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1月3日 弁護士と公益活動(2)

 昨日の続きです。

 私が会務活動に足を踏み入れるきっかけとなったのは、弁護士1年目の4月でした。

 弁護士になったばかりの私に、「司法試験択一試験会場に丙案廃止のビラをまきに行かないか」という呼びかけのファクスが来たのです。

 これは、当時、東京弁護士会の芳賀弁護士を中心とする「司法試験について意見表明をする弁護士の会」(略称「意見表明の会」)が企画していた受験生向けの広報活動でした。

 司法試験の「丙案」というのは、以前の日誌で説明していますのでそちらをどうぞ。より詳細には前述の意見表明の会のHPに説明されています。

 私の世代というのは、ちょうど大学受験の際も、突然の制度いじりによって、東大と京大のダブル受験が可能になるとともに、なぜか共通一次(センター試験の前身)の自己採点前に2次試験の出願をする方式に改められたため、大混乱が起こった年にぶち当たりました。具体的には、受験生がみんな事前に強気の出願をしたため、受験産業等の事前の予想を遙かに超えて、東大理系や国立医学部等の足切り点が跳ね上がってしまったのです。例えば、千葉大医学部の事前の足切り予想は580点(共通一次は800点満点)、実際には680点でした。東大理Vに至っては、800点満点で730点程度は取らないと足切りになってしまったと記憶しています。私の周りでも、理系の現役受験生で、足切りに遭ってしまった人が大勢いました。

 そして司法試験においても、今まで40数年間、基本的には変更のなかった試験制度が突然変な風にいじられはじめたのが、私が合格した年からです。どうも私の世代は、従来の制度がいじられ始める時期にことごとくぶつかるようにできているようです。

 現在、論じられている司法改革に伴う法曹養成制度の改革は、まあその方法論に異論がないではないですが、社会のニーズから逆算して法曹養成制度を論じると言う視点自体にはそれほど異論はありません。

 しかし、このときの「丙案」は、言ってしまえば業界団体である最高裁・法務省・弁護士会がそれぞれの利害にとらわれて、社会全体のニーズよりも自分たちの都合を優先させた結果出てきた奇妙きてれつな妥協案でした。その渦中で合格し、修習を終えたばかりの私には、受験生に丙案についてのアピールを直接行おうというこの企画には強く感じるものがあったのです。

 こうして、私は自ら多重会務への道を踏み出してしまいました(笑)。

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