―― だが、しかし。
「何なのよー、一体コレは」
数日後。登校してすぐに靴箱を確認したあたしは、一日分の体力をすべて使い果たしたあとのようなナサケナイ声を出していた。
「どーしたのよ、莉子」
そう言って覗き込んできたのは、進級してもまた同じクラスになった早紀。今朝も校門のところで偶然一緒になったからそのまま連れだって歩いてきた。
「うん、これ見てよ」
また一枚、新しい紙が入っていた。
『あんたの存在自体が目障り、あちこち歩き回るな』
何だかなー、日に日に内容が過激になっていくような気がするんですけどっ。最初はね、もうちょっと控えめだったよなあ。それでも多少はどっきりしたけど。
ほらあたしって、今までにも結構危ない目に遭ってきてるでしょう? だから、生半可なことじゃ動じない心臓になってるんだよ。
「うわっ、コレって。かなり強烈になってきてるじゃん、ヤバイよ」
ひとりで抱え込んでると落ち込みそうだし、だから今回のことは早紀にだけ話してる。もっと簡単に解決してくれると思われる人たちもいるけど、あっちはあっちで色々と面倒だし。
「うーん、でも今んとこは平気だよ。直接何してくるわけじゃないしねえ……」
真新しいメモをくしゃくしゃ丸めて、またポケットへ。何かこういうのって、ゴミ箱とかに捨てると化けて出そうじゃない? そう思うのはあたしだけかな。
「あ、そうだ! 私、ちょっと部室に寄らなくちゃ。悪いけど、先に行っててくれる?」
早紀は日本舞踊をやっているんだ。個人的にお稽古も付けてもらっているけど、学校の部活にも所属している。普段はイマドキの面白い子なのに、舞台の上では別人になっちゃうんだ。
「うん、わかったー」
ま、この学園に入ってくる人たちって、「室町時代から続くなんたら一族の出身で〜」なんて肩書きがデフォルト。年少の頃から華道茶道は当たり前、さらに多方面に芸の道を極めた強者が勢揃い。
あの変人学ラン男だって、実は剣道柔道、加えて空手に合気道の有段者。人は見かけによらないというか何というか。とにかくここは普通じゃない人間ばっかの集団だってこと。
……んで、そんな中。
見た目の突飛さだけではなくて、その中身までが平々凡々のあたし。もうこうなると正真正銘に「私立緑皇学園の異端児」ってわけね。ホント、何で合格しちゃったのか、入学して一年以上経った今でも全然わからない。「逆立ちして校庭を一周できる」的な特技だって持ち合わせてないし。
「あれれ、落ちましたよ? いいんですか」
は? 今誰か、あたしのことを呼び止めました?
気のせいだろうと一度は思ったものの、歩き出したあたしの足音にぴったり被さるもうひとつの足音。でもなあ、聞いたことのない声だし。きっとあたしの聞き違いだよ。
「何ですか、せっかく親切に教えてさしあげたのに無視するなんてあんまりです」
ぎょ、そっちこそ何なのっ! 思わず勢いよく振り向いちゃったら、そこには銀縁眼鏡をかけたえんじ色ネクタイの男子生徒。やっぱり見覚えのない顔、しかも大袈裟に驚いて両手を万歳にしてたりして。
「……あんた、誰?」
一応、聞いてあげたわ。だって、コイツも「後輩くん」だし。ふーん、長めの前髪にリュック姿で、何かラノベっぽい作品に出てくる男の子みたい。
「えっ、えええ……その、自分は、大行司東(だいぎょうじ・あづま)と言います!」
何かまた、変なのが出てきたよ。人を名前で判断しちゃ駄目だけど、さすがにここまでだと仕方ないでしょう?
「大行司東」って、一体どこまでが苗字でどこからが名前なんだよっ!
「ちなみにクラスは一年福組です! そして、これが落とし物です!」
あーっ、あれ? ちゃんとポケットに入れたはずだったんだけどな、そのメモ。ついうっかり落としてしまってたみたいだ。
「わっありがとう、助かったよ。じゃあね〜」
そして一応のお礼を言うと、すたこらさっさと逃げ出すあたし。これは「野生の勘」って奴だと思うんだけどさ、絶対に関わらない方がいい相手のような気がする。
「えっ、ちょっと! ちょっと待ってくださいよ……!」
それなのに、そのまんま不審者っぽい新入生は走り去ろうとするあたしの後ろにぴったりとくっついてくる。
「あなた、二年桜組の苑田莉子さんですよね! ちょっと、ボクの話を聞いてくれませんか!?」
いや、それは断る。断固として、拒否! え〜っ、何でっ!? いかにもオタクくんな下級生にあたしが追いかけられるなんてっ。そんなの、やだーっ!
「あっ、あとにしてくれる? あたし今、ものすごーく急いでるから……!」
予鈴まで、まだまだ余裕に十分以上。どう考えても苦しい言い逃れでしかなかったけど、この際それはどうでもいい。何なの、コイツは。いきなり声をかけてきたかと思ったら、やたらとまとわりついて!
―― え、待てよ?
わけもなく中庭に上履きのままで飛び出してしまったあたし。そこでくるりと振り返る。そしたら、オタクくんもつられてストップ。
「りっ、莉子先輩って……何でこんな予測不可能な動きをするんですか!」
今度は万歳ポーズにならなかったけど、やっぱりかなり驚いてる様子だ。
「もしかして、このメモの送り主はあんた? 一体、あたしに何の恨みがあるって言うのよっ」
そしたら彼、はわわわって両手をバタバタさせる。
「しっ、知りませんって! そんな非科学的なことっ、どーしてボクがやらなくちゃならないんです。違いますよっ、ボクはただ―― 」
―― ひゅん。
今にも泣き出しそうな顔になって彼が言い訳を始めたところで、突然空から何かが降ってきた。それは向かい合ってたあたしたちのちょうど間をすり抜けて、足下のコンクリートへと落下する。
―― がちゃん……!
「が、……がちゃん……?」
いや別に、効果音を口で言い直す必要はなかったんだけど、思わず。すぐに音のした方を見ると、そこのは無惨にも砕け散った鉢植え。せっかく開いたばかりのパンジーの花が横向きに飛び出している。
「……何で」
これには、オタクくんだけじゃなくて、あたしもびっくり。えーっ、そんな天気予報聞いてないよ。……じゃなくてっ。
「もっ、もしかしてあんた、何か人に恨みでも買ってる? そうじゃなかったら、どーしてこんなモノが落ちてくるのよっ!?」
今回は的が外れたから良かったようなものの、これがジャストミートしていたら今頃あたしたちのどっちかが大怪我してたに違いない。
「そっ、そんなはずないでしょう! ボクは何も知りませんよっ……!」
ふたりしてわたわたしていたら、そこにひょこっと顔を出したもうひとり。
「ややっ、苑田さん! そんなところで何してるの?」
緊迫した状況にあまりに不似合いなその人は、またまた菅野先輩。登校途中にあたしのことを見つけたらしい、片手にカバンを抱えてるし。
「あれ〜、もしかして植木鉢を壊しちゃった? いけないなあ、でもやっちゃったことは仕方ないね。今、箒とちりとりを探してくるから一緒に片付けよう」
え〜っ、何もそこまでしてくださらなくても! って思ったんだけど。そしたら先輩は、にこにこしながら答える。
「いいよ、いいよ。莉子ちゃんのためなら喜んで手伝うよ、何たって君は俺の恩人だからね」
そのとき、四階の窓からさっと走り去った人影があったことに、残念ながらあたしたちは全く気づいていなかった。
「えーっ、それってマジやばいじゃん!」
植木鉢の残骸を三人で片付け終えてから教室に向かうと、もうそこには早紀がいた。どうしてこんなに遅くなったのかと聞かれかいつまんで話すと、案の定こんな風に言われてしまった。
「でっ、でも……結局は怪我もなかったわけだし」
正直ね、今度の今度ばかりはあたしもちょっと背筋が寒くなったよ。大王や楓さまと関わりを持つようになってから、厄介ごとは日常茶飯事になってたけど……あれはさすがに悪質だったよ。
「な〜に言ってんの。んで? 一緒に居合わせた怪しい一年、名前なんて言ったっけ」
あ、そういえば、そんな奴もいたっけ。あとから出てきた菅野先輩の方がずっとインパクト強かったから、全部忘れてたわ。
「えっとー、確か大行司、とか……」
下の名前は「東」だったか「南」だったか、方位を示す言葉だったはず。
「ええ〜っ、もしかしてそれ、大行司東っ……!?」
あれ? 早紀の方がフルネーム言えてるし。
「何で、早紀があの子のことを知ってるの」
そしたら彼女、もうどうしようもないわねって感じに呆れた目であたしを見る。
「そいつ、ウチの中学の後輩。昔から変わり者で通ってんの、だから結構有名だよ。特にコンピュータ関係ね。やたらと情報収集したり、データ解析したり。いい話は聞かないな。ハッカーの真似事してるとか、コンピュータウイルスをばらまいてるとか、そういう噂もあったよ」
そ、そうでしたか! ってことは、やっぱり超危険人物!?
「やめなよね〜、莉子。また自分から変なことに首突っ込んで、閻魔に睨まれたって知らないよっ。そうなったって私、助けてあげられないからね!」
大方あのメモ用紙も、そいつの仕業じゃない? って、考えることはみんな一緒ね。そりゃそうだよ、登場の仕方から言って怪しすぎたもの。あれで、全くのノーマルだったら、その方が奇跡。
「う、うん……気をつける」
そんなわけで、一時限から体育。今日はグランドで五十メートル走のタイムを計るんだ。
「で、部活の方はどうなの? 華道部はいっぱい入ってるんでしょう」
廊下を歩きながらも、おしゃべりは止まらない。こうしていると本当にどこにでもいる普通の高校生たちなんだけどなあ、みんな化けすぎだと思う。
「うん、でもっ……まだゲットしたい子がいるんだよなあ」
そうそうっ、あの可愛い可愛い春日部くん。もしも他の部活に入ることが決まっていたとしても、どうにか掛け持ちでお願いしたい。そしたらお姉さんが手取り足取り教えてあげるんだけどなあ、残念ながら今のところは彼に近づくことすら出来てない。
「で、また一年生の教室をうろつく気? やめときなよ、恥をかくだけだから」
はいはい、わかってますってば。そう言いながら到着した昇降口。運動靴を取り出そうと、靴箱を開けたら――
「うわっ、まただ!」
信じられないーっ、早くも今日二通目!? 慌てて開いてみると、そこにはすっごく乱れた文字でこう書かれていた。
『忠告を聞かないお前に制裁を加える。今度こそ、外さないからな』
「ちょっと、莉子〜。これ、とりあえず誰かに相談しなよ。もったいなくもあんたに目をかけてくれてる楓さまは生徒会副会長でしょう? 力になってもらえるかもよ」
まあ、そうだとは思うんだけどね〜。また大王に「お前が馬鹿だからだ」とか嫌み言われそうで嫌なんだよ。
「あっ、みんなもう並んでる! 先行くよ、莉子」
もたもた靴を履き替えてたら、置いて行かれちゃった。仕方ないやと立ち上がって、あとを追う。そして青空の下に出たと思った瞬間、何故か頭上がふっと暗くなった。
「莉子っ、危ない……!」
早紀の声が辺りに響き渡るのとほぼ同時に、あたしの目の前は真っ赤に染まっていた。
つづく♪ (100430)
<< Back Next >>