戻る    あとがきへ

夢見るHard Winds
終章・風のあと

 

「…行っちまいましたねえ…」

 特別に迂回してくれるように頼んで置いた定期馬車が5人をリース村から運び出してしまうと…イルミアが感慨深そうに呟いた。

「それにしても。アレクは分かるよ…前々から届けを出していた末の転任なんだから。でも何だってそれにみんな便乗していくんだよ…リーアは良いとしても…リードとキャシーとジミーはここに残れば良かったのに」
 イルミアは何とも口惜しそうにブツブツ言い続けていた。

「やはり、彼らにとって…この国にこのまま残るのは辛い気持ちもあるんでしょうね。私がタウンに行きたくないように、彼らにも…」
 カーター氏は静かに答えた。

「そんな、柔な連中にも思えなかったがね、あたしは」

「そんなそんな…だいぶ手を掛けてくださっていたようじゃないですか…イルミアさんは彼らの恩人ですね」

「…だから嫌なんだ、めかし込んだ人間は! カーターさん、持ち上げたって何にも出ないんだからね!!」

「…分かってますよ…ハハ…ところでワーグス署長、レーン・ドクター…」

 カーター氏は2人の方を向き直った。

「あなた方は彼らの身の上を薄々感づいていたようですね…それで野放しになさっているのは御自分達にとっても危ないことだったんじゃないですか?」

 その言葉にレーンが反応した。

「私は医者になるためにタウンの大学と病院で学びましたからね…まだ王政政治だった頃の。確かにタウンのあの晴れやかさは異常に映りました…彼らの流れ着いた時期を思うと可能性がないこともないとは思ってましたが…たぶん、彼らは何かしてくれると思ってました。生活を守るために何も事を起こさない私たちには出来ない何かを…それは署長も同じじゃないですか?」

「…おいおい、私に話を振ってくるのかい?」
 ワーグスは照れたように鼻をかいた。

「何、言ってるんですか? 署長ぐらいあの子達を分かっていた人間はいないと思いますがね」

 レーンは意味ありげに微笑んだ。

「…そんなご大層なことはない! …断じてないんだ!」
 ワーグスは気を取り戻すように大きく咳払いをした。

「あいつらはいつでもちょこまか目についてからかい甲斐があったんだ、それだけの話だよ…」
 それだけ言うと、プイとそっぽを向いてしまった。

「…彼らは…向かい風達、と呼ばれていたそうですね」

 もう姿の見えなくなった馬車を追うようにカーター氏は静かに言った。

「そうさね」
 イルミアが腰に手を当てた。

「本当にやることなすこと…こっちの想像を大きく越える事ばかりでね。腰が抜けそうになったことも、何度もあったよ」

「でも寂しくなるかなあ…」
 レーンが空を仰いだ。5月の空はすばらしく晴れ渡っている…旅立ちには申し分のない日和だ。

「でも…風はまた…戻ってくるでしょう?」
 カーター氏は静かに言葉を続ける。

「彼らにとっては、ここがふるさとなんです…また戻ってきますよ」

「さ、そういうことなら!!」

 イルミアが気合いを入れるように両の手を合わせた。

「今日からレイオスの再建が始まるんだってさ! 柱を立てるには男手が必要だろう…さあ、あんた達も気合い入れていくよ!」

「…ところで…カーターさん」
 歩きながらワーグス署長がそっと訊ねた。

「…何でしょうか?」

「私にはひとつ、分からないことがあるんだ…キャシーの話ではモートンは防火仕様の服を着ていると自分で言ったそうなんだが…まるで化繊の服のように良く燃えたらしいね…どういうことなんだろう?」

 しきりに首を傾げる署長に、カーター氏は軽い笑い声を上げた。
「…そうなことですか、簡単なことですよ」

「どういうことなんですか?」
 言葉の真意が分からず、目をぱちくりさせたワーグス署長にカーター氏はウインクした。

「きっと…彼の衣装係が、裁断の時に布を取り違えたんでしょうよ…防火仕様の生地の隣りに燃えやすい生地が置いてあることもあったでしょう…」


それだけ言うと、彼は楽しそうに口笛など吹きながら歩いていった。



 そしてまた。

 新しい日々は始まる。

 いつも、どんなときも…向かい風のごとく虚勢を張って決して負けない、決して泣かない…いつもいつも前を見て、前だけを見つめて…

 季節はやがて来る夏の装いに変わりつつあった…

fin(2001,6,9)
戻る   この小説の扉へ   あとがきへ