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夢見るHard Winds
Act12・レイオス

   

 丘の上から見下ろすと、村のさざめきが手に取るように分かる。カーテンを少し開けて様子をうかがっていたリードは小さく溜息を付いた。

 …どうして、こんな風に隠れていなければいけないんだろう…
 何とも理不尽な事であった。

 午後4時。

 キャシーが昨日、レイフから聞いた情報によれば3時には視察団が到着するとのことであったが…

「どうやら遅れているらしいな…」
 リードは独り言のように呟いた。

 リディール共和国の鉄道は国の真ん中に位置する山岳地帯・ロード区をぐるりと囲むように一周している。リース村が属する「セルア区」にもいくつかの駅はあるが全てロード区との区界付近、要するに区の北側に点在していた。リース村はセルア区の南端だったから、鉄道の駅から半日ぐらい馬車に揺られなければならない。数日の汽車の旅を終えた後の馬車移動は身体に負担も掛かるであろう、途中に休憩を取っているのかも知れない。

「…あら、リード。キャシーを見なかったかしら?」
 寝室から出てきたリーアが声を掛けてきた。

「うーん、庭先にでも出ているかなあ? ダークさんの様子はどう?」

 寝室にはダークじいさんが横になっていた。老体にショックが効いたのだろう、錯乱状態で手が付けられず…なるべく付き添いが傍を離れないようにした方が良さそうだった。ジミーが姿を消したことも打撃になっているらしい。その役はリーアが引き受けていた。ジミーほどあからさまでないにせよ、丘の上の住人にはまだダークじいさんをやさしく介護できる気力がなかった。

「また、何か口走っていらっしゃったけど…今、寝付いたの。そろそろ夕食の用意を始めようと思ったんだけど。洗濯にでも行った?」

「…今日はなるべく外に出ないように行ってあるんだけど。暫く立てば戻るんじゃないかなあ」

「そうね、じゃあもう少しあっちに行っているわ」

 リーアは編みかけのベストの入った籠を抱えるとまた寝室に入っていった。やはり何もしないでいると不安ばかりが募るのであろう…この数日、彼女は一心に編み棒を動かしている。手の込んだ編み込み模様であったが完成も間近のようだ。

 リードは再び、カーテンの隙間から丘の下に目をやった。
 モートン伯一行を迎える村長始め数十人の村人達が楽しそうに語らいながら立っている。今夜は宿泊先になっているレイオスで歓迎のパーティーが開かれることになっていた。今頃、酒場では準備に大忙しであろう。

「たびたびごめんなさい…リード、キャシーのショールがないんだけど」
 リーアがさっきより不安げな顔で居間に入ってきた。

「ショールが?」
 リードは聞き返す。キャシーは外に出るとき、いつもショールを羽織っていた。

「…今まで気付かなかったんだけど、外出用の外履きも見あたらないんじゃない?」
丘の下の川まで行くなら柔らかい布靴を履く。でもそれ以上遠くに行くには革の靴を履くのだ。

「…本当だ」
 リードはそう言いながら、辺りを見回した。そう言えば先ほどからキャシーの気配がなかったのを思い出す。

「あの馬鹿…まさか」

「私、ちょっとそこら辺を見てくるわ」
 リーアは自分のショールを取るとドアに手を掛けた。

 リードのベッドから這い出して、立てかけた板きれを支えに部屋の中を調べた。何か手がかりになるものはあるかと思ったが、見あたらない。

「丘の回りには…姿がないわ…」
 リーアが青い顔で戻ってきた。

「視察団も到着したようなの…気味が悪いから、戻ってきたわ」

 丘の下を見やると、先刻まではなかった大きな馬車が止まっていた。

「まさか…キャシー…」

 危険なマネはしないようにと念を押したはずだ。でもあのキャシーのことだ、何をやり出すか分かったものじゃない。

 もう少し注意するべきだったとリードは後悔していた。でも今更どうしようもない。

「…痛っ…!!」

 気を抜いて怪我をした左足を思い切り下ろしてしまった。
 激痛が走る。

「…畜生…!!」

 今ぐらい、自分の不甲斐なさを情けなく思ったことはない。
 リードは自分の足に罵声を浴びせていた。
 そんなことをしてどうなるものでもないことは分かっているのに…

「リード!?」
 寝室の窓を閉めに行ったリーアが飛んで戻ってきた。

「大変!! …ダークさんが…いないの。窓から出ていったみたいで…!」

「何だって!?」

 今のやりとりを聞かれていたのかも知れない。
 彼は丘を降りていったのだろうか。

 慌てて窓から外を見たが、暮れかかった夕闇に人影は見あたらない。

「…どうしよう」
 リーアは今にも外に飛び出していきそうだった。

 でも。

 それだけは回避しなくては…元々は自分たちの問題なのだ。リーアを巻き込んではならない、アレクにも申し訳が立たない。

 でも。

 一体どうしたら…

 リードは右足に重心を掛けて、立ちすくんだ。

 その時、ドアがノックされた。

「…ダークじいさん!?」
 リードは反射的に叫んでいた。

「リード、…リーア、無事だったか!?」
 声と共に駆け込んできたのは…レーン・ドクターだった。

「…ドクター…!?」
 意外な訪問者をリードは信じられない面もちで見つめた。

 レーン・ドクターは部屋を見回して、現在の状況を瞬時に悟ったようである。

「何だか…悪い予感がして来て見たんだ。他のみんなは一体どうしたんだ!?」

 リードとリーアは顔を見合わせた。何と言ったらいいのか、分からない…何を話して良いのやら。
 でも、今は時間がない。

 リードが口を開きかけたとき、レーン・ドクターの声が遮った。

「リード、…足が動くようにしてやろうか?」

 喉まででかかった言葉がそのまま止まってしまった。
「ドクター…? 今、何て…」

「足をどうにかしてやろうと、言ったんだ。ほら早く、椅子に座りなさい」
 レーン氏は自分の下げていた仕事カバンを床に置くと中を探った。

「動くんですか? …この足が…」
 リードは信じられなかった。少し強く踏みしめただけで激痛が先ほどのように走るのだ。まさか歩けるとも思えなかった。

「ずっと使っていないんだ、前と同じようには使えないよ。慣らさないとね…でも今はそんなこと言ってられないだろう、行きたいんだろう? レイオスへ」

「……」
 余りの驚きにリードは何も答えられない。

 ドクターは足を固定してあった石膏を木槌で思い切り叩く。
 パッカリと割れた中からほとんど1月ぶりに自分の左足が現れた。

「…骨はどうにかくっついているようだな」
 触診をしながらドクターは言った。

「念のため、テーピングをしておこう、あと局部用の鎮痛剤を打っておけばしばらくは痛みを感じないはずだ。場所を考えれば歩行には差し支えないだろう…」
 まるで前々から分かっていたようにてきぱきと処置を行っていく…まるで今日のこの時が来るのが分かっていたように…

「ドクター…どうして…」
 リードはドクターに足を預けながら、ようやくそれだけ言うことが出来た。

「リード」
 ドクターは処置をする手を止めると顔を上げてリードをじっと見据えた。

「…私が何も知らないと思っていたのかい?」
 その目に静かな炎が燃えているようにリードには思えた。




 レイオスの厨房は文字通りごった返していた。

「これはどこにやるんだい?」
「左のテーブルの真ん中に置いてきてくれ!」

 様々な声が飛び交う中にキャシーは紛れていた。その髪はきれいに結い上げられて、若草色のドレスを着込んでいた。イルミアおばさんが貸してくれたものだった。

「…本当に、出てきて良かったのかい?」
 昼下がりに果物屋を訪れたキャシーにイルミアはためらいがちに声を掛けた。
「みんなは承知しているのだろうね…」

「もちろんよ、村のみんなが忙しくしているのですもの。私だけでもお手伝い出来れば、と思って出てきたのよ」
 キャシーはにっこりと微笑んだ。

「だって、家の中でみんなと顔を見合わせていたって…気が滅入るんですもの。忙しくしていた方が気が紛れていいと思うの…」

 イルミアはしつこく聞かずに奥から1枚のドレスを出してきた。

「娘のアリーが嫁ぐときに置いていった服なんだよ、もう若すぎて着られないと言ってね…結構、品の良い服でもったいなくて何回も着ないままになっていたんだ」
 そう言うとドレスをキャシーの胸元に当てた。

「ほら、あんたの顔色にきれいに映る色だろう…ひとつ、これに着替えてごらん」

 キャシーは無言のまま、ドレスを受け取った。

 本当ならばロッドのくれた服を持ち出したかった。でも居間に置いてあったので持ち出せばリードに気付かれてしまう。




 奥の部屋を借りてドレスに着替えた。ふわりとした素材の服が身体にしっくりと馴染んだ、不思議に懐かしい感触だった。

 スカートのポケットから懐中時計を取り出す。

「…兄さん…」
 小さく呟くとドレスの胸元に忍ばせた。

「一緒に、行こうね」
 鼻の奥がまた、つんと痛くなる。でも溢れ出そうになるものをこらえてキャシーは顔を上げた。

 自分一人で何が出来るとも思えなかった。
 でもそうは思っても身体が勝手に動いていた。

「隙があれば…刺し違える位は出来るかも知れない…」

 確信はなかった。

 でも家の中で悶々としていても仕方のないことだ。
 大体、家の中が安全なんて言えないのだ。

「私さえ、こっちに来れば…」
 ターゲットが散り散りに分散すれば、敵の出足も戸惑うだろう。もし、自分に焦点が当てられれば、他の仲間は助かるかも知れない。

 イルミアおばさんは丹念に髪を結い上げてくれた。まるで肖像画の王女様のように鏡の中の自分が微笑んでいた。

「ほら、この位、上でまとめれば若々しいだろう…それにしても結い甲斐のある髪だねえ…今度、色々やらせておくれ。髪結いになるのが実は夢だったんだよ、私は」
 イルミアは満足そうに結い上げた髪を確認しながらしきりに頷いていた。

「さあ、レイオスで仕事がたくさん待っているだろう…私も店を仕舞ったら、すぐに行くからね」

「…ありがとう、おばさん」
 それ以上の言葉を言うことが出来ず、キャシーは立ち上がった。




「キャシー、ちょっといいかい?」
 レイオスの主人が声を掛けてきた。

「左奥の部屋にこの花を活けてきてくれるかい? 花瓶はテーブルの上に置いてあるんだけど」

「分かったわ」
 キャシーは両手に溢れるほどの花束を受け取った。

 廊下を進んでいくと、ひときわ賑わっている一室があった。歓迎パーティーが行われている広間だった。

 そっと覗いてみると、村長が相手をしている男が目に付いた。クリーム色のスーツを着込んでいる…40歳…ミスター・カーターと同じぐらいの歳回りの男…見覚えのある横顔。

 …セイジュ・S・モートン…

 ジミーが持ってくるタウンの新聞で何度も見かけたゴーストの中心人物。彼はまさにクーデターの仕掛け役だったと言われている。処刑されるだけになっていた仲間達をせき立てて、事を成し遂げた…中心人物。

 キャシーはするりと視線を逸らすと廊下を歩いていった。

 たくさんの人間がいる。
 こんなところで何が出来るというのだろう…

 情けない気分だった。

 レイオスの主人に言われた部屋に入るとテーブルの上に話の通り、大きな花瓶が置かれていた。
 キャシーはテーブルの上に花束を置くと部屋の隅にある水瓶から水を汲んで花瓶を満たした。

 その後、花を活けようとして…ふと部屋の隅に置かれた大きな置き時計に気付いた。

「…もしかして…これは」
 キャシーは時計に歩み寄ってそっと手を添えた。
 背丈ほどもある大時計が時を刻んでいた。

 あの朝、ロッドは村の商店街の人々と共にレイオスに時計を運び込むと言って出掛けた。その時計はロッド自らの手で調整されたものだと言うことだった。

「兄さんの…時計…」
 大きな低いゼンマイの音がまるでロッドの声のように聞こえた。キャシーは時計にもたれかかった。

「…いけない、いけない…」
 浸っているとまた感傷的になりそうだった。そんな姿を誰かに見られたくない。
 キャシーは首を横に振ると時計から離れて、花を一本ずつ花瓶に挿し始めた。

 色とりどりの花を順に挿していると、ふいに背後のドアに冷たい気配を感じた。

 ハッとして振り向くと…クリーム色のスーツが目に入った。

「…セイジュ・S・モートン…伯爵様…」

 あまりにも突然の出来事であった。

 キャシーは男の名を呼び、頭を下げた。声が震えたがとっさの行為だった。若草色のドレスに細かく飾られている手の込んだレース飾りが眼に映った。

「…まあ、まあ、そんなにかしこまらなくて良いんですよ、私の部屋を飾ってくださってありがとう、お嬢さん」
 明るい声だった。

 キャシーがそっと顔を上げると男と目が合う。

 …声とは裏腹に…目には表情がなかった。

「ここは今日、私が泊まるために用意された部屋なんですよ。そこの荷物をちょっと開けさせていただきますよ、お嬢さん…いえ、ただのお嬢さんではありませんよね…」
 魚のような冷たい視線がキャシーを捕らえた。

「…わざわざお越し下さって光栄です、こちらから使いの者を呼びにやろうと思っていた位なんですよ…お嬢さん、いえ…」

 そこで、一瞬の間が空いた。

「あなたは…グレイン家のお嬢様でしたね…」

 薄暗くなった部屋に最後に射し込む赤黒い夕陽の残り火に浮かび上がった顔…ぬめりとした視線の男が口元だけで微笑んだ。

 キャシーは自分の全身から血の気が引いていく音を聞いていた。




 

 時間が半日ほど遡る。

 タウンとロード区の区境にあるクレール・P・ドリアンの別荘は騒然としていた。

 別荘は火事で中にいた者達が次々に焼け出されていたところ、いきなりの銃声…

 つんざくような悲鳴が交錯し、人々はちりぢりになった。
 誰もが驚愕の色を浮かべていた。

 いや…誰よりも驚いていたのは、彼らよりも…崖の上にいるアレクとジミーだろう。
 さすがのアレクも傷の痛みすら忘れ、膝を付いた姿勢のまま呆然とカーター氏を見つめていた。

 視線の先のカーター氏は崖の下をじっと見ている。
 彼が手にしたアレクの護身用の銃はその銃口から一筋の煙を立ち上らせていた…

 彼の視線の先では青いガウンの人間がバッタリと倒れていた。どこから狙っているかも知れない銃口を恐れて、人々はその者に近寄る事が出来ないようである。

 カーター氏の口元に安堵の笑みが浮かんだ。

「ミスター・カーター…あなたは一体…」
 アレクは絞り出すようにそれだけかろうじて言葉を発した。

 その声に反応してカーター氏が2人の方に向き直る。
 そして静かに語り始めた。

「あなたに銃を使わせようかとも思っていたんですがね…やはりとっさに昔の癖が出てしまったようです」

「……」
 アレクとジミーは顔を見合わせた。狐につままれたような面もちである。

「アレク、私は良くあなたのお父上と王宮主催の狩りで競い合ったものだったんですよ…銃も長いこと扱っていなかったが、感覚は残るもののようだね」

「じゃあ、あなたはやはりタウンの…!」

 カーター氏は微笑みを浮かべたまま静かに頭を振った。

「タウンの、と言うのはちょっとおこがましいかな? 遠縁の紹介で貴族の家に出入りしていた者ですよ…本当に、大きくなられました…ジェームズ坊ちゃま」

「─── …僕…!? 」
 ジミーは大きな目を見開いてカーター氏を見つめた。

「私はグレイン家のお子さまのお世話係をしていたんです…」

「僕と…姉ちゃんの…」

「いいえ」
カーター氏は静かに遮った。

「…もうひとり、お兄さまがいらっしゃいましたよ。でもキャサリン様も覚えてはいらっしゃらなかったご様子ですね…」

「そうなの…」
 ジミーの言葉に促されるように崖下からふうわりと風が舞い上がった。

「───アルフ…!?」
 その風に乗るように崖下から呼び声が響いてきた。

「やったな! これで仕事が半分片づいたぞ!」

 その声に反応してカーター氏が崖下を覗いた。

「サム! …リッツ!」
 彼の声はまるで明るい少年のように聞こえる。

「仏さんは事切れているから安心しろ! …使用人達はベッキーが相手しているから大丈夫だろう。…降りて来いよ!!」

「分かった!」
 カーター氏はアレクとジミーの方に振り向いた。

「とりあえず、下におりませんか?…仲間を紹介しましょう…」
 今までに見たことのない様な明るい表情だった。




「では、ミスター・カーターも反政府組織の一員だったんですか?」

 別荘の焼け跡までたどり着くと10名ほどの仲間を紹介された。皆、ドリアン氏の別荘で働いている使用人の様相をしている。庭師から、給仕番…お針子までいた。

「オルフェインさんと同じ…王政復活の…」

「そうじゃないんですわ…」
 庭師の格好のままのサムと呼ばれる男が大きく手を振った。

「誤解されるといけませんね…あいつらと一緒にはされたくないです。私らはもともと…王政反対派だったんです」
 にこやかに、しかし頑とした強い口調で彼は言い放った。

「王政…反対派…」
 ジミーは初めて聞く言葉に目をぱちくりさせた。ジミーにしてみれば貴族としての生活の記憶がないだけに、すんなりと受け入れられるらしい。

 対して、アレクの方は何とも複雑な表情を浮かべていた。

「やはり…王政に反対する勢力は存在していたんですね…」
 無理もないことだが…自分たちの存在を快く思っていなかった人々がいたことはやはりショックである。アレクには幾らかのタウンでの記憶が残っていたのだから。

「おいおい、今となればどうでも良い事じゃないか。同じ穴の狢だろうが…」
 カーター氏は仲介するようにお互いの中に割って入って来た。

「ああ…でも、メアリが飛んできたときには自分の目を疑ったね…隠れ家の方は全滅だって聞いていたから…」
 サムは気付いたように話をカーター氏の方に移した。

「メアリ?」
 ジミーが首を傾げて呟くと、カーター氏はすぐに笑って頷いた。

「…呼んでみましょうか?」

 彼は口に指を当てて、指笛を吹いた。
 するとどこからともなく、1羽の鳩がカーター氏の肩に飛び降りてきた。

「…伝書鳩…」
 足にくくりつけられた小さな容器を見て、ジミーが呟いた。

「私の恋人ですよ」
 カーター氏はそっと頭をなでた。鳩は満足そうにククッと小さく鳴いた。

「丘の上の家からメアリに手紙を運ばせたんです…彼女はどこにいても私を見付けてくれますからね」

「そうだ、ところで…村の方も大変なんじゃないのかい?」
 サムが訊ねる。

「こっちは大丈夫だ、仲間を何人かタウンのゴースト本部に行かせるよ。すぐに占拠出来るだろう… 何て言ったって、俺達は今までずっと、モートンがタウンを留守にする時を待っていたんだからな。奴がいなければ、ゴーストも赤子同然さ!」

「そうだな」

 カーター氏は少し額に手を当てて何かを考えていた。

「とりあえず、ジャンとカリオスが村へと向かってくれたはずなんだ…急げば、夕刻には」

「ちょっと待て」
 サムはカーター氏の話を遮った。

「ジャン達はルータとジャイスを通ってセルア区に入る予定なんじゃないか?」

「そうだと思うが」

 ティレス区からセルア区に入るならそうなるだろう。時間は掛かるが確実だし、危険も少ない。

「…聞いていないようだな、アルフ。ルータとジャイスの区境の橋が昨日の夕方、爆破されたらしい…」

「何だって!?」

「あの橋が落ちたら、容易には行かない…多分、ジャン達は予定通りにはリース村に着けないよ」

「そんな…」
 カーター氏からは先ほどまでの穏やかな表情も消えて、青ざめていた。

「ミスター・カーター…どうしたの?」
 ジミーが驚いて声を掛ける。

 カーター氏は震える唇でかろうじて話し出した。

「ジミー、アレク…これは憶測でしかないが、モートンは君たちの事を知っている。そして彼はドリアンのような小心者ではなく野心家で血の気が多い。最悪、全てを知った上で…自分で君たちの息の根を止めに来ようとしたんじゃないだろうか…」

「もしかして…橋の爆破も…!?」
 アレクの言葉にサムが答える。

「そうかも知れませんぜ、橋はモートンの汽車が通って程なく落ちている。追っ手を警戒しての事とも思える」

「そんな…」

 3人の脳裏に村に残してきた仲間達の顔が浮かんだ。

「とにかく、一刻も早く、戻ろう!!」
 カーター氏は思いきったようにきびすを返した。

「考えるより先に動こう、行動が先だ。…私はもう2度と同じ失敗はしたくないんだ」

 樹に繋いだ馬たちの所まで、3人の落ち葉を踏みしめる音が辺りに響いた。

 アレクは走りながらふと上を見上げた。
 鬱蒼と茂った常緑樹の枝の隙間から青空がわずかに見える…その光に照らされて枝に芽吹いた新芽が輝いている。

 眩しい…春の情景。

 浸っている暇ではないのに何とも言えない感情が湧いてくるのが分かった。

 …生きているのだ、自分は。

 リース村はここから遠い。
 どんなに急いでも今日中にはたどり着けないであろう。

 でも。

 進んでいくしかないのだ。

「…時間を短縮したいから来たときよりも危険な道を行くことになるが…ついてこられるかな?」
 カーター氏は素早く馬に飛び乗っていた。

「もちろんです!!」
 2人はしっかりとした口調で叫んだ。

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