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「指先に雨音」完結後、とある日曜日の出来事

  

 私立緑皇学園の「閻魔大王」と言えば、泣く子も黙る時代錯誤な「風紀委員長」である。いや実際には「泣く子」だけではなく、普通であれば怖い者ナシの最上級生までが彼の周囲半径一メートル内には近寄りたくないと避けて通るような有様だ。
  だったら、下っ端一年生でしかも二十一世紀枠だか何だか知らないけど普通だったら合格するはずのないところで滑り込んじゃったあたしなんて、もうもう、絶対に顔を合わせたくない。出来れば一生涯二度と巡り会いたくもない。
  そしてきっと、あっちだってぴったり同じことを考えているはずだ。奴はあたしの存在自体が気に入らないみたいだし、口を開けば文句と悪口ばっかり言うし。そう言う意味では「気が合って良かったね」と言うところである。
 
 ―― だが、しかし。
 
「うんとこしょっ!」
 なんか、昔読んだ絵本にこういうかけ声があったよなあ。幼稚園の発表会で劇をやった気がする。あたしはその頃からクラス一番のチビで、だからネズミの役だった。台詞の後ろ全部に「チュウ」とくっつける間抜けさ。ああ、なんでそんなことを思い出しているのかしら。
  ベルトが肩に食い込むナップザックは兄のお下がりだった。男物だからでかい、その分荷物がいっぱい入っていいかな〜と思ったのがそもそもの間違い。ぎゅうぎゅう詰め込めばその分重くなるのよ、いくら肩から背負うって言っても、ものには限度があったわ。家を出て五十メートルでもう後悔し始めてた。
「1111、1112、……1113っ! 着いた〜っ!」
 目的地のナンバープレートを確認した途端に、へなへなとその場に座り込んでしまう。申し訳の雨よけのある吹きさらしの通路、もちろんおしりは冷たいけどもうそんなのどうでもいいの。だけど、しゃがんでしまったあとで気付く。やだ、これじゃあインターフォンが押せないじゃないのっ!
  再び立ち上がろうとしたものの、背中のブツが重すぎてひっくり返った亀状態。だったら肩ベルトを引っこ抜けばいいわけだけど、変な具合にクッションが効いていてびくともしないの。
「うぎゃぎゃあっ!」
 なんか今、人間じゃないみたいな声が出たわよ。一体どうなってるの、あたし。そもそも、どうしてせっかくの休日に地上十階の通路でひっくり返ってるのよっ……!
「何やっているんだ、邪魔だぞ」
 そのとき、ふっと背後から影が伸びる。仰向けのまんま逆さまに覗けば、そこには黒い人が立っていた。
「何やってるってっ、……見れば分かるでしょっ!」
 うわー私服だ、今日は学ラン着てないよっ! だけど、やっぱり黒いや。黒いパンツに黒いシャツ、中から覗くTシャツらしきものも黒い。そしてさらに腰まで伸びた髪が黒ずくめの総仕上げをしている。そして片手には彼の存在には不似合いなコンビニ袋があった。
「分からないから聞いている」
 彼は興味も関心もない感じでそう言い捨てると、そのままあたしをまたいで通り過ぎる。そしてドアの前まで進むとキーを差し、さらに鍵穴のすぐ上にある半透明の蓋を開けいくつかの番号を入力した。どうもここの鍵は一筋縄ではいかない構造になっているらしい。
「だっ、だって!」
 何度かばたついたら、ようやく片方の腕が外れた。身体をずらしてもう一方も抜き取る。ああ、良かった。このまま一生ひっくり返ったままだったらどうしようかと思ったわ。
「元はと言えば、大王のせいでしょっ! 一体どういうことよ、掃除道具持ってすぐ来いとか言ってっ。わ、訳わかんないっ!」
 そうよ、人がたまの休みに惰眠をむさぼってたのに。コイツから掛かってきた電話で全てが台無しよ。もちろん携帯なんて教えてないもん、家電に掛かってきたわよ。だけどそれがまずかった。あろうことか我が家で一番使えないママが取り次いで、ややこしいことになっちゃったのね。
 
「たいへ〜んっ、莉子ちゃんっ! この前の素敵な先輩からS.O.Sよ。何でもお掃除のおばさんがぎっくり腰で来られなくなっちゃったんですって、だから莉子ちゃんに代わりにやってもらいたいって」
 電話はとうに切れていて、頼りになるのはママのすっとぼけたメモだけ。だいたいどうして、私が呼び出されなくちゃならないのよっ! 嫌だよ、大王ってすごいやな奴だし、実際ケダモノだし。ママにとっては、雨の日にわざわざ家まで送り届けてくれた超スペシャル優しい先輩に見えたらしいけどっ、そんなの間違いなんだから……!
  それでもね、仕方ないからこっちから掛け直したわよ。ウチ、ナンバーディスプレイだし。これはどうあってもお断り申し上げようと思ってね。そしたら、何て言ったと思う?
「俺は同じことを二度と言わん、言われた通りに早く来い」
 どー考えたっておかしいでしょ、普通じゃないでしょ?
 なのにママってば、わざわざこんなおっきなナップザック出してきて、あとからあとからお掃除道具を詰めまくるの。クイックルワイパーにお風呂のルックにスポンジに。最後に掃除機まで詰めようとしていたのはさすがに止めたわ。いい加減にして、人類大移動じゃないんだから。
 
「……ま、いい。早く中に入れ」
 地獄への入り口とも思える鉄製のドアを、大王は軽々と開ける。そのまま中に滑り込もうとするから、あたしはせめてもの抵抗で後ろからシャツを引っ張った。
「何だ」
 すんごく嫌そうに振り返るけど、負けるもんか。ちろんとナップザックとさらに紙袋ふたつに目をやると、奴はようやく気付いたのか本当に冗談じゃないってみたいな顔してそれでも荷物運びを引き受けてくれた。その代わり、コンビニ袋を渡してきたけど。こっちもかなり重い、二リットルのペットがふたつも入ってるよ〜っ! しかもアルカリイオン水って。
「……その」
 玄関先でドアを押さえたまま、どんどん中に入っていく大王に声を掛ける。ふうん、ここって土足オッケーなんだ。入り口にマットはあるけど、靴のまんまで入るんだね。……って、そういうんじゃなくて!
「ここって、もしかして大王の家なんですか?」
 いきなりうら若き娘がマンションの一室に呼び出されるなんて、それはそれでかなり危険なシチュエーションだと思う。ママ、もう少し疑った方がいいよ。男はみんなオオカミだって、昔の歌にもあったでしょう。
「そうだ、悪いか」
 ……いや、誰も文句なんて言ってませんから。
「ええと、もしかして楓さまも一緒に住んでたりして?」
 ああ、それもあり得る。だって、楓さまって本当は男なんだもん。ここ広そうだし、大王ひとりじゃもったいないよ。従兄弟だっていうしさ、結構仲良くやってたりして。
「違う、あいつは自分の親と一緒に住んでる。たまには来るがな、……それがどうした」
 いちいち睨み付けなくたっていいじゃないのっ! 腕まで組んで、威嚇するんじゃないわよ。
「じゃ、……その。今日は来ないってことですね?」
 まあ、楓さまがいようといまいと、あの人も男だし、危険なことには変わりない。でもでも、ちょっとはマシかな〜とか思ったりしたんだよね。
  あたし、やだよ。大王とふたりっきりの密室なんて。コイツ、何考えてるか分からないんだもの。この前のことだって、恐ろしくてまだ追求できないでいるんだよ? もう人間じゃない奴の思考回路なんて、乙女なジョシコーセーに理解できるはずないわよ。
 そしたら。大王もさすがに私の態度に気付いたみたい。ほんのちょっとだけ眉を上げて、それから滅茶苦茶軽蔑したみたいな目つきになる。
「何を想像している」
 その言葉は、はっきり言って人権破壊だと思った。もうね、ぴきっと来たよ、ぴきっと。だから、つい離しちゃったよ、ドアを。そしたら、ばたんと閉まっちゃったよ。
「……早く、こっちに来い」
 大王の言葉はいつでも断定調だ。だから、つい言うことを聞かなくちゃならないような気になる。
 

「汚れてないじゃないですか」
 正確には掃除したての感じだ。それも専門業者が入って、徹底的に磨き上げたって仕上がり。ガラスの窓もピカピカ、トイレも洗面所もお風呂も髪の毛一本落ちてない。もちろん隅っこの方に綿ぼこりなんてあり得ない。
「何言ってるんだ、これくらいが普通だ」
 全然悪びれる様子もなく、大王は答える。その合間にぱちんぱちんと規則正しい音が被った。
「じゃあ、ご飯作るとか? そんなのあたし、出来ませんよ。目玉焼きだって上手に焼けないのに」
 絶対に変だと思ったのよね。変だと思ったのに、ママに押し切られてここまで来ちゃったのよ。それで、今何をしているのかと言えば。何故かふたりしてベッドに腰掛けて、大王に爪を切ってもらってる。別にあたしが頼んだわけじゃないのよ、大王がいきなり爪切りを取り出したのよ。
「そんな必要もない」
 ベッドっていうのもね、他に座るところがないから仕方ないのよ。この部屋、本当にな〜んにもないがらんどうなのね。ワンルームの広い造りで、手前の一角が水回りとキッチンになってて、奥は多分本来ならばソファーとかラグマットとか置いたりするんだろう。でもそんな装飾も見当たらず、グレイのカーペットが敷き詰められているだけ。踏んでもふかふかしないから、靴のままで平気なのね。
  唯一の家具というのが、窓際のちょっと引っ込んだ場所にあるこのベッド。キッチンのカウンターに背もたれのない椅子がふたつあるから、ご飯はあそこで食べるのかな。だけど、大王がひとりで座ってるのって何だか変。そもそも何でこんなところにひとりで住んでるの? ご家族は? やっぱり別世界にいるの?
  まずお行儀良く洗面所を借りて手を洗って、それからちょっとだけ部屋の中を探検したけど……人間らしさを匂わせるようなもの、たとえば写真とかおみやげのこけしとか、そういうの見当たらなかったよ。
「ほら、動くな」
 だから、何で人の爪切ってるんですかっ! それくらい自分で出来るからっ、やれるからっ……って抵抗する暇もなく、美しいカーブを描いて切りそろえられていく。そしたら今度は。脇の部分を取り出して。
「うぎゃぎゃぎゃぎゃーっ!」
 思わず手を振り解いてしまった、大声出して。だって、だって、それは駄目っ! 絶対に嫌よっ!
「爪ヤスリ、苦手なんですっ! もういいでしょ、おしまいにして下さいっ!」
 マジ駄目だから、本当にやめて。涙目で訴えても、大王は許してくれない。
「駄目だ、念入りにやらないと引っかけるぞ」
 ……うぎぎぎぎぎぎーっ!
 ざりざり、ざりざりって音が続いて、私は全身チキン肌。これって、好きな人本当にいるのかな? 少なくともあたしは出会ったことない。普通さ、ネイルケアだったらもっときめの細かいヤスリで優しくやるでしょ? 地獄の生き物と一緒にされちゃたまらないのよっ……!
「つっ、……爪を切るためにわざわざここに呼んだんですかっ。だったらっ……明日学校でも良かったでしょうっ!」
 ううう、やめて、本当にやめてっ! もう足ががくがくしてきたよ、これって拷問と変わらないよ? あたしが何したって言うのよ。何もしてないでしょ? っていうかっ、先日のことではあたしのお陰で大王は大捕物に成功したんじゃないのよっ! あたしがいなかったら、アンタの手柄だってなかったのよ……!
「今までの話を聞いたところ何か思い違いをしているようだな」
 大王は一度手を止めて、仕上がりを確認してる。まあ、何というか、やっぱり相当の凝り性よね、この人。
「お前の家には電話をしたが、別にここまで呼び寄せるつもりはなかった。先日もらった干物をどう調理したらいいのか訊ねたまでだ。そのうちにお母上がいろいろ質問してきて、気がついたらそう言うことになっていた。だから俺のせいではない、出会い頭の事故のようなものだ。しかし、お前がここに来たからには爪の手入れは欠かせない」
 ざりざりってヤスリを掛けたあと、ふーって飛ばしてる。そうするとね、指先にね、大王の息が掛かるの。これって、……かなりやばくない? やばいよねっ、絶対に!
「えーっ、それって! だからどーいうことですっ……!」
 あー、だいたい察しが付いたぞ。全ての原因はママだったのねっ。そうだよ、だってこの間送ってもらったときにやったらと質問してたもんなーっ。何というかな、ママって「緑皇の生徒」ってだけで目の色変わっちゃうんだもの。ひとり暮らしだって聞いたら、干物とか野菜とかいっぱい包んでたっけ。
 ……ってことは。もしかして、全部ママが仕組んだこと?
「まずはこれを終わらせないと始まらないからな」
 そう言いながら、彼は私の手を爪を解放した。全部終わったのかな? そう思ってたら、ふわっと自分の髪をかき上げて。
「ほら、見ろ」
 えーっ、そりゃ女性だったらかなり色っぽいポーズかもよ? でも大王でしょ、色気とかそう言うのって……。あれ、あれれ??
「お前の爪は薄くてまるで赤ん坊のようだ。だから、かなり鋭くて痛い。これだけ痕になるとなかなか消えないんだぞ」
 うっわーっ! うなじからずーっと、無数の切り傷が続いている。ずりずりとはだけた二の腕にも、ついでに胸元にも。
「背中はもっとすごいぞ、ミミズ腫れになっているのも何本かある」
 みっ、見せなくていいから〜! ……って言っても無駄か、もう脱いでるし。滝の如く流れ落ちる髪をかき分けると、確かにこれはすごい。すごいけど……だから?
 
「あ、あのーっ……」
 あたしもね、相当な馬鹿だとは思うけど、それでもなんかまずいって思ったよ。ここ、密室でしょ? でもって男の方が脱ぎだしてるよ? って、ことは……。
「何だ?」
 へええ、引き締まった身体だなあ。この間は薄暗い中だったけど、今は昼間で明るいし。あんまり日焼けしてないのがマイナスポイントではあるものの、腹筋ばりばり割れてるし―― 。
「もしかして、その……またやるつもりなんじゃないでしょうね?」
 あ、いや。こんなに直接的に聞くつもりはなかったんだけどさ。だってだって、……うえええんっ。
「いや」
 真っ黒い髪の毛がすだれのように垂れてきて、あたしの周りに黒いカーテンを作った。大王はあたしの服に手を掛ける。そうされたら必死に抵抗しなくちゃならないのに、ならないのにそれが出来ない。
「続きをするだけだ」
 ―― は、はあっ!?
 あたしじゃなくたって、誰だって同じこと思うよね? 何なのよ、それ。当たり前みたいに言わないでよ……っ!
「ちょっ……ちょっと! ちょっと待ってっ! そのっ、違うでしょ、ヤバイでしょっ! こういうのってね、途中だからとか、続きだからとかそう言う理由でするものじゃないしっ! そもそもあたしたちって―― 」
 そういう仲じゃないでしょっ!!! それを言いたい、声を大にして言いたいっ! なのになのに、そこに辿り着く前に、奴はとんでもない事実を白昼に晒す。
「ほら、もう感じてるじゃないか。何だ、ビンビンに立たせて。これはそうとう期待してるな?」
 ちーがーうーっ! 違うからっ、違うからっ! 確かにあたしの胸、さくらんぼ色の部分がぷっくりと盛り上がってる。でもこれって、さっきのざりざりで気持ち悪くてこうなっちゃっただけ。何も感じてるんじゃないからーっ!
「恥ずかしがることはないぞ、本能には忠実になった方が楽しめるというものだ」
 うわ〜んっ! いやああああああっ……!
 大王は私を膝の上に乗せると、そのまま胸のてっぺんを口に含む。ちゅうううって、すごい音を立てて吸われたら、なんかゴムみたいに伸びて変形してるっ! そしてどんどんコリコリしてくるっ。
「ああんっ、……あんあんっ、だめぇ、やめてぇぇ……っ!」
 こんなこと、絶対に間違ってる。そもそも、あたしと大王はこんなことしちゃ駄目だ。えっちなことって、好き会った人と求めて求め合った結果にどうしようもなくなって辿り着く出来事でしょ? 違うんだよ、それなのに、何だかとっても気持ちいい。身体がこの前のことをばっちり覚えていることもあって、もう半分期待してるのが許せない。
「何を心にもないことを言っている。それみろ、また膨らんできたぞ。こっちもしゃぶって欲しいか、そうか、そうだろう? 思ったよりも育ってないが、まあこれからだろうからな……」
 ひっ、……ひぃんっ! き、気持ちいいよう……っ!
 そんなはずない、あっていいはずもないって思えば思うほど、大王の作り出してくる快感があたしを包み込んで身動きが取れなくなってくる。でっぱりというでっぱり、くぼみというくぼみ、その全てに指が這い回って唇が吸い付く。感じやすいゴムみたいになっちゃったあたしの身体は、大王の意のままに姿を変えていく。
「あぎゃああああああっ……!」
心許ない茂みにふうって息が掛かって、まあるく円を描いた指先がそこの部分までゆっくりゆっくり降りていく。そしてすでにねちょねちょと水音がしてる足の付け根の辺りを丹念に丹念に探って来るんだ。でも、駄目だよ。そこは違う、ものすごく痛いもんっ……!
「や、やめてっ! 切れちゃうよっ、裂けちゃうよっ……今度こそ死んじゃう。大王っ、やめようっ!」
 そりゃあさ、慣れればすごく気持ちいいとか言うよ? 雑誌とかにはそう書いてあるし、クラスの女子たちが話してるのを聞いたこともある。……だけど、あたしはそこまで到達できない。少なくとも大王じゃ無理。好きとか嫌いとかそういうのを抜きにしても、大王のってきっとすごく大きいんだと思う。あたしのじゃ絶対に入りきれないんだよっ……!
「何を言っているんだ、この前は全然入ってなかったぞ。大騒ぎをすることもない、先が少しだけ潜っただけだった。でも大丈夫だ、今度は研究したからな」
 ええ〜っ、だから何っ? 研究って……そういうのもいらないからっ! っていうか、その、入ってなかったって? ってことは……?
「あ、あの〜っ、つかぬ事をお伺いしますが。もしかして、あたしって、現時点では……バージンだったり、します?」
 いや、そのっ。そう言うことを聞きたい訳じゃないんだけどっ。だって、この前は処女喪失ってちょっと切ない気分とかなったわけ。それが、違ったのなら……嬉しいようなちょっとがっかりしたような。いや、がっかりなんてそんなはずないけどっ! というか、今のこの時点でもやめて欲しいけどっ!
「まあ、すぐにそうじゃなくなるから安心しろ。とにかく無駄な力を抜け、二回目ならそれほど痛くならない」
 えっ、えええええええーっ! それって、何だよう……っ!!!
「あっ、……ぐわあっ……!」
 その瞬間、頭の中が真っ白になった。その次に身体をずらしてとんでもなく明後日の方向を向いたら、そしたら、男性用の避妊具の外側の包みだけ残ってる。「しっとりぬるぬる」とか訳の分からないことを書いた箱がその脇にあって、だから、今あたしの中にはしっとりぬるぬるが被さったモノが……!?
「ひっ、……ひいいいいいいっんっ……!」
 そりゃ、この前と比べたらね。気色悪いけど、とてつもなく異物感でおなかが苦しいけど、やっぱりちょっと痛いし色んな場所がひりひりしてるけどっ。
「だ……大王っ……!」
 別にくっつきたくてくっついてる訳じゃない、でもこうしてないと我慢できないの。
「何だ?」
 大王の声も、ちょっと普通じゃない感じ。いっぱいいっぱいさが伝わってくる。
「あたし……何でっ、何でこんなこと、してるんですか……!?」
 だってさ、世界一宇宙一嫌いな相手と抱き合ってくっついて、さらに大切な部分を結合してるよ? 大王があたしの中でぴくぴくとうごめいてる。それって、絶対変。気持ちいいけど、それでも変っ。
「理由を話す義理などない、さあ動くぞ」
 うっ、うひゃあっ、ぐええっ……! 駄目っ、動かない……でぇぇ……!!!
 そのあとはもう無我夢中、抱きついたり噛みついたり、髪の毛を引っ張ったり。我慢がならない気持ちを全部大王に投げつけてた。だけど、そうすると、なんというかストレス解消っていうか。すっきりとしてくるのはある。
「ああんっ、ああっ、ああっ……はぁん……!」
 あたし、すごい色っぽい声出してる、びっくりするくらい。遅かれ早かれ、こんな風に誰かに全部あげちゃう日が来るんだと思ってたけど、それがどうして大王なんだろう。わかんない、わかんないけど……ちょっとずつ気持ちよくなってくる。きっとそれは大王も一緒なんだろう。
 ライオンがしとめた獲物に食いつくみたいなうなり声。遠く近く耳元で響く。それがどんどん大きくなって、やがて断末魔みたいになって……。
 あたし、気付いたら。もうこれ以上くっつけないよって思うくらい、手も足も全部全部、大王に絡みつけてた。

「ほら起きろ、そろそろ戻らないと遅くなるぞ」
 目が覚めたら、もう外が暗くなってた。大王は元通りに服を着ていて、シャワーも浴びたからすっきりしてる。当然と言えば当然のどこから見てもいつも通りの姿を見て、一気に現実というか現世と言うかに引き戻された。
「う……きゅう……っ」
 ふかふかベッドで寝返りを打って、名残惜しいけどもう起きなくちゃって思い切る。
 そして押し寄せてくる屈辱感。何だかもう、どうなってるのよあたし。いっぱい後悔しなくちゃならない立場にいながら、身体の方はすっごく満足してるって最悪。うううー、アンタは何で普通の顔してるのよっ! もちょっと事態の深刻さを考えた方がいいと思うよっ、マジでマジ!!
 ぐーっ、この怒りが怒りがっ……どうしても上手く表現できないっ。
「そ、その」
 ベッドの端に腰掛けてる大王に、恐る恐る声を掛ける。
「着替えたいので、向こう行っててくれませんか? とっても恥ずかしいんですけど」
 当然でしょ、あたしレディなんだから。少なくともアンタの所有物じゃないよ。二回も気がついたらやばいことしてるけど、そりゃ気持ちよかったけど……これが大好きな相手だったら、もっともっととびきりに素敵なんだよね? ああホント、口惜しいったら。
「早くしろ、終わったら途中まで送るぞ」
 大荷物あるんだから、家まで運びなさいよっ! ―― そう言いたかったけど、自粛。なんか媚びてるみたいでしょ? ぜーったいに嫌だわ。
「……あ」
 ぺろんと抜き出した足の先、指に絡みついている長い髪の毛。指を伸ばしてくるくると抜き取ってカーペットに落とす。
 あたしは、絶対に素敵な恋愛をしよう。このまま、大王や、そして楓さまの好きなようにはされない。今日は仕方なかったけど、明日からはまた頑張るんだから……! それからママも、絶対にあたしの邪魔はさせないからっ……!
 シゲルは白馬の王子様じゃなかったけどっ、今度はあたしの方から王子様狩りに出掛けよーっと。その方が絶対に収穫ありそうだもの。うんうん、もう頑張っちゃうぞっ!
 
 外の闇をバックにガラスに映ったあたしの顔、すっごい闘志に燃えていた。そして、再び決戦のゴングが鳴る。

 

こんなんで、おしまい♪ (080306)
ちょこっと、あとがき >>

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