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◆ 48.リングガール
けどなあ、……さすがにコレは辛いと思うよ?
リンゴン・リンゴン、鳴り響く教会の鐘。TVドラマで見たことがある結婚式と一緒、真っ白い階段をいっぱい上ったその先に入り口をたくさんのお花で飾られたとんがり屋根の建物がある。白くて太い柱、何だかお城みたい。 「わー、かわいいーっ!」 今日はこの言葉、いったい何度目かしら? もう聞き飽きて聞き飽きて、耳にタコさんが出来ちゃいそうよ。そりゃあね、今日の私はとびきりだと思うよ。控え室で係のお姉さんが綺麗に仕上げしてくれたあとに鏡で見たら、夢の世界から出てきたお姫様みたいだった。普段はしないお化粧だってちょこっとしてる、元からピンク色の唇がラメでキラキラしてるよ。 「ほらほら茉莉花(まりか)、入り口のところでもう一枚写真撮ろうか? そうだな、左のお花の前がいいかな」 ニコニコ顔のパパが手にするのは、最新モデルのデジタル一眼レフ。「こんなの突然買ってきて!」って、ママが呆れてたっけ。これからますます物入りなのにどうするのって言われても、パパは全然気にしてない。身体が大きくて熊さんみたいに頼もしく思えるけど、それは見かけだけ。パパって実のとこ、どこまでものんびり屋さんだ。 「待って、……リボンが曲がっちゃってるわ」 カメラのことではすっごくびっくりしていたママも、今日はパパに負けないくらいニコニコ。綺麗な薄紫のドレスはマタニティーで、お腹がだいぶぽっこりしてきた。あの中に、私の弟か妹が入ってるんだって。そんなの全然信じられない。「お姉ちゃんになるんだね〜」とか言われても、まだ実感湧かないもん。 「さ、これでいいわ」 私から離れるとき、ママの胸元のリボンがふわっと揺れた。むせるような花の匂い、気が遠くなりそう。こんなにいっぱい、そこらじゅうにお花を飾らなくてもいいじゃない。今日のこのときのためだけに生きたお花をはさみで刻んで張り付けにするなんて残酷だわ。 頬をくすぐるのは海からの涼風。気持ちのいいお天気に、高台から見下ろす水面がキラキラ光ってる。「ぜっこうのこうらくびより」って、こういう日のことを言うんだよね? それなのに私、どうして来たくもないこんな場所に立ってるんだろう。 「兄さんたち、まだこんなところにいたの? まりりんもそろそろ支度しないと、時間だよ〜!」 ドアの向こうから顔を出して私たちに声を掛けたのは、パパの弟・孝雄くん。いつもは油でぎとぎとの作業着姿なのに、今日はぱりっとスーツ姿になってる。 「はあい、今行きます」 ドアに一番近い場所にいたママがそう返事してから、こちらに向き直ってパパと私に「お出でお出で」した。
「まりりんに、是非お願いしたいことがあるんだ」 いつになく真剣な顔で切り出されたのは、今から1ヶ月ほど前の夕食後。デザートのイチゴを口に運んでいた手が止まってしまうくらい真剣な眼差しが縁なし眼鏡の向こうからきらりんと光って、私は心臓が飛び出してしまうくらい緊張した。 パパは五人兄弟の一番上。四人もいる弟は、私の戸籍上の「叔父さん」だ。だけどね、彼らってちっともそんな感じじゃないの。私のこと「まりりん」「まりりん」って、とっても可愛がってくれて、いろんなところに連れて行ってくれるし欲しいものを何でも買ってくれる。我が儘だって、何でも聞いてくれるわ。 そんな頼もしい騎士さまのなかでもね、私のイチオシは四男の「千春くん」。だってね、とっても格好いいんだよ。頭もいいけど、性格も良くて。その上、見栄えまで良かったら言うことないじゃない。物心つく前のことはよく分からない。けど、きっとその頃から私は他の誰よりも千春くんとお出掛けするのが好きだったと思う。 それでね、私はもうひとつ知ってた。千春くんも私とのお出掛けをとっても楽しみにしてくれてたってこと。大学を卒業してからはあれこれ忙しくて回数も減ったけど、それでも時間を見つけてはふたりっきりでお出掛けした。 あー、今思い出しても胸の奥がじんとしちゃう。頭に角が二本も生えたママ(あそこまで怒るのはすごく珍しいことなんだ)に、あんなに必死で頭を下げてくれるなんて大感激。自分の都合が悪くなると、途端に言い訳ばっか始める男って多いじゃない? でも、千春くんはそんなじゃない。とろけるほどに甘いマスクしてても、その心は男の中の男なの。 そんな千春くんが、だよ。 私に「お願い」するなんて、一体どういうこと? いやん、これってもしや「愛の告白」!? え〜、嬉しいけど心の準備が出来てないーっ!! バクバクの心臓、お口はだらしなく半開き。大好きな赤いイチゴももう目に映らなくなってる。そんないっぱいいっぱいの私に、千春くんは言った。胸の前で手を合わせて。 「まりりんに、僕たちの結婚式のリングガールをしてもらいたいんだ。すっごい可愛いドレスを準備するから、期待しててね」
式場スタッフのお姉さんに案内されて控え室に入ると、そこに準備を終えた新郎新婦が待っていた。 「今日はよろしくね。とっても可愛いわよ、まりちゃん」 幸せそうな笑顔の花嫁さんの名前は「桜さん」。「千春」に「桜」なんて、語呂が良すぎて涙が出ちゃう。何よう、そんなに着飾っちゃって。そりゃ、あなたが今日の「主役」なんだから仕方ないけど……だからといって、素敵すぎるわよ。ずるいわ。 「ありがとうございます」 私は、自分で出来る限りの深いお辞儀をした。そうすれば背中に付けた羽がふわふわと揺れるの、ちゃんと分かってたから。こう言うのって、「負け惜しみ」っていうのかな? だけど、このまま引き下がるのはシャクなんだもの。 「お腹すいてない? クッキーあるけど、食べる?」 こういう席だもの、この人が誰よりも緊張しているはずなのは分かってる。それでもちゃあんと私のこと気遣ってくれるんだよね、すごく気の利く優しい人。それくらい知ってるよ、だって千春くんが選んだ女性だもの。 ―― だけど、ね。 うー、この期に及んでも口惜しいわ。だって、こんな結末は神様の意地悪としか思えない。世界中で一番、誰よりも大好きだった千春くん。彼のお嫁さんになるのは私って決まってたのよ。それなのに、こんな風に横取りされてしまうなんて。ああ、どうして私はもっと早く生まれなかったんだろう……? 私だってね、ただ自分の運命を嘆いていた訳じゃないの。早く大きくなるために牛乳だっていっぱい飲んだし、幼稚園の鉄棒にぶら下がって身長を伸ばそうと頑張った。嫌いなお魚だってピーマンだって、千春のために克服したわ。……それなのに。二十歳の年の差では、最後まで追いつくことが出来なかった。 「うーん、さすがに僕の見立てはばっちりだったね。まりりん、本当に似合ってる。空から本物の天使が舞い降りてきたみたいだ」 そう言う千春くんだって、滅茶苦茶格好いいよ。白いタキシード、似合いすぎ。本当、パパの弟には見えないよなあ。遺伝子の不思議って奴よね。 「先週、一度リハーサルしたし。まりりんはもう大丈夫だよね? 何て言ったって、本番に強いんだから。生活発表会の踊りも一番上手だったもんね」 ああ、ひどい。どうしてそんなににこにこしてるの? 私が失恋の痛手で未だに立ち直れないままでいるのに、千春くんはひとりで幸せ街道を突っ走っちゃって。何で、私だけ置いてけぼりなの? ずるいよ、こんなのってない。 「そうそう、紹介しておかなくちゃ。おい、……あれ? 卓坊はどこに行った?」 きょろきょろと辺りを見回す千春くん。そのとき、桜さんのドレスの影からひょっこりと頭が見えた。 「……???」 私が目をぱちくりしてると、千春くんに促されたその子がおずおずと姿を見せる。空色のスーツを着た、私よりも少し年上っぽい男の子だった。 「何だよー、お前急に大人しくなっちゃって。あのね、まりりん。この子は桜の甥っ子で、卓也って言うんだ。親御さんから是非にって言われちゃって、急遽メンバー入りしたって訳。入場の時にまりりんの横を一緒に歩くんだよ、よろしくね」 え? そんな話聞いてないよ? リングピローを持って新郎新婦を先導するのは私ひとりだったはず。何、飛び入り参加って。ふざけてるわ、全く。 こっちを見てる視線には気付いたけど、目なんて合わせてやるもんかって思った。この上に愛想笑いなんて、絶対に無理。今すぐにここから逃げ出したい気分なのに。こんな最悪な気持ち、本当に生まれて初めてよ。
「では皆様。そろそろ式場にはいります。どうぞこちらへ、足下に気をつけてお進みください……」 スタッフのお姉さんの呼びかけに、一同はぞろぞろと移動を始める。私は前もって教えられたとおりにリングピローを受け取り、恭しく捧げ持って歩き出した。いきなり割り込んで参加しようなんて思ってる奴のことなんて、構ったこっちゃない。ふたりの足並みが乱れたって、そんなの構わないもの。 大きな両開きのドア。開けばずらりと客席が並んで、一番奥に祭壇がある。パイプオルガンのウエディングマーチ。ああ、どうして私のための結婚式じゃないのかしら? ステンドグラスから注ぎ込む光、神様の祝福なんて今日はいらないのに。 赤い絨毯の道が永遠に続けばいいと思った。それなのにあっという間に突き当たりまで来て、柔らかい笑顔の神父様が私たちを迎える。 「じゃあ、ふたりはしばらくこちらで待っていてね」 ふたつ並んだ小さな椅子、そこが私たちの待機場所だった。まだもうひとつ、指輪の交換の時にピローを新郎新婦の前に届ける役目が残ってる。それまではここから離れるわけにはいかないんだ。 しんと静まりかえった空間に響く、厳かな言葉。だけどそれは私の身体を全部素通りしてしまう。これで、おしまい。千春くんが他の人のものになっちゃうんだ。まだ信じられない、これが事実なんて。 「……どうしたの、さっきから下ばかり向いてて」 突然、聞き慣れない声がして、慌てて顔を上げる。空から降ってきたかのように思われたその響きは、意外も意外、私の隣に座った男の子から発せられたものだった。誰にも聞こえない程の小声、だけど私の心の奥までしっかりと届く。 「う、ううん。大丈夫、気にしないで」 私も出来る限りのちっちゃい声で返事する。振り向いたそのときに、背中の羽がまたふわっと揺れた。 「すっごく素敵だよ。こんな可愛い子、僕初めて見た」
振り返って確かめようとしたそのときに、彼はもう家族の元に戻る途中だった。しばらく呆然と立ちすくんだままでいたら、「もういいのよ」とスタッフのお姉さんに引っ込められてしまう。それでも、まだ私の耳に今聞こえたばかりの響きが残っていた。 ―― ありがとうって、言わなくちゃいけないよね……? そう思うのに、胸の奥からドキドキが溢れてきて止まらない。一番後ろの席に戻ってパパとママの間に挟まれて座っていても、あの子の姿ばかりが気に掛かる。もう祭壇のふたりのことなんて、全く目に入らない。 よく見たら、とっても綺麗な顔の子だったし。仲良くしてあげてもいいかも……? 今日から「親戚」になる男の子のことが、私の中で大きく大きくふくらみ始める。これも神様の悪戯なのかな、でもちょっと素敵。
白い花の向こうに、揺れる横顔。初めに何て声を掛けようか、私はそればっかり考えてた。天使の羽を背中で揺らしながら。 おしまい☆(070704)
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お題提供◇ちいず様 今回のヒロインは「さかなシリーズ」のラストに出てきた赤ちゃん「まりりん」です、少し育ちました。 |