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夢見るHard Winds
Act6・嵐の前

 


「なあ、ジミー…」
「え?」
 活字拾いをしていたジミーが、ひょい、と顔を上げた。
 少し赤い目をした寝不足のジミーがどうやらやってきたいつもの新聞屋だ。

 小さなこの村では「ニュース」と言えるものはたいしてない。しかし、タウンからの情報や国境の向こうのことを毎朝、数枚にまとめて発行している。もちろん、印刷屋を他に持つまでもなくこうしてジミーが朝の五時から活字拾いをしている。老眼の進んだダークじいさんに代わって、もう数年になる。

 昨日発行されたタウンの新聞、国境隣りの新聞を見比べながらその手は止まることなく、動き続けていた。

「何だよ、じいさん」
 一瞬、顔を上げたジミーではあったが、またすぐに手元に目を落とした。
 二人の他には人のいない小さな店である。ジミーは七つになったばかりの時からもう六年も働いていた。

「…お前は、また、年寄りの口癖と思うじゃろうがのお…」
 ダークじいさんはおどおどした目つきで、ジミーの方に目をやりながら話し始めた。

「また、その話?」
 話はすぐにジミーの強い口調に遮られてしまった。
 彼は仕事の手を止めると顔を上げ、ダークじいさんをキッとした目で睨み付ける。

「そう言わずに…なあ。わしはもう長くはない。お前がわしの所に養子に来てくれれば、わずかばかりだが財産もこの店も全部お前さんにやることが出来るんだ」
「その話は初めに聞いたときにはっきり断ったろ!」
 ジミーはいつになく大声で切り返した。
「あんまりしつこいと、終いには怒るよ! 僕は貧しくたっていいんだ。丘の上で兄貴や姉ちゃんたちと暮らしていられれば…」
 怒りのあまり、肩が震えているのが自分でも分かった。

 ジミーの視界に小さくたたずむダークじいさんは、とても寂しげであった。ジミーの怒りはじいさんと自分に半分ずつ向けられていたのだ。じいさんが余りにしつこく養子話を繰り返すこととその心からの彼の思いに応えることが出来ない自分へのやり場のない苛立ち。

「ジミー…」
 また仕事を始めたの背中に追い打ちをかけるようにダークじいさんは話しかけた。
「そうか…そうなんじゃ。それは…分かっておるんじゃが…」
 あとの方は聞き取れないような独り言になっていた。聞いていたとしてももうジミーには答える気もなかった。

 その時、拒絶さえた老人の目がどんなにか悲しい色をしているか、見なくても分かるジミーである。
 老人には身寄りがなかった。妻も子供も早くに亡くし、ひとりぼっちだったのだ。日ごとに弱くなっていく老人の願いに手を差し伸べられない自分が不甲斐ない。

 でもそれは仕方のないことだった。

「ごめんよ、じいさん」
 ジミーは下を向いたまま、ポツリと呟いた。

 いつものこととは言いながら、今日は一段と胸が痛んだジミーだった。

 

 ノックの音がした。
 昨晩のような緊張感はなく、リードが明るい声で
「どうぞ」
と、言った。本来ならドアの所まで行って開けるのが礼儀だろうがベッドの上で絶対安静を強いられている身ではそんなことは言ってられない。
「それじゃ、おじゃまするよ、リード。おや、キャシーはどうしたんだい? 怪我人と病人を置いて」
「イルミアおばさん!」
 入ってきたのは両の手に袋をぶら下げた果物屋のおかみさんであった。彼女はたっぷりとした体を億劫そうに進めて、ゆるゆるとダイニングのテーブルまで辿り着いた。

「キャシーはオルフェインさんの店に手伝いに行ってるんだ」
 リードは明るく答えた。手伝い…と言うのはもちろん表面上のこと。本当のところリーアを正体不明の賊から少しでも守るために、である。
 他の皆にはそれぞれ仕事があるので、キャシーがボディーカードを勤めることになってしまった。リーアとしても妹のようなキャシーに援護するのは立場が逆のような気がしたが…『小麦の袋でも何でも持ち上げちゃうから任せておいて!』と言う言葉に納得させられていた…

「そうかい、そう言えばこの何日かオルフェインを見かけないね。また、何処か出掛けているんだろうか?」
「そうらしいよ」
 オルフェイン氏が不在なことは、小さい村のことである、もうすっかり知れ渡っているようであった。リードはいい加減に話を合わせておいた。

「おっと、そうそう。レーン・ドクターから聞いたよ。お前達、病人を世話することにしたそうじゃないか、全くおめでたい連中だよ」
「何だよ、その言い方」
「だってお前さん方は自分の食いぶちを稼ぐだけで精一杯だろうが」
「そりゃそうだけど」

 この小屋の住人の総収入など村のみんなはそらで言える程、お見通しのようだ。
 …成り行きなんだから仕方ないだろう、と言おうとした時にイルミアはおもむろに大きな袋をドカドカとテーブルに置いた。
「ま、そこが、お前達のいい所なんだろうけどね…」
 そう言うとイルミアは口元に笑みを浮かべた。
「あたしゃはこれで失礼するよ。ま、これはほんの気持ちさ。出世払いでいいからな」
 彼女は照れ隠しのようにそれだけ言うとさっさと席を立った。
「あ、おばさん!」

 慌ててリードは叫んだ。
 イルミアは少し驚いた顔で振り向いた。
「あ…あのっ…」

 リードは言葉に詰まった。戸惑ったまま空気が止まって、人の鼓動が伝わってくるような瞬間だった。

「あ、ありがとう…」
 空気が流れ出した。
 首だけこっちを見ていたイルミアはフット表情を崩すと、
「まあ、せいぜいのたれ死ぬようなことは止めてくれよ。始末するのが大変だからな」
と、言い捨てて出ていった。

「いい…人だね」
 閉まったドアを見つめていたリードの背後から、声がした。
「ミスター・カーター…大丈夫ですか? 起きあがったりしていて」
「今日のような陽気は心が軽くなるようだね」

 彼自身が語ったところによるとやはり今回の病気の原因は精神的なものらしかった。『外商』と言う人間相手の金銭が絡んだ商売は、想像する以上に気苦労が多いものであり…今回の休暇で一気に心が弛んだらしかった。

「この村の人々はみんなそうなのだろうか? 君たちは優しい人々に囲まれて幸せだね」
 その穏やかな語り口には多くのものを含んでいるようだとリードは思った。
「…外商の仕事って…大変なんでしょうね。俺は郵便屋だからみんなに手紙を配るだけで喜ばれて、気楽なもんだから全然分からないんですよね…」
「そうだな…」
 カーター氏はダイニングの椅子をひとつ持って、リードのベッドの前までやってきて腰を下ろした。
「人間というものは金のある無しで性格が変わってしまう。金に支配されてしまうと人生までも金だけに頼るようになってしまう。自分を金のために動かすと言う本末転倒な輩がいくらでもいるんだ。金というのは本当にやっかいなものだ。金に支配された人間に振り回されて、何度も苦い思いをしてきた。…本当の意味での心を打ち明けられる友人がどんどんいなくなっていったよ…」

 彼の言葉は半ば、独白のようであった。リードはそんな彼の姿をブルーの瞳に映しつつ、ふと思いついた。

「…あんまり、踏み込んだことを聞いては失礼だとは思いますが、ミスター・カーターにはご家族はいらっしゃらないんですか? ご心配なさっているんじゃないでしょうか?」
 どうして今まで気が付かなかったんだろう。遠い村で家族が病気で生死をさまよったと聞いたら、家族はどんなに心配するだろう?

 カーター氏は少しの沈黙のあと、口を開いた。
「恥ずかしい話なんだが…仕事に追われてこの年になってしまった。もう四十を過ぎてしまったよ。今更、家族を持つ気にもならないなあ」
 言葉だけ聞いていると自由人の発言、しかしリードが見つめる彼の表情はまるでつかみ損ねた夢をたぐり寄せようとしているかのようで胸が詰まった。
「守る者がいない人生も気楽なものだよ。自分の都合だけで生きていけるんだからな」
 そう言うとカーター氏は外の風景を窓越しに眺めながら、軽い笑い声を立てた。

 

 一方、彼女持ちで『守る人』のいるアレクは、自分の机に座っていた。もちろんポリスの部隊長の部屋である。

 六日後に来訪するセイジュ・S・モートン伯一行の視察団を迎え入れるため、ワーグス署長と六人の指揮官は細々とした取り決めをしなければならなかった。一応、話に加わっている振りをしながら、アレクは全く別のことを考えていた。

 昨日の伝令によれば、モートン氏はお忍びの視察と言うことであった。しかしどうだろう…リーアの話が全て正しいとしたら、今回の視察は自分たちにとって極めて危険である。
 いくら自分たちが威勢良く出たところで、こちらはゴーストから見たら全くのヒヨっ子。どうやって対抗していったらいいのだろうか…? その上、自分はポリスでの第2銃士隊の隊長としての任務を果たさなくてはならない。リーアの父、オルフェイン氏の死は未だポリスに知らせが届いていないとはいえ、ほぼ間違いはないだろう。彼女の元にわざわざ知らせた男は一体何者だろうか…? 
 いくら考えてみても一つの答えも見つからなかった。
 カーター氏の存在にしてみても、全く信用出来るものとは思えない。丘の上の住人達は何故か彼のことを安易に信用しすぎている危機感がアレクの中にあった。

──── 自分の周りの全ての人間は敵だと教えてくれたのは一体誰であったか…?

 ふとそんな思いが心を過ぎる。

 ロッド…いや、違う。今の仲間と知り合うより前の記憶だ。父…父親だったのか? 記憶をたぐり寄せて、自分と同じブラウンの巻き毛の父を頭の中に思い描く。何故か父はいつでも狩りに出掛けるような格好をしていた。どうしてだろう…他の姿が記憶にないのだ。

「アレク…おいアレク!」
「は、はい!」
 突然、現実に引き戻される。目の前にワーグス署長を始め、五人の指揮官の顔がある。
 隣にいたひげ面の第三銃士隊隊長のシェーン氏に呼ばれたアレクだった。
「アレキサンダー君」
 いつものからかい調子のワーグス隊長の声がする。彼の方に視線を向けるとにやにやした顔がある。…のんきな人だとアレクは心の中で舌打ちをした。
「別に考え事をしちゃいかんとは言わないよ。だが、質問には答えて欲しいものだ」
「はい…申し訳ありません。以後気を付けます」
 小さな怒りを感じて頭を下げる。自分とワーグス署長と半々に感じた怒りだった。

 自分より十歳以上は歳上の者達と肩を並べて指揮官の地位についているという身に余る光栄は実感しなくてはならない。それだけの期待を裏切らない任務を余すことなく果たさなくてはならないのだ。

 反面、署長のことを考えると行く先が不安であった。彼は全く考えてもいないだろう。勇んで迎えようとしている上客をいつも自分が小馬鹿にしている連中が殺めようと計画していることを…目前で血生臭い争いが起こるやも知れぬ事を…。

「それでは、アレキサンダー君」
 彼の心内など知りもしないのんびりした声で、ワーグス氏は問いかける。
「他の五名の承諾は得ているのだが…モートン伯ご一行の宿泊先はレイオス、でいいかな?」
「は、はい」

 レイオス…この小さな村での一番の大きな酒場。あそこは商店街の外れだ。酒場の入り口は通りに面しているが、宿泊場はその奥の方になる。まあ、客人を泊めるとなれば村では最適の場所だろう。
 そこまでは考えたが、後は思いを吹っ切るように、アレクは話し合いの中に入っていった。…悟られてはならない…何があろうと。こんなところで物思いに耽っていてはならないのだ。そう自分に言い聞かせながら…

 

 次の朝。

 割と安らかに夜を過ごせた五人+二人は前日とは正反対のさわやかな朝を迎えていた。
「お早う、兄さん」
 朝の日差しを浴びて思い切り伸びをしたロッドにキャシーが声を掛けた。
「ああ、お早う」
「早いわね、珍しいわ…」
 ロッドは仕事の始まりがそんなに早くないので、いつもはもっとゆっくりと休んでいるのだ。
「悪かったな、年寄りだから、朝が早いんだ…」
「いやだ、兄さんてば。だったらウチの一番の年寄りはジミーになっちゃうわよ」
 キャシーは声を立てて笑った。からかわれているロッドまで口元を弛ませていた。
「それじゃあ、今朝は早めの朝食を摂ってちょうだい。焼きたてのパンをごちそうするわ…」
 キャシーはそう言って台所に戻っていった。
 フッと笑顔になってきびすを返したロッドの下…丘から見た風景は朝日に照らされていた。真南より少し東寄りに商店街が奥へと続いている。その一番奥にひときわ大きめの建物が見える。

 レイオス、だ。

 ここから歩いたらこんなに近くに見えて、十五分は掛かるであろう。村は朝日に染まって静かな暖かな春の空気に満たされている。今日から四月。丘の下を流れる河の水はまだ冷たいが、その岸辺にはわずかな温もりに開きだした花々が咲き乱れていた。
「お早う、ロッド」
 木陰から声がした。
「おや…リードか。お前も早いなあ」
「何しろジミーの隣で寝ているから、蹴飛ばされるわ朝は早くからガタガタ起き出すわで寝てらんないんだよ」
「それで、またこうして動いているのか。キャシーにどやされるぞ」
 絶対安静は相変わらずだった。

「その足が…少しは動くようになったかと思ってね…全然なんだけど」
 その言葉を聞いたロッドは一息ついてから言った。

「全く、無茶するなよ。下手に動いて余計いけなくなったらどうするんだよ」
「そんな悠長なこと言っているうちに四月になっちゃったじゃないか!」
 悔しそうに左足の包帯と添え木に目をやりながらリードはぼやいた。
「後、何日でもないじゃないか。まさかロッド兄貴は奴らが来る日に俺に留守番をしてろと言うんじゃないだろうな?」

 事実、リードは相当に苛立っていた。確かにゴーストがやって来るとは言っても、そう聞いたときにはこれといって何かの野心があったわけではない。むしろあわよくば、何事もなく通り過ぎたいと思ったぐらいだ。
 しかし事態はだんだん変わってきている。キャシーまでがリーアの護衛に付いている。このままでは自分は皆の足を引っ張るだけでしかない…普段、人並み以上の体力があるだけに余計辛かった。

 思わず叫んでしまった後の気まずい空気にリードは視線を逸らした。
 目に見えるほどの速度で確実に、ゆっくりと朝日は空へ昇っていく。その光にリードの輪郭がくっきりと浮かび上がった。ごく薄く透き通った毛先がかすかな風に揺れる。カサカサと冬の名残の落ち葉が駆ける音を耳にしながら、どうしても彼は次の言葉を探し出すことが出来ないでいた。

「何とかなるさ」
 ロッドは彼の方は見ずにゆっくりと言った。

 横を向いたまま、リードはその声を聞いていた。

「今までだって、いくらだってこんな事はあったじゃないか。いやもしかするとこれ以上のことが。おい覚えているか? この村に逃げ延びるまでの道のりのことを。俺は良く覚えている、今よりずっと怖かった」

 目に見えない糸に引かれるようにリードはその優しい声の主の方を見上げた。

「あの頃、俺は今のお前より歳が下だった。まだ十四だったからな。食うものもない状況でお前らを抱えて…俺は何を思っていたと思う?」
 リードの輪郭がかすかに震えた。

「俺は…ただ、生き続けたいと考えた」

 ロッドはそう言うとじっとリードを見据えた。食い入るような視線だった。リードは自分の中で何かが熱くなっていくのを感じていた。その反面、言葉に出来ない切なさも共存していた。

 重い時間がゆっくりと忍び足で流れる。重い…しかし、決して冷たくはない。口火を切ったのはまたロッドだった。

 先刻までの強い光は消え、淡く微笑んでいた。

「俺達は風だ…それも向かい風なんだろう?」

 優しい中に何かそれだけではない雰囲気を秘めて、ロッドの声が朝の空気に広がっていった。

「風は決して止まらないはずだ。お前も前向きにどんどん考えていった方がいいぞ。今、足踏みしているわけにはいかんだろう…さあ、飯に行こう」
 そう言うとロッドはさっさと小屋に入っていった。

 後にはリードが残された。
 時々しか聞くことの出来ないロッドの強い言葉を耳元に残したまま、自分の心が新しく変わっていくのを感じていた。

『…命に保証はないが、一緒に行くかい?』
 あの時の不敵な笑顔の中には一体何が込められていたのだろう…?
 少しだけ分かった気がした。

 不思議と消えていた苛立ちの行方も知らず、リードはかすかな笑みさえ浮かべて朝の風の中にしばし、佇んだ。

 

「ま…たく、妙なこともあるもんだな。ロッドがこんなに早く起きるなんて」
 テーブルに付いたアレクは欠伸をしながら言った。
 早番でない日に思いがけず早く起こされたので、まだ半分眠っているようだ。
「兄さんてば、ちょっと、また寝ないでよ! ほらあ、スープに髪が付いてるわよ〜」
 食卓を整えながらキャシーが叫んだ。傍らでリーアがくすくす笑っている。

「姉ちゃん、カーターさんもこっちで食べるって言ってるよ」
 寝室からジミーが戻ってきた。

「それじゃあ、兄さん達も早く席について…そうそう」
 皆をせき立てていたキャシーが何か思いだしたように話し出した。

「妙なことか…そういえば、昨日あったわよね、リーア」
 リーアが頷いたとき、カーター氏とリードがそれぞれの入り口から入ってきた。皆が一通り挨拶を交わして、食事を始めた頃にキャシーは再び話し出した。

「リーアとね、昨日はずっと店番をしていたんだけど…変なの、時々誰かに見られているような気がしたの」
「気のせいじゃないのかい?」
 スプーンを止めて、リードは言った。
「違うわ、本当だものねえ…ね、リーア」
 ちょっとふくれたキャシーは傍らのリーアに同意を求めた。
「そうなんです…」
 心配そうな表情になったリーアだったが、一昨日の晩のような恐れは抱いていない様子だった。
「でも…その方向を見ても、見慣れた町並みがあるだけ。不審な人影もありませんでしたし…気味が悪かったですわ。キャシーとの会話を聞き耳を立てて聞いている人がいるようで」
 食卓に沈黙が流れた。
と、──── 考え込むように慎重な面もちでアレクが口を開いた。

「じゃあ、俺のも…気のせいではなかったのかな…?」
「何だ、お前もなのか?」
 驚いたようにロッドが言った。
「兄貴は何もなかったのかい? 昨日の帰りがけ、ポリスを出てからずっと付けられているような気がしたんだよ」

「─── 俺は何も感じなかったがな…」
 ロッドは首を傾げた。
「兄さんが人の気配に気付かないわけないのにね…変ねえ、やっぱり気のせいだったのかしら?」

「いや…、それは違うかも知れん」
 重々しく、ロッドは話し出した。
「俺達は今、些細なことだって気に掛けなければならないんだ。オルフェインさんのことを考えてみても…もう、ゴーストの奴らが刺客を送り込んだとしてもおかしくないだろう?」
「…すべては彼らの掌の上、と言う訳か」
 リードが苦笑しながら、ぼやいた。
「皆も不審者にはくれぐれも注意するように。何しろ下手をするとこの村の住人を巻き込むことになりかねん。── アレク? 」
「何?」
「お前は特にポリス内の人間の動向に注意してくれ。彼らは銃も常備している。…考えたくはないのだが」
「分かった」
 彼は自分に言い聞かせるように大きく頷いた。ロッドは続けて、

「お前もだぞ、ジミー」
 と言った。ジミーもこくんと素直に頷く。新聞屋にはどんな重要な情報が入ってくるか知れない。

「それにしても、おかしいわよね」
 食事を続けながらキャシーは喉につっかえたものが取れない時の様な表情になった。
「もし、ゴーストが刺客を差し向けてくるとして、何故こんな回りくどいやり方するのかしら? 分からないわ。セイジュ・S・モートンにしたって、あの人がわざわざ足を運んでまでの事があるのかしら…? 何だか、私たちにいちいち警告をしてくれているみたいよ?」

 それはそのまま、この場にいる人間達の心内だった。一瞬、申し合わせたようにスプーンが止まる。

 それから、ゆるやかにロッドが口を開いた。
「まあ、みんな、くれぐれも注意するようにしてくれ。余り神経質になりすぎるのも何だがな」
 言い終わるか言い終わらないかのうちに、部屋の中に緊張が走った。

 ドアの向こうで物音がした。

 何かを踏みしめるような…

 あの時と同じように銃を構えたアレクがドアの所まで忍び寄り、勢いよく開いた。

────しかし、今度は誰の姿もそこにはなかったのである。


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