関に引き戻す。その瞬間に、ばたんとドアが音を立てた。日中締め切っていた真夏の家は、ムッとするほどの熱がこもってる。奴の腕にもじっとりと汗。

「何か、気になっちゃうから教えてよ? あんたさ、今日は特別に変だよ。何、そんなに怒ってるの?」

 そりゃ、いきなり倒れたのはまずかったと思うよ? でもさ、これは不可抗力ってもんでしょ。それくらいは理解してくれなかったら、困るわ。訳も分からずにしこりを残したまんまで、休みたくても休めないでしょ?

「……何だよ、それ?」

 一度は振りほどこうとした手を、奴は途中で止める。きっと、私が途中から涙声になっちゃったの、分かったんだと思う。だってさ、普段ならいいんだよ、もう慣れたし。あんたの毒舌にも付き合ってあげる。けどさ、今は私普通じゃないの。すっごく心細いんだもの、そんなに辛く当たらないで欲しいの。

「そんなの、自分の胸に聞いてみろよ。すぐに分かるだろ?」

 そう言いながら向き直る目が、少し柔らかい輝きに変わった気がする。それに助けられるように、私はぶんぶんと首を横に振った。そんなこと言われたって、分からないものは分からない。だからお前は馬鹿なんだって言われるかもだけど、仕方ないもの。

 深い溜息。……ゆっくりと見上げたら。奴は急にぷいって横を向いちゃうの。

「お前、昼間覗き見してたとき。俺のこと、全然見てなかっただろ。……それで、一体どこ向いてたんだよ、馬鹿」

 ――は……?

 何か思いがけないことを言われちゃって、私は呆気にとられてしまった。何? どういうことよそれ。何でそれだけのことで、そんなに拗ねてるの……?

「ちくしょう、誰のためにこんなに頑張ったと思ってるんだよ。こっちはもう情けないったら」って、ちっちゃな声で付け足すのが、普段の彼とは全く違う感じでびっくり。えええ、そうだったの? そんな風に思ってたのっ!?
  そりゃあさ、だいぶ目移りしたとは思うよ。だって、仕方ないじゃない、すごい絶景だったんだもの。私じゃなくたって、全然別の人だって、同じだったと思うよ?

「だっ、だって……あんたのことなんて、いつも見慣れてるし、それに――」

「それに?」

 あ、やっぱ、言い方を間違えたか。また明らかに不機嫌そうな表情。そんな風に速攻で切り返さないでよ、すぐには返答出来ないじゃないの。

「……あんたのこと、ばっちり見ちゃったら。もう他の人たちが目に入らなくなるよ? ……それも、もったいないかなあって……」

 嘘じゃないよ、本当だよ。全くもって情けないんだけどさ、やっぱあんたって格好良すぎなんだよ。学園にいるときだってそう。付き合いだしてからこっち、他の男子が霞んじゃって霞んじゃって、困ってるんだから。「西の杜」はイケメン揃いだって評判なんだよ? それなのにさ、これってかなり大損だと思うの。

 あああ、なんでこんなときにこんなことを言わせるかな? 寝癖ついて髪の毛はぼろぼろだし、額には冷えピタだし、毛穴からは汗が吹き出してると思うし……およそ夢見る乙女な姿じゃないのにさ。その上、目の前の男って、大汗かいてもまだ格好いいんだよ。全く何なのよ、コイツは。

「……分かった」

 もうとても面と向かってはいられなくて、俯いた私のつむじの辺り。そんな声がふわふわと落ちてくる。

「ま、これ以上虐めるには、お前病人過ぎだし。今日のところはこの辺で許してやるよ。……だからさ」

 頬に掛かる指先。すべすべしてて、爪のかたちまですっごくきれい。

「最後にキスさせろ。そしたら、引き上げてやる」

 ――え? えええっ!?

 ちょ、ちょい待ちっ! いきなり何を言い出すのっ!? 風邪がうつったらどうするのよっ、やめなさいよねっ! そう言いたいのに、すでに心臓はヒート状態、全く声にならない。だってだって、すごく綺麗な笑顔が、もうどアップで……息が止まりそうになっちゃう。

 夕日の色に染まった玄関。下駄箱の上の百日草。

 ここであの兄が戻ってきたらどうするのっ……と突っ込もうとしたとき。視界の一番隅っこにドアレバーをしっかりと押さえてる槇原樹の左手が見えた。


おしまい♪(050930)

 

     

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