高校３年生の長女が、ホルンの熟練者たちに混じって演奏をした。日本のホルンの大御所の皆さんが主催するフェスティバルに参加させていただいた、というわけだ。正直なところ、これほどの先生たちに指導されることは、後にも先にももうないだろうな、というくらいの状況だった。やつは、運がいい。

　フェスティバルの演奏は、ほとんどがホルンオンリーであった。しかも、数人から数十人までホルンが重なる演奏である。もちろんアマチュアの演奏者もいるのだが、フェスティバルも大詰めになると大御所の皆さんがビシッとした演奏を披露してくれた。そこへ、長女の出番である。ところが、予期せぬことに出番前の長女に向かって、司会の方（もちろんホルン奏者）がインタビューのように話を聞きだした。ただでさえ話べたの長女は、それだけで緊張しただろう。

　そして、いっしょに演奏してくれるフィルハーモニーの皆さんが入場する。ホルン２名、オーボエ２名のほかは、すべて弦楽器である。バイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスといった具合に。え？え？この状況で長女はソロ演奏をするの？フィルハーモニーの入場で、場内の雰囲気はがらりと変わった。

　長女の演奏は、ミスだらけだった。音程も高めの部分が多い。これほどミスを連発するということは、相当な緊張だったのだろう。しかし、会場は、そのミスを聴き逃すまいと最後まで静まり返っていた。演奏が終了して、暖かくもたくさんの拍手をいただいた。若い人を育てるというのはこういうことなのか。長女のほうは、穴があったら入りたいくらいの気持ちで、終了後の司会者からのさらなるインタビューを受けて、今にも泣きだしそうな表情だった。

　そして、メインイベントのベートーヴェン６重奏曲。地元出身のＮ響ホルン奏者と、同じく地元出身の韓国テグ響ホルン奏者の共演である。先ほどのフィルハーモニーからホルンとオーボエを抜かした編成だ。これがまた、素晴らしい演奏であった。熟練とはこういうものをいうのだろう。ホルンという楽器は、ミスなく音を出すのが極めて難しい楽器だが、その音の処理は卓越したものがあった。安定した音程、ハーモニー。控えめな音色に終始するが、若いフィルハーモニーの皆さんを引っ張る演奏だ。この二人の演奏を聴くだけでも幸せになれる、そのように言っても大げさではない。余談だが、このテグ響奏者は、僕の連れ合いと小学校、高校の同級生らしい。

　長女は、１週間前に、高校の定期演奏会でオペラのオーケストラの一員として演奏している。その時のホルンには助っ人の音楽大学卒業生もいて、すでに決定的に実力の違いを痛感している。だから、今回は実力の差をはじめから認めた上で、オーケストラ伴奏でのソロ演奏初体験に向かった。ミスの多い演奏だったとはいえ、大御所の皆さんに囲まれて、堂々と演奏した経験は、十代において稀有の体験だ。実力はまだまだないに等しいのにこの経験ができたのは、不断の努力の賜だし、曲がりなりにもコンクールで賞をいくつか頂いたご褒美でもあるだろう。そして何よりも、よい先生方と出会えているという運の良さを感じるのだ。

2014年10月9日　寺田潤史

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