長い長い菜種梅雨が終わった。三日に二日は雨、というくらいの日々がようやく去ってくれて、今日は気持ちの良い青空が広がった。すがすがしい風を堪能するには、少し忙しすぎた一日だが、やるべきことを少しずつ片付けていく農繁期にとって、気持ちの良い風は追い風になるものだ。少し動けば汗が出る。長男とサッカー練習すれば、汗だくの季節である。

　三女が修学旅行へ行って留守なので、子供は五人から一時的に三人になった。風呂の出入りなど、三人というものはこれほど時間的な余裕ができる人数であることを知った。こういうものは相対的な印象であるからあてにはできないが、窮屈な時間が親の苛立ちを募らせることは確かだから、それは和らぐことになる。

　窮屈な世界を感じているのは、長女である。音楽大学の寮生活と、大学そのものの生活が予想外だったようだ。何となく、時々の長女とのメールのやりとりに違和感を感じていたのだが、長女の顔を見て腑に落ちたのである。土曜日の朝、長女からメールが入る。「自転車を早めに持ってきてくれると嬉しい」「時間ないとどこも行けなくなる」と。あまりに忙しい生活だから、ちょっとの用足しの時間節約を自転車に求めているというわけだ。幸い、土曜日の出荷を午前中で片づけることができそうだったので、急遽東京まで往復することに決めた。

　四女と長女のメールのやり取りで、自転車のほかに持ってきてほしいものを用意し、軽トラックに自転車を積み込んで、弁当持ちで四女と二人で出発した。二〇年選手である軽トラックは、かなりおんぼろで、高速道路を走るには不安だった。あわててガソリンスタンドでオイル交換もしてもらい、時速８０ｋｍのゆっくり運転で東名高速道路、海老名ジャンクションで圏央道に乗り換え、さらに中央道を走った。おんぼろでも遠出をすれば燃費はいい。大学近くのファミリーレストランで長女と待ち合わせた。

　長女を一目見て、なんかささくれ立っているような表情が見て取れる。四女と三人で会話しても、四女の話を長女はあまり聞いていない。話を聞くのは上手なほうであるはずなのに…。これは、相当に頭の中が一杯になっているんだな、と腑に落ちたのである。長女は、高校時代に同じホルンを吹く先輩がいなかった。同級生にもいなかった。高校三年になって後輩が一人入ってくれたが、専門分野でのライバル心とか先輩に気を遣うという機会を持たずに気楽だったと言えるだろう。それが今回は、同じ大学一年生にもホルン専攻は当然数名いるわけだし、先輩なら二〇名以上いるだろう。そのほかに、寮生活での専攻が違う先輩が数十名いるわけで、いきなりその生活の中に放り込まれたようなものだからね。

　そうやって、世の中に慣れていくのが親元を離れるということ。この菜種梅雨の日々が去るように、長女の違和感もいつかは去っていくだろう。自転車を持って行ったことは口実のひとつで、長女の顔を見に行ったようなものである。長女のほうも、親の顔と妹の顔を見たことで、一つの落ち着きを持ったことだろう。家族とは、そういうものだ。昨日は、長女が連れ合いに誕生日のお祝い電話をかけてきた。母親の声はまた格別だろう。

2015年4月23日　寺田潤史

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