TopNovel>今年の春は嵐と共に・1




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「うひょーっ! ここからの眺めって、本当にサイコー!」
 ひらひらひら、薄桃色の花びらがあとからあとから降り注ぐ。「花吹雪」とは言うけれど、まさにその通り。向こうが見えなくなるくらい白く煙った視界の向こう、真新しい制服姿がぞろぞろと歩いていく。
「すっごいなあ、本当にぴかぴか! おろしたての制服って、どうしてあんなに初々しいんだろ。いいなあ、新入生。あたしだって、去年はあんな風だったんだよなあ……」
 ああ、うっとり。バランスを崩したら真っ逆さまに落っこちちゃうギリギリのところまで身を乗りだして、後輩たちの行列を見守っている。
  ふふ、そうよ、そう。あたし、とうとう「先輩」になっちゃったの! ひとつ下の学年のネクタイはえんじ色。先月卒業した三年生の先輩と同じ色だから、慣れないうちは「ぎょっ」としちゃうこともあるかと思ったけど、そんな心配なかった。中学のときとかは気づかなかったけどっ、新品制服って輝きが全然違うの! ほぉんと、惚れ惚れしちゃう……!
「あらあら、莉子ちゃんってば」
 そんなうっとり夢心地に水を差してくるのは、鈴が転がるような笑い声。振り向けば、絶世の美少女がそこに立っている。
「もう、大はしゃぎなんだから。大丈夫、彼らはこれからずっと莉子ちゃんの後輩なのよ? 逃げも隠れもしないから、安心して」
 さらさらのロングヘア、完璧に整えられた黒髪ですっきりした面差しを美しく包んでいる。こんな綺麗な人がこの世に存在するなんて本当に驚き。しかもスタイル抜群で頭も良くて、ついでに言えばお茶とお花は師範級。全校生徒から「楓さま」と羨望の眼差しで見つめられるのも当然だ。
  どーやっても「だっさー」な制服を、ここまで美しく着こなすのって芸術だと思う。あたし、これでも丸一年研究に研究を重ねてきたんだけどな。どこをどうしてもどうにもならない感じなのに。
 ―― でも、この人って実は「美人」じゃなくて「美少年」。これは我が私立緑皇学園のトップシークレットなの。あたし実は、ものすごい秘密を握っちゃってるんだよね。
「ふーんだ、いいんです! あたしは清らかな空気をいっぱいに吸い込んで、溜まりに溜まった毒気を抜いてるんだから」
 そうよそう、これはいうなれば「浄化」。ああ、気持ちの良い春の空。足下から浮き立つような新しい香りに満ち溢れた風景。そして、極めつけはこの瑞々しい新入生たち。
「まあまあ、何を言っているの。あの子たちよりも莉子ちゃんの方がずっと可愛いし、素敵じゃない。すぐに『憧れの先輩』って有名になっちゃうわ。いつまでも私だけの大切な莉子ちゃんでいて欲しいのに、手に届かない遠い存在になってしまうなんて残念ねえ……」
 うるさいなあ、全く「どの口が言う」って感じっ。楓さまがそう言っても、全然説得力ありませんから!
 って言うか「憧れの先輩・ナンバーワン」は間違いなくあなたでしょう? 誰が見たって、そうに決まってる。それをふてぶてしくも……きーっ! 本当に口の減らない人なんだから。
「おい、無駄口を叩くな。気が散るだろう」
 そして、実はもうひとり。
 部屋の隅、理事長室のお下がりだっていうデスクと椅子を陣取って、禍々しい空気を放出し続けている男がいる。庭石のように押し黙っていても隠しようのない存在感。何故か学校指定のブレザーではなくて、ぴっちり詰め襟の学ラン姿なのも変。
「こっちは仕事中なんだ。ぎゃあぎゃあわめき立てるんじゃない、耳障りだ」
 うっわー、ものすごい低気圧!
 そりゃあさ、仮にも「風紀委員長」って肩書きを持っている男だから、新年度に切り替わった今が一番多忙な時期だとは思うのね。きっと明日あたりから、恒例の「矢文」が校内を飛び交うことになると思うし。きっと今はその準備に明け暮れているんでしょうよ。
  あれ、去年はあたしも受け取ったけど、ばりばりに手書きだったし! 何十通もしたためるのは大儀だろうね。でも、それも自分の「趣味」でしょ? 誰に頼まれているわけでもないんだから、適当にやればいいのにね。……そうできないのが、コイツなんだけど。
「あらあ、怖い! 嫌ねえ、ひとりでギスギスしちゃって」
 だからさ、その女言葉はいい加減やめて欲しい。いくら似合いすぎだからって、素性を知っているあたしや大王の前では気色悪いだけだよ。しかも、それがわかっててわざとやってる節があるからたちが悪すぎ。
 シリーズをここまで読み進めて来てくれた読者の皆様はとっくにご存じのこととは思うけど、ここにいる風紀委員長の「閻魔大王」と女装美人な楓さまはこの学園の建て直しのために送り込まれた「刺客」。元警視庁なんたらのお祖父さんの鶴の一声でひとりは怪しげな学ラン男に、そしてもうひとりは謎の美少女を完璧に演じている。
  今までの二年間にふたりが「御用」した生徒(一部には教師も)は両手両足を使っても足りないくらい。だけど、それでも巧妙な手口で逃げ回る奴らはまだまだたくさんいて、ふたりにとっては最後の一年になる今年が正念場ってところみたい。
 ―― で、あたしは。
 何故か、大王の住処であるここ「指導室」に出入りが許されている唯一の人間。ふたりよりも一学年年下、付き合いはこの丸一年。なんかねー、こっちは早々に縁を切りたかったのに相当に懐かれちゃったみたいでどうにもこうにも。まあ、この人たちとの付き合いも結構楽しくなってきたから、しばらくはこのままでもいいかなと思ってる。
「ねえ、莉子ちゃん。今日の衛はご機嫌悪いから、早々に退散しましょ? これから一緒に華道部の勧誘を手伝って欲しいわ、毎年見学者がたくさん来て大変なの。ねっ、お願い!」
 ど、……どうしてそこで胸の前で手を合わせて小首を傾げるのかな? 本人的には「悩殺ポーズ」なのかも知れないけど、絶対に間違っていると思うのね。
「えっ、……えーっ。でもぉ……」
 出来れば、もうちょっとの間、ここで新入生ウォッチングをしてたいなあ。本当に、この指導室の窓って、最高の見晴らしなのね。校門から昇降口までの道のりを絶好のアングルで見渡せる。しかも舞い散るさくらさくら、ここまで来ると「絶景」だよ。
「もぉ〜っ、莉子ちゃんってば。手伝ってくれたら、そのあとは春月堂でお茶してもいいのよ。今から電話すれば、莉子ちゃん大好きなあのケーキを特別にお取り置きしておいてもらえると思うし」
 えっ、何ですって!? それっ、それを早く言ってくださいよ!
「いっ、行きます! 行きます行きます! 何でもっ、仰るままにお手伝いしちゃいますから〜っ!」
 きゃ〜っ、楓さまってば愛してる! 本当にこの人って、すごいわ。
 もちろん、即答よ即答。ささ、急いで帰り支度と行きましょう。
  もともと、入学式の今日は在校生は休みなの。それを「仕事が溜まってるから」とか言って大王が呼び出すから、仕方なく登校したんじゃない。それなのに、当の本人はずーっと不機嫌で机に貼り付いているし、やることなんて全然なくて退屈してたんだよ。
「―― おい、誰に断って帰るつもりだ」
 すると。学校指定の馬鹿でっかい上にとても重い革のカバンを手にすごすごと逃げだそうとした背中に、降りかかってくるおどろおどろしい怒鳴り声。
「楓、勧誘なら自分ひとりで勝手にやれ。莉子はまだ、仕事が済んでない」
 え〜、何か言ってるよ。この人って、自分ひとりが仲間はずれになると途端に不機嫌になるんだよね。あたしは、やんごとなき成り行きで楓さまが部長をしている華道部に所属しているんだけど、その活動日になると何故か作法室の隅に大王がいるんだよ! あれってすごく怖いから、出来ればやめて欲しいんだけど。
「で、でもぉ……あたしは部員としての仕事もちゃんとやった方がいいと思いますし……」
 何より、そのあとのケーキが魅力的すぎますから! いくら大王が凄んだって、デラックス・ミルフィーユには勝てないよ。
「莉子」
 駄目だ、相当に怒ってるよ。ここで無理に振り切ったら、あとで化けて出てきそうだなあ。何しろ、地獄の番人である「閻魔大王」だもんな。普通の感覚で考えちゃ駄目なんだ。
「残念ねえ、でも衛がそう言うんなら仕方ないわ。じゃあ、莉子ちゃん。ケーキは次の機会にね」
 うわーんっ! 行っちゃったよぉ、デラックス・ミルフィーユがっ! もう、馬鹿馬鹿っ、大王の馬鹿! いくらデコレーションケーキがお得意だって言ったって、あれだけの逸品は絶対に作り出せないでしょう!? なのになのに、力でねじ伏せるってどういうことよっ。きっと、たくさんの人を魅了するスペシャルケーキを創り出すパティシエに逆恨みしてるんだ、そうに決まってる!
「ううう、……ケーキ……」
 この世の終わりにみたいに、うなだれてしまう。そんなあたしの背後に、音もなく黒い影がやってきた。
「何だ、ガキでもあるまいし。食い物如きのことで、いちいち泣くんじゃない」
 そしておなかのあたりに腕を回されて、よいしょっと持ち上げられる。そのままずるずると引きずられてしまうのは、規格外に小さいあたしと、化け物みたいにでっかい大王の体格差がなせる技だ。
「久しぶりにこっちに戻ってきたのに、連絡もよこさずに。お前はいつからそんなに薄情になったんだ」
 また、よく分からないことを言ってるよーっ。
 そういえば、大王を含めた新三年生の皆様は、春休み期間中に「特別講習会」と称する勉強会で山ごもりをしていたんだ。あたしは詳しいこと知らないけど、とにかくオフシーズンでお客の少ないリゾート地のホテルに籠もって、延々と勉強をするんだって。来年はあたしもそれをやるの? 全員強制参加って言うけど冗談じゃないわ。
 まあ、そんなわけで久しぶりに悪の手から解放されて、素晴らしい十日間を過ごしていた。みつわや早紀とネズミの国にも出掛けたし、その他にも映画にショッピングに。そうそう、すっごく可愛いワンピも買ったんだ! あれを着てどこへ行こうか、今から楽しみなの。
 ……じゃなくて!
「はっ、薄情も何も! 大王だって、全然連絡してこなかったでしょう〜!」
 一応さ、少しは寂しくもあったんだよ。この一年、ほとんどびっちり私の日常には大王と楓さまがくっついていた。だけど、こんな風に離ればなれになって、改めて「一学年の差」を思い知った感じ。そうなんだよね、来年になったらもう学校のどこにもふたりはいないんだ。あたし、ひとりぼっちになっちゃう。
「こっちは忙しかったんだから仕方ない、だがお前は暇人だったはずだろう」
 こういうときに、つじつまの合わないことを強引に押しつけてくるのが大王。わかってるんだけどね、やっぱ横暴すぎると思うんだ。
「だから、今日はたっぷりと仕置きをしてやる」
 とか言いつつ、あたしが下ろされるのは当然いつものソファーの上。大王は早速学ランを脱ぎ脱ぎ。しかも、鬱陶しい長髪を首の後ろでひとつにまとめてるってどんだけよっ……!?
「えっ、そんな……遠慮、しときます……」
 そんな風にしおらしくなったところで、大王は全く聞く耳を持たないしっ。あっという間にばっさばっさとあたしが着ているブレザーとブラウスをはぎ取って、気がつけば下着姿。スカートははいたまんまだけど、実はこういう格好が一番いやらしいと思うんだ。
「も、もうっ……いきなりなんだから……」
 首筋にねっとりと這っていく唇。それと同時に片方の手は胸を揉み揉み、もう片方はスカートの中に入っていく。
「何だ、期待してたのか。この雌猫めが」
 ぱんつの上から、ぐりぐりっと探られたりして。それがすごく卑猥な感じで、変な風にこすれるからたまらない。
「いっ、いやぁっ……! もうっ、……こんなのって……!」
 とか言いつつね、わざと腰を押しつけたりして。あたしもすごいえっちくさくなったなあと呆れちゃう。でもね、大王のだってがっちがちになっちゃってて。ちょっと触っただけで破裂しちゃいそうになってるよ。
「久しぶりだからな、お前がこんなになるのもわからんではないが」
 自分だって余裕が全然ないのに、やせ我慢してるのが笑える。いや、そんなこと、絶対に指摘したりは出来ないけど。きっと大変なことになりそうだもん。
「だからと言って、ここまではないだろう」
 そんなことない、あたしが悪いわけじゃないよ。でもでも、あたしの中で暴れ回る大王の指が熱くて熱くて、でもってもっとすごいのが欲しくなる。早く入れて欲しいのに、滅茶苦茶にして欲しいのに、大王は必死に叫び声を堪えている私の中をかき混ぜ続けるんだ。
「……あっ、あん、やぁん……! もうっ、もう駄目なのっ……!」
 半泣き状態で大王の首にしがみついて。今日もあたし、指だけでイカされた。
「ほら、そんな目で見るな」
 ずるいよね、こういうときだけすごく優しい眼差しになるんだもの。素早く準備を整えているときのわずかな間合い。ふたりを取り巻く熱い空気を通して感じる大王が、本当は一番好き。
「あまりよそ見をするんじゃないぞ、……あとで痛い目に遭いたくなかったらな」
 本当は、こういうお仕置きだったらいつでもオッケーなんだけど。……って、あたし、相当に毒されているかな。こんなんでいいのかなって、毎回のように思うのに、それでもやっぱり流されてしまう。
 ―― こういうのって、世間一般では何て言うんだろう……?
「やぁん、今日の大王っ……すごすぎ……っ!」
 一気にねじり込んで、力任せに突いてこないで。そんな風にしたら腰から砕けちゃいそう。でも、……やっぱ気持ちいいから。こういうの、悪くないかなって思っちゃったり。果てしなく続いていく水音が、身体の振動で直接脳に届く感じ。こうなると、すべての感覚が大王と直結して、訳がわからなくなる。
「あっ、……ああ〜んっ……!」
 ひらり、どこからか桜の花びら。あたしの心のどこかに落ちていった。

 

つづく♪ (100421)

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