夢見るHard Winds
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翌朝…4月5日。 アレクとミスター・カーターが2人で人間が横たわれる大きさの穴を掘り終えた。人間が中に入って立つと腰の辺りまで入れる深さがあった。 ロッドの棺が静かに運び込まれる。 怪我のために見物人に甘んじるしかないリードは今でも夢を見ているかのような錯覚に陥っていた。 「…あ、あの…」 「これ、どうしよう…一緒に入れる?」 みんなは顔を見合わせた。どうしたらいいか考えがまとまらない…その時、 「僕が、もらう」 「ジミー…」 「それ、僕がもらう。姉ちゃんは兄貴から懐中時計をもらっただろ? …僕も…何か欲しい…」 ジミーの必死の表情にキャシーはどうしていいのか分からず、リードとアレクの方に向き直った。 アレクが静かに言った。 「もちろんさ」 「僕、バイオリンが弾けるようになる、そしたらここでロッド兄貴のためにあの曲を弾くんだ…」 その言葉にアレクは静かに頷いた。その後、ミスター・カーターに目で合図して、ゆっくりとスコップを動かして棺を土の中に収めた。 その小山の上に一抱えほどもある石が置かれ、その石も花で覆い尽くされる。 ロッドを見送ったのは丘の上の住人とカーター氏、そしてリーアのみだった。声を掛ければ村中の者が駆けつけてくれたであろう…しかし、静かに別れが言いたくて身内のみの送りにしてしまった。 ひととき全員はその前に跪いて動かなかった。こうして現実がだんだん身に染みてくると再び、体の中から哀しみが留まることなく溢れ出てくる。やさしい風が頬をかすめるとヒンヤリとした感覚が残った。 「…あのね、キャシー…」 「実は…あなたのお誕生日にって、ロッドから頼まれていたものがあるの…こんな時に申し訳ないんだけれど、渡していいかしら?」 ベージュの平たい箱がキャシーに渡された。両の手にやっと抱えられるほどの大きさのそれは想像よりもずっと軽いものだった。 「開けてくれる…?」 リーアの言葉に促されて、キャシーは箱の蓋を取った。 …中から、ラベンダー色のドレスが現れた。 「……」 キャシーに言葉はなかった。彼女は箱の蓋を手にしたまま、暫くは動くことすら出来ないでいた。 やがてその目から…もう体中の哀しみは流れ出てしまったと思われたのに再び、後から後から涙が溢れ出てきた。 「あなたが娘らしい格好も出来ないことをロッドはずっと気に病んでいたのでしょうね…3月の半ばだったかしら、ふらりとうちのお店に訪れて相談を持ちかけられたのよ…」 彼女は愛おしそうにドレスを見つめた。 「この布地はティレス区のお店から取り寄せたの…とても品の良いタフタなのよ…キャシーはドレスになれていないから余りかさばる布地は可哀想だって。デザインは2人で考えたの…今考えればロッドはとても詳しかったわ…私よりフォーマルドレスの事を良く知っていたわね」 リーアの言葉に何か答える者はなかった。 皆俯いたまま…哀しみをこらえているようだった… 「ありがとう…リーア。大切にするね…」 ゆっくりと上がっていく朝日の朱がロッドの上の花々を燃えるように照らし出していた。 「…俺、タウンに行くよ」 「アレク!?」 「こんな時に…何たって、そんなこと言うんだよ? 大体、仕事はどうするんだ?」 「…仕事なんて…」 「昨日のダークさんの話を聞いたろう…? クレール・P・ドリアンは静養中だというじゃないか。セイジュ・S・モートンはもう視察のために汽車でこちらに向かっているはずだ…手薄なんだよ…今がチャンスなんだ。馬を飛ばして一昼夜あればたどりつけるだろう…」 みんなは息を飲んだ。 リーアは真っ青な顔でアレクを見つめていた…しかし彼女に言葉はない。 アレクも皆を見渡した時、リーアのところで視線を止めた。しかし、やはり言葉はなかった。 「…僕も、行く!」 「僕だって、リカルドにだったら乗れる、一緒に行くよ!」 「ジミー…」 「リード、キャシー…お前達はここに残ってくれ。悪いが、自分たちの身は自分たちで守るんだ…もう、ロッドはいないのだから。リーアはダークさんを…頼む」 アレクはひとりで馬屋に来ていた。丘の上には馬はリカルドしかいない。自分が乗る馬が必要だった。 「…やはり、来たか…」 馬小屋を覗いていると背後から声を掛けられた。 「…レイフ」 …それでも来るしかなかった…時間がないのだ。 「お前、肩の怪我は大丈夫なのか? …無理をして行ける距離じゃないだろう…?」 しかし、レイフはそれ以上、何も言わずに馬屋を見て回った。 言葉の出てこないアレクに向かって、レイフは静かに微笑んだ。 「……」 「そう言うことなら」 2人が振り向くと、そこに立っていたのは…ミスター・カーターであった。 いつの間に後を付いてきていたのだろう、彼は静かな目で2人を見据えていた。 「ミスター…」 さすがのアレクも何が何だか分からなかった。今ここで、この男を信じて良いものか、悪いものか…静かな目の色からは何も語られず、判断が付かない。 「…お願いします…」 そんな彼の姿をカーター氏は静かに見つめていた。 「…お前には、銃は預けない」 「でも、兄貴…」 「…よく考えるんだ、リード。お前の足では動けない。不本意であったが仕方ない。…この家を守ってくれ」 リードの肩に置かれた手にグッと力が込められた。 「くれぐれもヤケを起こすんじゃないぞ…いつもロッドが言っていたことを思い出すんだ」 「アレク…」 アレクは手綱をリードに預けると、声の方を向き直った。 「気を付けて…待っているわ」 「…行ってくる」 「ジミー、ミスター・カーター、出発しよう」 「私、村の様子を偵察に行ってくるわ」 「…また! そんな危ないこと言い出す!」 「それならここにいたって同じ事よ。大体…アレク兄さんはレイフの好意で怪我で動けなくなってることになってるんでしょう? 誰かがお見舞いにでも来たらどうするのよ、いないのばれちゃうじゃない?」 「そりゃそうだけど…」 「明日のこともあるでしょう? イルミアおばさんに話を聞いてこなくちゃ」 「ちょっと、キャシー!」 「だって、頼まれちゃったもの…」 「それだけは駄目だ! 今日のことは仕方ない…でも明日のことは断ってくるんだ」 「ひどい…」 その時。 「キャシー…あなたが行くなら、私が行くわよ」 「イルミアおばさんだって、こんな状況で給仕をしろとは言わないわ…悪いことは言わない、無茶はしないで」 ロッドが死に、アレクが去った今…リーアは年長者の自覚を持ったようであった。 「分かった…」 「…ごめん、アレク兄貴」 「…何、謝っているんだよ?」 「ミスター・カーターが一緒に行ってくれるなら、本当は僕は残った方が良かったよね…」 「…そう言われれば、そうだけど。何だよ急に…」 「僕…あそこにいたくなかったんだ…」 「ジミー…」 「じいさんが悪くないのは分かってる。僕のことを一番に考えてくれたこそのことだって…でも…許せないんだ」 「それで、俺に付いてくることにしたんだ」 「うん…」 「まあ良いじゃないか」 「もう、だいぶ来てしまったんだし…お前もロード区を走る経験をするのも良いだろう。…疲れたか?」 「ううん」 「ミスター・カーター…そろそろ先に行きましょうか?」 アレクはカーター氏に声を掛けて立ち上がった。 カーター氏もまた、ひとりで物思いに沈んでいた。とても声を掛けて理由を聞ける様子ではないように思われた。 皆、ひとりずつが抱えきれないほどのそれぞれの心の荷物を持ち合わせていた。 「おや、キャシー…いいのかい? 出てきても…」 キャシーが果物屋を覗くと、イルミアが大きく目を見開いた。 「…食べるものも食べていない、と言う感じだね。まあいいや、一服してあたしも一緒に何か頂くか…」 そう言うと、前掛けで手を拭ってから手元にあったオレンジを取って、キャシーに手渡した。それから小さなテーブルトレイを出してその上でオレンジを器用に8つ割りにする。 「あんたのも切ってやろう」 「ありがとう…」 オレンジを渡すときに一瞬、指先が触れた。かすかな温もりに反応してキャシーの心が揺れる。でもそれは溢れるところまではいかず、留まった。 「これは南の国から来た奴で味がいいんだ、お上がり…」 「兄さんが」 誰に話しかける感じでもなく…キャシーが独り言のように言葉を発した。 「兄さんが、いなくなっちゃうなんて、思ったことなかった」 もはや絶命していたロッド。 背中から狙われて銃弾は心臓を的確に捕らえていたらしい。 思えば…何とも悠長に生きてきたことだろう。大体、どうしてこんなに命を狙われなければいけないのかが全く分からないキャシーである。 「ロッドも…自分が死ぬとは考えてなかっただろうよ」 「あたしもね、これからお節介ながら嫁の世話でもしてやろうかと考えていたんだよ。だって、ロッドがいつまで独り者だったらアレクとリーアが困るだろう…あの2人だってそろそろ一緒になった方がいいだろうしね」 「…そんなことまで、考えていたの?」 「そりゃそうだよ」 「あんたらはあたし達にとって、子供も同然だろう。心許なくて危なっかしくて…自然と目がいっちゃうんだよ」 「……」 「あたしも嫁いだ娘のアリーにたいぶ、嫌みを言われたよ…キャシーのことばかり考えて娘の自分は二の次だって」 丘の上の9年間はキャシーにとって、そのまま生きてきた人生だったと思える。そりゃ、普通とはちょっと違う。学校だって飾り程度にしか行っていない。でも…幸せだったと、思う。 「…しばらくは、元気も出ないだろうが…心を落ち着けてゆっくり休みなさいよ」 「分かった」 「…モートン伯が着くのは、明日の3時頃だってさ」 次にキャシーが向かったのはポリスだった。アレクのことはレイフが上手に話を付けてくれてあるはずだった。 ポリスの建物の入り口をためらいがちに覗いていると、近くにいたレイフが気付いてくれた。 「…署長にも会っていく?」 「…ううん、今日はみんな忙しそうだし、いいわ」 …謎が多すぎる。 モートン伯のことももちろんだが…アレクから朝の馬屋での話を聞いても、レイフが自分たちのことをどこまで把握しているか計りかねる。 「じゃあ、そこまで送るよ」 物思いに沈んでいたキャシーはハッとして少し笑顔を作った。 「…不思議に思っているんでしょう?」 「…え…?」 「アレクから聞いてるんでしょ、俺が朝…親父に内緒で馬を貸したこと」 「ええ、それは」 …この人は、何を考えているんだろう…どこまで知っているんだろう…様々な考えがキャシーの心の中で渦巻いていた。 キャシーは顔を上げてレイフを見た。 「…何かさあ…気になるんだよね」 「アレクって、自分のことも何も話さないから…つい、気をもんで手を貸したくなっちゃうんだ。いつかの、リーアのこともさ…」 「リーアの…?」 「あれ、聞いてなかった?」 「実のところさ、俺もリーアのこと好きだったんだよ。君たちが来るより半年早くあの親子は村に来たからね…思い続けた時間なら絶対負けないと思うよ」 「…そうなの」 「…まあいいや。恋敵にあんなマネをしたのは一生の不覚だったと思うよ。詳しく言うのは辞めるけどさ…今回のことも、何だか力になりたくなったんだよね」 「……」 キャシーには沈黙を守るしかなかった。申し訳ないとは思うが、明日のモートン伯の到着できっと、何かが変わるような気がしていた。だからもう1日、…詫びるような気持ちだった。 レイフに見送られて、帰途についたキャシーは空を仰いだ。 モートン氏の到着が、午後3時… それまでに。 アレク達一行はどこまで行けるのだろうか…? キャシーは答えを探して流れゆく雲を見続けていた。 早馬の伝令は1日足らずでロード区を駆け抜けるという。そうは言ってもこちらは訓練と言っても名ばかりの演習しかしたことのないアレクに「リカルドだったら」どうにか乗りこなせるジミー、ミスター・カーターは2人の目から見たら結構、いい腕をしているとは思うが…所詮、素人集団だ。 朝早くリース村を出て、セルア区をまっすぐに北へ縦断し、ロード区に入った。実際に走るのは馬だが、上に乗っている人間の方も体力は大いに消耗する。休憩を取りながら走り続け、日が暮れる頃、小さな山小屋にたどり着いた。 「ここは…?」 人が住んでいる様にも見えないが、荒れ果ててもいない。ごくごく最近に人がいた気配が感じられた。 「ああ、夏の間は山仕事をする人の仮住まいになっている所さ。こうして山道にあるから、ロード区を行き来する者が自由に泊まれるようになっている…きれいに使うのがマナーだけどな」 「へえ、ベッドも2つ用意されているよ」 「山道の往来は万が一の事を考えて、複数の人間で行われるものだからな…」 ロード区も山岳地帯の西側には冬でも雪が積もらない。海からの季節風を受けるためだ。カーター氏の先導で雪のない、それでいて極力、最短ルートになる道を選んできた。彼の土地勘は冴えていた。 「ミスター・カーター…ここはどこら辺になるんです?」 暖炉に火を起こしていたカーター氏が振り向いた。 見るとベッドに腰を下ろしたジミーはそのまま倒れ込んで寝息を立てていた。 「…よく頑張ったと思いますよ」 「遠乗り、と言っても俺やロッドが休みの日に半日ぐらい走る程度で…馬ぐらいは乗りこなせるようにしてやろうと思っていましたが、なかなか時間もとれないままで…」 こんな状況になって、初めて長い時間を共に過ごせた気がする。何とも皮肉な事だった。 「君は…」 「私が何者か分からないままで、怖くはないのかい?」 「は…?」 静かな、それでいて張りつめた語り口にアレクの身体にも緊張が走った。 「この何日か、君たちのことを観察させてもらっていた。君は丘の上の小屋の仲間の中でも人一倍、猜疑心の強い人間だと推察されたが…よく私を連れてくる気になったね」 「仕方ありませんよ」 パチッと薪のはじける音が響く。 アレクの輪郭が赤く照らし出される。 「あなたがおっしゃった通り、俺とジミーだけではタウンまでたどり着けるかいささか不安であれば…もう、自分の勘を信じて見るしかないでしょう?」 その言葉にカーター氏の口元がわずかに弛んだ。 窓の外の暗がりを見やり、そのあと彼は話題を逸らした。 「…あっちはどうなっているだろうね…」 本当に。 どうなっているか何て想像も出来なかった。 キャシーが危ないことに首を突っ込まないように、リードに念を押してきた。リーアだって自分の意をくんでくれたはずだ。 そう信じたくてもアレクの脳裏にはあの朝、ダーネスの顔を見た瞬間の恐怖が甦ってくる。思わず組んだ両腕に力が入った。 どこに敵が…自分たちの息の根を止めようとしているものがいるとも限らないのだ。 正直、カーター氏をあっちに残してくることも不安だった。そう言う意味ではアレクはカーター氏を信用しきっていないのだ。 「…命は、ひとつしかないものだね」 「不安なのは…君も私も…後の皆も…そしてゴーストにしたって同じ事だろう」 「……」 「クレール・P・ドリアンがどうして山あいの別荘で静養しているか分かるかい?」 「いえ…」 「あそこは道なき道の果てにある。別荘までの道は一本しかなく警護も容易なんだ。…奴自体が死の恐怖に追われている」 「…そう言うもんなんでしょうか? こんなに沢山の悪事を働いた者達が…」 「彼らはクーデターの起こった夜の2日後に全員公開処刑されることになっていたんだよ…」 アレクは机の下でグッと手を握った。 外を風が流れた…窓がガタガタと鳴る。 「さあ」 「少し休もうか…夜明け前に出発した方がいい…」 アレクは顔をこわばらせたまま、返事が出来なかった。 そんな若者の姿を一瞥して、カーター氏はさっさと長椅子に横になって背を向けた。 「…起きなさい」 耳元で声が響く。 「もう出掛けた方がいい、日が昇らない方が行動しやすい…」 アレクははじかれたように起きあがった。 「やだなあ、兄貴はこう言うときも寝起きが悪くて…」 さすがに早起きが身に付いている人間は違う。 「もう、馬たちもスタンバイオッケーだからな!」 「少し、走ってから朝の食事をとろう…少しでも進みたい」 カーター氏の声に頷くと、アレクは上着を着込んだ。 「夜が明けたわね…」 なかなか深くは寝付けず、うとうとしていると辺りは明るくなってくる。 「眠気覚ましに濃いコーヒーでもいれるね」 「今日もいい天気だな…」 4月6日…。 とうとう、モートン伯到着の当日の夜が明けた。 不思議なほど安らかな風景が丘の下に広がっていた。 「これは…!?」 途中休憩を入れて、走り続けること数時間…朝靄の晴れてきた山中を3人は走っていた。木々の間、かろうじて馬が通れる程の細道が続いている。山男達が仕事をするために使うだけの余り知られていない道であった。 「何なんですか? これは…」 アレクが慌てるのも無理はない。 靄の晴れきったはずの森に再び白い空気が漂っている。 「ミスター・カーター…これ…」 馬たちも嫌がってだんだん足取りが重くなってゆく。 「この辺で…馬を下りて置いていこう。あと少しだ…」 「カーターさん!」 「どうしてこんなに煙が辺りに充満しているんです!?」 アレクとは対照的にカーター氏は静かに微笑んだ。 「それは…どこかで何かが燃えているんだろうよ…」 まるでガラスの破片を集めたような目の光りにアレクとジミーは息を飲んだ。 ジミーは何も言わずにアレクの方を見た。 「さあ、別荘はすぐそこだ。急ぐぞ!」 「ジミー、続くぞ!!」 進めば進むほど、煙が濃くなっていく。出来る駄目身をかがめて煙を吸わないように注意しながら3人は進んだ。躊躇する2人に比べてカーター氏の足取りには迷いがない。吸い寄せられるように煙の元へと向かっているようだ。 やがて木々が途切れて、崖っぷちに辿り着いた。 「火事だ!!」 そこには大きな建物があり…見るところ、クレール・P・ドリアン氏の別荘と思われた。何と言ってもそこに向かっていたのだから、最終地点は間違いないだろう。 「…大体、時間通りだな…」 「ミスター…」 アレクの視線には構わず、カーター氏の言葉は続く。 「ドリアンは青いガウンを着ている…彼が最近、お抱えのお針子に作らせた新品で気に入っていたはずだから間違いないだろう…アレク、銃は?」 カーター氏の視線は逃げまどう人々の波を追っていた。 「ここに…」 その瞬間、肩に激痛が走る。 「…大丈夫か!?」 そしてまた素早く視線を崖下に戻した。 「ミスター・カーター…あれじゃない…!?」 「アレク!!」 カーター氏の声にアレクは銃を構えようとした。 でも痛みのせいでどうしても焦点が定まらない。 焦ったアレクにカーター氏の声が突き刺さる。 「アレク、その銃を貸しなさい!」 「でも…」 アレクはそれだけは出来ない、と思った。 すると、仁王立ちになっていたカーター氏が厳しい表情で再び叫んだ。 「アレキサンダー様! その銃をお渡し下さい…!! あなたにその引き金を引かせるわけには行きません!!」 「カーター…さん…!?」 今までで一番、真剣な表情のカーター氏の両眼が自分をまっすぐに捕らえている。 「お貸しください、さあ! …早く!!」 次の瞬間…辺りに大きく銃声が響き渡った… |